体から結晶が生えてくるけど、俺は元気です   作:zhk

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面倒事は、大抵自分に責任がある①

 リィンの朝は、剣の鍛練から始まる。

 

 朝方の涼しげな空気を感じながら鍛練を行うのは、寝ぼけた眼を起こすのには丁度良いのだそうだ。

 

 それは学院に来たとて変わることではない。

 

「ふっ! はっ!」

 

 無心に、それでいて乱れがないように意識しながらリィンは刀を振るう。一閃一閃を無駄にはせず、その一閃で、今後の成長の糧とする一閃にしようと言う彼の思いが、その素振りにありありと出ているようにも見えた。

 

「…………これくらいにしておくか」

 

 気持ちのよいくらいに汗を流したリィンは刀を鞘に戻し、タオルで汗を拭きながら寮へと戻る。

 

 彼らⅦ組の寮は、他の生徒達のように貴族と庶民で分けられてはおらず、Ⅶ組として寮を保有している。

 

 そのためユーシスやラウラといった有力貴族もこの寮を住まいとしているのだが、かなり頻繁に起こるユーシスとマキアスの喧嘩はⅦ組全員の悩みの種だったりする。

 

 男子の部屋がある二階に向かったリィンはそのまま部屋に向かう。が、向かうのは彼自身の部屋ではない。

 

 向かうのはカムイの部屋だ。

 

 朝方からなぜカムイの部屋に向かうのか、疑問に思う者もいるだろうが、理由は簡単だ。

 

 カムイは朝にめっぽう弱いのだ。

 

 リィン達と暮らしているときも起きるのは大体家族の中でも一番遅く、前世でも寝坊による遅刻魔だった彼は朝はまったくと言っていいほど起きることが出来ない。

 

 そのため学院の授業が始まった最初の頃は何度も寝坊で遅刻しかけるという無様をさらすはめになっていたのだ。

 

 以下の事から、カムイはリィンに朝の鍛練が終わったら自分を起こしてくれと頼むようになったのはつい最近のこと。

 

 それを小言を一つや二つ加えながら、リィンも了承してしまったのだ。お人好しも、ここまで来れば心配物である。

 

「カムイー起きてるかーってうおっ!?」

 

 カムイの部屋を開けながらリィンが呼び掛けたとたん、彼は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげた。

 

 それも無理はないだろう。部屋中に足の踏み場もないくらいに置かれた書物やノート、加えてその山積みの本の中で埋もれるように眠るカムイを見れば、リィンでなくてもそんな声をあげたくもなろう。

 

「まったく…………おいカムイ、起きろ」

 

「んにゃ? ああ…………にゃんこが……にゃんこが…………クフフフ…………」

 

「おい、寝ぼけてるところ悪いが起きてくれ。」

 

 かなり気持ちの悪い寝言を漏らす義兄弟を乱雑に揺すると、カムイはのそりのそりと体を起こし、横に立つリィンにやっと目を向けた。

 

「ああ、リィンか。ちっ、三毛猫ちゃんに囲まれてたのに起こしやがって…………」

 

 自分から頼んでおいてこの態度である。リィンが起こさなければ、授業の昼休憩まできっとこの書物の海で溺れていたであろうカムイを見ながら、リィンもため息を溢すしかない。

 

「また遅くまで調べてたのか? ほどほどにしないと、体を壊すぞ」

 

「大丈夫だ。睡眠時間は三時間は確保してる」

 

「もっと寝てくれ…………」

 

 なぜ三時間でそんな自慢気な顔が出来るのか、リィンには甚だ疑問なのだが、その辺りを追求し始めると終わりそうにないので、とりあえず話題を変える。

 

「それで? いい結果は得れたか?」

 

「なんも。進展ゼロだわ」

 

 床に散らばった書物をとりあえず棚に直しながら、愚痴るように彼は言う。カムイの手には、人体学や怪現象、果てには考古学と数多の学問に精通した書物が。

 

 彼がやっていることは至極単純、自分の体について調べているのだ。

 

 学院の図書館から関係のありそうな書物を山のように借りてきては、それを読んでは関連がありそうな事をノートにメモをとっているのだけれど、特に目立った答えは得られていない。

 

 これのせいで夜更かしをし、朝起きられないのだとなぜ彼は気がつかないのだろうか? 

 

「医学の本にも体から結晶が生えて、あまつさえそこからだれもしらない槍が生えてくるなんていう病気はないし、もしかしたらと思って神話とかも調べたけどぜーんぜん駄目。手掛かりの手の字も出てこねぇ…………」

 

「帝国の首都近くなら、関連する情報の一つや二つ、出てきてもおかしくないんだけどな」

 

 リィンも悩むように言うが、実際問題カムイのこの症状については本当に何も解明出来ていない。

 

 ユミルに転生してから早十七年。その間カムイも色んな手段をふんだんに使って調べたが、今の現状を考えれば結果は自ずとわかってしまうだろう。

 

「知らなくて困る訳じゃないんだけど、やっぱ自分の体のことだしキチンと理解しておきたいんだよなぁ…………」

 

 ベッドに腰を掛け、うなだれるように天井を仰ぐ。ルガーランスは彼にとって最早相棒といっても過言ではないほどの時を過ごしてはいるが、これについても何もわかっていない。

 

 教官に聞いても、『こんな導力器は見たことも聞いたこともない』との事。他の教官にも同じように聞いてみようとは思っているものの、答えは皆同じような気もする。

 

「ま、おいおい調べていけばいいんじゃないか? まだここでの生活は始まったばかりだし」

 

「だな。んじゃ、そろそろ着替えるとしますかね…………」

 

 わからない事を悩んでいても仕方がない。とりあえずは、目先の事に意識を集中させよう。そう考えて重たい思考を振り払い立ち上がる。

 

「ところでカムイ…………」

 

「ん? どした?」

 

 タンスから紅い制服を取り出し、今から着替えようとするカムイにリィンは呼び掛けた。そしてカムイが聞き返すと…………

 

「トマス教官が出していたレポートだけど、どんな風に書いた? なかなか難しかったから、俺も書くのに悩んじゃってさ。カムイの意見も聞いてみようと…………」

 

 そこまで言うと、カムイの表情がついさっきまでの機嫌のよさげな物とは打って代わり、絶望まみれの物に変貌した。それだけでリィンはすべてを理解した。否、理解してしまった。

 

「もしかしてカムイ、お前…………」

 

「…………ヤバい真っ白」

 

 震える声で言うカムイに、リィンは本格的に頭が痛くなってくる。

 

 彼は昔からそうだ。なにかに集中してしまうと、それ以外の事は完璧に頭から抜け落ちてしまう。確かリィンが昨日の夜の段階で尋ねた時にはキチンと覚えていたはずなのだが……

 

「昨日は、ちょっとだけ調べものを優先しようと思ってやり始めて……そのまま熱が入っちゃって…………完璧に忘れてた…………」

 

 抜けているというか、なんというか…………

 

 いつもはまともなのだ。まともというより、他の同年代よりも大人びているというのがカムイ・シュバルツァーの第三者からの見解だ。

 

 が、それと同時に『肝心な所でヘマをやらかす残念な奴』というのがつくのもカムイ・シュバルツァーなのであるが。

 

 トマス教官の授業は今日の一番最初、加えてもう授業開始まで二時間とない。行く準備や諸々の時間を引いてしまったら、到底レポートを書き終えるには足りなさすぎる。

 

 だが、ここでたった一つ、この立ちふさがる(自業自得なので、正確には立ちふさがらせたなのだが)壁を乗り越える方法がある。

 

 それは…………

 

「リィン様! 不肖めにレポートを御見せくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 全力で写しますのでぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ジャンプしてそのままきれいに土下座の姿勢に入りながら、カムイは頼み込む。

 

 土下座をするのにためらいなんてなかった。プライド? そんな物は彼にはない。

 

「お前…………もう少し地に頭をつけるのに躊躇いを持ってくれ…………」

 

「プライドだけじゃ人は生きてはいけない。そんな物はなあ、そこいらの犬にでも食わせておけ」

 

「カムイ、実は余裕があるな?」

 

 無駄にカッコをつけて言うカムイだが、それが土下座しながらなのでまったく格好がつかない。ただ滑稽なだけだ。

 

「悪いが今回ばかりは、自分で頑張ってくれ」

 

「そんなっ!? 俺達は兄弟だろう!? 助けてくれよリィン!!」

 

 部屋から出ようとするリィンを必死に呼び止めるカムイだが、それをリィンは呆れるように目を細めながら、

 

「自業自得だ。」

 

 端的にそう言って自分の部屋へと向かってしまった。

 

「は、薄情もの~!!」

 

 虚しい叫びが、朝のⅦ組寮に響き渡るのだった。

 

 ━━━

 

「時の皇帝が亡くなった後、有力な帝位後継者達は数年に渡って内戦を繰り広げていきます。」

 

 かつかつとチョークが黒板の上を走るなか、静謐な教室で丸眼鏡をかけたトマス教官はその風貌と同じような優しい口調で授業を進めていく。

 

「それが250年前の《獅子戦役》。ここ、エレボニア帝国が存亡の危機に瀕したこの戦いは、帝国の人間ならば子供でも知っている逸話ですね」

 

 その言葉に、Ⅶ組の生徒達はうんうんと頷き返す。

 

「この内戦は、どんどんと長期化していき泥沼状態となってしまいます。果てには各地の有力貴族達を巻き込むほどの様相となっていきます」

 

 トマスの言葉や黒板に書く字に合わせて、皆自分のノートへのメモを取っていく。他のクラスよりもハードなカリキュラムになっているⅦ組は、こういうノート取りもしっかりとやらねば授業に着いていくことなどできない。

 

「そうなっていくにつれて、多くの傭兵は野盗となり、略奪を行う騎士団も現れ始めてしまいます。今では考えられない事かも知れませんが、これは本当に起きた事なんです」

 

 そう、しっかりとやらねばついてはいけないのだ。だからこそ…………

 

「…………くぅ」

 

 授業中に居眠りなどもってのほかなのだが、そんな事知ったこっちゃないとばかりに居眠りを謳歌する生徒が一人。

 

 誰であろう、カムイである。

 

 それもそうだろう、睡眠時間三時間で授業をまともに受けられる訳がない。足りない睡眠は他のところで補わなければ体が持たない。

 

 だからといって、授業中に寝ていいかと言われればそれは違う話なのだが。

 

 二列ある席の前側、黒板に向かって一番左側の窓側の席に座るカムイは、机に顔を突っ伏しながら気持ち良さそうに寝息をたてている。窓から差す陽気も、彼の眠気を促進してしまっているようだ。

 

「そんな国民を顧みない醜い争いの最中、一人の流浪の王子がこの争いに終止符を打つべく立ち上がりました。」

 

 だが、彼一人のために授業が止まるなんて事もないし、彼を起こすような余裕があるものの彼の周りにいない。

 

 そのため彼が授業開始から5分で夢の世界に旅立とうと、放置されるのは仕方のないことだった。

 

「ドライケルス・ライゼ・アルノール。エレボニア第73代目皇帝にして、《獅子心皇帝》の名で親しまれる英傑。この学校の創始者でもありますね」

 

 教科書の横に広げられたノートには、ミミズ模様の字がうねうねとのたうち回っている。受けようと努力はしたのだろうが、残念ながらその意志は眠気には勝てなかったようだ。

 

「初期、ドライケルス軍はとても少数でしたが、彼の声掛けにより民の心を掴み徐々に勢力を大きくさせ、ついには一大勢力として数えられるほどまでに成長することになります。そのドライケルス皇子が、最初に挙兵した場所ですが…………」

 

 そこでトマスはちらりと窓側を見て、

 

「カムイ・シュバルツァー君、この地がどこかわかりますか?」

 

「っひゃい!?」

 

 いきなり名前を呼ばれ、肩をピクリを震わしながらカムイは跳ね起きる。が、寝ていたためになんて問題を出されたかも彼にはわからなかった。

 

「特別に、もう一度言いますよ。ドライケルス皇帝が最初に挙兵した場所、そこは一体どこでしょう?」

 

「えっと…………」

 

 椅子から立ち上がりながら、寝起きの頭で必死に考える。

 

(え? ドライケルス皇帝? 確か《獅子心皇帝》だっけ? 挙兵した場所? どこだよ…………)

 

 呆然と立つ彼の脳内では必死な答え探しが行われているが、元より脳内にきちんと保存されていないのだから探しても見つかるはずがない。

 

 科目の中でも前世から苦手だった歴史の問題、加えて予習も復習も鬼教師(エリゼ)の下を離れてからろくにやっていない彼に問題の答えもわかるはずもなく…………

 

「えっと…………そのぉ…………」

 

 ドもる。ひたすらにドもる。

 

 わからない時に先生がなにかヒントなどを出してくれないかと、時間稼ぎをするというなんともずる賢い策に出るカムイ。が、トマスは居眠りしていた彼にそんな優しさを振り撒くはずもなく、静かに彼の答えを待つのみ。

 

 どうしよどうしよどうしよ!? と内心パニックになり掛けた彼の机に、なにかがぽいっと飛んできた。

 

「ん? これは…………」

 

 それは折り畳まれたノートの切れ端、丁度トマスが視線を彼から外した瞬間に飛んできたそれをどうにかトマスにばれないように広げると、そこには…………

 

クロスベル

 

 とだけ書かれていた。隣を見ると、眠たそうなフィーがちらっと横目でこちらを見た。

 

 慈悲深き天使はなんと隣にいたのか! と心の中で歓喜し、今度なんかフィーに奢ってやろうと内心フィーに感謝しつつ、カムイは自信満々に、

 

「貿易都市クロスベルですっ!」

 

「残念、ノルド高原ですね」

 

 間違えを宣言した。

 

 ぽかんと唖然とした表情で、ロボットのような硬い動きをしながらフィーを見るカムイ。が、フィーも驚いたような表情をしたかと思うと一度だけカムイを見て、

 

 シラーっと目を背けた。

 

(こんの野郎ぅ…………! なんで間違いを教えるかなぁ!!)

 

 圧倒的に自分が悪いのに、責任転嫁も甚だしい。

 

「まったく今日提出のレポートも出てないし、加えて授業中居眠り。少し問題行動が目立ちますよ。カムイ君」

 

「うっ…………すんません…………」

 

「それと、フィー・クラウゼル君」

 

 我関せずと言った感じでいたフィーもトマスは呼ぶと、同じように眉をしかめながら言った。

 

「あなた、レポートだけに留まらずノートもとっていませんね? キチンと授業を受けていますか?」

 

「聞くには聞いてる」

 

「それじゃあ意味がないんですよ…………」

 

 呆れ半分、いや全部呆れの言葉に対してもフィーはどこ吹く風といった感じだ。その隣で未だに目ボケ眼を擦るカムイを見て、トマスは仕方ないと呟いた。

 

「本当はこんな事はしたくないんですが、あなた達二人の話は他の担当の先生からもよく聞きます。少しお灸を据える必要があるのかも知れませんね」

 

「「え"…………」」

 

 不穏な言葉に、二人は頬をひくつかせる。がそんな彼らと相対的に、トマスは笑顔でこう言った。

 

「この間、学院長から倉庫の整理を頼まれましてね。放課後、二人にはそれをやってもらいましょうか。サボったら、わかっていますね?」

 

「はい…………」

 

 有無を言わせないトマスの言葉に、カムイは小さく返事をしたあと、先程とは違う理由で机に頭を伏せた。

 

「はぁ…………面倒くさいなぁ」

 

 隣のフィーは、憂鬱さを隠す素振りすら見せずに元凶となったカムイをジト目で見るのだった。

 

 

 

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