霊感少年の幽雅な生活 (完)   作:ケツアゴ

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氷の覇王 更新しました


八十六話

「……始まったね。バカンスも楽しかったけど、一度引き受けちゃったからには仕事しないとね」

 

アグレアスにあるオープンカフェで紅茶を飲んでいた一誠は、紫色から白へと変わる空を眺めていた。この事態を引き起こしたのはラードゥンの結界。空中に現れた映像に映るリゼヴィムによると、魔法使いたちが手伝ってくれないから殺す。後、アグレアスの技術も欲しい、だそうだ。三時間後に行動を起こすと宣言したところで映像は途切れた。

 

「黒歌とベンニーアちゃんはこっちで待機。霊を何体か置いておくから襲撃に備えて。行くよ、玉藻」

 

周囲が騒然となる中、一誠は浮遊都市の端へと向かう。そこからはアウロスの様子が伺える。町は紫炎の柱に囲まれており、炎からは聖なるオーラが立ち上っている。

 

「アレは聖遺物(レリック)の一つで神滅具の……紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)でしたっけ? あれに触れたら悪魔どころか魔法使いでも灰になりますねぇ」

 

「ま、同じ神滅具使いが要るなら俺も最初から本気出すか。禁手化(バランス・ブレイク)死を纏いし赤龍帝の(デット・オブ・ブーステッド)龍骨鎧(・ギア・ボーンメイル)!」

 

一誠は鎧を身に纏うと玉藻と手を繋ぎ、そのまま町目掛けて急降下していった。既に都市を囲んでいた邪龍が襲って来るも手のひと薙で肉塊となって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん! 避難シェルターにお急ぎ下さい!」

 

 

その頃、ソーナが予め用意していた避難場所には集まった児童や保護者、町の住人達が避難していた。魔法使い達の術で避難しようとしたが聖杯によって蘇った魔源の(ディアポリズム・)禁龍(サウザンド・ドラゴン)アジ・ダハーカによって封印されてしまっている。それでも封印されていない術式を使って新しい転移の術を開発しようとしていた。

 

「……完成まで数時間。それまで町を守らないといけませんね。絶対に守りきりましょう」

 

ソーマの後ろにいる眷属や、指導に来ていたサイラオーグも頷く。そんな中、壁を背にして立っていたランスロットが部屋から出ていこうとしていた。

 

「ランスロットさん、何方へ?」

 

「避難し遅れた者が居ないか見てきます。たとえ所属が違っても弱き者を助けるは騎士たる私の務めですから」

 

ランスロットは強化されたアスカロンの柄を握り締め、そのまま町へと出て行く。既に避難を終えているのか猫の子一匹おらず、避難し遅れた住人は居ないようだ。その代わり、広場には青年が一人居た。

 

「やはり来ましたか。貴方の性格なら逃げ遅れを探しに来ると思っていましたよ。しかし、貴方達も馬鹿ですね。テロリストの言う事を鵜呑みにするとは」

 

どうやら三時間後に攻撃を開始するというのは嘘の様で、上空では邪龍達が出番を今か今かと舌なめずりしながら待っている。宣言した時間よりも早く攻撃を開始するとは……実に悪魔らしくて狡猾な作戦だ。

 

「その剣は貴方が持っていて良い剣ではないっ! 今すぐ返して貰います」

 

ランスロットが睨む先にはユークリッドの姿があり、その手にはランスロットの愛剣であったアロンダイトが握られていた。

 

「さて、この剣で貴方の主である兵藤一誠を仕留めるつもりでしたが……何を笑っているのですか?」

 

「くくく、これはお笑い草ですね。貴方如きが主に勝てるとでも? それと、貴方にその剣は使いこなせませんよ。さぁ、来なさい。若ハゲ胸毛ブラっ!」

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ユークリッドは叫びと共にランスロットに斬りかかる。アスカロンとアロンダイトがぶつかり合い火花を散らす。婚約者とストーカーの激戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーナ姫様っ! 私達も戦います!」

 

ランスロットとユークリッドの戦いが開始された頃、学園に向けて邪龍達が攻撃を開始していた。すぐに対処に向かおうとしたソーナの下には兵士の鎧を着込んだ父親達が集まっていた。量産型とは言え邪龍は邪龍。ソーナがそう言っても彼らは学校を守る為に戦うと言い張る。

 

 

 

「あはははは! 無駄だってっ!」

 

その時、彼らの背後から笑い声が聞こえてきた。

 

「兵藤君! 来てくれたのですね」

 

「まぁね。偶然(・・)アグレアスに遊びに来てたら襲撃されてるんだもん。それでさ、君達に教えてあげるけど、意地や正義感で捨てるほど命は軽い物じゃないんだよ」

 

「だがっ! 俺達はこの学校を守りたいんだ。此処は子供達の、俺達の希望なんだっ!」

 

この学校の入学希望者は才能がなく退学になった者や、地位が低くて入学さえ出来なかった子供達も多い。そんな子供達に魔力の代わりに魔法を教え、格闘を教え、この学校は彼らの希望となっていたのだ。

 

「……ふぅ。あのね、誰しも死時(しにどき)って物があるの。君達の死時は今じゃない。死ぬべき時に死ねる様に今はハンカチ噛みつつ避難してて。……アイツ等は俺が全部片付けてあげるよ」

 

一誠はクルッと背を向けると邪龍達に向かっていった。

 

 

 

 

 

「シャドウ……絶対に此奴等を通すな」

 

「了解シタ」

 

一誠が外に出るなり現れたシャドウは校舎を包み込み、近づいてきた邪龍は触れるなりサマエルの毒で息絶えていく。そして遠くから炎を吐いてくる邪龍には体の一部を弾丸のように飛ばして対処していった。

 

 

「……さて、そろそろ出て来たら?」

 

その瞬間、一誠の足元から紫炎の十字架が立ち昇る。咄嗟に飛び退いた一誠の目の前には一人の女性が現れた。

 

 

「あらあらん、避けられちゃったわん。初めまして、霊王ちゃん。わたくし、ヴァルプルガと申しますのん♪」

 

ヴァルブルガは紫色のゴスロリ衣装を着て、ゴシック調の紫に日傘を持った二十代前半の女性。一誠は彼女を見て首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと無理してない? キャラも痛々しいし……正直ないわ~」

 

「……ぶっ殺すっ!」

 

ヴァルブルガが一誠に攻撃を仕掛けようとした瞬間、巨大な影が現れる。其処にはレイナーレにやられた傷を完治させたラードゥンの姿があった。

 

 

『私も混ぜて下さいませんか? 前回のあの女は居ない様ですし暇なのですよ、っ!』

 

ラードゥンが咄嗟に障壁を張った瞬間、聖なるオーラと黒炎が同時に叩き込まれた。

 

 

 

 

「お前にばかり任せるのも問題だから俺達も戦うぜ、兵藤!」

 

「君は其処の女を頼む。私も新調したデュランダルの性能を試したいんでね」

 

「……勝手にすれば?」

 

匙とゼノヴィアはラードゥンに向かって行き、一誠はヴァルブルガに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

ユークリッドはアロンダイトを力任せに振るいランスロットのアスカロンを弾き飛ばす。そのまま心臓めがけて突きを放ったユークリッドだが、ランスロットは刃を滑らせるようにして受け流した。

 

「貴方を殺してロスヴァイセさんを手に入れる。あの方は私が最も有効活用できるのです!」

 

「させませんっ! 貴方の様な男に愛する女性は渡しませんよ!」

 

二人が同時にはなった突きは互いの切っ先を捉え弾き合う。悪魔であるユークリッドの方が力では優れているのかランスロットは体勢を崩し、ユークリッドはそのまま腹部目掛けてアロンダイトを横薙ぎに払った。

 

「あの人は私の物だっ! 姉さんの代わりにするんだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

そしてその刃はランスロットの横腹を切り裂く、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思われた瞬間、ランスロットは身を屈めてユークリッドの懐に入り込み刃を躱す。

 

「……この世に誰かの代わりなど居ないのですよ」

 

そのまま真っ直ぐ切り上げ、

 

「そして誰かを代用品扱いした時点で貴方の想いはその程度だったというです。姉に対しても、ロスヴァイセさんに対しても。その程度の想いでは私には勝てません」

 

「がはっ!」

 

深く大上段に切り下ろした。ユークリッドの体からは血が吹き出し、アロンダイトは後方に飛んでいく。聖杯で耐性を付けているのか聖剣で切られた事による深刻なダメージは見られないが、それでも傷は深くちはとめどなく流れ落ちる。しかし、ランスロットが捕縛しようとした瞬間、彼の両腕に籠手が出現した。

 

「ふふ…ふふふふ不。、まさか本当に使う事になるとは……」

 

「それは龍の手(トゥワイス・クルティカル)ですか。ですが、今の貴方の力を四倍にしてもその怪我では……」

 

「ええ、無理でしょうね。ですがっ!」

 

ユークリッドは懐からオーフィスの蛇、そして注射器のような物を取り出す。そしてランスロットが止めるよりも早く蛇を飲み込み、注射器を首に突き刺す。その瞬間、籠手が肥大化した。

 

「これは英雄派が作っていた神器の力を引き出す薬。確か『魔人化(カオス・ブレイク)』と言ってましたね。そして……」

 

「っ! させませんっ!!」

 

ユークリッドの様子にただならぬ物を感じたランスロットは彼目掛けアスカロンを振り下ろす。だが、彼の体は黒いモヤに包まれ、中から出てきた巨大な腕に弾かれてしまった。

 

「……この薬を使った状態を彼らは『業魔人(カオス・ドライブ)』と言っていましたが、これは更に覇龍(ジャガーノートドライブ)を組み合わせた状態。強いて言うのなら『業魔龍(ジャガーノート・カオス・ドライブ)』といった所でしょうか?」

 

モヤが晴れるとユークリッドの変貌した姿が露わになる。全身を殻の様な物で覆い、背面には鋭く隆起した突起物。前腕部分はより太く強固になっており、鋭い鍵爪が生えている。顔は龍の様になり、そしてなによりも特徴的なのはその大きさ。全長は少なく見積もっても十メートルはあった。

 

「此れは厳しい戦いになりそうですね……」

 

ランスロットは油断なくユークリッドを見据える。その額からは冷や汗が流れ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、先程まで彼が被っていたカツラは巨大化の際に引きちぎられ、風に飛ばされていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤き弓矢(ウェルッシュ・バゥ)!」

 

一誠の鎧に付いている赤い布が光り輝き、無数の矢となって邪龍に降り注ぐ。全身を打ち抜かれた邪龍は地面に落下して行き、ヴァルブルガも障壁や紫炎で防ごうとするも防ぎきれず体に傷を作っていく。

 

「んっもう! 大人しく萌え燃えして下さいましっ!」

 

「……うっざっ! コスプレババア一号並だね、君。もしかしてキャラ付け? やめた方が良いよ、キッツイからさっ!」

 

一誠は彼女に急接近すると鳩尾に蹴りを叩き込む。ヴァルブルガは肺の中の空気を吐き出され、意識が一瞬混濁する。その瞬間、一誠は懐に忍ばしておいた袋を顔目掛けて投げつけ、彼女に当たった瞬間、真っ赤な中身が辺りに広がった。

 

「お久しぶりの唐辛子粉だよ」

 

「目がぁ~! 目がぁぁぁぁっ!!」

 

ヴァルブルガは顔を押さえて叫び、一誠は再び急接近する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてねん」

 

「しまっ……」

 

次の瞬間、ヴァルブルガを中心に立ち上った紫炎の十字架が一誠を飲み込む。所有者だからかヴァルブルガは焦げ跡一つない体で未だ燃え盛る十字架から脱出した。

 

「あははははははっ! ばーかばーか♪ あ~、敵が勝ったと思った瞬間にひっくり返すのって最っ高!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! 俺もそう思うよ。玉藻はどう?」

 

「えっ!?」

 

ヴァルブルガの背後に居た一誠は彼女の背中を刺し貫いた状態で十字架に話しかける。その瞬間、十字架が霧散し、中から九本の尾を生やした玉藻が出てきた。

 

「まぁ、私も狐なので獲物を甚振るのは好きですね。それに、相手を騙して喰らうのは狐の本能ですし? では、ご主人様。どうぞ、ご一緒に」

 

 

 

 

「「あ~、敵が勝ったと思った瞬間にひっくり返すのって最っ高!」」

 

 

 




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