ついに首都ヴェルリナで、防衛戦が始まろうとしていた。
殺せんせー達
《いいかい? この世界で初めての銃火だ。君達が魁であり、その後には何億丁もの銃が続く。君達は、この現世の世界史を塗り替える唯一の存在だ)
水晶球から発せられた耀哉の声に、銃を構えていたサン・ジェルミの精鋭は不安げな表情を一変させ、数多の視線をくぐり抜けた覚悟ある兵士の顔になる。
その様子を見ていた殺せんせーは、不思議な高揚感を覚えた。
(それにしても耀哉さんの〝声〟スゴイですねェ……時の為政者が持ってたら歴史変わりますよホント)
かねてより殺せんせーは、耀哉の声音――聞く者に心地良さや癒しを与える「
士気は時に兵器以上の力を発揮する。それが目に見える形で効果が出たことに、驚きを隠せない。
「来ましたね」
ヴェルリナに乗り込んで来た黒王軍の尖兵を、視界に捉えた。
しかし、殺せんせーは極限まで引きつけるよう命じる。マスケット銃は有効射程が50メートル程度と言われているためだ。
「撃て!!」
十分に引き付けてから、殺せんせーは号令を出した。
引き金が一斉に引かれ、銃口から次々に銃弾が発射。硝煙を撒き散らしながら目標の黒王軍に命中し、次々と黒い鎧を貫いた。
黒王軍は突然の銃撃に驚くが、サン・ジェルミ軍も銃の性能に驚愕する。一方の殺せんせーは、銃という兵器が存在しない世界での実戦で練度不足がどう響くか、鋭い眼差しで見据えるが――。
(今のところ、問題無いようですね)
黒王軍の狼狽する姿を確認した殺せんせーは、狙い通りの効果が上がったことを確信して口元を緩ませた。
「通信司令部! しのぶさんに合図を!」
《は、はいっ!!》
水晶球で司令役の通信司令部に連絡をする。
それから数秒程で、黒王軍の頭上に矢の雨が降り注いだ。
(混乱する敵兵、勢いづく味方兵、水晶球の統括運用……効果は絶大。念の為にと
殺せんせーの傍では、サン・ジェルミの精鋭達が筒状の物を開いて銃口に火薬を注ぎ入れている。
火縄銃も然り、燧発銃も然り、前装式の銃器は装填に手間がかかる。特に装填の作業では火薬を入れる分量を間違えれば暴発に繋がるため、細心の注意が必要だ。ましてやこの異世界では銃器という兵器が存在しないため、扱いは全員不慣れである。
そこで殺せんせーは、すでに計量済みの火薬と弾丸をまとめて内蔵した紙製薬莢を製作。装填中に薬量をはかる行為の省略をし、さらに兵士の配置を工夫して交代の連射を行える戦法を立案。これにより空白時間を短縮させ、練度不足による次弾準備の遅れを解決させた。
「第二射、撃て!」
二度目の火吹き。
第二射も命中し、悲鳴と共に骸と化したことで動きが鈍くなる黒王軍に、殺せんせーは黒い笑みを浮かべた。
初めての銃声を耳にしたことで「あの音と煙が上がると誰かが死ぬ」と刷り込まれ、怯んで足を止めてしまったのだ。そもそも100丁の銃は「恐怖させる〝脅し〟」に過ぎず、本隊は斧を持つドワーフの部隊と長距離攻撃ができるエルフの部隊。
刷り込みが完了した時点で、連合軍の勝利は間近なのだ。
「じゃあ、あとは頼みますよ」
「あいよ!」
「50年分の鬱憤、晴らしに晴らしてくれるわっ!!」
銃列隊が退くと同時に、鯉伴がドワーフ達を率いて黒王軍を
鯉伴は軽い身のこなしで翻弄するように敵軍の中を掻い潜り、それに気を取られた隙にドワーフ達が物量と気合で押し、意気揚々に敵を薙ぎ倒していく。見る見るうちに敵の戦線は崩壊していき、その状況を見ていた殺せんせーは、通信司令部を通じて援護射撃するよう指示を出すが……。
(……嫌な予感がする。いくら何でも
「前衛は捨てる」
殺せんせーの予感は、的中していた。
反撃を受けた黒王軍は、元新撰組副長・土方の指示で前衛を切り捨てることとなった。
「兵は小部隊に分かれ 都市の小道を分散して議事堂に向かえ」
一旦兵を下がらせて引き付けておき、その間に下がらせた兵を散開し都市の通路を通って議事堂を攻めるという作戦を実行しようとしていた。
「あの突撃隊は俺が相手する」
*
鯉伴が率いる突撃隊は、あっという間に前衛を壊滅させた。
退却を始めた敵に、ドワーフ達は呆れ返った。
「何じゃい、骨の無い連中だの」
「他に肝の据わった奴はおらんのか?」
ドワーフ達がボヤく中、鯉伴は異変に気づいた。
「……後備えがいない?」
後備えという、撤退させるために死兵となる部隊がいない。この防衛戦は近現代の戦争というより戦国時代の合戦なので、必ず殿を務める部隊が存在しなければならない。敵に背を向けるという戦術的に劣勢な状況で、追撃を阻止せねばならないからだ。
殺せんせーもそれに気づいたのか、その引き際の良さに不気味さを覚えていた。
(追撃を阻止するというより、追撃してもらいたがるような態度……これは……)
もしやと思い、殺せんせーは水晶球で連絡を取った。
「通信司令部、しのぶさんに連絡を。屋上から見て、状況はどうなってますか?」
《わ、わかりました!》
オルミーヌの慌てた声がした後、しばらくして返事が来た。
《敵が少人数に分かれて街中に分散し始めてます。各所で火を付けているため煙で見通しが利かないようです》
「っ! 参りましたね……恐れていたことが現実となってしまった……!」
しのぶの報告に顔色が変わった殺せんせー。
柄にもなく余裕が消えた表情に、サン・ジェルミも怪訝そうな顔をする。
「な、何? どうしたの?」
「銃を知っている
「何ですって!?」
殺せんせーは、顔に焦りを浮かばせる。
小部隊に分かれた黒王軍が各所に火をつけて視界を潰す――これは組織的な撤退で、敵の指揮官が戦況を見て判断したのではなく、
先日のジャンヌ達と違い、明らかに戦術を心得ている廃棄物が指揮している可能性が浮かび上がってしまった。戦国乱世の武将・軍師か、はたまた世界的に有名な将軍か。いずれにしろ、かなり厄介な相手が敵軍の将として侵攻しているのは明白だ。
だが、殺せんせーはもう一つある可能性に気づいた。
(いや、待て……だとしてもおかしい。対応が早すぎる。敵の指揮官は……銃を知ってるだけじゃなく、局地戦にも慣れている? ということは……)
一方、鯉伴達は黒王軍が撤退した直後に現れた男と対峙していた。
「…………ドワーフさん達よう、ここは俺に任せちゃくれねぇかい」
「お主はどうする? まさか一騎討ちか?」
「妙な気配がする。アイツって言うよりも
鯉伴はドワーフ達を退却させ、土方と対峙する。
「オレは奴良組二代目・奴良鯉伴ってんだ。お前さんは何て言うんだい」
「新撰組・土方歳三義豊」
「新撰組……久しぶりだねぇ」
目を細め、懐かしそうな笑みを浮かべる。
幕末期、鯉伴は在りし日の新撰組と京の都で邂逅している。その際には一番組組長の沖田総司を苦しめた黒塚という妖怪を退治したのだ。
が、それはあくまでも
「オレは薩長の連中じゃねぇし、幕臣でもねぇ。江戸を仕切る闇の主だ。お前さんにゃ恨みも何もねぇ……だからここは引いちゃくれねぇかい?」
「それはこちらも同じこと、俺もお前に恨みは無い。だがお前が
土方は体から煙のようなモノを吹き上がらせた。
それは渦を巻き、少しずつ人の姿になっていく。その姿は、鯉伴も一度は目にしたダンダラ羽織が特徴の出で立ち――新撰組の隊士だ。
「妖と人外の次は亡霊かい。オレは随分好かれてるようだね」
「散れ、漂流物」
土方の一言を皮切りに、新撰組の亡霊達が一斉に鯉伴へと斬りかかる。
その剣刃は鯉伴を次々と串刺しにするが、姿を揺らめかせ笑っており、土方は眉間にしわを寄せた。
「……義経の言う通り、小賢しい妖だったか」
「オレの能力は知られてるってかい。――しかしこの幽鬼、おっそろしいねぇ。攻撃が実体化して通ってる。おまけに……」
鯉伴は長ドスを抜き、次々と亡霊達を斬り捨てていく。が、亡霊達に斬撃は通じず、すぐ再生してしまう。
そう、土方の従える亡霊達は、自分達への攻撃を無効化しつつ相手への攻撃を通すという反則的な能力を有しているのだ。
「こっちの攻撃は通さないときた。だから……」
鯉伴は〝明鏡止水・桜〟を発動させ、蒼い炎で亡霊達を全て焼き払った。
「っ……! 貴様っ……貴様に〝士道〟はないのか」
「化かし合ってナンボの妖に言っても困るぜ。オレは新撰組でも侍でもねぇからな」
一理ある言い分に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、土方は愛刀を抜いた。
亡霊達を攻撃しても、あの蒼い炎で焼き払われるのがオチだと察し、一騎打ちの斬り合いで雌雄を決しようと考えたのだ。
「貴様は俺達を、新撰組を舐めているようだな。思い知れ!」
魑魅魍魎の主と鬼の副長が斬り結んでいる頃、通信司令部では。
「……マズイことになってるようだね」
「できればそうならないことを願ってたんやけどなぁ……」
司令部もまた、打開策を必死に練っていた。
マスケット銃は有効射程の短さと命中精度の低さゆえ、纏めて初めて意味がある。分散するにしても、練度が低い上に小隊を率いることができる者もいない。杏寿郎なら小隊長としての才能がありそうだが、今はロジャーを探しに行っている。全員で打って出て潰して回すにしても、それでは時が掛かり過ぎて城市が壊滅する。
戦闘の指揮を前線で行った経験のない二人が明晰な頭脳と勘で策を練る中、Lは状況を整理した。
(敵は前衛は捨て、一旦兵を下げている。立て直しができないと即断した。その次に小部隊に分かれ、各所に火をつけ視界を潰している。国盗りから、国を壊す方針になった。それにしても、何でこんな攻めやすい街をすぐ諦めた……っ!)
ふと、Lは気づいた。
このヴェルリナの最大の特徴は、戦争になった際に敵軍にとっては攻めやすく、自軍にとっては守りにくい点だ。サン・ジェルミが籠城戦を考えずに土地構想に携わっていたため、守りにくい平地の都市にも関わらず城壁すら存在しないからだ。
それに敵軍にとっては、ヴェルリナの建物の構造上、地上の相手から姿を目視で確認されずに攻められる。それはつまり――
「しのぶさん、町全体と火の広がり方を見て、敵の動きを見てくれませんか?」
《敵の動きを? わかりました、少々お待ちを》
Lの要請にしのぶは快諾し、しばらくすると彼女が報告した。
《確かに敵勢は分散してバラバラに動いています。一見滅茶苦茶に見えますが……大きく迂回したりしてそちらに向かってますよ?》
「「!」」
(やはりか。彼らはこの国を奪うことを諦めていない)
Lは敵軍が初期目標に固執していることに気づいた。
その意味を理解したのか、秀元も耀哉も目を大きく見開いている。唯一ピンと来ないのは、胸はデカイのに頭が軽い疑惑があるオルミーヌだけである。
「殺せんせー、聞こえますか? 敵の腹が読めました」
《っ! 本当ですか!?》
「敵は〝嫌がらせ〟に切り替えていない。大きく迂回してこっちに向かってます」
《っ! ……成程、戦術は玄人でも戦略は素人ということですか》
殺せんせーも敵軍の狙いを悟ったのか、笑みを含んだ声を上げた。
黒王軍の目的は当初から切り替わっておらず、この期に及んで変えていない。それはつまり、敵将は局地戦においては抜群の指揮能力を持つが、戦場全体の勝ち負けや損得を見る視点が無いということ。
殺せんせーは「率いる者として素人なら、手玉に取れる」と言い切って提案した。
《本営を囮にし、敵軍を一人残らず誘い込みましょう。全員庁舎から出てください》
指揮官としては不十分だと判断した殺せんせーは、散った敵を一か所に集めて一気に潰す策を考えたようだ。
事態の打開策を見出したことで、司令部は安堵に包まれた。
「オルミーヌさん、例の石の札を。すぐにでも発動できるようにね」
「は、はい!」
脱出の準備を進める司令部。
そんな中、秀元は複雑な表情を浮かべていた。
(……いや、ちょっとおかしいで。廃棄物が国盗りに固執なんてあるんかいな?)
廃棄物は世界廃滅を標榜としているのは言うまでもない。
だが漂流者が作った国を、滅ぼすのではなく乗っ取ろうとしているのは本来あり得ないことだ。この異世界において、廃棄物は世界廃滅の為に問答無用で潰すだけのはずだからだ。
(北壁で、まさか建国でもしてるんか……?)
黒王軍に制圧されたカルネアデスがどうなっているか、今になって確かめたくなった秀元だった。
次回はロジャーと黒死牟の頂上決戦第二幕です。
多分煉獄さんは何もできないと思います、巻き添え食らうので。(笑)