BanG Dream!~青薔薇との物語~   作:TRcrant

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第17話 バレンタインデー

「もう2月か……」

 

期末テストまでもう間もなくという状況のこの時期、いつものように肌寒さを感じずにはいられない。

 

(こういう日って、布団の中は天国なんだよね……)

 

布団……別の名を悪魔のささやきとも呼べるそれは、この季節にはすさまじい効果を発揮してくれる。

悪魔の誘いを断れなければ、遅刻は免れないのだから。

そんな中でも、僕はいつものように身支度を済ませていた。

……いつもより少し遅いが、それも誤差の範囲内。

十分に間に合うはずだ。

 

「それじゃ、今日も行きますか」

 

こうして僕は、この日も羽丘女子学園に向かうのであった。

 

 

 

 

 

「一樹君、はいこれいつものやつ」

「お、ありがとう。いつものように食後のデザートにさせてもらうよ」

 

いつもの待ち合わせ場所で中井さんたちと合流した僕たちが電車で移動している中、思い出したように中井さんからチョコを手渡された僕は、お礼を言いつつカバンにしまう。

これも毎年この時期の恒例行事でもある。

そう、今年も来たのだ。

あの、2月14日……バレンタインデーが。

 

「そういえば、啓介のメール見た?」

「うん、見たけど……」

 

森本さんが言うメールとは、先日の夜に送られてきた一通のメールだった。

どうやら、僕以外にも一斉に送信していたようだ。

タイトルは『決戦の日』だった。

ちなみに、文面だが『ついに来たこの日が! 明日はバレンタインデー……女の子からチョコをもらう日だっ! 一年間の行いのすべての結果が、この日に判明すると言っても過言ではないっ! 男子諸君、男の真価が問われる日だ!! そして、女子よ! この俺、佐久間啓介の真価を見届けよ!!!』だった。

 

「なんとなく、言いたいことは分かるけど、あれは引くわ」

「うん。でも、温かい気持ちにはなれたよ?」

 

確かに寒い日に、熱血……もしくは情熱の塊と言っても過言ではないほどの暑苦しいメールが届けば、ある意味暖房のような感じになるのかもしれない。

今度、寒い日には啓介のあのメールを見て温まることにしよう。

 

(って、啓介のメールはカイロじゃないんだから)

 

自分で決めたことに自分でツッコむのは、ものすごく虚しいことを実感した瞬間だった。

 

「今年は唯一の男子のチョコの数に期待大ですなー」

「いくらなんでも、そうホイホイとチョコなんか貰えるわけないよ」

 

森本さんの小悪魔のような笑みを浮かべながらの言葉に、僕はため息交じりに返した。

アニメとかじゃないのだから、いくら何でも男子が一人しかいない状況でも、チョコをもらうなんてことはそうそうあるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、奥寺君。チョコレート♪」

 

……あった。

 

「とかなんとか言いながら、貰っちゃってますなー」

「ひゅー、モテモテだね~☆ 奥寺君」

「お願いだから、からかいに混ざらないで、今井さん」

 

今の状況にニヤリと笑みを浮かべながらからかってくる森本さんに続く形で言ってくる今井さんに、僕は頭を抱えるしかなかった。

 

「にしても、まだお昼休み前なのに、もう一杯貰ってるね」

「……どうすんの、これ」

 

目の前にあるのは、山盛りに置かれた大量のチョコだ。

学園に来たときは、比較的に平和だった。

これは間違いない。

僕も机の上がチョコで溢れかえるなんて、あるわけがないと笑っていた。

だが、それが一変したのがついさっきのことだった。

示し合わせていたのだろうか、お昼休みの前の最後の休み時間になった途端、一気にチョコを渡しに来る人が出てきたのだ。

その数は、二桁の折り返し地点を過ぎてから数えるのを止めたのでわからない。

明らかにクラスの人ではない女子からももらっている。

 

(なぜ?)

 

「あはは、高等部初の男子だしねー。それに、文化祭の出し物とかも評判良かったし」

 

前にも聞いていた今井さんからの情報。

前はそんなに気にもしてなかったが、今回の一件で改めてそのことに後悔した。

 

(こうなることが知っていたら対策が練れたかもしれないのに……)

 

まあ、できることなど全くないに等しいのだが。

 

「ふふふ、どうやら困っているみたいですなー、奥寺君」

「ん?」

 

そんな僕の様子に、不適の笑みを上げながら森本さんが口を開いた。

 

「お困りの奥寺君に、最強の秘密道具を進呈しよう」

「おぉ!!」

 

やっぱり森本さんだ!

こうなることを予期して、この状況を改善する手段を考えてくれていたのだ。

 

(心の中で悪魔って言ったこと、謝んないと)

 

「じゃじゃーん! 紙袋~!」

 

そんな僕に出されたのは、何の変哲もない紙袋だった。

 

「……これは?」

「そのチョコを入れられるね♪」

「………」

 

前言撤回。

森本さんは悪魔の中の悪魔だった。

結局、紙袋を受け取った僕は、その中にチョコレートを入れておくのであった。

 

「満杯になったんだけど」

「あはは……」

 

今井さんの空笑いが、この時だけはとてもつらく感じられた。

 

 

 

 

 

放課後。

僕にとってはある意味地獄ともなってしまったバレンタインデーも、終わりの時を迎えつつあった。

 

「うわー、これは悲惨だね」

「………もう当分チョコは見たくないかも」

 

僕の前にあるのは机の上に置かれた二つの紙袋の中に入っている、チョコの山だ。

 

(これ、どうやってお返しをすれば……)

 

もらったチョコのお礼をするホワイトデーが、ものすごく恐ろしくて仕方がない。

 

「そんな奥寺君に、はい。クッキー」

 

僕に差し出されたのは、チョコではなく、クッキーだった。

色からしておそらくはチョコ味だろう。

 

「これって、手作り!?」

「うん。みんなに配るために作ってたんだ。おかげで一日がかりになっちゃったよー」

 

そう言って軽快に笑い飛ばしているが、お菓子作りがどれだけ大変なのかは、一度もやったことがない僕でもわかることだ。

それを手作りする今井さんに、僕はある意味尊敬すら感じていた。

 

「色々とお世話になったからさ、そのお礼ってことで♪」

「あはは……ありがたく受け取るよ」

 

今井さんから受け取ったクッキーは紙袋ではなく、カバンの中にしまった。

今井さんの苦労を思うと、チョコ入りの紙袋の中にいれるのはかなり憚られたのだ。

こうして、思わぬ大量収穫となったバレンタインデーは幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

ちなみに、これは余談だが。

その日のバンド練習での出来事。

 

「ねえ、いつまで続くの?」

「知らねえよ」

 

スタジオで練習をしていた僕たちは、困惑しながらある場所を見ていた。

 

「ぬぉぉぉぉ!!! てやあああああ!!」

 

そこには、雄たけびを上げながら凄まじい速度でキーボードを弾く、啓介の姿があった。

その目には血の涙がにじんでいるようにも見えた。

 

「やっぱり?」

「ああ。惨敗だったみたいだ」

 

啓介の様子から、何となく察しはついたが、ここまでくるとかえって悲しくなってしまう。

 

「なぜだ!! なぜ、一樹は山のようにもらえるんだぁぁぁ!!! 主人公補正か? 補正なのか!!」

「………病院に連れて行ったほうがいいかな?」

「このままだといろいろとやばいわね」

 

ものすごく意味不明なことを叫んでいる啓介の様子に、僕たちは違う意味で心配になってきていた。

 

「一樹―、あなた宛てに、ポストに入ってたわよ」

「これって……チョコ?」

 

そんな時、スタジオにやってきた母さんに手渡されたのは、かわいらしい包装紙に包まれた箱のようなものだった。

時期から見て、間違いなくチョコだろう。

母さんは、それを僕に手渡すとそのままスタジオを去って行く。

残されたのは、茫然と箱を見ている僕と、そんな僕を何とも言えない様子で見ている田中君たち。

そして……

 

「ちっくしょおおおお!!! なぜだ! なぜなんだぁぁぁ!!!」

 

絶叫する啓介だけだった。

 

「こうなったら、お前の血肉をかっくらってでも!!」

「ちょっと、目が怖いわよ!」

「怖いから来るなっ!!」

 

スタジオ内が混沌に包まれる、バレンタインデーの一幕だった。

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

一樹が、スタジオで混沌とした状況に置かれている中、

 

「チョコ、喜んでくれたからしら」

 

彼の家を、思いをはせるように見つめながらつぶやく一人の少女が立っていた。

彼女の気持ちは本人のみしか知ることはできない。

こうして彼らは、新たな年を迎えるのであった。

 

 

第一部、完。




ということで、今回で、第一部は完結となりました。
次回より、ついに原作の話に入って行きます。
まだ登場していない彼女を含めて楽しみにしていただけると幸いです。

それでは、次回予告をば。

―――
季節は出会いと別れの季節の春。
新学期が始まる中、一樹はクラス訳が貼り出された掲示物を確認する。
それは、すべての物語の始まりを告げるものだった。

次回、第二部 第1章『始まりは唐突に』
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