黒王軍を迎え撃つべく、一同は迎撃準備を進めていた。
「エルフ200にドワーフ200……敵の数がわからないから何とも言えないですね」
「馬車に紛れて侵入させるのはこれで目一杯だったしな」
殺せんせーと鯉伴が悩んでいると、サン・ジェルミが帝都の外で伏せておいた五百人の精鋭軍が向かってることを伝えた。
数も質も把握できないが、戦力が色々と偏っているためありがたいことだ。本音を言えば少なすぎるので心配なのだが、あえて伏せておいた。
「サン・ジェルミ伯の軍が表に到着!」
「来たようですね」
「それが……」
「それが?」
サン・ジェルミの兵が到着し、表に出て見に行った一同。
だが、どうも様子が変だ。サン・ジェルミの軍は男衆で、誰もが屈強な肉体の持ち主なのだが……よく見ると男同士手を繋ぎ合ってる。
これがどういう意味かを察した一同は、サン・ジェルミをジト目で見据えた。
「そ、そうよ! 男同士のつがいの軍よ! な、何よ! 私の軍をどうしようと私の勝手よ! 文句あんの!?」
「領土の割に兵の少ない理由はこれか……」
「そりゃあ選りすぐりじゃねェと無理だな!!」
鯉伴は苦笑いし、ロジャーは爆笑。
むしろよく五百も集められたものだ。
「……ふむ。杏寿郎、号令を一ついいかな?」
「お任せを!」
サン・ジェルミの精鋭の練度を確かめるべく、耀哉は杏寿郎に命じた。
「――並べっ!!」
空気をビリビリと震わせる程の声が響く。
その号令に、サン・ジェルミの軍は隊列を組み直した。
「……うん、確かに兵力として申し分ない。では燧発銃を」
サン・ジェルミの軍は木箱からフリントロック式の小銃を取り出し、空に掲げた。
(ウッソ……
サン・ジェルミはこの世界で初めての銃撃隊を目の当たりにし、武者震いをした。
「突貫で揃えた銃は100丁。砲身が長い分、これ以上はさすがに無理じゃった。じゃが物は良いはずじゃ」
「ドワーフ長、ありがとうございます」
「さて……今回の作戦について説明します」
『!』
Lは淡々と今回の防衛戦について説明をする。
今回の指揮はLと耀哉が執り、部隊を率いる者と単独行動を取る者に分けて戦うという。
「オルミーヌさんの水晶球六つで、ヴェルリナ全体の戦況を把握できる
しのぶと殺せんせーに、水晶球が渡される。
「一つは万が一のストックとして取っておき……残りの三つは私達が一箇所にまとめ、会話を統括。誰に連絡をしたいのは本部である我々を介します。言わば即席の通信司令部です」
古今東西、情報戦は戦局を大きく左右する。
情報は戦況の客観的判断材料であり、兵器や兵の数よりも無視できない存在。人類史においても、強大な軍事力を得て物量の差で勝っていても、情報戦に負けたがゆえに敗北した戦いも数多くある。特にこの異世界では、情報の伝達が非常に遅いため、いかに情報戦を制するかで全て決まるような状態なのだ。
それを解決させたのが、水晶球による情報網の構築なのだ。
「成程! 戦況の僅かな変化ですら容易に把握できるという訳だな!」
「その通り。向こうがどれ程の規模で来るか把握できないからね。杏寿郎は民間人の避難誘導を。
「御意!!」
杏寿郎は片膝を突いて頭を垂れる。
そしてLは鯉伴にこんな命令をした。
「鯉伴さんはドワーフの皆さんを連れて敵を殲滅してください」
「せ、殲滅!? 竜崎ちゃん、まさか皆殺しにするの?」
「ええ、もちろん」
Lの躊躇いの無い宣言に、しのぶと杏寿郎、オルミーヌも難色を示した。
敵とはいえ、何も皆殺しにする必要は無いと考えていたからだ。
「そこまですることは無いんじゃないの? 奴らもオルテをかっさらいに来たんだから、無理と見れば引いていくんじゃないの?」
「サン・ジェルマン伯爵、あなた色んな時代を渡ったクセに戦争の歴史知らないんですね」
「な、何ですって!」
「撤兵が一番危ないんですよ」
殺せんせー曰く。
敵軍が拠点を落とせないと判断した場合、目的が占領から〝嫌がらせ〟に変わり、撤退する兵士は
民を平気で殺し攫い犯し、城は奪い燃やし、本拠に帰る途中の村は全部襲う。そんな〝嫌がらせ〟だけに敵が集中したら為す術も無い。ゆえに余計な被害を出さないためには皆殺しにしないといけないのだ。
「確かに……国の傀儡化が無理となりゃそうするかもねぇ」
「そもそも黒王は世界を滅ぼすつもりなんです、治める気が無いとなれば非人道的なことも平気でやるでしょう。盗れないなら国を壊す……それが向こうのやり方でしょう」
――もっとも、一番いい塩梅なのは「程々に襲わせといて私達がそれを助ける」……なんですけどね。
黒王の思考を読んでいた殺せんせーは、
「……そう言えば、ロジャーさんはどこに行ったのかな」
ふと、耀哉の一言に一同はハッとなった。
さっきまで会議に参加していた、この中で一番ガタイが良く目立つはずの男が、なぜかいないのだ。
「退屈だからどっか散歩にでも行ったんじゃねぇか?」
「何をしてるんですか、こんな時に……!!」
しのぶは「あの自由人め……!」とこめかみに血管を浮かべた。
殺せんせーが飛ばされてくる前までは廃城で二人っきりだった彼女は、ロジャーの奔放さに疲弊したことも多い苦労人。色々と察したのか、一同は顔を引きつらせ静まり返った。
「そうだね……ロジャーさんは我々の最高戦力だから、連れ戻してくれるかな」
「お館様!! それはこの煉獄杏寿郎にお任せを!!」
「そうだね。頼んだよ」
*
「よう! また会えて嬉しいぜ黒死牟」
「ロジャー……」
最強の海賊は、最強の鬼と再会していた。
二人の口角は、上がっている。前回は夜明けを迎えたことで切り上げざるを得なかったが、今回は日が落ちてさほど時間は経っていない。
黒死牟は腰に差した刀を抜き、切っ先をロジャーに向けた。
「ロジャー……決着を付けよう……!」
「お! 早速
そう言うとロジャーは手を差し伸べ、満面の笑みを浮かべた。
「
「!?」
黒死牟は六つの目を全て見開かせ、驚きを隠せないでいた。
超えると誓った相手が、己を勧誘しているのだ。
その笑みには邪念は一切孕んでおらず、心から願っているモノ。ゆえに黒死牟は、その意図を理解できなかった。
「何を……」
「仲間はいっぱいいた方が楽しいじゃねェか! それにお前のような侍なら、おれは相棒のように背中を預けられる! だから巌勝、おれと一緒に来い!!」
黒死牟は数百年ぶりに度肝を抜かれた。
ロジャーとは一度殺し合っただけで、今回が二度目の邂逅。たった二回しか会ってない相手に「お前は信用できる」と本心で言われたら、呆然となるに決まっている。ここまでのお人好しは滅多にいないだろう。
しかし、黒死牟の動揺を誘うには、あまりにも十分過ぎた。
ロジャーの手を掴めば、あの強さの秘密を知ることができる。たとえ自分より先に逝き、記憶の中の幻となっても、強いロジャーを超えると誓ったのだ。彼の差し伸べた手を掴めば、この世界で海の王者を超え、今度こそ縁壱に……。
「……なぜだ……」
「?」
黒死牟は、ロジャーに本心を――前の世界での末路を語った。
「……私は……こんな惨めな化け物に成り下がっても……負けたくなかった……生き恥しか残せない醜い男だ……! 私は縁壱に届かぬ…………ロジャー、そんな男に侍という言葉など――」
「それは
黒死牟の言葉を、ロジャーは遮った。
「本当に
「……」
「前の世界で負けちまったなら、
一度は海を統べた者の言葉に、黒死牟は息を呑む。
ロジャーは史上初にして前人未到の世界一周――
(ロジャー……お前も縁壱のいる〝高み〟にいるのか……)
その鬼のごとき強さに、どれ程の敵が恐れていたのか。
その生き様に、どれ程の人間が惹かれたのか。
その死に様に、どれ程の人々の記憶に残ったのか。
黒死牟は、弟に対して向けていた〝嫉妬〟とは少し違う
「それに決闘なら仲間であってもやれるから問題ねェよ!」
「な……!?」
「おれの仲間にバレットってのがいてな。そいつはおれを倒すために仲間になったんだ。3年ちょいの付き合いだったが、あいつは今でもおれの仲間だ!」
黒死牟は呆然とした。
一戦交えたことで、ロジャーという男がどれ程大きい存在かは理解できた。だが自分の命を狙う者を仲間として迎え入れるなど、器がデカすぎると言うより危機感が無さすぎる。黒死牟自身も自らの強さには絶対的な自信があり、闘志剥き出しの相手の扱いには長けてるが、ずっと同じ場所で過ごすとなるとさすがに気が滅入る。
(バレットとやら、猗窩座より厄介なようだな……)
「……で、巌勝。どうだ?」
「黒死牟とは……呼ばぬのか……?」
「何だ、黒死牟って呼ばれてェのか?」
笑みを崩さぬロジャー。
最強の侍になるために、最強の
黒死牟はロジャーに手を伸ばした。
が、ここで黒死牟自身も想定外の事態が起こった。
「……黒死牟、何をしている?」
「――っ!」
「!!」
その声に、黒死牟は背後を振り向く。
視線の先には、洋装で身を包んだ黒髪の美丈夫が黒死牟を深いそうに睨んでいた。
「貴様、まさかこの男の軍門に下るわけではあるまいな?」
「無惨……様……」
鬼の首魁・鬼舞辻無惨が誰にも気配を悟られずに現れた。
ロジャーはその姿を目視し、眉を顰めた。
「その声……そうか、
「貴様がロジャーか……成程、確かに鬼狩りの異常者共が赤子に思えるな」
無惨は目を細める。
千年もの間、自らをしつこく追ってきた鬼殺隊。その最高戦力である柱はそれなりにできたが、ロジャーは比べ物にならない強さを雰囲気だけで醸し出していた。それを察知した無惨は、面倒臭い相手に絡まれたなと苛立った。
(隙が無い……あの
(
海の王者と鬼の始祖は、互いに睨み合う。
すると、無惨が怒りを込めて黒死牟の心をゆすった。
「黒死牟、お前は何の為に鬼になった? 強さを求めるためだろう? 醜く衰え、老いというくだらぬ束縛にもがいて死にゆく男の紛い物の強さに、一体何の価値がある」
「それはおめェが決めることじゃねェ、巌勝が決めることだ! 自分がどう生きるのか、それは巌勝の自由だぜ」
「……そうなのか?」
ロジャーの言葉を聞いた無惨は、邪悪な笑みを浮かべた。
「――では黒死牟がどうなろうと、私の自由だな」
刹那、無惨は右腕を異形に変えて黒死牟の首筋に針を刺した。
そこから無惨の血が注がれていき、黒死牟は全身に血管を浮き出して悶え苦しみ始めた。
「あ゛あ゛っ……があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「巌勝っ!!」
「そいつを喰え。〝高み〟はその先にあるぞ?」
無惨はまるでゴミでも見るような目で、蹲って悶える黒死牟を見下す。
「…………今まで色んな野郎に会ったが……てめェ程あくどい奴はいなかったぞ」
ロジャーは、久しぶりに激昂した。
この世界で初めての
「何とでも言うがいい。鳴女」
無惨がそう言うと、ベンッと琵琶の音が響き、襖が現れた。
逃げられると悟ったロジャーは、サーベルを抜いた。
「〝神避〟!!」
ロジャーは無惨に覇気を纏わせた斬撃を飛ばす。
が、あと少しで無惨に届くというところで――
ガギィン!!
「っ!?」
「ほう……醜くはなったが適合できたか」
斬撃を相殺したのは、誰が見ても醜くおぞましい化け物の姿となった黒死牟。
侍の姿から遠くかけ離れた異形の怪物と化した彼に、ロジャーは言葉を失った。
「ロジャーと言ったな……貴様は黒死牟には勝てぬ。人間が鬼に敵うわけなどない」
「てめェ……」
「せいぜい黒死牟の糧になるがいい」
そう言い残し、無惨は襖の向こう側へと消えていった。
その場に残されたのは、鬼と称された
これ程までに戦いにくい殺し合いは、久しくなかった。再戦を約束し、殺し合いの中で生まれた奇妙な
「……い、ざ……」
「――!」
しかし、希望はまだあった。
侍の姿を失ってなお、黒死牟は刀を抜いたのだ。
鬼の本能にほとんど呑まれても、侍であり続けようと抗っているのだ。
「……そうだよな。こんなところでつまづいてちゃ、らしくねェよなァ」
ロジャーはサーベルを構えた。
まだ、手は届く。
鬼の本能に抗い、いつ切れてもおかしくない「糸」を必死に繋ぎ止める相手に、自分がへこたれてどうするのか。
「巌勝、歯ァ食い縛れ!! 決闘の続きは、この後にしようぜ!!」
ロジャーは、この世界で「好敵手を救うための戦い」に挑んだ。
倒すべき敵は、
ロジャーって、案外追撃はしない主義かなって思います。
迎撃と殿は滅茶苦茶強いけど、背を向けて逃げる敵は追わないみたいな……そんな性格だと思ってます。本作ではそういう面が原作と違って色濃く出てるかなと。