六話
ぽてぽてと足音を立てながら一誠の後ろを見知らぬ少女がついて来ていた。その少女と出会ったのはつい先程の事。今月分の魂を収める際にハーデスから”何時もの礼にレストランを予約している”と言われ、意気揚々と向かっていた時、その少女と出会った。
「ドライグ、久しい」
「人違いだよ? じゃあ、急いでるから」
一目見ただけで少女に関わるのは不味いと察した一誠は、突然話しかけてきた少女の横を早歩きで通り過ぎる。だが、足の長さ等の差があるにも関わらず少女は一誠にぴったり付いて来た。
「今回の赤龍帝、何時もと違う。何故?」
「……変な子だなぁ。悪いけど俺急いでるから後にしてくれる?」
『……やはりオーフィスはお前の事を察したか。気を付けろ相棒。此奴はヤバイ』
「……うん。確かにヤバイよ。勘違いした人に通報されそうだ」
一誠は真剣な顔でドライグの忠告とは別の事を心配する。目の前の少女はまだ幼いうえに前面が大きく空いた黒のドレス。胸にはシールでバッテンがされているだけであり、こんな少女と一緒に居たら『お巡りさん、あの人です』等と通報されかねない。流石の一誠もそんな事で捕まるのだけは勘弁して欲しかった。彼は年上のお姉さん系が好きなのであってロリコンではない。
『いや、そうじゃなくてな!』
「ん? そう言えばドライグと知り合いなんだよね? ドラゴンは他の種族のメスも大好きだから……この変態ロリペド野郎! エロ龍帝じゃなくて、ロリ龍帝ペドドラゴンだったの!? うわっ! 神器が便利だから食べないでおこうと思ってたけど、食べなくて良かったぁ」
『うぉぉぉぉぉぉん!! 誰か此奴を止めてくれぇぇぇぇぇっ!! てか俺、命拾いしてた!?』
「……むぅ。今回の赤龍帝、変」
《貴方が一誠様でやんすね? 初めまして、あっしはベンニーアでやんす》
一誠がハーデスに指定された場所に向かうと、其処に居たのは金色の目をした少女だった。
「ふぅん。君、ハーフだね? 死神と人間の気配が同時にするや」
《ありゃりゃ、お見通しでやんすか。確かにあっしは最上級死神と人間のハーフでやんす。今日は将来の仕事の体験を兼ねてご接待させて頂きやす。それで、お連れの方はいらしゃるので?》
ハーデスが言うには一人までなら連れが居ても構わないそうなので、異界の住人を誘おうとした一誠であったが、口裂け女はマスクを外したらあの有様であり、黒歌は万が一悪魔に見つかったら拙いからと拒否、メリーや金次郎像やベートーベンの肖像画は問題外。大本命の側近は所用で居ない。唯一連れていけそうな花子さんは人見知りで連れて行ける者がいなかった。
「うん。この子を連れてきたよ」
だから余りにしつこく付いてくるオーフィスを連れて行くことにしたのだ。流石にあの服装の彼女を連れて歩けないので無数の霊を彼女に纏わせ前面を覆い隠す。そうする事で通報を避けた一誠はベンニーアに案内されてレストランへと向かった。
「ふ~ん。冥府も色々大変なんだね」
《そうなんでやんすよ。ハーデス様って結構根暗ざんしょ? まぁ、悪い方ではないんっすが……。あっ、影口を言ったの秘密にしておいて欲しいでやんすよ。ハーデス様や幹部の皆さん、一誠様の事を大分買っているようでやんすからね。マイナスの印象を与えたと知られたら怒られるでやんす》
「うん。言わないでおくよ」
《いや~、助かったでやんすよ。いえね、むさ苦しい親父よりもあっしのような女子が一緒の方が気楽だろうと気を回したんでしょうが、結構緊張してたんでやんすよ。機嫌損ねて冥府への就職を蹴られたらどうしようってね。……所で其処の子は一誠様の妹か何かで?》
「違う。我、オーフィス。無限の龍神」
ベンニーアの見つめる先では運ばれてくる料理を口元が汚れるのも気にせずに黙々と食べ続けるオーフィスがいた。話を振られた彼女は名乗るとすぐに食事に集中しだす。
「どうやらドライグの知り合いみたいでさ。確かハーデスの爺さんが名前を言ってたのを思い出したから連れて来たんだ」
《あ~、オーフィスといえば世界最強の存在っすよ。ハーデス様が執着してるって聞いた事があるでやんす。……そうそう、住んでる街を縄張りにしてる悪魔と出会ったそうっすね? ハーデス様達が心配して言ってたでやんすよ。『蝙蝠如きに迷惑かけられているようなら話し合いの場を作れ。誰か同席させてやる』って》
「うわ~、俺、かなり期待されてる? なんか外堀埋められそうで怖いけどお願いしようかな? なんか俺を探そうと調べまわってるみたいでさ、はぐれ悪魔が街に入ってきても狩れないんだ。じゃあ、向こうにその辺りを伝えた後で日にちを連絡するね?」
その後、何時の間にかオーフィスが居なくなっていたが、一誠はそれを気にする事もなく異界に顔を出した後に帰路に着いていた。そんな時、向こうから走ってくる知った顔を見つけた。どうやら悪魔になったらしいアーシアと一緒に契約用のチラシを配っているようだ。
「……アーシア先輩、もう学校には慣れましたか?」
「はい。お友達も何人か出来ましたし、今度お買いものに行く約束もしました」
小猫はアーシアを連れて機械に表示された家にチラシを入れていく。本当ならチラシ配りは新人の仕事なのだが、アーシアじゃ世間知らずでまだ街の様子を理解していない。なので同性の小猫がフォローに回っているのだ。そしてチラシもそろそろ配り終えるといった頃、龍の骸骨のお面とローブで正体を隠した一誠が姿を現した。
「やぁ、白音ちゃん。久しぶりだね」
「……何の用ですか? それに、何故その名前を……」
「ひ~み~つ~♪ ちょっとお願いがあって来たんだ。あっ、そっちの子は新人さん?」
「あっ、初めまして。アーシア・アルジェントと申します」
アーシアは目の前の不審人物にペコリと頭を下げる。その行為に少々面食らった一誠であったが、直ぐに挨拶を返した。
「うん、ヨロシクね。悪いけど俺の名前は言えないんだ」
「……早く本題に入ってください」
「あ~、はいはい。分かった分かった。そう睨まないでよ白音ちゃん。……君達の主に話があるんだ。僕のバイト先のお偉いさんも同席しての話し合いをしたいから、都合の良い日にちを教えてくれないかな? とりあえず明日電話するね」
一誠はそう言うなり闇夜に溶けていく。まるで初めから其処には居なかったかの様に一誠の姿は掻き消えた。
「……そう。アイツがね……。良いわ、話し合いに応じましょう」
小猫から連絡を受けたリアスはそう言って頷いた後で首を傾げる。
「あら? この部室には電話はないし、何処にかける気かしら?」
「私、メリーさん。今、代わるわね」
「……あっ、ゴメンね。ちょっと代わりにかけて貰ったんだ。それで何時なら都合が良いの?」
「……なんで私の携帯番号を知っているのかしら?」
「まぁまぁ、細かい事気にしてたら小じわが増えるよ?」
「ッ~~~~~~っ!! ま、まぁ、良いわ。明後日よ! 明後日の放課後に来て頂戴!」
「うん、分かったよ。あっ、夜ふかしはお肌の天敵だから、あまり遅くまで起きてると小じわが……」
リアスは話の途中で携帯の電源を切るとソファーに叩きつける。其のあまりの迫力に部員一同が遠ざかる中、リアスは不安そうに呟いた。
「……あ~、もう。あの件で忙しいっていうのに面倒ね。……祐斗は紳士だし、あの子はまだ私に不信感を持ってるし、ギャスパーは……無理ね」
そして約束の日、霊に擬態させた自分の偽物を帰宅させた一誠が部室へと向かうと、銀髪のメイドが居た。彼女は一誠の方を見ると警戒心を隠そうともせずに視線を向けてくる。
「……初めまして。グレモリー家のメイドのグレイフィアを申します」
「うん! 宜しくね。……グレイフィア? もしかしてグレイフィア・ルキフグス?」
グレイフィアの名前を聞いた一誠は嬉しそうな声を出して彼女に問う。自分の事を知っている事に眉を動かすグレイフィアであったが、調べれば分かる事かと軽く頷いた。
「はい。私の出身はルキフグス家ですがそれが何か?」
「やっぱり! いや~、一目見たかったんだ。現ルシファーの『女王』であり妻である貴女の顔を」
「……何故私の顔を見てみたかったのですか?」
一誠の言葉を不審に思った彼女はそう問いただす。すると一誠の口角が愉快そうに釣り上がった。
「いやだって、前ルシファーの側近の家の長女として沢山の敵を葬り、忠義を誓う将兵や無理やり戦争に参加させられた民を死地に追いやっておいて、自分は味方を沢山殺した敵の英雄と恋に落ちて子供まで産んで幸せでいるんだもん。どんな顔で暮らしてるか見てみたいじゃん? ねぇねぇ、旧魔王派が僻地に追いやられた時に彼らと共に僻地に送られた悪魔の中に、彼らが怖くて仕方なく従っていた悪魔は何人居るんだろうね? 今も苦しい思いしてるんだろうな~」
「ッ!」
一誠の言葉にグレイフィアが唇を噛みしめた時、リアス達が見慣れな魔法陣が部室に出現する。どうやらグレイフィアは見覚えがあるらしく驚いた顔をしていた。
「あっ、来た来た。……わ~お」
一誠も転移してきた人物を見て驚きの声を上げる。精々来たとしても最上級死神のプルートだと思っていたのだが、
《ファファファ……。久しぶりじゃな》
出てきたのは冥府の王であり、死を司る神であるハーデスだった。そのオーラにリアス達が気圧される中、一誠は平然と彼に話しかける。
「あれ? なんでハーデスの爺さんが来るの? もしかして暇なの?」
《……相変わらず口が悪いのう。久しぶりにお前の顔を見ようと思っての。して、貴様と話し合いをするコウモリは其処の紅髪のグレモリーで良いのか?》
「……なぜハーデス様が? まさか彼は貴方様の部下でしたか? しかし、此処は我々の縄張り。何も言わずに部下を侵入させられては困ります」
《ああ、コヤツはまだ部下ではない。ただ、部下にしたいとスカウトをしており、ちょっとしたバイトをして貰っておるだけ。それに、侵入というがコヤツは元よりこの街の住人。キサマらもこの街の住人全員に”自分達はこの街を縄張りにする”、と許可を取ったのか?》
「それは……」
《ファファファ……、取っておらぬのであろう? なら、コヤツの行動に口出しするでない。むっ、どうやら客人のようじゃな。やれやれ、話し合いがある日は来客がないようにしておくべきだと思うんじゃがな》
グレイフィアをやり込めたハーデスは嫌味ったらしく肩をすくめる。そんな事など知る由もなく、どこかの誰かは部室内に転移魔法陣を出現させ、そこから炎を吹き出しながら出現する。だが、その炎はハーデスが錫杖をひと振りするだけで消え去った。中から出てきたのは金髪のホスト風の男だ。
「ふぅ、人間界は久しぶりだ。……なぁ、俺の登場の邪魔してくれたの何処の誰よ? ……まぁ、良い。愛しのリアス、会いに来たぜ」
「ちょっと、ライザー!? 悪いけど今すぐ帰って頂戴!」
男……ライザーは一誠やハーデスに気付く様子もなくリアスに近寄っていく。どうやらライザーが嫌いなのとハーデスという大物との話し合いの途中だったのも相まって、リアスは歓迎するどころか慌てて追い返そうとする。だが、ライザーは気にした様子もなくリアスの手を掴んだ。
「恥ずかしがらなくたって良いじゃないか。さぁ、式場の下見に行こう。日取りも決まっているんだ」
「ライザー様。今は話し合いの途中です。今日はお帰りください」
だが、リアスを連れて行こうとするライザーの前にグレイフィアが立ち塞がり動きを止める。その時になってライザーは一誠とハーデスに気付いた。
「うん? 誰?」
《最近のコウモリは礼儀を知らぬと見える。常識も足らぬようじゃな。まさか私を知らんとは。……さて、私は忙しい身なので今日の所は帰らせてもらうぞ》
「……何か思い付いた?」
悪魔や堕天使が嫌いなハーデスが文句も言わずに帰って行く事を不審に思った一誠であったが、ハーデスは含み笑いだけ残し消えていった。
「あっ、俺は気にしないで続けて? 彼との話し合いが終わったら続きを話し合おうよ」
とりあえず面白そうな事になりそうだと感じた一誠は成り行きを見守る事にした……。