「クーデターだと?」
「ええ。全ての手引きをしてあげるわ。オルテを丸ごと売ってあげるのよ、いい話でしょう?」
サン・ジェルミが持ち掛けたのは、オルテ帝国へのクーデターだった。
「殺せんせー、どういう意味かな?」
「首都を直撃して国を簒奪することですね。武力による奇襲攻撃によって政権を奪取するわけですが……話の流れだと無血開城に近いようですね」
「西洋の用語のようだね……ということは、あなたはどうやらいくつもの時代や世界を自由にまたげるようだ。私の死後もご存じで?」
「ンホホホ、どうなったか知りたい? 教えてあげても良いわよ。この場にいる
その言葉に、しのぶと耀哉は一瞬だけ顔を強張らせた。
彼の独り言から、無惨は倒される直前に鬼殺隊を絶望させるような
しかし、それを一蹴する者の声が響いた。炎柱である杏寿郎だ。
「聞かなくてもわかっている!!」
「!?」
満面の笑みを浮かべながらも覇気に満ちた声に、サン・ジェルミはたじろいだ。
「鬼舞辻無惨のことだ、
「煉獄さん……」
「杏寿郎……」
杏寿郎の脳裏に浮かび上がる、誰よりも優しい鬼殺隊士の少年とその妹。
あの無限列車での任務で、彼は竈門兄妹の可能性を見出し信じていた。あの二人こそが、鬼と鬼殺隊の戦いに終止符を打ち、鬼の始祖・鬼舞辻無惨を倒してくれるのだと。
「俺にできることはただ一つ!! 己の責務を全うすることだ!! ここには柱すら凌駕せんとする猛者もいる!! この世界でも猛威を振るう鬼舞辻無惨を、今度はこの煉獄の赫き炎刀で焼き尽くし滅するのみ!!」
杏寿郎から放たれる炎のような気迫。
鬼狩りとして、強く生まれた者としての使命感の熱さ。この誇り高き精神こそが杏寿郎の強さの源なのだ。
「アツッ! 火傷しちゃうわ、何あの子」
「大丈夫ですよ、アレはいつも通りですから」
「そういうことだ!!」
キッパリと言う柱二名に、サン・ジェルミは耀哉のスゴさを思い知った。
ここまで我が強い人間を、コントロールできる自信が無い。
「……で、何の準備も無しにできるのかい? 群雄割拠の戦国乱世じゃなくとも、国盗り仕掛けるからには勢いでやれるわけないだろ?」
鯉伴がそう言い、妖艶な眼差しを細める。
射止められたサン・ジェルミはあくどい笑みを浮かべた。
「ええ、当然
一同はサン・ジェルミによって馬車の中へと案内された。
「Lです。竜崎とも呼んで構いません」
「こいつが……助っ人?」
鯉伴は思わずそう呟いた。
サン・ジェルミが期待と信頼を寄せている人物が、まさかの不健康そうな青年だったとは。
ロジャーと耀哉を除いた一同は、何とも言えない表情を浮かべていたが、サン・ジェルミは不機嫌そうに告げる。
「見かけに騙されないでよね。彼は
「まあ、君がそう言うんなら信じるしかあらへんな」
不貞腐れたサン・ジェルミを宥めるように秀元は口を開き、Lに問う。
「それで、竜崎ちゃん……オルテを獲るには何をするん?」
「まずオルテの首都・ヴェルリナで藩治伯権限で貴族達を集めます。サン・ジェルミ伯の一声があれば大抵は集まるそうです。そこでサン・ジェルミ伯は貴族達にクーデターを宣言。反発されても予め懐柔した貴族には意見に賛同するよう手配してあります。その直後にあなた達が強行突入してオルテを解体してください」
「どう? 素晴らしいでしょう竜崎ちゃんの考え。これ私が頼んでから2分で考えたのよ?」
淡々と計画の内容を述べるLとサン・ジェルミが告げた言葉に、一同は息を呑む。
思い付きではない、綿密で合理性のある計画。これを2分で立案できる者などほとんどいないだろう。殺せんせーも大学教授に化けられる程の明晰な頭脳を持つが、彼はそのさらに上を行っていた。
上には上があるとはよく言ったものである。
「成程……だがどうやって首都に入るんですか? 国力がすり減ってると言えど、警備自体は厳重でしょう」
「侵入の際はこの馬車を使います。サン・ジェルミ伯はオルテ中枢の信頼も厚いので、馬車の中には兵士がいると言っておけば勘づかれることもない。向こうがそれぐらいの直感があればの話ですが。それとロジャーさん、でしたね。あなたに頼みたいことがあります」
「ん?」
*
――という訳で、一行は馬車にすし詰めにされながらも一週間掛けてヴェルリナに移動した。
ヴェルリナに入る前に門番に止められたが、「サン・ジェルミが戦争に加わる」と告げた途端兵士達は感激し、あっさりと通してくれた。なお、このやり取りに危機感が無さすぎると感じたのか、耀哉は「これじゃあ滅ぶね」とバッサリ切り捨てている。
「ここがヴェルリナか……」
「思った以上に酷いですね」
窓から首都の様子を伺う一行。
帝国と名乗るからには相応の発展を遂げていると思われたが、現実は真逆だった。
見かけ建物は立派だが、物流が止まってるからか、目抜き通りの市なのに並んでいる商品が貧しすぎる。通りにも店にも若者がおらず、徴兵のしすぎで労働力がなくなっている様子だ。中には負傷して道端で物貰いをする元兵士達もちらほら見られた。
「国父の思想に縛られ続けた末路、ですね……」
「一番の被害者はこの国に生きる者達だ、確かに変えねばならんな」
杏寿郎の言葉に、一同は頷いた。
「しかし準備する時がもう少し欲しかったですねェ……銃もあまり揃えられなかったし、訓練に至ってはほぼぶっつけ本番。黒色火薬の量も銃一丁につき4発が限界ですから」
殺せんせーとしては、話を持ってくるのが早過ぎると感じていたのか、どこか不満げだ。
それを聞いていたロジャーは、自らの強さに絶対的な自信があるからか「どうにかなるだろ」と楽観的だ。
「問題なのは……黒死牟達だな」
「! ロジャーさんも同じようなことを……」
二人が気掛かりなのは、
人類廃滅を掲げる彼らにとって、オルテ帝国は是が非でも滅ぼしたいはず。黒王と鬼舞辻無惨がどう考えているかはともかく、
「そうなると……竜崎君の予想通り、
「気にすんな、どっちにしろぶつかるんだ。どう勝つかを考えねェといけねェぜ」
数十分後。
オルテ帝国議事堂・総力戦会議議場では、藩治伯権限でサン・ジェルミがオルテ上層部を招集していた。
「サンジェルミ伯。藩治伯権限で会議を招集なさった理由をお聞きしたい。何故この逼迫した状況になってようやく招集なされたのか」
「
『!?』
議場でオルテのクーデターを発表したサン・ジェルミに、上層部一同は気色ばんだ。
「この国は私達「漂流者」が丹念に
「な……何を……何を言ってる!! サン・ジェルミ伯!!」
「何ってアナタ。これ以上分かりやすく言ったじゃない」
始まった瞬間に閉会どころか反乱を宣言するサン・ジェルミに驚いたのか、重臣の一人が衛兵を呼ぼうとする。
しかしその衛兵達は殺せんせー達によって一人残らず制圧済みであった。
「サンジェルミ、これは反乱だ! 反逆だぞ!」
「誰に対して? 国父? 党派? 私の案に賛成の人、手を挙げて」
おちゃらけた様子で告げると、出席した何人もの重臣達がサン・ジェルミを次々に支持する。伯の真意を読み取れなかった反対者達は、言葉を失う。
が、最後の二人だけは違った。
「「
「うんうん、いいわ」
「だが新たな漂流者を首班に置く新国家には反対する。新たな国の………全ての権力を黒王へ。 我らはただただ黒王様に許しを乞いて平伏し、その尖兵として人類世界の廃滅の事業をお助けする」
「!!」
何と、出席者がすでに廃棄物に操られていたのだ。
それも操っていたのは、国家中枢を操ったことで知られる怪僧ラスプーチンだった。その姿は半透明であり、どうやら操っている男を「端末」とし、遥か遠く離れた場所から遠隔操作しているようだ。
「ラスプーチン!
《サン・ジェルマン伯、考えることは似たようなことだったかな。相変わらずバカみたいな格好して》
――お前の思い通りになると思ったら、大間違いだ。
人類史に名を残す稀代の怪人物が対立する。
余裕の表情のラスプーチンに対し、サン・ジェルミは渋い表情を浮かべている。
そんな議場に、漂流者一行は殴り込んだ。
「おいおい、話と全然
「ニタニタ笑いながら言わないでください、ロジャーさん」
《君達が漂流者の面々か。ジャンヌとジル・ドレイが世話になったそうで……私はラスプーチンという》
「ラスプーチン……!? 百年戦争の英傑の次は、帝政ロシア末期の怪僧ですか……」
近代史最大の怪人の暗躍を知り、殺せんせーは驚愕する。
《黒王様はとてもお忙しい。正直あなた方に関わっているヒマはありません。何しろこれから世界を滅亡させるもので……ですので私は
ラスプーチンは指をパチンと鳴らす。
すると次の瞬間、議事堂の外で火の手が上がり、市街地に広がっていった。さらには議場に黒王軍が乱入し、オルテ上層部は混乱する。
《私もこの都に兵を入れさせて頂きました。まあ嫌がらせの類ですが。いやはや誠に申し訳ありま》
ゴウッ!!
議場に、見えない衝撃が走った。
ロジャーの〝覇王色〟だ。
全ての海賊達の頂点に登り詰めた、海の王者の規格外の〝威圧〟。それをモロに食らったオルテ上層部の重臣達と黒王軍は白目を剥き泡を吹いて気絶し、窓ガラスは砕け散り、壁には大きな亀裂が生じた。
さらに追い打ちを掛けるように、ロジャーはラスプーチンが操っていた男を問答無用で殴り飛ばした。操られた男はそのまま吹っ飛んで壁に減り込み、体をピクピクと痙攣させた。
(全て掌の上だと優位を誇っている相手を全無視……中々えげつないマネを考えますね、
(これはキツイで)
殺せんせーと秀元は、思わず同情の眼差しを向けてしまう。
ラスプーチンもサン・ジェルミも仰天のあまりポカンとする中、クーデターのキーパーソンであるLが現れて口を開いた。
「あなた達
《んなっ!?》
「私の真の狙いは、世界の危機が迫っているという事実を知らせることですから」
その言葉に、絶句するラスプーチン。
実を言うとLは、九割以上の確率でオルテ内部に
実際、ラスプーチンは帝都を火の海にして代表者の一人を操ろうとした。それだけで黒王軍はただの人外の寄せ集めではなく「本当に世界を滅ぼす気でいる一大勢力」だと認識せざるを得なくなる。
これが全て、Lの筋書き通りなのだ。
「成程……本当はあなたも無血開城を狙っていたようだ。しかし私達の突然の乱入で計画を乱されていた」
「いい塩梅の大義名分ができたという訳ですね、お館様」
「おい兄ちゃん、笑顔引きつってんぞ」
《っ~~~~~!!》
耀哉、しのぶ、鯉伴の順に畳み掛けられた途端、悔しそうな表情と共にラスプーチンは顔を歪めて消えた。
今頃本音を言い当てられ、自分の策が完全に裏目に出た上にプライドを傷つけられたことで八つ当たりでもしているだろう。
「……皆さんにお伝えしたいことがあります」
ふと、Lは殺せんせー達に顔を向け、こう告げた。
「あなた方と違って、私は命を懸けた勝負はまだ
『……!』
「ここに集った命懸けの漂流者で見せてやりましょうよ。――我々が必ず勝つということを」
怪僧を出し抜いた
己が信じる正義の為、黒王に立ち向かうことを宣言した瞬間だった。
同時刻、北壁にて。
「くっ……クソッ……あいつらめ……!!」
《ラスプーチン。答えろどうした?》
紫色に光る魔法陣の中で念じていたラスプーチンの野卑な言動に、ヴェルリナに侵攻していた鬼の副長・土方が問う。
ラスプーチン曰く、オルテ貴族を操り兵を入れたが、
「奴ら頭がおかしいぞ! 滅茶苦茶だ! まともじゃない」
《狼狽えるなラスプーチン。こいつは合戦だぞ、想定外の事は必ず起きる》
そんな二人のやり取りを聞いていた黒王は、こう命じた。
――ヴェルリナを奪われたら奪取から破壊に切り替えろ、と。
「なるべく大きな破壊と混乱を起こすべく動け。なるべく多く殺し、なるべく多く燃やせ、
「御意」
「御意の儘に。恐ろしい黒王様」
手に入らぬなら壊せ。漂流者に与えるな。
苛烈にして合理的な政治的判断を下した黒王は、それが最善だと判断したのだった。