【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「お前が、モンスター……?」
「そうだよ。産まれた時から……いや、存在した頃から、ずぅっとね」
『最近何かしらの要因でモンスターに近い存在となってしまった』とかならまだ分かる。だが、初めからモンスターとの混血だった?
こいつと出会ったのは高校に入学してからだ。つまり、最低でも、一年前のモンスターなんて影も形も無かったあの頃から既に、こいつはあの化け物染みた"現実改変能力"とやらを隠し持っていたということ。
自分を"神"だの"全能者"などと
だがーーその時、俺の胸中に一つの疑問が灯る。
「あはは、軽蔑するかい? ……まあ、ボクだって今さらまともなヒトとして生きられるとは思っていないさ……だけど、一つだけ君にお願いがあるんだ。こんなボクの頼みを聞いてくれるかい?」
「……軽蔑なんてしねぇよ。助けられたんだし、友達だし……お願いってなんだ?」
俺の言葉に、クシナダは少しだけその薄い唇の端を持ち上げて笑った。
それから、口を開く。
「クリシュタ・マナス」
「……?」
唐突に、クシナダはそう口走った。
クリシュタ・マナスーー俺とエリミネーターに天使化薬を打ち込んだ、"神の存在証明"指導者の名前。
なぜ、いきなりそいつの名を……?
「ーーボクと一緒に、クリシュタ・マナスを……いいや、
「……え?」
恐ろしく強い決意の色が滲んだ声で、クシナダは俺に言った。
「さっき言ったよね。ボクの父親で"最強の現実改変者"……あれが、さっき学校の屋上で君とこの騎士が戦ったクリシュタ・マナスだよ」
「マジ、か……」
「奴は、地球の人口のおよそ三割をあの怪物……便宜上"天使"と呼ぼう。あれに変えようとしている。それだけの戦力があれば、これから来るであろう異界からの侵略者をギリギリ全て倒し切れる計算なんだ」
……今思えば、クリシュタも現実改変を使っていたように思える。ヤツの言葉でエリミネーターが空中に固定されたりしていた。
それに、確かにあの"日輪個体"が何億体も居れば、異世界から来た連中にも簡単に遅れを取るとは思えない。
「彼は人類に対する本気の善意で、自らの全能力を投じてこの世界を守ろうとしているんだ……だから、厄介。手段を選ばない正義というのは果てしなく強いんだ。自分の存在さえ、目的を達成するための駒としか考えていないのだから」
「殺すって……お前は良いのか? 父親、なんだろ」
「……お父さんも、初めは真っ当な方法で怪物どもを駆逐しようとしていたんだ。モンスター襲来初期、全国でそれを討伐していた"神の存在証明"は、彼の命令で動いていた」
『……だけど、それじゃ到底間に合わなかったんだ』そう言って、クシナダは顔をうつむかせた。
「そして、とてつもない勢いで死んでいく人々見て……以前から抱いていた一つの"夢"が、彼の中で少しずつ現実味を帯びていくんだ」
「夢……?」
「"時間の壁"を丸ごと取っ払おうとしているのさ。つまり誰でも過去へ戻れるようにして……死者にいつでも会える世界にしようとしている」
「そんなの、どうやって」
「天使が複数集まれば、時空間を歪める事が可能なんだ……君も見ただろう? かつて戦った"熾天使"が次元を抉る黒い球体、時空掘削球体を使うのを。あれをもっと大規模にして、時間の壁に風穴を空けようとしているんだ」
時間の壁を取っ払う……確かに、そんな事を言っていたな。
自らの手元に水の入ったグラスを出現させ、クシナダが俺へ差し出してきた。俺はそれを受け取り、喉に流し込む。
乾いた喉が、少しだけ潤った。
「今思えば……彼は、妻が死んだ時点で少しおかしくなっていたのかもしれない。それに合わせて元々ただの慈善団体だった"神の存在証明"も徐々に狂気を孕んでいった」
「妻……」
「そう。つまりボクのお母さんだ……体の弱い人でね。ボクの体を腹から取り出した時点で、彼女は既に息絶えていたんだ。母を愛していた父は、それはそれは取り乱していたよ。なにせ、自分が人類を愛する理由になった最愛の人を失ったんだから」
クシナダはエリミネーターを一瞥して、『……こいつも治してやった方が良いのかい?』と聞いてきた。俺はそれに頷く。
するとクシナダが億劫そうに立ち上がって、倒れたエリミネーターの方へと歩いていく。
「侵食がかなり深い。天使化していないのが奇跡だよ。一応やってみるけど、治らなくても怒らないでね」
エリミネーターの頭に人差し指を押し当て、クシナダは瞼を閉じた。
それからー一ほんの一瞬だけ、
「あれ、今、なんか……」
「なんの事だい? ……よし、この騎士にボクの力を打ち込んだ。運が良かったらだけど、しばらく寝かせけば治るよ」
「運って」
「現実改変者の能力と言うのは、絵の具みたいなものなんだ。現実というキャンパスに思い描いたものを出力する……そして絵の具同士がぶつかり合った場合、より濃い方が打ち勝つ。ボクとクリシュタ・マナス、能力の強さ自体はどっこいどっこいなんだ」
つまり……治るかは五分五分って事か。クシナダの能力が勝てば治るし、負ければエリミネーターは天使化してしまう、と。
少し呼吸が穏やかになったエリミネーターを見ながら、俺は重苦しい溜め息を吐いた。
「……能力の強さが五分なら、普通に勝てるんじゃないか?」
「いいや、そんな簡単な話じゃないんだ……アイツの周りには無数の"上位天使"が居る。まずはそれを突破しなくちゃならない。あの数……ボクらだけじゃ、とても倒しきれない」
「じゃあ、どうすれば……」
俺の問いに、クシナダは『これを見てほしい』と言ってから指を鳴らした。
すると俺の目の前にはらりと数枚のプリントが出現し、地面に落ちた。それを拾い内容を見てーー俺は、思わず息を飲んだ。
その書類の先頭には、ちょうど一月後の日時を示した【"神の存在証明"掃討作戦】という文字があったから。
ご丁寧に『異界生命体対策本部』の文言もある。
「一月後、対異と神の存在証明の全面戦争が起こる。その情報はまだ君には知らされていないだろうけど、ボクが本部からかっぱらってきた資料だから間違いない」
「全面、戦争……」
「あぁ……恐らくクリシュタ・マナスは駆逐官たちの対処に天使を動員するだろう。それでヤツ自身の守りが薄くなったところをーーボクらが叩く。またとないチャンスだ」
……つまり、駆逐官たちの作戦に乗じてヤツを倒してしまおうという事か。極めて単純だ。
このままクリシュタ・マナスを放置しても向こうの戦力が増強されるだけだから、攻めるのは早い方が良い。
「この一月で、ボクらは徹底的に奴への対策をする。君にも現実改変者との戦い方をみっちり叩き込んであげるよ……大丈夫、君とボクなら必ず勝てるさ」
どこからともなくクシナダはコーヒーカップを取り出し、一瞬だけ右手で覆い隠す。手をどけると、空だったカップにはカランコロンと氷の浮かぶコーヒーが並々と揺れていた。
特有の芳しい香りが、俺の方まで漂ってくる。
「ナギサも何か飲む?」
「……コーラが良い」
「はい、どうぞ。ちなみにペプシも出せるよ」
「便利だなお前……ドリンクバーみたいだ」
「むふふー、ありがと! ファミレスとかに就職出来るかな?」
「出来んじゃね? ドリンクバー枠で採用してもらえよ」
クシナダの出現させたグラスを受け取り、俺は乾いた喉にコーラを流し込んだ。……いたって普通のコーラだ。キンキンに冷えてやがる。
意図せず逃亡生活となってしまったが、食料面は問題無さそうだ。
『現実改変者』。味方だと恐ろしく頼もしいな。攻めも守りもサポートも全て最高水準だ。インチキと言っても良いぐらい。
「……エリミネーターさん」
地面に横たえているエリミネーターをソファの上まで運んで、俺は溜め息を吐いた。……本当に、治ってくれると良いが。
クシナダは椅子の上で膝を抱え込んで、鼻唄を歌いながら呑気にコーヒーをすすっている。
「そういや……バンダイが君のこと心配してたよ。そりゃ、あんな直撃食らってれば普通死んだと思うよね」
「あいつは無事なのか……良かった。お前が守ってくれたのか?」
「ナギサもバンダイもボクの大切な友達だからね。死なせるわけ無いじゃんか。……んー、今日のは調子悪いなぁ。イマイチ安っぽい」
指先でカップの中のコーヒーをくるくるかき混ぜながら、クシナダが答える。
「……コーヒー好きだっけ、お前」
「それはそれは大好きだよ……ソファーと本、そして1杯のコーヒー。これ以上贅沢なものがこの世にあるだろうか。突き詰めれば豆を水に浸しただけの飲み物がなぜこんなに美味しいのか理解に苦しむよ」
人差し指を立て、クシナダは恋人に愛の言葉でも囁くみたいな声で言う。俺はそれに少し引きながら、ソファに腰かけた。
するとコーヒーを飲み終えたクシナダが、互いの太ももがくっ付くぐらい近くに座ってくる。
「んふー」
「ちけぇよ」
「いーじゃん、冬も近いしお互いの体温を分かち合おうぜ」
「言葉選びが気持ちわりぃよお前……」
クシナダの肌は触れば溶けてしまうのではと思うほど冷えきっていた。心配になって顔を見るが、本人は元気そうだから大丈夫なんだろう。
「そういえば、駆逐官たちのデータも盗んできたから読んでおいてね。特に彼らの中核を成す上位ランカーについては特に良く目を通すといい」
クシナダが指を鳴らすと、机の上のどさっと数百枚の書類が出現した。
「……えぇ、マジかよ……つかこのご時世に紙媒体って」
「何事においても情報は大切だ。『知らない』というのはそれだけで最大のリスクになりうる」
「まあ、無知は罪の同義語って言うぐらいだしそうなんだろうけど……」
「……無知と罪は対義語だよ。どちらかと言えば」
しめやかに目を閉じ、クシナダがそう言った。……この書類は明日以降に読もう。なんだか今日はどっと疲れた。
俺は欠伸を噛み殺しながらソファに深く背を預けて瞼を閉じる。すると急激に眠気が襲ってきた。
少し眠るとクシナダに伝えたら、指を鳴らす音の後に俺の体に毛布が被さってきた。
「……ありがとう」
その言葉の後、うっすら目を開けてみると俺の横にもうクシナダの姿はなかった。
それを疑問に思ったが、眠気には抗えずーー俺の意識はそのまま途絶えた。