【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
空から黒い泥がこぼれ落ちてきて、再びクリシュタの復活が始まる。
それと同時ーー天使の群れがエリミネーターへ殺到した。全方位から恐ろしい数のレーザーや光の剣が振り下ろされる。
「ーーエンジェライト《七翼》」
しかしエリミネーターはそれら全てを紙一重で回避し、その勢いのまま円を描くように大剣を振り払った。
囲んでいた天使たちの首が一斉に宙を舞う。穴が開いた包囲網を突破し、エリミネーターは真っ直ぐ復活直後のクリシュタへと距離を詰める。
あまりの速度にぎょっとした様子のクリシュタがたたらを踏みながら後ずさった。その隙だらけの腹にエリミネーターの大剣が突き刺さる。
……クリシュタは、俺やエリミネーターと違い本職の戦士というわけではない。どちらかと言えば司令塔タイプ。
だからこそ、能力の効かない相手に距離を詰められれば果てしなく弱いのだろう。
「っ……! おかしい、なぜ現実改変がーー」
「人間をモンスターに変えるなど……お前は、自分がやった行為の重さを理解しているのか?」
一秒足らずでクリシュタの体が十文字に切り裂かれた。
即座に黒い沼から復活するが、頭を出した時点でエリミネーターに頭蓋をカチ割られ絶命する。
「わた」
「オレたちが……一体どれだけの犠牲を払い、一体どれだけ家族のような仲間たちの死体を踏みながら、一体どれだけ命と魂を燃やして
復活する度、その瞬間に音速を越えた斬撃が正確無比な軌道でクリシュタへ襲いかかり、何度も何度も命を刈り取っていく。
人間一人から出る量を遥かに越えた返り血を浴びながら、エリミネーターは眉一つ動かさず殺戮を繰り返し続ける。
「"召喚地点を、この騎士から遠くへ"!!!」
ほんの僅かな隙を突いて、クリシュタがそう叫んだ。エリミネーターの振り下ろした大剣に両断される寸前でその姿が消え失せる。
「必ず殺す……逃がさない」
自分を袋叩きにしようとしてくる天使たちをめった斬りにしながらそう呟くエリミネーター。それを見て第一位は渇いた笑いを漏らした。
「……ヤバイぐらいキレてるわねエリミネーター。一人で殺し切りそうな勢いなんだけど」
心の中で頷く。あの人があんなにブチギレてるの初めて見た。クリシュタの行為が何らかの逆鱗に触れたのだろう。
「……あれは」
ふと、他の駆逐官たちの対処に回っていた天使たちがエリミネーターの方へと大挙を成して集まっていくのが見えた。
空を埋め尽くしている天使たちは黒い球体の維持で手一杯なのか襲ってこないが、戦場で駆逐官たちの対処に回っていた方はほぼこちらに来ている。
……いくらエリミネーターでもあの数はちょっとまずいな。
俺は第一位にアイコンタクトしてから、全力で駆け出した。
「加勢します、エリミネーターさん!」
「坊主か! 助かる……勝つぞ」
「はい!」
ーー術式装填。
俺たちはほぼ同時にそう叫び、
二人分の威力、膨大な量の水と土が混ざり合い大規模な土石流となって天使たちを蹂躙する。
しかし、それでも天使の数は一向に減らない。マジで何体いるんだこいつら。
最終目標が『全人類の三割』と言っていただけに、現時点でも出鱈目な数がいるのだろう。
こうなったらーー
「エリミネーターさん、今から一秒だけ大賢者の
「やれるのか!?」
右目に意識を集中させ、万物を融解したいつかの閃光を思い出す。
大賢者のように連射はできない。しかしこの魔法はそれでも尚切り札として余りあるのだ。
スティルシアの眼を移植されてから何度も使ったが、俺自身の魔力切れを除いて光魔法が力負けしたことはただの一度も無い。
視界に白い魔方陣が展開したのを確認してから、俺は詠唱する。
「
ーー閃光。
知覚すら不可能な光速の熱線は、地平の彼方まで天使たちを
歯を食い縛り、発動を維持したまま熱線を横に薙ぎ払うと、それは剣のように奴らの胴を分断した後に細い光の糸になって消え去る。
今の一秒弱だけで軽く千は殺した。
「はぁ、はぁっ……!」
「よくやった坊主!」
一気に持ってかれた魔力に息切れしながらも、俺はエリミネーターの背を追って天使たちの波を抜けた。
その先には、忌々しさと驚愕に表情を染めたクリシュタが立っている。
「……これ以上天使を減らされたら時空掘削球体の維持が……まずはあの騎士を無力化しなければ、そうすれば後はどうにでも……」
クリシュタはぶつぶつと何かを呟きながら、腕で虚空に『4』を描くような奇妙なサインをしたーーその瞬間、エリミネーターの足元の地面から四本の炎剣が生えてきた。
「こんな粗末な不意打ちが、オレに当たるとーーぐ、うっ!?」
咄嗟に身をよじり炎剣を回避したエリミネーター。
ーーしかしソレは本命では無かった。
回避の直後、どこからか飛来した黒い杭のような物体。
それが四つエリミネーターの背中に刺さっている。
杭の飛んできた方向を見れば、天使ではない白コートの四人組が煙のくゆる銃口をエリミネーターに向けていた。
ーー失念していた。"神の存在証明"の全員が天使化しているという保証はどこにもないというのに。
「なんだ、体が重い……力が……入らない……?」
かくんと膝が折れ、エリミネーターは地面に倒れた。十中八九あの杭のせいだろう。
スティルシアの腕に嵌められていた、魔力を封じる装置と似たような物かもしれない。
「エリミネーターさん……!」
「オレの事はいいから急げ……! また奴らに囲まれれば次は無いぞ!」
「っ、分かり、ました……!」
エリミネーターに背を向け、俺は走る。あと15メートル程。
正面から一人で向かってくる俺を見て、クリシュタの口角がつり上がり喜色満面になった。魔力の減った俺一人なら赤子の手を捻るように殺せると思っているのだろう。
ーーだが、こいつは知らない。"精霊王の義眼"の真価を。
あと十メートル、クリシュタと目が合った。
《一秒後、充分に引き付けてから
精霊王の義眼を発動ーー奴の思考が手に取るように分かる。
あと五メートル、俺はヤツが
「っ、消え……!?」
その反動で俺の体は逆方向に吹き飛ぶ。クリシュタからすれば一瞬で視界から消えたように見えただろう。
そして、
「こっちだノロマ……!」
「っ!?」
クリシュタが咄嗟に振り向いた瞬間、お守りを投げた。これを合図にクシナダが攻撃してくれる筈。
「何をーー」
投げられ宙を舞うそれが爆弾や武器の類いではないと気が付いたクリシュタは、束の間呆気に取られた顔をしていたがーーお守りが地面に落ちると、それが何かを理解したのか、こひゅっと渇いた息を漏らした。
「……そんな、なぜ、これが、ここに。サク、ヤ……」
奴とリンクした右眼から、言語化が不可能なまでに混沌とした情動が爆発的に流れ込んでくる。
困惑、哀しみ、怨み、後悔ーーそして、それらを塗り潰す狂おしいまでの愛情。
【きっと……きっと私は人間らしくなって、
クリシュタの記憶の奥深く、古びた神社で幸せそうに笑いあう一組の男女の姿が見えた。はにかむ女性の手には今俺が投げたのと同じお守りが握られている。
男の方はこいつ自身だろう。なら、もう一人は……
ーー《会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいなぜ私を置いて君たちは死ぬおかしいおかしいこれに耐えられるようにヒトは設計されていない筈だなんでなんでなんでなんで寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しいああ死が我らを分かつならば私はーー》
「っ……」
頭が割れそうな頭痛と共に流れ込んできたクリシュタの叫びに、俺は焦って義眼の接続を切る。
クリシュタはよろよろとしゃがみこみ、震える手でお守りを拾った。
死んだ妻の名前だろうか、うわ言のように『サクヤ』と連呼しながら。
「会いたい、サクヤ……会いたいよ……もう一度、だけ……っ」
戦意を失い、地に膝を着いたまま嗚咽するクリシュタ。
あまりの変容ぶりに俺が面食らっているとーークリシュタの背後に煙のような何かが渦巻き、それが少しずつ人の形になっていくのが見えた。
直感で分かったーークシナダだ。
「お母さんは惨めに死んじゃったけどさぁ……まだボクがいるよぉ? おとーさん?」
「が、ぐぁ……ッ!?」
ーークリシュタの胸から、鋭利なナイフが生えた。
煙はいつしかクシナダの姿に変化し、手に持ったナイフでクリシュタを貫いている。
パキ、パキ、パキ。
クリシュタが復活に用いていた空の黒球に、少しずつヒビが入っていくのが見えた。
やはり、無限コンテニューを封じる力をクシナダは持っていたようだ。これでやっと終わる。
へなへなと足から力が抜けて、俺はため息を吐いた。
「誰だ、お前は!? なぜ時空掘削球体が……馬鹿な、この力は、私と同種の……!?」
「誰って……ひっどいなぁ。お父さんってば、信者集めに
「……我が子、だと?」
軽薄にけらけらと笑いながら、クシナダはより深くナイフを抉り込む。クリシュタが吐血した。
クリシュタは苦痛に悶えながら首を捻って後ろへ向きーー視界に捉えたクシナダを、悪鬼のような眼力で睨み付けた。
「……ふざけるなよ」
「何がぁ? おとーさん。ボクだよ、クシナダだよー?」
「ふざけるな、ふざけっ、るな……っ!」
クリシュタは血を吐きながら、途切れ途切れでそう叫んだ。崩れゆく黒球に目もくれず、歯を食い縛ってクシナダを睨み付ける。
クシナダは抑え切れぬ笑いを堪えるときのように口をつぐんで、クリシュタを見下していた。
「……クシナダは」
「…………」
「クシナダは、私たちの娘はっ……
ひどく濁った声で、クリシュタはそう叫んだ。
「……は?」
……クシナダが、死産? わけが分からない。こいつは実際ここに立っているのに。
俺が怪訝な顔をしながらクシナダの方を見ると、クシナダは無言のまま、口だけを歪めて静かに笑っていた。
「……ふっ」
「貴様だけは、殺す……!」
「……ふふ、あははっ、あははははははは! くひひっ、ふは、あははははははぁっ! あぁっ、ほんとお腹いたいっ、ほんっと……"死ねよ"」
「が……っ」
クシナダの言葉で、クリシュタの頭が大きく弾け飛んだ。もう復活はしない。
空を埋め尽くしていた天使たちの頭上に浮かんでいた光輪も光を喪い、体は灰になって落ちてくる。
空の黒球からは、泥の代わりに真っ赤な宝石ーークリシュタの魔核が落ちてきた。
……自分の核を、あれに株分けでもしていたのか?
「最強の現実改変者……やっと、殺せたぁ……!」
クシナダは落ちた魔核を手に取り、心底嬉しそうな笑顔でそう言った。
「……や、やったな、クシナダ?」
クシナダの様子がおかしいような気がして、俺は少し困惑しながら歩み寄る。
俺に気が付くなり、クシナダは振り向いてにぱっと花が咲いたように笑った。
「うんっ、やったね渚! 君のおかげだよ!」
「あ、あぁ。それじゃあさ……!」
俺は、その手を取ろうとして。
「ーーこれで、全部終わらせられる」
クシナダは。
あまりに屈託の無い、眩しさに目を細めてしまいそうになる綺麗な笑顔のまま。
ーー実の父親の魔核を、躊躇なく噛み砕いて呑み込んだ。
ーー顕れる本性。