霊感少年の幽雅な生活 (完)   作:ケツアゴ

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閑話 魔女と死神との交渉

それがこの世に生まれたのは数百年前。とある滅ぼされた国の姫君が敵兵から逃げる為に山に入り込み、飢えと寒さで弱った所を百足の大群に襲われ命をおとす。そして強い怨念によって復活した姫君は悪霊と化し、テリトリーに侵入した者を襲うようになったのである。

 

『肉、肉ぅぅぅぅぅっ!!』

 

今まさに一人の少年が姫君に襲われていた。悪霊とかした姫君は見た目も変わり、七メートル程ある大百足の口内に体が朽ち果て目が血走った姫君の上半身が存在する。少年は必死に走り、やがて石に躓いて転んだ所に姫君が襲いかかる。

 

『グガッ!?』

 

そして巨大な白骨の手が大百足の体を叩き潰した。少年は突如現れた巨大な人骨、ガシャドクロと呼ばれる化け物に怯む事なく立ち上がると体についた土を手で払った。

 

「さてさて、見事に誘い出されたね。ご苦労様、ガシャドクロ」

 

『ウゥゥゥゥ』

 

ガシャドクロは少年、一誠の言葉に返答するように唸ると姿を消す。一誠が指を鳴らすと周囲に無数の悪霊が現れ大百足の体に食らいつく。瞬く間に大百足の体は食い尽くされた。

 

「さて、帰るか」

 

既に用事は済んだと一誠はその場を後にする。その時、彼に背後の地面が盛り上がり、上半身だけの姫君が飛び出してきた。

 

 

「……主よ。気付いていらしましたね? 少々お遊びが過ぎますよ。そもそもあの程度の者なら貴方一人でも勝てるでしょうに……」

 

だがその腕が一誠に届く前に姫君は一刀両断される。剣を構えた青年は呆れた様な視線を一誠に向けた。

 

「仕方ないだろ? 僕、大富豪では革命返しが好きなんだ。勝ったと思った次の瞬間に再逆転された奴の顔って最高じゃない、ランスロット」

 

「……まあ、騎士は王に従うまでです。ですが必要とあらば諫言はさせて頂きますよ」

 

ランスロットは溜息を吐くと姿を消す。一誠は今度こそまっすぐ家に帰っていった。

 

 

 

 

「きゃぅ~ん! お帰りなさい、ご主人様ぁ~♪」

 

「はいはい、ただいま。……少し疲れたから寝るね」

 

一誠はタマモの膝に頭を乗せると寝息を立て出す。ランスロットが部屋から出た時、ポチが壁を背に立っていた。

 

「やれやれ、主の無茶を止めぬとは呆れるでござるな。万が一を考えなかったで御座るか?」

 

「私は主の意思を尊重したまでです。貴方には関係ありません」

 

「かっ! 若き王に理想の王である事を押し付け最後に裏切った貴様が何をほざく。……拙者は貴様など認めん。魂だけとなり消え行く定めにあった拙者を助けてくださった主の傍に貴様のような奴が居るだけでも虫酸が走るわっ!」

 

ランスロットとポチは暫し睨み合うと互いに別の方向に向かっていく。その騒ぎを部屋の中で聞いていたタマモは深く溜息を吐いた。

 

「さて、あの二人が問題を起こすようなら私が始末するとして……狭くなりましたねぇ」

 

兵藤家の周囲は無数の霊魂が漂い、屋根の上も鮨詰め状態だ。霊は人に触れられないが霊同士は触れれるので非常に狭い。一誠が節操なしに拾ってくるので日増しに狭くなっていた。

 

「私は異空間を作る術は使えませんし、誰か先生が居れば良いのですが……。それにしても……ジュルリ。いけないいけない。ご主人様の貞操を奪うのはもう少し成長してから……」

 

 

 

 

『どうした、小僧?』

 

「いや、ウチの馬鹿が馬鹿らしく馬鹿な事を言っているような気がしたんだ」

 

タマモが一誠の顔を見て舌舐りをした頃、一誠はドライグに会っていた。彼が小学三年生になった数週間前から意思疎通が可能になり、偶に目覚めたばかりの神器の中に潜って話をしているのだ。

 

 

「このままだと大きすぎるから少しずつ削いでから……」

 

『おい、何を言っている? 何か不吉な予感がするのだが……』

 

「大丈夫! 君が気付かない程度で済ますから」

 

『何をっ!?』

 

「それにしても鬱陶しいなぁ……」

 

ドライグの魂を回復可能な程度に少しずつ削ぐ計画を練っていた一誠は不快げに下に目をやる。其処には怨嗟の声を上げる先代所有者達の姿があった。

 

『小僧の霊力に当てられて意識が戻ったんだな。……少々嫌な方向にだが。おい、何をする気だ?』

 

「いや、此処なら僕も魂だけみたいなものだし……食えるかなって思って」

 

一誠の影が徐々に伸びていき先代所有者達の思念体の足元を埋め尽くす。やがて其処に居た全員が底なし沼に沈む様に影に飲み込まれて行き、影は元の大きさに戻った。

 

『……とんでもない事をするな』

 

「いやいや九才児に殺せだのなんだの常時訴え掛ける奴らだよ? 仕方ないじゃないか。あはははは!」

 

一誠は高らかに笑うとドライグから飛び降りる。地面につく前にその体は消え去り、眠っていた一誠は目を覚ました。

 

「起きましたね、ご主人様。お母様が先ほど起こしにいらっしゃましたよ」

 

「うん、分かった。……でも、もう少しだけ」

 

一誠はタマモの膝の上に座ると胸を枕に再び寝息を立てだした。ドラゴンのオスは女好き。そのドラゴン系神器所有者の思念体を吸収した一誠も異性に対する興味が強くなり出していた。

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、退屈だわ)

 

とあるデパートで行われたギリシャ神話展。会場の隅に飾られている朽ちた石像の上に彼女は居た。足には鎖が絡み付き、鎖の片方は石像に繋がっている。彼女の名はメディア。オリンポスの神に偽りの愛情を与えられ人生を狂わされた神代の魔術師でありコルキスの王女である。死した彼女は裏切った夫が自分の為に送った石像に縛られていた。

 

(そろそろ私の魂も限界ね。生者から霊力を吸収して存在を保ってきたけど其れも限界。……嫌っ! このまま誰にも知られず消えていくなんて耐えられないわっ!)

 

メディアは自分の終わりを察して恐怖に震える。やがて負の念が彼女の体を蝕み、今まで必死になるまいとしていた醜い悪霊へと変化しようとしていた。

 

(こうなったら誰も彼も殺して道連れに……あれ?)

 

考えが完全に悪霊と化し、やがて人格が塗り潰されようとしたその瞬間、メディアは正気を取り戻す。視線に気付いて下を見ると幼い少年が見上げていた。

 

「……坊やの仕業ね。私には分かるわ。……貴方、何者?」

 

「僕? 兵藤一誠。オバさんは?」

 

「お姉さんと呼びなさい。もしくは、メディアさん。助けてくれたお礼に今回は許してあげる。でも、今度オバさんって呼んだら殺すわよ」

 

メディアは一誠を睨みながらも観察を行う。高い霊力を持つ人間がゴロゴロ存在した時代でさえ考えられない程の霊力。彼を守るように無数の霊が周囲を飛び回りメディアを威嚇している。

 

(……これは体を乗っ取るとか無理ね)

 

「じゃあ、メディアさん。僕と一緒に来ない?」

 

「嫌よ。私は男は嫌いなの。それに貴方からは私の嫌いな神の気配がするもの。何処かの神にでも気に入られてるのかしら? それに私の足の忌々しい鎖が見えないの……」

 

「えい」

 

「かし…ら?」

 

メディアを長年悩ませていた鎖は一誠の手で簡単に引き千切られる。これによりメディアは石像から完全に解放された。

 

「私を縛り続けた鎖を簡単に……。い、言っておくけど助けたからって言うことは聞かないわ。私、頼んでないもの」

 

「メディアさんが困っているみたいだから壊しただけだよ? じゃあ!」

 

「……お人好しな子。あれは私の様に利用されるだけね。まあ、関係ないけど……!」

 

去っていく一誠に背を向けたメディアは自分も何処かに向かおうと考えた所で後ろを振り返る。一誠の目の前にピエロの姿をした死神が立っていた。

 

《君が兵藤一誠君ですね? 初めまして、私は最上級死神プルート。ハーデス様の命令ですので私に付いて来て貰いますよ。……其処に見覚えのある人が居ますが……まあ、放っておきましょう。では、行きますよ》

 

(……ハーデス。憎々しいゼウスの兄ね。坊やには悪いけど関わりたくないわ)

 

プルートの背後の空間が歪み、歪みの向こうに冥府の景色が現れる。プルートは一誠の手を掴むと問答無用で歪みの中に引き摺り込みだした。

 

 

 

「……ああ、もう! その子は私の関係者よ! 私も連れて行きなさいっ!」

 

《おや、そうは見えませんでしたが。……まあ、良いでしょう。子供だけを連れて行くのは気が引けますから》

 

一誠の手を掴んで引き摺り込むのを止めたメディアを見るプルートの目が妖しく光る。メディアは一誠を抱き寄せるとプルートを睨みながら一緒に冥府に足を踏み入れた。

 

 

 

 

《まさか子供が此処までの力を持っておるとはな。フォフォフォ、愉快愉快》

 

「世間話をする為に呼んだんじゃないでしょ、ハデス。坊やに何用かしら?」

 

《何、我々が管轄すべき死者を勝手に従えている者が居ると聞いて調べさせれば、まさかの子供。さてさて、興味がわいて呼んだは良いがどうしたものか》

 

ハーデスは目の奥を光らせながら不気味に笑う。世界TOPテンの一角の実力を間近で感じ取ったメディアは恐怖を隠しながら一誠とハーデスの間に入った。

 

「昔から霊使いの類は居たはずでしょ? わざわざ呼び寄せるほどなのかしら。この子は子供なんだから早く帰して頂戴」

 

《フォフォフォ、裏切りの魔女がどういうつもりだ? 其処の小僧を殺した我が子の代わりにでも…》

 

「……アナタ、その変にしておきなさい。お巫山戯が過ぎるわよ」

 

《む、そうか? 最近の子供はゲームとかで儂みたいのに慣れてるから威厳を出してみたんだが》

 

「慣れない事はしなくて良いの。……坊や、お名前は?」

 

ハーデスの後頭部を強打して話を止めた女性は一誠の傍に寄ると屈んで視線を合わせる。冥府の王であるハーデスの後頭部を殴ったにも関わらず死神達はなんの反応も示さなかった。

 

「僕は兵藤一誠。オバ…お姉さんは?」

 

「あらあら、お上手ね。でも、オバさんかベルセポネーで良いわ。あのね、一誠君。あの人、君に力を貸して欲しいって頼みたいの。ほら、君なら知ってると思うけど霊って其処ら中に居るでしょ? 私達も回収を頑張ってるけど人手が足りなくって。それで昔から君みたいな力の持ち主の手を借りているのよ。どう? 引き受けてくれるなら多少霊を集めても目を瞑るし、お小遣いもあげるわよ?」

 

《……全部言われた》

 

「……う~ん」

 

ハーデスが落ち込み一誠が悩み出した時、メディアの周囲に魔法陣が出現する。彼女からは明確な怒気が放たれていた。

 

「……私の次はこの坊やを利用しようっていうの? 貴方達神は何時も何時も人間を利用しようていうのね。坊や! 絶対に引き受けちゃ駄目よ!」

 

「……そう。まあ、別に断っても良いわ。でも、流石にこれ以上霊を集めるのは見過ごせないわ。今まで集めた霊は見逃すけど、それ以降集められない様に力を制限させて貰うわよ」

 

「……引き受ける。だって、力が下がったら苦しんでる霊を助けられなくなるから」

 

「坊やっ!」

 

メディアにひっぱたかれた事で一誠の頬は赤くなる。メディアは一誠の肩を掴むと強く揺さぶった。

 

「十年も生きていない餓鬼がナマ言ってんじゃないわよっ! 神と契約するって事はもう二度度普通には戻れないのっ! 普通に家族と過ごして普通に恋をして普通に死んでいく。そんな幸せを二度と手に入れないのよ! よく聞きなさい、坊や。力を持っているからって力を使わなきゃいけないなんて事は絶対に無いの!」

 

「……うん、でも、僕は普通に生きられないんだ。だって、龍は戦いを呼び寄せる。僕にはこれが宿っているから……だから、普通を少しでも守る為に仲間と力が居るんだ……」

 

「それは……」

 

一誠は赤龍帝の籠手を出現させる。それを見たメディアは言葉を詰まらせハーデスは席を立とうとしてベルセポネーに止められた。

 

「……駄目よ。あの子は聖書の神に神器を植えつけられただけの被害者なんだから」

 

《ああ、そうだな……》

 

「……ハーデス。私、この坊やに協力する事にしたわ。この子が力を貸す条件として正当な額の報酬と何かあった時の後ろ盾になる事を要求するわ。……正式に所属するかどうかは坊やが成長してから交渉しなさい」

 

魔法陣を収めたメディアはハーデスに強い視線を送りながら言い放つ。壁際で待機していた死神達が動こうとしたがプルートはそれを手で制した。

 

《……ああ、それで良い。では、細かい条件を決めよう》

 

こうして兵藤一誠は冥府と契約を交わし、メディアは一誠に膨大な霊力を与えられる事で実体化して現世で暮らす事となる。本人曰く”現世で独身生活を楽しんでみたい”、だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「と、まあ、これが私との出会いよ」

 

「へ~! お母さんとお祖父様ってそんな昔に出会ったんだ」

 

「ええ、その後は影の中に異空間を作ってあげたり、私が知る死霊魔術を教えてあげたり、私が小説家になる手伝いをして貰ったりしたわ。さて、そろそろお昼ご飯だから手を洗ってきなさい」

 

「は~い!」

 

メディアは狐の耳と尻尾が生えた少女に慈愛に満ちた笑みを向けると台所に向かって行った。

 




さて、ようやく過去終わり

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