『そうか、君も仮面の男に……とにかく無事でよかった』
「死にかけましたけどね……」
謎のポケモンに命を救われたカズトが再び目を覚ましたのは、ウバメの森の入り口だった。ポケギアの時計を見ると午前九時前。カズトがウバメの森へ入る前の時間だった。日にちも合っている。
どうやら、あの黄緑色のポケモンは本当に時間を超える力があるらしい。
森はデリバードが徘徊していた周辺を避けた、回り道を通って抜けた。一度目が合ってしまったのだが、最初に接触した時とは雲泥の差レベルでこちらに気を留めなかった。どうやら、攻撃する相手は特定のルートを通った者に限られるようだ。
もちろん、デリバードにカズトの記憶はないようだった。ほんの数時間ではあるが、カズトは世にも珍しいタイムスリップを経験した人間になってしまったようだ。
流石にただ事では済まないため、家族やゴールドに連絡を入れた後、ウツギ博士にも連絡を入れて話をしているというのが現在だ。
ちなみに、家族にはめちゃめちゃ心配された。後日、様子を見に仕事の合間を縫って父が会いに来るらしいので、必ず会うよう無理やり約束させられた。久しぶりに家族と会えるので嬉しいような、キツく言い聞かせられそうで怖いような。
ちなみにゴールドはいつも通りで、のらりくらりとしていた。彼が言うには、シルバーも仮面の男と接触していたようである。
『でも、ゴールドくんの時とは様子が違ったようだね。彼も襲われはしたけど、糸で縛られたり、擦り傷を負ったくらいだったのに』
「何か理由でもあったんでしょうか?」
『考えられるのは、君が見た祠だ。何が何でも祠に近づいてほしくなかったから、デリバードも手段を選ばなかったとは考えられないかな』
「あ、確かに! あの祠光ったんです。その光が何か関係あるかもしれないですね」
『君が出会ったというポケモンも無関係ではないだろう。これから気をつけてくれ。我々も分析の結果が出たら、すぐ君に伝えるよ』
「よろしくお願いします」
ウツギ博士は現在、ゴールドが仮面の男と接触した際に、偶然エーたろうの尻尾に付着した金属粉の解析を行っているそうだ。男の正体を探るための貴重な手がかりらしく、現段階最高レベルの装置で分析されるらしい。
仮面の男――。依然として謎の多い人物ではあるが、危険人物には変わりない。今後は注意して旅をする必要がありそうだ。
そしてゴールドだけでなく、シルバーも関わりがあるとなると、何かしら運命めいたものを感じる。そういう意味では、あの謎のポケモンが示してくれたことは正しいのだろう。
ウツギ博士との通話を切ったカズトは、テレビ通話のための機器を貸してくれた人物に向き直る。
「電話を貸していただき、ありがとうございました。育て屋ご夫婦」
「よいよい。若い子の助けになるのは、年寄りの特権じゃからのう」
「寂しく野宿しようとしとるのをほっとくほど、人間やめとらんわい」
カズトが今いるのは、34番道路にある育て屋夫婦の家である。ウバメの森を大回りで抜けた結果、最寄りのポケモンセンターに入ることを逃し、疲れがマックスの中泣く泣く野宿をしようとしていたカズトの目の前に現れたのが育て屋ばあさんだった。あとはとんとん拍子に話が進み、育て屋兼、彼女らの自宅で休ませてもらっているというわけだ。
「さて、用事は済んだじゃろ? 今度はわしらの用事に付き合ってもらうぞ」
「はい、よろこんで!」
育て屋ということもあり、夫婦は大勢のトレーナーからポケモンを預かっているらしい。その中でも大型のポケモンや血気盛んなポケモンの相手をするのには、年による体の衰えを鑑みると厳しいものがあるそうで、カズトにそのポケモンたちの相手を頼みたいということだ。
ポケモンたちの相手を引き受ける代わりに、この育て屋の施設は好きなだけ利用していいということで、カズトは修行とお礼を兼ねてしばらく二人の家にお世話になることにした。
育て屋ばあさんに案内された裏口の飼育所はなかなか広く、少しぐらい激しいバトルをしても問題なさそうであった。そこにはガルーラ、アーボ、ドンファンにオコリザル、キリンリキやケンタロスと相応にバトル慣れしたポケモンたちが待っていた。
「好きなだけ相手してやりな」
「鍛えがいがありそうだ。ありがとうございます!」
ゴースたちはバトル要員ではないので、表の庭で小さいポケモンたちの相手をしてもらっている。元々遊ぶのが大好きなこともあり、頼んだ時も喜んで庭へ飛んで行った。
どうしても十匹もいるとこうしたときに面倒を見切れないため、言うことを聞いてくれて助かると思う一方、少し我慢させてしまっているなとも思う。カズトのことを好いてついてきてくれたが、やはり一人では厳しい。ゴースたちの意に沿わないことにはなるかもしれないが、できれば一旦自宅へ転送して、家族に面倒を見てもらいたい。隣にはポケモン屋敷ことゴールドの家もあるので、そこのポケモンたちと仲良くなれれば退屈もしないことだろう。
なんにせよ、少しでも早く転送装置が復旧してくれることを祈るばかりである。
「カズト、なにをボサッとしておる」
「あ、すみません。ちょっとゴースたちのことが気になってしまって」
「安心せい。お前さんがこっちにおる間は、わしとじいさんで責任もって面倒見ておいてやるわい」
「お世話をおかけします」
本業の彼女がそう言ってくれるなら、安心してゴースを任せることができる。ゴースたちの性格を軽く伝えると、それだけでどう接するべきかすでに案が浮かんだようだ。気のいい笑顔をして戻っていった。
育て屋ばあさんが戻るのを見送った後、カズトはポケモンたちをボールから出す。
その様子を見て、預けられていたポケモンたちも態勢を整える。その中から先陣を切るように飛び出してきたのはドンファンだ。勢いよく回転し、家をも吹き飛ばす"ころがる"でこちらに突っ込んでくる。
「よし、まずはシードだ! "はっぱカッター"!」
無数の刃がドンファンに向かうが、ほぼ全ての葉っぱが弾かれ、地面に落ちてしまう。タイプ相性で優っているにもかかわらず、その硬い皮膚によって大したダメージにはなっていないようだ。 その防御力の高さから、ある程度の攻撃は無視してゴリ押しするパワータイプだと判断する。
「引きつけて躱せ!」
コノハナも同様の考えだったらしく、カズトの理想通りの形で攻撃を回避する。その勢いから、すぐに止まることができないらしいドンファンは、壁に激突することは避けたものの、方向転換のために大きくカーブを描きスピードも落ちている。その絶好の隙をカズトははっきりと捉えていた。
「外は硬い。内側から崩すんだ! "メガドレイン"!」
どれだけ防御が固くとも、体内のエネルギーを直接奪うこの攻撃からは逃れられない。急速に力を奪われた影響からか、ドンファンが体勢を崩し、スリップした。横向きになってしまうと自慢の回転もあってないようなものだ。
「そこだ! "かわらわり"!!」
背中の甲殻よりも比較的まだ防御が緩い腹側を狙い、鋭い手刀がドンファンに下ろされる。どうやらもろに入ったらしい。今の一撃でドンファンは目を回してそのままダウンしてしまった。
「ナイス、シード!」
カズトの喜びの声にコノハナもグッドポーズをして応える。
「次はライガだ!」
一度戦ったコノハナを休憩させ、次はグライガーの番だ。基本的には一戦ごとに交代、時々連戦でペースを上げたりダブルバトルをしたりと、満遍なくパーティーメンバーの強化を図るという寸法である。
相手にはケンタロスが買って出てくれるらしい。先ほどのドンファン同様、突進しての接近戦が得意なタイプで、機動戦を得意とするグライガーとしては悪くないタイプだ。ペースを握れば、相手の動きを封じながら攻撃できる。
「"でんこうせっか"で相手を翻弄するんだ!」
ケンタロスの突進攻撃もドンファンに勝るとも劣らない。直撃してしまえばひとたまりもないので、突進ルートの上に居座ってしまうのはよくない。あちらこちらへ動いて、狙いをそらすことで機会を伺う。
狙い通り、ケンタロスはグライガーを捕捉できず苛立ちを募らせているようだ。乱雑に"とっしん"で攻撃するが、当てもなく放たれる攻撃は回避が容易い。そしてまた、その後の隙も大きくなる。
「"れんぞくぎり"ッ!」
怒涛の連続攻撃でケンタロスへ傷をつけるも、伊達に戦い慣れしていない。こちらが攻撃するために近づいたタイミングを狙い、強引に"つのでつく"攻撃でカウンターを放ってきた。
「ライガッ!?」
被弾上等で攻撃してきたケンタロスにしっかり一撃を喰らわせたグライガーは流石というべきだが、その分防御に手が回らずに相手の攻撃も喰らってしまう。
しかし何とか衝撃を和らげる動きだけは間に合ったみたいで、カズトが見た印象よりかはダメージを負っていないようだ。
「押しきるぞ、"きりさく"!!」
一撃を喰らえど、怯んでいる暇はない。鋏にエネルギーを集めた渾身の攻撃を入れるため、ケンタロスに再接近する。
どうやらグライガーも体が温まってきたようで、先ほどの"れんぞくぎり"を打ち込んだ際よりもスピードが増している。ケンタロスは完全にグライガーを見失ってしまったらしい。見当違いの方向を見てキョロキョロしている。
グライガーはそんなケンタロスの背後から音もなく現れ、無防備な体に鋏を叩き込む。一瞬の間が空き、ケンタロスは地面に倒れ伏した。
「よし、二体目撃破だ。戻れライガ」
グライガーは嬉しそうにカズトの足元に戻ると、自慢の鋏を掲げる。カズトはそれに自身の拳を当ててグータッチで喜びを分かち合う。
「お疲れ、休んでてくれ。いくぞマグナ!」
カズトのエースポケモンであるタツベイの前にはガルーラが立ちはだかる。どうやら預けられているポケモンたちの中で一番強いらしく、他のポケモンたちもガルーラが前に出るのを見ると少し恭しそうに下がった。
「相手に不足なし! "ずつき"だ!」
タツベイが勢いよく飛び出し、ガルーラへ突撃する。クリーンヒットするかと思われたが、何とお腹の袋の中に入っていた子ガルーラが受け止めた。ところが、タツベイの頭の固さを知らないがゆえにまともに受け止めてしまったようだ。衝撃で腕が痺れて涙目になっている。
人間の中でも泣きそうな子どもを見て黙っている母親はいない。ましてや子どもに深い愛情を注いでいるガルーラならなおさらだろう。怒りの表情でタツベイを睨みつける。
「"りゅうのいぶき"!」
タツベイの放った技がガルーラに到達する直前、ガルーラはその腕を振りかぶり、一気に突き出した。"メガトンパンチ"が"りゅうのいぶき"のエネルギーを霧散させる。
さらには"メガトンキック"で地面を蹴り、加速した勢いのまま拳を叩き込みに来た。
「受け止めろ!」
対するタツベイはその場から動かず、真正面から相手の攻撃を抑えに行く。小柄なタツベイにガルーラの拳を手を使って受け止めることはできない。では何で受け止めるかというと、鋼鉄にも匹敵する頭だ。
タツベイは全身が筋肉の塊で、特に首の筋肉が発達している。体は小さくとも、パワーだけで言えば大型のポケモンにも匹敵する上、頭を使ったぶつかり合いではさらに強い力を発揮することができる。並のポケモンに負けることはない。
斯くして頭と拳が激突したのだが、まず聞こえてきたのは山で落石が起きたときのような轟音だ。そのあまりの音に育て屋夫婦が慌てて駆け込んでくるほどである。
「なんじゃ、一体何があった!?」
「ちょっとガルーラを怒らせちゃいまして……」
「なんと! すぐに止めなければ、際限なく暴れてしまうぞ!」
「大丈夫です。何とかします」
夫婦が目をやった先には、完全に静止したガルーラとその彼女を止めたであろうタツベイの姿があった。
「"ほのおのキバ"!!」
頭でガルーラの拳を弾き飛ばし、ふらついたところを炎をまとった牙で食らいつく。噛みついたところから炎が広がり、ガルーラを包み込む。その熱にガルーラは苦悶の声を上げるが、まだ倒れたわけじゃない。決死のまなざしをして腕を動かす。
「まずいぞ、ガルーラはまだ動ける!」
「マグナ、離れるんだ」
「カズト! あんた正気かい!?」
夫婦はカズトの出した指示に驚くも、マグナはカズトの指示に従って炎を収め、ガルーラから距離をとる。ガルーラの腕の中には、子ガルーラが小さく丸まっていた。
カズトは早急にキズぐすりとやけどなおしをバッグから取り出し、ガルーラの手当てをする。また、先に戦ったドンファンやケンタロスにもオレンの実を渡して回復してもらう。
「お前さん、こいつが子どもを守ってたの分かったのかい」
「はい、ガルーラの母親は何が何でも子どもを守ると聞いたことがあるので。一旦落ち着いてもらうために少し手荒くはなっちゃいましたが……」
「確かにガルーラにはそのような習性があるが、あの土壇場でそこまで見とるとはの……」
カズトの手早い処置のおかげで、すぐに元気になったガルーラに子ガルーラがよじ登る。母親は子どもの無事な姿を見て、やさしく微笑んでいる。先ほどの剣幕は微塵も残っておらず、ただ母親としての顔がそこにはあった。
カズトはそんなガルーラに近づき、体を撫でている。
「ごめんね、オレもマグナも悪気があったわけじゃないんだ。でも結果的に子どもに手を出してしまった。怒っても仕方ないよね」
触れられた瞬間、ガルーラは敵意のこもった眼でカズトを見るも、手当てをしてくれたこと、そして何より誠意をもって謝ったことが伝わったのだろう。親子揃ってカズトの手に自分たちのそれを重ね合わせる。
「あんなに懐かなかったガルーラがいとも簡単に……」
どうやらあのガルーラはなかなか他人に懐くことはないようだ。育て屋夫婦はあっという間にガルーラを懐かせてしまったカズトに驚きの顔を隠せない。
いつの間にか、カズトの周りにはガルーラだけでなく他のポケモンたちまで集まってきているのだった。
原作との兼ね合いを考えつつ、時系列を崩さないようにするの大変ですね。
今回戦ったポケモンたちは、ゴールドも戦うことになるポケモンたちです。原作だと尺の都合上出番は少なかったですが、こっちではそこそこの強さをもって書かせていただきました。
ちなみにバトルの腕は現在だとシルバー>=カズト>ゴールドくらいです。カズトの方が断然ゴールドよりバトルの腕はいいです。