それは大晦日を明日に控えた日の夜。一誠がコタツに入りながらテレビを見ていると、母親と玉藻が鍋の材料を持ってやってきた。
「ほらほら、ゴロゴロしてないで起き上がる。もうご飯よ」
「うふふ、愛情たっぷりの愛妻料理ですよ」
鍋の具は十五人前はあり、その殆どが一誠と黒歌の腹に収まる事だろう。ベンニーアや黒歌と小猫も集まり、父親が帰ってきた頃には鍋が良い具合に煮えていた。テレビでは大晦日の番組の宣伝をしており、毎年家族で観る番組だ。
「あ、母さん。俺達、年末居ないから。ギリシア神話の方で年越しの宴をやるんだけど、ハーデスの爺さんが面倒だから俺に行けって言い出してさ。ほら、俺も冥府の幹部だし一応出席しとけって」
「あ、そうなの? なら、お土産お願いね」
「俺はビーナスの写真が欲しいな。……嘘です、ごめんなさい」
父親は母親に睨み付けられて黙る。やはり尻に敷かれるのは血筋の様だ。とりあえず冥府の食べ物はペルセポネーの一件の様に色々拙いので、免罪符と神酒にでもする事にした一誠であった。
「あらあら、神様のお酒? 楽しみねぇ」
「ついでにツマミの類いも頼むぞ」
「はいはい、神獣の肉でも買ってくるよ」
先程からとんでもない事をあっさりと話している兵藤一家。適応能力の高さも血筋だろう。ちなみに今食べているのも北欧神話大系でエインフェリアに振舞われる猪の肉だ。グラム単価幾らか分からない。
「なら、初日の出や初詣はどうするの? 神話が違うから行かない?」
「いや、ウチには天照の分身が居るじゃん。太陽神で日本神話のトップだよ? こんなんでも御利益あるし。わざわざ混んでる所に行かなくてもさ」
「う~ん、それ聞いた途端に有り難くなくなったわね」
「すぴ~」
当の
「……拙者もで御座るか?」
「
一緒に宴に来ないか、と誘われたポチは迷う様子を見せる。彼は狼としての本能で群れと巣を守るという考えがあり、酒も日本のが一番合うと思っているのだ。
「君のポリシーも分かるけどさ、たまには休んで良いと思うよ? ほら、何時も家を守ってくれてるしさ。それに、グレンデルが居るし」
指差した先にはオセチの仕込みをしているグレンデルの姿、栗きんとんを摘みに来たありす達に小皿に載せたのを渡し、今は野菜を刻んでいる。家で食べる用とランスロットの所へのお裾分け、そしてプルートの所へ持って行く為の物の計三つだ。
「最近、
「……哀れな。いや、本人が気にしていないのなら良いのか?」
「グハハハハハハ! よく来たなっ!」
「ガハハハハハハ!
「酒臭っ! ……もう始まってるよ」
一誠は開始予定時間より三十分来たのだが、既にゼウスとポセイドンは酔っ払って顔が赤くなっている。アポロンは既に泥酔して眠っており、ビーナスは裸踊りを始めている始末だ。この日、一誠はなんでハーデスや他の最上級死神が来たがらなかったのかを理解した。
(……ああ、生贄か)
「あはははは! アンタも飲みなよ、坊主!」
「あらあら、駄目ですよヘラ様。一誠君はまだ未成年なのですから」
一誠の周りには仲の良い女神達が集まり絡む。するとドライグの声が聞こえてきた。
『おい、相棒。我慢が出来なくなてきたんだが』
「トイレ?」
『違うっ!』
「じゃあ、幼女でも抱きたくなたのかい?」
『俺をアルビオンと一緒にするなっ! 酒が飲みたいんだっ! ……あれ? アルビオンって誰だっけ?』
かつてのライバルが余りにも酷い誹謗中傷を受けた事により、ドライグは自分の心を守る為に其の存在を忘れ去る事にしたのだ。
「……現実逃避だね」
「現実逃避ですわ」
「……まったく、ドライグは情けないなんだから。少しはグレンデルを見習いなよ。……はい」
『酒だ酒だぁぁっ!!』
一誠が手を叩くと子犬サイズのドライグが出現した。ドライグまるで餌を貰った犬の様に尻尾を振りながら酒樽に向かって行く。
「ああやって一時的に出れる様になてから、毎日の様に酒を強請るんだ。ストレスでも溜まってるのかな?」
「坊やのせいだよ」
「貴方のせいですわ」
「うん。自覚はある。でも、自重はしない。その方が楽しいからっ!」
(……成る程。これが目的で御座ったか)
先程まで一人でチビチビ飲んでいたポチだが。今はゼウスとポセイドンに絡まれて酒を飲んでいる。彼に目の前には見え麗しい女神達の写真があった。
「ほれ、この娘などどうだ?」
「海の娘は良いぞ」
どうやらポチにお見合いを勧めているらしく、写真の女神達は誰も彼も着飾っている。まさに美の体現と言うべき美しさだが、ポチは首を横に振った。
「……実は拙者には好きなオナゴが。……同僚のレイナーレ殿で御座る」
「そういえばさ、この前レイナーレから恋愛相談されたんだ」
「レイナーレって、アンタの部下だろ? 一時期手ェ出してた」
「……あ、はい。反省してます。口裂けさんとメリーと玉藻とランスロットとポチとアリスとハンコックに叱られました。植え付けた忠義を利用するのはどうなのかって。今は謝って関係切りました」
「それで、誰が好きですの?」
ヘラ達はイカゲソを食べながら興味深そうに耳を傾ける。やはり女神でも野暮な話は大好物のようだ。
「ポチだって。どうも仕事の事を教わる内に好きになったらしいよ」
「あっ! お帰りなさいませ、ご主人様♪」
宴から帰って来れたのは深夜。酒の匂いだけで悪酔いした一誠が家に帰ると玉藻が出迎える、リビングの方ではグレンデルやクドラク達が酒盛りで騒ぐ声が聞こえてきた。どうやら一誠の部下で忘年会をやっている様だ。今は黒歌がど下手な歌を得意げに歌っていた。目の前の玉藻もだいぶ酔っ払っているのか酒臭い。顔にはだいぶ赤みが差しており、足取りも覚束無い。そのままフラつき一誠にしな垂れかかる。
「ああん。玉藻、眠いですわ♥」
「じゃあ、もう寝る?」
「ええ、今すぐ二人の愛の巣に行きましょ……ぐ~」
「……本当に寝ちゃったよ」
一誠は腕の中でスヤスヤ寝息を立てる玉藻を部屋のベットまで連れて行く。リビングを覗き込めば先程まで騒いでいたメンバーも酔いつぶれて眠っていた。一誠は黒歌を自室のベットまで連れて行こうと思ったが、小猫が直ぐ横で眠っていたので辞める事にする。
「あれ? まだ起きてたんだ、ベンニーアちゃん」
一誠が自室まで行くと、ドアの前にベンニーアが立っていた。
《……今晩は”ベンニーア”と呼び捨てにして欲しいでやんす》
「……ふ~ん。じゃあ、寝ようか、ベンニーア?」
一誠はベンニーアと共に自室に入る。そして中の音が漏れない様に結界を張った。二人が起きてきたのは正月の昼だった。
「あ~も~! 姫初めを取られるとは~! ご主人様っ! こうなったら今直ぐ私とっ!」
「……ベンニーア、恐ろしい子にゃ」
一誠は引き摺られるように自室に連れて行かれる。一誠がグレンデル製の絶品オセチを食べれたのは夕方の事だった……。
『……む? 相棒は何処だ?』
ドライグはギリシアに忘れられていた……
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