【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
地面に倒れたクリシュタに向けて、第一位は懐から取り出した拳銃の弾丸を四発打ち込んだ。
頭部に全弾命中した鉛玉、しかしクリシュタはそのまま指一つ動かない。
「……はぁ、終わった。今日は久しぶりに気持ちよく眠れそうね」
第一位が銃を下げ、ぐーっと背筋を伸ばしながらクリシュタの死体を薄目で見る。
割れた頭蓋から溢れる脳漿と血が、その致命傷を物語っていた。
……本当に、死んでる。
クシナダに『最強の現実改編者』とか散々聞かされていただけに、拍子抜けだった。
「アルバ、そいつの首を切り落として頭部を可能な限り細かく裁断しなさい。それから薬品漬けにして移送するから」
「へいへい……人使いが荒いねぇ東弊さんよ」
アルバと呼ばれた男が第一位の命令で、大振りのナイフを使いクリシュタの首を切断した。
それを見届けた第一位は、無表情で俺の方へと振り向く。
「っ」
思わずびくっとしてしまう。……選択肢としては、すぐに謝罪して投降するか、今すぐ逃げるかのどっちかだ。裏切り者である俺に対しての処刑が実行される前に。
あの日撃ち込まれたイデアの嵐を思い出しゾッとする。あんなの二度と食らいたくない。
「……あの、と、東弊さん、マジで、そのっ、ほんと、すいません! あれは若気の至りっていうか、屋上の時首絞めてごめんなさいっていうか、槍刺さってたお腹だいじょうぶですかって言うか……えと、その、エリミネーターさんは渡せませんけど、実はですね、俺の友達のお陰で、天使化も治りかけてて!」
「……うーん?」
必死だからか、かつて無い程によく回る俺の舌。第一位は腰に手を当てて微妙な顔をしている。
こ、これはもしかして迷ってくれてるんじゃないだろうか。もう一押しだ……!
「いやいやいや、俺だって何らかの罰は受けるつもりですよ!? しばらく、いやずっとタダ働きとかしますし、エリミネーターさんが治ったら二人で馬車馬のように働いてモンスター狩りまくりますから! なので命だけは……!」
「……おかしいわねぇ? 龍人」
「な、なにが、でしょうか……?」
「空を見てみなさい」
「へ?」
予想外な第一位の言葉に、俺は呆けた声を出してしまった。
そしてそのまま、首をもたげて空を見上げーー思わず、言葉を失った。
天に鎮座する漆黒の巨球と、それを取り囲むように飛行する天使たちーー
クリシュタは殺したはずなのに、黒球の様子も天使たちの活動にも全く変化がない。
……いや、違う所は一つだけあった。
漆黒の球体から、溶けかけのチョコアイスのように、ドロリとした液体状の何かがこぼれ落ちてきているのだ。
空からこぼれてきて水溜まりのように地面に広がった黒い液体は、ぐつぐつと煮え立ったみたく気泡を作っている。
なんだこれは……? 第一位も怪訝な顔でそれを睨んでいる。
「ーー私が勇者に敗北してこの世界に送られたのは、今から百年ほど前の事です」
「っ……!?」
ーーどこからか聞こえてきたその声は、間違いなくたった今死んだ筈のクリシュタの物だった。
「当時の日本では、肺結核という恐ろしい疫病が蔓延していましたが……幸いにも、私は自らの持つ権能によりそれを治し、苦しむ人々を救うことが出来ました。涙を流し喜ぶ彼らの姿が、私は本当に、本当に、嬉しかった……」
黒い水溜まりから、人間の手が突き出てきた。
そしてそれは、沼から這い出る人間がそうするように肘間接を曲げて指先に力を籠めているように見えた。
ーーやはり、そう簡単には終わらないか。
俺はいつでも"精霊王の義眼"を発動できるように身構える。
「彼らからすれば、私はまるで奇跡の
「……っ」
第一位が無言で放った弾丸は、這い出てくる手に着弾する寸前で見えない壁に阻まれた。
「しかし、私はある時。自分の現実改編が
数秒後ーーそこには無傷で佇む、クリシュタ・マナスの姿があった。皺一つない白コートを身に纏い、空に浮かぶ黒い球体と天使たちを見上げている。
さっき殺されたクリシュタの死体はそのままだ。生き返ったと言うよりは『二人目があらわれた』とでも行った方がしっくり来る。
「……私が数十年かけて造り上げたあの球体は、時空の壁を破壊します。今はまだ私自身を過去から連れてくる程度しか出来ませんが……ゆくゆくは過去未来と現在を平行に繋げーー私は、
『これは天国を引きずり降ろす行為と言っても過言では無い……! 時間遡行の自由化は局所的な死への勝利に等しいのですから!』とクリシュタは昂った様子で叫んだ。
「はぁ……新興宗教とか胡散臭くて嫌いなのよね……で、どうしてあそこでくたばってる筈のあなたが復活してるわけ? 死は覆せないんでしょう?」
「今ここにいる私は、私の死をトリガーとして過去から召喚された『殺される1日前の私』です。もしまた私を殺せても次は『殺される2日前の私』があなたたちの前に立ち塞がるでしょう」
あまりに荒唐無稽な能力。俺を含め、駆逐官たちが絶句していた。
奴の能力は強力無比な現実改変と天使の大群ーーそれだけでもヤバいのに、加えて更に実質上の"無限コンテニュー"だ。
……だけど、あのクシナダがこれを想定していないとは考えにくい。奴の無限コンテニューごと殺す手段がきっとある筈。
だが、クシナダの存在を知らない他の駆逐官たちは、その言葉で半ば戦意を喪失していた。
「なるほど……じゃあ簡単な話ーーこの世界に来てからの
ーーしかし第一位だけは、いつもの
「……ああ、ようやく分かりました。君は馬鹿なのですね。話が通じないはずです。もう終わりにしましょうか」
クリシュタは呆れ顔で溜め息を吐く。そして第一位を指差した。あれほど近くで護衛していた天使たちがクリシュタの前方から焦ったように退避していく。
ーーなにか、来る。
俺は咄嗟にクリシュタと第一位の射線上に割り込み、全力で龍腕のバリケードを展開した。
組み上がっていく黒い防壁の隙間から見えるクリシュタの口元が、静かに開閉するのが見える。
「ーー現実改変・"
「ッッッ……!?」
そよ風が吹いたーーそう思った瞬間、何重にも展開していた龍腕のバリケードの大半が跡形も無く消し飛んだ。
「龍人を守れェェェッ!!! あいつが死んだら終わりだ……!」「くそ、くそがっ!」「え、手、消え。」
クリシュタと俺の距離は50メートル程、その直線上にある岩石や植物、俺たちを庇おうと立ち塞がった駆逐官ーーいや、全ての物体が消え去っている。
何が、どうなって。
「この現実改変"
龍腕の防壁、その最後の一枚がサラサラと崩れ去った。
そして、現実改変による不可視の暴威は俺を飲み込みーー
「……っ、プリズム・バリアァァァァッ!!!」
「ッ、ほう……! まさか、その眼は精霊王の……! やはり君は惜しい! 時空の壁を破壊したら真っ先に過去から君を連れてくることにしましょう……」
ーーすんでの所で、
流石はスティルシアの魔法と言うべきか、奴の現実改変に耐えている。しかしながら、それでも少しずつビキビキとひび割れていくのが見える。
……これじゃ、ジリ貧だ。
しかしその時、額に汗を伝わせる俺の肩に、後ろから第一位が手を置いてきた。
「東弊さん……っ?」
「……龍人。今からスリーカウントするから、私がゼロを言うと同時に全力で前方に攻撃して」
「攻撃……? でも、バリアを解いたらーー」
「良いから」
『私を信じて』と言う風にじいっと俺を見てくる第一位。
……正直、俺はこの人の事が好きではない。エリミネーターのことを殺そうとしたし、なんか胡散臭いし、どちらかと言えば嫌いと言っても良い。
しかし先程、あの絶望的な状況の中クリシュタに切った
好き嫌いは置いといて、信用に足る人物ではあると、俺はそう思った。
「……分かりました。マジで頼みますよ東弊さん」
「任せときなさい。……よし、奴との距離は大体48メートル……ギリギリね」
「ぎ、ぎりぎり……? そ、それ本当に大丈夫ーー」
「3」
「あぁくそ……!」
第一位の言葉を信じ、半ばヤケクソになりながら全力でプリズム・バリアを維持する。
魔力がゴリゴリ削れていくのを感じるが、最近クシナダに全回復してもらったお陰であと三秒程度なら余裕だ。
「2」
前言撤回。ヤバイ、向こうが出力を上げたのか防壁が大きく揺らぎ始めた。
助けを求めるように第一位を見るが、なにやら深呼吸を繰り返しているだけで反応が無い。
「1」
「ぐ、ぉ、がぁァァァァッッッ!!!」
ーー駄目だ。
防壁が粉々に砕け散り、破片が俺の頬を切った。
世界がスローモーションになる。不可視の暴力が俺の指先を飲み込んだ。
不思議と痛みは無い、しかし俺は思わず表情を苦悶に歪めてーー
「ゼロ……っ」
「ーー!」
ーーその声を聞き、俺は半ば反射的に無事な方の手に龍鱗を纏わせて最大の力で前方へ突き出した。
すると、不意にぐちゃりという音。
「が、ふ……ッ!? な、ぜ……!?」
「……はっ?」
気がつけば俺はクリシュタの背後に立っており、右手が後頭部からその頭を貫いていた。
そんな俺のすぐ横には第一位が座り込んでおり、ぜぇはぁと荒い息をしている。目と鼻からおびただしい量の血も流れており、凄まじく消耗しているようだった。
……俺は誓って瞬きをしていない。それなのに気付かぬうちに立ち位置が変わった。
俺は驚きのまま第一位を抱え、頭から血を流して倒れるクリシュタから距離を取った。
「これっ、何したんですか東弊さん!?」
「はぁ、はぁ……ふふ、秘密。この戦いから生きて帰れたら教えてあげる……あっやばいこれ死亡フラグってヤツかしら」
「この状況で何しょうもない事言ってんだよ!」
まるでフルマラソンを終えた後のように荒い息をしている第一位に肩を貸したまま、俺は空に浮かぶ黒い球体を睨み付ける。
そこからはまたもやどろりとコールタールのような液体がこぼれ落ちてきて、出来上がった水溜まりからクリシュタが這い出てきた。
……マジで果てしないな、こいつ。ボス側が無限コンテニューなんて使っちゃ駄目だろどう考えても。
「……私は、またやられたんですか」
横たわる自分の死体を見ながら、クリシュタは無感情にそう呟いた。
「く、ふふ……なぁにへこんでんの……貴方はこれからあと何万回も殺されるんだから、たった二回でそんな顔してたら
「減らず口を……君の方が息も絶え絶えに見えますが」
クリシュタは溜め息を吐き、再び俺たちに人差し指を向けてきた。
咄嗟に他の駆逐官たちがそれを止めようとするが、千を越える天使たちに阻まれてクリシュタの所までたどり着けていない。
俺も試しに正面から"
やはり意識外からの攻撃でなければ防がれるか。
「……東弊さん、さっきのアレ、もう一回やれますか。相当しんどそうですけど」
「はっ、誰にモノ言ってるのかしら……やれるやれないじゃない、やるの。無辜の市民を異界の侵略者どもから守るのが駆逐官で……私は"第一位"なんだから」
「……じゃあ、次は攻撃が止んだ直後にあいつの目の前に飛んでください。策があるので」
俺はクシナダのお守りをぎゅっと握り締めた。
第一位は俺の肩から手を放し、ふらふらと一人で立ち上がる。そして俺も
……確実に不意を打てるのは攻撃の最中か直後だ。
俺は呼吸を整える第一位を尻目に覚悟を決める。
「……なんだ、あれ」
その時、西の空から高速で飛来する何かが見えた。
空を覆う天使の雲を引き裂き、オレンジ色の軌跡を残しながらこちらに向かってきている。
嘘、だろう、あれは……
「
ーーその戦闘機の形状は、大賢者戦でエリミネーターが見せた物と全く同一だったのだ。あの戦闘機は冷戦時の兵器……乗っているのはエリミネーター以外ありえない。
天使化が治ったのだ。クシナダは五分五分、イチかバチかと言っていたが、エリミネーターはイチを引いたらしい。
「……戦闘機? 今さら軍が出張ってきた所で」
クリシュタの上空五十メートルぐらいの高度で、戦闘機が一瞬にして
そしてその赤い霧を突き抜けて、怒りの形相のエリミネーターが大剣を構えたままクリシュタへと落下していく。
背中から
「っ、あの騎士……なぜ天使化していない……?」
ーークリシュタが、
空へ指を向け、エリミネーターを迎え撃つ体勢。
「まずっ……!? エリミネーターさん! 避けてください!」
エリミネーターはあれのヤバさを知らない。このままでは直撃する。
「消し飛んでくださいーー現実改変・
俺の制止虚しく、クリシュタの指先から濃密な魔力が迸りそれがエリミネーターに正面からぶつかった。
「ーー何をしている? 言葉遊びで人は殺せんぞ……クズめが」
「な」
ーーしかしエリミネーターは
「なんで……!?」
エリミネーターに、現実改変が効いていない……? いや、クリシュタと初めて会った屋上の時は効いていた筈だ。
なら、なぜ。
そう考えてーー俺の頭の中で思い当たるものが、一つだけあった
クシナダは、イデア使いたちを退けたあれだけの力を持ちながら"天使をどかしてくれないとボクはクリシュタには攻撃できない"と言っていた。
クリシュタとクシナダは親子だから、能力も同質のはず。
そこから推察するとーーもしや、天使あるいは
天使たちが
「……エリミネーターさん」
この人が来た所で苦しい戦況には違いない、違いないがーー確実に、希望は差し込んだ。