それから四日程経った夜。
オルテの街がようやく機能し始めた中で、凄まじい〝試合〟が郊外で繰り広げられていた。
ギィン!
「「ハァ、ハァ……」」
「……両者、そこまでだ……」
息を切らす高杉と杏寿郎を制止する黒死牟。
二人は納刀すると共に、投げ渡された瓢箪の中の水を飲む。
「ハッ……それが全集中の呼吸ってヤツか。久しぶりに熱が入ったぜ……」
「うむ! 高杉殿の剣の技量も見事! 呼吸の使い手であったなら、瞬く間に柱になり得ただろう!」
口角を上げ、互いに健闘を称える。
ロジャーの提案から始まった、漂流者を鍛える特別稽古。当初こそ基礎体力向上や筋肉強化訓練などのメニューがあったが、そもそも百戦錬磨の男衆であるため、やっぱり試合という形で収まった。
そして現在。互いに戦ってみたい相手と一対一の打ち込み稽古となり、高杉と杏寿郎の試合は引き分けに終わった。なお、その前に黒死牟は鯉伴と一戦交えており、黒死牟が地力で上回っている。
「しかし……侍が滅びかけたというのに、これ程の剣士がまだ生き残っていたとは」
時代が変わり、力を奪われた侍。
鬼狩りはその生き残りの一種と、万斉は認識していた。
奇しくも万斉と高杉は天人を、杏寿郎ら鬼殺隊は人喰い鬼を相手にしており、人間とは明らかに異なる種族と熾烈な戦いを繰り広げたという点で共通している。
「よ~し……! それじゃあ今度はおれ達の出番だな!」
「お手柔らかに頼むぞ、ロジャー殿」
そして最後に、ロジャーとジョットが対峙した。
互いに最強と称されたアウトロー同士の一戦は、やはり注目の的なのか、男衆の視線が集まる。
(風格は間違いなく本物。実力はいかに……)
(……あの南蛮人の実力は、未だ見たことがない……見極めさせてもらおう……)
(額と両手に灯る炎は、一体……?)
次々と疑問が湧く中、彼らを代弁するようにロジャーが興味深そうに尋ねた。
「その炎は何だ? 何の能力だ?」
「これか? これは〝死ぬ気の炎〟と言ってな、人間の生体エネルギーを圧縮し視認できるようにしたものだ」
死ぬ気の炎は、オーラより密度の濃い超圧縮エネルギー。使い方次第では、攻撃だけでなく移動手段や機械類の動力源にも活用でき、炎の強さを示す炎圧の制御が精密であればレーザーのように飛ばすことも可能となる。
そしてジョットは、死ぬ気の炎を扱うマフィアグループ「ボンゴレファミリー」創立者にして、歴代最強のボスとして後世に語られている。ロジャー同様、伝説的な人物であるのだ。
「へェ、
「まあ、そうだな」
ロジャーの指摘に、ジョットはあっさりと肯定した。
死ぬ気の炎は生体エネルギーであり、言い換えれば生命力を熱エネルギーに転換したようなモノだ。無尽蔵に使える都合のいい代物ではなく、使い過ぎれば消耗し、最悪の場合は命の危機にもなり得る。
しかしジョットは、生まれつき純度も炎圧も極めて高い死ぬ気の炎の持ち主だ。戦闘力も死ぬ気の炎も上限が見えない程であり、並大抵の異状では倒れることを知らない。心配は無用だ。
「覇気か死ぬ気の炎か……力比べと行こうじゃねェか、ジョット」
「うむ……その言葉、乗った!」
久々に本気で戦える相手だと悟ったのか、ジョットは嬉々とした様子で答えた。
ロジャーとジョット――伝説の海賊と伝説のゴッドファーザーの手合わせが始まった。
「そォらァ!」
先手はロジャー。
愛刀〝エース〟を抜き、無造作に一閃。強力な斬撃がジョットに迫るが、彼は何と両手を突き出し受け止めた。
「……ハァッ!」
額の炎が大きく燃え上がったかと思えば、凄まじい圧が両手から発生して斬撃を打ち消した。炎圧を高め、受け止めた斬撃をそれ以上の力で相殺したのだ。
斬撃を真っ向から相殺した死ぬ気の炎の力と、ジョット自身の凄まじい技量を肌で感じ取り、ロジャーは自然と笑みが零れた。
「今度はこちらの番だ」
そう言うと、ジョットは地面を蹴って拳を振りかぶった。
ロジャーは即応し、〝武装色〟を纏った拳を振るう。炎圧を高めたのか、威力は五分だ。
「ぬんっ!」
ロジャーは拳を押し込み、弾こうとする。
その時、ふと体勢を崩した。ジョットが目の前から一瞬でいなくなったのだ。
すかさず上を仰ぐと、ジョットが両手に嵌めたグローブから炎を射出し、宙に浮いているではないか。
「炎の推進力で飛べるってことか……!」
ロジャーは死ぬ気の炎の応用を看破する。
「ああ……では海賊王、これはどうだ?」
刹那、炎の推進力を駆使してジョットが距離を詰めた。
ロジャーは斬撃を放つが、その瞬間には視界からジョットが消えていた。
「――っ!」
〝見聞色〟で
バキッ!
「!?」
左頬に、拳が減り込んだ感覚が襲う。
殴られたのだ。しかも焼き
今まで食らったことの無い打撃に一瞬怯んだロジャー。その隙を見逃さず、ジョットは鋭く重い連撃を叩き込み、さらに回し蹴りで鳩尾を穿つ。
フラフラと後退ったところで、掌底をロジャーの額に叩き込んだ。
ガギィッ!
「!?」
ジョットは度肝を抜かれた。
確かに掌底を額に叩きつけた。手応えもあった。なのに、今の金属音は一体……?
息を呑んで言葉を失うジョットに、ロジャーは笑った。
「
気づけば、ロジャーの額は黒く染まっていた。
〝武装色〟だ。額に集中させることで、そこに叩き込まれる衝撃を防ぎ切ったのだ。
「何と……」
「中々いい筋だ。ガープ程じゃねェが、な!!」
ドンッ!!
「ぐっ!」
ロジャーが気迫を爆発的に高めた途端、ジョットは宙へと大きく吹き飛んだ。〝覇王色〟の覇気を発散させ、その圧力で物理的な破壊力を生ませたのだ。
すかさず炎の推進力で体勢を立て直すと、そこへ無数の斬撃が襲い掛かるが、ジョットはマントすら傷つけることなく躱し切った。
ジョットは〝超直感〟と呼ばれる、常人を遥かに凌ぐ直感力を持っている。それは全てを見透かす力であり、幻覚・幻術を見破ったり、相手の性格や本心を見抜くなど、あらゆる分野で発揮する。当然戦闘に活かすことも可能で、手の内を見抜いて先読みすることなど造作もないのだ。
「……〝見聞色〟じゃねェが、似たような
戦争レベルで対立していた宿敵の〝金獅子のシキ〟は、空中戦の強さは海賊界でも随一で、〝空飛ぶ海賊〟として猛威を振るっていた。
その絡繰りは、〝フワフワの実〟の能力。自分自身や触れた物を浮かすことができる能力で、浮力で空中を動くことができた。目の前にいる男は、理屈こそ異なるが似通った戦法を駆使している。
「やはり手強い……ならば、これはどうだ!」
ジョットは炎圧を高めると、強く踏み込んで掌から極大の炎をレーザーのようにして放った。
ロジャーは動じず、サーベルの刀身に覇気を纏わせ、地面を踏みしめて振るい炎を真っ二つに斬り裂く。続けざまに無数の炎の弾が降り注ぐが、これを〝神避〟で一閃し、全て撃ち落とす。
「お返しだっ!」
ロジャーは獰猛な笑みを浮かべ、サーベルを両手で持ち、覇気を溜めた。
黒い稲妻が迸り、刀身も漆黒に染まる。
(いかんっ!)
超直感が凄まじく強力な一撃が襲い掛かるのを予感し、ジョットは咄嗟に死ぬ気の炎を一気に高め――
「〝
――ドドォォン!!
ロジャーがサーベルを横薙ぎに振るった瞬間、黒い三日月状の斬撃が発生して広範囲を破壊。剣閃上の万象をことごとく抉り斬っていく。
片手で振るう〝神避〟と違い、〝神避月〟は相手を斬ることに特化している。強大な覇気使いであるロジャー自身の技量が上乗せされ、文字通り異次元の破壊力を発揮した。
何よりこの技は――
「あれは……私の……!」
黒死牟は興奮し、口角を上げた。
ロジャーの渾身の一太刀は、〝月の呼吸〟のオマージュだったのである。その剣技は〝捌ノ型 月龍輪尾〟に酷似しており、月輪の刃こそ無いが凄まじい威力だ。マトモに食らえば、どんな強者強豪でも太刀筋の錆と消えるだろう。
それを真っ向から受けるハメになったジョットの安否は――
「……何という威力だ……」
冷や汗を流すジョットに、ロジャーは気づいた。
頬から一筋の血を流す彼の足元には、その場にないはずの氷が散らばっていたのだ。
これこそ、〝死ぬ気の零地点突破・
しかし解凍は氷を溶かすことであり、解凍と砕くとでは話は別だ。ロジャーの攻撃はジョットが生んだ氷の防御壁を破壊し、彼の頬に一筋の傷を入れた。超直感が見透かさなければ、さすがのジョットも一溜りも無かっただろう。
「もういっちょやろうぜ、ジョット! もっといいモン見せ――」
「ないでくださいね、ロジャーさん」
「胡蝶!」
ロジャーが構えた途端、背後から舞い降りるようにしのぶが姿を現す。
「しのぶ……今いいトコだったんだぞ」
「お館様が皆さんを呼んでるんですよ? こんな所で子供のようにはしゃがないで、とっとと来てください」
「…………」
『イヤそう!』
露骨に嫌がるロジャー。
これにはしのぶも青筋を浮かべ、「五十三歳のクセに我が儘言わないでください」と半ギレ気味に毒を吐いたのだった。
*
庁舎に集合した漂流者達は、眼下の光景に唖然としていた。
黒王軍に追われた難民がオルテ帝都に雪崩れ込んだのだ。北からも西からも流れており、あっという間に難民に満ちている。
「そこに集っているのは全て難民だ」
「……よもやよもやだ」
あまりの人の数に、杏寿郎は顔を引きつらせている。
「黒王はわざとこっちに彼らが逃げるように追い立ててる。これはもはや民族の大移動に近いわ」
「でも、何で……」
オルミーヌが抱く疑問に、やぐらは統治者として答える。
「普通の征服者はそんなマネは絶対しない。民は後の自分の領民・資産になるからな。だが黒王の目的は征服ではなく殲滅だ。この時点ですでに答えは出ている」
そう、黒王軍は人間全てを滅するのが目的。人類絶滅を図る黒王は、オルテのように四方で進軍するのではなく、追い込み漁のように一箇所に追い詰めているのだ。
人間も亜人も、一人残らず滅ぼすため。
「むう……ここはちり取りということか」
「でなきゃ土間の
「ああ、志々雄殿の言う通りだ」
そこへ十月機関の長・安倍晴明が、同じ漂流者である志々雄真実を連れて姿を現した。
「大師匠様!!」
「あらら、晴明ちゃん」
「久しぶりだなオルミーヌ、秀元。――皆、聞いてくれ。黒王軍が何をしているのかがわかった」
晴明の一言に、緊張が走る。
曰く、黒王軍は進軍途上の国や市民を文字通りはき清めるように進軍しているという。虱潰しに攻めており、南のオルテへの逃げ道だけを残し、小さな村や集落すら見逃さず丁寧に襲撃し、難民がオルテに集まる形を意図的に作っているらしい。
正も狂もない、沙汰の外。おそらく王軍のいる地より北には、一人としてヒトは住んでいるどころかロクに生きてすらいないだろう。
「今までの
「……ど、どうすれば……」
「まず籠城は
志々雄の容赦ない指摘に、一同は苦笑い。
建国に関与したサン・ジェルミは「
さすがに自称極悪人の前では戦々恐々らしい。
「そもそも籠城どころか持久戦も怪しい。流民達が際限なくやってきたら、我々の兵糧がもたないのではないでしょうか?」
「……それも、連中は狙っているだろう……」
継国兄弟の意見に、Lは目を細めた。
オルテは帝国を名乗るだけあって、この異世界随一の大穀倉地である。だが今まで散々戦争をしてきたこともあり、ジリ貧国家なので兵糧はとても足りない。
ならば
「晴明さん。黒王軍の食糧はどうなんでしょうか」
「黒王は食物を好きなだけ生み出すことができる……という話です」
『……はあっ!?』
晴明曰く。
パンを千切れば軍団に分けて余る量となり、数匹の魚を大量に増やし、穂一本分の麦粒で辺り一帯を埋め尽くし、燃料となる薪すらも無限に増やすことができるというのだ。
「黒王は……兵站の概念を崩す……鬼舞辻とは違った恐ろしさを有している……」
「フザけんな!! そんなのこっちが欲しいわ!! それなら戦も楽だろうな!!」
戦争経験者のやぐらの叫びに、サン・ジェルミは「すごい実感こもってる……」と気圧される。
「……で、あの包帯野郎はどこ行ったよ」
ふと、志々雄がいつの間にか消えていることに気がつく。
あまり積極的に関わる気が無いのかと思ったら、シャラが慌てて駆けつけた。
「大変です!! さっきの包帯の人、避難民達の前に……!!」
「それ絶対やめさせないと!!」
「余計面倒なことになりますよっ!!」
殺せんせーとしのぶはとんでもない事態になると予感し、声を荒げた。
志々雄真実という男をあまり詳しくは知らないが、あまりにも我の強い人間であるのは火を見るよりも明らか。そんな人間が人前に出たら何が起こるか、皆目見当もつかない。
「これで暴動起きたら黒王どころじゃないわよ!!」
「……一応止めに行ってくれないかい?」
「はい、勿論!」
しのぶ達は慌てて志々雄を止めに向かう。
しかしロジャーを筆頭とした歴戦の古豪強豪達は、その場に残って若者の手助けには行かなかった。
「あなた方は止めに行かないのか!?」
「わははは! どうにかなるさ、気にするこたァねェ!」
「言っても無駄ってところはそこのオッサンに同感だ。そもそも人の下に付けねェタイプの人間がわんさかいるチームだぜ?」
「あの場は兄ちゃん達に任せときゃいい。そん時ゃそん時だ」
――こんな調子で、黒王軍を退けることが本当にできるのか?
本作では、いくつかの設定変更があります。
今回の「死ぬ気の炎の冷気=溶かすのは無理でも砕くのは可能」もその一つであります。ご了承ください。
また、本作ではオマージュ技が今後増えます。ロジャーが全集中の呼吸や血鬼術は使えませんが、それを覇気で模倣した技を繰り出すことができるといった感じです。
オマージュ技のアンケートもするかもしれないので、その時はその時でよろしくお願いします。