SPECIALになるために   作:Zuiki

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第10話 VSリングマ

 走る。とにかく走る。暗闇の中、僅かな灯りを頼りに彼は駆け抜けていた。

 

「はぁ、はぁ……何だよもう!」

 

 ヒワダタウンに向かうため繋がりの洞窟に足を踏み入れたのだが、その途中突如何かからの攻撃を受け、カズトは絶賛その何かからの逃亡劇を繰り広げているところだった。

 初めに攻撃されたときからずっと、妙なオーラや洞窟の岩を飛ばしてきている件の相手はこちらからは姿がてんで見えず、ずっといいようにやられている始末。せめて相手が何者かを確認しようとこちらからも反撃はしたもののまるで手応えがなく、加えて洞窟内にもかかわらず甘い匂いが漂っているため、そのあまりにも非現実的な状況に顔色も悪くなる。

 

 まるで嘲笑うかのようにやりたい放題やってくる正体不明の敵にカズトは軽い気持ちで洞窟に入ったことを後悔していた。

 

 繋がりの洞窟の前に来たとき、既に辺りは夕焼け模様で日が沈むのも時間の問題だった。だが、事前にこの洞窟は1時間もあれば抜けられることと、その洞窟を抜けてすぐにポケモンセンターがあるという情報を得ていたということもあったため、それならばできるだけ進んで落ち着いた場所で休もうと思ったのだが――その結果がこれである。

 

「やっぱり朝に来た方がよかったかなぁ!」

 

 しかし今更後悔しても後の祭り。既にカズトは洞窟の中に足を踏み入れてしまった。今できるのはもうすぐたどり着くであろう出口目掛けて走ることだ。

 

「見えた!」

 

 言うや否や前方に大きな満月と木々が風に揺れている景色が現れた。ひとまず外に出れば、目の前の岩が突然迫ってくるといったトンデモ現象に慌てることもなくなるだろう。

 残りの体力を振り絞って出口までスパートをかけ、時には飛んでくる岩を躱し、何とか洞窟を脱出して新鮮な空気を吸い込む。後ろを見ると、今までひたすら追いかけて来ていた謎の存在が月の光に照らされたことでその姿をあらわにしていた。

 

「うわぁ……」

 

 カズトが辟易するのもおかしくない。そこにいたのはゴース、ゴース、ゴース――自分の目を疑いたくなるくらいの大量のゴースだった。追跡者の正体がポケモンであったことにひとまず安心したが、その量が量なだけにやはり逃げ出したいのは変わらない。

 

 だが散々逃げ回ったおかげですっかり体力は底をついているので、これ以上は走って逃げることもできず、このまま放置していると最悪ゴースたちに取り囲まれて彼らの毒ガスで死に至るかもしれない。

 

 何より散々追いかけ回されたあげく、怖い思いをさせてくれたことに対する鬱憤がたまっている。いくら普段は大人しいやつだと言われていてもイライラはするのだ、好き勝手されて黙っていられるほどカズトは大人ではなかった。

 

「やられたらやりかえさなきゃね――」

 

 その後、ゴースたちがどんな目にあったかは説明するまでもないだろう。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「――ということがありまして……」

「それでこんなに大量のゴースを連れていると?」

「はい……」

 

 とんだ惨事もあったがヒワダタウンに到着していたカズトは、数人の警察官に囲まれて職務質問を受けていた。今まで十年生きていて後ろ暗いことは何もしてしなかっただけに声をかけられたときのショックは大きい。

 

 原因は繋がりの洞窟で蹴散らしたゴースたちで、ヒワダタウンについてからのんびり歩いていたところを追いかけてきた彼らに囲まれてしまった。日をまたいで追いかけられては流石にしつこいとボールをちらつかせると、彼らは大慌てで首を振り、害はないアピールをしカズトの周りをフヨフヨし始めたので、どうやら懐かれてしまったらしい。

 

 一匹だけなら手持ちのポケモンと見られていたのだろうが、大量のゴースとなると怪しさ全開だろう。知らないうちにヒワダタウンの地元住民に通報されており、気づいたときには警官たちに取り囲まれていた。

 

「とりあえず事情は分かったけど、あまり目立つと町の人たちが怖がるからほどほどにね」

「すみません……ご迷惑をおかけしました」

 

 無事に誤解は解けたので注意だけ受けて警察の方にはお帰りいただいたのだが、以前としてこの大量のゴースたちの対処方は見つからず仕舞いである。できるならさっきの警察の人たちに引き取ってほしかったのだが。

 

「悪いけど、オレじゃお前たちの面倒は見れないぞ」

 

 カズトの言葉にゴースたちは衝撃を受けて固まってしまった。どうやら付いてくる気満々だったらしく、あまりに素っ気ないカズトの様子にうろたえている。

 だが駄目なものは駄目だ。十匹のゴースなど、ゴーストタイプが相当好きな人でないと世話しきれない。そもそも手持ちは原則六匹までだとポケモン協会に定められている。例外は勿論あるが、基本的に手持ち全部に愛情を満遍なく注ぐことができるのが調査の結果、六匹だという報告が出ているからだ。

 

 こうした理由もあってカズトに六匹以上のポケモンを所持する気はない。少なくとも旅に出ている間は確定だ。

 

「というわけで、諦めてくれ」

 

 突き放すカズトだが、それでもなおゴースたちは離れず、カズトが歩いた後ろをおそるおそるにはなっているがしっかり付いてきている。

 歩くスピードを早めればゴースたちも早く動き、足を止めるとゴースたちも止まる。ならばと思い全力疾走するが結局それでも振り切れず、最終的には徒労に終わるだけだった。

 

「――もう! 分かった、分かったから! オレの負けだよ!!」

 

 ついに根負けし、半ば自棄になってモンスターボールを頭上に乱雑に投げるとゴースたちは嬉々としてボールに吸い込まれていき、周囲が静寂を取り戻した時にはカズトの足下に無数のボールが転がるのみとなった。

 

「どうしよう……」

 

 とりあえず落ちているボールを拾い、今夜の宿にもなっている、もはやお馴染みポケモンセンターでワカバタウンの家族の下まで転送しようかと考えたのだが。

 

「転送装置が使えない?!」

「装置にシステムトラブルが起きていまして……」

「オレがヨシノシティにいたときも似たような話を聞いたんですが……?」

「はい、もっと言いますと数ヶ月前からずっと……」

 

 聞けばどうやら、原因不明のエラーで数日どころか数ヶ月レベルで転送装置が不調、加えてこのシステムを組み立てた開発者ですら改善の方法に目処が立っていないというなんとも危機的な状況だった。これほど長期の不調になるとトレーナーたちからの不満や落胆の声も大きいはずだ。かくいうカズトもてっきり直ったものだと思い込んでいたので衝撃が大きい。

 

 システム開発者でも解決できないというのならば本格的にお手上げだ。対処法としては自らの足で届けることが挙げられるが、ヒワダタウンからワカバタウンに戻るのはそれなりの日数を要することになり、往復となるとかなりの時間になる。

 

 結局、ゴースたちとは道を共にするしかないのだろう。とんだ大所帯になることを考えたカズトは己の頭が痛むのを感じた。主にこれから増大するであろうご飯代のことで。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 翌朝、カズトはあれから既存の手持ちと新たに捕まえさせられた十匹のゴースたちとを天秤にかけた結果、どちらかには振り切れず全員の面倒を見ることを決意したことで吹っ切れていた。考えるのを止めたとも言うが、好かれてしまった以上ちゃんとその好意に応えるべきだと思ったからというのが大きい。

 十匹以上の世話をするのは異例中の異例だが、ゴールドの実家のポケモンたちと接していたときを思い浮かべながらやれば何とかやれそうな気もする。

 

 今はひとまず手持ち整理の目処が立つまでは旅を共にすることになったので彼らを使った戦闘法も考えた方が良いだろうと特訓のために近くの山に来ているところだ。ついでにジム戦に向けての調整もしておきたい。

 

「基本的には十匹合わせてのコンビネーションが良いかな?」

 

 ゴースたちの中で平等性を出すためにも十匹そろっての行動が望ましく、主に野生のポケモンに襲われた場合などのやむを得ないシチュエーションでの最終手段として活躍させてやりたいところだ。

 

 繋がりの洞窟で自分にちょっかいをかけてきたときのように彼らの特徴を生かすスタイルとしてはやはり隠密系の方が向いている。ゴースは体の95パーセントがガスでできており、暗闇の中だと視認することは格段に難しくなる。奇襲の際にはこの上なく優秀な戦力であり、十匹もいるとなると相手の死角から攻撃することもたやすいだろう。

 

 使える技を確認したところ、先日カズトにも使ったオーラのような攻撃技の"ナイトヘッド"、岩を飛ばすときに使用した"サイコキネシス"の他にも相手の行動を抑制する"くろいまなざし"や"あやしいひかり"といった技も使えることが判明した。

 "くろいまなざし"を使われていた暁にはあの洞窟から出ることすらできなかったことを考えると、あのときはゴースたちの悪戯レベルで済んでいて本当に良かったと思う。

 

 特訓の方法としては、山にいる野生ポケモンたちとの乱戦形式でのバトルが効果的だろう。

 しかし、そもそも十匹のポケモンにそれぞれに合った指示を出すことはカズトの技術では難しく、そのうえもしものことを考えると、実戦でゴースたちの力を借りるときは自分自身がゴースたちには指示を出せない状況にあるかもしれない。

 

 そのため、ゴースたちには事前にフォーメーションの確認だけ打ち合わせしておき、あとは各々で行動してもらうことにした。元々洞窟で一緒に暮らしていたので動きの乱れも少ないだろうと判断したのもあってのことである。

 

 しばらくの間、山のポケモンたちとバトルさせながらタツベイたちの調子を確認していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「――で、そのヒメグマってのはどんなポケモンなんだ?」

「小さくてまるまるしてて……かわいいの!」

 

 やんちゃそうな口調とその声色で姿を見ずとも分かった。

 ゴールドが、この山に来ている。一緒にいるであろう女の子のことはカズトは知らないので、おそらくヒワダの子どもだろう。

 聞こえた話から推測すると、ゴールドはその女の子と共にヒメグマを捕まえに来たようだ。

 

 見知った顔を無視するのもあれなので、カズトは特訓を切り上げてゴールドたちを追うことにした。付き合ってくれた野生ポケモンたちにお礼としていくつかきのみを置いて、その場を後にする。

 

 ほどなくしてゴールドの後ろ姿を捉えると、どうやらヒメグマを見つけたらしく、捕獲に臨もうとしていた。

 

「ゴールド!」

「おお、カズトじゃねぇか! 久しぶりだな!」

 

 彼がヒメグマを捕まえようとしてた理由は"飯のお礼"らしい。ゴールドらしいと思いつつ、最後に話してから一週間ほど経っていただけに変わりない様子でいたことに嬉しくなる。

どうやら少女の祖父のガンテツというボール職人の作った特殊なボール――捕まえたポケモンが懐きやすいフレンドボール――でヒメグマを捕まえたいそうだ。

 

 しかし一つ問題として、ヒメグマの近くにいるとあるポケモンがその存在感を放っていた。

 

「リングマ……ヒメグマの進化系だわ!」

「ったく、あんなヤローがいるなんて聞いてねぇぞ」

 

 観察すれば分かるが、かなりレベルが高い。おそらくタツベイたちと同じくらいのレベルはあるはずだ。カズトが思うに、ここはゴールドと分担してそれぞれの相手をした方が効率的だろう。先手必勝と見てリングマへ単身攻撃を仕掛ける。

 

「おいカズト?!」

「リングマはオレが相手するから、ゴールドはその間にヒメグマを捕まえて!」

 

 要領の良いゴールドのことだから、きっと自分がリングマを引き付けているうちにヒメグマを捕獲してしまうに違いない。今までの信頼からカズトはそう判断し、自分のやるべきことに集中する。

 

「ライガ、"れんぞくぎり"!」

 

 次々と繰り出されるグライガーの連撃にリングマは狙い通り誘き出され、"みだれひっかき"で応戦してきた。これでリングマにはヒメグマの状態は目に入らず、ゴールドが捕獲に集中できる。あとはリングマがゴールドたちの邪魔をしないように適度にこちらに意識を向けさせれば良いだけだ。

 

「さぁ、やろう!」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 カズトがリングマの意識を引き付けてこの場から離れたことで、ゴールドの目の前にはヒメグマ一匹だけが残されていた。

 

「アイツ、一人で無茶しやがって!」

 

 正直に言ってゴールドは、カズトにあのリングマの相手は厳しいと考えていた。ポケモン図鑑でリングマのレベルを計測した結果、ゴールドの手持ちポケモンたちより数段上のレベルだったからだ。いくらカズトがワカバタウンにいたときに彼の兄とバトルの訓練を積んでいたとしても、あのレベルのポケモンだととてもではないが無理がある。

 

「ちっ、やるしかねぇか」

 

 かわいい弟分が自分より危険な場所に飛び込んだのだ。自分がなるべく早くヒメグマを捕まえて応援に向かわなければ、カズトが危ない。

 

「エーたろう!」

 

 エイパムがヒメグマの周りを飛び回りながら、隙を見て"みだれひっかき"で体力を削っていると、今まで大人しかったヒメグマの様子が急変した。

 同じく"みだれひっかき"でエイパムの攻撃を全てはね返すと、ゴールド目掛けてロケットのような勢いの"ずつき"を繰り出してきたのだ。

 

「おわぁ?!」

 

 咄嗟に反応して避けることはできたが、その威力にゴールドは戦慄する。地面は岩で覆われていたのが、ヒメグマの"ずつき"でその形が変化していたのだ。害のなさそうな顔をして案外かなりのやり手だったことに焦りが生じる。幸いにもレベル的にはエイパムで十分相手はできるので、油断なく片付けるしかない。

 

「エーたろう、"いばる"!」

 

 エイパムの相手を挑発するような動作でヒメグマはゴールドの想定通り"こんらん"し始め、動きが散漫になる。

 ボールを投げるには絶好のチャンス、ゴールドはすかさず手に持っていたフレンドボールをヒメグマに狙いをつけ、投げつけた。が、ボールは確かにヒメグマに命中したにもかかわらず、その機能を発揮することはなかった。

 

「おっかしいな……もう一度!」

 

 転がって手元に戻ってきたフレンドボールを拾い再び投げつけるも、先ほどボールを当てたときに混乱が解けたのか、今度は自身の腕でゴールドまで打ち返してきた。

 

「あのジジイ――!! 手ヌキしやがったな?!」

「違うのおにいちゃん! おじいちゃんのボールはただ当てればいいだけじゃないの!」

 

 少女の声にどういうことか聞きなおそうとしたが、それよりも早くヒメグマが"ずつき"を放ってきたことで避けることに専念せざるを得なくなった。おまけに"いばる"の副作用でヒメグマの攻撃力が跳ね上がっており、少女をかばいながらでは反撃の指示が出せない。

 

 さらにヒメグマがどこかに向けて一声鳴くと、カズトが引き付けていたはずのリングマがこちらに向けて突進してきた。カズトの姿が見えないことからまさかの事態を想像してしまうが、今は自分がこの危機をどう切り抜けるか重要だろう。

 ヒメグマの"ずつき"にリングマの"かいりき"攻撃が加わったことで本格的にまずい状況になり、このままでは直に自分も少女もあの二匹の攻撃の餌食になってしまう。

 

 そして悪い事態は重なるのだろう。少女が出っ張っていた岩に躓きバランスを崩してしまい、ゴールドのかばえる範囲から離れてしまった。

 

「きゃあああ!!!」

 

 逃げ遅れた少女にリングマの鋭い爪が迫る。

 

「"こごえるかぜ"!」

「"りゅうのいぶき"!」

 

 間一髪、その爪が少女を切り裂く前にどこからか現れたニューラの冷気によって凍らされ、追い打ちにタツベイによる竜のエネルギーがリングマたちの進行方向を塞いだ。

 

「ニューラ!? こいつ、シルバーの!」

「ゴールド、大丈夫?」

「カズト! こりゃ一体どういうことだ!」

 

 カズトによれば、戦闘の途中で、元々リングマを狙っていたらしいシルバーに乱入されたようだ。その後トレーナー同士は若干仲違いしていたものの、単純に戦力が増えたことからも順調にリングマにダメージを蓄積させていたのだが、いきなり向きを変えものすごい勢いでゴールドたちの方へ戻っていったことで、戦闘は強制中断。

 慌てて追いかけてくれば、二人がまさにリングマに襲われている場面に遭遇したというわけであった。

 

 少女の話では、シルバーはガンテツがその実力を認めてボールを作ったトレーナーだそうで、彼に馬鹿にされたゴールドとしては面白くない事実だった。

 シルバーが手にしているのは重いポケモンほど捕まえやすくなるヘビーボールで、完全にリングマ狙いだったことが見て取れる。

 

「"ほのおのパンチ"で溶かしてきたか」

 

 シルバーの声にリングマを見やると、ニューラに凍らされたはずの腕が炎に包まれ元の姿に戻っていた。

 このままシルバーにしてやられるのも癪なゴールドは、ヒメグマではなくリングマに向かってエイパムに指示を出す。

 

「おい、横取りする気か!?」

「へっ、野生ポケモンの捕獲は早いもん勝ちだぜ!」

「それにさっきオレが戦っていたところを横取りしようとしてきたのは誰かな?」

「チッ……」

 

 各々思い思いにリングマに攻撃を加えていると、好き放題されることに怒りが爆発したのか、手あたり次第に攻撃をし始めた。もちろんヒメグマもいるので、尚更手が付けられない状態だ。

 少しでも負担を軽減するためにも、やはりまずはヒメグマの捕獲を優先すべきだと判断したゴールドは三度、フレンドボールをヒメグマに投げる。だが、やはりというべきかボールはヒメグマに当たるだけで何の効果も見せず戻ってくる。

 

「なんでだよ!」

「ボールを使いこなせないのは、そいつの腕と知識が不足している証拠だ」

 

 どうやらガンテツの作ったボールは使うのにコツがいるため、今のゴールドでは何回がむしゃらにボールを投げても捕獲は無理だそうだ。先ほど詳しく聞きそびれた少女の話からも似たようなニュアンスを感じたので、その言葉は真実だろう。

 

「じゃあシルバーはゴールドと違って、そのコツを知ってるってこと?」

「当然だ。悪いがリングマはオレがいただく」

 

 ところが、シルバーがボールを構えようとした瞬間、リングマに投げ飛ばされたエイパムがシルバーの肩に激突し、そのはずみでヘビーボールは手からすり抜けリングマたちの近くに転がって行ってしまった。

 シルバーがエイパムのおやであるゴールドを睨みつけるが、不可抗力だ。ゴールドは全力で首を振る。

 

「いがみ合ってる場合じゃないでしょ!」

 

 カズトからの注意が飛ぶと同時にリングマの豪腕で飛ばされた岩が四人の進路を塞ぎ、逃げ道がなくなってしまう。前にはリングマたち、後ろには岩。横も崖になっているので進めず、おまけにシルバーのヘビーボールは手元から離れてリングマの真下にある。

 現状唯一の頼みの綱であるフレンドボールはゴールドが持っているが、その機能を十全に発揮する方法を知らず持て余している。

 

「こうなったら、二人には悪いけどオレが手持ちのボールであいつらを捕まえて――」

「――その必要はねぇよ」

 

 ゴーグルを装着し、キューを手に取る。ゴールドには現状を打開する策があった。あと必要なのは、このボールのパフォーマンスを引き出すための知識だけだ。

 

「シルバー、さっき言ってたコツっての……教えろよ。百発百中は保証すっからよ」

 

 正直言ってシルバーに教えを請うのはかなり気が進まないが、少女にはお礼としてヒメグマをフレンドボールで捕まえてプレゼントすると約束したのだ。その約束を反故にはできない。

 

「頼む」

 

 コツさえ分かれば、必ず成功させるから。

 

「腕に関しては、間違いないよ」

「……いいだろう」

 

 そうしてシルバーーから伝えられたコツとは、"投げるタイミング"と"当てどころ"だった。

 中でも"当てどころ"というのが重要で、ポケモンの生体エネルギーが集中しているツボを正確に捉えたとき、ボールは真の力を発揮するそうだ。そして、リングマの当てどころは胴にある真円模様の真ん中、ヒメグマは頭の三日月模様そのものであることも教えてもらった。

 

「それさえわかりゃあ、こっちのもんだぜ」

「ボールは一つだけ。どっちを狙う?」

「決まってんだろ――」

 

 ボールをセッティングし、キューを構える。

 

「――二匹ともだ!」

 

 キューによって打ち出されたボールはリングマたちの周りを岩や木などに幾度にも渡って跳ね返り、その狙いを絞らせない。そうして二匹がボールの行方を完全に見失った瞬間、リングマの足下にあったヘビーボールにフレンドボールがぶつかり、弾かれることでそれぞれ持ち主の下へ戻っていった。

 

「な?!」

「こいつで決まりだ!!」

 

 二人がボールを投げると、ヘビーボールはリングマ、フレンドボールはヒメグマの"当てどころ"に確かに命中し、ゴールドが今までいくら投げても反応しなかったボールも嘘だったかのようにその力を発揮した。

 みるみるうちに吸い込まれていきボールに収まった二匹を見て少女も感嘆の声を上げ、喜びをあらわにする。

 

「相変わらず無茶苦茶だなあ」

 

 自分では到底真似できない破天荒な技にシルバーはもちろん、カズトも思わず驚きを隠しきれない。本人は百発百中の精度を謳っていたが、あのレベルの技をその場で成功させるその技術と胆力にただならぬものを感じる。

 

 リングマの入ったボールを手にしたシルバーは少しだけゴールドの評価を改めた。以前戦ったときは未熟さが目立っていたカズトもあのリングマ相手に一人で余裕を持った戦いを展開していたので、やはり前回感じた底知れないものの気配は間違っていなかったと判断する。

 

「ゴールド、それにカズトといったな。これ以上オレに関わるな」

「なにそれ、忠告のつもり?」

 

 カズトがボールを構えると、落ち着いていた空気が一変する。ワニノコのことは諦めたようだがシルバーのことは"許す気はない"と言っていたので、こうなるのもある意味当然だろう。それに応えるようにシルバーもボールを構えた。

 

 だが彼はふと雰囲気を緩めると、構えを解きボールを仕舞い込んだ。カズトのその行動にシルバーは拍子抜けするも、こちらを油断させる作戦かもしれないと考え、警戒は解かない。

 

「こっちから仕掛けようとしたのは悪いけど、そんなに気張らないでよ。今回は見逃してあげる」

「どういうつもりだ?」

「そりゃあリングマと戦ってたときは絶対に逃がすつもりはなかったよ。でもその女の子、助けてくれたし」

 

 少女を見ると、ヒメグマの入ったボールを大事に抱えてとても嬉しそうにしている。シルバーの動きがなければ、あの笑顔を見られなかったのは確かであった。

 だからカズトは今のシルバーのことを悪いヤツだと見ることはできない。今の彼は紛れもなく、一人の少女の命を救い、リングマを捕獲して危機を遠ざけた立派な立役者だ。

 

「こんな良い人を警察に突き出すほどオレはバカじゃない」

「……いや、お前はバカだ」

 

 そう言うとシルバーは踵を返し、素早い動きで山を下りていった。少し見送れば、その姿は完全に見えなくなる。今から追いつこうと思っても不可能だろう。

 一息ついたカズトの横にゴールドが座り込んだ。

 

「お前ら、知り合いだったのかよ」

「この前ちょっとね。それよりゴールド、勝手にオレの判断で逃がしちゃってごめん」

「ああ、気にすんな。お前の言うことも分かるしな」

 

 確かに今回は逃がしたが、またどこかで追いつくときが来るだろう。決着をつけるのはまた別の機会だ。それに日も暮れてきたので、早く町に戻らないといけない。

 

「とりあえず嬢ちゃんを家まで送り届けてやるとするか」

「そうだね」

 

 そうしてゴールドたちも会話をそこそこに山を後にするのだった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ここが君の家?」

「うん! おじいちゃんただいま~!」

 

 少女が声を上げるも、家の中からは何の反応も返ってこない。どうやら留守にしているようだ。

 ならば待たせてもらおうということで家の中に通してもらったとき、全員がその異変に気づいた。

 

「水が出ない?」

「もしかして、ヤドンの井戸で何かあったのかしら」

 

 町で賄う水の全てがヒワダタウンでは"ヤドンの井戸"と呼ばれる井戸から送られている。そのため、水が出ないということはつまり、源流であるヤドンの井戸で何かトラブルが起きたと考えるのが自然だ。山を下りたばかりで疲労もあるが、井戸の確認に走る。

 

「あ、おじいちゃ~ん!」

 

 どうやらガンテツも井戸に来ていたようで、少女がその姿を見つけた。ヒメグマを連れて彼のところへ駆けていく少女を二人はどことなく微笑ましいものを見る気持ちでいたのだが、雷が落ちたようなガンテツの声が聞こえたので慌てて彼女に駆け寄る。

 

「おい、じいさん! オレが連れ出したんだからその子は悪くねぇだろ!」

「おじいちゃん……ごめんなさい」

 

 ゴールドがかばい、少女も涙ながらに謝ると、ガンテツは怒った顔を引っ込め孫娘の頭をなでて無事を喜んでくれた。元々危険な場所に黙って行ったことを怒っていただけでヒメグマを捕まえたことにはついては文句はないらしい。

 彼は少女に大切なパートナーとなるヒメグマを大事にするよう告げると、今度はゴールドたちの方に向き直った。

 

「見ない顔もあるが、お前さんたちも孫を守ってくれてありがとうな」

「ゴールドの友達のカズトです。本当に無事で良かった」

「オレのこと見直したかよ?」

「ちょっとだけな」

 

 これに噛みつくゴールドの様子に笑いも起きたが、深刻な事態に変わりはなかった。井戸の周りには尻尾を切られたヤドンたちとグルグルに縛られた男たちが気絶していたのだ。

 井戸の様子を見にガンテツが来たときには既にこうなっており、誰がやったかは一切不明。

 

 ただ一つ明確に考えられるのは、ヤドンを襲っていたであろうこの男たちが何者かの妨害を受けて倒されたということだけだ。

 

「全身黒ずくめの男!」

「こいつら、ロケット団!」

 

 その男たちは真っ黒な生地の中央に大きな赤い文字で「R」と書かれた服を身につけており、まさにカズトが追っていた不審な男たちに違いなかった。ゴールドは過去に接触したことがあるらしく、彼らがロケット団と名乗っていたことを鮮明に覚えていた。

 

 昔カントー地方で一度潰されたはずの組織が何故ジョウト地方で復活しているのか、諸々の謎は尽きないが、周辺を調べていたカズトはとある手がかりを見つける。

 

「ゴールド、これ」

 

 カズトが指した先には一つの大きな爪痕があった。痕跡の新しさからしてロケット団と襲撃者が戦ったとき付いたものだと推測できるが、その爪痕に二人は覚えがあった。

 何せ、つい数時間前までこの傷を付けられる爪の持ち主と戦っていたのだから。

 

「リングマの……!」

「ということはシルバーがロケット団を倒したことになる」

 

 やはり以前に立てたシルバーと黒服の男たち――ロケット団――は別の存在だという説は正しかった。むしろシルバーはロケット団を敵として見ているようだ。何故シルバーがこのような行動をしているのかはまだ不明だが、何かあるのは間違いない。

 

「――誰だ!」

 

 突如背後の草むらが揺れたことでいち早くその音に気づいたゴールドが声を上げた。

 捕まえ損ねたロケット団の残党かもしれないとボールを構えると、険悪なムードを察したのか草むらの中にいた人物が両手を挙げて出てきた。

 

「ボクです、ツクシです」

 

 彼はゴールドとアルフの遺跡でロケット団を撃退した人物で、ゴールドと別れてからは遺跡の調査を続行していたが、地元のヒワダタウンでロケット団が動くかもしれないという情報を聞きつけてたった今、大急ぎで帰ってきたそうだ。

 しかし、彼よりも早くシルバーがロケット団の陰謀を阻止していたのでその出番が回ってくることはなかったというわけだ。

 

「でも困ったな。ヤドンは無事だけど、井戸は襲撃の影響でかれてしまった」

 

 このままではヒワダタウンは水不足に陥り、住民やポケモンが生活することが困難な土地になってしまう。ここら一帯が土地として死んでしまえば、その周囲にもさらなる被害が及びただごとでは済まなくなるだろう。

 

「なるほど……」

「そういうことならオレに任せろよ」

 

 するとゴールドはエイパムを繰り出し、手近にいたヤドンにいきなり攻撃を仕掛け始めた。

 

「ゴールド、何してんだよ?!」

 

 カズトが慌てて止めに入るが、ゴールドは手に持った図鑑を見て自信に満ちた顔をしていた。

 カズトは知らなかったが、何でも「ヤドンがあくびをすると地下に眠る水脈がよみがえる」という言い伝えがこの地方にはあるらしく、バトルで疲れさせて"ねむる"を使わせようという企みらしい。

 

 そうこうしているうちにヤドンに疲労がたまるとゴールドの目論見通り、体力を回復させるために眠ろうとあくびをした。

 

 すると途端に地面が震え、井戸からはあふれんばかりの水が湧き出してきた。

 

「おぉ~」

「カズト、オレはシルバーを追うがお前はどうする?」

 

 周囲が思わず拍手するほどの機転だったが、問題を全て解決させたゴールドは一刻も早くシルバーを追いたいのだろう。休む間もなく旅の準備を始めたが、カズトはその誘いに首を振る。

 

「一緒に行きたいけど、オレはこの町でジムに挑戦してから後を追うよ。だからゴールドは気にせず先に行って」

「そうか。んじゃ、オレは先に行くからまた会おうぜ」

「うん!」

 

 少々名残惜しくはあるが、ジム戦は完全にカズトの私用でゴールドに付き合わせるわけにいかない。彼はどうやらカズト以上にシルバーに対してライバル心のようなものを燃やしているようなので、こちらの都合で歩みを止めさせては野暮だろう。

 

 山では周りからは一つ頭の抜けた強さを持つリングマとも戦えたので、なんやかんやあったが、手持ちたちの修行も上手くいった。明日にはジム戦に挑戦してすぐにでもゴールドの後を追いたい。

 

「あの、カズトだっけ?」

「はい、何でしょうかツクシさん」

「ジムに挑戦したいということだけど……」

 

 何か言いよどむような素振りを見せるツクシに、もしかしてここのジムもキキョウシティのところみたいにリーダー不在で休業中なのかという嫌な想像を働かせてしまったカズトはゴールドを先に行かせたことを少し後悔しそうになったのだが――

 

「ボクも帰ってきたばかりだし、挑戦は明日にしてもらってもいいかな?」

「……はい?」

 

 ボク……帰ってきた……挑戦は明日にして……。つまり、ジムリーダーはツクシ?

 

 申し訳なさそうな表情のツクシに、その言葉の意味を理解したカズトは驚きの声を上げるしかできなかった。




最初はゴースを仲間にする予定なんてなかったのに、どうしてこうなった。手持ちは6匹きっかりでいくつもりだったのになぁ……

次回はジム戦になるので、純粋なバトルオンリー回ですね。拙い描写ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
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