実は第1話から順番に少しずつではありますが文章の付け加えを行っています。
一度読んでいただいていた方も、初めての方もよろしければ見ていってくださいな!
「……勝ててしまった」
フスベジムでの激闘を制したカズトは数日の旅路を経てチョウジタウンに到着。そこで六つ目のジムバッジを賭けてチョウジジムリーダーのヤナギとバトルをしていた。
"永久氷壁"という二つ名を持ち、ジョウトジムリーダーの中でも最長の就任経験を誇るヤナギはカズトにとってジム制覇を成し遂げるためには最も強大な壁であると言っても過言ではなかった。
そう、"過言ではなかった"はずなのだ。
カズトの手持ちにとってこおりタイプは天敵中の天敵。ドラゴンタイプのコモルーに始まり、くさタイプのダーテング、じめん・ひこうタイプのグライガーとこおりタイプに弱い面子が勢ぞろいしている。ヤンヤンマもひこうタイプを有していることから、まともに対抗することができるのは、"アイアンテール"を扱うことのできるメリープぐらいなのである。
当然、こおりタイプのエキスパートであるヤナギには苦戦を強いられると考えたカズトは、万全を重ねた対策と、それに伴う戦術を練りに練ってジム戦に挑んだ。
ところが、蓋を開けてみればなんとあっけないことか。大した苦戦もせず、初戦でバッジを入手することができてしまったのだ。途中危うい場面はあったものの、何故かこちらにとって有利に試合は進み、結果カズトが勝利した。
しかし、カズトからしてみればどうにも腑に落ちない要素がある。
「まるで何か別の用があるから、早々にバトルを終わらせたがっていたような……」
そう、ヤナギ本人からは焦りの雰囲気など感じはしなかったが、試合の動き方から考えると不自然に流れが変化した場面があったのだ。
明らかに、ヤナギが不利になるであろう流れが急に生じた。その急激な流れに逆らうことができず、あとは乗せられるまま、カズトはバトルを終えてしまっていた。
「なんかスッキリはしないけど、ラッキーだったと思うべきかな……?」
その後、バッジを授与された後に特に話をすることもなく、チョウジジムを出た。
拭えない違和感はあるも、考えすぎかと判断し、気持ちを切り替えて忍者の里としてスポットを浴びているチョウジタウンを観光することにした。忍者が嫌いな男子はいないのだ。
「まずは名物のいかりまんじゅうでも買おうか――」
意気揚々と観光を満喫しようとしていたカズトだったが、その気分はとある音のせいで粉々に打ち砕かれることとなった。
周囲に響き渡る爆音。
まるでいくつもの爆弾が爆発したかのような強烈な音が鼓膜を揺さぶる。そしてその音はちょうどカズトが行こうとしていた土産物屋の方角から聞こえていた。
「何だろう……。とにかく行ってみよう!」
何事かと急いで現場に向かうも、爆心地であろう地域周辺に特に何かが破壊された跡はない。カズトと同じく、音を聞きつけた地元住民たちも何が起こったのかは把握できていないみたいだ。
「リベル、何か変なものがないか空中から探してくれ!」
目の良いヤンヤンマに空から捜索を頼む間、カズトも現状をできる限り確認することにした。
「何があったんですか?」
「それが俺たちもさっぱりでさ。この辺りから爆発音がしたのは間違いないんだが……」
「今は警察に連絡して、他に爆弾とかないか調べてもらうのを待っているところよ」
「そうですか……。ありがとうございます」
どうも目撃者はいないようで、ますます怪しく、そしてきな臭い。カズトの脳裏には一つの可能性が浮かび上がっていた。
ロケット団――。
ここ最近の活発さから見ても、奴らの仕業であることも十分考えられる。目的ははっきりしないが、人々やポケモンに危害が及ぶのは間違いないため、用心しておくべきであろう。
「ん、何か見つけたのか?」
カズトが考え込んでいるうちに、ヤンヤンマが手掛かりを発見したらしい。定位置であるカズトの頭の上に停まり、知らせてくれた。
ヤンヤンマの案内によると、土産物屋に何か気になるものがあったようだ。
「これって、血!?」
土産物屋の裏手に微かではあるが、赤い液体が付着している部分がある。それはポツポツと少量ずつではあるが、チョウジ有数の観光スポットである"いかりの湖"の方向へと伸びている。往来を避けるように森の中へと続いているので、もしかすると爆破を起こした犯人のものかもしれない。
「少年、どうかしたか?」
「湖の方に行ってきます!」
「あ、おい!?」
もしこの血痕の先にいるのがロケット団だとしたら、間違いなく戦闘になるだろう。ヤンヤンマを先頭に、さらにはコモルーが入ったボールも手にしながら、カズトはまっすぐ血液を辿っていく。
やがて視界が開け、その先は一面に湖が広がっていた。ジョウト最大級の湖を前に、普段であればその景色の綺麗さに心を遣っていただろうが、今は緊急事態だ。油断せずに周囲を見回す。
さらに血痕を追い、湖の近くに広がる草むらに足を踏み入れたその時。鋭利な何かがカズトの首を目掛けて一直線に突き立てられる。
「ポケモンの尻尾……!?」
「そこから動くな」
「リベル!」
だが、このような状況に陥ることは想定済みだ。
相手の尻尾が動くよりも早く、ヤンヤンマの放った"ソニックブーム"が草むらの中にいる何者かを狙い撃つ。
「SHIT!」
"ソニックブーム"が何かの障壁によって防がれた音と同時に聞こえた、トレーナーであろう人物の言葉。防がれたという驚きよりも、その言葉についての驚きの方が勝った。
その声色と、咄嗟のとき異国の単語が口に出るその癖に、カズトは覚えがあったのだ。
「マチスさん?」
「あ? ってお前、カズトじゃねぇか」
以前アサギシティでメリープをゲットすることになった経緯を作った人物でもある彼。カントー地方・クチバシティのジムリーダーであり、高速船アクア号の船員でもあるその人物は、カズトも世話になったあのマチスであった。
カズトに尾を突き付けていたのはライチュウ、"ソニックブーム"をガードしたのはレアコイル。いずれもマチスの主力メンバーだろう。相当なレベルであると見える。
しかし、再会を喜んでいる暇はなかった。マチスの体はボロボロであり、所々から血も流れていたからだ。カズトが追ってきた血痕を作った人物はマチスで間違いない。
「待っててください、手当てを!」
「く……。情けねぇとこ見せちまったな」
「この怪我、やっぱり爆発に巻き込まれて……」
マチスの体には擦り傷や切り傷もあったが、中でも目立つのが火傷のような怪我だ。全身に熱風を浴びたかのような症状はまさしく、爆発によって生じる爆傷に当てはまるだろう。
「マルマインの"じばく"だ。本物の爆弾ならこれで済んじゃいねぇ」
「一体、何があったんですか?!」
マルマインならば、でんきタイプであることからも、おそらくマチスの手持ちポケモンだろう。そのマルマインの"じばく"を自身で受けるなど、どう考えても普通の状況ではない。
「ちと、ヤベぇ奴とやり合ってな。お前には関係ねぇよ」
「ロケット団、ですよね?」
「……! ハッ、そういえばお前も無関係じゃなかったな」
どうやらカズトの予想は当たっていたようだ。手当てを受けながらも、意識ははっきりしているマチスはゆっくりと事の顛末をカズトに告げる。
「三週間ほど前、ここでギャラドスの大量発生があったことは知ってるか?」
「はい。確か、コイキングの進化のタイミングが重なったとかで――」
「そいつを引き起こしたのがロケット団だ」
「え!?」
当時エンジュシティで復興作業の真っ只中にいたカズトは、ラジオで流れてくる程度でしか事件の概要について、聞くことはなかった。大量発生という現象があまり起こらないことから、印象深いものとして記憶していたものの、それだけだ。強制的に引き起こされたものであると見当もつかないのは当たり前だろう。
メディアには取り上げられていなかったが、ギャラドスは謎の怪電波により無理やり進化させられていたことがマチスの調べにより分かったらしい。同時にチョウジタウンに怪しい動きをしていた人物が複数人出入りいたことも地元住民の声から確認済みとのこと。
「そして調査の結果、オレはとある土産物屋が怪しいことを突き止めた。一見普通だが、そこには隠された地下があったのさ。手掛かりを求めて潜入したが奴らのボスに見つかり、逃げ出すために博打を仕掛けてこのザマよ」
「ボス……! それじゃあまだあの土産物屋には!」
「止めておけ。お前じゃ勝てねぇ」
「でも!」
「オレさまでもここまでやられたんだ! お前が行っても死ぬだけだ!」
声を荒げたことで傷に障ったのだろう。痛みに顔を歪めるマチスを見てカズトは冷静さを取り戻した。ジムリーダーであるマチスがここまでやられたのだ。確かに、今の自分が行っても結果は目に見えている。
「奴の殺気は本物だった。あの仮面野郎は、殺しも厭わねぇ」
「仮面って……。まさか」
仮面の人物について、カズトには一つ心当たりがある。
ウバメの森で謎のポケモンに見せてもらった映像の中に、自分と仮面の男が対峙しているものがあった。あのポケモンを信じるならば、仮面の男はカズトにとっての最大の敵になる。殺しを躊躇わないという共通点もあることから、マチスの語る人物とカズトが思い浮かべる人物は同一の存在なのかもしれない。
「その仮面の男、長髪に黒いマントでしたか?」
「……何で知ってやがる?」
「以前見たことがあります。そして、奴のポケモンにオレは殺されかけたことがある」
「WHAT!? どういうことだ!?」
「ウバメの森を通った時、祠を見つけたんです。そこに近づこうとして、氷漬けに。幸い、不思議なポケモンに助けてもらって生き延びたんですけどね」
できるならば二度と思い出したくもない光景だったが、悲しいことに死にかけるという、自分の生き死にが懸かった出来事は記憶には鮮明に刻み込まれるものだ。嫌でも忘れることはできない。
しかし、手掛かりは掴めた。仮面の男がロケット団のボスとして活動しているということは、一連の事件は全て仮面の男の目的に通じる。そこにある共通点を見出すことができれば、仮面の男の目的を解明することもできるかもしれない。
「一回情報を整理したいな……」
「もう巻き込まれてるってんなら止めはしねぇ。だが、奴に勝つにはもっと強いパワーが必要だな」
「パワーか……。ん?」
やがてマチスの手当ても済み、今後どう動くべきか思案するカズト。だが、その目は湖のとある一点を捉えていた。
「マチスさん、あれ」
「湖から気泡が……。奴の仕掛けた罠か?」
「どうします?」
二人の視線の先にはゴボゴボと湖の中から吹き上がる気泡があった。何かが湖の中にいる。
現状から推察すると、マチスを追ってきた仮面の男が差し向けた刺客という可能性が高い。しかし、それ以外にも考えられる例はある。逆に手掛かりになる可能性も十分あるのだ。
「考えるまでもねぇ!」
「オレも行きます!」
「ハッ、好きにしろ!」
マチスは岸に隠していた小型の潜水艇に乗り込みエンジンをかける。カズトを置いていくという選択肢もあったが、乗り掛かった舟だ。彼が付いて来ると言うのなら、それを拒否することはしない。
二人を乗せた船はみるみるうちに深度を下げ、湖の底へと到達する。
普通ならば、深く潜るにつれて太陽の明かりは段々と届かなくなり暗闇の世界が広がり始めるはずなのだが、二人の目の前は逆に明るさを増しているようだった。どうやら、湖の底に光る何かが沈んでいるようだ。
「気泡はあの光の方から出てますね」
「よし、近づくぞ」
マチスの操作の元、潜水艇は何事もなく目標へと距離を詰めていく。そして見えた光景に二人は息を呑んだ。
「赤いギャラドス!?」
「OH MY GOD!! 色違いのポケモンはその身に輝きを纏うというが……。オレも初めて見たぜ! しかも氷漬けとは……!」
なんと、湖の底にいたのは氷漬けになった色違いのギャラドスだった。通常の青い体躯とは対称の赤い色を全身に帯びた姿は美しいと同時に、まるでコイキングの色がそのままに無理やり進化したかのような歪な雰囲気も醸し出している。
その身に宿る輝きが氷を通して屈折、反射し、湖底でも十分な光を放っているみたいだ。
そして二人が注目したのは色違いの部分だけではない。こおりには比較的強いはずのギャラドスが、成す術もなく凍っているという点も不可解だ。
「もしポケモンの技で凍らせたのなら、相当な使い手だぜ……」
「まさか、仮面の男……!?」
「可能性としちゃ十分だ。どうやら気泡の正体はこいつだったみたいだな」
よく見ると、氷にはほんの少しヒビが入っており、その隙間からギャラドスの吐息が気泡となって漏れ出している。カズトたちが地上で見たのはこのギャラドスから出ていたもので間違いない。
「呼吸をしてるってことは、死んではいねえようだが」
ギャラドスの周囲を回るように船を操作するマチス。しかしその船体が顔へと近づいた瞬間、今まで眠ったように大人しかったギャラドスはその目を見開き、氷を突き破り巨体を躍らせる。
突如として覚醒したギャラドスに流石のマチスも驚き、慌てて舵を取りその場から離脱する。途中、砕けた氷が船体にぶつかりバランスが崩れるも、巧みな操舵で難を逃れた。
しかし、依然ギャラドスという脅威は過ぎ去っていない。
「くそっ! これほどの奴と水中戦ができるポケモンは、オレの手持ちにはいねぇ! おいカズト!!」
「残念ですけど、オレもみずタイプのポケモンは持ってません!」
「チッ、とんだ貧乏くじだぜ! かくなるうえは……ライチュウ!!」
「ライチュウって……。一体何を?」
ボールから飛び出たライチュウは船内後部にある特殊な装置を手に取り、電気を溜め始める。
「こいつの電気エネルギーを電気光線に変換する。この水中レーザーなら、奴と渡り合えるはずだ!!」
どうやらただの潜水艇じゃなかったらしい。でんきタイプのエキスパートであるマチスが水中でもある程度ではあるが、その力を活かせるよう、船にはでんきポケモンのアシストを受けて各設備の効果を増すことができる仕掛けが施されているようだ。
ライチュウの充電がなされていくにつれ、船内の計器類が唸りを上げる。水中レーザーの照射もまもなく可能になるのだろう。
「くらいな!!」
そしてマチスが照射のスイッチを押そうとしたその時、ギャラドスは急速に向きを転換し、あらぬ方向へ泳ぎ出してしまった。
「WHAT!?」
潜水艇を無視して泳ぎ進んだギャラドスは、その先にある何かに向かって己の体をぶつけ始める。かなり硬そうな音を出すそれを見てみると、正体はギャラドスが閉じ込められていたのと似た氷の塊であった。
「何であの氷に体当たりなんてするんだろう……?」
「いや、氷の中に何かがある! それを取り出そうとしているのか!?」
カズトはマチスの肩に隠れて見えなかったが、マチスは氷の中に確かに何かがあるのを目にした。ギャラドスがこの氷を砕こうとしているのは、中にある何かがそれだけ大事なものだということが考えられる。
だがやはり、長期間氷漬けにされていたことが祟ったのか、数度体をぶつけた後、ギャラドスは力尽きて倒れこんでしまった。
「こんな怪我で……。自分が倒れてでも取り出したいものがあるってことですかね?」
「かもな。……待てよ? あの仮面野郎、ガキを湖に沈めたって言ってやがった。まさか……!!」
マチスはふと、土産物屋の地下で仮面の男が言っていたことを思い出していた。
『私を嗅ぎ回るものは皆同じ目に遭う。三週間前もガキを二人ほど、いかりの湖に沈めてやったばかり』
もし目の前にいる赤いギャラドスがその子どもたちどちらかの手持ちだったとしたら。氷で閉ざされた塊の中に、トレーナーにまつわるものがあったとしたら。それならば、今の不可解な行動にも全て納得がいく。
「よし!!」
「どうするんですか」
「あの氷をぶっ壊す! 何か手掛かりになるかもしれねぇからな!」
ギャラドスに撃つはずだった水中レーザーの照準を氷の塊へとシフトする。操縦桿の先にある発射スイッチを、マチスはためらいなく押した。
「すごい威力……」
分厚い氷の塊をものともせず、瞬く間に溶かしていく火力。カズトはそのエネルギーを生み出したライチュウと、潜水艇の能力の高さにただただ驚くばかりだ。
見惚れているカズトを横目に、氷が完全に溶けきってしまうと中のものも四方へ散らばるかもしれないと判断したマチスは照射を中断し、船に搭載されているマニピュレーターで氷を掴み、浮上すべく動力を稼働させた。
やがて水上へと姿を現した潜水艇はハッチを開き、引き上げたものを座席の後部へと回収する。大体の氷は持ち上げている間に溶けていたらしく、船内にはびしょ濡れの持ち物が姿を露わにしていた。
子どもたちのものであろう持ち物を物色しようとしていたマチスだったが、それよりも早く、カズトが悲痛な声を上げる。
「嘘、だろ……」
カズトの目線はマチスが手に取ったリュックサックに向いている。
「ゴールド……?」
それは、カズトにとって兄弟同然の大切な人物が日頃より背負っていたものだった。
マチスとの再開、そしてゴールドの失踪を知るカズトでした。
いかりの湖事件、原作ポケスペに三週間前という明確な記述があるんですよね~。
時系列の辻褄合わせが大変でした。
次回はマチスと共にゴールドの捜索へ繰り出します。
原作とも徐々に交わってくるので、そこもお楽しみに!