BanG Dream!~青薔薇との物語~ 作:TRcrant
いつもの練習スタジオには、既に紗夜さんの姿もあり、いつもであれば練習開始となっていたのだが。
「わぁ、スタジオ独特の空気って懐かしいなぁ~」
「……湊さん、一樹さん。この人たちは一体」
スタジオの中を懐かしそうに見渡している今井さんと、緊張からか忙しなくあたりをきょろきょろしているあこさんの姿に、紗夜さんは困惑を隠せない様子だった。
「あ、挨拶遅れてごめん。アタシは今井リサって言って、友希那のバンドの練習を見学しに来たんだ!」
困惑する紗夜さんの手を取った今井さんはぶんぶんと上下に振りながら自己紹介をする。
その凄まじいコミュニケーション能力の高さに、僕は舌を巻いていた。
「宇田川あこです! 今日はドラムのオーディションを受けに来ました!」
「オーディション? 湊さん、一樹さん。どういうことですか?」
あこさんの口にした『オーディション』という単語に、こちらに問いかけてくる紗夜さんに、どう説明したものかと考えていると、湊さんが先に口を開いた。
「それは、リサと奥寺君が……あ、いいえ。私が彼女のテストを許したの」
「……ということは、実力のある方なんですか?」
「努力はしているそうよ」
ドラムのほうに移動してスタンバイを始めているあこさんをしり目に、紗夜さんは不安そうな様子で湊さんに確認をとっている。
「貴重な練習時間を使って、ごめんなさい。でも、五分で終わらせるわ」
(僕も準備を始めるか)
湊さんが準備を始めたのを見て、僕もキーボードの前に移動する。
電源を入れて、いつでも演奏可能な状態にさせたところで、スタンバイは完了だ。
「リサ姉! 一樹さん! あこ、絶対に合格するように頑張るから!」
「うん、あこファイトっ」
「僕も、応援するよ」
ウインクしながらあこさんにエールをを繰る今井さんに続いて、僕も応援の言葉を投げかける。
「……同じリズム隊のベースがいれば総合的な評価ができるのですが」
そんな中、紗夜さんが口にした意見は、当然のものだった。
ドラムと同じくリズムを刻むベースがいれば、大方の評価は出すことができる。
「そうね……でも、さすがに仕方ないし、このまま――」
(僕がやるか? いや、でも……)
複数の楽器を弾けるというカードを切るのは、かなりのリスクを伴う。
田中君から何も案が来ていない以上、下手なことはするべきではないだろう。
「あ、あのさっ」
僕がそう結論を出した時、手を上げた人物がいた。
「アタシじゃダメかな?」
それは、今井さんだった。
「リサ?」
「え!? リサ姉ッてベーシストだったの!?」
「昔ちょっとやってたんだよね。借りてくるからちょっと待ってて」
今井さんの言葉に、驚きを隠せない湊さんとあこさんの二人にそう言いながら、今井さんはスタジオを出て行った。
(まさか今井さんがベーシストだとは……世の中、意外なものって存在するもんなんだね)
最初に会った時は、音楽をやっている印象が全然なかっただけに、僕ですら驚いたくらいだ。
とはいえ、湊さんの驚きかたは、どこかみんなのとは性質が違うような気がする。
(そうとなると、前に一緒に演奏とかしてた? でも、どうして今はしてないんだろう)
踏み込んではいけないとは思いつつも、僕は疑問を抱かずにはいられなかった。
「おっまたせー! 準備できたよっ!」
数分してベースを借りてきた今井さんはピースをしながらスタジオに戻ると、手早く準備を済ませていた。
「……湊さん、彼女は本当に弾けるんですか?」
紗夜さんの不安な気持ちもわからなくもない。
そんな紗夜さんに、湊さんは表情を変えることなく静かに口を開く。
「譜面を見ながらなら一通りに弾ける……と思う」
「一通り……ね」
湊さんの答えを聞いた紗夜さんが、今井さんの手をじっと見つめる。
「あ、ネイル? 大丈夫、アタシ指弾きはしないから」
「スタジオの備品なんですから、変な弾き方をして楽器を傷つけないでくださいね」
紗夜さんの注意に、今井さんは”はーい!”と軽い感じで返事をした。
ベースは指で弾くものだと思う人もいるかもしれないが、ギターと同じようにピックを使って弾く人もいる。
ピックと指弾きとでは音の感じも違うのが、ベースの面白いところでもあるのだ。
「ごほんっ! まあ、私は宇田川さんのテストなら問題ありません」
今井さんのそれにペースを乱されたのか、紗夜さんは軽く咳ばらいをしながら最終的には今井さんがヘルプに入るのを認めた。
「それじゃ、行くわよ」
湊さんのその言葉と同時に、宇田川さんがドラムのロータムを叩いた瞬間だった。
「ッ!!」
突然感じた”それ”に、僕は息をのむ。
僕が感じた”それ”の正体に、僕は察しがついていた。
(この引きこまれていくような感じ……まさか、”共鳴”!?)
――共鳴
それは僕が勝手につけた名前であり、正しい名称ではない。
父さんが昔、僕に教えてくれた『機材や演奏場所などの環境とベストメンバーという条件』すべてをクリアした時に発生する現象だ。
この現象が起こると、僕たち頭では理解できない、もっと根幹部分の何かによって、凄まじく最高の演奏ができるようになるのだ。
(まさか、ここ
僕や啓介といったHPのメンバーで演奏した時に起こった現象のそれは、火事場の馬鹿力のようなものなのかもしれないが、同時に今演奏しているメンバーはまさにベストメンバーであるという証明にもなるのだ。
(とはいえ、少しだけ弱い)
それでも、前にその現象が起こった時と比べると、かなり弱く感じられる。
それは、条件が完全に一致していないことの表れだ。
(やっぱり、僕……だよね)
僕という存在が、彼女たちのバンドにとってベストなメンバーではないことを、僕はあらためて証明したのだ。
元々抜けるつもりだったけど、これはこれでなんだか悔しい気持ちになる。
そんな僕の気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりに、演奏は終わり、重苦しい沈黙がスタジオ内を包み込む
「あ、あの……みんな黙ったままだけど、あこバンドに入れないの?」
その重苦しい沈黙を破ったのは、おどおどした様子で声を上げたあこさんだった。
「……え、ええ。ごめんなさい。合格よ。紗夜に奥寺君はどう?」
「私も、異論はありません」
「右に同じく」
「……ッ! いやったぁー!」
正気に戻った湊さんと彼女に意見を求められた紗夜さんと僕の言葉を受けて、あこさんは飛び跳ねんばかりに両手を広げて喜びをあらわにした。
「なんだか、ドラムをたたいた瞬間、いつもよりも叩けるようになったんです! 初めて一緒に演奏したのに、体が勝手に」
どうやら僕が感じた現象は、僕以外でも感じていたようで、あこさんは興奮のあまり言葉がめちゃくちゃになっていたが、僕が感じていたのと同じような感覚だったことが伝わってきた。
それとは対称的に湊さんと紗夜さんも信じられないといった表情を浮かべていた。
「湊さん、これって……」
「ええ。雑誌で読んだことがある技術やコンディションだけではない、場所や機材といったその場でしかそろいえない条件下でのみ奏でられる『音』……誰もが感じることができない『感覚』だと書いてあったけど……」
「それって、奇跡みたいですね!」
(なるほど、確かに一理ある)
この現象の名前にまた一つの名称が誕生した。
どちらも、この現象の特徴を十二分に表していると思う。
「そうね……その通りかもしれないわ」
「宇田川さん、これからもよろしくお願いしますね」
とまあ、こうして無事にドラムのメンバーは見つかった。
(後はベースだけど……一人しかいないかな)
「湊さん」
「……何?」
先ほどの一件もあってか、湊さんの僕に対する視線はやや鋭い。
でも、僕はそれを気にすることなく、提案を口にした。
「ベースのメンバーとして、僕は今井さんを推薦したいんだけど、どう?」
「えぇ!?」
僕の提案に一番驚いたのは、推薦された今井さんだった。
「で、でもあたしはあくまでヘルプで弾いただけだから」
「確かに、宇田川さんのオーディションのヘルプで弾いただけ……ですよね?」
たぶん知り合ってから初めて見るであろう今井さんの慌てた様子の言葉に、紗夜さんも加わり、湊さんのほうに視線を向ける。
おそらくそれは、湊さんの決断にゆだねるという意味なのだと思う。
「……技術的に見て、メンバーだと認めることはでいない」
湊さんの口から出たのは、否定的なものだった。
「ッ……そ、そうだよね。あはは」
湊さんの言葉に、一瞬ショックを受けたような表情を浮かべたものの、すぐに笑みを浮かべて笑い飛ばした。
それは、心配をかけないように気丈に振舞っているようにも思えた。
(彼女がこのバンドにふさわしいというのは、音で証明されている……こうなったら僕のほうから)
湊さんの言う通りなのかもしれない。
それでも、湊さんの答えが誤りであることは先ほどの演奏での”音”が証明している。
「ただ」
今井さんのためなのか、自分のためなのかはわからないけど、僕が認めさせようと口を開こうとした時、湊さんが言葉を付け足した。
「今のセッションはとても素晴らしかった。そうでしょ? 紗夜」
「ま、まあ……今の曲に限れば、ですが」
それが決定打だった。
「それじゃ、この五人でバンド組もうよ!」
あこさんのその言葉に、異論を唱える人は誰もいなかった。
こうして、ついにギターにボーカル、ドラムにベース、そしてキーボードのメンバーが全員そろったのであった。
僕という名の、不適合者を含めた状態で。
第3章、完
今回で、本章は完結です。
次章辺りで、Roselia結成編になりそうです。
では、次章予告をば。
――
バンドメンバーが五人そろい、本格的に活動を始めようとする友希那。
だが、そんな中で一樹はバンドを抜けようとしていた。
次回、第4章『バンド、爆誕』
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