【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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十話『裏切り者と理想』

「大丈夫かな、これ……ねぇ、生きてるー?」

 

「ぐ、っ……?」

 

聞き覚えのある声と共に、頬をツンツンとつつかれる感覚。

俺が瞼を開くと、そこにはしゃがみこんで俺の顔を覗き込んでくる金髪の女性ーー第一位の姿があった。

(ひら)けた青空と風になびくセミロングの金髪が、ここが学校の屋上である事を示している。

 

「東弊……さん」

 

「良かった……生きてるわね」

 

「学校の、みんなは……?」

 

「死者は0名……代わりに976人の生徒および教職員が行方不明ね。……というか、まずは自分の心配をしなさいな。今の貴方の体、物凄い事になってるわよ」

 

第一位の言葉で、俺は自分の右手を見た。

 

「……っ」

 

「ねっ、凄いでしょ……まるで体の細胞同士が互いに食らいあってるみたい」

 

ーー体のあちこちに、真っ白な羽毛みたいな物体が生えてきていた。

そしてどんどん成長していこうとするソレを、黒い龍の鱗が片っ端から叩き潰している。

……"天使化"による侵食を、爛れ古龍が防いでくれているのか?

 

「ふふっ、白と黒のコントラストがオセロみたいねぇ……まぁ良かったわ。貴方は()()()()()()()()()()()()()

 

「アレ……?」

 

明後日の方向を向きながら言った第一位の言葉を不審に思い、俺はその視線を追う。

すると、そこにはーー

 

『■■、がぁ■!!?? ■■、■■■!!!!!』

 

「エリミネーターさん……!?」

 

ーー半ば"天使化"したエリミネーターが、全身を鎖で拘束されてのたうち回っていた。

その頭上には、切れかけの蛍光灯みたいに消えて現れてを繰り返す天使の輪が浮かんでいる。

……思い出した。確かエリミネーターは俺と同じくクリシュタに注射針を刺されていた。

 

「何かに寄生されてるみたいよ、彼。この状態でも完全に意識を失っていないのは流石の自我力だけど……長くはないでしょうね」

 

「……そんな」

 

「まーまー、技も使わず暴れ回るだけのエリミネーターなんて牙と爪の無いライオンみたいなものよ。簡単に勝てたわ……パワーは段違いに上がってたけどそれだけね。初見ならやばかったかも」

 

『■■■■ぐ■■■!!!』

 

「うーるーさーいー」

 

靴の踵で地に臥せるエリミネーターの背中をぐりぐり踏みつけながら、第一位が言った。

……エリミネーターが、モンスターになるだって? 頭の中でぐわんぐわん鐘が反響するような感覚が俺を襲う。……治るのだろうか。もし、治らなかったらーー

 

「……この人は、これからどうなるんですか?」

 

「んー、とりあえず処分ね! 危ないもの! 」

 

嗜虐的な笑みでエリミネーターを見下しつつ、第一位はそう告げる。

 

「っ、それは……」

 

「すぐにってワケじゃないわよ? 血や骨髄、臓器とかをひっこ抜いて変異の原因を特定しなきゃいけないからぁ……処分はその後ね。異界人のサンプルは貴重なの」

 

鼻唄を歌いながら端末に何かを入力する第一位。

だが、唖然と立ち尽くす俺に気が付いたようで、困ったような顔になった。

 

「あなたは嫌だろうけど、こんな状態の彼を生かしておけばいつか必ず人を傷付けるわよ? それは彼自身が一番望んでいないんじゃないかしら。私はこれでも彼をリスペクトしてるのよ。エリミネーターを人殺しにさせるなんて、私にはとても耐えられないわぁ……」

 

軽薄な笑顔を浮かべながら、全く本心から思っていないであろう言葉で第一位は俺を論そうとする。

俺はそれに、自らの腹で黒い感情が渦巻くのを感じーー喉まで込み上げたソレが、つい口から溢れ出てしまった。

 

「……そんな事思ってもない癖に。よく真っ赤な嘘をぬけぬけと吐けるなこのサイコパス女。お前みたいなのはきっと人が死んだって何も感じないんだろ」

 

「……うん?」

 

瞬間、第一位の顔からおよそ表情と呼べるものが消え去った。

長い金の睫毛に縁取られたサファイアの瞳が射抜くように俺を見詰め、何度か(またた)く。

それから、まるでやっと感情に体が追い付いたみたいに、死んでしまいそうなぐらい悲しい色に顔を歪めた。

 

「……どうしてそんな酷いこと言うの?」

 

「その人は俺が治すし、誰も殺させない……術式破綻・エンジェライト『六翼』」

 

術式破綻を発動させ、向こうの認識が追い付かない程の速度で第一位の背後を取る。そして、その細い首に腕を巻き付かせ締め上げた。

呼吸と脳への血流を遮断された第一位は、呆気に取られた顔で何度か口を開閉させた後、数秒足らずで意識を失って倒れる。

俺は第一位の体を地面に横たわらせてからエリミネーターを背負い、学校の屋上から飛び降りた。

 

『■■■■■■■■■■!!!』

 

「っ……落ち着いて下さい、エリミネーターさん!」

 

背中で暴れるエリミネーターに呼び掛けるが、叫ぶだけで返答は無い。

……咄嗟の判断で、かなりマズイ事をしてしまった。異界生命体を庇って東弊に攻撃するという事は、全ての駆逐官への裏切りと反逆に等しい。きっとすぐに沢山の駆逐官が俺を殺しに来るだろう。

だがあそこで俺が動かなければエリミネーターは確実に殺されていた。この行動自体に後悔は無い。

 

「遠くの山、樹海……いやいっそ海外にでも逃げるか……?」

状況はかなり切迫している。

並の駆逐官なら何人居ても負ける気はしないが、第二位や上位ランカーが束になって来たらヤバイ、とくに前者。

自滅覚悟で精霊王の義眼を完全解放しても、奴には勝てそうに無い。

俺はとりあえず、大きな橋の下へ滑り込んで息をひそめる。

 

「時間が無い……急がないとここら一帯に包囲網が完成する……」

 

人混みに紛れようにも、エリミネーターを背負っていては目立ちすぎる。しかも今の俺は天使化の侵食によって全身から羽が生えかけている。

数分の思考の末、俺は第一位の居るであろう学校とは反対の方向へと向かうことに決めた。これで少なくとも、第二位に次ぐ力を持つあいつとは戦わなくて済む。

俺は、橋の下から出ようと立ち上がった。

 

「あー、うめぇなァ……馬鹿やったガキ一人シバくだけで500万! あのアマ、絶対殺害禁止の緊急依頼たぁかなり切羽詰まってやがるな……」

 

ーー右手の方向から、こちらに近寄ってくる何者かの姿が見えた。

年は四十の半ば程か、長身で筋肉質な体に黒いシャツとズボンを纏った男。身長のせいか細身に見える。乱雑に切り揃えられた前髪から覗く眼光は、猫科の猛獣みたく鋭かった。

手には大きなコンバットナイフが握られており、ニタニタ笑いながらそれを手で弄んでいる。

……駆逐官か。予想より速く見つかってしまった。

 

「……すいません、今取り込み中なので。どっか行ってくれませんか?」

 

「おーおー、それなら俺の方も取り込み中でよォ……テメェ狩らねぇと明日からのメシと競馬代がパァなんだわ。ワリィな」

 

会話で時間を稼ぎながら、俺は親指に爪を立てて血を出した。

……ここからは連戦が想定される。消耗の大きいエンジェライトは控え、通常の術式装填で対応しよう。

 

「術式装填・"風魔術(ブレーナイト)"」

 

俺の詠唱と同時、不可視の風刃が発生し男へと迫る。

自らを切断しようとする刃に気が付かずに、そのまま男は歩いて来る。

仕事をしに来ただけのコイツには悪いが、しばらく寝てて貰おうーー

 

「おわ、あぶねぇな」

 

ーー風刃が男の服を僅かに切り裂いた時点で男は攻撃に気がつき、凄まじい反応速度で身を(ひるが)して回避した。

……反応された? 威力を抑えたとは言え、不意打ちで放った風魔術を耐えられるのはまだしも回避されるのは初めてだ。

 

「その指の血……ああー、てめぇ、噂の手品使いか? えぇと、たしか、じゅつしきなんちゃら……」

 

「……」

 

ブツブツ呟きながら更に近寄ってくる男を臨戦態勢で見据え、俺は思考する。

口ぶりからして……こいつは俺が"龍人"であることに気が付いていないのか?

さっきも『ガキ一人シバくだけで~』とか言っていた。俺の正体に気が付いていればそんな発言はまずしないはずだ。

 

「お前……誰に俺の捕獲を指示された?」

 

「あー? 顔面の綺麗な駆逐官のアマだよ。すげぇ焦ってたなぁ。ま、殺しはしねぇからよ。大人しく捕まってくれや……はいっ、お喋り終わりぃ!」

 

「それはーー」

 

俺の言葉を遮るようにして、爆風と共に男の姿が消えた。その代わりに俺の周りを疾走する黒い影が見える。

かなり速いーーしかし、対応出来ない程ではない。いつぞやのゴブリン・エースと同程度のスピードだ。

俺は、自分の周囲に迎撃用の龍腕を展開しようとし……

 

「……龍腕が、出ない?」

 

いくら爛れ古龍に呼び掛けても、龍腕が出現しない事に気が付いた。

……恐らく、天使の侵食を防ぐ事にリソースを割かれ過ぎているのだろう。戦闘に使う余裕は無さそうだ。

純粋な体術で対処するしか無いか。

 

「はい、まず一撃ぃ。……おぉっ!?」

 

ーー背後に回って俺の肩にナイフを突き立てようとした男の首をひっ掴み、ギリギリと締め上げる。

大賢者戦から半年、エリミネーターとの特訓で肉弾戦の技術も磨いた。

対人戦において俺がパワーで遅れを取ることはまず無い。だから、初手に体の一部を掴んでしまってタコ殴りにするのが有効だ。

最も防ぐべきは、ちょこまか動かれて少しずつ体力を削がれる事。このまま首を絞めて意識を奪ってしまおう。

 

「おいおい、ちょっと……タンマにしねぇか。首絞めとか反則だと思うぜー、おじさん」

 

「……」

 

「あぁ、そうかよ。ならこっちも()るき出すわ」

 

その言葉と同時、ズブリと俺の胸に何かが突き刺さる感覚。

驚愕しながら痛みの元を確認するとーーそこには、俺の胸部を貫通する金色の槍の姿があった。

奴の両手には何を握られていない、一体、どこから。

 

「っーー!?」

 

咄嗟に槍を引き抜き、男を突き飛ばす。

吹っ飛んだ先の石垣に衝突した男は、崩壊した瓦礫と土煙の中から首元をおさえて気持ち悪そうにしながら出てくる。

俺は胸の傷を再生しながら、それを睨んでいた。

 

「あぁ……首いてぇなオイ……って、おぉ! 死んでねぇ! 頑丈で良かったぜぇ!」

 

心底嬉しそうに笑う男からは、怒りや殺意などマイナスの感情は一切感じられなかった。

……この身体能力、今のどこからともなく発生した謎の武器、こいつは強い。

そして、俺の捕獲を第一位から依頼されたと言うような口振り……俺は、この男の正体に目星を付けつつあった。

 

「お前……"第三位"だろ」

 

「あぁ? ……ぶっ、ハッ、ハハハハハ! そう思うかぁ!?」

 

俺の言葉に男は一瞬だけキョトンとした後、吹き出すように大爆笑した。

 

「あー、でもブッブーだ。あんなのと一緒にすんじゃねぇ。それにそもそも、俺は駆逐官でさえねぇ」

 

駆逐官じゃ、ない……?

なら、一体なんだと言うのだ。これだけの戦闘力を持った存在が、野放しにされているなんて考えにくい。

俺が怪訝そうな顔をしていると、男は右手を前に突き出しながらニタリと笑った。

 

「"理想(イデア)"、解放」

 

ーー突き出された男の手の内に、どこからともなく日本刀が発生した。その刀身は遠目からも分かるほど磨き抜かれており、妖しい光を放っている。

……エリミネーターによる武器創造とは明らかに異質な"完成度"だ。アレは武器の破損と再生産を前提とするため一つ一つはナマクラに近い。

だがコレは明らかに『妖刀』とか『宝剣』とかの部類だ。

武器としてのランクが段違いだ。

 

「俺は……政府直属の理想(イデア)使いサマだよ。ヒラと一緒にすんじゃねェ」

 

その顔を獰猛に歪めながら、男は言った。

 

 

 

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