【書籍発売中】田んぼでエルフ拾った。道にスライム現れた   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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十九話『The Birthday』

ごちゅり、ぱぎり。

ガラス混じりのミンチ肉を咀嚼するような音が、クシナダの口から聞こえてくる。

数秒でクリシュタの魔核を呑み込んだクシナダは、唇に付着した血を舌で舐め取ってから恍惚とした顔で嘆息した。

 

「ク、クシナダ」

 

「……その名前さぁ、ほんっとセンス無いよね。自分の娘に女神の名前付けるかね普通! ははは!!! こいつ、死ねよ! 死ねよ……っ! ってあぁもう死んでるかぁ!」

 

クシナダはけらけらと笑いながら、クリシュタの死体を何度も何度も踏みにじった。

……こいつ、こんな性格(キャラ)だったっけ。

俺の知るクシナダはいつも冷静で、間違ってもこんな言葉使いをする奴ではなかった。

俺は怪訝な顔をしながらクシナダに歩み寄る。

 

「お前、なんか変だぞ……?」

 

「……ん?」

 

ぱたりとクシナダの笑いが止み、真顔になって俺を見つめる。クリシュタと同じ金の瞳と視線が交差した。

スティルシアの目で考えを読み取ろうとしてみたが、こいつ思考はひたすら伽藍堂(がらんどう)で何も見えない。

 

「あぁ……渚の前で()が出ちゃった時は毎回記憶消してたっけ」

 

「さっきから何言ってるんだよ……? 全部終わらせるとか、俺の記憶消すとか」

 

「分からないよね……渚。ふふ、今は気分が良いからね。親友の君には特別の餞別として全部教えてやるよ」

 

混乱する俺を意に介さず、クシナダはぐっと顔を近づけてきた。鼻と鼻とが触れあいそうな距離。

口の周りに付いた血がさながらルージュのようで、無邪気な笑顔とは裏腹に、中性的な顔立ちからは奇妙な妖艶さを感じた。

 

「むかーし昔。異界から追放された現実改変の怪物が、とある神社の巫女(かんなぎ)に恋をしましたとさ」

 

「はぁ……!?」

 

クシナダは俺の顎を掴み寄せ、逃げられなくしてから静かにそう語り始める。

その目には深い憎悪の感情が浮かんでいた。

 

「心優しい怪物に、巫女は少しずつ()かれていき……やがて二人は愛し合い、巫女は怪物との子供を身籠りました」

『しかし、それが悲劇の始まりでした』

そう言ってから数秒沈黙し、クシナダは再び口を開く。

 

「出産された赤子には臓器のほとんどと、皮膚の大半と、四肢の全てと、そして脳の半分が欠けていたのです。……異種交配のありふれた悲劇、奇形児でした」

 

クシナダはそう言って自分の側頭部を指でトントン叩く。

 

「そんな死に体で外界に引きずり出された赤子は、産道を通る途中で父から受け継いだ力を暴発させ、母親の体を内側からずたずたに引き裂いてしまいました」

 

「……それって、クリシュタがさっき言ってた……」

 

「そして自らも死にゆく中、赤子は本能的にーー強く強く、何度も『死にたくない』と願ったのです。……そして、赤子(ボク)の拙い現実改変能力は、それを()()()()叶えたんだ」

 

後ろから複数人の足音が聞こえてきた。首をよじって確認するとエリミネーターと第一位、そしてその遥か後ろに多くの駆逐官たちが走ってこちらに向かってきている。

 

「肉体は腐り落ちたけど……自我(たましい)だけは辛うじて、幽霊のように誰からも認識されない形でこの世に踏み留まったのさ。……これが今からおよそ九十年前のお話。それからボクはずっと、誰にも見つけてもらえず独りでこの世界をさまよったんだ」

 

「坊主! そいつは敵か!?」

 

「っ……わ、分かり、ません……友達、なんです」

 

「なんだそれは……しっかりしろ! お前らしくないぞ!」

 

クシナダはこちらに向かってくるエリミネーターたちを一瞥だけして、すぐに視線を俺に戻す。

 

「君に想像出来るかい……? 産まれてからずっと無視され続ける事の残酷さが。ボクが、ボクを無いものとして扱ったこの世界をどれだけ憎んでいるか」

 

「何が、言いたいんだよ……」

 

「あ、けど君とバンダイの事だけは好きだよ。逆に言うとそれ以外の全てが吐き気を催すほど嫌いなんだけど。……えぇとつまり、ボクが何を言いたいかって言うとねーー」

 

クシナダの頭上にドス黒い(リング)が出現し、それと同色の片翼が背から発生する。

今までクシナダからは感じなかった魔力が、クリシュタをも上回る暴力的なまでの濃密さで俺たちへと放たれた。

 

「ーーお父さんが警戒してた"勇者"とやらが来るのを待つまでもない。こんな世界、ボクが滅ぼしてやるんだよ」

 

ーーぐらりと地面が揺れる。岩盤がひび割れ隆起する。

まるでこの星自体が恐ろしく()()()()()()の卵であり、地殻はそれを包む殻であるかのように。

今、()()()()()()()()()()()()()()()けして産まれてはならない存在が。そう直感した。

 

「地面の下に何かいる……!? おいやめろクシナダ! そんな事したら、俺たちはお前と戦わなきゃならなくなる!」

 

「ははは! それ良いねぇ! 殴り会おうか渚! 最後に青春っぽい事しよう!」

 

愉快そうに笑って、クシナダは俺を突き飛ばした。

後ずさる俺の横にはいつの間にか第一位とエリミネーターが立っていて、二人とも鋭い目でクシナダを睨んでいる。

 

「……龍人。貴方とアレがどういう関係かは知らないけれど、ひとまず鎮圧するわよ。抵抗するようなら殺害も視野に入れるわ。協力しなさいエリミネーター」

 

(しゃく)だが同意だ。この"地中の何か"が完全に出てくる前に仕留めるぞ」

 

「っ……待っーー」

 

待ってくれ、と俺が言い切る前に二人はクシナダに接近する。エリミネーターは身体能力に裏打ちされた爆発的な走力で、第一位は例の瞬間移動染みた謎の能力でもって攻撃を仕掛けた。

 

「うん……? 君はあの時の……ふふ、また槍でお腹かき混ぜてあげようかぁ?」

 

「すごく痛かったわアレ。まったく、人のお腹貫くなんてどんな神経してるのかしら」

 

「おい対異の女……! お前タピオカ屋やってたオレの腹を素手でブチ抜いただろう!」

 

「地球人に(あら)ずんば人に非ずよ。異界生命体には何しても良いって法律で決まってるの」

 

「素晴らしい法だな、考えた奴の頭を六法全書で殴ってやりたいぐらいだ!」

 

悪態を吐きながら接近した二人の攻撃が、正面と背後から同時にクシナダへと襲いかかる。

しかしーーそれは、地面から這い出てきた()()()()()()()()()()()()()()()

俺の中に根付く龍の物と色を除き酷似したそれは、鋼鉄の鞭の如くうねってエリミネーターを弾き飛ばした。

……なんだ? あれは。

 

「これは……っ!?」

 

「……地中に巨大な龍種でも潜んでるのかしら?」

 

鞭の薙ぎ払いをギリギリで回避した第一位は、そう呟きながらクシナダに腹に拳を叩き込もうとしてーーその拳が腹部に吸い込まれるように()()()()()

先程本人が言っていた通り、まるで幽霊のように。

 

「っ……」

 

「当たらないよ。ボクはもうとっくに死んだ身だからね。なんたって物理無効は亡霊の特権だろ?」

 

「はぁ……っ、あの教祖と言いあなたと言い、殺しても死なないようなのばっかりね……嫌になるわ。ほんとに」

 

後ろに飛んでクシナダから距離を取り、第一位は荒れた息を整えつつそう呟く。ふらついて立っているのもやっとに見えた。

クリシュタ戦の消耗もあってか第一位の体力は限界に近そうだ。

……第一位の攻撃はクシナダには通用しそうにないし、前線から離脱させて駆逐官たちの指揮に徹して貰った方が良さそうだな。

 

「東弊さん、動ける駆逐官たちへの指示をお願いします。この場は俺とエリミネーターさんで抑えるので」

 

「……悪いわね」

 

俺の言葉に頷いた第一位はそう言い残し、例の瞬間移動でどこかに消えていった。

それを確認してから、俺は深呼吸をしてクシナダへと振り向く。

 

「おい」

 

「なんだい? 渚」

 

揺れる地面の上に悠然と立つクシナダは、いつものように優しい声で俺にそう返してきた。

 

「……クシナダ。お前が言ってること七割ぐらいわけ分かんないけど、それが間違っている事だけは分かる。一発ぶん殴って目を覚まさせてやるよ」

 

一瞬、クシナダが呆気に取られたような顔になる。その後にへらと表情を崩して、心底嬉しそうに笑った。

 

「……優しいなぁ」

 

「友達だからな。必ず止める」

 

「ふふっ、やってごらんよーーあぁほら、()()()()()()()()

 

ーー地面が、一際(ひときわ)大きく揺れた。

 

「ーーーーっ」

 

「おい、真下だ坊主!」

 

俺の足元の地面を食い破るようにして、巨大な"口"が地中から姿を表した。刃物のように鋭い、俺の身の丈程もある牙が無数に生えている。

ーーなんだこのサイズは。かっぴらいた口の直径だけで軽く数キロメートルはある。あまりの巨体に顔の全容が確認できない。

 

地面ごと俺を飲み込もうとする"口"から、全力の跳躍でなんとか逃げ延びる。

空中で炎魔術(カーネリアン)を放ち滞空しながら下を見るとーーそこには、すでに陸地は存在していなかった。

地中から這い出てきた存在により見渡す限りの地盤が崩落し、白い鱗を纏って生物らしい曲線を描いた"ソレ"が、その代わりの地面として俺たちの下にある。

 

■■■■(オォ¶†ギギ♭§¶≠)■■■■(§¶θΥ≠⊿∑ιλキ)■■■■(ュアァ゛ァ゛ァ゛ァ゛)!!!!!』

 

まるで、首を絞められた赤子の断末魔のような咆哮だった。

ひたすら苦しそうに、しかし生きようと必死にもがくかのような咆哮をーー"ソレ"は挙げている。

 

多頭龍(ヒュドラ)の亜種か!? しかし、これはあまりにも……!」

 

ーー"ソレ"は、八本の首を持った巨大な白龍のように見えた。

本来目があるべき場所は鱗に埋もれて塞がっており、視線は読めない。激痛に悶えるように巨体をのたうつだけで世界が震え轟音が響き渡る。

這いずって八つの口から岩盤を呑み込む度、加速度的にサイズが増していく。

 

「なんだよ、これ……」

 

「よいしょっと……九十年も前のだから完全にモンスター化しちゃってるな」

 

巨体をよじり、八つの口で地面を(むさぼ)りながら白龍が進撃する。見る限り腕も脚も無く、蛇のように全身を使う事でしか前に進めないようだ。

クシナダは白龍の頭の上に立って俺たちを見下ろしている。

 

「……この怪物はね、ボクの死体が元になって出来てるんだ。今までお父さんに抑え込まれてて出てこれなかったけど」

 

「死体……!?」

 

「九十年前にお父さんが埋葬した赤子の死体。それに含有されていた膨大な量の魔力が永き時を経て地中で形を変えーー見ての通り、今こうして()()()()ってわけさ。育ち盛りだからね、地球一つぐらいぺろっと平らげちゃうよ」

 

魔力を持った人間が死ねばモンスター化するという話は、スティルシアから聞いた覚えがある。しかし、目の前の光景とそれを結びつけるのにはいささか戸惑いがあった。

 

既に白竜は最初に出てきた時の二倍程の大きさまで成長している。

地面を取り込んだ体積分そのまま巨大化しているかのようだ。当然口も大きくなっているから地面を食らう速度もどんどん上がっている。

出てきてから僅か数分でこの有り様ーー比喩抜きで、一日もあればこの星の陸地全てを喰らい尽くしてしまいそうだ。

 

炎魔術(カーネリアン)! ……チィッ、目もくれないか! こちらの攻撃は食事の邪魔にすらならないとでも……!?」

 

大剣を触媒に放たれたエリミネーターの炎魔術は、白龍の鱗をほんの一部焼き焦がすだけに留まる。

……駄目だ、規模(スケール)が違いすぎる。個人の放つ攻撃ではとても有効打にはなり得ない。

その証拠に、白龍はその意識さえこちらには向けていなかった。まるで蟻に噛まれた象のように。

 

光魔法なら通るだろうが、この巨体を殺し切るには俺の魔力が足りな過ぎる。

白龍の背中に移動しつつ、次の手を考えるーー

 

「ーー陣形、"対大陸破滅級(SS+ランク)"。塩漬けの魔人、炎魔法詠唱開始。第六位、第七位はなんとかアレの進行を押し留めて! 第八位、第十位は塩漬けの魔人を守りつつ隙を見て攻撃! 全員出し惜しみは無しでやりなさい!」

 

■■■■(オォ¶†ギギ♭§¶≠)■■■■(§¶θΥ≠⊿∑ιλキ)■■■■(ュアァ゛ァ゛ァ゛ァ゛)!?!?』

 

ーーその瞬間、第一位が駆逐官たちへ指示を飛ばす声と共に白龍の歩みが止まった。

八本の首の内中央四本に、トゲの生えた植物の(つた)のようなものが絡み付いていて進行を阻害している。

しかし白龍の力は凄まじい。蔦は既に千切れ始めており、数秒と持たなそうだ。

 

「龍人、あとついでにエリミネーター。私の手に掴まって」

 

「うわっ!?」

 

俺とエリミネーターの背後に、息を切らした第一位が現れた。

言われるがまま差し出された手を掴むと、僅かな浮遊感と共に景色が切り替わる。

一瞬前まで白龍の背中に立っていた筈なのに、今は遥か遠くにその姿が見えた。この瞬間移動マジで便利だな。

 

「塩漬けの魔人、炎魔法発射!」

 

ーー白龍の頭上に、空を覆い尽くすオレンジ色の魔方陣が発生した。そこから太陽と見紛うような炎球が出現する。

この攻撃に俺たちを巻き込まないために移動させたのか。

涼しげだった秋の気候が一瞬にして常夏と化す熱量。白龍の馬鹿げた体躯すら呑み込む極大の炎が、空から降り注いだ。




お待たせしました。
リアルがマジで目まぐるしいのですが、締め切りがヤバイので近日中にまた更新すると思います。
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