BanG Dream!~青薔薇との物語~ 作:TRcrant
「それじゃ、今日の授業はここまで」
あれから数日が過ぎ、学園生活は相変わらずいつも通りだった。
「あ……」
教室の前に湊さんが待ち構えていることを除けば。
「今日こそ、一緒にバンドを組んでもらうわ」
「何度来ても答えは同じです。僕はバンドを組む気なんてありません」
これも何回繰り返したやり取りなのかが分からなくなるほどやり続けている。
すたすたと歩く僕の後を追いかけて、これでもかというほどに食い下がる彼女の執念には、僕も舌を巻いていた。
「僕みたいなのを誘うんだったら、もっとうまい人を誘えばいいのでは?」
「いいえ、あなたのピアノはとても繊細で素晴らしかったわ」
何を言ってもすべてが無駄で、あきらめてもらうのは至難の業だった。
(早くしないとバイトに遅れちゃうんだけど……)
皆には内緒で始めたアルバイトの勤務時間に遅れそうなので、本当であれば早くこの場を離れて向かうべきなのだが、
(何で、湊さんはここまで必死なんだろう)
僕の心の中では、彼女に対して疑問がいくつも出てきていた。
その疑問はやがて興味へと変わっていく。
「どうして僕なの? 僕のピアノは遊びのレベル。人に聞かせるような……ましてやライブとかで披露するほどじゃない。それは湊さんだってわかってるはず」
だからこそ、僕は彼女に問いかける。
僕の遊びの演奏を聞いて、勧誘してくる湊さんの真意を確かめるために。
「……ええ。確かに、あの時のピアノはまだまだだったわ。でも、あなたのピアノの演奏を聞いてたら、その曲の情景が広がっていくような感じがした。それは並大抵のレベルではできない芸当よ。そこで、私はこう結論付けたの」
そこで一度言葉を区切ると、こちらの目をまっすぐに見て
「あなたはあの時、
「………」
正直驚きを隠せなかった。
彼女の容赦ない言葉は置いとくにしても、ちょっとだけした演奏でここまですべてを読み取ってしまうその感性に……そして、彼女の持つ素質の高さに。
「どうかしら?」
「……確かに、あの時は少しだけ手を抜いていた」
あの時は、森本さんがいたこともあり、多少手を抜いて演奏していた。
僕にとっては気分転換の一種だったのも大きな理由だった。
現に、あれでもリフレッシュできた。
「それでも、僕はバンドを組む気はない」
疑問は解消した。
そのうえで、僕は再び拒絶する。
「……わかったわ」
長い沈黙ののちに、湊さんの口から出たのは、意外なものだった。
「それじゃ」
そう言って、湊さんはすたすたと立ち去って行ってしまった。
(……これで、よかったんだよね)
明日の放課後からは僕はまた静かな学園生活を送ることができるのだ。
これでよかったに決まっている。
それでも、なんとも言えない気持ちが、胸につっかえている気がしてならなかったのを、僕はなかったことにしつつ、帰路に就くことにするのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「で、話って?」
「奥寺君の事よ」
(そうだと思ったわよ)
呼び出された時点で、彼女の要件なんて想像がついていた。
今のはちょっとした確認でもあったのだ。
「私とバンドを組んでもらえるように説得をして欲しいの」
「いやよ」
どうせそんなとこだろうと思っていたから、私は即答で断った。
「どうして? 私は真剣なの。奥寺君のあのレベルの演奏が出来る実力があれば、私の理想とするバンドを組むことが出来る」
「理想……ね」
たぶん彼女は、一樹の才能に気づいている。
そのうえでスカウトをしている。
そんなことは言われなくてもわかっている。
(それに、湊さんは悪い人でもないし)
人を見る目に自信があるというわけではないが、少なくとも目の前の彼女は嘘偽りを口にはしていないし、悪い人ではないんは確かだ。
「悪いけど、私の答えはノーよ。それに、どんなに説得しても無駄だと思うわよ」
「……わかったわ。それじゃあ、どうすれば彼が私とバンドを組んでくれるのか……それだけでも教えてもらえるかしら」
どうやっても諦めるつもりはないようだ。
ここまでくるとある意味感心冴え抱いてしまう。
(それに、もしかしたら……)
一樹の過去のトラウマを解決するきっかけになるかもしれない。
「私が言ったことは絶対に言わない……それが条件」
「……わかったわ。善処する」
私の出した条件に、湊さんは過ごしだけ考えこむ仕草をすると頷いて答えた。
自分でも卑怯なお願いだと思う。
でも、一樹のトラウマを知っている以上、それに触れそうなことを言ったことを本人には知られたくなかった。
「ここの近くにある『Le
「『Le petit repos』ね。分かったわ。そこに行ってみるわ。ありがとう」
お礼を言って私の前から去って行く湊さん。
「どうか……」
―――一樹の枷を外して。
その言葉を私は飲み込む。
それは私のエゴであり、ただの一方的な願いなのだから。
「ここが……」
明美と別れてからしばらく経ち、友希那の姿は学園からしばらく歩いた場所にある、こじゃれた喫茶店の前にあった。
友希那は躊躇した様子もなく、ドアを開ける。
「いらっしゃい」
カランカランという心地よい音を立てながら開いたドアから、店内に足を踏み入れた友希那は店員の言葉を聞きながら、興味深げに店内を見渡す。
木目調の落ち着いた雰囲気を醸し出す喫茶店内は、談笑する者はおれど、控えめな声量でされており、落ち着いた雰囲気に溶け込んでいた。
(この音楽のせいかしら?)
店内に流れる落ち着いた曲調のクラシック音楽がその一因になっていることに気づいた友希那は、その音楽の発生源をすぐに見つけ出した。
喫茶店内の一番奥……壇上に置かれた一台の大きなグランドピアノ。
そこが音の発生源であった。
ゆったりとした店内の雰囲気を作っているそのピアノの音色を奏でていたのは、彼女が探していた一樹だった。
無表情だが、真剣な表情でピアノを弾いている一樹の姿は、喫茶店の雰囲気になじんでいた。
「……」
一樹の姿を見つけた友希那は、無言でピアノを演奏する一樹のもとに歩み寄っていく。
「ちょっといいかしら?」
「………」
一樹のそばまで歩み寄った友希那の呼びかけに、一樹は応えることなくピアノを弾き続けている。
「ちょっと――」
「お嬢ちゃん。ちょっといいかね?」
反応を示さない一樹にしびれを切らした彼女に声を掛けたのは、一人の中年の男性だった。
「嬢ちゃん、ここに来るのは初めてかい?」
「え、ええ」
男性の問いかけに、友希那は困惑しながらも応える。
「なるほど……お嬢ちゃん。ここでは演奏中の奏者には話しかけてはいけない決まりなんだよ。演奏してほしい曲があったらあそこに置いてある用紙に書いてあそこの店員に提出すれば弾いてもらえるよ」
「……ありがとうございます」
遠まわしに止めるように諭された友希那は、ある意味当然のマナーを破っていた恥ずかしさから中年の男性に頭を下げると、リクエストをするべく用紙を取りにカウンターへと向かっていく。
(リクエストは一曲までなのね)
カウンターに置かれたリクエスト用の紙を一枚手にした友希那は、紙に書かれている注意事項に目を通すと、カバンの中から自身の筆記用具を取り出すと、リクエスト曲を書き込む項目に曲名を書いていく。
「すみません、抹茶ミルクをお願いします。後これも」
「はい、承りました」
友希那はカウンターにいた店員に、メニューにあった抹茶ミルクを注文すると、同時にリクエスト用紙を手渡す。
そして友希那はカウンター席に腰かけると、ほどなくして出された抹茶ミルクに舌鼓を打ちながら一樹の演奏するピアノの音色に耳を傾けていた。
(静かで抑揚のある演奏……やはり、演奏技術は高いわね)
そんな中でも聞こえてくる一樹の奏でるピアノの音色に、友希那はそう評価をしながら聴いていた。
やがて、曲も終わり次の曲が始まろうとした時、友希那の注文を受けた店員が、ピアノの前に腰かける一樹のほうに近寄る。
「さっきリクエストされたんだが、どうする?」
「………」
店員の問いかけと共に手渡されたのは友希那が記したリクエスト用紙だった。
そこには『学校で弾いていた曲』と記されていた。
(湊さんだよね。………はぁ、しょうがない)
「構いません。承ります」
リクエストをしたであろう人物に、心の中でため息をつきながらも店員に応えた一樹は再びピアノの鍵盤に指を添える。
ピアノの演奏がない店内は静まり返り、どこかライブが始まる前の緊張感に似た空気が流れている中、一樹の演奏が始まった。
曲名は、一樹が幼少期に作曲したオリジナルの楽曲『鬼火』
速いテンポで最初から叩きつけるように奏でられるピアノの音色が喫茶店内に嵐を起こしていた。
前の演奏とは180度違うその曲調に、店内にいた客たちは最初こそ驚いた様子で一樹のほうを見ていたが、すぐに視線を外した。
ここ『Le petit repos』は、客のリクエストは基本的にすべて受けるのが特徴のお店であることを知っているからでもあった。
簡単に言うと、クラシックをリクエストする者もいれば、悪乗りでヘヴィーメタルやデスメタルをリクエストする者までいるのだ。
なので、テンポの速い曲を演奏したところで、大きな騒ぎになることはないのだ。
尤も、
「びっくりしたぁ、ここクラシックだけかと思ってた」
何も知らずに訪れた客にとってはその限りでもないが。
そんな一樹の奏でるその音色を、全員が静かに耳を傾けるようになっていた。
ほどなくして演奏が終わり、喫茶店内に静寂が流れる。
だが、それもまたほんのわずかな間で、誰かがリクエストしたであろう曲の演奏が始まると、喫茶店内はいつもの雰囲気に戻っていくのであった。
(やっぱり……)
そんな中友希那は一人、確信を得た様子でいまだに残っている抹茶ミルクに口をつけるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「それじゃ、お先に失礼します」
「ああ、お疲れ」
バイト先である喫茶店のマスターに挨拶をした僕は、そのままお店を後にする。
「……」
「あら、意外に早いのね」
外に出ると、待っていたのだろうか、湊さんの姿があった。
「さっきのあれ、どういうつもり?」
ちょうどいい機会なので、僕は疑問をぶつけてみることにした。
「さっきの?」
「とぼけないで。リクエストのこと」
僕の答えに、言わんとすることが分かったのか、”あれね”といった表情を浮かべる。
「一度あなたの演奏を聞いてみたかったのよ。奥寺君のピアノの実力が。そしてあなたの気持ちがね」
「………」
「あなたのこと、少しだけ調べたわ。大きなコンクールで金賞を取ってるわね」
一応聞いてみようと無言で促す僕に、湊さんはどうやって調べたのか、僕のコンクールの受賞歴を口にした。
僕はそれに無言で頷いて肯定する。
「さっきの奥寺君の演奏は、ピアノを弾きたくない人がする物ではないわ。本当に好きでなければ、あそこまでの演奏はできない」
「………」
(これは、侮ってたかな)
湊さんのことを甘く見ていたわけではないが、たった一曲だけで、ここまで僕の核心にまで迫ってこれる彼女のことが、少しだけ恐ろしく思えた。
「降参。僕は確かに、ピアノは嫌いではない。まあ、愛着を持っているほどではないけど、弾くのは好きだよ」
今の僕の答えを、ピアノを演奏することが本気で好きな人が聞けば、鼻で笑いそうな気もするけど、それが僕の正直な感情だ。
「一ついいかしら? それならあなたはどうしてバンドを組むのを拒むの? 奥寺君なら、キーボードとして十分にやって行けるはずよ」
「理由は二つ。一つは、僕はすでに幼馴染とバンドを組んでいるから。だから組めない。ダブルブッキングになった時、色々な人に迷惑をかける可能性がある以上、そんな無責任なことはしたくない」
僕がバンドをすでに組んでいることが意外だったのか、湊さんは驚いていて、それでいてどこか残念そうな表情を浮かべる。
本当は言いたくなかったけど、これを言わないのは彼女にとって失礼だと思ったので、僕は事実を告げることにしたのだ。
「そして、もう一つの理由は………優れた才能は、時に誰かの大事なものを壊してしまうことに気づいたから」
「……? それって、どういう――「いいよ」――え?」
僕の意味ありげな言葉に首を傾げる彼女に、僕は承諾の言葉を告げる。
「色々と付き合わせちゃったみたいだから、一回だけ湊さんと一緒のステージに立つ。もちろんキーボードとして、ね」
その提案は、いわば僕にとっての罪滅ぼしだ。
最初僕に勧誘しに来た時にきっぱりと言っておけば、湊さんは無駄な時間を費やさずに済んだはず。
これは、そのことへの贖罪だった。
「………つまり、バンドを組むことはできないけど、一度限りではあるけど一緒にステージには立つ……ということね?」
僕は確認するように言ってくる湊さんに、肯定するように無言で頷く。
「いいわ。それなら、明日の夕方にライブハウスで歌う予定だからそこで演奏をお願いするわ。これがその曲の楽譜よ」
「わかった……って、明日!?」
「期待してるわ。奥寺君」
何とも急な日程に驚く僕をよそに、湊さんはそれだけ言うとすたすたと去って行ってしまった。
(やれやれ……これは余計なこと言っちゃったかな)
そんなことを言いつつも、どこか心の中ではワクワクしていた。
何せ、久しぶりに大勢の観客の前で演奏するのだ。
ワクワクしないほうがおかしい。
『僕の居場所を、奪わないでっ!!!!』
未だに耳にこびりついたように残っている悲痛な声。
僕はその声を振り払うように軽く頭を振ると、家に帰るべく歩き出すのであった。
色々と思う所があったため、これまで書いていた本作の一部を修正(書き直し)しております。
修正にはかなりの時間を要しますが、今しばらくお待ちいただけると幸いです。
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