九十八話
人は年末年始に大いに飲み食いする。クリスマスに忘年会、新年会におせちにお餅。そして其れは天使であるイリナも同じであった。
「うぅ~。少しお肉が……」
エクソシスト時代は節制を美徳として来た上に訓練や何やらでカロリーを消費していたが、駒王学園に通いだしてからは友達とのお茶会や食べ歩きの時間ができ、正直言って太った。D×Dメンバーは悪魔達でも特別に京都でお参りが出来るようになったのだが、その帰りにコンビニの中華マンが食べたくなったのだ。
「少しくらいなら良いよね?」
その少しを後で死ぬほど公開する事になると頭では分かっているものの誘惑に勝てずイリナはコンビニに入ろうとする。すると店の中から中華マンを全て買い占めた一誠が出てきた。
「イリナちゃん太った? あ、忘れてた。明けましておめでとう」
「逆っ! 言う順番逆だからっ! てか、女の子に太ったとか言わないっ! ……て言うか、一誠君はなんで太らないのよ」
「余分な分は霊力に変換してるから無駄なカロリーな摂取してないよ。あ、一個食べる?」
「……食べる」
一誠とイリナは公園のベンチに座って中華マンを頬張る。一誠は一個一個を飲み込むように胃に入れていき、イリナは其の姿をボウッとしながら眺めていた。昔からイリナは一誠にからかわれていたが同時に彼の事が好きでもあった。其れは一誠にタマモ達が居ると知った今でも変わらない。
「お守り持ってるけど神社でも行ってたの? 聖書の神ってのは”他の神はインチキでーす! 異教徒には何しても構いませーん!”てな感じなのに。使い込んだ経費を補う為にお賽銭を盗もうとか言ってたよね、君。それとも宗旨替え?」
「忘れて私の黒歴史っ! それと替えてないからっ! 私、主への信仰心バリバリだからっ!」
「それ、浮気男が”愛しているのはお前だけだから”っていうのと変わらないよ?」
この様に毒を吐かれても、まだ気持ちは消えていなかった。溜息を吐きつつカレーマンに齧り付くイリナが横目で一誠の顔を見るとほんのり赤みが差している。
(一誠君。もしかして私の事を意識して……)
「じゃあ、俺は帰るね。あっ! 二度目の宗旨替えでオリンポスの神を信仰するなら教えて。ヘラ様に先に言ってゼウス様に手を出されない様にしてあげる」
「だから私は聖書の神を信仰してるんだってばぁぁぁぁっ!!」
そして少し気持ちが揺ぎ始めた。
「
玉藻は巫女服に着替え、家の和室に作った簡易式の神殿で舞を行っていた。さすがは天照の分身の怨念を取り込んだだけあって見事な舞で、黒歌さえも見入っていた。
「……ふぅ。では、皆様の今年の運勢を告げましょう。まずは家長であらせられるお父様から。仕事運金運とも良好。ただしお酒は控えめにした方が宜しいかと」
「あら、だったら晩酌は週一で良いわね」
「母さんっ!?」
「いえいえ、流石に其れは少ないかと。お酒は心を癒す何よりの薬。私も愛飲してる身からすれば流石に週一は可哀想に思えます。では次はお母様ですが、全体運良し。今年は吉報が舞い込むでしょう。私の妊娠だったりして、キャッ♪」
「次は一誠かしら? あの子出掛けてるから先にベンニーアちゃん達にしたらどう?」
「ガンスルー!?」
流石は一誠の母といった所だろうか。玉藻の言動を見事に無視している。
「うっうっ、分かりましたよぉ。ベンニーアさんは仕事運良好。収入も多いですが支出も多いので金運はそこそこと言った所です。黒歌は正妻をもっと立てやがらねぇと幸運なんて舞い込まねーですよ」
「私、雑っ!?」
「あ、白音さんは健康運以外良好です。胃にお気をつけください。多分食べ過ぎ……」
「いえ、姉様が原因のストレス性胃炎だと思います」
「白音っ!?」
黒歌の扱いの悪さが露見した頃、ようやく一誠が帰って来た。手にはまだ残っている中華マンが入った袋を下げており、フラフラした足取りで靴を脱ぐ。一誠が帰ってきたと分かるなりタマモは駆け寄って行った。
「あぁん、ご主人様ぁ~。貴方の今年の運勢も占いましたからベットの中でジックリねっとり教えて差し上げ……ご主人様?」
「……ごめん。ちょっと調子悪い」
一誠はタマモに倒れこむとそのまま目を閉じる。抱き抱えた体温は熱く、玉の様な汗が流れていた……。
「死神特有の風邪とドラゴン特有の風邪を併発していますね。薬を出しておきますので暫く大人しくしていて下さい。間違っても父上の様な事はなさらないように」
一誠の診察を終えたアポロンはカルテに詳細を書き込むと溜息を吐く。どうやらゼウスが何かやらかした様だ。
「ゼウス様がどうかしたの?」
「風邪だったのにまた浮気に走って、結局ヘラ様から”ゴールデンボールクラッシャー・ヘラスペシャル”を食らって全治二カ月の重傷を……」
「それは風邪とは別なんじゃ? まあ、大人しくしておくよ」
一誠は薬を貰うと玉藻に付き添われて家に帰る。そして今日ばかりは玉藻もベットに潜り込んで来ない。ただ瞳をウルウルさせて顔を覗き込んでいるだけだ。
「うう~。ご主人様、お労しや~。代われるものなら変わって差し上げたいです」
「その場合、俺が更に変わるから意味がないよ。……暫く安静だから仕事の事頼むよ。死霊四帝はシャドウとブイヨセンが
「はい、了解です! にしても例の新年会には新総督のシェムハザや副総督のベネムネも呼ばれてるんでしょう? 針のムシロって感じですよねー。ま、同情はしませんけど。……それでは私は此処で失礼致します」
玉藻は最後に一誠に軽く口付けをすると部屋から出ていく。何時も感じられる誰かの温もりがない事に若干の寂しさを感じながら一誠は目を閉じた。
その頃、冥府に派遣されたメンバーであるグレンデルとクロウクルワッハの間で激闘が起きていた。
『ちぃっ! テメェが此処までやるとはなっ!』
「貴様とは年期が違う。最近急成長した貴様と長年の経験に裏付けられた俺の実力の差を見せてやろう」
二匹はにらみ合い同時に動いた。
『俺様のデザートは林檎のタルトタタンだぁっ!』
「俺の一品は無花果のタルト。得意中の得意料理だ」
「……市には分からない。……なんでウチの邪龍は女子力が高いの? さっきから邪竜の戦いじゃない……」
《さぁ? 私には何とも言いようが……》
寄り添うようにしながら二匹の
《それはそうと聞きました? 一誠君、今度揉め事が起きたら”『怠惰』の将”を働かせるって言ってましたよ》
「……多分無理。彼は動かないと市は思うの……」
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