JUMP DRIFTERS   作:悪魔さん

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第14幕:黒死牟の誓い

 しのぶ達の窮地を救った同志、煉獄杏寿郎。

 彼は庇うように立ち、梟のような眼差しで巨漢の殺戮者を見据える。

(鬼ではないが、禍々しい気だな)

 右腕から胴体にかけて彫り込まれた刺青、腰まで伸びた長髪、鎖で繋いだ首輪と腕輪、巨大な十字槍……その異貌な姿は、己が滅すべき存在・鬼と錯覚してしまう程。

 肌を突き刺すような殺気を放つ敵に、杏寿郎は一筋縄ではいかぬ相手だと警戒を強めた。

「しのぶさん、大丈夫ですか!?」

「ええ、何とか……」

「あの、彼は一体……」

 敵ではないようだが、新手の漂流者(ドリフターズ)の乱入に困惑するオルミーヌ。

 しのぶは微笑みながら答えた。

「私の大切な同志です。――煉獄さん、助太刀感謝します」

「胡蝶、感謝するべきなのは俺ではない! 彼のおかげでここへ来れたのだ!」

 杏寿郎の言葉に、目を細めるしのぶ。

 すると――

「よぉ、嬢ちゃん。杏寿郎の知り合いかい」

「「!!」」

 しのぶとオルミーヌの背後から聞こえた、艶のある声。

 弾かれたように自分の背後へと目を向けると、そこには長ドスを腰に差した美丈夫がいつの間にか立っていた。

 声を掛けられるまで気づかなかったしのぶは、完全に気配を殺していた色男を睨むも、杏寿郎の「胡蝶、彼が俺の恩人だ!」と声を上げたことで警戒を解いた。

「オレは奴良鯉伴ってんだ。よろしくな、蝶の嬢ちゃん」

「……胡蝶しのぶです。あなたも飛ばされてきたのですか?」

「しのぶって言うのか。……まあ、俺も似た境遇さね」

 鯉伴はジルドレに顔を向け、鯉口を切る。

 それに反応するかのように、ジルドレも槍を構える。

「……鯉伴殿、どう思われてる?」

「妖気はねぇが、邪気を感じるねぇ。堕ちるトコまで堕ちた、人でも妖でもねぇ不気味な何か(・・)だ。杏寿郎は後ろの嬢ちゃん達を護ってくれや」

 悠然とした足取りで、鯉伴は前に出る。

「……」

「やる気かい? ケンカならか――」

 買うぜ、と言おうとした途端。ジルドレは容赦なく十字槍を横薙ぎに振るった。

 新手の漂流者(ドリフターズ)となれば、相応の武力の持ち主。ならば、それを振るわれる前に息の根を止める。文字通りの先手必勝だ。

 その言葉通り、鯉伴は十字槍の直撃を受けて胴体が真っ二つになった。しかし――

「……!?」

 ジルドレは瞠目した。

 鯉伴は薄ら笑いを浮かべ、その姿を揺らめかせいたのだ。

 確かに手応えはあったのに、なぜ生きている……? まさか人間ではないのか……? そう思うと同時に、背に冷たい何かが走った。

 それはこの異世界で、今まで感じなかったモノ――「畏れ」。ジルドレの目に映る漂流者が、得体の知れない存在となった瞬間だった。

「っ……!」

 ジルドレは顔色を変え、十字槍を力任せに振るう。

 暴風の如き猛撃が、鯉伴に襲い掛かる。常人ならばすぐに細切れにしてしまう無情の兇刃が、色男の全身をズタズタにしていく。

 だが、それらは全て当たらずに終わり、色男は傷一つない姿のまま。正確に言えば当たって(・・・・)いるのに(・・・・)当たっていない(・・・・・・・)のだ。

「どこ見てぶん回してんだい? 当たんなきゃ意味ねぇぜ、外人さん」

 挑発するように片目を閉じる。

 ぬらりくらりとやり過ごすその姿は、まさに鏡に映る花、水面に浮かぶ月の如し。

「しっかしいい動きしてるじゃねぇの。腕っ節だけなら仲間にしてぇところだが……人に仇なすってんなら退治しねぇとな」

 肩に長ドスを当てて、鯉伴は色気を混ぜた笑みを刻む。

「よもや……あれが妖が扱うという妖術の類か」

「妖怪なのですか……!?」

「妖と人の間に生まれた〝半妖〟とのことだ。俺達が滅する鬼とは根本から異なる、真の妖怪……それが鯉伴殿だ」

 御伽草子や伝承のみの存在でしかない妖怪が、自分の目の前で廃棄物と戦っている。

 俄に信じ難い現実だが、言動から察するに人を護る存在(あやかし)のようであり、しのぶは安堵の笑みを浮かべた。

 それと共に、鯉伴がついに動いた。

「さて……そろそろだな。ちょっと踊らせてもらうぜ、付いてこれるかい?」

「何……!?」

 鯉伴は長ドスを抜き、斬りつけた。

 それは屈強かつ頑丈な肉体を持つジルドレにとっては、致命傷には至らない。が、ジルドレに余裕はない。

 鯉伴の得体の知れない能力は、どんな攻撃も受け付けない。一方的に攻撃を受けてしまう状況なのだ。実体を確実に捉えなければ、ジルドレの勝機は無い。

 焦りを隠せなくなったジルドレは、手当たり次第に攻撃を仕掛ける。十字槍は無差別に襲い掛かるが、やはり鯉伴を捉えられず傷一つ付けられないまま。それと共に自身の体に刀傷が増えていく。

「ぬぅん!!」

「おっとっと、そんなに頭に血が上ってちゃいけねぇな」

 ジルドレを翻弄する鯉伴。

 彼は父親である魑魅魍魎の主・大妖怪ぬらりひょんの能力を継いでいる。その能力は相手に認識されなくなる「明鏡止水」、そして認識をずらして発生した幻影で敵を惑わす「鏡花水月」。ぬらりくらりとして本質を掴ませない、ぬらりひょんの本質を体現したこの能力は、戦闘において無類の無双ぶりを発揮できるのだ。

 現にジルドレは、鯉伴の鏡花水月によって遊ばれてしまっている。

「そんじゃ、そろそろ終いにしようや」

 ふと、長ドスを鞘に収める鯉伴。

 代わりに取り出したのは、朱い盃だった。

 得物の代わりに盃を手にしている鯉伴に戸惑いつつも、ジルドレは距離を詰める。十字槍を大きく振りかぶり、頭から両断しようと振り下ろしかけた、その時だった。

「〝明鏡止水・桜〟」

 鯉伴は盃に入った液体に息を吹きかけた。

 すると波紋が立ち、美しいと思う程に鮮やかな蒼い炎が発生。ジルドレの巨躯をあっという間に包み込んだ。

 酒を利用した奴良家秘伝の奥義は、波紋が鳴り止むまで全てを焼き尽くす。

「あっ、があああああああああ!!」

 断末魔の叫びを上げるジルドレ。

 その声は怨嗟に満ちており、さながら業火に焼かれ続ける地獄に堕ちた罪人だ。

(あの反応……人間にゃ害はねぇと思ってたが……奴は人間じゃねぇってのか?)

 その様子を、眉を顰めながら鯉伴は見届ける。

 妖怪は姿を消して闇に消える〝陰〟の存在。その陰を相殺するのが〝陽〟であり、その力を持つことで陰を消すことができる。すなわち妖怪退治とは「〝陽〟の力を加えること」であり、それが陰陽師が行使する陰陽術の本質だ。言い方を変えれば、〝陽〟の力は妖怪にとっては脅威であるが、悪用さえ(・・・・)しなければ(・・・・・)人間を死に至らしめるような害は無いということでもある。

 そして鯉伴が先程行使した〝明鏡止水・桜〟は、本来妖怪が持たない〝陽〟の力を持つ。人間にとって害の無い力で苦しむということは、廃棄物は〝陰〟の存在であるということに他ならない。が、妖怪特有の妖気を感じ取れないので、妖怪でもないことも事実。廃棄物は、まさに怪人と言える存在だった。

「……見事だ……」

「何て美しい炎……」

 そんな鯉伴の技に、鬼狩り二名は見入っていた。

 人でない存在でしか成せぬ、闇を生きる妖の戦技。二人の顔には、御伽草子や伝承の存在でしかない妖の御業を見られる幸運(・・)に感謝する、不思議な笑みがこぼれていた。

 気づけば、盃の波紋が鳴り止んだのか、ジルドレを包んだ青い炎は消えていた。それと共に、全身が黒焦げになったジルドレの巨体が大木が折れるようにうつ伏せに倒れる。あれ程の火傷を負えば、助かる見込みはまず無いのだが――

 

 ガッ――

 

「っ!?」

「な、何だと!?」

「おいおい、ウソだろ……」

 何とジルドレは動き出し、槍を掴んだ。

 その凄まじい生命力と執念に、一瞬寒気が走った。

「もはや、乙女では、ない……きっと地獄に行く……ならば、今度は……俺が先に行って……地獄(むこう)で待つ」

 ふと、炭と化したも同然のジルドレの体にヒビが入った。

 ヒビは広がっていき、やがて全身に至る。

「ジャンヌ……良い旅を……」

 それが、廃棄物ジルドレの最期の言葉だった。

 地獄でジャンヌと再会することを望みながら、狂気に落ちた聖女の戦友は血飛沫も血反吐も無く、文字通り粉微塵になった。

「……何だこりゃあ」

 ジルドレを倒した鯉伴は、眼前の粉末の山を見つめる。

 その色は、白。焦げて炭のようになった彼の、人間の辿る末路とは思えない。ましてや妖怪が何らかの事象で滅せられた後に遺るモノでもない。

「人でも妖でもねぇ……どうなってやがる」

「あ~あ、ジルドレ()られちまった」

「!?」

 鯉伴の背後に、いつの間にか長い黒髪が特徴的な和装の美少年が太刀を携え立っていた。

 一見は飄々とした風来坊にも見えなくもないが、纏う空気は戦場の真っ只中にいるかのよう。江戸から平成まで長く生きた鯉伴も、鬼が跋扈してるとはいえ太平の世を生きた杏寿郎としのぶも、嫌と思う程血の臭いを放つ人間など初めてだった。

 もし彼をたとえて言うとすれば、戦乱の世を生きた一軍の将と言ったところだ。

「今の妖術……君は妖かい?」

「――ああ、正確に言うなら人間と妖の子なんだがな」

 鯉伴の返答に、美少年は興味深そうに目を細める。

「……オレは奴良鯉伴ってんだが、お前さんは何者だい」

「僕は九郎判官義経。今は廃棄物に付いてる」

「義経…………まさか、源義経公なのか!?」

「あの清和源氏の……!?」

 杏寿郎としのぶは唖然とする。

 判官贔屓という言葉を始め多くの伝説・物語を生んだ平安末期の英雄が、黒王と無惨に加担しているという事実は、あまりにも衝撃的だった。それは鯉伴も同様で、夢にも思っていなかった相手なのか冷や汗を掻いていた。 

「義経公! なぜ貴殿のような英傑が殺戮などする!? 弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務ではないのか!!」

「そりゃあ黒王と鬼舞辻の方が面白いからさ。僕は面白い方に付くと決めてるんだ」

 義経の口から出た聞き捨てならない名前に、杏寿郎は目を見開いた。

「っ!? 鬼舞辻無惨が、この世界にいるのか……!?」

「おや、鬼舞辻を知ってるのかい? じゃあ君らが彼の言う「鬼殺隊」か」

 目を細める義経。どうやら無惨から鬼殺隊に関する情報を伝えられているようだ。

 無惨が異世界で人類廃滅を謳う廃棄物の軍勢と手を組んだ。異世界と言えど無惨が生きているというだけで許せないのに、よりにもよって人類に再び牙を剥いているという事実に、杏寿郎は拳を強く握り締めた。

「面白いだと……? 無惨と共に他者を貪るのか!? 人の命を何だと思っているんだ、義経公!!」

「物好きだねぇ。弱者は淘汰されるのが摂理じゃないか。負けたら殺されても致し方なしってやつさ」

「……見損なったぞ、義経公。何が判官贔屓だ、源平合戦の勇士が聞いて呆れる!!」

 睨み殺す勢いで憤慨する杏寿郎と、それを嘲笑うように見つめる義経。

 しのぶも後世に伝わる話とはまるっきり正反対な性格の義経に、思わず顔を強張らせた。

(これが、あの源義経公……こんな凶暴性を持っていたなんて……!)

 目の前にいる悲劇の英雄が、鬼のように思えた。

 もしかすれば、鬼以上に厄介な存在かもしれない。彼は軍を率いて平家一族を滅ぼした男。その統率力は軍記物に描かれているそれ以上だろう。真っ向から単騎で勝てるような相手ではないのは明白だ。

「まあ、そういう訳だからさ。日が昇るまで時間があるし……」

 その直後、義経は三人の視界から姿を消した。

「「「っ!?」」」

「一緒に遊ぼうじゃないか」

 義経は一瞬で背後に回り、抜刀した。

 その太刀筋に真っ先に反応したのは、鯉伴だった。

 

 ガギィン!

 

 太刀と長ドスが激しく衝突し、戦の申し子と江戸の闇を仕切る半妖が斬り結んだ。

 両者は白刃を振るい、躱し、受け止め、ぶつかり合う。

 だが、そんな目にも留まらぬ早業を繰り出す中で、義経の太刀が鯉伴の腕を斬った。それは剣の腕前は義経の方が格上であることを示していた。

 魑魅魍魎の主(ぬらりひょん)の血を引く鯉伴は、京都に巣食う強大な京妖怪や元禄年間に江戸の覇権を巡って争った百物語組を相手に真っ向から渡り合った、闇に生きる妖怪の中でも際立った強さの持ち主だ。しかし相手は戦術の天才である平安末期の伝説的英雄で、剣士としても圧倒的な強さを誇る武将。一筋縄ではいかない。

(はえ)ぇ……! 伝説は本当だったってことか……!)

「ほらほら、せっかく剣を交えてるんだから楽しませておくれよ」

 義経の猛攻に、鯉伴は劣勢に立たされた。

 彼の太刀筋は、全てが速かった。剣の速さは勿論、身のこなしや相手の動きの先読みまで、あらゆる面で速過ぎる。ぬらりひょんの能力である「鏡花水月」で回避しても、剣の速さが追いついてしまうのだ。

 史実通りの戦の申し子である義経には、鯉伴ですら苦戦を強いられた。

 しかし、それはあくまでも鯉伴一人であった場合だ。

「義経公!」

「……」

 義経に突撃する杏寿郎は、日輪刀を振るった。

 それは容易く受け止められてしまうが、受け止めた途端、義経の悦に浸っていた顔が興醒めと言わんばかりの無表情に変わった。

 杏寿郎の日輪刀が、反転していたからだ。

「……峰打ちかい。真剣勝負を甘く見過ぎじゃないかな」

「俺は鬼を殺すのであって、人を殺すのではない! この(あか)(えん)(とう)は、人の血を吸う兇刃ではない!!」

 それだけは譲れなかった。

 日輪刀とは、人を護り鬼を滅するための武器。いくら敵と言えど、人間である以上斬り殺すわけにはいかない。その〝一線〟を越えれば、鬼と変わらぬ外道になる。人を殺さねば生き抜くのは容易ではないこの異世界でも、その〝一線〟だけは越えたくないのだ。たとえ、それを貫くために命を落とすことになったとしてもだ。

 それが癪に障ったのか、義経は眉間にしわを寄せた。

「……温い、温すぎる。戦を知らない君のような青二才が言ってくれるじゃないか。血を浴びてこそ刀は活きる。不殺の剣がこの世にあると?」

 義経の眼光が鋭くなる。

 刀のように鋭く冷たい殺気に気圧されるも、杏寿郎は怯まず己を鼓舞する。

「無いのならやるまでだ!! 俺は決してこの刃を人に向けない!!」

「やれやれ。見かけだけは一人前の半端者じゃあ楽しく――」

 楽しくない、と言い切ろうとしたその時。

 どこからともなく馬車が迫ってきた。

 北壁から逃げてきた晴明達だ。彼らを乗せた馬車は、義経と鯉伴達の前で止まった。

「世界が憎いか廃棄物!! 世界から棄てられた彷徨う怨嗟!!」

「……随分な言い方だな。僕は漂流者でもないが廃棄物でもないぞ」

「黒王に与する以上、あなたはこの現世(うつしよ)を滅ぼさんとする悪鬼羅刹も同然だ!」

「悪鬼羅刹ね~……悪くないな、それも」

 義経は太刀を鞘に収め、口元を歪めた。

「今回はここでお暇させてもらうよ。ジルドレは死んだしジャンヌもあの様、それにお楽しみは最後まで取っておかないと面白くない。()は……まあ引き際も近いから自力で戻るか。ハハハハ!!」

 義経は高らかに笑うと、一気に背後の木まで跳躍。森を伝って遠ざかっていった。

「待て!」

「晴明、深追いは悪手だ」

「しかし……!」

「戦は引き際を弁えねば、被害が無益に拡大するだけでござるぞ」

 北壁から脱出した漂流者――高杉と万斉は晴明を諫めた。

 撤退と見せかけての誘導、それからの包囲しての殲滅……それは歴史が証明している。勝ち戦であっても引き際を見極めねば、余計な損害を被ることもある。戦乱の世の生まれでない晴明にとっては追撃するべきだろうが、戦争を経験している万斉と高杉は追撃は愚策と判断したのだ。

 戦の場数を重ねた言葉には、晴明も引かざるを得なかった。

「お師匠様~!」

「オルミーヌ、無事だったか」

「はい、何とか……」

 オルミーヌは大師匠の晴明の元へ駆けつけた。

 十月機関としての役割を見事成し遂げた彼女を労いつつ、晴明はしのぶ達に声を掛けた。

「どうやら無事のようですね。あなた達を待っ」

 

 ――ズズゥン……!

 

 待っていた、と言い切ろうとした途端に響く轟音。

 何事かと慌てる一同だが、しのぶはパンッと手を叩いて思い出した。

「……そういえば、ロジャーさんが敵と一騎打ちしてたままでしたね」

「なっ!? 何を呑気に! 早く助けねば!」

「いや、助太刀は止めといた方がいいですよ。巻き込まれても責任取れないので」

 しのぶの真剣な表情に、晴明は唖然とする。

 その直後に杏寿郎は「胡蝶の忠告は聞いといた方がいいぞ!!」と声高に叫んだのだった。

 

 

           *

 

 

 竜虎相搏つ。

 それぞれの世で最強の存在として君臨した二人の死闘は、佳境を迎えていた。

「おおっ!」

「ぬんっ!」

 

 ドォォン!!

 

 月下の決闘。 

 〝最強〟達がぶつかる度に地面はクレーターのように抉れ、衝撃波が森を襲い、月輪と黒い稲妻が全てを破壊していく。その光景は意志を持った災害同士が衝突するようで、人間が立ち入ることを許さない領域と化していた。

「ば、化け物だ……」

「これがこの世の戦いか……?」

 雑兵達を返り討ちにしたシャラ達は、ロジャーの援護に駆けつけていたが、誰も弓を射ることができなかった。

 二人の戦いに介入できる隙が無いのだ。

「俺達は何もできない……自分の身を護るしかない。これが漂流者(ドリフ)廃棄物(エンズ)の戦い……」

 戦いの結末を見守るしかないエルフ達を他所に、ロジャーと黒死牟は衝突し合う。

 この異世界では、過去に幾度か廃棄物(エンズ)による侵略が行われた。その対となる存在が漂流者(ドリフターズ)であり、何度か衝突することがあっただろう。しかし今行われている決闘は、お世辞抜きで頂上決戦と言えるような激戦ぶりだった。

(ロジャー……お前のような男が向こう(・・・)にいたら、私は変わっていただろうか)

 凄まじい剣戟の中で、黒死牟は己に問いかけた。

 鬼と成った自分を侍と呼んでくれたのは、四百年の記憶を探っても、目の前にいるロジャーだけだ。鬼に成る前にロジャーのような人間に出会えたら、自分はどうなっていただろうか。

 弟への憎悪と嫉妬、無惨との出会い、妻子との決別、鬼に堕ちてからの数多の所業……どれもたらればの話だ。それが脳裏をよぎる程に、ロジャーという男に意識を持ってかれていたのだ。

「……!」

 ふと、空が明るくなってきた。

 鬼の天敵が姿を現す予兆だ。

「そろそろ日の出……時間だ……」

「ん?」

 黒死牟は納刀し、脱いでいた着物を再び着直す。

 鬼舞辻無惨の血を注ぎ込まれた鬼は、日光に照らされた瞬間に消滅する肉体であるため、日光を嫌う。それは黒死牟も同様で、鬼である以上は決して逃れられない「絶対の理」である。夜間に行動するのはこれが理由であり、空が明るくなったらどんな状況であれ撤退するのだ。

 たとえそれが、己自身にとって最も楽しいひと時であったとしてもだ。

「鬼は日の光に弱い……残念だが、ここまでだ……」

「そっか、おめェも色々と苦労してんだな」

 ロジャーもまた、剣を納める。

 引き際を悟った黒死牟に、もう戦意は無い。戦意の無い相手に手を出しては、男が廃る。

 鬼の悪名を轟かせたロジャーも、相応の礼儀を持ち合わせてはいるのだ。

「……ロジャー……私は必ず、この剣でお前を超えてみせる……!」

 黒死牟は誓った。

 四百年の時の中で鍛え抜き極めた肉体と技に真正面から受けて立ち、その上で互角以上に渡り合ったロジャーを超えると。

 四百年以上生きた鬼の宣言を聞いたロジャーは――

 

「おめェは(つえ)ェぜ。いつでも来い、黒死牟!!」

 

「……!!」

 ニッ……と、見るからに極悪人のようだったロジャーは笑って答えた。

 この男は、どこまで人を惚れさせれば、気が済むのか――ロジャーの笑みに釣られるように、黒死牟も笑った。

 

 黒死牟は生まれて初めて、心底敵わないと思った。

 強さで負けたなど、微塵も思ってない。負けてなどいるものか。だが、この男には是が非でも勝ちたい。

 鬼と成った己を唯一〝侍〟と呼んでくれたこの漂流者(おとこ)を超えれば、求め続けた「高み」にようやく届く。そう信じて。

 

「……次に会うまで、死んではならぬぞ……」

「おう! 今度会ったら、おめェの技をもっと見せてくれよな!」

 ロジャーの言葉に、黒死牟は思わず顔を覆った。

 面と向かって「技がもっと見たい」と言われ、数百年ぶりに恥ずかしい思いをしたのだ。しかもロジャーはお世辞でも何でもなく、素で言い放っているため質が悪い。

「どうした? 目にゴミでも入ったか?」

「っ……何でもない……」

 これ以上の長居は不要だ。

 黒死牟はロジャーに背を向け、「さらばだ……」と告げて一瞬で消えた。

「次に会うまで死ぬな、か……おれは死なねェぜ? 巌勝(・・)……」

 夜明けを迎えたロジャーは、意気揚々と踵を返した。




鯉伴のっていうか、ぬら孫の〝陽〟の力って人間を殺したケースは無かったという記憶があるので、本作で鯉伴が使う〝陽〟の力は人ならざる廃棄物には通用します。

そしてロジャーと黒死牟の決闘は、双方ほぼ無傷です。ロジャー辺りならこれといったケガも負わずに引き分けそうなので。(笑)

ジョットとやぐらがいない理由については、次回詳しく書きます。
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