今でも鮮明に思い出す、出会いの記憶。
『ひとりか?』
逃げ出して蹲っていた私の前に現れた、一人の男の子。
赤い瞳が印象的な、黒い髪の彼は私に手を差し伸べた。
私は戸惑いながらも、彼の問いに首を縦に振った。
『なら、遊ぶか?』
『なんで……私を誘うの?』
『何となく。 嫌か?』
キョトンとした、邪気の全くない彼の顔。
純粋に私を心配してくれた彼の優しさが伝わってきたようで、私も思わず笑った。
『何するの?』
『そーだなー……何で遊べるか、まず探すか』
まさかの無計画で、私は苦笑する。
でも初対面なのに、それが彼らしいと思った。
私は彼の手を取って立ち上がって、結局その日は探検だけで終わって。
家の人間が私を迎えに来た時は日が暮れかけていた。
『……ねぇ』
『どうした』
家の人間に見つかる前に、彼と隠れていた時に私は尋ねる。
『また、会える?』
『今日くらいの時間なら、大体この辺に居るぞ』
『それと、私は簪。 あなたの名前は?』
『俺の名前は――』
彼が名前を言おうとしたところで。
ゆめが、さめた。
「……いい所だったのに」
覚めてしまった夢に、つい文句が出る。
時計を見れば、いつもの時間よりも一時間早く起きていた。
同室のルームメイトはまだ寝ていて、起こすのも忍びない。
ならば何をするか……と考えて、昨日の事を思い出す。
「……はぁ」
思わず陰鬱なため息が漏れた。
ある出来事の煽りを受けて、完成しなかった自分の専用機を受領したのが先週。
完成させようと躍起になって壁にぶつかったのが昨日。
独力で完成させたい――…自分の姉が、そうしたように。
でも姉は天才だ。 贔屓ではなく、純然たる事実として。
私は姉の何倍も努力しているはずなのに、追いつけた事は無かった。
だからこそ、その影を払拭するために私は一人で……
『ひとりか?』
彼の言葉が、脳裏で蘇った。
「……ひとりじゃ、ないよ」
脇机に置いていたスマホを手に取って、彼に一言だけメッセージを送る。
『あいたいよ』
返信はとても早く返ってきた。
『いつ?』
「……起こしちゃったかな?」
そうだったら、悪い事をしたなと思う。
『ごめん、起こした?』
『徹夜だよ。 いきなり課題でな』
返ってきた理由に苦笑する。
彼も無茶をしてるな、と妙な親近感を抱いた。
『今日も学校だよね?』
『一日くらいどうにでもなる。 で、いつ会うんだ?』
『今週の土曜日が良い』
『おーう。 11時くらいからなら行けるぞ』
『じゃあ、学園の最寄り駅で11時』
『あいあい。 泊まるんなら前もって言えよ? 俺追い掛け回されんの嫌だからな』
そんな事もあった。
確か、初めて私が彼の実家に泊まった時に、姉が乗り込んできたんだった。
それで30分ほど追い掛け回されて、私が姉を止めた。
何だか絶望したような顔をしていたけど知らない。 あれは姉が悪い。
それから姉は、私が彼の家に泊まっても何も言わなくなった。
それ以前に父と母には言っているので問題は無いのだ。
『わかってる。 泊まる準備は万全』
『泊まるんかい』
『?』 [円らな瞳で見つめる猫の画像]
『お前って奴はなぁ……』
彼の表情が想像できてしまって、思わず笑みが零れた。
げんなりした顔をして、何だかんだでも私を受け入れてくれる彼。
迷惑かと聞けば、そっぽを向きながらも私の手を握ってくれた彼。
『まぁいいや。 んじゃ土曜な』
『遅れないでね』
『お前も前日に無茶すんなよ』
彼が私を心配してくれるのは、嬉しい。
それだけで陰鬱な気分が無くなっていく。
「……今日の内に、外出と外泊の申請しなきゃ」
約束の日に思いを馳せれば、今ぶつかっている壁がとてもちっぽけに思えた。
◇
私と彼の関係を説明するなら、幼馴染と言う奴だろう。
出会いは6歳で、夢の通りの出会い方をした。
それから彼は私を気にかけてくれて、連絡手段が出来れば毎日のように連絡した。
しかし私の家柄として、交流する人間については調査が入る事が多い。
彼も例外ではなく、その点について私は彼に対して負い目を感じている。
結果として彼は一般家庭の生まれで、家は従業員が2名ほどしかいない整備工場。
父親は存命で母親とは死別の一人っ子。
要約すれば何の害も無い一般人で、何の裏も無い子供と私が仲良くなっただけと判断された。
故に特に何もなく、私が彼と遊ぶ事を問題視はされなかった。
まぁ優秀な姉が居れば家としては安泰なため、私は万が一のスペアとして機能していればいいという判断もあったのだろう。
今でこそそんな事はわかりきっているけど、当時の私は無邪気に喜んだ。
彼と遊ぶ事、彼の家に行く事が何よりの楽しみになっていた。
彼の家の整備工場は色んな物があって、自転車やバイク、自動車は当たり前だが家電である冷蔵庫やエアコン、果ては農作業用の機械なんて物まで整備していた。
彼のお父さんはその全てを完璧に整備できるスーパーエンジニアで、彼もそんなお父さんに憧れて機械を弄っている。 ちなみに私もこの頃から機械に興味を持った。
ちなみに、ハード面だけでなくソフト面でも彼のお父さんは専門家以上の事をしている。
そして彼は小さい頃…それこそ私と出会う前から専門用語を子守唄の様に聞き、専門書を説明書に遊びで機械を弄っていたので、とんでもなく優秀だった。
楽しそうに機械を弄り、面白そうにプログラムを組んでいる彼を見ているだけで、私も楽しくなってくる。 辛い作業なんかも彼とならとても楽しく感じてしまうのだ。
「「あ」」
そして訪れた土曜日。 約束の時間の30分前に来てみれば、彼とばったり会った。
癖のある濡羽色の髪に赤い眼。 最初に会った時よりも成長して、私を追い抜いた身長。
全体的に線が細く見えるが、きっちり鍛えられている身体。
何よりも中性的で幼さを残すその顔は、間違えるはずもない彼。
「……早すぎ」
「それは俺の台詞じゃないかなぁ?」
理不尽だと言わんばかりの表情の彼。
私が驚かせるつもりだったのに、お互い驚いてしまった。
「まぁいいや、行こうか」
そう言って彼は笑って、私へと手を差し出す。
あの時から成長した姿で、あの時と変わらない調子で。
だから私は彼の手を取る事に対して、戸惑いなんて覚えない。
私は一人じゃない。 彼が居てくれるのだと、素直に信じられる。
「しかし、このタイミングだと映画まで移動含めて30分くらい空くんだよな」
「映画? 何見るの?」
「簪が好きな奴。 ヒーロー大集合系」
「時間があるなら物販から攻めよう」
「お、おう」
私の言葉に、彼がたじろいで返事をする。
そんなに力を込めたつもりはないのに、何故だろうか。
聞いたら彼はそっぽを向いてしまった。 解せない。
しかし私の手を引いてくれる彼の歩幅は、私に合わせたものになっている。
こんな風に優しい所も、彼の美徳だろう。
ただ、夢中になる事があると徹夜は当たり前で、食事もしないなんてところが玉に瑕か。
「映画の後はどうするの?」
「飯食う以外何も考えて無いな。 お前の愚痴にでも付き合うか程度だよ」
「……バレてた?」
「何年幼馴染やってると思ってんだ」
ジト目で見てくる彼はやっぱり優しいし、気づいてくれる。
私が出している信号を一番に察知してくれるのは、やっぱり彼だ。
「じゃあ、貴方の家で話す」
「……ガチで守秘義務が発生する話は流石に勘弁してくれよ?」
「その辺りは大丈夫。 これでも代表候補だよ私」
「お前の能力とか人格は疑ってねぇよ。 簪」
……こういう風に自然に私を信頼している発言は、ズルい。
思わず手に籠る力が強くなって、彼が疑問符を浮かべたような表情でこっちを見た。
「……何でもない。 早く行こ」
「しゃーねーなー」
照れ隠しを追求せずに彼はそのまま流した。
それに安心しつつも、踏み込んでよと言う気持ちも生まれる。
あぁ、本当に彼は、私に色んな事を教えてくれる、大切な人だ。
◇
「簪ー、そろそろ泣き止めよー」
「ご、ごめ、でも、あんなエンディングだと、思わなくって……ぐすっ」
映画を見終わった後、結局昼食は取らずに直接彼の家に来た。
理由としては映画を見た私の涙がいくら待っても止まらなかったためだ。
流石に泣いている私と一緒に外食と言うわけにはいかず、彼の家まで来た。
……途中の電車とかは凄い目で彼が見られていたので、絶対に後で謝ろう。
何なら彼のお父さんや従業員のおじさん達も、彼に何事かと視線を向けていた。
彼は必死になって事情を説明していたが、私は終始泣きっぱなしでそれに参加できずあらぬ疑いで説教(物理)されそうになっていたのを何とか止めてもらった。
そして目の前には、彼が作った遅めの昼食が並んでいる。
「有り合わせで作ったから不味くても文句言うなよ?」
「うん……ごめん、なさい」
「食べる前に謝るの止めよう? 文脈的にマズイですよ簪さん」
大皿に盛られた鶏肉の野菜炒めに、お互いに愛用の茶碗に盛られた玄米ご飯が今日の昼食。
彼は料理も含めて家事全般はそつなくこなせる。
父子家庭だった事もあり、小さい頃からやってきたのも知っているから驚きはない。
ただ、必要以上に凝る事は無く、あくまでも家庭料理レベルだった。
私の家で出される料理や、IS学園で出される料理と比べれば普通という評価がされるだろう彼の料理が、私は好きだった。
「……いただきます」
「はい、いただきます」
互いに大皿の料理を突きあう。 最初はこの方式に驚いたがもう慣れた。
彼ら親子で戦争の様に料理を奪い合う光景は私の家にはないもので、とても楽しかった。
ただ、家でやってみようとは思わなかった。 私の家族には多分合わないだろう事が分かりきっていたというのもある。
大体料理の三分の二は彼が食べて、残りは私の胃袋に収まる。
よく泊まりに来ていたから、彼も私の食べる量は把握している。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。 片づけるから部屋で待ってろよ」
「うん。 ついでに色々探すね」
「お前それ本当にやめろよ? フリじゃねーぞ? マジだぞ?」
焦る彼を無視して、私は二階にある彼の部屋へと向かう。
背後では『カンザシィィィィィ!!』と叫ぶ彼が居たが、気にしない。
部屋のドアを開ければ、割と綺麗に整った、見慣れた彼の部屋の光景が飛び込んでくる。
デスクトップパソコンやモニターの一式が鎮座する机に収納付きベッドに工具棚。
専門書と漫画と雑誌が混然一体となった本棚に、制服の掛かったタンス。
普段ならもう少し工具やパーツが雑然としているけど、流石に片づけたのだろう。
「うーん……」
彼が見られたくない物を隠すなら何処に隠すか、少し考えて止めた。
今日の目的はそうじゃないし、本気で隠すなら場所はわかりきっている。
私はパソコンに視線を向けた後に、彼の使っているベッドに転がった。
「……やっぱり、安心する」
彼の部屋に居るだけで、気持ちが安らいでいくのがはっきりとわかる。
以前泊まった時にはそのまま寝てしまい、彼が床で寝る事になった。
二度も同じ失敗はしないと思っているけど、この誘惑は正直に言うと抗う事が難しい。
「はい麦茶お待ちィッ!」
そんな時にバターン! とドアを開けて彼が入って来た。
手には私に入れてくれたのだろう、麦茶の入ったコップを持って。
彼はベッドに転がる私を見て固まり、私も見られて固まった。
……彼の枕に顔を埋めている私って、見ようによってはかなりの変態ではないだろうか?
「ち、ちがっ、これはちがっ!?」
「とりあえず落ち着け簪。 お茶飲んで落ち着け、な?」
弁解しようとする私を手で制して、彼はコップを渡してくる。
受け取って一口飲めば、顔が熱いものの何とか冷静な思考は戻ってきた。
「まぁ俺のベッドに乗ってるのは良いや。 今更だしな」
「だ、だから別に何か深い意味とかあるわけじゃなくって……!」
「深い意味があったら逆に怖いわ。 だから落ち着けって言うとるやろうが」
本当に軽く、彼にチョップされて私はやっと冷静になった。
「私は、冷静になった」
「それ冷静になってない奴の台詞の気がするぞ」
「大丈夫。 私を信じて」
「さっきのチョップで脳の配線ズレた? 逆に心配になって来たわ」
中身の無い、他愛もない会話をして、しばらく時間を潰す。
そんな会話が途絶えたタイミングで、私はぽつりぽつりと今について話す。
彼は、私が姉に抱いているコンプレックスを知っている。
ただ、それを何とかしようと動いてくれた事は無い。
それは彼が優しくないというより、彼と姉のファーストコンタクトが原因だ。
ぶっちゃけ、彼は姉が苦手である。 だから彼は私と姉を取り持ったりしない。
あれから何度か姉に会っているはずだが、その悉くを警戒したまま終えている。
姉に対してとことん友好的でない相手は、割と珍しい。
その事実は姉の社交性の高さを表しており、故に明確な失敗と言える彼の態度は面白い。
前に彼が私に『何であの人俺に構ってんの? それよりする事あるよね?』と言った。
言葉の真意を尋ねれば『お前と仲良くする為のダシに俺を使いたいんだよ。 んなことするより真っ向から行けよと思う。 でも俺あの人苦手だから言わない』と返ってきた。
最初はぽかんとして聞いて、後からお腹を抱えて笑ってしまった。
あの姉にそんな一面もあるのかと思ったけど、ただそれで劣等感が消えるはずもない。
ただ、彼が気付かせてくれて心は少し軽くなった。
「物を実際見て手伝えりゃ、何とかなる気はするけどなぁ」
今についてを、守秘義務を守って話せば彼がそんな事を言う。
確かに彼に手伝ってもらえるなら、私にとって何にも勝る支えだ。
でもそれは出来ない。 企業秘密、国家機密の塊に一般人の彼は近づけない。
私も何度も考えたけど、その壁が超えられなかった。
「今は高専でもISの話はやるんだよ。
女性しか乗れないって言っても、整備は男でも出来る訳だし。
コアは無くても、第一世代のガワが先生の伝手で来たりするしな」
「……それ、ホント?」
「マジマジ。 前に言った課題もIS関係だぞ」
「何か契約書、書かされたよね?」
「おう、親父が保証人になった守秘義務関係……簪さん? 嫌な予感するよ?」
「なら、行ける……!」
降って湧いた事実に、私は感謝した。
恐らく彼がした契約はIS関係者に対する守秘義務契約だ。
この契約をした彼はもう
多少ゴリ押しになるが、見学や実習でIS学園に呼ぶ事も不可能ではない。
常駐して一緒に開発する事は無理でも、定期的に来てもらう事は出来るはずだ。
「ねぇ!」
「アッハイ」
「私と一緒に、作ってほしい物があるの!」
「話の流れからしてそれ、機密に関わるISじゃないですかヤダー!」
「お願い! 私を助けると思って!」
「あーくそっ! 御膳立ては全部お前がしろよ!? 話が来たら受けてやるから!」
「言質取ったよ! 取ったからね!?」
「二言はねぇけどお前本当に鬼気迫ってんな必死か!」
「私と二人であのお姉ちゃんぶっ飛ばそう!」
「過激すぎんぞお前ストレス大丈夫か!? 甘い物食べるか!?」
思わず彼の肩を掴んで詰め寄りながら、私はこの運命に感謝していた。
この運命だからこそ私は、私だけのヒーローを見つけた。
私と共に無限の蒼穹へと飛んでくれる、最高のヒーローでパートナーと、出会えたのだから。
◇
「行動がクッソはえぇ」
「こういうのはスピード勝負。 だから早速行こう」
彼の家に泊まりに行ってから三週間後。
私の使える全てを駆使して、彼をIS学園に呼ぶ事が出来た。
外部研修生として、最先端のIS技術について学ぶ為にここに通う事になる。
土曜日と日曜日に研修に来て、平日に学校でレポートを書いて提出。
学園の中枢には近づけないし、行けるのは整備室とそれに付随する施設のみ。
行動についても監督の監視下に置かれて制限される不自由なものだ。
ただ、彼は私が監督になるのでその辺りの制限はほとんどない。
それに一緒に作ってもらう私の専用機『打鉄弐式』も基本整備室に置いている。
だから彼と一緒に開発する分には、ほぼ何の問題も無い環境となった。
彼の負担が凄い事になるのが申し訳ない。
その事を素直に謝ったら『今度飯奢れ』とだけ言われた。
お値段のお高い所は止めろと釘を刺されたので、地味に悩ましい。
雑談をしながら彼を整備室まで案内する。
道中ですれ違う生徒が、彼を珍しそうに見ていた。
その視線の理由は理解できる。 何せ自分達と同年代の男子が来ているのだ。
この学園にただ一人在籍している男子とは違う、もう一人の男子。
まぁ、彼の見た目も理由の一因だろうけど。
「……意外と校舎の中が普通と思ったけど、やっぱ設備ヤバいわここ」
「最先端だから仕方ない。 で、ここが整備室」
近未来的な自動ドアをくぐれば、学園以外ではありえないほどの数のISが並んでいる。
基本的には第二世代の『ラファール・リヴァイブ』と『打鉄』が主だ。
例外としては、今年増えた一年生専用機持ちの専用機だ。
上級生の専用機については専用の一角がある為、近づかなければ問題ない。
「で、これが一緒に作ってほしいもの」
「お前の専用機って事だよなぁ」
鎮座する『打鉄弐式』を見て彼の顔が真剣になり、目が楽しそうに輝く。
それを見られただけでも、私にとっては収穫があったと思える。
しかし、今回はそれだけで終わるわけにはいかない。
「これ、仕様書」
「おーう」
仕様書を表示した電子端末を渡せば、彼が凄い勢いで目を通し始める。
彼は分厚い紙の専門書を一時間程度で読破できるほどに速読も出来る。
そこまでページ数の無い仕様書なんかは数分で全部目を通して、顔を上げた。
「なぁ、簪」
「率直な感想をお願い」
「親父にチクったら関係者全員、工具で殴殺してきそうなくらい酷い」
「だよね。 おじさんなら多分そうすると思う」
現物と仕様書の比較で弐式の完成度を悟ったのだろう。
彼の顔は盛大に引きつり、そんな事を言った。
彼のお父さんはまぁ職人気質で、自分の作った物は完成させねば気が済まない。
例え今作っている物より興味深い物があったとしても、だ。
流石に納期関係は除くが、そういう所は技術者として好ましい姿勢だろう。
だから、未完成のまま放置された弐式を見たとすれば、その怒りが手に取るようにわかる。
「だから完成させよう。 私達で」
「どこまで力になれるかわからんけど、全力は尽くすよ」
そうして頷きあって、私達は作業に取り掛かる。
ハード面はほぼ完成しているとはいえ、それでも足りない物はある。
ソフト面は言わずもがなだ。 物によっては一からなんていうのもある。
代表候補とただの高専学生には荷が重すぎる事かもしれないけど、私は不思議とできると確信している。 私と彼の二人なら『打鉄弐式』を、もっと良い物に出来ると。
「機能面はこれで良いとして……」
「この武装の制御は私が最終で……」
対面で、整備室の床に座り込んで私達は一通りの洗い出しを行う。
私はこの機体でやりたい事、機能の優先順位、思いつく限りの事を話す。
彼は私の話を聞いて疑問に思った事、整理できる所を見つけて今後の構想を練っていく。
結局初日はそれだけで終わり、彼が帰る時間が来てしまった。
「そういや、完成させる期限はあるのか?」
「無いけど……そっちの期限がお盆休みまで」
学園のモノレールの駅まで見送りに来た時の彼の問い。
完成は彼がいる内にさせたいが、微妙だとも思っている。
期限の延長に関しては、少し難しい問題もある。
「ほーん……なら一応ざっくりと今日の奴は纏めて明日見せるわ」
「楽しみにしてる」
「出来るかどうかは知らん着想も浮かんだし、まぁまた明日な」
モノレールに乗り込んでいく彼を見届け、見えなくなるまで手を振る。
見送った後によし、と気合を入れて伸びを一つ。
「かーんちゃーん」
「っひぃっ!? ……本音」
突然声を掛けられて変な声が出てしまった。
振りかえればそこに居たのは、ぽわぽわした空気を纏う私の従者の布仏本音。
彼よりも付き合いの古い、幼馴染でもある。
「何?」
「ん~? たまたま見かけたから~」
「……そう」
相変わらずの空気で、彼女の事は読めない。
付き合いは古いからある程度信用しているし、彼女もしてくれていると思う。
ただ、彼女が無条件で私の味方であるという保証は何もない。
正直に言えば、姉の差し金の可能性だって高いのだ。
良い気分で終わるはずだった今日が、すっかり平静に戻されてしまった。
「それで~王子様とはどうだったの~?」
「――…その質問で、台無し。 帰る」
突き放した態度を取って、私は寮への道を歩き出す。
本音が追ってくる気配はあるけど、それを気にする気はない。
彼の助力が得られたとはいえ、余力なんてないのだから。
◇
それから月日が経つのは早く、しかし開発はとても順調だった。
土日だけにも関わらず、彼も精力的に取り組んでくれた。
「順調のようね、お二人さん」
二人でプログラム画面をのぞき込んでいれば、今最も聞きたくない声が聞こえた。
振り向く前に彼の顔を見れば、顔芸レベルの凄い嫌そうな顔になっている。
その顔に安心を覚えるのは私だけだろう。 彼が声の主を苦手としているという事だから。
「さ、流石にそのリアクションはお姉さん傷つくんだけど」
聞こえる声が震えている。
いい気味だと思うが放置しても立ち去る事は無さそうだと、私はそちらを見た。
「……生徒会長が何か用事ですか?」
「か、簪ちゃん? お姉ちゃんよ、お姉ちゃん」
「何か御用ですか生徒会長?」
「……はい、用事です。 正確には彼と、監督員の簪ちゃんに」
絶望にゴールしてしまったような表情で、生徒会長である姉が続ける。
何でも、私が使った制度での成果物の提出をしてほしいらしい。
確かにその項目はあったし、彼にも伝えている。
だから彼は提出物をレポートに定めて執筆し、私もそれを添削していた。
「今回要求する成果物は、その『打鉄弐式』を完成させての、私との模擬戦よ」
「何を、言ってるの……?」
「そして模擬戦については、私に一定以上のダメージを与えるか、撃破を条件にします」
「ふざけないで!」
ただ、彼女が突き付けてきた要求は想定外の物だった。
ハッキリ言えば法外にもほどがある。
百歩譲って完成までなら良い。 現状の進行度でも動かす事はできるから。
ただ、戦闘できるレベルまでとなるとそうは行かない。
今の速度を考えれば完成までも驚異的と言えるのに、そこから実働テストなどの調整を経てようやく実戦可能になるレベルなのに。
「……一体、何が狙い?」
「私はあくまで真っ当な要求をしているつもりです。
一介の高専生に専用機を開発させて、ただのレポートでは割に合わないでしょう?」
「……」
私は見たから知っている。 彼のレポートは『ただの』で片づけられる物なんかじゃない。
ハッキリ言ってこれが出来るなら、ISに革命が起きる。
でも、ここでそれを取引材料には出来ない。 言えば必ず実践が求められるからだ。
私は唇を噛む。 何も言い返せない。 彼の努力も何もかもを知ってるのに。
彼の事をそれほど知らない姉に、私は何も言い返せない。
自分が何か言われるよりも、ずっと悔しくて、悔しくてたまらない。
「わかりました。 やりましょう」
隣に居た彼が、凪いだ声で告げた。
彼を見れば、その表情はまったくの無表情。
相手への侮蔑も、理不尽への怒りも、その表情からは何も読み取れない。
視界の端に映る姉も、彼の表情に驚いている様子だった。
「……いいのね?」
「少なくとも俺は、こいつを放置した奴らに一泡吹かせたいとも思っていたんです。
彼が私を見て微笑み、姉に視線を向けて浮かべたのは怒りだった。
自分に降って湧いた理不尽にじゃなくて、私が陥った状況への憤り。
私の為に彼がこんなに感情を見せるなんて、知らなかった。
「達成できなければ貴方にも、彼女にも罰則があるわ。 それでもいいのね?」
「……望む、所……!」
だから私も、せめて彼と対等で居たいから、姉を真っ直ぐ見た。
彼が逃げないというのなら、私も絶対に逃げない。
「……日時は追って連絡します。 ただ、8月になるとだけ言っておくわ」
そう言って、姉は去って行った。
姿が見えなくなってから、それでも数分経った後で私達は体の力を抜いた。
「……俺、やっぱあの人嫌いだわ」
「ごめん、なさい。 私のせいで……」
「気にすんな。 達成したら奢りな」
「お高い所、二人だけで行く?」
「……お前が好きな所でいいよ。 祝勝会みたいなもんだ」
彼が笑って、私も笑う。 8月まで最短で1カ月を切っている。
もう余裕も何もないし、形振りも構っていられないけど。
それでも、二人でならできると何処までも信じられる。
「……私、絶対勝ちたい」
「全力で最高の物に仕上げてやる。 だから、何も心配するな」
◇
後日通知された日程は、8月10日。
その日に向けて私達は1日も無駄には出来なかった。
夜遅くまでスマホを使って打ち合わせをして、時間があれば私は実働データを集め続けた。
彼は彼で、私からの報告を聞いて入力するプログラムの調整を行った。
土日は泊まり込んでの開発と調整の繰り返しで、日曜日の夜は泥の様に眠る日々。
そのおかげもあってか、夏休みに入った7月の末にようやく私の専用機は完成を見た。
喜びは確かにあったけど、これはようやくスタートラインに立っただけ。
そこからどれだけ、自分とこの子を高められるかが勝負だった。
この時になれば彼の存在は周知されており、作業の様子を見に来る生徒も増えている。
脇目も振らずに機体と向かい合い、汗と油に汚れて作業する彼に感化されたのか、整備課志望の生徒も熱心になっていると誰かが言っていた。
尤も、この時の私達にはそんな事を気にする余裕なんてなかったし、それに力を割くくらいなら一度でも多く飛んで動いて、有意義なデータを取る必要があった。
一度だけ、唯一の男子生徒である織斑一夏が来たことがあったけど、彼が地獄の底から響くような声で『今忙しい邪魔だ』と徹夜3日目で隈の出来た据わった眼で見たら退散した。
おかげでその周りの女子からの好感度は下がったみたいだけど、彼は気にも留めずに作業を続けて、その日の最終調整を終えて寝落ちた。
そして今、持ちうる全てを全力で使い、最高に仕上がった『打鉄弐式』を纏って、私はアリーナのピットに居る。
私の傍らには、最高のパートナーである彼が居る。
「簪、言っておく事が二つある」
「うん」
「一つ目、弐式の仕様にない物を二つ積んだ。 これは武器じゃ、ない。
概要は今読んで頭に入れろ」
「……わかった」
「二つ目、俺はお前に全部を賭ける」
彼の真剣な眼差しが、私を貫く。
「――…あの人の横っ面、引っ叩いてこい。 勝てよ、簪」
「――…貴方の分もあるから二回叩く。 絶対に勝つから」
ハッチが開くと共に、彼が射出線上から離れた。
「行くよ、『打鉄弐式』っ!」
アリーナの空へと躍り出るのは、薄い緑がかった青色を基調とする機体。
本来はISの中でもスリムな方だったが、彼が追加した装備でバックパックが一つ増えた。
ただ、彼の手で調整されたプログラムと機体によって、最初の頃よりも遥かに自在に動く。
確かに彼は約束を守った。 最高に仕上がった『打鉄弐式』に微笑み、私は前を見る。
そこに居るのは専用機『ミステリアス・レイディ』を纏った姉。
「――…本当に、一カ月で仕上げてきたのね」
驚いたように言う姉の言葉に、私は自慢のつもりで鼻を鳴らす。
次の瞬間には、姉はいつも浮かべている笑みを浮かべている。
「かと言って、達成できるかどうかは別問題」
「そんな事は、わかってる」
「それと、達成できなかった場合の罰則だけど――」
姉の笑みが、種類を変える。
人好きのするものではなく、酷薄な上位者の笑み。
「彼を、貰うわ」
「……は?」
その言葉を聞いて、私の口からは自分の物とは思えないほど殺意に濡れた声が出た。
何て言った? 姉は……いや、この女は、何て言った?
彼を貰う? 私から彼を奪い取るというのか?
あぁ確かに、ここまで仕上がったISを見れば彼の技術力を疑う事は出来ないだろう。
ハッキリ言って、彼のエンジニアやメカニックとしての才能は破格だ。
同じ事をやれと言われて出来る人間など、世界中探したって早々見つからない。
例外としては彼のお父さんだが、あの人はあの整備工場に骨を埋める気なので除外する。
何が言いたいかと言えば、彼を専属に出来れば少なくとも、常に最高の状態の機体を用意してもらえるという事。
「なに、それ」
そんな事に使うために、私から取り上げるのか。
私から散々奪っておいて、唯一無二の彼さえも持っていこうというのか。
ふ ざ け る な よ 更 識 楯 無
貴女は確かに天才で、私に無い物をたくさん持っている。
姉妹だからと比較され続け、常に貴女に劣ると言われてきた私とは違う。
それなのに、私がやっと見つけたただ一つの宝物を、全部持ってる貴女が奪うのか。
今、私は自分がどんな顔をしているかなんてわからない。
怒っているのか、泣いているのか、そんな事もわからない。
ただ、心の中にあったこの女への肉親としての情みたいなものが消えた事だけわかった。
「……『更識』は、私から全部奪う」
「か、簪ちゃん……?」
女が私の名前を呼ぶ。
何だその、私を心配していると言わんばかりの声音は。
奪うと言ったのに心配か。 あぁ、私はとことんまで下に見られているのか。
更識だった事で、私が幸福だったことは少なかった。
私の両親は健在だけど、家族の温もりは彼の家の方がずっと暖かかった。
厳しい両親、完璧な姉、劣った私――…あの家に、私の幸せはない。
「なら、もういらない。 始めよう? 更識生徒会長」
私は絶対に勝つ。
それを持って、『更識』からの決別としようと思った。
◇
先に動いたのは、簪の『打鉄弐式』
淀みの無い加速で距離を詰め、その手にはいつの間にか薙刀が握られている。
妹が振るう刃が、何の躊躇いも無く実の姉の首へと迫る。
それを受け止めたのは、楯無が握っていた
鍔迫り合いの刹那に、姉妹の視線が交錯する。
間近で見た簪の目を見て、楯無の背には悪寒が走り、冷たい汗が流れる。
(な、何て眼をしてるの……!?)
諦観と、憎悪と、悲嘆と――…そんな負の感情で黒く染まった眼が、自分を見ている。
妹が自分に劣等感を抱いている事は知っていた。
それに気が付いた時には言葉でどうにかなる段階は過ぎ去っていて、彼女は一般人の男の子を拠り所にしていた。
それが悪いと、楯無は口が裂けても言えない。
妹が悪いのなら、気付かなかった自分も同罪である。 いや、妹がどんな目で見られているかを、気が付くまで想像すらしなかった自分にこそ罪がある。
罪滅ぼしと言うわけではないが、妹の付き人の布仏本音にも彼女の力になるようにお願いしたし、何かあれば伝えてもらうようにも頼んだ。
結果としては本人から突き放されてしまって、思った成果は上がっていない。
妹が心を開いている彼に協力を取り付けようとしたが、まだ気付いていなかった頃のバカな行動のせいで自分は嫌われているのを知っている。
だからこそ、楯無は今回の事をチャンスだと捉えた。
もう対話ができないなら、本気で思っていると行動で示すしかない。
嘘偽りなく、ぶつかったとしても伝えるしかない。
妹からどんな感情を向けられても全部受け止めて、それでもと叫ぶしかないと考えた。
簪の眼を見るまでは、そう思っていた。
「お、ごっ……!?」
そんな思考の隙間を縫い、『打鉄弐式』の脚部のつま先が楯無の鳩尾にめり込む。
一撃に迷いも、躊躇も、気遣いも存在しない。
これを相手が喰らってどうなろうがどうでもいいという、恐ろしいまでの無関心。
蹴りの衝撃を殺すために後退しながら、楯無はそれを読み取った。
「か、簪、ちゃん……」
「何ですか?」
「私を、恨んで、る?」
「ピットに居る時までは、言うほど恨んでなんかいませんでしたよ?」
これは、簪の本心だ。
元はと言えば、自分の中にあるコンプレックスを消化しきれていなかっただけ。
その源泉である目の前の女については確かに、多少は恨みもあった。
でも、開発が完了すれば、女とも向かい合おうとも思っていた。
今回の模擬戦にはそういう意図もあるだろうと、簪とて理解していたのだから。
「でも貴女は、手を出してはいけない物に手を出そうとした」
それが更識楯無の失敗であり、決定的な認識の差。
簪にとって唯一無二の宝物を、楯無はただの友達と思っていた。
貰うという発言も、彼を自分側に引き込めれば簪との対話の切っ掛けが生まれるのではないかと言う考えがあったから。
その選択が、儚げな少女であった妹を怪物へと変える事に気付かないまま、彼女は選択した。
「私から彼を奪おうとする奴は、絶対に許さない。
今までの関係が何であれ、
簪が淡々と告げる言葉に、楯無の顔色が青くなっていく。
そんなつもりじゃなかったと言えば、彼女は止まるだろうか。
いや、もう止まらないという嫌な確信が、楯無にはある。
そもそも、妹の立ち入ってはいけない領域に土足で踏み込んだのは自分である。
知らなかったも、気づかなかったも、もうただの言い訳に成り下がってしまった。
後は、全部受け止めて、彼女が自分の思いをくみ取ってくれる事を願うだけ。
「……わかったわ」
改めて、楯無は
どう転がっても、これが姉妹としての最後の交流になる。
その結末は変えられなくても、過程は変えなければいけない。
「だったら、見事粉砕してみなさい」
「黙って砕けてくれれば、横っ面に二発だけで済ませます」
動き出しは同時。
流れるように楯無は槍を持たない方の手で拳を作り、妹の腹を狙う。
簪は膝を曲げる事で脚部装甲を拳の前に置いて防ぐ。
ただ、衝撃はあったのでそのまま体が横に回る。
その隙に追撃を掛けようとした楯無の目の前を、高質量の物体が通り過ぎた。
「あ、アンロックユニットで殴りかかろうとする?」
「勘のいい……」
舌打ちしながら悠然とターンして、簪は楯無と再び向き合った。
「っ!?」
その瞬間、楯無は『ミステリアス・レイディ』の能力によって水の壁を自分の前に作る。
直後、『打鉄弐式』の腰部にマウントされていた
一瞬だけ生じるビームやレーザーなら水で屈折させて逸らせるが、これは長い。
(それに、この熱量……!)
本来連射型として作られたこの荷電粒子砲『春雷』は、開発過程で変更を受けた武器である。
その変更とは取り回し重視の連射と、威力重視の長時間発射の切り替え機能。
長時間発射は充填に時間がかかるのが欠点だが、開始直後から溜め続けていればあまり問題ない。 それに前動作無しで撃てば大体の確率で受けるだろうと予想していた。
この女も『打鉄弐式』の仕様くらい読んでいるのは知っていたから、それを逆手に取った。
砲撃のエネルギーが切れるのと、水の壁が消えたのは同時。
楯無がランスを量子格納し、蛇腹剣を抜いたのも同時だった。
自分の周囲を囲むように展開される刃の檻に、簪は彼が積んだ装備の一つを解放する。
それは銃ような持ち手とそれに角が丸くなった長方形の箱が付いた形状をしたもの。
少なくとも『打鉄弐式』の初期装備ではないし、楯無もそんな武器は見た事がない。
簪はそれを躊躇いなく刃の檻へと向けて、引鉄を引いた。
「へっ?」
バチン、と言う音と共に、蛇腹連の刃を繋いでいたワイヤー部分が断ち切られた。
あっさりと切れる物ではない。 あっさりと切れれば武器としてなんて使えない。
でも現実として、目の前であっさりと武器が壊れてしまった。
「な、何よそれ……!?」
「
持ち主の手から離れた刃達を簪が掴んでバックパックへと入れる。
その行動も気になるが、今気にするのは彼女が工具と言った武器の事だ。
「そんな切断力のある工具なんて――」
「プラズマカッターくらい、使った事あるでしょ」
「あるけど決して飛び道具じゃなかったわよ!」
確かに金属を切る為の工具はある。
でも楯無の知っているそれは基本的に大きいし、何より飛ばない。
蛇腹剣のワイヤー部分は他と比べて脆いとはいえ、そんな一瞬で切れる物ではない。
結論として言えば、あれを自分に向けられればあっと言う間に真っ二つになる。
工具にしては殺傷能力が高すぎるのだ。
「安心していいよ。 工具は人には向けないから」
「……それは、余裕?」
「ただのエンジニアの矜持」
簪はそう告げて、再び『春雷』の砲口に光が灯る。
対して楯無は水を制御するアクア・ナノマシンの充填が未だだ。
選択は回避一択しかないため、すぐにランスを呼び出して、内蔵されたガトリングで銃弾をばらまきながら後退する。
(完全に初見殺しの追加機能と装備。
しかも、仕様を知っているからこそ刺さる!)
今見えている武装で全てかどうかわからない。
『打鉄弐式』は後付武装が多くは無かったはずだが、それすらも疑わしい。
あの二人が完成させた機体は名前こそ同じだが、別物となっていると考えた方が良い。
しかし、距離を取ってから、楯無は歯噛みする。
(違う、違う違う違う違う! 私は今、何で逃げたの!?
ぶつからないと、せめて伝えないといけないのに!)
何も伝えられないままに終わってはいけない。
焦燥に駆られて、楯無はランスを持って瞬時加速を使用して一気に距離を詰める。
(対話したいとか、ぶつからないととか、考えてるんだろうなぁ)
そんな相手の思考を、簪は無感動に把握する。
既に姉妹の情も、何もかもを塗りつぶした相手に浮かぶ感情は何もない。
考えるのはいかに相手の横っ面に二発入れて勝利するか、だけ。
バックパックに取り込んだ蛇腹剣の残骸や事前に用意したものを計算して、最適であろう解を導き出す。 今の簪であれば、容易くそれは叶う。
「『W-Bシステム』起動。 充填確認。 対象入力。 システム、オールグリーン」
やはり彼の仕事は完璧だと、簪は戦闘中でありながら笑みを零す。
起動したのは、追加で付けたバックパックに内蔵されたシステム。
『WEAPON-BUILDシステム』 単純に言えば、戦闘中に武器を作って使用するためのシステム。
彼は確かに優れたメカニックでありエンジニアだが、操縦や戦闘については素人でしかない。
しかし彼は、簪の何が優れているかをよく知っているし、彼女がどれだけ歯を食いしばってあらゆる努力を積み重ねてきたかを知っている。
彼女の培った全てを肯定して、後押しをする為に彼はこのシステムを生み出した。
「全部使って、全部終わらせる」
眼前に迫ったランスの根元を、寸分の狂いも無くプラズマカッターで断ち切る。
『W-Bシステム』の欠点としてはその製作時間があげられる。
ある程度出来上がっている物を組み上げるなら時間はかからないが、分解や再構成が入ればそうもいかない。
それでも、刃を雑にくっ付けて固まりにしてワイヤーを繋いだもの程度なら数秒掛からない。
「あが……っ!」
「一発目」
簪がバックパックから何かを取り出して自分に振るうのを見て、楯無は腕部装甲で受ける事を選択した。
装甲に何かが軽く当たる感触がして、逆側から殴り飛ばされる。
視界の端で捉えたのは、破壊された蛇腹剣と同じカラーリングの金属の塊。
(――…もしかして、私の武器を組み替えた!? この戦闘中に!?)
武器を破壊する装備に、その破壊した武器を再利用する装備。
敵の選択肢を奪い、自分の選択肢を増やすシステム。
自分の方もそれほど武装を持ち込んでいるわけではない。
基本的にアクア・ナノマシンで操る水が『ミステリアス・レイディ』の主兵装だ。
他の武装は、主に水の運用を防御に回すための補助に過ぎない。
通常で考えれば、大勢に影響はない。 しかし、本当に何が出てくるのかわからない相手となれば、それはただの楽観論でしかない。
最悪、何も為せないままにこの時間が終わってしまう可能性がある。
確かに更識楯無と言う人間は天才で、全方面に隙無く高い能力を持っている。
ただ失敗もするし、現に自分のせいで妹がこうなってしまった。
それでも、認めたくない結末がある。 迎えたくない未来がある。
無理だと自分を支えてきた物が叫んでいるのだとしても。
「あぁぁぁぁ!!」
まだ量は不十分だが、全ての水を使い切って『槍』を作る。
自身の大技である『ミストルテインの槍』
防御を捨てた、自身すら巻きこむ諸刃の剣。
追い詰められた思考が、急ぎ過ぎた結論を出す。
「一人でくたばれ」
『槍』が炸裂する瞬間に聞こえた妹の冷め切った声を最後に、楯無は意識を失った。
◇
あれから、私は彼の家に転がり込んだ。
例の模擬戦の結果は、更識楯無の自爆で終わり。
正確には刺し違えようとしたあの女の攻撃を、私が分厚いシールドで防いだだけ。
それでもお互いにアリーナの壁に叩き付けられるほど吹っ飛ばされた。
ただ、防いだ私でもエネルギーが半減し、体に痛みを覚える程度の衝撃だった。
そんな威力に直接晒されたあの女は、ISの絶対防御のおかげで死んではいない。
『ミステリアス・レイディ』は全損一歩手前の大破で、本人は2週間の意識不明。
一度だけ、彼に様子を見て教えてほしいと言われて、病室に行った。
見舞いの花に黄色いカーネーションを一本だけ買って、あの女に渡して帰ってきた。
意味は分かってくれただろう。 病室を出たらなんか叫んでいたし。
彼には元気そうだったと伝えた。 叫べるんだから間違いじゃない。
「あと、学園も辞めてきた」
「……はぁっ!?」
ついでのように告げた事実に、彼は理由を聞いてきた。
大した理由は無い。 今回の事で思い知っただけだ。
彼と一緒に居るためには、捨てなければならないものもあるという事を。
私の場合はそれがIS学園だったり、代表候補の地位だったり、専用機だったりするだけ。
『更識』については言うまでも無く捨てるもの筆頭だが、これが難航した。
模擬戦と言えど、現当主を倒した事で私はその力を示してしまった。
劣っていた、万が一のスペアだと思っていた存在が、だ。
今まではっきりしていた力関係が混沌として、私に対して手の平を返す人間も出てきたのだ。
既に『更識』に対して興味も執着も無い私にとって、そんな人間も敵だった。
そんな相手にどう思われようが構わないが、今後の火種になっても困る。
故に飛び火しないように立ちまわって、混乱させた事の責任を取る形で『更識』から籍を抜いた。
殊勝な態度で居れば、私の容姿も相まって信用させるのは簡単だった。
目出度く行き場の無くなった私は、彼の家に転がり込んだというわけだ。
そんな私に、彼はこれ以上ないくらいに怒った。
何の相談もせずに全部勝手にした私に、本気で怒って本気で泣いてくれた。
そして、家に置いてもらうように彼のお父さんに土下座までしていた。
私も一緒に頭を下げようとすれば、彼と彼のお父さんが止めた。
結局彼のお父さんが折れて私はこの家に居れるようになり、整備工場でも事務職として働けることになった。
うん、思い返せば我ながら凄い行動力だったと感嘆する。
「ふふっ……」
「たまに、いきなり笑いだすよなお前」
「幸せだから、仕方ないと思う」
「……そりゃ良かった」
照れた彼がそっぽを向く。 それが可愛くて私はまた笑う。
彼と居れば、月日が流れるのが本当に早く感じる。
あの時から彼が高専を卒業して、就職するくらいの月日が流れた。
私達はもう籍も入れている。 式は身内だけ……と言っても、私が呼ぶ相手は居ないから、近所の公民館を借りて彼の家族と仲の良い近所の人を呼んでささやかにお祝いしただけ。
それでも皆喜んでくれたし、彼のお父さん……お義父さんは終始泣きっぱなしだった。
『早く孫を』発言して、彼と喧嘩していたのも鮮明に覚えている。
私と彼とお義父さんとで手を入れ続けている、実家でもある我が家の居心地はとても良い。
三人とも技術者的な気質を持っているから、家をどうリフォームするかなどで燃え上がる。
前の休日には三人総出で外壁の塗装をしたので、見た目はほぼ新築みたいになっている。
中も自作のテーブルや椅子、食器棚、ベッドに一部はフローリングまで張り替えた。
「だから、旦那様」
「何だよ?」
「これからもっともっと、幸せにしてね?」
今のありったけの感謝と愛をこめて、私は彼に笑いかけた――
簪
柵を全部振り切った系女子。
姉に対しては逆恨みだと分かっていたが、ある発言で完全に見限る。
今までの心情を全部ぶっちぎって、無関心の境地に到達。
『打鉄弐式』については共同作品なので、若干惜しかった模様。
楯無
妹に関する事が全部裏目った人。圧倒的に間と選択を誤っただけ。
妹から黄色のカーネーション(花言葉:あなたには失望しました)を送られて無事死亡。
後日、一級フラグ建築士に陥落したらしい。
以前の失敗がトラウマで、好きな相手の顔色を伺う事が多くなった。
本音
生まれた時からの幼馴染をぽっと出の男子に盗られた。
簪の居場所はわかっているから、定期的に動向はチェックしている。
結婚式に呼ばれなくて泣いて、祝電は家に送った。
オリ主
某宇宙最強のエンジニアの流れを汲んでいる系男子。
色々な人の人生変えた元凶。 本人は普通の性格。
EOS? そんな事よりガンダム作ろうぜ!