隣の女神という名の魔王さま。   作:天然水いろはす

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思いつきで八陽物語を書き始めました。



プロローグ

「よーし、じゃあ今から席替えをするよー」

 

 

 二年三組の担任である千谷梓(ちたにあずさ)の一声で、教室が喧騒に包まれた。

 

 席替え。

 それは思春期真っ只中の学生にとってちょっとしたお楽しみイベントだ。好きな人の隣の席になって青春を謳歌(おうか)したい、と誰もが一度は夢見るのではないだろうか。

 

 現に、クラスの男子の熱い視線が窓側の一番後ろの席に座る雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)へと注がれていた。

 

 

「ねぇ、かおりがもし席替えで今の私がいる席だったら場所交換しよー?」

「えー、そう言って今回もその特等席なんでしょ。陽乃って毎回その席だよね。ほんとなんなの……」

「まだ三回目だって! 偶然だよ偶然……。ほ、ほら、元気出して? かおりらしくないよ」

 

 

 クラスのムードメーカーである折本かおりを後ろの席から(なだ)める彼女は、一部の生徒の間で女神と呼ばれているらしい。

 

 女神というのは勿論比喩なのだが、その比喩が冗談ではないほどに雪ノ下陽乃は美しく(ほが)らかな少女だ。

 

 (つや)やかな黒色のセミロングヘアー、きめ細かく透き通るような乳白色の肌、そして、整った端正な顔立ち。(きら)めくような類い稀な容姿は見る者を魅了させる雰囲気を漂わせていた。

 

 彼女と同じ中学校、それも同学年に居る俺は雪ノ下陽乃の評判をよく聞くが、文武両道の美少女というものが大半だ。

 

 実際彼女は定期考査で常に首位を維持し続けているし、体育の授業でもエース並みの活躍をしているそうだ。

 

 同じクラスでも、体育の授業だけ男女別なので詳しくは知らないが、噂通りなら完璧超人なんじゃないかと思ってしまうほどである。

 欠点らしい欠点が見当たらず、容姿端麗で成績最高で多芸多才で、それでいて誰に対しても分け隔てなく明るくて優しい性格とくれば、それはモテるにも頷ける。

 

 そんな美少女が自分と同じクラスに居るのであれば、誰しもが席替えで彼女の隣になりたいと思うのは理の当然だ。

 

 けれど、教室内では目立たないこと背景に溶け込むカメレオンが如しを処世術にしている俺にとっては、雪ノ下陽乃は別世界の住人と言っても過言ではない。日陰に生きる者として少し遠くから彼女を眺める分にはいいが、好き好んで日向に近づこうとは思わない。

 

 だから、できることなら俺は席替えで彼女の隣になりたくない。俺を除くクラスの男子全員から恨みの篭った視線を送られることまず間違いないし、彼女との距離を近づけようものなら休み時間に「ツラ貸せよ」なんて言われかねない。

 

 

「うわっ、まじかぁ……また教卓の前かよ……」

「お願いします! お願いします! どうか僕の隣の席に女神を──」

秦野(はたの)、お前必死すぎんだろ……」

 

 

 出席番号順でくじ引きが行われていく中、俺の番が次に迫っていた。

 慌てて席を立ち、順番待ちをするために教卓の前まで行くと、異様な視線の量に気持ち悪さを覚える。

 

 席替えに限らず、全校集会や学年集会といった生徒が集まる機会に言えることだが、雪ノ下陽乃の後ろにいるといつもそうだ。

 

 言い方に語弊があったかもしれないが、断じて俺は彼女のストーカーではない。

 

 小学校では出席番号は五十音順で決められていたのだが、俺が通う総武中学校では何故か〝誕生日〟順で決められている。

 

 よくわからないこの学校のシステムによって、彼女の次の出席番号に俺がいる。そのせいで、毎回のことながら見られているわけでもないのに居心地の悪さが付き纏う。

 視線を向けられている当の本人は俺の比ではないはずだ。

 

 

 常に、誰かしらに見られている。

 

 

 極端に言ってしまえば、見られるというのは『監視される』と同義だ。それが人気者に与えられる宿命ならば、俺はずっと独りのままでいいかな──と比企谷八幡(ひきがやはちまん)は思う。

 

 周囲から目立つことが、必ずしも良い結果を招くとは限らない。目立ったが故に失ってしまうものがある、と身を以て(・・・・)知っているから。

 

 果たして雪ノ下陽乃はどうだろうか。

 

 どれにしようかな、と口元に人差し指を当てて悩む素振りをする彼女はふと千谷先生を見やった。

 

 

「ねぇ、あーちゃん。どれが特等席か教えてよ」

 

 

 正々堂々と不正行為をはたらこうとする彼女に、千谷先生は呆れてため息を吐く。

 

 

「あのね、陽乃。教えたらくじ引きの意味がないでしょ……」

「えー、じゃあ次の調理実習であーちゃんの好きなブラウニー作ってあげるから教えてよ? ね?」

「なにが『ね?』よ。いいから早く引きなさい。あとの人がつっかえているんだから」

「あーちゃんのケチぃ……。でもまぁ、場所わかったからいいけどね」

 

 

 言って、彼女は教卓の上に散らばった四つ折りのくじから一枚を選び取る。

 

 その瞬間、千谷先生はあっと声を漏らした。

 

 

「前から思ってけど、あーちゃんってわかりやすいよねぇ」

 

 

 彼女の振り返り様に見えた数字はなんと『30』だった。

 

 二度あることは三度あるっていう諺があるけれど、四度となるとそれは幸運……いや強運と呼ぶべきだろう。

 

 クラスのみんなから驚かれているを傍目に、俺は未だがっくりと頭をうな垂れている千谷先生を無視して半分以上あるくじを選ぶ。

 

 

(まぁ、これだけあれば雪ノ下の隣を引くなんてことはそうそうないけどな)

 

 

 そう思って、近場にあるくじを適当に選んでめくると──。

 

 そこに書かれてある数字は『25』。

 

 人生オワタ。これ以上に、今の心境を的確に表現できる言葉は他にあるだろうか。

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

気まぐれで書いたものなので、今メインで書いている『もう一度、君に恋をする。』よりも更新遅いと思います。

それでも「面白い」「続きが気になる」って方がいましたら、感想・お気に入り・評価をお願いします。
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