【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「じゃあ行ってくるから、腹減ったら冷蔵庫のブリ大根チンして食べろよ」
「あ……ちょっと待って!」
休みが終わり、月曜日。
学校に行くため制服に着替えた俺は、玄関で靴を履きながらリビングのスティルシアにそう呼び掛けた。
するとスティルシアは小走りでやって来て、俺へ何かを差し出す。
スティルシアの手に乗った小さい箱のようなそれは、揺れる度に中からジャラジャラと変な音が聞こえてくる。
……なんだ、これ?
「弁当か? 悪いけどもう持ったぞ」
「違うよ。もっと良いものさ。昨日がんばって用意したんだ。
「お守り……? いや、良く分かんないけどバスに遅れるから行くわ」
「うん、いってらっしゃいだね」
スティルシアから貰った小箱をリュックに捩じ込み、俺はチャリでバスの停留所まで急ぐ。
……なんだか、いつもと比べて自転車を漕ぐのが楽になった気がする。
あのビー玉……スティルシア曰く"魔核"を取り込んだせいだろうか。身体能力の増強、と言ってもこのぐらいなら日常生活が楽になって良いかもしれない。
停留所の横に自転車を置き、鍵をかける。
それから数分でバスが来た。
俺の家からバス停までチャリで三十分。そしてバス停から高校までは更に一時間も掛かる。
ほぼ無人なので先頭の椅子に座るとすぐに発車した。
そう言えば……あの箱に何が入ってるんだろうな。暇だから見てみるか。
俺はかばんから小箱を取り出した。やはり、中からジャラジャラと奇妙な音が聴こえる。
その蓋に指を掛け、少しワクワクしながら開けた。
「箱の中身はなんじゃらほいって、な……」
ーー目を疑う。
箱の内部に詰まっていたのは、
……"魔核"だ。
「えぇ……」
10、20、30ーーいや、もっと。
蓋の裏側にはマジックペンで【君が料理作ってる間とかに家の周りでこっそり集めてました!ご飯のお礼だよ!≧▽≦】と書かれている。俺そっくりな字だ。
俺は放心状態のままパタンと蓋を閉め直した。
……とりあえずしまっておいて、帰ったらスティルシアに突き返そう。
箱をリュックの一番奥のチャックが付いてる場所に入れて溜め息を吐いた。
悪気は無いんだろうけどなぁ……カルチャーショックと言うか、価値観の違いと言うか。
世界一つ跨いだ意識の差は難しい所だ。
◆
「うーっす……」
学校へ問題なくたどり着き、小声で挨拶しながら俺は自分の教室へ入った。なにやら、いつにも増して騒がしい。
クラスのカーストトップ連中が教室の中心で騒いでいる。
「おぉ! 来たな我が同胞!」
「ふふ……盟友よ、ジャッジメント・アポカリプスは近いよ……」
そんな中、俺が向かうのは当然の如く隅っこでニヤニヤしてる二人のグループ。
俺と合わせて三人、クラスの底辺と言っても良い。
一人は
『一昔前のオタク』をそのまま落とし込んだような風貌と性格で、眼鏡を掛けた太った男だ。そのせいか年中夏服を着ている。たまに臭い。麻雀とボケモンが鬼のように強いがやってくれる友達が居ないと嘆いている。
もう一人は
こいつを一言で説明するのなら『本気で自分を神と思い込んでいる精神異常者』だ。成績優秀でスポーツも万能。それなのに父親が結構大きい新興宗教の教祖らしいからそのせいでこうなったのかもしれない。
整った女顔なのでクラス替えした当日は女子から人気だったが、次第にヤバイ奴だと発覚して底辺落ちした。
話してみると意外と良いやつだ。頭おかしいけど。
……うん、ロクなヤツが居ないな俺の周り。
でも人間は一人では生きていけない。そしてこのクラスで俺と仲良くしてくれるのはこいつらしか居ないわけで。
「むはっ、むははは……! 同胞よ! ついに、ついに
「何がだよ」
「ニュース見たかい? 各国に謎の生物が現れて、それを殺して落とす玉を食べれば強くなるってやつ。それでバンダイが盛り上がっててさ。まぁボクは神だからそんなの必要無いけど」
「赤い玉を食えば強くなると言う噂だ! 現実世界でレベルアップモノは鉄板だからな……! そして……これを見るのだ!」
バンダイはズボンのポケットをまさぐり、取り出した何かを俺に見せ付けてきた。
手に乗ったそれは、三つの赤いビー玉。……本物っぽい。なんでこいつが持ってるんだ。
「へー……」
「実物だぞ! 吾の家の溝にスライムが挟まっててな! クラスのカーストトップ連中も"スライム狩り"に励んでいるらしいが、奴らの中では多い者でも一つや二つしか見つけられていない! これで吾も下克上し、イケイケな学園生活をーー!」
「おいうるせぇぞ陰キャども!」
「ひぃぃぃぃ!!! ごめんなさぃぃぃぃ!!!」
ヒートアップし大声で演説していたバンダイに、クラスのヤンキーから怒号が飛んだ。バンダイは悲鳴を挙げながらジャンピング土下座する。
額から伝った汗がぼたぼた床に落ちる。女子たちの冷たい視線が突き刺さった。
「ぐ、ぐぬぅ、奴らめ……今に見ていろ……」
椅子に座り直しながらバンダイが悪態をつく。
どうやら、クラスが騒がしいのはこの"魔核"を手に入れた数を競いあっているかららしい。
……俺は気まずくなりながらリュックのポケットを撫でた。
間違っても『うちのエルフが40個ぐらい取ってきました』なんて言える空気ではない。
「よし……貴様! これを受け取れぃ!」
しばらく沈黙していたバンダイは何かを思い立ったように、俺の前に魔核を置いた。
「……? なんだよ」
「ふはは……桃園の誓いだ! それを食え! 我ら、生まれた時は違えど死ぬときは同じ! 必ずあの陽キャどもを見返し、そしてコスプレイヤーの彼女を作ろーー」
「いらねぇよ」
「ボクには必要無い……なぜなら神だから」
「なんでだぁぁぁ!!!」
「うぜぇぇぇ!!! クソデブがよぉぉぉ!!!」
「ひぃぃぃぃ!」
◆
「帰り、アニマイトにでも行かぬか?」
帰りのホームルームが終わり、俺が教科書類をリュックにしまっていると、バンダイが机に近付いてきてそう言った。
ちなみにクシナダは毎回迎えの車が来るから早々に帰った。
俺はバンダイに行くーーと言いかけて、スティルシアの事が脳裏を掠めた。
速く帰ってあいつのご飯作ってやらないといけないんだった。昼の分しか作り置きしていない。
「あー、悪い。スティ……ペットが待ってるから無理だ」
「なぬ……犬でも飼い始めたのか。良い傾向だな! 祖母が亡くなってから貴様はどこか寂しそうだった。いつか家に見に行っても良いか?」
「は、はは、機会があればな」
それから俺とバンダイは学校から出て、他愛も無い話しをしながら駅まで歩いていた。
バンダイは前の日から店に並んだお陰で例のラノベを買えたらしい。狂ってやがる。
しばらく内容について熱弁を振るっていたが、それでも話題が無くなった頃にふと、といった感じでスマホを取り出した。
「そういえばこれ見たか?」
「ん?」
バンダイが見せてきたスマホの画面にはーースティルシアが写っていた。
恐らくツイッターからだろう。顔が強張りそうになるのを必死に抑える。
「あー、それなー、うん、いや、知らないなー!」
「知らないのか!? ったく、貴様は世情に疎いにも程があるぞ……まさかこの『ネットアイドル:エル★フィーナちゃん』も把握していないとは」
「おいちょっと待て」
いや誰だよそいつ。なんだそのふざけた名前は。
スティルシアに掠ってすらないぞ。
「なんだよそれ!?」
「先週の土曜日にツイッターに現れた超新星! エルフのような長耳の美少女! 純白のまつ毛に縁取られたミステリアスな赤い瞳が魅力でーー」
……あ、エルフだからエルフィーネなのか。そんなどうでも良い納得をしながら頭を抱える。
試しにグーグルで検索をかけてみると、掲示板サイトなどで幾つかスレが立っていた。
『【リアルエルフ】エル★フィーネちゃんについて語るスレ』だの、【エルフィーネ捜索スレ】だの。
「はぁ……」
「まぁ、貴様のような人妻マニアは興味無いかもしれんな」
「うるせぇよ誰が人妻マニアだ。熟女もイケるわロリコン」
「そ、そうか……」
……まぁ、広まってしまったものは仕方がない。スティルシアには出来るだけ外出しないようにしてもらおう。
複雑な顔をするバンダイから目を逸らし、今日の夕飯を何にしようか考える。
昼は魚だったから夜は肉にするか。いや、確か冷蔵庫に鮭があったな……
「……あれ、お、おい、なんか、空が変ではないか?」
物思いにふけっていると、横からバンダイが肩を揺すってきた。
……空? 空がどうしたんだ。
俺は首をもたげ、青空を見上げるーー
「なんだ、あれ」
ーー空にかかっていたのは、
まるで絵画に墨汁を撒き散らしたかの如く、晴れ晴れとした空に真っ黒な亀裂が走っている。
あれ、は……?
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「っ、……!?」
右手の方向から悲鳴が聞こえる。
そちらへ向くと、そこには緑色の皮膚を持った小学校低学年ほどの子供が何十人も立っていた。
子供と言ってもそれは身長だけの話で、顔はむしろ凶悪と言って良い。海外の死刑囚みたいな風貌だ。全くの無毛なのも気味が悪い。筋肉もそれなりにある。
そして、各々がこん棒や槍などの武器を携えていた。
心臓が早鐘みたいに脈打つのが分かる。
「な、なんなのよアンタら!?」
OL風の女性がその集団に怒鳴った。
そいつらは言葉なのか呻きなのかも分からない奇妙な鳴き声を挙げながら女性へと振り向く。
「×××、××××!」
「な、なによ! なんだってん、の……よ"、ぉ"」
ーー先頭に立っていた緑人が飛び上がり、小柄とは思えない凄まじい速度で女性にこん棒を振りかぶった。
横凪ぎに殴打された女性の頭部は、熟れた
「ぁ、え……?」
ゲギャゲギャと
湿った舌が新鮮な肉を舐め回す水音が鼓膜を揺らす。
ーーまて、おかしい。状況が飲み込めない。
横で嘔吐するバンダイが見える。それが俺の意識を一気に現実へ引き戻した。
ーー殺される、殺される、殺される、逃げなければ。
「逃げるぞ……!」
「ぁ、えっ、し、しかし、助けなければ……」
「もう助からねぇ……!」
バンダイの手を引き、俺は奴らと真反対の方角へ走り出した。
……奴らはあの集団だけではないらしい。更に遠くからも骨肉が砕ける音と悲鳴が聞こえる。
俺は、ビルとビルの隙間へ入り込んだ。