過去と言うのは、気づかない内に背後に立っているものらしい。
今日の実感として、私はそんな事を考えた。
手に持っているのは、彼から渡された一枚の葉書。
特に何の仕込みも無いそれの表には私の宛名、裏にはいついつに会えないかと言う内容と差出人の名前。
「布仏、虚」
既に内容は彼が見ている為、何かしらの返答は用意する必要がある。
別に誤魔化す必要はない。 行きたくなければ行きたくないで、彼は納得してくれるだろう。
もうあの家から出て1年も経っているというのに、今更会ってどうするというのだと私も彼も思っている。
もしも現当主が死んだという話なら、こんな風に悠長な手段では来ないだろう。
ただ、日時を指定しているという事は、絶対に私に会いたいという意思表示に他ならない。
都合が悪い、と言っても変更してくるのは目に見えている。
「別に一人で来いと書いてないから、一緒に行くか?」
「うーん……」
彼の提案は正直有り難い。
一緒なら向こうも強引な手段には出ないだろうし、何より私がいない時に彼を押さえられるなんて事も無い。
無視したら次は家に押しかけてきかねないし、何が狙いか知る必要もある。
「……そう、だね。 一緒に来てくれる?」
「了解した」
と言うやり取りをした数日後、私達は指定された喫茶店に居た。
私達が座っている場所からテーブルを挟んで向かい側には見知った女性が座っている。
ピンク色の長い髪を三つ編みにして眼鏡をかけた美女。
私が知っている布仏虚の容姿から、多少は大人になって所謂デキる女の様になっている。
「本日はお呼びだてして申し訳ありません」
「もうそちらと関係ない私達に、何か用?」
頭を下げた彼女に対して、私は直球で告げる。
「……お嬢様の、事です」
「私達もう関係ないよね?」
あの女の事だと聞いて、もう話を聞く必要は無いと私は立ち上がりかける。
「簪。 答えは変わらないにしても、最後まで聞こう」
それを制したのは彼だった。
私の手を握って、私の目を見て、もう一度座るように促してくる。
「……わかった」
席に座った私を見て、彼は私に微笑んでから、真剣な眼差しで彼女を見る。
「有難うございます」
「別に貴女の為ではありません。 聞かなければこちらも判断できないだけです。
ただ、彼女も言いましたが、もう関係ない俺達に話を持ってくるという意味がわからない」
腕を組んで、最早睨んでいると言っていいほど眼差しを鋭くする彼。
その視線を受けて、彼女も黙り込んでしまう。
「仰られないのであれば、もう簪を止めませんが」
「……いえ、お話させていただきます」
意を決したように、彼女は口を開いた。
私との模擬戦の後から、あの女はどうにもおかしくなったらしい。
猫を被っている間は取り繕えているが、親しい人間だけになると途端に相手の顔色ばかりを伺うようになった。
そんな状態の時に、IS学園唯一の男である織斑一夏に惚れてしまったらしい。
ここまで聞いた時点で、私は先の展開が読めたような気がした。
それは彼も同じだったようで、思いっきり顔を顰めている。
「それで、お嬢様は彼に好かれる為に色々と……」
「生徒会長権限やらを濫用し始めた」
「……その通りです」
それでもまだ、虚がいる間は彼女が頑張って抑えていたらしい。
しかし彼女はその時点で三年生だったため、すぐに卒業を迎えてしまった。
枷が外れたあの女の所業は、何となく理解できる。
そしてその所業を、彼女の妹では絶対抑えられないという事も。
「その惚れた相手がちゃんと諫めれば問題ないでしょう?」
「そうだと思ったのですが……効果が強すぎました」
織斑一夏にお願いして、ストッパーとして生徒会に入ってもらったまでは良かった。
それで何とか機能していたが、ある時彼が諫めたらそのまますっぱりと手首を切ったらしい。
「……それはまぁ、なんとも」
彼が完全に引いている。
依存している相手からの否定で、自分の価値を見失ったわけだ。
私にもあり得た事だけに、他人事ではないとは思う。
あの時受け入れてもらわなかったら……うん、この世に多分いないだろう。
「それ以来、彼もお嬢様を避けるようになりました」
「「そりゃそうだ」」
私と彼の声が綺麗にハモる。
自分が言った事で相手が自傷したんだから、下手に何も言えなくなるに決まってる。
私だってやった事がない。 彼と喧嘩しても結局は議論の延長みたいな感じだ。
しかしそれはお互いの信頼関係があればこそ。 あの女はそれを積み上げようとしなかった。
「……行動がおかしくなっただけで、結局変わってない」
「……簪様、それは……?」
「あの女は、結局自分の思う通りにしたいだけ。
相手の顔色を見ているようで、何も見えてない。 変わろうとしていない」
私の言葉に、彼女が息を飲んだように見えた。
虚の話だけ聞けば、依存気質の自傷癖持ちの女の所業でしかない。
でも私にはわかる。 あの女は結局、表面上しか変わっていない。
私との関係だって、内に抑え込んでいる時は気付きもしなかった。
彼だけが気が付いて、私の手を握ってくれて、温もりを与えてくれた。
それでも抑えきれなくて漏れ出た時に初めてあの女は気付いた顔をした。
確かに私を気遣っていたのだろう。 ただ、あの女は寄り添おうとはしなかった。
あの女の心の中に、前提条件として『自分は好かれて当然』なんてのがあるのだろう。
だからあの女は、自分だけからのアクションで完結してしまう。
類稀な容姿と猫のような性格で、多数派に対しての受けは確かにいい。
能力値も社交性も高いから、迂闊な選択肢を選ぶ事も無かった。
しかし、破綻してしまった私と言う実例が、あの女の歯車を狂わせた。
顔色を伺うというのは、相手を理解しようとしているようにも見える。
でも現状のあの女の場合は、相手からの自分への好意をより慎重に測っているに過ぎない。
そして自分の全てを使って、より直接的にアピールしているだけなのだ。
『貴方の好意に私はこれだけ返していますよ』という、浅ましいアピールでしかない。
「……これが、私の見解。
これを聞いてそっちがどうするかは、もう私達は関知しない」
「……それだけわかっていながら何故、お嬢様に歩み寄ってくれなかったんですか?」
「布仏さん、それは違う」
彼女の問い詰めるような言葉を彼が切って捨てた。
彼が私の手を握りながら、彼女を強い眼差しで見据える。
「それじゃ何も変わらない。 確かに表面的な状況は変わるだろう。
でも、あの人自身が何も変わらない。 簪を苦しめ続けたあの人が何も変わらない。
簪は変わろうとした。 俺に助けを求めて、あの人とぶつかろうとした。
自分はこうだと伝えて、あの人はどうなんだと、ちゃんと対話をしようとしたんだよ」
彼の言葉に、不謹慎ながら胸の内が暖かくなっていく。
言わなくても繋がっているという事が、こんなにも嬉しい。
彼が私の事をわかってくれて、ちゃんと庇ってくれる事が頼もしい。
「……すみません、言い過ぎましたね。 謝罪させてください」
「もういい。 私はもうそっちの人間じゃない。 ただの『簪』だから」
「……戻られるつもりは」
「ゼロ。 強硬手段に出るなら、私も相応に抵抗させてもらう」
はっきりと告げれば、彼女はなぜか眩しそうに目を細めた。
この席は別に、そんなに日が入る角度ではなかったはずだが。
そして、さらっと流したがその質問が本命だったのだろう。
あの女は今、当主としての資質を疑問視されている。
辞めさせるにしても、丁度いい年代で当主が務められる資質を持つ存在がいない。
そこで白羽の矢が立ったのが私というだけ。
ただ、曲がりなりにも私は責任を持って籍からも抜けたので強制はできない。
他の人間からすれば新たな候補を押し込むチャンスである為に、強制的にしようとすれば反発は必至であるし、そこまでする家なら私も遠慮はしない。
なった瞬間に権限の全てを使って『更識』を解体するだけだ。
影響は出るだろうが、元々対暗部用暗部など『更識』だけに担わせていい物でもない。
リスクの分散から攻めれば、上も否とは言わないはずだし。
「強くなりましたね、かんちゃん」
彼女の雰囲気が変わる。 仕事から私用に変わったという事だろう。
何度かこの切り替わる瞬間は見た事があるから、間違いない。
「私としてはかんちゃんとお嬢様が和解して、彼がかんちゃんと結婚して婿入りしてくれれば最上だったんですけど」
「「ぶっ!?」」
虚の言葉に、二人で噴き出す。
「う、虚、いきなり何を言ってるの」
「まだ結婚できる歳じゃないのに何言ってんですか……」
「するつもりではあるわけですね?」
彼女の目と眼鏡がキラン、と光った気がした。
いや、私はそうなったらいいとは思っているけど、まだキスだってしてない。
アプローチしようと思うと、途端に恥ずかしくなって固まってしまってどうにもならない。
「ありますよ」
おおっと、ここで彼が空気を読まずに本気の顔で本気の返答だー(錯乱
虚も正面切って返されるとは思っていなかったのか、ぽかんとしている。
「簪が俺の隣に居てくれる限り、俺は簪の傍に居ます。
それがあの時、手を伸ばした俺の役目だと思ってますから」
何処までも真摯な告白に、私だけじゃなくて虚まで顔を真っ赤にしている。
嬉しいけど恥ずかしい。 恥ずかしいけど嬉しい。 嬉死? 恥ずか死?
この場合の死因って何になるんだろう?
「という事で簪」
「ふぁいっ!?」
「俺と、結婚を前提に付き合ってもらえませんか?」
彼の赤い眼が、私を真っ直ぐ見てくる。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。 顔ももう見なくても分かるくらいに真っ赤だろう。
え、私達ってなんか重い話してたはずなのに、何で告白されてるの?
しかも彼から告白されてて、私がアプローチしなきゃって、え? あれ?
「わ、私でいいの!? その、私は、その……」
続けようとした言葉は、口から出なかった。 言えば彼が諦めると思ったから。
今日みたいに過去の事もあるし、ひょっとしたらこれからも迷惑をかける可能性がある。
私自身だって、血縁上の実の姉であるあの女を追い込んでも別に関心の無い酷い女だろう。
あれ? こうしてみると私って相当な地雷……
「今更聞くかそれ」
彼は、呆れながらも微笑んでいる。
こんな時まで私の事を察しなくていいのに。
「全部受け入れる気じゃなきゃ、親父に土下座してない。
一緒に居る覚悟がなけりゃ、告白なんかしてない。
後はまぁ……宣戦布告、になるのかなこれ」
彼が私から視線を外して、虚を見る。
「……なるほど、私を喧伝役に使いますか」
「え? え?」
二人の意味深な視線に、私は疑問の声を上げる。
「簪、お前は自分の容姿をどう思ってる?」
「え……その、普通?」
「世間一般ではお前絶対美少女だからな? ちゃんとそこ理解しろよ?」
うりー、と彼が私の両頬を挟んできた。
美少女って言うけど、彼が私に対して対応を変えた事は無い。
他の子にも同じような感じだから、よくわからない。
「IS学園では見た目も審査基準に入っているのか、見目麗しい子は多いですね」
「街中で見たらレベルたけぇなーって思う容姿ばかりで逆に新鮮味とかが無いのか」
「そういう事です。 では、本家にはそれとなく言っておきますね」
「待って、どういう事か説明……」
「簡単に言えば、ハニトラ予防ですよ。 かんちゃん」
虚の説明に私はまた疑問符を浮かべる。
ハニトラはわかるが、何故告白とそれが繋がるのだろうか。
「かんちゃん、さっきの告白まで彼と貴女はまだ恋人ではなかった。 そうですね?」
「え、うん……で、でももう恋人……」
口に出せば、途端に顔がにやけてしまう。
そう、もう恋人なんだ。 それも、結婚を前提にって言われたから将来は奥さんになる。
奥さんも良いが妻も捨てがたい。 彼に『嫁です』と紹介されるのも良い感じだ。
式は小さくても良いから、子供は何人にしよう。 求められたら何人でも頑張るけど。
最初は一人だけで、子育てを頑張ったら二人目三人目と……
「……私、かんちゃんのこんな顔初めて見ましたよ」
「ここまでのは俺も初ですよ。 つか話進まねぇ。 簪ー、戻ってこーい」
「っはっ!? 何!? 新居は!?」
「それまだ10年以上先の話だよ。 じゃなくて、ハニトラの話」
「あ、うん」
「トリップしないでくださいねー?
で、まぁ何でかって言うと、かんちゃんを『更識』に戻す為ですね」
そこまで言われて、やっと私はその可能性に思い至った。
私の唯一は彼だけだから、想像すらできていなかった事だ。
「……私を篭絡して、連れ戻すという事?」
「ただの同居人より結婚を前提にした婚約者の方が、何か言ってきても守りやすい。
まぁ大前提として俺は簪の事が好きで、結婚したいのも本当だから出来る事だよ」
お前の答えはさっきの態度で丸わかりだし、と彼は言う。
どんな態度取ってたの私……それが凄い気になる。
「彼を狙うパターンもありますが、彼の場合は警戒しやすいです。
彼の通う学校は高専ですから、そもそも女子が少ないですし」
「むしろ急に言い寄ってくる奴がいたら恐怖でしかないですよ……」
「……格好いいのに、モテないの?」
「うちの学校は比率的に男9に女1な。 そして俺のクラスに女子は居ない」
彼の言葉に納得した。
流石に彼がどんなに格好良くても、居ない女子からモテる事は出来ない。
同じ学校に居ても、今まで接点などなかったのが急に接触してきたら確かに怪しすぎる。
「そもそも俺が、そういう事隠せる人間か?」
「無理だよね」
断言する。 彼は隠し事が下手だ。
少なくとも私には絶対に見破れる程度でしかない。
私の誕生日の時とか、隠れてプレゼント買ってるのがバレバレだったし。
バレバレでも凄く嬉しかったから問題ないんだけど。
「という事で、今後は二人の関係を周知していけば良いと思いますよ?」
「そっち側は虚が噂を流す……と」
「既にある事実関係を覆す、というのは生半可ではありませんから」
その間に色々と変えていこうと思います、と虚は締めくくった。
彼女がそう言うのなら、ある程度猶予はあるかもしれない。
まぁ当主が機能不全に陥っただけで機能が止まる所でもないし、仕組みを変えるのだろう。
でも準備は整えておいた方が良い。 出来る事は昔より少ないけれど。
「……本当なら、ここにお嬢様も連れてくるつもりでした」
「しなくて正解ですよ、それ」
顔が引きつった彼に同意しておく。
元々会う気はないが、今のあの女なら引き留めるために死んでやるくらいは言いそうだ。
……それで死んでくれたら、本当に後腐れが無くなるのでは……?
いや、流石に彼が気に病むから無しだ。 会わないに越した事は無い。
「えぇ、荒療治をするならもう、お二人は巻き込めない立場です。
それにかんちゃんの分析は的を射ていると思いますよ。
――…私達では、決して見えなかった彼女の闇でしょうし」
虚が自嘲の笑みを浮かべた事に、私達は何も言わなかった。
ここで彼女を慰める事に意味は無い。
ずっと近くに居たはずの彼女が見えなくて、離れてしまった私が見えていたという事実。
それは変わらない。 変えようのない事だから、虚はこれからを変えていく事を選んだ。
彼女の選択肢は、部外者になってしまった私達には侵す事の出来ないもの。
「……まぁ、頑張って」
「ふふ、かんちゃんに応援された事がお嬢様に知られたら、大変ですね」
「そこまでは責任持てないよ」
「大丈夫、わかってます」
憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた虚が、彼に向き直って頭を下げた。
「かんちゃんの事、お願いします」
その声は、ただ一人の人間として私を心配してくれる、女性の声。
「言われるまでもないです。 絶対に幸せにします」
「……絶対に幸せになるから、心配しないで」
彼女へと誓いを立てるように、私達は力強く宣言する。
それを聞き届けた後、虚は頭を上げた。
「さて、憂いも無くなりましたしここからはプライベートですよー。
ここのデザート美味しいんです。 二人のこの一年の事、聞きながら食べましょう!」
「話す事はたくさんあるけど、時間は良いの?」
「この後の予定をわざわざ、昨日前倒しで終わらせたんです。
これくらいの事をしなきゃやってられませんよ! 私の奢りですよ!」
「じゃあ、このカップルパフェ一つ」
「お、恋人になっていきなりですねかんちゃん!」
「えぇー……この人こんなノリなのー……?」
この後、虚は私達の話を嬉しそうに聞いていた。
それから、ストレスを吐き出すように色々と私達に話してくれた。
私が学園を去った後で行われた学園祭の事。
「各部対抗の争奪戦とか、それ総取りする気満々だよね」
「まぁ、お嬢様ですから……」
「唯一の男子、頑張ってんなぁ……ある意味尊敬するわ」
あの女と唯一の男子が同室になって、色々あった事。
「そこでメンヘラ化したんだね」
「同じ男として、彼には同情を禁じ得ない」
『キャノンボール・ファスト』という速さを競う競技の事だったり。
「何を積む?」
「んー……速さと旋回性能だよなぁ。 いっその事ブースターごと動くとか。
妨害ありってんなら、射撃武器の反動で曲がっても良い」
「……形にはしないでくださいね? 考えるのは良いですけど」
専用機持ち限定でのタッグマッチの事だったり。
「唯一の男子の争奪戦になる未来しか見えない」
「すごいですね、そのとおりですよ」
「虚の目が死んだ」
『打鉄弐式』の製造元だった『倉持技研』が色々やらかして潰れた事。
潰れた事は知っていたが、やらかした事までは把握していなかった。
何でも、彼の作ったシステムを搭載した無人機まで作ろうとしていたとか何とか。
コアを破壊しない限り復元して、敵や味方の残骸すら使って増える無人機軍団。
それは全部篠ノ之束に乗っ取られて、色々と使われた様子だった。
言っていいのそれ? と聞いたら大丈夫と返された。 もうバレる所にはバレているらしい。
「それに、彼はシステムを作った本人なんですから関係者ですよ」
「ですよねぇ……」
彼がげんなりとして溜息を吐く。
私はごめんと謝った。 『打鉄弐式』を返却した時に彼の功績を消したくなかった。
だからそのままにしたけど、そんな事になってるなんて思わなかった。
「まぁそのまま使ったってんなら鼻で笑ってやるよ。
本職が学生のシステム流用して恥ずかしくないのかってな」
「うーん、君も大概おかしいですよね……技術で喧嘩売って勝ってますし」
「彼は私の、世界一の旦那さんだから仕方ない」
「まだですよー、かんちゃん。 気が早いですよー」
「来年……? 来年もうゴールしちゃうか……?」
「君も誘惑に揺らがないでください。 成人すれば面倒な同意が要らないんですから!
君は良いとしても、かんちゃんの方は面倒なんですよ!」
「面倒な簪も愛してます」
「逆効果!? く、私も早く弾君に会いたい……」
「弾君? え、虚、恋人居るの?」
私が問えば、彼女は頬を赤く染めて視線を逸らした。
その事実が私にとって、今日一番の衝撃だよ?
「主君裏切って抜け駆け?」
「違いますー裏切りじゃないですーかんちゃんに言われたくないですー」
「アンタ子供か! これ食ったら会いに行けばいいじゃないですかー!」
「弾君、今日は家の手伝いで会えないって……」
「虚、そこは家に押しかけて一緒に手伝えばいい」
私がサムズアップしながら答えれば、彼女が天啓を得たように目を見開いた。
「流れによっては、手伝いが終わればそのままデートにも行ける」
「お会計しておきます! 二人はゆっくりしていってください!」
席から立ち上がって、彼女はさっさと会計を済ませて店を出てしまった。
ちなみに、頼んでたケーキはすごい勢いでキッチリ食べてた。
「簪、お前の関係者って恋が絡むと行動力上がるの?」
「あまり否定できないんだよね……今のを見ると」
「今思えば、お前が家に転がり込んできた時もあんな勢いだったな」
最低限の衣服と生活用品だけを持って、彼の家に転がり込んだあの時。
『私を、貴方の家に置いてください』
そう言って私は、彼に全部の感情を剥き出しにして縋った事を覚えている。
「もう笑い話だけど、あの時は俺の中でも今後ないレベルでキレたんだからな」
「うん。 でも全部、私の為を想ってくれてる言葉だったよ」
「正直言えば、未だにお前がここに居ていいのか迷ってるんだ」
彼の言葉に、私はその表情を伺う。
彼の表情はとても穏やかだけど、その瞳は確かに揺れていた。
「お前は今まで努力してきた。 キツイ事も歯を食いしばって耐えてきた。
そんなお前が、今までの事の殆どを捨てて、俺の所にやってきた」
揺れている瞳が、私を見る。
「なぁ、簪。 俺は今から、卑怯な事を聞く」
その瞳が、嫌いにならないでほしいと訴えかけていた。
「俺は……簪にとって、そこまですべき価値のある男か?」
「私にとって、何を捨てても手放したくないのは、貴方だけ」
私は、嫌いになんてならないと彼を見つめ返す。
「確かに、あのまま学園に居ればエリートと言える道を歩けた。
あの家に居れば何不自由なく、好きに生きる事も出来た。
ひょっとしたら、虚が言った事も実現できたかもしれない」
でもね、と私は続ける。
「それだと、私はいつか貴方と離れてしまうと思った。
私が絶対に離れたくないと思っていても、引き離されてしまうと思った」
もう無くなってしまった『もしも』
確かに、そこにも幸せはあるだろう。
でも、こうして隣に座って同じ物を食べている今より幸せだとは、どうしても思えない。
それは私があの女の影にずっと怯え続けて、彼を信じられなくなるから。
自分が唯一だと思った彼の温もりを、自分から疑ってしまうから。
あの時の私と彼の様に、全部を剥き出しにして対話をしたわけではないから。
「これが、今の私の正解だよ。
もしもは無数にあったとしても、ここにたどり着いたのは私だけ」
だから私は後悔なんてしない。
反省はするかもしれないけど、彼と一緒になると決めた事に絶対後悔しない。
「好きだよ。 私の手を、貴方が握ってくれた時から、ずっと」
自然に口から出た、ずっと言いたかった事。
彼に先に言われてしまったけれど、私も告白を返そう。
「私と一緒に、これからの未来を歩いてくれませんか?」
「――…こんな俺と一緒で良ければ、喜んで」
輝かしくなくても良い。
私の手の平にある、貴方の温もりが信じられればいい。
ごく平凡な幸せであっても、貴方と共有できればいい。
それだけで、こんなにも胸が幸せでいっぱいなんだよ?
全部、貴方が一緒だから、私はこんなにも幸せです。
虚
更識関係者で唯一、簪とオリ主の二人に友好判定されている人。
その上恋人まで居る勝ち組。 でも結婚式には呼ばれない。
呼んだら連鎖的に来てほしくない人が来るからね。 仕方ないね。
でも、子供が出来たら会わせるくらいはする模様。 で約二名グギギってなる。
楯無(その2)
まさかのメンヘラ化。
でも実妹の精神解析によって原因が判明したので虚さんがガチ矯正開始。
その間に行われた更識内部の変化やらなんやらで自分を見つめ直す。
結果として更生して、織斑ハーレムに謝罪して身を引いた。
数年後、虚にだけ届いた妹夫婦の『子供が生まれました』の葉書を見て再び死んだ。
「後継者として簪ちゃん達の子供頂戴って言ったらどうなると思う?」
「言うなら私が抜けてからでお願いします。 結婚したばかりで死にたくないので」
「うぅ……私も結婚したい……」
「全部メンヘラになった更識楯無って人が悪いので、愚痴はそちらにどうぞ」