【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……」
「おはよう、なぎさ」
芳ばしいコーヒーの香りで俺は目を覚ました。
机の上では高そうなコーヒーメーカーが鈍い駆動音を立てて黒い液体をどぼどぼコップに注いでいる。コンセントには繋がっていない。どうやって動いているんだろう。
エリミネーターは寝台の上で横になっている。
俺はこの部屋の光景に、なんとなく違和感を覚えた気がした。だが気のせいだろうと首を振る。
クシナダは椅子の上で膝を抱えて座り、ソファに横になる俺を見ていた。昨日の制服ではなくラフなシャツとズボンを身に纏っていて、爪先まで整えられた白く綺麗な足が裾から見える。
……元々中性的な顔立ちなのも相まって、男子用の制服を着ていないと一見女子のようにしか見えない。
……もしかしたら。俺の脳裏にとある仮説がよぎった。『モンスターとのハーフだ』なんて話と比べたら全然あり得る話だ。
「……おはよう」
「うん、今日も一日がんばって行こうね」
「あのさ。朝いきなりで悪いけど一つ質問して良い?」
「なに?」
「ぶっちゃけお前って性別どっちなの?」
「むっ……むむ……」
俺の言葉に、クシナダはつかの間真顔になって硬直する。
それから数秒後、今度は困ったような顔で首をひねりながらゆっくり口を開いた。
「むむむむ……いや、さあ?」
「さあって」
「なろうと思えばどっちにもなれるんじゃないかな。現実改編者とはそういうものさ……この外見は女性に近いだろうけど、ボクが生まれ持ったものじゃないし」
「へー。……じゃあもしかして熟女とかにもなれたりす」
「ならないからね」
「食い気味にくるなよ冗談だってば」
身を乗り出して否定してきたクシナダにひらひらと手を振りながら俺はソファから立ち上がり、椅子に腰かけた。
そして、机の上に置いてある書類の束に手を伸ばす。クシナダが盗んできたとか言う、駆逐官たちのデータだ。
俺はとりあえず、一番上の書類を取った。
___________________
第一位:『駆逐用前線統括者』
第二位:『殲滅用近海外征者』
第三位:『葬送用対人執行者』
第四位:『龍人』戦力評価S+ 討伐貢献値569327
第五位:『塩漬けの魔人』戦力評価S+ 討伐貢献値534368
第六位:『鬱蒼なる征服者』戦力評価S 討伐貢献値315763
第七位:『■■■■■"検閲済み"たち』戦力評価■ 討伐貢献値300000
第八位:『反復眼のアルバ』戦力評価S+ 討伐貢献値273873
第九位:『ぜんまい仕掛けの神』戦力評価F-~SS 討伐貢献値159763
第十位:『人造精霊アナスタシア』戦力評価S 討伐貢献値148557
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「……これは」
「対異の中核を成す、いわゆる『ランカー』と呼ばれる最上位駆逐官たちのデータさ。君たちに公表されてるのは名前と順位だけでしょ? 本部にあったPCから抜いて紙に写したんだ」
俺に横からしなだれかかって手元の書類を覗くクシナダに礼を言いながら、じっくりと目を通していく。
俺たちの相手はクリシュタだが、駆逐官たちと俺は敵対状態だ。万が一に備えて気を付けるに越したことは無い。
気になる所はかなり沢山あるが……特に五位と九位が気になる。七位に関しては以前から伏せ字だった。
上位三人も元より固定だ。東弊と水星使いの眼帯男……第三位に関しては見かけたことさえ無い。名前からして対人戦を得意とするのだろうか。
警戒すべきは俺に迫る討伐貢献・戦力評価の『塩漬けの魔人』と、戦力評価SSとか言う馬鹿げた表記の『ぜんまい仕掛けの神』だ。
特に後者。戦力評価SSというのは精霊王……つまりスティルシアと同格という事だ。F~SSと振り幅があるようなのは気になるが。
「クシナダ……塩漬けの魔人とぜんまい仕掛けの神について詳しく分かるか?」
「分かるよ。まず塩漬けの魔人は、君がかつて戦った大賢者や精霊王と同じ、"魔法使い"なんだ」
魔法使い……つまり異世界人ってことか?
「じゃあ塩漬けの魔人はこの世界の人間じゃないのか?」
「いいや、彼は間違いなく地球人だった。単純に魔法の適正があったんだろう……特に炎魔法の威力は凄まじかったよ」
「どのぐらい……?」
「海に逃げ込んだモンスター目掛けて放った炎で海の水分が蒸発して、その一角の跡には海水の塩だけが残ったぐらい」
「こわっ」
「大丈夫ボクならわりと完封できる」
「わりと」
『問題になるとすればもう片方だ』とクシナダが言う。
「ぜんまい仕掛けの神……名前からしてもうヤバそうだけど、どんな能力なんだ?」
「ランダム」
「えっ」
「ぜんまい仕掛けの神は、端的に言うと究極の運ゲー装置だ。一日に一回だけ、ぜんまいを回した人間の命を代償に『何かをする』。ただそれだけの装置」
「"装置"って……それ、人間じゃないのか?」
「うん。向こうの世界から地球に捨てられた『処理不可能な物品』の内の一つだよ。使用者がみんな死んでるから、やむなく道具自体がランキングに入っているというわけだ」
「えぇ……無茶苦茶じゃねぇか」
「これがくせ者なんだ。過去に一度だけ『大当たり』を引いた奴が居たらしくてね。その時に"ぜんまい仕掛けの神"は複数のSランクモンスターたちを皆殺しにするぐらい大暴れしたらしい。今回の戦いで一番の不確定要素だ……これ一つのせいで一気に戦局が読めなくなる」
こめかみを抑えながらクシナダが溜め息を吐いた。俺も同じように苦々しい顔でソファに背中を預ける。
……駆逐官たちと敵対してしまったのが、かなり痛いな。エリミネーターが万全であればどれだけ楽だったか。
「まあ、まだ時間はあるし。これから考えていけば良いよ。まずは朝ご飯にしない? 折角だから渚が何か作ってよ。キッチンと食材出すからさ」
「いや、今はそんな気分じゃないし……能力で適当に完成品出してくれない?」
「やだ。渚の作ったのがいい」
ずい、と身を乗り出しながらクシナダが言った。こいつの能力なら直接完成品を出せるだろうに、なんでわざわざ俺が作らなければならないんだ。
「なんで俺の料理なんかーー」
「……あのエルフにはいつも作ってあげてたくせに。友達のボクには作ってくれないの? なんで?」
「……えっ?」
「ボクはスティルシア以下なの? ねえ、なぎさ」
「それ、なんで、知ってーーぇ」
ーーそこで初めて、クシナダが全く笑っていない事に気が付いた。
冷たい殺気さえ滲む黄金色の瞳が真っ直ぐ俺を見据えている。そこから放たれるのは大賢者に迫るーー否。あれすら凌駕する威圧感。
全身から汗が吹き出すような緊張感。
白くしなやかな指が俺の首に這ってくる。首の肉に細い五指が食い込み、鋭い痛みを感じた。
……え、なにこれ。なんでこんなに怒ってるのこいつ。
なんかヤバいぞこれ。
「ボクの方が好きって、大切って言って。友達なんだから」
「ぇ、あ……? く、クシナダさん……?」
「言ってよ」
ギチリ。爪が食い込み首筋から血が流れた。
鮮烈な死のイメージが沸く。次の瞬間には首を握り潰されていそうだ。
俺は恐怖に抗い、何とか喉から言葉を絞り出す。
「く、クシナダの方が、好きです……料理も作りますから……首いたいです……」
「そう? そうなんだ、嬉しいな……ボクも君が好きだよ。なぎさ」
えへへ、と照れくさそうに笑いながらクシナダは俺の首から手を離した。威圧感が収まる。呼吸がしやすくなり、俺は床に座り込んだ。
上機嫌そうにクシナダがパチンと指を鳴らすーーすると先程までただの壁だった場所に扉が出現し、その先には清潔そうなキッチンが広がっていた。
「……こわー」
「どうしたの?」
「な、なんでもないです……」
「あははー、なんで敬語なのさ」
俺はぎこちない歩みでキッチンの方へと歩いていく。……最新式だ。CMとかで見たことある。
800リットルぐらいありそうな冷蔵庫もある。開けてみると中には様々な食材がぎっしりと詰まっていた。
何を作ろうか……下手な物を作ったらヤバいかもしれないーー
「何を作るの? なぎさ」
「っ……!?」
「こうやって二人で台所に立ってると、なんだか新婚さんみたいだね……ふふ、なんちゃって」
ほんのすぐ後ろから聞こえたその声に、俺はビクッと肩を跳ねさせた。腰に腕が巻き付いてきて、首筋に暖かい息を感じる。ぴとっと体が密着する。
「あ、あはは……そうですね……」
「ねえ敬語やめようよ」
「え、あ……」
「やめようか」
「はい」
背中に視線を感じながら、俺は料理を始める。
そして数十分後に出来上がったハンバーグ二つを皿に乗せ、机に運ぶ。
クシナダはキラキラした目でそれを見て、てってってっと小走りで俺と自分の椅子を引いて正面に座った。
自分の前に配膳された皿を心底幸せそうに眺めながら、にこにこしている。しかし見ているだけで口を付ける様子は無い。
「……食べないのか?」
「うん。ボクは固形物を消化出来ないんだ」
「じゃあなんで作らせたんだよ……」
「君が、ボクのために、料理を作ってくれる。それが重要なんだ」
「……?」
「奉仕の本質は思いやりの心だよ……仮にこのハンバーグが泥団子でも紙屑でも、君が心を込めて作ってくれたものならボクは喜ぶよ」
「それでいいのかお前……」
「子供の頃……確か四歳ぐらいかな。君が悪さをしてお婆さんにぶたれた時、君は泣いただろ? それは痛みじゃなくて『大好きなお婆さんに叩かれたのが悲しくて泣いた』筈だ。思いとは時に物理を凌駕するのさ」
うっとりと指の先でハンバーグを撫でながらクシナダは言った。
……確かに、そんな記憶がある。突き放されるのは殴られるよりもずっと辛い。
俺は、祖母の事を思い出して少ししんみりしながらハンバーグを口に運ぼうとしてーー
「……なんでお前、それ知ってるんだ。スティルシアの事も、婆ちゃんの事も、誰にも言ってないんだけど」
「…………」
こいつに見せられた超常の力の数々に目を眩ませられて、言葉の端々から伺える確かな違和感に今まで気付かなかった。
『スティルシアには作ってたよね』とか『あの時は確か四歳ぐらいかな』とかーー
「お前と知り合ったの、高校に入ってからだよな? スティルシアの事はまだしも、婆ちゃんの事まで知ってるのはおかしいだろ」
「………………」
「小学校に入る前の俺に同年代の友達なんて居なかった。だから 俺とお前は実は幼馴染でした、とかもあり得ない。なんで知ってるんだ?」
クシナダは、薄いピンク色の唇をうっすら笑みの形にした。広角だけがつり上がり目は全く笑っていない、ひたすら
俺はその不気味さについ目を背けそうになったが、拳を握り締めて何とか目を合わせ続ける。
「なぎさ」
「クシーー」
「"この話題は無かった事にしよう"?」
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「……」
「おはよう、なぎさ」
芳ばしいコーヒーの香りで俺は目を覚ました。
机の上では高そうなコーヒーメーカーが鈍い駆動音を立てて黒い液体をどぼどぼコップに注いでいる。コンセントには繋がっていない。どうやって動いているんだろう。
エリミネーターは寝台の上で横になっている。
俺はその光景になんとなく違和感を覚えた。
クシナダは椅子の上で膝を抱えて座り、ソファに横になる俺を見ていた。昨日の制服ではなくラフなシャツとズボンを身に纏っていて、爪先まで整えられた白く綺麗な足が裾から見える。
……元々中性的な顔立ちなのも相まって、男子用の制服を着ていないと一見女子のようにしか見えない。
……もしかしたら。俺の脳裏にとある仮説がよぎった。『モンスターとのハーフだ』なんて話と比べたら全然あり得る話だ。
「……おはよう」
「おはよう、なぎさ」
クシナダは膝を屈めて俺の顔を覗き込み、愛おしそうに目を細めた。
「あいしてる」
リアルの方が一段落着いたので更新ペース上がりそうです。
面白かったら感想や高評価、よろしくお願いします。