トールズ士官学校、それはここ、エレボニア帝国に存在する士官学校の一つ。
獅子戦役を終結させた帝国中興の祖、ドライケルス大帝によって設立された歴史ある士官学校であり、エレボニア帝国の帝都であるヘイムダルから列車でおよそ三十分ほどの距離に位置する都市、近郊都市トリスタにある。
身分制度のある帝国にありながら、出自の差に関わらず優秀な人材を集めることが特徴のこの学院は、今日は入学式。学院に新たな風が吹き、若人が顔を引き締めて集まってくる。そんな日なのだが…………
「うぇぇ…………」
決してグロッキーになるような日ではない。
駅の入り口付近の階段に腰かける青年は、青ざめた顔によく似合う呻き声を上げていた。少し滲んだようなクリーム色の髪も、今の彼の体調をよく表しているようにも思える。
「気持ち悪い…………吐きそう…………」
「大丈夫か?」
「今この状態を見て…………大丈夫だと思うんなら…………病院行ってこい…………」
彼の隣に腰かける黒髪の青年の声かけに、簡単なジョークを返すくらいには元気なようだ。それを確認すると、となりの黒髪の青年、リィン・シュバルツァーは呆れるような目で彼を見た。
「そうは言っても、お前のせいでトリスタにつくのが今日になったんだぞ? カムイ」
青ざめた顔を申し訳なさそうにさせながら、カムイ・シュバルツァーは視線を反らす。
そう、本来彼ら二人は昨日の夜にはここ、トリスタについて一泊してから入学式へと向かう予定だった。しかし、一つ問題が起きた。
カムイは、乗り物酔いするのだ。
そんな事を、第二の生をこの世に受けてから一度も乗り物に乗ってこなかった彼は完璧に忘れてしまい、そのまま列車に乗車。
案の定列車に酔った彼はどうにか踏ん張ったが、リィンが今にも吐きそうになる彼を見かねて途中下車。そして通りすがりの駅の宿で一泊することになったのだ。
「それも朝買った酔い止めを朝宿で飲んで、そのまま忘れてくるって…………相変わらずしっかりしてるのか抜けてるのかわからないな」
「ごめん…………ほんとごめん…………」
カムイも今回ばかりは自分が完璧に悪い事を自覚しているため、リィンに謝罪するしかない。
彼も乗り物酔いする事実には列車に乗る前に気がついていたが、前世では電車に乗っても酔うことはほとんどなかったため大丈夫でしょとたかを括っていた。
が、彼が前世で乗っていたのは電車。彼がトリスタへ来るために乗ったのは列車だ。
電車よりも幾分も性能等が悪い列車は、電車よりも揺れる揺れる。それには酔わない必勝法である『遠くを見続ける』でさえ勝つことは叶わなかった。
「近くに公園があるな。そこにきっとベンチでもあるだろうから、カムイはそこで休んでろ。俺は水を買ってくるから」
「ほんと…………ごめん…………」
「今度から気をつけてくれよ?」
微笑を返しながら、リィンは駅の中にある購買へと向かった。
「立と…………」
弱々しい声と共に、ふらふらと立ち上がる。これでも山岳部ユミルに生息する熊を一人で狩るくらいには戦闘能力はあるはずなのだが、今やその雰囲気は欠片もない。
ただの阿保だ。
暖かな春の風が吹くが、残念ながら彼が今求めているのは生ぬるい風ではなく涼しげな、それこそ気持ち悪さが少しはマシになるような風だ。
ユミルではあまり見ないライノの花が、満天に咲き誇っているとしても、今の彼にそれを見て感傷に浸る余裕もない。
今はただ、とりあえず休みたい…………
「くっそぉ…………宿の部屋のベッドの脇の棚ぁ…………なんで忘れるんだよ俺ぇ…………」
誰もいなくなった部屋にポツンと取り残されているであろう酔い止めの薬を忘れてしまった、一時間前の自分へ恨み言を吐きながら、ゆらゆらと覚束ない足でやっと公園へとたどり着いた。
とは言っても、公園と駅の入り口の間にさほど距離はなく、数十秒とてかからないぐらいの物なのだが、今の彼にはその程度の距離さえかなり遠くに感じてしまう。
「はぁ…………幸先悪いなぁ…………お願いだから…………これが不運の序章とか…………あるあるな事はやめてくれ…………俺に主人公は無理だ…………そゆのはリィンにやらせとけ…………」
横を通っていく人の誰もが内容を理解出来ない事を口にしながら、今後に不安がるカムイ。
もう前世の世に蔓延っていた転生というジャンルを本当に体験した身として、そういう冒険譚には彼も憧れているが、今こんな状態でスタートする主人公なんて見たことも聞いたこともない。
「ま、とりあえず…………一休み…………ん?」
やっとの事でベンチの前までたどり着いたが、そこでカムイは髪と同じ色をした眉を潜める。
なぜなら、そこには銀髪の少女が気持ち良さそうに寝息をたてて寝ていたからだ。
いやここで寝る? ちょっと無防備すぎない? とか老婆心を顔にありありと浮かべていると、彼はあることに気がついた。
「同じ赤の制服?」
彼女が身に纏っているのは、カムイやリィンが着ているトールズ士官学校の制服。だが、ここまで来る道のりで、彼はあることに違和感を覚えていた。
それは、制服の色だ。
貴族も庶民も入り交じるトールズ士官学校だが、身分差を明らかにするためか制服の色に違いがある。
庶民なら少し濃い緑色、貴族なら白と言った具合にだ。
だが今カムイが着ているのも、リィンが着ているのも、目の前の銀髪の少女が着てるのも赤い制服だ。
(赤の制服が普通だと思ってたけど…………行きの列車じゃ逆に赤の制服の生徒を見つける方が難しかった…………これ何の意味があるんだ?)
頭を回転させて考えるが、それよりも酔いからくる視界の回転の方が強い。目の前の少女には悪いが、少し起きて場所を開けて貰おうと手を伸ばす。でなければまた吐き気を催しそうだ。
カムイ の 声を かける!
「なぁ…………ちょっと」
「すーっ、すーっ」
しかし効果はないようだ…………
再度 カムイ の 声を かける!
「おーい…………ねぇー」
「すーっ、すーっ」
「…………駄目だこりゃ」
カムイは諦めた!
反応がない。というより、よほど深い眠りに入ってるのだろう。カムイが声をかけようが少し体を揺すろうがまったく反応がない。
死んでんじゃないだろうななんて不謹慎な事がカムイの頭に過るも、呼吸はしてるのでそれはない。というか大陸一とも言える都市に簡単に遺体が転がっているわけがない。
一向に起きてくれない銀髪少女に諦め、少し遠くに空いているベンチへ向かおうとした時、彼はふと思った。
待って、今この子完全な無防備なんじゃない? と。
それだけ聞くと犯罪者目前、お縄にかかってくださいと言わんばかりの考えだが、カムイは決してやましいことを思ってそれを考えたんじゃない。
(だって呼んでも起きないんだぞ? ちょっと悪い奴らが来てもなんも抵抗出来ないじゃん。それは駄目でしょ)
見てしまい、状況を理解してしまっては、カムイはそれを放っては置けなかった。
元はこんなお節介なんて焼くような性格ではなかったが、生まれた時から一緒にいる正義感増し増しな朴念人から多大な影響を受けたせいだ。
本人もそれを知ってか知らずか、苦笑と諦めの意を込めた笑みを浮かべつつベンチの端へ体を預ける。
空は気持ちのよすぎるほどの晴天。蒼穹と言っても過言じゃないくらいには晴れ渡っている。花も咲き、通る人々の顔も晴れやかだ。なのに…………
「なんで俺はこんな幸先がわりぃんだよ…………」
自業自得。たった四文字で彼の疑問は解決されるのだが、この四字熟語は今彼の頭にはない。清々しいのは空だけでなく、彼の頭もなのかもしれない。
が、これが頭に浮かばなかったカムイでも、
「あれ? これ…………あの階段とこと状況変わってなくね?」
見事、歩き損だったということにはしっかり気がついたようだ。
満開に咲くライノの花も、今のカムイにはなんだか笑われてるようにしか思えなかった。
━━━
訪れ、また出発していく列車の汽笛が鳴り響く駅構内。購買で買った水を手にしながら、リィンは珍しい光景に息を飲んだ。
「結構な量の列車が来るんだな…………ユミルとは大違いだ」
エレボニア帝国北部の山岳地であり、リィンとカムイの育った地はここトリスタと比べればはっきり言って辺境の地だ。そんな所で長い間過ごしてきた彼からすれば、ここにあるほとんどは目新しい物であるのも納得がいく。
彼の相方にそんな余裕がなかっただけで、リィンのような反応が普通なのである。ここは間違えてはいけない。
「駄目だ、急がないと。カムイを待たせてる」
こうやってリィンが行き来する列車に目を取られる間にも、カムイはうげーっと項垂れてるのだ。
元来お人好しな彼にとって、どれだけそれがカムイの自業自得であったとしても、見過ごすという選択肢はない。
大量に並ぶ列車の壮観な光景から目をそらし、カムイの待つ公園へと足を運ぶ。
が、列車の方に少しでも意識が向いていたのが駄目だったのだろう。
「きゃっ!」
リィンはなにかにぶつかった衝撃と共に、可愛らしい悲鳴が前方からかかる。少し慌てながら体勢を整えると、リィンの眼前ではぶつかられた少女が彼の方を振り向くところであった。
「悪い、ボケッとしていた。」
「大丈夫、私もこんな所で立ち止まってたから。お互い様ね」
そういう少女は可憐な金髪を翻しながら、ぶつかった拍子に落としたトランクを拾う。
「トランクは大丈夫か? 落としたみたいだけど…………」
「ええ、心配しないで。あっ…………」
そこで、金髪の少女はなにかに気がついたようにはっと口を開く。
「あなたも赤い制服なのね。来る途中で同じ制服を見なかったから、少し不安だったの」
「そうなのか。俺も一緒に来た奴も赤い制服だったけど、確かに他に同じ制服の人は見なかったな。どうやって別けているんだろう?」
「さぁ?」
金髪の少女も何も知らない様子だったが、彼女は思い出したようにポケットからあるものを取り出した。
それは中折り式の端末のような物、中心部にはこの帝国のシンボルである獅子の紋章が記されている、士官学校の物にしては精巧な造りの
「これの説明、あなたはなにか受けた?」
「いや、俺も何も知らない。制服と同じように届いたから持ってきたって感じだ」
わからない事があまりにも多すぎる。これはリィンや金髪のしょうもないだけでなく、絶賛酔いにうなされるカムイも同じこと。
首を傾げながら少し考えるリィンであったけれども、それは目の前の金髪の少女の言葉に遮る事となる。
「でも、同じ制服ってことは、もしかしたら同じクラスになるかもね」
「それもそうだな。その時はよろしく頼む」
「こちらこそ、それじゃ私はこれで。入学式に遅れないようにね」
優しげな笑顔を向けながら、金髪の少女は一足先にトールズ士官学校の門へと向かっていった。
「あっ、そういえば名前聞いてなかったな…………」
今更ながらその失態に気がついてももう遅い。もう彼女はかなり先に行っているし、今から声をかけるのも不自然だろう。
「ま、まだ話す機会はあるか。」
同じ新入生であれば、クラスが異なっていてもすこしはまた関わる機会があるはず。話すなら、またその時で構わない。
そう自分に言い聞かせ、リィンは公園で魂が抜けたような状態でいるであろう自分の義理の兄弟の元へ足を向ける。
が、そこでリィンはカムイの状況に眉を潜めた。
「なんで座ってないんだ? カムイ」
「…………」
素朴な疑問を、ベンチの側面に背中を預けているカムイに投げ掛けると、カムイは答えずに無言で顎をベンチ向けた。カムイの指す方向を見て、そこでやっとリィンは状況を理解した。
「なんだ、そういうことか」
「いや見て気づけよ…………お前が仲良さげに…………ナンパしてる間にこっちは気持ち悪くて唸ってたってのに…………」
「ナンパじゃない、ただぶつかっただけだ」
「リィンが言うと説得力がないんだよ…………」
「失礼な」
買った水を投げながら、リィンは不本意そうに顔をしかめる。彼としては普通に接していただけなのでそう思うのも仕方がないのだが、鈍感人たらしな一面を何年も見ているカムイからすれば、疑いたくもなろう。
まぁ、結局は前世にそういうチャンスに一切報われなかった彼の妬み嫉みなだけなのだが。
「ふぁ~…………生き返る」
「年寄り臭い事を言うなよ」
「ほんとにキツかったんだもん。許してくれや」
リィンが買った水を一気に飲み干して、幾分か顔色がよくなるとカムイはつい先ほどよりかはまともな足取りで立ち上がった。
「ごめんな買ってもらって。いくらだった?」
「別にいいさこれぐらい。貸しにしておくから」
「えっ、普通に嫌なんだけど。」
リィンに借りを作れば九分九厘の確率で面倒事を手伝わせられるのは嫌というほど理解してるカムイは、嫌だという感情を隠しもせずその整った顔にありありと浮かべた。
そこで少し押し問答があったが、結果としてこれはリィンの貸しということになった。終始カムイは顔をしかめていたが、決まった事は仕方がない。むしろ原因はカムイにあるのだからこれぐらい認めるべきだ。
「で、そろそろ行かなきゃいけない訳なんだけどさ…………この子どうする?」
「起こすしかないだろう」
リィンはさも当たり前のように言う。が、何度呼んでも起きなかった彼女がそう簡単に起きるとも思えないカムイは、なにかいい案はないかと試行錯誤を繰り返す。すると…………
「んんっ…………」
「「あっ」」
パチリと、銀髪の少女は目を覚ました。
ノロノロとした動きで起き上がりながら、まるで近くにいるリィンやカムイなど気にも止めていないように大きく伸びをした。
「ふぁぁぁ~~~」
「えっと…………おい」
マイペースな彼女に、カムイは声をかける。すると、眠たげな目をカムイに向けて…………
「ん、なに?」
面倒臭そうにそう答えた。
「いや、こんなとこで一人で無防備に寝てたら危ないぞ。」
「平気、よくあることだから」
「よくあるって…………あのなぁ」
こいつは街中でああやって無防備に寝てるのか? だとしたら危機管理能力ガバガバじゃねーか。と、年長者(前世も含め)として呆れていると、軽い身のこなしで椅子から降りた。
「ん、そろそろ行かなきゃ」
そう言って、ついさっき金髪の少女が向かった先へと、彼女は駈け足で行ってしまった。その小さな後ろ姿を見ながら、カムイはため息を吐いた。
「年頃の女子として、あれはどうなんだ一体…………」
「そこには同感だ。なんだか猫みたいな子だったな…………」
「猫…………」
猫、という単語を口のなかで反復させると、カムイは少し目を輝かせながらリィンを見た。
「なぁ、トリスタに猫っていると思う? 加えるなら三毛猫」
「…………寮内はペットの飼うのは禁止だったはずだぞ」
「うっ……別になんも言ってないだろ」
いや、顔にそうやって書いてあるんだがと思ったが、ここは言わない方がいいとリィンは判断した。言ったら絶対に面倒な事になると、勘だが。
「俺達も行こう、入学式早々遅刻なんてしてられない」
「そだな。行くか」
カムイの返答にあわせて、二人はトールズ士官学校を目指した。
行く道中、忙しなく猫を探すカムイの姿を、リィンは見なかった振りをした。
━━━
大きな拍手と共に、トールズ士官学校の学院長であるヴァンダイクの長い長いためになる話が終わり、入学式も終盤に差し掛かるなか、カムイはうんうんと首を縦に振るう。
学院長の言葉に感銘を受けたのではない。
加えれば、学院長の話に同感できる物があった訳ではない。
ただ、
「コクっ…………コクっ…………」
眠たくて船を漕いでいただけの話だ。
こういう集会の話はカムイにとってはただの気持ちいい子守唄でしかない。加えて朝に弱い彼が早くに叩き起こされ、少し寝不足気味だったのも祟ったのだろう。
「おい、そろそろ起きろ。もう入学式も終わるぞ」
「はへ? ああ、サンキュな」
横からとんだ声に体をピクッと反応させると、カムイは重たい瞼を開いた。潤む瞳で視界が霞む。
「話を聞かずにうたた寝とは、感心しないな」
「朝早くてさ、それにこういうのをずっと聞くとは得意じゃないんだよ」
目を擦りながら顔を声が飛ぶ隣へ動かす。すると珍しいこともあるもので、横に座る少年はカムイやリィンと同じ赤い制服を身に纏っていた。
「なぁ、赤い制服着てる奴、少なくないか?」
「うむ。それは確かに俺も感じた。だがそれもなにか意図があるんじゃないか」
「その意図は、まだわからないけど。そう言えば、なにかその件について言ってなかった?」
「赤い制服については何の話もなしだ」
「そか。あっ、自己紹介してなかったな。俺はカムイ・シュバルツァー。よろしくな」
「ガイウス・ウォーゼルだ。帝国に来て日が浅いから、よろしくしてくれると助かる」
「もちろん。友人は多い方がいいしな」
「同感だ」
リィンと違い、しっかり自己紹介をした二人はにこやかに笑いあった。そんな時、壇上から彼ら新入生へ向けて、教頭から声が飛ぶ。
「これにて入学式を終了する。以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること」
壇上に立った口ひげの教頭のその言葉を切欠に、生徒達が三々五々と席を立ち迷うことなく自分のクラスへと向かっていく。
そんな中、講堂には迷える赤い子羊達だけが残る結果となりつつあった。
「入学案内書にそんな事書いていたか?」
「いんや、隅々まで読んだけどそんな事はどこにも書いてなかったな。記入ミスか?」
どうする? と二人で頭を悩ませている。クラスがわからなければ動くことも出来ないし、かといって今教師達に聞くのも少し億劫だ。
と、そんな悩みを抱えていると今度はまた違う声が講堂に響く。
「はいはーい! 赤い制服の子達は注目~」
士官学校とは思えない緩やかな声が聞こえ、ガイウスとカムイは聞こえた方向へ顔を向ける。
講堂の横で講師として立っていた一人の女性がにこやかな笑みを浮かべながら路頭に迷う赤い制服を着た生徒達を呼び掛けていたのだ。
「クラスがわからなくて戸惑ってるみたいね。実はちょっとした事情があってね…………君たちには今から、『特別オリエンテーリング』を受けてもらうわ」
ピンクがかった髪の女性の声に、カムイやガイウス、リィンを含む赤い制服の生徒達はどよめき始める。
(オリエンテーリング? 確か親睦を深めるゲームみたいな奴だよな。)
前世で体験したオリエンテーリングを想像しながら、この後行われるであろう事に大体目星をつけていく。
途中、仲間にハブられたり、仲間に入れてもらうもなかなか嫌な顔をされたりと少し思い出したくない記憶が出てきそうになったので、カムイは、考えるのをやめた。
決して友達がいなかった訳ではない。数は少なかったがいなかった訳ではないのだ。彼の名誉のためにここに明記しておこう。
「なにをするかは、また後で説明するわ。とにかく今は私についてきて」
そう言うやいなや、彼女は足早に講堂をあとにする。彼女を追う他の赤い制服の生徒の姿も見られ、その中にはリィンの姿やリィンが早朝にぶつかった金髪の少女。加えて猫みたいなあの銀髪の少女の姿も。
「行くしかないようだな」
「みたいだな。ま、そんな大事はないでしょ」
ガイウスに余裕の笑みを見せながら答え、カムイもリィン達のあとを追った。
(オリエンテーリングだろ? はみごにさえならなきゃ問題ないね。それにリィンもいるから、それもない。心配する事がないっていいわぁ)
緩みきった顔で歩くカムイに、大丈夫かこいつと不安がるガイウスの視線が刺さるが、残念ながら彼がそれに気づくことはなかった。
━━━
彼らがつれてこられた先は、トールズ士官学校の旧校舎。最初に見た新校舎より薄暗く、なにか出そうな雰囲気を漂わせているその校舎を見て、カムイの余裕の笑みは蒼白顔へと早変わり。
「オリエンテーリングする空気の場所じゃないじゃん…………これ絶対なんか出るって…………オで始まってケで終わる三文字の奴出るって」
「なんだ、怖いのか?」
「は、はぁ!? こ、怖くねぇし!!」
幽霊とかそんなのはすべて空想上の物だ。人間の魂がそんなふわふわ浮いてるなんてあり得ないそうあり得ないのだ。
と、内心ビビりながらも周りに続いて旧校舎へと入っていく。
中はより鬱蒼としており、お世辞にも味があるとは言えない。はっきり言ってボロい。
「サラ・バレスタイン。君たちⅦ組の担任をさせてもらうわ」
「Ⅶ組?」
あの講師の人美人だなーとかどうでもいいことを考えて恐怖をごまかしていると、自分の耳に少しおかしな事が聞こえ、カムイはおうむ返しの要領で聞き返した。
「あの教官…………この学院は、全部で五クラスで編成されるはずでは?」
眼鏡をかけた女生徒が、この場にいるだれもが持った疑問をサラに問うた。
「あら、よく勉強してるじゃない。さすが首席合格者ね。そう、五つのクラスがあって、それは身分によって分けられているわ。去年までは、ね。」
「え?」
眼鏡の女生徒が疑問を込めた声を出すと、サラは楽しそうに話始めた。
「今年から新クラスを立ち上げる事になったのよ。身分に関係なく選ばれた君たち、特科クラス『Ⅶ組』が。」
「特科クラス…………」
「Ⅶ組…………」
各々の生徒が驚きを露にするなか、サラはそのまま話続けようとする。が、それはある生徒によって止められた。
「待ってください!? そんな話聞いていませんよ!!」
反論したのはメガネの堅苦しそうな生徒。彼は眼鏡をかくっとあげながら、声高らかにサラに言う。
「まさか貴族風情と同じクラスでやっていけと言うんですか!?」
「うーん、そう言われてもねぇ。確か、マキアス・レーグニッツ君だっけ? 若いんだしすぐ仲良くなれるって」
「そんなわけないでしょう!!」
どこか怒るようなその声は、このボロい旧校舎にもよく響いた。
「フン…………」
とそこへ、マキアスを嘲るかのようなタイミングで鼻で笑う物が現れた。それはちょうどマキアスの隣に立っていた男子からだった。
「君、なにか文句でもあるのか?」
「いやなに、庶民風情が騒がしいなと思っただけだ」
小馬鹿にした口調で言う彼に、マキアスは露骨に顔を歪めた。
「ほう、どうやらここには大貴族のご令息が紛れ込んでいたらしい。その傲岸不遜な態度、さぞ高名な貴族とお見受けするが?」
「ユーシス・アルバレア。貴族風情の名前など、覚えてもらわなくて結構だが」
「「「っ!?」」」
ユーシスが名乗った瞬間、全員が息を飲んだ。
「アルバレア…………」
「四大名門の一つか…………」
それぞれが納得するような態度をとるなか、それでもマキアスは強固に刺々しい態度でユーシスに臨む。
「そんな大層な名前に、誰もが屈すると思うなよ! いいか、僕は絶対に…………」
「はいはいそこまで」
熱くなりかけたマキアスに冷や水をかけるように、サラが言った。今後の教官となる人物は、さすがのマキアスも無視できないようで、渋々静かに引き下がる。
「文句は後で聞かせてもらうわ。オリエンテーリングをそろそろ始めないといけないしね」
「でも、一体なにをするんですか?」
「そういう野外競技があるのは聞いたことがありますが…………」
え? オリエンテーリングって野外競技の名前なの? と、一人場違いな事で驚いている者がいるがそれに気づくものは誰もいない。
と、そこでボケをかます者とは違い、リィンはなにかに気がついたようだ。
「もしかして、入り口で預けた物と関係があるんですか?」
リィンの的確な指摘に、サラも思わず眉を上げる。
「あら、いいカンしてるわね…………」
そう言いつつ、サラは一歩ずつ後ろに下がっていき壁を少し触る。
「それじゃ、オリエンテーリングを始めましょうか」
サラがそう言うと、
ガタンと、なにか嫌な音がした。
それと同時に、リィン達総勢九名が立っていた床が大きく傾く。
「え!?」
「きゃあ!?」
「なに!?」
三者三様の反応をしつつも、それぞれ仲良く傾いた床から地下へと落ちていく。
だが、銀髪の少女はこの事態にしっかり反応した。
どこに仕込んでいたのか、ワイヤーを天井に引っ掻けて落ちずにすんだ。
これで九名。だがこの旧校舎に入った新入生は全員で十名。ならあと一人はどこにいるのか…………
「え? は?」
最後の一人、カムイ・シュバルツァーは目の前で起きた事に唖然とする他なかった。
それもそうだろう、床が傾いて他の皆が落ちていったのだ。
自分のタイル一つ横の床が。
なんと彼、幸運にも傾く床のギリギリに立っていたため、この事態に巻き込まれずにすんだのだ。
「こらフィー、サボんないの。オリエンテーリングにならないでしょーが。あと君も、ここは空気読んで落ちようよ…………」
「待ってくださいこれ俺が悪いんですか?」
明らかにそう言われるのは理不尽と言うものだ。ただ立ってたら、自分以外皆落ちていったというだけなのに。
「ほら、君も行った行った」
「えっちょ待って心の準備が…………」
言葉を紡ぐ間もなく、サラはカムイの背中を押す。何も構えてなかったカムイはそのまま落ちるしかない。
「待ってって言ったよねぇぇぇぇぇ!?」
情けない悲鳴がどんどん遠くなるのを確認しながら、サラは今度は宙ぶらりんになっているフィーを見た。
「あんたも行くのよ」
そう言って投げたナイフが、きれいにフィーを支えるワイヤーを断ち切った。
「はぁ、面倒くさいな…………」
前に落ちたカムイと違い落ち着き払った声でそうぼやくと、フィーも奈落の底へと落ちていった。
「これで全員ね。さてどんな子達か、期待してるわよ♪」
誰もいなくなった部屋のなか、サラは笑顔で呟いた。
違う作品が今メインなので、不定期更新になりそうです
許して・・・・・・