一夜明け。
オルテ帝国の掌握に成功した漂流者一同は、戦後処理に追われていた。
「どうしてくれんのよ! 政庁舎に至っては、完全に廃墟じゃないの!!」
「火薬やら油やら、ありったけ使いましたしねェ。それに敵が戊辰戦争で徹底抗戦した土方歳三となったら仕方ないでしょう」
殺せんせーの反論に、サン・ジェルミは歯噛みする。
すんなり無血開城のはずが、廃棄物との戦闘となり、都がこんがり焦げてしまった。しかもロジャーと黒死牟が戦った場所に至っては、衝撃の余波やら流れ弾ならぬ〝流れ斬撃〟やらでメチャクチャ。復興には骨が折れそうだ。
しかし、もし鯉伴が土方の足止めに成功しなかったら、土方は迷いなく銃部隊を襲うだろう。下手をすれば訓練した兵も量産した銃も台無しとなり、再建不可能だったかもしれない。
問題は首都が燃えたことで、四方で戦っている軍隊が従わなくなること。予定通りなら政権奪取で指揮権も奪えたが、無血クーデターができなかったため、各地の軍隊は恭順してくれず、任地で軍閥化・小さな国となって群雄割拠することが予想される。
「そうやって人類をバラけさせることが、黒王の目的の一つだったんでしょう」
「……策はありますか?」
「勿論。――ですがその前に、まずはサン・ジェルミ伯。投資としてあなたの資産全額出してください」
「何ですってーーーーー!?」
デザートをつまみながら発言したLに、サン・ジェルミは激怒。
しかし「経済」こそ軍の根本である。経済資源を取り込むことは、自軍が作戦を効率よく遂行する上では重要であり、敵軍が戦争を上手く遂行できないようにさせるための必要な手段なのだ。
「確かに国庫から評議会の皆さんの財産も何もかも、資金を集めなければいけませんね。戦争するのにも金が要りますし、搾れば搾る程よく出てきますし」
「周辺諸国、特にグ=ビンネン通商ギルド連合との和解も必要やしなぁ」
「わかってるわよ!! 私がどうにかするわボケェ!!」
殺せんせーと秀元も続くように課題点を上げ、怒りながらも自分が一任すると宣言。
振り回され続けているせいか、段々やけくそになっている。
「……だが当面は各地の方面軍を何とかしたいわね」
地図を広げ、相談し合う一同。
「海岸線の第五軍はすでに海のモクズで問題にはならない。オルテの肝である西方の第三軍・第四軍をどうするか……」
「北の第二軍は? かなりの規模のようだけど」
「それがね、不可解なのよ」
サン・ジェルミ曰く。
第二軍は北方の亜人達を征服すべく、犬人や猫人の諸部族と交戦している。だがその諸部族が急に凶暴化して大攻勢をかけてきており、首都の状況を知らずに救援を求めてきたというのだ。
「何が起きてるのかしらん。まさか黒王軍……?」
その頃北方では、オルテ帝国の第二軍が軍閥化した獣人達の猛攻を受けて壊滅状態に陥っていた。
その指揮を執っているのは、
「水影様、敵を追い詰めました!!」
「伏兵を出して殲滅しろ」
忍らしく冷徹に指揮をするやぐら。
その表情はどこか退屈そうで、骨の無い奴らだとでも言わんばかりだ。
「……何か、私らの出番は無いようだね」
「やぐら殿は里を治める器量もあるからな」
「うむ……ひとまず、無事で何よりでござる」
最前線に立つ必要性が無くなった菜奈とジョットは、十月機関の使者を務める万斉と言葉を交わす。
「しかし……晋助殿は一緒ではないのか? 同志だろう?」
「晋助は今、北壁に向かってるでござる」
万斉の一言に、ジョットは目を見開いた。
北壁――カルネアデス王国は、黒王軍の侵攻の前には為す術もなく陥落してしまっている。カルネアデスには晴明の指令の下、十月機関の構成員とドグという冒険者が偵察をしているため、高杉は二人の応援に向かったということなのだろう。
「廃城の漂流者達と連携できているが……一番は東方の海上にいる漂流者でござる。話し合いが通じる相手であればいいが……」
「……この際、おれが出張るか?」
「お前は止めておけ、ドジ踏んで最悪の事態にでもなったら困る」
バッサリ切り捨てるやぐらに、コラソンはショックのあまり項垂れるのだった……。
*
その日の夜。
「上弦の壱の……巌勝殿の容体はどうだい?」
「あれ以来熟睡中ですね。
「頚を落としたり日光に一瞬晒したり……少し申し訳ないことをしたな」
たった三人の鬼殺隊は、今後の方針を話し合っていた。
大正の世と違い、日輪刀も「全集中の呼吸」の使い手も同志達も、鬼狩りの組織として致命的な欠陥を抱えている。一方でロジャーや鯉伴をはじめ、個々の戦闘力で言えば上弦の鬼と同等かそれ以上の猛者が味方しているのも事実。打倒無惨と言う面では前の世界よりも有利かもしれない。
しかしこの異世界には、人類を滅ぼそうとする黒王軍がおり、無惨はその勢力に加担している。人類全体としてはかなりの劣勢に立たされているだろう。
「……鬼殺隊は鬼以外の存在を直接殺めた経験が無い。介錯を務めることはあっても、それと殺生は別物だ」
耀哉は断言する。
同じ時代を生きたライバル達と熾烈な覇権争いを繰り広げたロジャーや、攘夷戦争という修羅場を潜り抜けた高杉と違い、鬼殺隊は人を護る組織であるがゆえに人間同士の殺し合いを経験していない。
人間が人間を殺し、人間が他の種族を弾圧・侵略する世界において、鬼殺隊としての矜持を貫くのは容易ではない。
「でも鬼殺隊として、越えてはならない一線を越えるのもいかがかと」
「その通り。……だからこそ、鬼殺隊として最も恥ずべき事態を避ける努力を継続するのが、今後の方針の一つとなる」
「うむ! 世界の為という大義があろうと、鬼殺隊が人を殺めては本末転倒だ!!」
戯言とぬかすも結構。
何とでも言うがいい。
我々はいかなる状況だろうと、決して人を殺さない。
その揺るがぬ信念を確認した耀哉は、穏やかに微笑んだ。
「ところでお館様! 上弦の壱は今後どうなされるおつもりでしょうか!」
「巌勝殿は目を覚ます次第には話し合うつもりだ。彼は千年以上も我々に一切の情報を掴ませなかった無惨の手の内を知っている」
耀哉は無惨が産屋敷家に襲来した際、覚悟を決めた妻と子供と共に自爆した。
杏寿郎は猗窩座との死闘の末、無惨と対峙することなく黎明に散った。
しのぶは無惨の根城・無限城で姉の仇である童磨に、その肉体に吸収される形で捕食された。
つまり、三人共無惨の能力を知らないのだ。廃棄物としてこの異世界にいる以上、前の世界で確実に死んだことは明白だが、どうやって死んだのかは知らない。そして倒すために無惨がどれ程足掻き、鬼殺隊がどれ程の犠牲を払ったのかも知らない。
鬼殺隊がたった三人という現状で、黒死牟の強さと情報源は必要不可欠であったのだ。ましてやここは異世界、前の世界よりも無惨の居場所を突き止めるのは困難を極めるだろう。
「巌勝殿はロジャーさんに任せるつもりだよ。何せたった一人で、それもほとんど無傷で十二鬼月の頂点と互角以上に渡り合った豪傑だ」
「ああ!! 柱として不甲斐無いが、俺ですら助太刀が足手まといになると痛感した!!」
「煉獄さんですら……伝説と呼ばれるだけありますね」
鬼狩りの最高位の中でも上位に位置する
しかし杏寿郎もまた、成長中である。鍛錬を続ければ
「俺はあの人に師事して、さらに己を磨く!! 父上に勝るとも劣らない男から、多くのことを学ぶつもりだ!!」
「その意気や良し。期待しているよ杏寿郎」
耀哉は朗らかに笑うと、世界を取り戻した双眸で二人の顔を見据えた。
「ここだけの話なんだけどね……ロジャーさんは、敵対する者にとって最も恐ろしい能力の持ち主だと私は思ってる」
「「!」」
「巌勝殿の心酔ぶりを見ればわかるだろう?」
その言葉に、杏寿郎としのぶは目を見開いた。
そう、ロジャーは単に武力で黒死牟を軍門に下したのではない。強さも想いも、黒死牟の全てを真っ向から受け止めた上で勝利し、仲間にしたのだ。
海賊王の真の恐ろしさは、天災に匹敵する戦闘力ではなく、敵をも惹きつけ味方にさせてしまう不思議な魅力にあると耀哉は考えているのだ。
「しのぶ。私や杏寿郎よりも長く付き合っているだろう? 彼をどう思ってるんだい?」
「豪快な楽天家と言ったところですね。でも……炭治郎君と似ている部分もありますね」
「竈門少年と? どう見ても性格は真逆ではないか?」
「ええ。しかし相手が誰だろうと衝突を恐れないところは、二人共似ている気がするんですよ」
しのぶはクスッと微笑んだ。
かつての柱合会議で、炭治郎は妹の禰豆子を傷つけた同僚の
「ハハハハ!! 確かに真っ直ぐな人とも言えるな!!」
「性格は全く似つかないけどね」
時同じくして。
政庁舎のある部屋で、元の侍の姿に戻った黒死牟は目を覚ました。
「……ここは……」
「気がついたのか」
「!」
六つある目が、テーブルの上に座って酒を煽るロジャーを捉える。
人としても鬼としても、生まれて初めて羨望した存在。同じ最強でありながら嫉妬と憎悪しか湧かなかった
心底楽しそうに、心底嬉しそうに短い生を謳歌する王者に、剣を極めた鬼は目を細めた。
「……お前には……礼を述べねば……」
「そうかしこまることはねェだろ? お前はもうおれの仲間だ、もう少し砕いたっていいんだぜ」
「……」
呆れた男だと、黒死牟は心の底から思った。
元はというと、鬼になる前の黒死牟は戦国時代の武家の長男だ。海千山千の強者達の長となれば、風格と威厳、そして一切の隙を見せない警戒心が求められる。そうでないと組織の統制が利かなくなるのだ。事実、上弦の壱として無惨の配下にいた頃は、序列を重んじて十二鬼月の頂点に君臨してきた。
しかしロジャーはどうも、上下関係を重んじつつ周りの動向には常に目を光らせることを嫌っているようであった。覇者が集団の序列をあまり重視せず、敵対した相手を信じ切るなど、それこそ黒死牟の常識を根本から覆すことだ。
「巌勝……
わははは、と豪快に笑うロジャーに、黒死牟は釣られるように微笑んだ。
すると――
「そういやあよ、巌勝……縁壱って誰だ? 寝言でたまに言ってたぞ」
「!?」
黒死牟の顔が、みるみるうちに青褪めた。
それは、彼自身が最も恐れていた事態だ。
心の底から羨望した男に、心の底から憎んでいた弟のことを知られる。嫉妬や憎しみとは無縁であろうロジャーに、己の業であり弱みである縁壱への妄執を暴かれるのは、何よりも耐え難いモノだ。
「っ……!」
黒死牟は傍に置いてあった刀に手を伸ばした。
一人にして欲しかった。研鑚し極められた身体に渦巻き、世界をまたいでなお魂を焼き尽くす嫉妬と憎悪の劫火を鎮めるには、他者が居てはならないと。
しかしロジャーは、刀に手を伸ばすよりも早く右腕を掴んだ。黒死牟は手を振り払おうとしたが、まるで力を吸い取ってしまったかのように、ピクリともしなかった。
「言ったろ、お前はもうおれの仲間だってよ」
不敵な笑みのまま、ロジャーは口を開いた。
全てを見え透いているかのような、何とも言えない不思議な空気を纏い、それでいて全て受け止めてやると言わんばかりの眼差し。
この男に隠し事やウソは通じない――そう悟ったのか、黒死牟は怨毒に満ちた過去を語り始めた。
「縁壱は……継国縁壱は、私の実の弟だ……」
黒死牟は、鬼としてだけでなく
鬼狩りの長き歴史の中で最も優れた剣士であり、この世の理の外側にいる、神々の寵愛を一身に受けた弟。神の領域の強さを有し、その強さと剣技を手に入れようと全てを捨て去った己自身。鬼舞辻無惨との出会いと、赤い月夜の晩の戦い。そして無限城での鬼殺隊との最後の戦い……。
気づけば、この異世界に飛ばされる直前までの話をしていた。黒死牟はぶつけたかったのだ。この身体に渦巻く感情を吐き出したかったのだ。
「なぜお前だけが特別なのだ……なぜお前だけ……!!」
「それは
有無を言わさぬ声が響いた。
見るからに極悪人のような顔に、六つ目を向ける。
「絶対的な力を持つ一人でも、成し遂げられねェことはあるんだ。だから仲間や家族がいる!! 不治の病が末期を迎えても冒険を続けられたのも、
「お前が、不治の病……だと……!?」
黒死牟は動揺を隠しきれなかった。
最強の
「人間ってのァな、特別ゆえに悩み苦しむことがあるんだ。強すぎるから、出来が良すぎるから、そういった
「……ロジャー……」
「縁壱は、お前に好かれたかったんじゃねェのか?」
「っ!!」
黒死牟はハッとなる。
決別した今、縁壱が
鬼殺隊を裏切ったことを恨んでいるのか。鬼舞辻無惨の部下になったことを憎んでいるのか。自分を追い続けた兄を疎んでいたのか。
もし、それを知ることができるなら――
「……縁壱……お前に会いたい……」
黒死牟は小さく呟いた。
あれ程憎んだ弟でも、あんなにも嫌悪した存在でも、今一度邂逅して強さも想いもぶつけたい。ロジャーのように全て受け止めなくてもいい。それでも、お前になりたかった私を見てほしい。
遥かなる高みを目指し続けた男の本音を耳にしたロジャーは、「どうにかなるかもな!!」と豪快に笑った。
「ここじゃ色んな世界の
「っ!? わ、笑えぬ冗談は止せロジャー……!!!」
縁壱だとあり得そうだからやめてくれと、顔を覆いながら憧憬した男に訴える黒死牟だった。
早くドリフターズの最新刊出ないかなぁ……。