各々が席替えで指定された席に移動し、周りは新しく隣になった人と談笑し合っていた。そんな中で俺は持ち前のコミュニケーションのなさを誤魔化すため、くあぁっと欠伸をして机に突っ伏す。
(フラグ回収とはまさにこのことだな)
雪ノ下陽乃と隣の席になってしまったことに、今更どうこう言うつもりはない。
ただ強いて言うならば、まだ彼女の隣にならない方法はあった。
──後ろの席だと黒板の字がよく見えないので、前の席がいいんですけどダメですか?
たった一言。先生にそう述べるだけ。
しかし、何如せんタイミングが遅過ぎた。本来なら、そういうことは席替えをするときに前もって言うべきことなのだ。
別に今から言うのもアリっちゃアリ……というか雪ノ下の隣の席を譲るとなれば全然アリな話だろう。なんならオークション形式にしてしまえば一儲けできてしまいそうな気さえする。
けれど、この弛緩した空気の中で「先生ぇ」と手を挙げる勇気は俺にない。目立ってしまうことはわかりきっているから。
まぁ、もし仮に彼女の隣の席を替えることができたとして、新しく俺の隣の席になった人は間違いなく嫌な顔をするのだ。そしてそれを目の当たりした俺が「隣に来ちゃってごめんね……」って心の中で謝るところまでは目に見えている。
ふと、隣の様子が気になった。
人に良い印象を受けないこと請け合いの俺の隣の席になった彼女は今どうしているだろうか。
誰に対しても明るくと言っても、その誰の中に俺は含まれていないと思う。なんせ、体育の授業で二人組を組むときはいつも必ずあぶれるくらいだ。例え、偶数人いたとしても毎回あぶれて先生と組むことになる。本当に不思議でしかない。
くるり、と顔を左側に向ける。それから薄らと目を開けた俺は息を呑んだ。
「あっ、やっと目が合ったぁ。これからよろしくね、比企谷くん♪」
視界いっぱいに映ったのは、顔を顰めるでも異端視するでもなく。ふわりと微笑む愛らしい顔。
「……あ、あぁ。よ、よろしく……お願いします」
「あははっ、どうして敬語なの? 同じクラスなんだから敬語はやめてよ」
「すみま……あ、いや、悪いな。少し驚いてな」
反射的に「すみません」と出かけた言葉を飲み込んで、俺は体を起こしながら言葉を選び直して口にする。
「驚いたって、私なにか君に対してびっくりさせるようなことしたかな?」
「いや、まさか雪ノ下さんの隣になるとは思ってもみなくてな」
妹と母親以外の女の人とあまり会話という会話をしたことがない俺にとって、ちょとした質問に答えるだけでも緊張して目を逸らしてしまう。ましてやその相手が学校一の美少女と謳われる彼女とくれば言わずもがなである。
それに心の中では『雪ノ下』と呼び捨てにできても、いざ口にするとなると『雪ノ下さん』とさん付けで返してしまう。まぁ、いきなり呼び捨てなんかすれば「こいつ調子に乗ってるッ‼︎」と学内にある雪ノ下陽乃ファンクラブの過激派から目をつけられるので、間違っても彼女の許可なく呼び捨てなどできないのだが……。
「え、もしかして私じゃイヤだった?」
言って、雪ノ下はどこか悲しげに眉尻を下げていた。
彼女は良くも悪くも目立つ。それ故に視線を外せばきっとクラスのみんなは俺たちのことを注視しているだろう。
(あぁ、もう!)
これじゃあまるで雪ノ下の隣の席になりたくなかった、と暗に言っているようなものじゃないか。
たとえ、実際その通りだとしても言い方というものがある。同じ発言でも陰鬱に言えばマイナスな解釈で聞こえるし、逆に明朗な言い方で言えばプラスな解釈で聞こえるというもの。
それに自分の性格上、まず間違いなく先の発言はマイナスの意味合いで捉えられてしまうに決まっていたのだ。
本当にやらかした。数秒前の自分自身をぶん殴ってやりたい。
「いいや、違う! そうじゃなくてだな。今朝の占いで『今日のあなたは周囲が羨むことが起きるでしょう』って言われてだな」
勿論、嘘である。
なんなら今朝の占いの結果はしし座が最下位で『良くないことが起きますで今日の外出は極力控えましょう』と言われたまである。
「そんなこともあって、まさか席替えで学校一の有名な雪ノ下さんと隣になるとは思ってなくて驚いてるだけだ」
「もぉ、なにそれ♪ 比企谷くんってばおもしろすぎだよー!」
先ほどの悲しげな態度とは打って変わって机をバンバンと叩いて笑う彼女を見て、俺はとりあえず一難が去ったと安堵のため息をつく。
「まぁともかく、これからよろしくな雪ノ下さん。俺は眠いから寝る」
「えっ、寝るって見つかったら怒られるよ?」
「存在感のなさには自信があるから問題ない」
「答えになってないし。あとそれ自分で言ってて悲しくならない?」
「……自覚してるから言うな」
給食終わりの授業は眠気が襲う上に、昨晩遅くまでゲームしていたことも相まって目を瞑ってしまえば今すぐにでも寝れそうだ。
右手にシャーペンを持ち、左手で目元を隠して軽く寄りかかりながら俺は居眠りの態勢をとる。これぞ研究に研究を重ねた、授業中に比較的バレない寝方だ。
「ねぇ、比企谷くん。ほんとに寝ちゃうの?」
寝ようとしたが、話しかけられたら返事せざるを得ない。いくら眠くともそんな10秒そこらで寝るなんてできないから、無視したらアウトだ。
仕方なしに寝る体勢をやめてその彼女の問いかけに答える。
「朝からマジで眠いから気にしなくていいぞ」
「それなら保健室で気持ち良く寝たほうがいいんじゃない? 君の目を見れば一発でベッドで休ませてくれるはずだよ」
「優しさに見せかけてさりげなく毒吐くのやめてね? この目はデフォルトだから」
ほかの生徒が言うように女神かと一瞬思ったが、最後まで聞いてみれば単に揶揄されていただけだった。仮病で保健室にたまに行くことがあるけど、毎回疑われずにベッドで休ませてくれるのは俺の目が原因だったってことか。なんか悲しくなってきた。もう泣いちゃうぞ☆
「比企谷くんってさ思ったより話してておもしろいね」
「そうか? 自分じゃよくわからんが」
「あんまり喋んない人だったらイヤだなぁって思ったけど、比企谷くんが隣でよかったよ。これから楽しくなりそうっ♪」
「……そ、それはどうも」
ぱあっと華やぐような笑顔を浮かべる雪ノ下に、わずかな違和感を俺は覚えた。
自慢ではないが俺は人から嫌われやすい。いやほんと自慢じゃねぇな。
今日初めてまともに話したのにも関わらず、そんな俺にこうもニコニコと楽しげにいる彼女を見て、とある可能性が浮上する。
雪ノ下陽乃は前々から俺に好意を寄せているのではないか?
あり得る話だ。思ったより話してておもしろい、と彼女は言っていた。
つまり、普段無口な俺とのギャップにさらにやられたということ。まだ可能性の領域ではあるが、とりあえず雪ノ下陽乃からみて俺は好印象な位置付けにあるのはまず間違いない。
ただ、目立ってしまうのはよくない。彼女と話すだけで周りからの視線がこれでもかというくらいに降り注ぐのだ。
だからこの際目立つのは仕方ないにしても、悪目立ちにならないように彼女に対して素っ気なく振る舞わねばならない。まぁ、意識しなくともコミュ症だしどう話せばいいか分からないから自然と素っ気なくなってしまうのだが。
そんなことを考えていると、5限を終えるチャイムが鳴った。
結局雪ノ下と話してて寝ることができなかった。次は調理実習だが、どうせグループでの行動だし俺がいないほうが他の人もスムーズに行えるだろう。
そう思って席から立ち上がり、そそくさと保健室のほうへ向かおうとすると後ろから呼び止められた。
「あれ? やっぱ保健室でサボろうとしてる?」
それは
「今日は7限まであって長いから1時間くらい寝て休んでも大丈夫だろ」
「じゃあ、先生に体調悪くて保健室で休んでるって言っておこうか?」
「え、そうしてくれると助かるけどいいのか?」
「これくらい全然いいよ♪」
「マジか、ありがとう。雪ノ下さん」
ここまで優しくしてくれるなんて、やっぱ俺のこと好きなんじゃね? それかやっぱり周りが言うように女神に違いない。
「でも休んだ後に待ってるのはレポートだけどね」
「それはまぁテキトーにやるから問題ない」
それにしてもコミュ症のこの俺がここまで誰かと、それもあの雪ノ下陽乃と長く話せるとは思わなかった。自分が成長したというより、彼女の持ち前のコミュニケーション能力が成せるものなのだろう。そうだとしても、普段学校で話すことがないからこそ新鮮なもので悪くないと感じている俺がいる。
少なからず、今日の席替えで彼女の隣になって悪いことだけではないように思えた。
読んでいただきありがとうございます。
最後に投稿したのが2年前という。久々すぎて文章の書き方すら忘れてしまっていました。
ほんとに不定期更新ですが読んでもらう人がいてくれると嬉しいです。