いよいよカズトにとって初のジム戦が始まる。相手はむしタイプを専門とするツクシだ。
正直に言うとコンディションは今までにないほど良好で、もし昨日のリングマが相手でも万に一つ負ける気はしない。期待と少しの緊張を胸にヒワダジムの扉を開けた。
「あ、来たねカズト! 改めて、ボクがヒワダタウンジムリーダーのツクシです」
「ワカバタウンのカズトです。よろしくお願いします」
握手を交わすと早速、バトル用のフィールドに案内されて今回のジム戦のルールについてツクシから説明を受ける。
今回のレギュレーションは二対二のシングルバトルで、ポケモンの入れ替えは挑戦者のみ認められる。バトル中の道具使用は禁止されており、決着はどちらか一方のポケモンが全て戦闘不能になったとき。
ちなみに挑戦者が敗北したとしても、ジムリーダーがその実力に相応しいと判断した場合バッジが授与されるようだ。
「これで全部だけど、何か質問とかはある?」
「いえ、大丈夫です」
「そっか。じゃあ始めようか」
両者がバトルフィールドのトレーナースペースに立つと、照明が点灯し、フィールドの全容が明らかになる。主に四隅の近くにところどころ木々が生えており、その部分は森を匂わせるフィールドとなっているのでツクシのポケモンたちは立ち回りやすいだろう。
タイプは縛るがこうした場などは整えてあるため、ただ弱点を突けば勝てるという甘い考えは捨てた方がいいとカズトは感じた。
お互い同時にボールを投げ、ポケモンを繰り出す。ツクシはスピアー、カズトはグライガーとタイプ相性ではカズトが有利ではあるが油断はできない。
そして両者の準備が整ったその瞬間、バトルの火蓋が切って落とされる。
「ライガ、"でんこうせっか"!」
急加速したグライガーがスピアーに接近し、その体に鋏で殴りかかる。
普通の野生ポケモンならこの一撃はほぼ確実に決まっているが、流石ジムリーダーの育てているポケモンだ。グライガーの速さを見切り、両手の針で寸分違わぬタイミングで防御した。それにブロックしただけでなく、逆に押し返す勢いのパワーがある。
最初の一撃だけで並大抵の相手ではないことが分かり、カズトも気を引き締める。
「速いね。君のグライガー」
「流石に止められるとは思いませんでしたけどね。――"れんぞくぎり"!」
グライガーの連続攻撃にスピアーも"みだれづき"を繰り出すことで対応する。鋏と針がぶつかり合い、室内にはひたすら打ち合う音が響き渡るが、グライガーの攻撃が徐々に鋭さを増し始めると戦況が動いた。グライガーの鋏がスピアーの胴体を捉える回数が増えてきたのだ。
「一旦距離を取るんだ!」
「"でんこうせっか"で追撃!」
ツクシの声に反応したスピアーが羽を羽ばたかせ宙へ飛び出すが、それを逃がすわけにはいかない。立て直す時間を与えては思わぬ痛手をもらうかもしれず、"でんこうせっか"ですぐさま距離を詰める。
「"こうそくいどう"!」
しかしそう簡単に簡単にいく相手でもなく、今度は"こうそくいどう"と"でんこうせっか"のスピード勝負が展開される。上に下に時には木の間を抜け、めまぐるしい速さでフィールドを飛び回る二匹に自然と握った手に汗が浮かび上がる。
カズトとグライガーは距離が縮まらないことに少し焦りが生じるが、対するスピアーは距離を取ったことで余裕が生まれたのか、"ミサイルばり"による遠距離攻撃を駆使してグライガーの行動を制限してくるようになった。
その技のタイミングも、木々の隙間に入ってこちらから姿を視認できなくなった瞬間やグライガーが方向転換をするため一瞬スピードを落としたときに使ってくるので非常にやりづらい。
接近戦に長けたグライガーは遠距離からの攻撃技を持っておらず、このままでは無駄に体力を消費していくだけだろう。早急にあの"こうそくいどう"を止めさせなければ防戦一方になるだけだ。
こうなれば効くかどうかは分からないが、今使える技でどうにかスピアーの動きを止められないか試してみるしかない。
「"いやなおと"で動きを止めろ!」
トレーナーである自分でさえ耳を塞ぎたくなるほどの耳障りな音がその場に鳴り響く。建物の構造上、屋根や壁でで反響しているのか余計に音が増幅されている気がする。スピアーどころかツクシまで耳を塞いでいるので、思っていたより効果は絶大だったらしい。
「今だ、近づけ!」
"いやなおと"でやむを得ず動きが止まったところを見逃さず、一気に近づき攻撃する様子はまさに「蝶のように舞い、蜂のように刺す」かのようだ。今回、実際に蜂なのは相手のほうだが。
二対二の戦いである以上、一匹落ちるだけでかなりの不利になるのは間違いない。交代ができるのも二匹いてこそのアドバンテージで、この状況で一匹倒されれば数的不利になるだけでなく、そのアドバンテージがなくなってしまう。何としてでもここで一匹倒さなくてはならない。
「そこだライガ、"きりさく"!!」
「スピアー、"かたくなる"!」
動きが鈍ったスピアーはその強襲に反応しきることはできず、一閃を食らってしまい態勢を大きく崩した。"かたくなる"で防御力自体は上げていたようだが、あの態勢では次の攻撃を"こうそくいどう"を使って回避するのは難しいだろう。
「一気に決めろ!」
空中でUターンをしたグライガーが再びスピアーに迫り、右の手の鋏を振りかざす。もう一度あの威力の技を食らえば、いくら防御を固めていたとしても耐えきることはできないはずだ。
そんな推測の元、カズトは祈るような気持ちでグライガーを見つめる。
指示は出した。トレーナーにあとできるのはポケモンを信じることだけだ。
「スピアー!」
ツクシもスピアーを信じているのだろう。咄嗟の状況、長い指示では間に合わない。一言だけでトレーナーの思いを伝える。
グライガーが必殺の斬撃を放ち、それをもろに食らったスピアーは地面に叩きつけられた。起き上がる気配は感じられず、戦闘不能なのは間違いない。
ツクシはスピアーをボールに戻すと、感嘆の意を込めてカズトに話しかける。
「すごいね、まさかスピアーがこんなに簡単に負けるなんて」
「オレもびっくりしました。最後のあの一瞬でカウンターを決められるとは」
グライガーに目線をやると、意図を察した彼は素直にフィールドを離れカズトの下に戻る。近くで観察するとよく分かるが、腕の部分に針で付けられたような傷がハッキリと表れており、少し紫色に変色している。カウンターを入れられただけでなく、毒まで盛られていたらしい。
顔色を見るに本人はあまり気にしていなさそうだが、それは自身の毒のおかげである程度の耐性ができているからだろう。今のところは大丈夫そうでも、時間がたてばおそらくじわじわと体を蝕んでいくはずだ。
「戻れライガ」
ここは一旦温存の判断を下し、ボールに戻す。スピアーを倒してくれているので戦功としては充分だ。もう一匹はエースに任せていざという時まで休んでいてもらおう。
「いけ、マグナ!」
「ストライク!」
どうやら第二ラウンドはタツベイとストライク、接近戦が得意なポケモン同士の対決のようだ。ただストライクは非常に素早いポケモンなのでタツベイも苦戦するかもしれず、トレーナーであるカズトのサポートが重要な役割を担うだろう。
「マグナ、まずは"りゅうのいぶき"で様子見だ」
純然たる竜の力が込められたその息吹はストライクを呑み込もうとするも、彼はかまきりポケモンと呼ばれる所以の二本の鎌を駆使し空気の刃でタツベイの技を切り裂いた。
"かまいたち"で"りゅうのいぶき"をかき消したストライクは地面を蹴ってあっという間にタツベイに肉薄すると、その鎌を振り上げて斬りかかる。
「"きりさく"!!」
「左だ!」
カズトの声に従い左に飛んだ瞬間、それまでタツベイが立っていた地面に一直線の切れ込みが入った。それが今のストライクに攻撃によって引き起こされた現象であることは火を見るよりも明らかで、その切れ味に思わず舌を巻いてしまう。
グライガーのようにエネルギーを鋏に纏わせて繰り出す半ば殴るような"きりさく"とは違い、ストライクの純粋な切れ味のある鎌から放たれる"きりさく"はその威力に雲泥の差をもたらしている。正面からぶつかれば大ダメージを免れないことは目に見えて明らかだ。
「"ずつき"で吹き飛ばせ!」
横に避けた勢いでそのまま後ろに回り、無防備になった背中に十八番となっている一撃をお見舞いしようとするが、持ち前のスピードで回避されてしまい上手く攻撃が当たらない。
対して向こうの攻撃は当たれば手痛いものとなり、一気に押し切られてしまうであろうことは想像に難くない。いかに相手の攻撃を受けずに、隙を作り出すのかが勝負の分かれ目だろう。
「いくよストライク、"つるぎのまい"!」
「まずいっ、絶対に止めるんだ! "ひのこ"!!」
攻撃力を底上げする"つるぎのまい"を使われると、ただでさえ馬鹿にならない一撃がさらに恐ろしい威力になってしまう。その状態で"きりさく"が命中すれば、おそらくタツベイでは耐えきれない。
舞っている間はそれに集中しなくてはならないため、防御が疎かになるというのはマダツボミの塔での修行で既に経験済みだ。舞が完了する前にストライクに効果抜群の"ひのこ"で牽制を仕掛ければ、強化行動をキャンセルさせられるか、万一舞を優先した場合でも大ダメージに繋がる。
カズトとしてはキャンセルさせて振り出しに戻すローリスク・ローリターンなパターンになる方が好ましかったが、やはり現実は想像通りに動いてくれるものではなく、ツクシは回避の指示を出さなかった。
ストライクが舞を終了すると同時に炎がその体を飲み込む。流石に堪えるのか苦しそうな表情を見せるも、依然としてその鋭い眼光は失われていない。
「もう一度"ひのこ"!」
「"かげぶんしん"」
無数の分身が現れ、タツベイの放った炎はそのうちの一つに命中しダミーを一つ打ち消すだけにとどまる。そのまま他の分身も消そうと周囲にも"ひのこ"を展開するが、分身を消す度に新しい分身が生まれるのでキリがない。
気づけばタツベイを取り囲むように分身が出現しており、全ての分身を打ち消すことは到底不可能な数になってしまっている。
「さあ、どれが本体か見抜けるかな?」
「くっ……」
目をこらして観察するも、カズトの目には全部本物に見えるので、視覚に頼った判断はあまり期待できない。攻撃が来る寸前、ギリギリで回避するくらいしか今は思いつかず、かなりリスクが高い判断しかできないことに歯噛みする。
「さぁ、いくよカズト! "きりさく"!!」
「正面のストライクに"ずつき"!」
鎌が振り下ろされる直前に、分身か本体かは分からないがとりあえず目の前に迫っているストライクに対して攻撃するよう指示を出す。
振り下ろされた鎌がタツベイをすり抜け、"ずつき"を食らった体はその衝撃でかき消える。どうやら本体ではなかったらしい。だがそのおかげでタツベイが斬られることはなく、無傷のままだ。本体はタツベイのちょうど真後ろにいたようで、斬撃の余波で一カ所だけ地面に切れ込みが入っている。
「ん?」
ストライクは再びタツベイを取り囲む陣形を取り、構える。当たるまでやるということだろう。ツクシとしてはこの状況を脱する力がカズトにあるか見極める考えもあるのかもしれない。
一方そのカズトだが、先ほど地面に刻み込まれた痕を見てとある考えが頭を過ぎっていた。
"かげぶんしん"は当然だが本体は一つしかない。他はあくまでも残像で本体の位置を悟らせないためのダミー、攻撃も本体以外のものはすり抜けるだけだ。それなら、この性質を利用して本体を見抜くことができるはずである。
実際さっきも地面に傷ができたことで、あの瞬間ストライクがどこにいたのか分かった。試す価値はある。
「今度は"ずつき"じゃ避けられないよ。"かまいたち"!」
「横に回転しながら"りゅうのいぶき"!」
回りながら放つことで全方位に展開された"りゅうのいぶき"は"かまいたち"とぶつかりお互いすり抜けるが、カズトから見て10時の方向ですり抜けずに"りゅうのいぶき"を打ち消した部分があった。実体を持った攻撃ができるのは本体だけ、つまり――
「途切れた技の先にいるのが本体だ!」
他の分身と入れ替わられる前にすぐさま距離を詰め逃がさない。タツベイの技の中で最速を誇る"ずつき"で、動く前に勝負を決める。"ひのこ"でダメージが積もっている以上、そう何度も直撃を耐えられはしまい。
当たれば勝ち――そうカズトが思った刹那、その耳がツクシの発した一言を聞き取った。
「"きりさく"」
カズトの目ではほとんど見えなかった。気づけばストライクの鎌が振り抜かれていて、タツベイはバランスを崩していた。"ずつき"の態勢は維持されているが、あと数秒もすれば膝から崩れ落ちそうな状態だ。
予想していた通り、あの一撃を受けたタツベイがバトルを続けるのはかなり厳しい。おそらく、倒れてしまえばそのまま立ち上がることはできないだろう。グライガーも残ってはいるが、戦法が似ている以上、既に能力を強化しているストライクの方がかなり優勢であり、タツベイが倒れてしまえば勝ちに持ちこむのは非常に難しくなる。
つまり、勝つためには今ここで限界を超えなければならない。
ポケモンを信じ切ることができなくなるのはあの敗北が最後だ。彼らが倒れるまで、カズトは彼らのことを信じる。
「負けるなマグナ! "かみつく"!」
カズトの声に応えるべくタツベイも最後の力を振り絞り、地に足を付ける。掠れそうな意識の中、目の前にいる相手に力の限り噛みついた。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろう。かなりの力で噛みつかれたストライクは振りほどくこともできず、痛みにもがく。
「ストライク?!」
「そのまま"ひのこ"!!」
追い打ちをかけるべく、噛みついたまま至近距離で弱点技の"ひのこ"を食らわせる。牙が熱を帯び、"ほのおのキバ"となったそれは噛みついた場所を起点とし、ストライクの全身を焼き尽くした。
長いとも短いとも言える時間の中、燃え盛る炎が止んだ後、そこに立っていたのは青のドラゴンポケモンだった。
「勝った……?」
ストライクは力なく倒れ伏しており、タツベイが立っている。その光景を見れば、勝者が誰かは明らかだろう。最後の最後で新技を編み出して見事強敵を打ち破ったカズトたちの勝利だ。
倒れたストライクをボールに戻したツクシは清々しい表情でカズトの下に歩いてきた。手には光り輝くバッジを持っている。
「すごいよカズト。まさかここまでやってくれるなんて」
ツクシが差し出してきた手を握り返し、カズトも笑顔で先ほどまでの戦いをたたえ合った。
結果としてグライガーとタツベイの二匹ともが倒れることはせず、いわゆるストレート勝ちに終わったが一歩間違えれば――特に最後は――その後に続く全てがひっくり返されていた可能性も十分すぎるほどあった。
「ポケモンたちが諦めないでいてくれたからです。オレはその思いを信じただけですよ」
「でも、それがあったから今回勝負に勝つことができたんじゃないか?」
流石にそれは言い過ぎではと思ったカズトだが、ボールの中にいる二匹がガタガタと揺れている。まるで否定するなとでも言うように。
「信じることは当たり前だけどとても大事なことだよ」
そう言ってツクシはカズトの手の中に強さを認めた証であるインセクトバッジを託した。
「信じることを、止めないでね」
「……はい」
二人は改めて握手を交わし、そしてカズトは自分がポケモンたちに対して何ができるか、その手がかりのような何かを少し掴めたような気がした。
まだバッジは一つ。今回ツクシに言われた言葉を胸にカズトは前に進み始める。
難産でした。そしてついに書き貯めもなくなったので、これからはスローペースの投稿になります。
リアルも多忙になってきて書く時間も減ってきており、続きを期待してくれている方も気長に待っていただけると幸いです。