少し物語を遡ります。
「...ふむ。夏風...か。初めて聞く名だな」
「...資料はここに一式ありますので...まもなく到着するものだと思われます」
「...了解だ。ありがとう、加賀」
「...いえ、仕事ですので。お気になさらず」
「そ、そうか...」
(どうしてこうなってしまったのかしら...)
1週間ほど前、私は熾烈な競争を勝ち抜き、秘書艦に任命された。
しかし、こんな絶好のアピールの機会だというのに私は提督とほとんど会話することなくもう1週間が経とうとしていた。
「...はぁ」
「...すまんな、加賀。新人の担当なんて気が重いだろう」
「あっ! いえ! そんなことは....」
恥ずかしくて提督と目が合わせられない。それがバレるのが嫌で業務上の最低限の受け答えしか返せない現状...。
これでは嫌っていると思われても仕方がない。せめて何かきっかけがあれば...。
「失礼します!あ、あの! 本日よりこの鎮守府に着任しました! 夏風です! これからお世話になります!」
元気よくドアを開け入ってきたのは新人の夏風...という艦娘だった。少し大人びてる気はするが、小柄な体格を見ると駆逐艦だろうか...。その子が入ってくると同時に私は提督の後方に下がる。
「おっ...私は...頼むよ...」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「うんうん....緊張...」
「は、はい!申し訳ありません!実は...お恥ずかしながら...」
(うーん...会話がよく聞こえないわね...少し下がりすぎたかしら...あっ...頭撫でられてる...いいなぁ...私もあんな風にアピールできれば...)
終始和やかな雰囲気の中、嬉しそうに話す提督。あんな顔久々に見た。
(そうそう、提督って見た目は強面なんだけど笑うと可愛いのよね...)
終始和やかな雰囲気で進む会話だが、唐突に新人の子から悲鳴があがる。様子を見ると新人の間近で提督が顔をしかめている。
(あー...また始まったか)
提督はど近眼な上に人との距離感というか、プライベートエリアなる概念が全くと言っていいほど欠如している。
そのせいか新しい子が入るとちゃんと顔を覚えたいなどと言い、すごい勢いで間合いを詰めて困惑させる。本人に下心などないのだから余計始末が悪いのだが...。
後から聞いた話では提督のこの行動で既に半分ほどの艦娘が陥落しているらしい。
「...おほん。提督、その子怖がってますよ」
「はっ!...すまない、夢中になるとつい...悪い癖だな。夏風くんもすまない、脅かしてしまったな。...どうやら私の勘違いだったみたいだ..はっは」
(全く...人の気も知らないで...これ以上ライバルを増やさないでほしいのだけれど...)
「...提督。彼女はおそらく長旅で疲れています。今日はこの辺にして部屋で休ませるのが先決かと」
「おお、そうだな。相変わらず加賀は気が回るな。...では悪いがこの子を部屋まで案内してやってくれ」
「...かしこまりました」
きっとこの子ならここで素直にありがとうって言えるんだろう。そんなテクニック私も欲しいものだ。
「し、失礼します!」
「おう、改めて明日からよろしく頼むぞ」
新人を提督室から連れ出すと、すぐに後ろで携帯をいじり出した。
駆逐艦や潜水艦たちの間で流行っている『インスタ』なるものでもやってるのだろうか...。
いや、今はそんなことより...
「...さっきはごめんなさい。あの人、集中するとああなっちゃうの...怖かったでしょ、意外と強面だものね」
「い、いえ! 少し驚きましたけど、大丈夫です!」
「...そう、ならよかった」
知りたい、提督に気に入られる技術。
提督同様無自覚かもしれないが、それでも...愛されるテクニックがあるのならどうしてもそれを享受して欲しかった。
藁にもすがる思いで口から言葉を絞り出す。
「....それと、一つ聞きたいのだけど...その...」
(聞け...聞くのよ、加賀。恥は捨てなさい)
「はい? どうしました?」
「...どうやって提督に撫でられたのかしら?」
「え!? どうしてそれを!?」
「いや、どうしても何も...後ろにいたから...」
ギョッとしたような驚愕した顔でこちらを見つめる夏風。え、何。私そんな存在感なかったかしら...ちょっとショック。
と言うかよく考えたらいい大人がこんな質問したら確かに変よね...。あ、そう思ったらすごい恥ずかしくなってきたどうしよう。めっちゃこの子も困ってるし...やばい、変な汗出てきた。
「えっと...ごめんなさい。急に変なこと聞いちゃって。このことは忘れて...」
「あの! 急ですが今夜お食事でもどうですか!? 先程の件を釈明したいですし!」
「しゃ、釈明...? まあ今夜は秘書艦業務が終われば時間はあるけど...そこまで大げさにしなくても...」
(え、別にあのとき何話してたかくらいでいいのに...)
「これには理由があるんです! ここでは言えないですが深い理由が!」
(撫でられるのは相応の理由があるっていうこと!? 引き寄せの法則的な!? 何それ、すごく気になる!)
「え、ええ。わかったわ。じゃあとりあえず部屋に着いたから荷物でも片しておいて。私の秘書艦業務は21時に終わるから、そのくらいの時間に鳳翔という居酒屋に来て頂戴。...じゃあまた」
唐突に飛び出るパワーワードと、夏風の動転っぷりに少し困惑してしまったが、日頃の鍛錬の成果もあり、なんとか冷静に対応することができた。
「は、はーい...楽しみにしてますー...」
「ええ、こちらも。素敵な理由待ってるわ」
視察官、夏風が勘違いにより釈明作りに苦悩する中、同じく勘違いをしている加賀は夜の食事会を心待ちにしているのであった。
次回以降はまた視察官視点に戻ります。場合によってはまた加賀視点を追加します。
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