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ドワーフ族居留地ガドルカ鉱山。
オルテ帝国の最大の兵器廠「オルテ官兵ガドルカ大兵器工廠」が置かれたこの地は、帝国の生命線と言える場所。
そんな重要局面を迎えた中で、殺せんせーは作戦を伝えた。
「今回は私と杏寿郎君、鯉伴さん、シャラ君達エルフで攻め落とします。マーシャ君とマルク君はお留守番で」
「「はーい」」
「ちょっと待て、おれはどうなんだよ」
ロジャーは不服そうに異を唱えるが、殺せんせーに白い目で見られた。
「ぶっちゃけた話、私としては敵の物資も狙ってるので、無駄な破壊は控えたいんですよ」
「おいおい、人を歩く災害みたいに言うんじゃねェよ」
「〝鬼〟と称された人が何言ってるんですか。今回だけは不参加ですよ。いいですね?」
ただでさえ天災級の戦闘力に加え、周囲への被害を考えずに暴れることを指摘され、ロジャーは「偉そうに」とボヤいてそっぽを向いた。
五十三にもなった大の大人が鼻息を荒くして不貞腐れるその姿に、一同はクスクスと笑った。
「そうそう、オルミーヌさんも一緒に」
「ええっ!? 何で私が」
「あなたの扱う札が要なんです。こういう修羅場に一番慣れてないのあなただけでしょうし。断るならそれはそれで……」
ヌルフフフ、と汚い笑みを浮かべて指を動かす殺せんせーに、オルミーヌは涙目で「行きますぅ! 行きますよセクハラ教師!」と叫ぶ。あの動きは胸を揉むつもりの動きだ――そう本能が察したのだ。
すると、耀哉が穏やかに殺せんせーに尋ねた。
「殺せんせー、一ついいかな?」
「何でしょう」
「こちらとしては君達の様子が知りたい。私もできる限り手助けしたいんだ。今までしのぶ達が頑張ってくれた分、私も少しは頑張らないとね」
「「お館様……!」」
耀哉の言葉に感極まったのか、しのぶと杏寿郎は目が熱くなるのを感じた。
「オルミーヌちゃん、アレ渡せば?」
「え? アレですか? でも……」
「僕、壊れても作り方知っとるからええで」
「わ、わかりました」
秀元に言われてオルミーヌが取り出したのは、水晶でできた球だった。
「これは?」
「連絡用の水晶球です。これに話しかければ、持っている相手と会話できます。研究報告用に使ってる物で、数に限りはありますが……」
「そんな貴重な物を……ありがとう、オルミーヌさん」
「はうっ!」
急降下爆撃、再来。
ついにはオルミーヌまで被弾し、顔を赤くして轟沈した。
「犠牲者が増えたな」
「棺桶用意しとくか!」
「黙りなさいそこ」
耀哉の急降下爆撃が通じない鯉伴とロジャーに、殺せんせーはジト目で注意する。
「それにしてもこの水晶球、
「いや、これさっき言った通り研究報告用で……」
そう主張するオルミーヌに、殺せんせーは「そうですか……」と溜め息を吐いた。
この水晶球、どうやらオルミーヌや十月機関にとっては便利な玉程度の認識らしい。殺せんせーから見れば、水晶球はスマートフォンなどの無線通信技術や現代技術が存在しない異世界においては強力な兵器だ。軍の通信機器に利用すれば、連絡や中継が瞬時に取れて各部隊の運用の効率化が可能となる。
戦術として大いに重宝できる。これを思いつかないとなれば、戦略面で黒王軍に後れを取っている可能性があるのだ。
(……もしや
この世界の技術は確かに素晴らしいが、それをどう扱うのかは自分達次第である。すなわち「発想の違い」が力となり価値をさらに高めるのだ。
だとすれば、〝廃棄物〟とは一体何なのか。自分達はなぜこの世界にいるのか。
「そうか! なら水晶球の活用法はまた今度とし、ひとまずはドワーフ達の解放を優先しよう!」
「やっと本題に戻れた……では、少し待っていて下さい。すぐ戻りますよ」
一行はガドルカ鉱山へ進軍し、その場に残るのは耀哉としのぶ、ロジャーに秀元、マーシャとマルクの六名だけとなった。
「ハァ……おれァ今回待ちぼうけかよ」
「御手透きなら僕と双六でもせぇへん? 僕も暇やし」
「お! 何か
秀元が取り出した双六に興味を向けるロジャー。
あまりもの自由人ぶりにしのぶが項垂れる中、耀哉は口を開いた。
「……ロジャーさん。私はあなたに尋ねたいことがあるんだ」
「ん? 何だ?」
「十二鬼月と戦ったあなたが、鬼を裏切らないと言った理由を知りたい」
時が凍りついたような静寂が訪れる。
耀哉にとって無惨配下の精鋭・十二鬼月は不倶戴天の敵であり、何より鬼とは総じて自己本位だ。人間など己の力を強める糧程度の認識であり、親兄弟すら襲って喰う。そんな鬼達の中でも桁外れの強さを有する十二鬼月が、人を裏切らないなど絶対にあり得ないことのはずなのだ。
ロジャーは「長年の勘」だと言ってのけたが、耀哉はそれ以上の理由があると推測し、彼を問い質したのだ。
「余程の理由があるはずだよ。あなたは人一倍仲間想いな人だってしのぶが言っていたからね」
「お、お館様!」
敬愛するお館様の爆弾発言に、顔を真っ赤にするしのぶ。
ロジャーは「半年も同じ場所にいりゃ少しはわかるわな」と納得したように微笑み、耀哉に答えた。
「あいつはおれに誓ったんだ。必ずおれを超えてみせるってよ」
「……!!」
ロジャーは不敵に笑った。
「黒死牟が自分の為におれに挑戦するのも、おれがこの世界を楽しむのも自由だ。おれはあいつの
耀哉は光を取り戻した目を大きく見開いた。
仲間想いであり、自由をこよなく好むロジャー。彼は限りある人生を我武者羅かつ楽しく生きるからこそ、出会った人々に好かれ惹かれ、同じ時代を生きた
そしてこの世界で、ロジャーは人喰い鬼との友情を築き始めていた。鬼殺隊にとっては抹殺対象でしかない鬼と、世界も理も超えた、殺し合いの中で芽生えた奇妙な絆が結ばれようとしていた。
ロジャーの「自由」は、留まることを知らないのだ。
(そうか……成程、その天性の
(ぬらちゃんによう似とるなぁ)
「それに黒死牟は真面目な奴だぜ。男の勝負に水差した上司を一喝しとくってよ。わははは!」
「上司って……まさか……」
「無惨だね。ふふ……!!」
ロジャーの大笑いに釣られ、耀哉も愉快そうに笑った。
自分の命令には絶対服従であるはずの上弦の鬼に説教されるなど、夢にも思わないだろう。それを想像したのか、耀哉は今まで周囲に見せなかった満面の笑みを浮かべていた。他人の不幸は蜜の味ならぬ、無惨の不幸は最高の美酒である。
「次会った時は、仲間にしてみてェモンだ!」
「ロジャーさん、それは絶対無理ですよ」
「しのぶ、そいつァやってみなきゃわかんねェだろうよォ!」
*
その頃、兵器廠を巡回する兵士達がジリ貧の
「この武器も西方戦場行きか」
「武器も防具も足りない上、さらに量産ノルマを上げろとの命令だ。ドワーフ共にもっと大量に作らせるしかない」
「これ以上連中を酷使するとバタバタと死ぬぞ。もうすでに何人も死んで――」
死んでる、と言おうとした途端、衝撃が走り兵士達は倒れ伏した。
「いい腕してるじゃねぇの、杏寿郎」
「鯉伴殿も同じだろう」
兵士達の意識を奪ったのは、杏寿郎と鯉伴。
それぞれ愛刀で峰打ちをしたのだ。
「そんでもって、ライターってやつで火を点ける」
「鯉伴殿、使い方がわかるのか?」
「そりゃあ大正の後の時代またいでるしな。こいつは煙草を吸う人間達はほとんど持ってたぜ」
ライターの火で木箱を燃やす鯉伴の言葉に驚き、杏寿郎は「大正の世の次を知ってるのか!?」と声を荒げた。
「教えてくれ!!」
「それはまた今度な……まあ年号は教えてやるよ」
「どんな名だ!?」
「昭和と平成だ。オレは平成に死んじまったから、そっから先は知らね――」
知らねぇけどな、と言い切ろうとした直後。
二人目掛けて大量のオルテ兵が詰め寄ってきた。
「侵入者だ!!」
「
「
火が広まる中、槍や剣を構えて雪崩のように迫る。
が、そこへエルフ達が放った矢が降り注ぎ、オルテ兵を次々に貫いた。
『オオオオオオオオオッ!!』
そして、シャラを筆頭としたエルフの軍勢が弓矢を構えて突撃した。
それはさながら、戦国時代の合戦のごとく。乱世を生きる戦国武将が敵軍を打ち破らんとする光景であった。
「ひいぃぃぃ!」
「ぎゃああっ!」
エルフによる正確な射撃が、無情に命を奪っていく。
見張り櫓の兵士達はクロスボウを向けるが、いつの間にか姿を現した殺せんせーがコンバットナイフで柱を斬り、倒壊させた。
「おいおい、アンタも大概だな……」
「よもやよもやだ! 全集中の呼吸を使えないのに、それ程の技量とは!」
ロジャー程ではないが、殺せんせーの規格外ぶりに舌を巻く二人。
「ヌルフフ、では次の一手に動きましょう」
殺せんせーは不敵に笑う。
「逃げろーー! 四方が敵だーー!」
「皆殺しにされるぞーー!」
ふいに、どこからともなく大声が響いた。
これも殺せんせーの作戦。エルフ達を三つの部隊に分け、シャラ達を本隊として残りの別動隊で偽情報や恐怖を助長させる虚言で混乱を引き起こす。士気を回復する間を与えないことで、敵軍の統制を崩し連携を断たせ総崩れを狙うのだ。
そして目論見通り、恐慌状態に陥ったオルテ兵の中から恐怖に駆られ逃げ出す者が殺到した。
「殺せんせー、敵が!」
「ええ、逃げた敵は追わなくても結構。あくまでもドワーフ救出が最優先です」
兵士達を次々と屠り、城門まで進軍する。
すると城門の跳ね橋が下りて、重厚な鎧で装甲した騎士の部隊が前進してきた。オルテ側の精鋭のようだ。
「ここは
ドドドドドドドドドッ!
精鋭達の合間を縫う黒い影。影が通り過ぎた途端、騎士達は一斉に沈んだ。
影の正体は、殺せんせーだ。鎧を叩いてクラップスタナーを食らわせ、全員の意識を奪ったのだ。
『……!』
これにはシャラ達だけじゃなく、杏寿郎と鯉伴、敵のオルテ兵ですら言葉を失った。
世界は違えど、かつては伝説の殺し屋だった男。並の人間では彼の超人的技能に勝てるはずなど無かった。
「重装兵が壊滅!」
「バカな……何だあれは」
「門を!! 門を閉めろ!!」
オルテ軍は城門を閉めた。
籠城し、援軍を呼んで挟み撃ちにする魂胆のようだ。
「さて……どうすんだい? 籠城戦に出たぞ」
「突破できなくもないぞ!!」
実力行使で城門を吹き飛ばすという選択肢は、確かにある。だが吹き飛ばした城門が破片として降り注ぎ、ドワーフが万が一外に出ていれば重傷を負う可能性もある。
二人の視線が、殺せんせーを射抜く。
「ご安心を。その為にオルミーヌさんを呼んだので……では、事前に通達した通りに準備を」
「は、はい!」
オルミーヌは石壁の符をシャラ達に配ると、次々と矢に通していった。
「では、思いっ切りやっちゃってください」
殺せんせーの号令と共に、一斉に引き絞られた弓から勢いよく矢が発射された。
それらは一直線に壁へと向かい、突き刺さり、そして――
――ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!
「なっ……階段!?」
「うまく行きましたねェ……即席の攻城兵器」
殺せんせーはガドルカ鉱山の城を攻略する際、必ず籠城戦になると踏んでいた。
籠城戦になれば、攻城は難しくなる。一刻も早く攻め落とさねば、ドワーフ達の命も自分達の命も危うくなる。
そこで目を付けたのが、オルミーヌの石壁の符。石壁の符と矢を用いることで、階段を作り出すという常識外れの切り札を用意したのだ。そして実際、それは見事に成功している。
「見事!! 見事だ殺せんせー!!」
我先にと石壁の階段を駆け上がる杏寿郎。その姿を見て、彼の背を追うようにシャラ達が続く。
「では、私達も行きましょうか」
「ハハ……アンタの頭ン中、どうなってんだい」
エルフ達に続き、殺せんせーと鯉伴も階段を駆け上がった。
城壁を越えた杏寿郎は、シャラ達を率いて峰打ちでオルテ兵を沈めていく。
それに遅れ、殺せんせーと鯉伴が合流する。
「殺せんせー、煉獄さん、鯉伴さん。ドワーフ達を解放しましょう」
「「「!」」」
シャラ曰く、エルフは昔からドワーフを「野蛮かつ乱暴、大酒飲みで大飯食らい」と恐れと侮りを込めて親から語られてきたという。しかしエルフはドワーフを嫌っている一方で、エルフが持っていない屈強な戦士としての一面を持つ彼らに対する羨望があるのも事実なのだというのだ。
「かつてならエルフとドワーフが共に戦うなんて考えられなかった。でも今なら……」
「元より
兵士達を圧倒しながら、工房へ辿り着く。
そして工房の出入り口を開いた途端、目を疑う光景が広がっていた。
「……外の騒ぎは何かと思うたが……お前らがやったのか?」
目の前に広がるのは、薄暗い部屋に押し込められている極端な小柄でありながらガッシリとした体格のドワーフ達だった。
工房とは名ばかりの収容所。ドワーフ達はずっと鉱山と工房で酷使されていたのだ。
その過酷な労働や劣悪な環境によってか、シャラ達の言う屈強なドワーフが見る影も無くやつれきっていた。
「皮肉なものじゃい。今更お前らが助けに来たのか……?」
「俺達がじゃない。
シャラの言葉を聞いたドワーフ達は、共闘を願い出た。
もううんざりだと。自分達も戦えるから解いてくれと。
「元々その為に来たんだ、願い出るまでもねぇぜ」
片目を閉じて口角を上げる鯉伴の言葉に、ドワーフ達は歓喜の声を上げた。
目的は達成し、エルフ達も笑みを溢した。しかし、杏寿郎だけは違った。拳を強く握り締め、動揺を隠せないでいた。
「……」
「杏寿郎君、私があえて君を選んだのは、これを見てもらうためですよ」
言葉を失ったままの杏寿郎に、殺せんせーは声を掛けた。
「あなた達は人を喰らう鬼を狩る。……ですが、人間の心に巣食う鬼までは狩れないでしょう?」
その言葉が、杏寿郎の胸に深々と突き刺さった。
「はっきりと言いますが……私やロジャーさんは、人を殺した経験がある。と言っても、私は私情ではなく殺し屋の依頼として。ロジャーさんは群雄割拠の過酷な海を生きるために。まあロジャーさんは民間人への危害を己にも仲間にも禁じてたようですが」
「……」
「ですが君達は……鬼殺隊は鬼を殺せても人は殺せない。たとえ人が鬼以上の外道であっても、人は人だから。それはしのぶさんも耀哉さんも同じこと」
杏寿郎は、この世界は前の世界の理が通じないという現実を突きつけられた。
鬼殺隊が護る対象は人間で、鬼は滅ぼす対象だ。しかし人間の中には悪事を働く者はいるし、
だが、この世界はそれで済む話じゃない。鬼殺隊が護るべき人間が他の人種を隷属させ、絶滅すら視野に入れて統治・支配しているのだ。これを鬼畜の所業と言わず、何と言うのか。
「……俺に人を殺める覚悟をしろと言いたいのか……?」
「そこについては私は不干渉です。でもあなたの上司ならこう言うでしょう――君の正義を貫け、と」
その時、殺せんせーが持つ水晶球から耀哉の声がした。
《杏寿郎。殺せんせー。誰か聞こえるかな?》
「おや、噂をすれば……」
《様子はどうだい? 解放できたかな?》
「それが……」
杏寿郎は耀哉に事情を説明する。
全てを聞いた耀哉は水晶球越しに「可哀想に……」と悲しそうに呟いた。
《……食事は手配できるかい?》
「は? お、お館様?」
突然の要請に、杏寿郎は呆然とする。
しかし耀哉の考えを悟ったのか、殺せんせーは「そういうことですか」と呟きながら返事した。
「私なら作れますよ。食料庫もあるでしょうし」
《じゃあお湯をたっぷり入れて粥にし、ゆっくり食べるよう促しなさい。飢えてて消化に悪いと死ぬよ》
(ああ、リフィーディング症候群……)
リフィーディング症候群とは、飢餓状態が長く続いたあとに急に栄養補給されると、心不全や呼吸不全、腎不全、肝機能障害ほか多彩な症状を呈し、最悪の場合死に至るという病気だ。
群雄割拠の戦国時代において、後の天下人・豊臣秀吉が兵糧攻めの後に投降してきた敵に粥をふるまった際、生存した敵兵の過半数がこのリフィーディング症候群で死んでしまったという。
食事で死んでは、確かに元も子もない。
「では、早速準備しますかねェ」
《よろしく頼むよ。それと杏寿郎、鯉伴さん。今から私の言うことをそのまま相手に伝えてほしいんだ》
「!」
「攻撃が……止んだ?」
「何だあの煙は……何をしているんだ!?」
城に立てこもるオルテ兵達は、眼下の光景にざわついた。
何と破竹の勢いで進撃していたエルフ達が、ドワーフを解放するや否や飯を作り始め配りまくったのだ。食料庫の食材から残った物資まで、片っ端から鍋で煮込んで炊き出しをしている。それもまだ本丸を落としていない、戦闘の最中だ。
そんな衝撃的な光景に呆然とすると、下から声が掛かった。
「オルテ軍に告ぐ! ドワーフ達は解放したぞ!! 今逃げねば後で皆殺しになる、逃げるのならば俺達は追わん!!」
『!!』
「今は飯に目ぇいっているが、食い終わるまで時間はねぇぜ。降伏して逃げるのなら、俺達が説得しておく」
杏寿郎と鯉伴の言葉に、オルテ側は動揺し始めた。
耀哉が一向に頼んだのは、栄養失調状態のドワーフ達を回復させ、その間にオルテ側と交渉することだった。
ドワーフが解放された以上、籠城しても坑道を掘られて攻め落とされる。何十年も隷属してきた以上、その恨みつらみは言語に絶する。援軍を待っている間に、本当に皆殺しにされてしまう。
悩みに悩んだ結果……。
「…………
「うむ!」
オルテ側は降伏を選択した。
しばらくすると門が開き、城に居たオルテ兵達が続々と投降。武器を下ろして両手を挙げた。
「潔し!」
「じゃあ、とっととズラかってくれや。じゃねぇと……」
――連中、本気で殺しに来るぜ。
妖艶な笑みで威圧する鯉伴に恐れをなしたオルテ兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。金城鉄壁のガドルカ鉱山を一夜で攻略した瞬間だった。
(この采配ぶり、申し分ない。しのぶさんが心酔するだけありますね……)
オルテ最大の兵器廠を陥落させたことを一同が喜ぶ中、殺せんせーは一人で考えていた。
先程の耀哉の立案は見事の一言に尽きる。彼自身は鬼殺隊の最高管理者だとのことだが、殺せんせーから見れば指揮官だけでなく参謀としての才能も持ちうるように思えた。
現時点の参謀は自分だけだが、耀哉と知恵を絞り戦略を展開すれば、交渉においては無類の強さを発揮するだろう――殺せんせーはそう確信した。
(そうとなれば、早速次の一手を打つ準備をしましょうかねェ)
殺せんせーは笑った。
その口を三日月のようにキレイな弧を描いて。
*
とある廃屋で、黒死牟は気が狂いそうな激しい飢餓に襲われていた。
「がっ……うぐぅ……!!」
蹲る黒死牟は、人肉を欲する体を理性でどうにか抑え込もうとする。
人喰いが欠かせない鬼にとって、人肉への渇望を制御するなどほぼ不可能だ。それを承知の上で、黒死牟は己を追い込んでいるのだ。その理由は、たった一人の男の存在だ。
――ロジャーのあの圧倒的な力は、どこから来るのか。
あの廃城での戦い以降、黒死牟は考え続けていた。
ロジャーは別世界から来た
――もっと形の無い……精神的な何かが、あの強さを引き出しているのではないか。
弟以外の〝
(私は……家も妻子も人間であることも、全てを捨てて強さを求めた……だがロジャーは、捨てることをしなかったのだろう……)
捨てるのではなく「最後まで護る」という道を選び続けたからこそ、ロジャーは強いのではないか。護りたい存在がいるからこそ、ロジャーはあそこまで強くなったのではないか。
黒死牟は――継国巌勝は弟に追いつくために、護りたい存在を自ら捨てた。その結果があの醜い化け物だったのなら、その真逆を行けばロジャーの強さの秘密を知り、緑壱のような侍になれるのではないか。その為には、人を喰らって強くなるのではなく、人を護るために鬼の本能を制しなければならない。
そう思い立った黒死牟は、人肉を断った。人喰い鬼である己との闘いを始めたのだ。
(私は……悪鬼のままでは……!)
人喰い鬼のままでは、ロジャーを超えられない。最強の侍にならねば、ロジャーには勝てない。
そう自分に言い聞かせ、耐え難い程の空腹でみっともなく涎を溢しながら、脂汗を流してどうにか自我を保つ。
鍛錬には全神経を集中できるが、鬼としての飢餓感は黒死牟の想像以上に強烈で、集中力がすぐ途切れそうになる。
――いつでも来い、黒死牟!!
「ロ、ジャー……」
ふと、ロジャーの声が響いた気がした。
幻聴だろうか、と思った矢先に意識が朦朧とし始めた。
視界が歪む。それでも、黒死牟は抗うことをやめない。
ロジャーは自分を唯一〝侍〟と呼んだ。強さも想いも真っ向から受け止めてくれた。そんな男を、どうして裏切ることができようか。
「ぐっ……わ、たしは……負けぬ……!!」
六つの目から血を流しながらも、黒死牟は鬼の本能に抗い続ける。
弟しか見えなかった自分の視界に現れた、最強の