生活の合間に小説を投稿されている方のすごさを改めて思い知りました。
お待ちしてくれていた方々、申し訳ありませんでした。今後も生活と創作意欲のバランスを保ちつつチマチマ更新していこうと思います!
「ゴールド……?」
マチスが持っているリュックサック。それをカズトが見間違えるはずがない。彼に最も近い場所からそれを見てきた一人でもあるのだから。
リュックサックの他にもゴーグルや帽子、スニーカーなどもゴールドのものである。そしてそれらに紛れる黒いブーツ。
エンジュシティで別れたあの日、シルバーと共に行くと言ったゴールドの言葉通りなら、二人は一緒にいたはずだ。おそらくゴールドのものではないこのブーツはシルバーのものだろう。カズトもこの靴には見覚えがある。
マチスの話では、仮面の男は三週間前に子どもを二人、このいかりの湖の底に沈めたとのことだ。これらの装備品が湖の底で氷漬けになっていたということは、そういうことなのだろう。
本人には直接接触していないが、彼の手持ちポケモンに凍らされたカズトは身をもって感じている。仮面の男は、殺すと判断した相手は容赦なく手にかけるはずだ。
彼の殺意を買ってしまったのならば、間違いなくゴールドとシルバーの二人はもうこの世にはいない。彼らの死など冗談でも考えたくないが、目の前の現実はカズトが目を逸らすことを許さない。
「ぅ……、ゴ……ルドっ……! シル、バ……」
リュックサックにしがみつき、静かに涙を流すカズト。抑えることができない嗚咽が時折周囲に響く。
友を失い泣きじゃくる少年をマチスはただ見下ろしていた。元々仮面の男に繋がるかもしれない情報を求めてチョウジタウンに来た中で、以前も情報をくれた子どもに出会い、巡り巡って手掛かりを見つけたところまでは気分も良かった。しかし、その情報源が彼の親友であったとは、想像できただろうか。
(流石にガキにはキツイだろうな)
元ではあるが、マチスは軍人だ。そして知る人こそ少ないが、ロケット団として裏社会でも活動していた。普通の人間よりも過酷な環境で生きており、こうした状況にも耐性がある。
だが、目の前の少年はどうだろうか。
死にかけた経験はあるらしいが、身近な存在を失ったことは殆どないはずだ。そもそも、まだ十歳の年端も行かない子どもだ。何かの"死"に触れることすら、ない方が当たり前なのだ。
そしてマチスは悲しみに暮れる幼い彼の前で遺品を漁るほど、人間を辞めていない。カズトが落ち着くまで黙って佇んでいた。
それから数分にも数十分にも感じられる時間が過ぎ、カズトの泣き声も鳴りを潜めてきた頃合いを見計らい、マチスは静かに声を発する。
「落ち着いたかよ」
「っ、はい……」
未だ涙声ではあるものの、マチスからの問いかけにカズトははっきりと返答した。
「辛いってんなら、お前はここで降りてもいい。お前はまだガキだ。無闇に命を危険にさらすこともねぇ」
これはある意味、忠告だ。仮面の男はそれほどまでに危険な存在であり、首を突っ込みすぎるとこうなるという例も見せつけられてしまった。彼と戦うというのならば、きっと再び命を危機にさらすことになる。
戦いは、自分がやる必要もない。この地方には頼りになるジムリーダーもいる。彼らが力を合わせれば仮面の男を抑えることもできるだろう。子どもの自分が矢面に立つ理由などどこにもない。
……本当に?
本当にジムリーダーだけで対処できるのだろうか。実際、これまでジムリーダーを始めとしたポケモン協会サイドには仮面の男の正体どころか、活動の報告さえ入っていなかったではないだろうか。入ったとしても、既に被害が出て退却された後だ。先手を取れたことなど一度もない。
それに引き換え、シルバーはどうだ。的確にロケット団が現れる場所に姿を見せ、奴らの計画の邪魔をしていた。少なくとも、ポケモン協会側よりも優れた情報網を持っていたのは確かである。
一大組織が一個人に情報量で負けている中、彼らを信じ切ることはできるのだろうか。ポケモン協会だからこそ、相手の妨害工作を受けやすいのではないだろうか。ギリギリまで存在を悟られず、仮面の男の不意を突くことができるのは誰なのだろうか。
「オレがやるんだ……」
「……」
謎の空間で、時を超える不思議なポケモンが見せたあの映像。
カズトが仮面の男と戦っていたということは、カズトは奴を倒すために必要なピースになっているのではないだろうか。
逃げるのは簡単だ。しかし、自分はそれで後悔しないだろうか。
答えなど最初から分かっていた。
「オレが、仮面の男を倒します……!」
マチスの目を逸らすことなく見つめ、戦う覚悟を示すカズト。それを否定する言葉も必要も、マチスは持ち合わせていなかった。
「その目……。昔、オレさまをぶっ倒しやがったヤツの目によく似てるぜ。そいつを彷彿とさせるのはムカつくが、お前の意志は伝わった。今からアサギに戻って――」
準備を整える、という言葉を言い切るよりも早く、カズトが抱えていたゴールドのリュックサックから何やら機械のような音が聞こえ始めた。小さい音ではあるが、はっきりとその音を聞いたカズトはジッパーを動かし、中で音を出しているそれを手に取る。
「これって――」
「――ポケモン図鑑じゃねえか!?」
カズトより大きな反応を見せたのは、まさかのマチスであった。その様子は先ほどの二人の立場が入れ替わってしまったかのようである。
「おい、そいつはお前のダチのもんか?」
「はい、オーキド博士に貰ったって言ってました。図鑑があるってことは、本当にこれはゴールドの……」
ほんの少しだけ残っていた、もしかしたら別の誰かの装備品だったという可能性はリュックサックから図鑑が出てきたことで完全に否定されることとなった。そのことを理解し、再び目に涙が溢れ始めたカズトだったが、逆にマチスは目を輝かせてカズトの背中を叩くのだった。
「諦めんなカズト。お前のダチ、まだ生きてるかもしれねぇ!!」
―――――――――――――――
それから一晩経った朝、カズトとマチスはチョウジタウンを後にし、エンジュシティへとやって来ていた。
「『千眼通』……。この街にいるってのは本当なのか?」
「はい。オレがここにいた時は外の依頼に出ていたみたいですが、そろそろ戻ってると思います」
二人が捜しているのは千里眼の能力を持つ探し屋、「千眼通」の通り名で知られる人物だ。
「千里眼か。不思議な力を持ったヤツってのは、探せば意外と出てくるもんなんだな」
「……? 他にもいるんですか? そんなすごい人」
「身内にな。あいにく療養中で、今から会いに行くのは無理だがな」
「へぇ~」
「ま、そいつもジムリーダーやってる身だ。お前ならそのうち顔を見ることになるかもしれねぇ」
マチスの身内でジムリーダーとなれば、おそらくカントーの人間だろう。しかも療養中の身ともなれば、会うのは確かに難しい。
「ともあれ、まずは千里眼野郎を見つけねぇと。まずはジムを当たるか」
「マツバさんのジムはこっちです。結構奥まったところにありましたよ」
千里眼の持ち主――マツバ――はここエンジュシティのジムリーダーだ。ジムリーダーならば街にいる間はジムの中にいることも多いだろうと予測した二人は、闇雲な捜索を早々に打ち切り、街の奥に位置するエンジュジムを目指している。
どうしてマツバの元へ行こうということになったのか。それはマチスの鶴の一声であった。
マチスは以前、ポケモン図鑑を持った少年少女と戦ったことがあるらしい。そのとき、戦況的にも厳しい状況だった中、大人を凌ぐ力を発揮し、勇敢に戦い勝利を手にしたのだとか。
図鑑を持った子どもが簡単にくたばるはずがないというのが、マチスの考えだ。楽観的な考えかもしれないが、それ以上に希望もなかったカズトはマチスに従い、装備品から持ち主の行方を探ることができる、マツバの力を借りようということになったのだ。
「っと、ここか」
そうこうしている間に、エンジュジムの前まで辿り着いたらしい。周りが木々に囲まれている中、無機質な扉と壁が二人を出迎える。
「早く行きましょう!」
「おい、待てよ!」
少しでも早く手掛かりを掴むため、焦るカズトはジムの扉を勢いよく開け放つ。今にも走り出しそうになるのを抑えながら、できるだけ速足でジムの中へと入っていくカズトの背中をマチスは仕方なく追いかける。
ゴーストタイプを専門としているジムだからなのか、中の様子も薄暗くて少し不気味だ。それでも、通路を抜けバトルフィールドが広がるスタジアムスペースへと足を踏み入れるのにさほど時間はかからなかった。
「マツバさん! いますか!?」
人気のない暗闇の中にカズトの声がこだまする。少し待つと、天井に備え付けられていた照明が一斉に点灯し、バトルフィールドを照らし始めた。
同時に奥から一人の青年が足音を鳴らしながらスタジアムへと姿を現す。
「いらっしゃい。挑戦者かな? 悪いけどまだジム戦を受け付けている時間じゃないよ」
「ジム戦は今度お願いします! マツバさんの力を貸してください!!」
「……話を聞こうか」
鬼気迫るカズトの様子にただ事ではないと瞬時に判断したマツバは、追い返すことを止め、話を聞くことにした。
「えぇと……友達が行方不明になって、湖から荷物が出てきて、でも生きてるかは分からなくて……」
「落ち着けカズト。何言ってんのか分かんねぇぞ」
混乱のあまり要領を得ない話ばかりするカズトを見かねたマチスが助け舟として今までの経緯をマツバへ説明する。
「つーわけで、こいつのためにもてめえの力を貸してほしいってわけよ」
「なるほど、そういうことなら引き受けよう。探し屋の仕事ということで依頼料を頂くことになるが……、君、そっちについてはどうなんだい?」
「お、お金なら必ず支払います! 今はそんなに持ってないですけど……」
「ガキが払おうとすんじゃねぇ。ほらよ」
財布を取り出し、現段階でマツバへ払えるだけの金を用意しようとしたカズトの手を後ろから遮り、マチスが札束を投げ渡した。急なことではあったが、難なくキャッチしたマツバは少し札束を見つめると、納得したかのようにそれをマチスへと返す。
「汚い金ではないようだな」
「そんなことまでわかんのか!?」
千里眼の応用範囲の広さにマチスは驚いていたが、カズトはカズトで別の意味で驚いていた。
「ちょっと! 何でマチスさんがお金を払うことになるんですか!?」
そう、これはカズトの依頼なのだ。ゴールドとシルバーを見つけるためにマチスの手を借りているのは確かであるが、金までお世話になるわけにはいかない。しかし、マチスにも譲れないラインというものがある。
「ガキに金使わせる趣味なんざねぇよ。それにこれはオレの依頼でもあるんだ。オレ自身のリベンジのために仮面の男と戦ったガキどもの話を聞きてえのさ」
そう言われるとカズトも言いくるめられるしかなかった。
こうした人や物を探すという仕事は相場が高い。カズトの持ち合わせなど雀の涙にしかならないのだ。一刻も早く手を借りたいのならば、マチスの判断に従う方が合理的だろう。
「分かりました。でも、マチスさんにはいつか必ず恩返しをします」
「けっ、勝手にしやがれ」
「よし、では始めようか。少し離れていてくれ」
カズトが持ってきていたゴールドのゴーグルやリュックサックを前にマツバは左手をかざした。同時に右の人差し指と中指を眉間に押し当て、集中力を高め始める。いつの間にか彼の周りにはゴースやムウマが滞空しており、エネルギーゾーンのようなものを形成していた。素人目から見ても、何かすごい力が働いているというのが分かる。
「どれくらいかかるんだろう……」
「少し手間取りそうだ。もう少し待っていてくれ」
「すみません! 待ってます!」
早い場合は先ほどマチスの金の出所を探った時のように数秒で終わるのだろう。今回は持ち主の手を離れてから三週間が経過しているため、その分難易度が上がっているのかもしれない。
それから数分後、マツバが目を見開いた。
「見えた!!」
「本当か!?」
「どこなんですか!?」
カズトたちの問いに答えるべく、マツバは再び目を閉じる。
「……水、水のあるところだ」
「やっぱり! いかりの湖か!!」
「いや違う!!」
マチスと同じくカズトもいかりの湖かと思ったのだが、どうやら違うようだ。マツバの見る先にはいかりの湖ではない別の場所が映っているみたいである。どうして湖に沈められたゴールドたちが湖外にいるのか疑問ではあるが、逆に生存している可能性が高まったとも言える。この機会を逃すわけにはいかない。
とはいえ、湖ではない水辺となると絞り込むのは難しい。ジョウトは山間の地域も多く、川や滝が流れる場所も多い。何より海もある。ジョウトの南部は広大な海が広がっており、水場だけでは条件が絞り込めない。
だが、マツバの千里眼は驚くべき正確性を発揮した。
「湖よりもっと巨大な……、これは海だな! 渦を巻いている海だ。そのすぐそばに……」
そうして告げられたのは、友の居場所。
「島だ!! この島に装備品の持ち主たちはいる!!」
なんと、この広大な世界の中から一つの島までゴールドたちの居場所を絞り込んだのだ。文字通り、千里の先を見通したマツバの力は本物ということだろう。
しかも周辺の様子も見えている。近海で渦を巻いている島はそう多くはないはずだと考えたカズトは、マツバにジムのパソコンを借りることができないか許可を求める。
「なるほど、渦潮から地域を特定するわけか。良いだろう、好きに使ってくれて構わない」
「ありがとうございます!」
カズトがデータを漁っている間、マツバは千里眼で見た島について絵に起こしてくれた。それを見ていたマチスは、とあることに気が付く。
「この島……火山か? カントーにあるグレン島に似ているな」
渦潮に火山と来れば、かなりの情報量になる。カズトは該当する島々をモニターに出し、それぞれイラストと見比べていく。元々条件にヒットした島自体が少ないこともあり、目的の島はさほど時間もかからず見つかった。
「これだ……! うずまき列島の中に一つだけ、休火山の島がある!」
「確かにその周囲は時折渦潮も観測される。ちょうど今日、渦潮が確認されていれば……!」
マツバがラジオをつけると、ちょうど流れていたニュースが気象情報のコーナーに移っていた。
『つづいてジョウト地方の気象情報です。タンバシティ北東、うずまき列島周辺の海域に巨大な渦潮が発生。複数の渦が断続的に出たり消えたりしている模様です――』
大当たり。マツバが見た光景とそっくりそのまま同じ状況だ。ゴールドたちがいるのはこの島で間違いない。
「マチスさん、行きましょう!!」
「オレさまのアクア号を使うか。ちょうど今日、アサギで客を降ろすはずだ」
「マツバさん、ありがとうございました!」
「いや、ちょっと待ってくれ」
エンジュジムを後にしようとするカズトをマツバは呼び止める。依頼料の件についてはマチスに肩代わりしてもらうということで話しが付いたはずなので、一体何事だろうか。
「カズトくん、だったね。もしかしてスズの塔がロケット団の攻撃を受けた時、奴らを追い払ってくれたのは君かな?」
「はい、結果的に……ですけど」
「その後街に残って復興作業に尽力してくれたとも聞いた。これについては?」
「オレの意志で決めました。困っている人やポケモンは見過ごせなかったので」
どうやらカズトがミカンと共にエンジュシティを守っていたことについて聞きたいようだ。本来自分が守るべき街を、不在のタイミングに狙われたことでやりきれない思いもあるはずだ。
カズトとしては、傲慢かもしれないが、彼の代わりに街を守る心持ちで復興に当たらせてもらっていた。実際のところはミカンがその大部分を担っていたのだが。
「街の人たちから君の活躍については聞いているよ。その実力を見込んで、今からオレとバトルをしてほしい。安心してくれ、時間は取らせない」
まさかのバトルの申し込みだ。いきなりの挑戦にカズトとしても少し返答に戸惑ってしまう。
正直に言うと、今すぐにでもゴールドたちの元に向かいたい気持ちの方が強い。しかし、ジムリーダーであるマツバと戦えるチャンスを捨てたくもない。
すると、うんうん唸るカズトを見ていたマチスが痺れを切らし、アクア号に連絡を入れる必要があるため、少し席を外すと言ってジムから出ていってしまった。不器用な彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。マツバも時間をかけるつもりはないと言ってくれているので折角の機会だと思い、勝負を受けることとする。
「ありがとう。オレが使うのはこのムウマだ」
「じゃあ、オレはこいつで!」
カズトがボールから出したのはグライガーだ。純粋なタイプ相性ではダーテングが有利ではあったが、最近強敵と戦う機会が少なくなっていたため、トレーニングも兼ねて選出した。本人も気合十分な様子で、ソワソワと鋏を動かしている。バトルが待ちきれないらしい。
「ルールは一対一のシングルバトルだ。それじゃ、始めようか」
「お願いします! ライガ、"でんこうせっか"で突っ込め!」
初動の流れを相手に掴ませるわけにはいかない。ムウマへの攻撃としては効果のない"でんこうせっか"でも、自身の機動力を確保するには有用な技だ。要は使いどころである。
「機動戦か。"あやしいひかり"!」
ムウマの目が光ると、周囲に光が満ちる。特別眩しいものではないが、段々と平衡感覚が削がれていくような感覚に陥る特殊な光だ。そのままバトルを続けていれば早い段階でグライガーはまともに戦っていられなくなるだろう。
しかし、カズトもゴースたちを現在進行形で育てているトレーナーである。ゴーストタイプのポケモンが得意とする技、そしてそれのどこが弱いのか知っているつもりだ。
「"アクロバット"!!」
一瞬でムウマの背後に回り込んだグライガーが両手の鋏で連撃をお見舞いすると、ムウマが生み出していた"あやしいひかり"は瞬く間に消え去ってしまった。
ゴーストタイプは搦め手を得意とするポケモンが多い一方、真正面からパワーで押し込まれると競り負けてしまいやすい傾向がある。相手を上回る技術と練度で搦め手を搦め手でひっくり返すこともできるが、それにはかなりのレベルが求められる。
こういうこともあり、ゴーストタイプが相手のときは、相手のペースに呑み込まれる前に正面突破を図るのが戦況を有利に運ぶのが秘訣だ。
「なるほど、よく研究してるな。じゃあこれはどうだ? "サイケこうせん"!」
「"かげぶんしん"で回避だ!」
一体から二体、二体から四体と姿を増やすグライガー。残像に紛れることでグライガーは"サイケこうせん"の狙いから上手く外れる。どこかにいるはずの本体に命中させようと周囲を光線で薙ぎ払うムウマだが、気が付けば時すでに遅し。四方八方をグライガーに囲まれてしまい身動きが取れなくなっていた。
「"アクロバット"!」
実体のある攻撃として直撃するのは一つだけだが、それを回避することは分かっていても難しい。本体がどこにいるか見抜けなければ分身だろうが本物の攻撃に見えてしまう。
ムウマが自身に迫ったグライガーを避けた瞬間、全くの逆方向から本命の一撃が繰り出され、ムウマは大きく吹き飛ばされる。
「ムウマ!」
「追撃だ! "れんぞくぎり"!」
"かげぶんしん"を維持したまま、再びムウマに鋏による攻撃が襲いかかる。こうなってしまうと、いよいよ本体を見抜くための余裕がなくなってくるだろう。ならば分身をどうにかしない限り勝ち目はない。
「右だムウマ! "シャドーボール"!!」
「ライガ!?」
だがマツバという男は違う。通常ならば困難であるはずの"かげぶんしん"の看破をいとも容易くやってのける。彼の持つ千里眼は日常生活だけのものではない。ポケモンバトルにおいてもその力を遺憾なく発揮するのだ。
「オレに見かけ上のトリックは通用しない。オレの眼は全てを見通すからな」
「千里眼……。バトルにも応用できるのか」
「まあちょっと洞察力が高いヤツだとでも思ってくれ。そんなに難しく考える必要はないさ」
「なるほど……なら!」
そう言ってカズトがグライガーにした指示は再び"かげぶんしん"。先ほど同様にムウマの周囲をグライガーの残像が覆いつくすが、やはりマツバには見えているのだろう。今度も迷うことなくムウマに指示を出している。
「左だ、他は無視しろ!」
ムウマが右から迫るグライガーの鋏をその身で受けたところ、ムウマに触れたグライガーはそのまますり抜けて消えてしまった。逆に左からの攻撃を回避すると、そちらでは風切り音を聞くことができた。質量のある攻撃、つまり本体による攻撃だったということだ。
「同じ手は通用しない!」
「まだまだ! そのまま"でんこうせっか"!」
「何……!?」
"かげぶんしん"を維持したまま"でんこうせっか"を繰り出すグライガー。そこでマツバは初めてカズトが狙おうとしていることが理解できた。
確かにマツバには千里眼がある。しかしその力を十全に振るうにはある程度の集中力が必要だ。バトル前にゴールドたちの行方を調べてもらったときの様子からもそれは理解できる。
先程のように攻撃するまでの時間的猶予があれば分身から本体を見抜きポケモンに伝えることも可能だろう。ならばカズトたちがやるべきなのは、千里眼を使われるよりも早く動き、相手の目を潰すことだ。洞察力が動体視力に直結しないところを突くことで攻略する手に出る。
「やるな…!」
「行けぇええええええ!!」
死角から飛び出したグライガーの鋏がムウマの体を捉えれば勝利は確定する。そこまであと一歩のところに近づいたグライガーだが、はるか上空からの謎の一撃によって地面へと叩きつけられてしまった。
「なっ……」
「"シャドーボール"」
グライガーが立ち上がるよりも先にムウマの放つ禍々しいオーラに包まれた球体が直撃する。
「ライガ!」
煙が晴れたそこには、力なく倒れるグライガーの姿があった。
「今の上からの攻撃って……」
「ああ、ムウマの"シャドーボール"だ」
一体いつ、カズトに気付かれることなく上空に技を仕込んだのだろうか。マツバがそういった指示を出していたようには見えなかった。少なくとも言葉では。
「オレのポケモンたちは指示をすることなく、技を相手から見えない位置に隠すのが上手いんだ。修行で鍛えた部分もあるが、元々は悪戯癖から始まったものだな」
ゴーストタイプのポケモンは、元来悪戯好きな性格をしたポケモンが多い。カズトのゴースたちもその例には漏れず、大の悪戯好きだ。マツバとそのポケモンたちはその性格をより実戦的に昇華させたのだろう。
「君の腕前は見せてもらった。これも渡しておこう」
そう言ってマツバがカズトの手に落としたのは小さな金属の欠片。
「これって……!」
「ファントムバッジだ。勝負の結果なしに、オレはこれを君に渡すつもりだった。オレの街を守ってくれた君に」
理由としては、ミカンがスチールバッジを託してくれたときと似ている。ロケット団を撃退し、その後街の復興を率先して行ってくれたカズトをジムバッジを持つにふさわしい実力と心の持ち主であると認めてくれたのだ。ミカンという前例を経験していたこともあり、遠慮なく受け取ることにする。
「いろいろとありがとうございました。マツバさん」
「それはお互い様さ。む……君の連れも戻って来ているようだ」
振り向いてもジムの入り口にマチスの姿はない。しかし数秒の後、ジムの扉が開かれマチスが姿を現した。今のも千里眼による感知の一種だろう。
「終わったか。なら行くぞ!」
「はい!」
二人が向かうのはアサギシティ。そしてその先にあるうずまき列島だ。二人の思いはそれぞれ違うものの、そこで待っている彼らに会うため、歩みを進める――。
「胸騒ぎがする……。嫌な予感は当たってほしくないものだな」
とある霊能力者の呟いた言葉を耳にしたのは、彼の相棒たちだけだった。