おバカ少女is愛をサガす   作:サクランボーイ

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第六話 色なき世界

 

「ふぅむ、お前の煎れるコーヒーは相変わらず苦いな。しかし、この苦さが癖になる」

 

 リッツェールが洗練された所作でカップに口をつけてディーネの煎れたコーヒーの感想を口にする。苦いと言う割には頬をほころばせているので、それなりに味を楽しんでいるようだ。

 それに対してこれといった反応を見せないディーネにつれない奴め、と内心呟きながらリッツェールは言葉を続ける。

 

「そろそろヤツらを抑えるのにも限界が見えてきたのでな。いっその事、そのまま雪崩れ込ませるのもありかと考えているのだ」

「……そんな事をすればあっという間にバランスが崩れるわよ」

「それもやむなしと言っているのさ。これ以上長引いても状況は悪くなるのは目に見えている。それ故に、早い内に対処しておくのが一番の打開策というわけだ」

「一番の打開策、ね」

 

 訪れる静寂。

 互いの様子を観察でもしているのか両者共に目を逸らさず相手の言葉を待ち続け、時だけが流れていく。

 タイミングを探るかのように苦いコーヒーを口にするディーネはリッツェールの話す内容を吟味し、慎重さを含んだ声音で沈默を破る。

 

「つまりこう言う訳? 時間がないから私にあんたの下につけ、と」

「いや、貴様はあの(むすめ)の近くにいれば良い。もちろん、力を借すというのならそれが最善だが。

 あと貴様らを我の城に招待したのは、単純に我がそうしたったからに過ぎない」

「なら何の為にここへ訪れたのよ。協力を仰ぐわけでなく、()()()について教えるわけでもない」

「そう急くな、近いうちに()()()の事にについては話すさ。

 今回は単に、あの娘に会うのと世間話をする為だ。それ以外の目的などありはしない」

「あっそ」

 

 こっちはこっちで忙しくなるというのに、よくまぁそんな悠長な事を言えるものだとある意味関心すら抱くと共にディーネは、自身の探し求める人物についてリッツェールから聞き出すのは今回も無理であろうと判断した。ならばと情報共有の一環としてある話題について話を進める為、これまでの進捗を報告する。

 

「それで、あの子――ネイチャの事についてなのだけど。やはり、未だに何も分からないわ。それどころか疑問が増える一方ね。

 宇宙花(ユニヴァレーエ)を持っていたり、歌についてもどこで知ったのか曲調まで把握しているようだったし。

 まさか、あんたが吹き込んだ訳じゃないわよね?」

「それこそまさかだな。我はそんな回りくどい事は好かん。

 花と歌については……まあ、あの娘の生い立ちに関係しているのだろう」

「歌を知っているのには最悪納得出来るとして、なぜあの子が宇宙花。それもあれだけのものを持っているのかよ」

 

 百歩譲ってネイチャがあの歌の事を何かしらの方法で知ったのを認めるとして、一番不可解なのがあの宇宙花だ。

 あれは通常のそれと物が違う。

 ――存在そのものが異なると言ってもいい。

 何故なら宇宙花というのは本来、少量の魔力を含んだだけの見た目が綺麗なだけの花。だというのに、ネイチャの所持していた()()からは底の知れない魔力と言葉にできないナニかが感じられた。

 最強の魔女であると自負しているディーネにそう感じさせ、さらにはあれだけのモノなのに魔力感知にも引っかからなかったということはつまり、あの花の存在が特異中の特異ということ。

 そしてリッツェールがその事について何か知っているだろうと確信にも似た思いをディーネは抱いていた。

 

「くく、いづれ分かるさ」

「…………なにか隠しているわね。吐きなさい」

「我がなにを隠すと言うのだ? あの娘とは今日が初対面だぞ。むしろ貴様の方で隠している事があるんじゃないか?」

「あくまでしらを切るというのね。だったら無理やりにでも答えてもらおうじゃない」

 

 椅子から立ち上がり挑戦的な視線を向けてくるディーネに、リッツェールは慌てる素振りすら見せずにコーヒーを飲み干す。

 そして座ったままの状態で彼女もまた視線だけディーネへ注ぐ。しかしその瞳からは隠しきれないほどの興奮の色が含まれていた。

 

「ふむ、久々にヤるか? 我も我で色々と溜まっていた所だ」

「……もしかして、こうなるのを目的にしていた。なんてこと無いわよね?」

「細かいことは気にするな。どうせ近い内にヤる予定だっただろう? 

 それで、ルールはどうするのだ」

「今回は質と量での勝負。負けた側は相手の要求に応えること」

 

 その答えに満足気に口元を歪めながら椅子から立ち上がったリッツェールはディーネとの距離を詰め、隣に位置取った。

 

「よかろう。では行くとしよう」

 

 そんな彼女に一度だけ目を向けた後、ディーネは目を瞑り精神を集中させる。

 

「あとで後悔しないことね――転移(トレース)・デュアール」

 

 ディーネが練り上げた術式を発動させたことにより、淡い光を纏いながら二人はとある場所へ転移した。

 

 

 

 

 死界―― デュアール。

 そこはあらゆる生物が生息し得ない劣悪な環境に支配されている広大な平野。

 魔力は存在せず、太陽の光もなく、風すら吹く事のない死に満ちた地。

 広がるのはごつごつした岩のような物で覆われた灰色の地面と、不気味な光を(たずさ)えた黒い空。色のない無機質な世界。

 必然的にここを訪れる者は皆無。また訪れたとしても生存する事は不可能であることから死の平地とも呼ばれる。

 そしてその灰色と黒に覆われた地で、二つの人影が対峙していた。

 

「おやおや? 黒色ばかりでディーネの姿が見えんな。これは我の不戦勝で良いのだろうか?」

「私には不自然に色の浮いた物体しか見えないのだけど、節穴の目をした馬鹿蝙蝠は怖くて逃げ出したのかしら」

 

 まずは軽いジャブで相手を煽る白色(リッツェール)黒色(ディーネ)

 こんな場所にきてまで二人のする事はさっきと変わらないようだ。

 そんな彼女達であるが、お互いに笑顔を向け合っている。もちろん、その目はまったく笑っておらず、まるで獲物を狙う肉食獣を彷彿とさせるものだった。

 

「冗談はここまでにしておくか。

 どれ、以前に比べてどれほど力をつけたか確かめてやろう。我は寛大なのでな、先手は貴様に譲ろうではないか」

「前回勝ったのがそんなに嬉しかったのかしら? 

 でも残念ね、あんたは二度と私には勝てないわ。よく見てなさい、一発で全部終わりにするから」

 

 ディーネはそう宣言し、はるか地平を見据える。

 その様相は何かが現れるのを待つかのようであり、彼女の背後ではリッツェールが腕組みをし同じ方向へと目を向けていた。

 やがて変化が起きる。

 地平の彼方よりナニか巨大な影のようなものが迫ってきたのだ。次第にそれは無数の人影のようなものだと遠目からうかがえた。

 にわかに信じられない事である。彼女達二人はその()()()からして除外されるとして、間違いなくこの地にて生物が現存しているなど有り得ないこと。

 つまり――あの影は生き物にあらず。

 

()()。まったくいつ見ても、薄気味悪い事この上ないな。あれだけの数でありながら、あいつらの動きは意思でも宿しているのではと思わせるものだ。こちらに正確に狙いを定めて一糸乱れぬ行軍をしている」

 

 “幻魔”。

 それはこの一帯にのみ出没する未知の存在。

 姿形は人型を保っているがそこに凹凸は存在せず色も宿っておらず、また個々に意思というものも存在せず、愚直なまでにこの地に足を踏み入れたものを排除する。まるで無機質な影だった。

 そして彼女達がここを訪れる度に、必ず彼らは姿を現し進軍を行なってくるのだ。まるでこの先には行かせないとばかりに。

 しかもそれぞれの個体の持つ力もまた強大であり、魔に通じている者ですら一対一に持ち込まなければ相手取るには厳しいほど。

 そんな絶望の波が押し寄せているにも関わらず、二人は自然体そのもの。

 むしろ怖れるどころか取るに足らない相手と言わんばかりにディーネが口を開く。

 

「なら私達はそれを良いように利用するだけ。いつものようにあちらから向かってくるのなら好都合。日頃の鬱憤を晴らすに最適じゃない」

「くく、違いない」

 

 そう、彼女達にとってこれは唯のお遊び。そしてちょっとした責務に過ぎず、ストレス発散の手段の一つでしかない。

 故にこれから始まるのは強者による一方的な蹂躙。どちらがより幻魔を消し去れるか、その数を競おうというのだ。

 目線の先に数えるのも馬鹿らしくなる数の影が地平の向こうから大地を揺らしながら、こちらとの距離を縮めてくるのを認めたリッツェールは強く地面を蹴り、その身を大空へと運ぶ。

 

「目測でおおよそ二万弱、といった所だな。

 それなりの数だが本当に一発で済ませるつもりか?」

 

 ほんの数秒足らずの滞空時間の中で、あれだけの影を数え終えてしまったリッツェールは遥か上空からの着地をし、さすがに一度で済ませるには厳しい数なのではと遠回しに問う。

 

「愚問ね、あの時とは違うのよ。魔法の新たな道を見出した今、どうってことないわ」

 

 そう言い切ったディーネの周囲から暴力的な魔力が吹き出し、赤黒いオーラを彼女に纏わせ周囲の空間を歪める。しかしそれだけに留まらず大地は震え、歪な形をした岩や石が次々と浮遊し始め、魔力の渦が風を引き起こして彼女達の髪を揺らめかせる。

 それはこの世の終焉を思わせる光景であった。

 色のない世界に魔力の嵐を生み出し、地を揺るがす程の力。

 驚く事に、これですらディーネは全力の半分も出していない。

 ただ一人、その事を理解する事のできるリッツェールはなるほど確かに、これは以前にも増して凄まじいと少なくない衝撃を受け、周囲を満たす圧倒的な魔力に見開いていた目をゆっくり細める。だが次には口元を大きく釣り上げて獰猛な笑みを見せる。

 ――やはり自分たちの行く道は間違っていなかったと。

 

「聖天を司りし魔の始祖

 燃え尽きぬ慟哭を解き放て

 焦がれ、肥し、壊せ

 ――知らしめよ」

 

 ここでリッツェールの中で一つの疑問が生まれた。

 はて、なぜ今更安定性を高めるだけの詠唱を行っているのか? この魔女はそんな次元をとうに超えているというのに。

 わざわざ詠唱を加えなくても常に最大限に魔法の力を引き出せるはず。そしてその疑問はさらなる疑問の呼び水となった。

 ――明らかに周囲を満たす魔力量が増えている。

 ここにきてまだ魔力の上昇が認められたのだ。

 大前提として詠唱というのは練り上げた魔力を形にして作る際に組み込む事でより安定した魔法を発動する事を可能とする、いわば補助の役割を持つもの。

 つまり詠唱を唱えている時点で魔力の上限は決まっている筈。当然ディーネもその例に漏れずそう()()()

 だというのにどうだ、目の前で起きている常識を踏み越えたこの現象は。

 以前のディーネではとうに限界を迎えていただろう領域を突破してもなお、魔力の上昇は止まらない。そしてリッツェールに冷や汗が滲んだ頃、ついに詠唱が完成した。

 

「“極天の黒き(ジュバルト・)明星(グリューエ)”」

 

 詠唱を唱え終えた事で魔力の嵐がディーネを中心にして渦巻き魔法を形成していく。

 空に向けられた彼女の片手に収束していく膨大な魔力。初めは小さな手のひらサイズの球体でしかなかったそれは、瞬く間に膨張していき遂には空に届かんばかりの巨大な魔力玉となった。それは1秒にも満たぬ刹那の間に起きた事である。

 

「ほう、黒い星……か」

 

 感心したように漏らしたリッツェールは成る程と納得する。これはまさしく黒き星。

 視界を埋め尽くす黒い魔力玉の全貌を確認するのはここからでは不可能。しかしこれを生み出したディーネとの対比を見れば、そのサイズ感が狂わされる様を星と人に言い表せるだろう。

 ゆっくりとディーネが腕を振り下ろす。

 その巨大さ故に黒の巨星はゆっくりと進行しているかに見えるが、その実とてつもないスピードを持ってみるみると影の軍団との距離を埋める。

 

 ――そして着弾。

 

 地鳴りの音が消え、呼吸の音も消え。次には視界を真っ白に染める極光が襲い、全てのものを消しさる光が幻魔の群れを包んだ。

 死界が眩い光に覆われてからしばらくし、光が収まった後には来た時とまるで変わらない黒く死に満ちた世界が広がっているのみだった。

 地を埋め尽くす程の幻魔達は灰すら残さぬ光にさらされ、まるで初めから何も存在していなかったかのような完全なる消失を受けたのだ。

 

「影すら消し尽くす光、か。凄まじいな、全滅ではないか。手も足も出ないとはこの事か?」

 

 パチパチパチっ、と小気味よい音を拍手で奏でながらリッツェールは、高揚した声で前に立つディーネへと称賛を贈る。

 

「そうね。奴らなんて力を使わせなければただの動く的でしかない。そんなもの脅威にもならない塵芥よ」

 

 ディーネが乱れた髪を手ぐしで整えつつ、つまらなそうに吐き捨てた。

 しかしあれだけの大魔法を使った後にも関わらず、疲労の気配も見られないのはどう考えても異常。一体、彼女になにがあったのかと勝負そっちのけで好奇心を膨らますリッツェールにディーネが声をかける。

 

「それで? どうするのよ。

 あまりに開いてしまった力の差に怖気付いたのなら素直に負けを認めたら? 態度次第では認めてやらない事もないわ」

 

 ディーネからの己の勝利が絶対という自信をありありと含んだ台詞を前に、本来の目的を思い出したリッツェールは対抗心を刺激され堂々とした佇まいを崩さずに余裕を見せる。

 

「ぬかせ。純粋な火力では差をつけられたようだが、我の真価は別にある――波長の支配だ」

 

 波長を支配する。この能力こそが彼女の自信の現れ――その気になればどんなものでも自身の意のままに操れるのだから。

 

 再び辺りに地鳴りが轟き、まるで次の舞台のために用意された役者の如く新たな幻魔(おもちゃ)が現れる。しかしその形状とサイズは先ほどの人影とはまったく別次元のものだった。

 

「へぇ、これは……珍しいモノが出てきたわね」

「くくっ、丁度良い。久々に楽しめそうだ」

 

 先ほどディーネの放った魔力玉と比較しても謙遜ない巨大な影。

 しなやかさをもった長い身体を何重にも巻いてもなお、見上げなければ全身を把握する事が厳しい巨軀。その天辺――巨大な影の顔あたりから細く長い、まるで舌のようなものを使って威嚇するその姿は蛇を連想させた。

 

「生意気にもこちらを威嚇してくるとは。奴に声帯があったなら、さぞ聞くに耐えない雑音を撒き散らしていたのであろうな。もっとも、声帯があったらあったで我の力で封じていたがな」

「御託はいいからさっさと片付けに行けば?」

「せっかちな奴だ……どれ少し遊んでくるか」

 

 首を一度回して無駄な力を抜いた後、リッツェールが両足に力を込め地面を踏み締めた。それだけで足元から大きな罅が広がる。そして――力の解放。

 流星を彷彿とさせる鋭い疾さを持って大蛇に向かっていく。

 後に残ったのは大小の岩石が砂埃と共に勢いよく巻き上がり、それをもろに被った黒の魔女。すっかり汚れてしまった衣服や髪に視線を彷徨わせた後、煩わしげに大きく舌打ち。

 そして小さく後で潰す、とドスの効いた声で呟き見送るディーネだった。

 


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