アーサー王率いる円卓の騎士の中で最高の騎士と呼ばれた騎士が居た。本来ならば一国の王子という身の上なのだが赤子の時に国が滅亡。母親が彼を抱えて逃げ出したのだが、彼女が湖の辺で休んでいる時に湖の精霊に攫われてしまう。そして精霊に育てられた彼はアーサー王と出会い、……彼の妻であるグィネヴィアと不義の恋に落ちた。そしてこの恋が円卓の騎士の分裂を招き、国を滅亡へと導く事となる。
「グィネヴィア様、お迎えに上がりました。どうか私について来て下さい」
「いえ、もう私は貴方と共に行く気はございません」
アーサー王の死後、出家した彼女を迎えに行ったランスロットだが帰ってきたのは拒絶の言葉。自分の邪恋で主と仲間を失い、恋の相手さえ失ったランスロットはグィネヴィアの死を知らされた後、自ら食を絶って死を選んだという……。
「……私はロスヴァイセ殿自身に心惹かれたのか、グィネヴィア様に似ていらっしゃるから気に成るだけなのか、何方なのでしょう……」
そして新たな主を得た後、ランスロットはかつて愛した女性と瓜二つの女性と出会った。女性の名はロスヴァイセ。彼女から申し込まれた文通を続ける内に心惹かれていくランスロットだがある日ふと思った。自分は彼女をグィネヴィア様と同一視しているだけなのではないかと。その事を誰にも相談できぬまま時間ばかりが流れ、今彼は彼女と共に護衛任務に就いていた。
「あらぁ、お兄さんイケメンねぇ。ほらぁ、もっと揉んで」
「わ、私はこういう店は……」
「あ~ん。私、逞しい人好き」
「あ、あまり触らないでくれ……」
護衛対象であるオーディンが観光をしたいと言うので同行した店は風俗店。俗におっぱいパブと呼ばれる店だ。浮気したり幻覚に掛けられた結果、子供もいる彼だがこのような店は不慣れならしく同じ護衛のバラキエルに視線で助けを求めるも逞しく渋い彼にも店員が集まり役に立たない。連れてきたオーディンやアザゼルは論外であり、まともなロスヴァイセやソーナ達は未成年なので待合室で待機している。非常に気不味い思いの中、時間ばかりが過ぎていった。
「これが仕事だって分かってるし、私が死んでから何年も経ってますから浮気にはならないけど……デレデレしちゃって、フフフフフ」
「か、会長……」
「我慢しなさい、サジ。私も出来れば逃げ出したいです」
そして待合室でも気不味い空気が流れる。一定以上の霊力が無いと見えない程度に実体化を抑えた朱璃は頭を壁から通り抜けさせ店内の様子を盗み見しながら呟く。若干ヤンデレが入ったその姿は悪霊にも見え、霊感がある客はその姿を見て一目散に逃げ出した。そして漸くして店から出て来たバラキエルが見たのは黒い笑みを浮かべる妻の姿だった……。
「……ランスロットさん」
なお、ランスロットを見るロスヴァイセの顔も若干怖かったらしい。
「ほら、其処は先程教えた通りにね」
「はい、母様」
次の日の早朝、朱乃はまだ実体化を続けられている母と共にお弁当を作っていた。数年ぶりの母との触れ合いに心を躍らせながら彼女は煮物を作っていく。作るお弁当は三人分。一個は自分の分、もう一個は少しずつ和解が進んでいるバラキエルの分。そして最後の一個は……。
「……あの方は食べて下さるかしら」
「大丈夫、きっと食べてくれるわ」
朱乃は不安そうな顔しながらオカズを弁当箱に詰めていく。バラキエルの分は朱璃が持って行き、朱乃はお弁当を二つ持って登校した。
「なぁ、イッセー。お前って最近ベンニーアちゃんと一緒に居るけど……付き合ってるのか?」
その日の昼休み、何時も通りお弁当を持って中庭に行こうとした一誠だが元浜に呼び止められる。どうやら美少女転校生として注目を浴びているベンニーアとモテるが特定に相手が居ない一誠が仲良くしていると噂になり、気になったようだ。
「……別に。父親の仕事関係の知り合いだよ」
適当に当たり障りにない事を話した一誠は教室から出ていこうとして、入り口の騒ぎに気付く。教室の入り口に二大お姉さまと呼ばれる朱乃が来ていたのだ。そして彼女は一誠の姿を見るなり恥ずかしそうにお弁当の包みを差し出した。
「あ、あのこれ良かったら……」
朱乃は一誠に包みを渡すとクラス中の男子から一誠に殺気が送られた。
「アイツばかりなぜモテる……」
「憎しみで人が殺せたら」
良妻狐に聞かれたら確実に呪われる言葉を吐きながら送られる視線を気にせず一誠は教室から出て行く。その手には持ってきたお弁当と先ほど渡されたお弁当が下げられていた。
《……あの人から貰った物を食べて大丈夫でやんすか? 主にヤンデレ的な意味で……》
中庭で一誠と昼食を摂ろうとしていたベンニーアは不安そうな顔をする。やはり玉藻の嫉妬を恐れているのだろう。彼女は最近毎日の様に一誠のお弁当を作っている。今も一誠が食べている三段のお重には美味しそうな料理が詰められており、主にハート型に形作られたオカズが多く新婚夫婦の愛妻弁当にしか見えなかった。
「いや、まぁ、後で報告しなきゃいけないだろうけど大丈夫だと思うよ。中学生の時、別の人に渡されたのを断ったら怒られたから。女の子が作ってきてくれたものを断るとは何事です! って言われたんだ」
《ありゃりゃ、一安心といった所でやんすね。所でご容態は?》
「日常生活は大丈夫だって。霊力の補給はまだ必要らしいけどね。……良かったよ」
一誠は安心しきった表情でお弁当を掻き込む。昼休みが終わる頃には三段重ねの重箱と朱乃の持ってきたお弁当の中身は綺麗に食べ尽くされた。
「へ~、彼女のお弁当も美味しく頂いたって訳ですかぁ。ふ~ん」
「お、怒ってる?」
その日の放課後、家に帰った一誠がお弁当の事を報告すると玉藻は予想以上に不機嫌そうな顔をする。どうやら朱乃の件が随分お気に召さなかったようだ。
「いえねぇ、前同じ事があった時、受け取れって言ったのは私ですから文句は言いませんよ? でもねー、それとこれとは別って言うかー。またフラグ立てやがってこん畜生って感じなのですよ。どーせ、親の再会を果たしてくれたご主人様に好意を持ったって所でしょうねぇ」
不機嫌な顔のまま玉藻は指を動かす。呪いが完成していく中、一誠は彼女の頭を軽く撫でた。
「嫉妬してるの? 馬鹿だなぁ。助けたからって好意持たれても俺が嬉しい訳無いじゃない。そんな断片的な事で好かれるより、俺の汚い所も含めて好きって言ってくれる玉藻の気持ちの方が何倍も嬉しいよ」
「……その割には黒歌とかレイナーレにも手を出してますよねぇ? 付き合いの長い黒歌はまだ良いですがレイナーレはどう言い訳する気ですか?」
玉藻の呪いもあって最後までは行っていないが一誠は二人にも手を出している。玉藻に正式に結婚を申し込んでからは控えているが玉藻はしっかりと覚えており、此処ぞとばかりに掘り出した。
「……反省してます。まさか持っていた忠誠心を全て俺に向けさせたらああなるとは。出来心でした。母さんやべルセポネーさんにもこってり叱られました」
「……反省しているなら宜しい。でもぉ、悪いと思っているのなら今日の霊力注入は……。まだ夕御飯まで時間が御座いますし……これ以上は女の口からは言わせないで下さいまし♥」
一誠は無言で玉藻に覆い被さり、暫くの間ベットの軋む音と二人の声が室内に響き渡ったが防音の術もあって外には響かずに済んだ。
「一誠。玉藻は病み上がりなんだから程々にしなさいよ? あ、お父さんと孫の名前を考えておかないと」
だが、母親には親の勘でバッチリとバレていた……。
次の日、オーディンの要望で遊園地に来たランスロットはロスヴァイセと共に観覧車に乗っていた。本来ならば直属の護衛である彼女はオーディンと同じ車内に乗るべきなのだが、オーディンがロスヴァイセ抜きで匙と話したいと言い出し、一誠が派遣したもう一人の護衛と三人で乗り込んだのだ。
「……全く、オーディン様は」
「貴女も大変そうですね。私も生前は色々と振り回されてばかりでしたよ。でも、今日は楽しそうでしたね。こういう所に来るのは初めてですか?」
「え、ええ。私は田舎出身で学生時代も勉強ばかりだったもので……」
ロスヴァイセはランスロットと同じ社内に二人っきりという状況に今頃緊張しだしたの顔を真っ赤にする。そんな彼女の姿を見てランスロットはグィネヴィアとの日々を思い出し、すぐに振り払うかのように顔を振る。このまま昔を思い出していると目の前のロスヴァイセをその名で呼んでしまいそうだと思ったからだ。そしてロスヴァイセはそんな彼の姿を見て不安そうな顔をしていた。
「……それでは私達は此処で失礼いたします」
その日の晩、護衛時間を過ぎたランスロットは少々名残惜しそうな視線をロスヴァイセに送りながら頭を下げて帰って行く。オーディンの言いつけで彼を見送っていたロスヴァイセは思い切って感じていた疑問を口にした。
「ランスロットさん。今日一日私を通して他の誰かを見ていませんでしたか……?」
ランスロットはその問いに答える事が出来なかった……。
朱乃のヒロイン化はありません 原作でも簡単に一誠に惚れてたし、親子の和解を助けたのなら行為持つかなっと思って描きました
匙とオーディンとの会話は次回
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