太閤転生伝   作:ミッツ

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大変お待たせしました。
今回より、新章開幕です。


木下家の人々

 桶狭間の合戦から暫く経った頃、蝉の声が喧しく鳴り響く畦道を二人の男が歩いている。

 その内の一人は現代から遡る事四百年、突如として戦国の乱世に放り込まれた一般人こと相良良晴。

 そしてもう一人は、これまた四十年先の世から死に戻った天下人、後の豊臣秀吉こと木下藤吉郎秀吉である。

 

 彼らは夏の日射しがカンカンと照りつける中、黙々と歩を進めているが、時折秀吉の口から小さな溜め息が何度も漏れていた。

 

「どうしたんだよ秀吉さん?どこか体調でも悪いのか?」

 

 そんな秀吉を慮って良晴が声をかける。その表情からは本気で秀吉を心配しているのが伺えた。

 

「ん?いや、別に具合が悪いという訳ではないんじゃが…」

 

「じゃあどうしてさっきから溜め息ばっかりしてんだよ?折角久しぶりに里帰りするんだから、元気な姿を見せないと。」

 

 そう言って良晴は秀吉の背中を叩き元気づけようとする。

 里帰り、即ち秀吉の生まれ故郷である中村が二人の目的地である。

 

 事の経緯は数日前。お盆も近くなり、そろそろ実家に一度顔を出さねばならぬ、と独り言を呟いていた秀吉に良晴が興味を示したところ、同行する運びとなったのであった。

 

 良晴としては気の合う仲間としては勿論、歴史もので秀吉を語るうえで欠かす事の出来ない、彼の家族らに会ってみたいところであるのだが、当の本人は今日になってどうにも気後れしているように見受けられた。

 

「…まぁ、なんじゃ。なんちゅーか言葉にはし難いんじゃが。」

 

 秀吉は再び溜め息を吐くと、頭を掻きながら視線を足元に向ける。

 

「どの面を下げて皆に会えば良いのかと思ってしまってのう…」

 

「どの面って、普通に久しぶりとか言って笑えば…」

 

 そう言いかけて良晴はハッとする。

 秀吉は晩年、甥の羽柴秀次をはじめとした自身の親族に対して、非情な振る舞いを行い、それが結果として豊臣家の崩壊へと繋がった。

 その事を思い出した良晴の表情を見て、秀吉は力無く笑う。

 

「どうやら儂が皆にした仕打ちは、四百年後にもよく伝わっているようじゃの。」

 

「えっと、それは、その…」

 

「お主が気にする必要はない。すべては前世の儂の負い目。此度は二度とあのような事は起こさぬと誓い、既に気持ちの面では切り替えておったつもりじゃったが、やはりどうにもな…」

 

 哀愁の表情を浮かべる秀吉に、良晴は何にも言えなくなってしまう。

 少なくとも良晴には、秀吉の後悔と負い目がよく理解出来た。

 

「…なぁ、秀吉さん。秀吉さんにとって、秀次って人はどんな人だったんだ?」

 

「…可愛い甥子じゃ。あまり出来が良いとは言えぬが、何事にも一生懸命でのう。その一生懸命さが愛らしく思えておったわ。死なせたくなかった…」

 

 最後の方は消えかけるような小声であったが、秀吉は確かにそう言った。

 そのまま暫く無言が続いたが、突然秀吉は自分の頬を叩くと大声を上げた。

 

「だあああぁぁぁっ!!やめじゃやめじゃ!たくっ、儂としたことが、何を辛気臭くしとるんじゃ!前世を引き摺り過ぎじゃっ!」

 

「ひ、秀吉さん!?」

 

「すまんの良晴。色々と難しく考え過ぎておったわ。此度の世では信奈様に天下を獲って頂く。さすれば秀次達が死ぬ運命など最初から存在せぬわ。」

 

 どこか開き直った様子の秀吉に暫し呆気にとられた良晴であったが、先程よりもスッキリとした秀吉の表情に安堵する。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、もう吹っ切れた!まったく、下手に歳を重ねるとどうにも女々しくなってしまうわ。もうこの世には太閤秀吉はおらん。ここにおるのは、信奈様を支える木下藤吉郎秀吉じゃ!よしっ、良晴、走るぞっ!」

 

「ちょっ!?ちょっと待ってくれよ、秀吉さーん!」

 

 叫ぶやいなや、凄まじい勢いで駆け出した秀吉を良晴は慌てて追いかける。

 先程とは打って変わって喧しく道中を行く二人を、夏の日射しは相変わらず燦々と降り注いでいた。

 

 そうして間も無く、二人は秀吉の故郷、中村の入り口へとたどり着いた。

 

「ここが秀吉さんのふるさと…」

 

「ああ、何処にでもある、なんの変哲もない小さな村じゃ。」

 

 中村は現在の名古屋市中村区中村公園駅周辺にあったとされる。

 明治時代に名古屋駅を中心とした商工地区と、中村遊廓と呼ばれる愛知県随一の風俗街として発展し、現代では超高層ビルが乱立する名古屋のみならず中部日本屈指の大都市である。

 だが、この頃はまだ湿地帯に面した小さな集落でしかない。

 

 秀吉は昔懐かしい故郷の姿に、感慨深げに息を吐く。

 

「…本当に何もかも変わらぬ。さて、良晴。儂の実家はこの道を真っ直ぐ行った先のでかい木の下にある所の「あれまっ!?日吉じゃにゃーか!急に帰ってきてどうしたんでゃー!?」

 

 早速良晴を案内しようと秀吉にすっとんきょうな声が掛かる。

 声のした方を見れば、山雉の首を掴んだ小柄な中年女性が藪の奥から現れた。

 山に入っていたからか衣服は泥に汚れ、手足も同様に泥塗れ。顔は日に焼け、鼻筋に沿って深いシワが刻まれているが、背筋はシャンと真っ直ぐに伸びている。

 そしてその瞳は、秀吉によく似た丸く大きな瞳であった。

 

「おっかあ…」

 

 現れたのは秀吉の母、『なか』であった。

 惚けたように秀吉が呟くと、なかは不思議そうに首をかしげる。

 

「おみゃー本当に大丈夫だぎゃー?幽霊でも見たみてゃーな顔して。」

 

 そう言って、なかは心配げに秀吉の顔を撫でる。次の瞬間、秀吉は堪らずなかに飛び付き、その体を強く抱き締めていた。

 

「おっがあああああっ!!」

 

「お、おっとっと!?ど、どうしたんだおみゃーっ!?」

 

「おっかあじゃっ!おっかあじゃっ!おっかあじゃぁぁぁぁ!!!」

 

 その様はまさに狂乱、涙と鼻水をボロボロと流し、口の端から涎が垂れるがままに秀吉は絶叫する。

 

「生きとるっ!ああぁ、おっかあが生きとるっ!ずっと会いたかったぁ。ずっと、ずっと、もう一度会いたいと…」

 

 そして腕に抱えた母の感触を確かめるように、秀吉は顔をなかの胸元に擦り付けた。

 

 そんな息子の奇行に目を白黒させるなかであったが、やがて優しい笑顔を浮かべると、赤子をあやすかの様に秀吉の頭をポンポンと撫でた。

 

「はいはい、おみゃーのおっかあはここにおるがね。まったく、体ばかり大きうなって、いつまでたっても子供のまんま。」

 

 そう言って秀吉の体を離すと、いまだ泣きじゃくる秀吉の顔を着物の袖で拭った。

 

「よう帰って来た。腹空いとるだがね?おまんま用意するでよ。」

 

 なかの言葉に、秀吉は嗚咽をあげながら頷く他なかった。

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ相良様。熱いで気を付けて食べてちょう。」

 

「あっ、どうも。いただきます。」

 

 なかが差し出したお椀を受け取り、良晴は礼を言う。

 お椀の中には、山雉の肉団子と野菜の切れ端が浮かんでいる。

 一口飲んでみれば、塩気は薄いがしっかりとした素材の旨味が感じられた。

 

「うんっ!すっげぇ旨いっすよ、これ!」

 

「そうだぎゃ、そうだぎゃ!おっかあの作る飯は尾張一っ!いや、日ノ本一だぎゃあ!」

 

「まったくこの子は調子のええことばっか。それにしても、日吉が織田様の家来になっとるなんてねぇ。」

 

 騒ぐ秀吉を嗜めつつ、なかは感心した様子で頬に手を当てる。

 

 元々、秀吉の母、なかは美濃の鍛冶職人の娘であり、織田家の足軽であった木下弥右衛門に嫁いで秀吉を出産。

 その後、弥右衛門が戦で討ち死にしたため、織田信秀の同朋衆であった竹阿弥と再婚し、二人の子を産んで今にいたっている。

 そんな木下家の間取りはと言うと、十畳一間に竈付きの土間という、良晴の感覚からすると家族で住むに些か手狭だが、この時代の農家としては中々に恵まれた住宅である。

 

 実際のところ、木下家は働き者のなかの存在や、織田家に仕えていた竹阿弥の伝手もあり、幼い頃の秀吉を金を払って寺に預けるくらいには余裕のある、比較的裕福な部類の百姓だったと言われている。

 

 そんな木下家の中を興味深げに良晴が見渡していると、なかの横から痩せ気味の少女が前に出てきた。

 

「ねぇねぇ相良様!兄やと相良様は信奈様に仕えとるんじゃろ?じゃったら、毛利様とは会ったことある?」

 

「毛利様って、新介のことか?会ったことっていうか長屋の向かいに住んでるけど。」

 

「ご近所さんなの!?じゃあじゃあ、どんな人?背が高くて、凄く逞しいお人だってみんな噂してるけど。」

 

「これっ、あさ!お客様相手にみっともない!すんません相良様。この子、日吉に似てどうも調子乗りな所があって。」

 

「いやいや、別にかまいませんよ。」

 

 良晴は苦笑しながら少女の方を見る。

 なかから注意され不貞腐れた様子を見せるのは、秀吉の妹の『あさ』である。

 秀吉とは歳が十近く離れているが、兄妹仲は良く、先ほどからも積極的に織田家での話を兄にせがんでいた。

 因みに秀吉には『とも』という姉もいるが、現在は乙の子村の弥助という馬丁の男の元に嫁いでおり、不在であった。

 

「それにしても、百姓の間でも新介は人気なのか?」

 

「そりゃそうだわ!毛利良勝様といえば、あの今川の大将を捕らえた、織田家奇跡の勝利の立役者って尾張中で噂の勇将だぎゃ!村の姉さん達も、一度でいいから毛利様みたいな強いお人に夜這いされたい、って言ってたがね。」

 

「えっ、まじかよ。新介の奴、そんなに…」

 

 あさの言葉に、良晴は強面の顔を思いだし驚きを隠せない。

 この時代、モテる男の条件として、腕っぷしの強さは欠かせない要素である。

 そこで言うと、元より馬廻衆の纏め役であった新介は、今川義元捕縛という大手柄をもって織田家随一の武将と尾張中にその名を知られる事となり、『尾張の娘達が選ぶ、抱かれたい男ランキング』で、堂々の一位に躍り出た。

 

「因みに、俺たちの事とかは噂になってなかった?」

 

「うーん、相良様や兄やの事は聞いたことにゃーわ。」

 

「そ、そうなのか。一応手柄は認められて足軽大将になれたんだけどなぁ。」

 

「まあまあ、そんな落ち込まんで。儂らみてゃーな百姓からせやあ、足軽大将に取り上げられるんだって、夢みてゃーな事なんですで。」

 

 あさの返答に肩を落とす良晴を、なかは慰める。

 先の戦のあと、稲生の戦いでの功をもって、良晴と秀吉は揃って足軽大将への昇進を信奈本人から伝えられていた。

 これにより、給金が多少上がったのに加え、対外的な箔付けがなされていた。

 とはいえ、大将捕縛の大手柄と比べると、調略と敵武将の足止めでは、些か世間へのウケで分が悪いのは仕方無いだろう。

 

 すると、団欒とした和やかな席に、不機嫌さを隠す素振りもない舌打ちが響いた。

 

「ふんっ、運良く勝ち馬に乗れたくらいで調子に乗りよって!藤吉郎、お前みたいなチビが戦で何の役に立つ?どうせ詰まらぬ小競り合いで野垂れ死ぬのが見えておるわ。」

 

「ちょっと、アンタ。そんなこと言わんで。」

 

 不意に、部屋の隅で黙していた初老の男が、蔑みの混じりに吐き捨てる。

 彼はなかの夫で、秀吉の継父、あさの実父にあたる、竹阿弥という男である。

 そんな夫をなかは嗜めるが、竹阿弥はもう一度鼻をならす。

 

「大体、今の織田の御当主様はうつけという噂じゃ。この前の戦だって、運が良かっただけではないか?先代の信秀公はそれは良く出来た御人じゃった。信秀公じゃったら、あんな危ない橋を渡らずとも、上手く事を納めておるはずじゃ。」

 

「おい、おっさん。あんた信奈の事をバカにしてんのか?」

 

 竹阿弥の物言いに良晴が前のめりになる。その顔には主君を悪く言われたことに対する明確な怒りがあった。

 しかし、竹阿弥に食って掛かろうとする良晴の前に、秀吉が素早く体を滑り込ませた。

 

「いや、すまん良晴!気を悪くさせてしまったが、年寄りの戯言と思ってくれんかの?」

 

「秀吉さん、でもこいつ…」

 

「わかっちょる、わかっちょる。お前さんが姫様の悪し様を言われた怒り、儂にもようく分かる。じゃが、今日ばかりは抑えてはくれぬか?久しぶりの故郷なんじゃ。おっかあに諍いは見せとうない。」

 

「…わかったよ。秀吉さんがそこまで言うなら。」

 

「忝ない。竹阿弥殿、この通り相良殿は信奈様を心底慕うておる。信秀公に仕えておった御前さんにとっちゃ、最近巷で『信奈様は信秀公を越える器』と噂されよるのは面白くないかもしれぬが、末端とはいえ儂らも信奈様に仕えとる身。せめて儂らのおらぬ所で愚痴ってはくれぬかのう?」

 

「お、おう…」

 

 秀吉に間に入られた竹阿弥は、戸惑いつつも自分の否を自覚していたからか、バツが悪そうに頷いた。

 そんな秀吉の姿を見た母と妹は、驚いた様子で秀吉を見ていた。

 

「どうしたんじゃ、二人して目丸くして?」

 

「日吉、おみゃー大人なったなぁ。おっとうを宥めるなんて。」

 

「うん?そうか?」

 

「そうだぎゃ。前だったら兄やも怒って、おっとうと喧嘩になってたがね。」

 

「…そうだったかもしれんのぅ。まっ、儂も色々あったのでな。」

 

 六十年も生きていれば、ひねくれた老人のあしらい方も多少の心得は出来るというもの。

 そう思うと、今世の自分と前世の自分は、明確に違った道を歩んでいるのだと自覚し、自嘲じみた笑みが秀吉に浮かんだ。

 

「それはそうと、小竹の奴はまだ帰らんのか?」

 

「村の寄合に行っとるがね。多分そろそろ帰ってくるちゅー思うけど。」

 

 なかが答えた丁度その時、家の扉が開かれ、背の高い細目の青年が入ってきた。

 

「ただいまぁ、って兄者じゃねぇか!?帰って来とったんか!?」

 

「おおおおうっ!?小竹うううぅっ!」

 

 青年の姿を目の当たりにした秀吉は、母にしたのと同様に喜び勇んで青年に抱きついた。

 この青年こそ、秀吉の種違いの弟である『小竹』こと、小一郎長秀である。

 秀吉は背中に回した手で小一郎の存在を確かめると、心底安心した様子で大きく息を吐いた。

 

「本当に、本当によかった!」

 

「ど、どうしたんじゃ、兄者?」

 

「小竹、儂はお前が妹になっておらんで本当に安心したっ!」

 

「本当にどうしたんじゃ兄者っ!?」

 

 この時代に来てから、前世の知り合いが悉く女になる謎の現象に戸惑いつつも、何とか折り合いを付けてきた秀吉だったが、肉親の性別逆転までは受け止める自信が無かったらしい。

 

「うん、まあ色々あったんじゃ。そこのところはあまり話せぬが、先程おっかあ達にもした儂の近況を教える。御主にも相談したい事があるしのぅ。」

 

「…わかった。教えてくれんか、兄者の事。」

 

 言葉の端に真剣味を感じた小一郎は、素直に話を聞く態勢に入った。

 

 

 

 

 

 

「おおうっ!そうか!兄者はいま信奈様のところに。しかも足軽大将たあ、大したものでねぇか!」

 

 秀吉から織田家に仕え今日までの事を聞かされた小一郎は、秀吉が一武将として活躍している事に大変感激し、嬉し涙さえ流し兄の出世を喜んでいた。

 

「ああ、よかった!兄者が元気にやっていてくれて。儂は兄者が酷く苦労しているのでは無いかと心配しておったんじゃ。相良様も兄者を支えてくれて有り難う御座います!」

 

「いやいやっ!寧ろ俺の方が助けられてるばっかりだし、感謝しなきゃいけないのは俺だよ。」

 

「それでも、今日兄者が相良様をこの家に招いたのは、兄者がそれだけ相良様を信頼している証左。信頼されるに至る事があったというだけで、相良様に感謝する理由となり得ます。」

 

 そう言うと、小一郎は床に手を着き深々とお辞儀をする。

 その様に良晴は面食らいながらも、小一郎の義理堅く誠実な性格と、のちに『天下の補佐官』として絶大な信頼を勝ち得る、兄に負けず劣らずの『人垂らし』っぷりを垣間見た。

 

「うむ、その通りじゃ小竹よ。御主の言うとおり、儂は感謝してもしきれぬ恩が良晴にある。」

 

「秀吉さんまで…」

 

「しかしじゃ、足軽大将になったからには、仕事の量も質も、より難題になる筈じゃ。今まで通りと言うのは難しくなろう。そこでじゃ。」

 

 秀吉は膝を着いたまま小一郎ににじり寄った。

 

「小竹、儂の家来になってはくれんか?」

 

「兄者の家来、侍になれってことか?」

 

「ああ、そうじゃ。これからますます信奈様のお役にたつには、御主の助けが必要なんじゃ。どうか頼む、小竹!」

 

 そう言って、秀吉は弟に対して頭を下げる。

 そんな兄の姿を前に小一郎が思案していると、乱暴に床を踏み鳴らし立ち上がる者がいた。

 竹阿弥である。

 

「戯けたこと言ってんじゃねぇっ!小竹はお前と違って真面目に田畑の世話をし、村の皆からも頼りにされとるんだ。小竹、侍になんてなるもんじゃねぇぞ。運が悪けりゃ簡単に死んじまうし、手柄をあげるなんざ万に一つだ。」

 

 憤怒の表情で秀吉を怒鳴った竹阿弥であったが、小一郎の方を向くと、どこか懇願にも似た様相で諭した。

 

「今までにも一旗上げる、と言って村を出ていった奴等はいたが、どいつもこいつも禄な死に方をしておらん。小竹、馬鹿に付き合っておみゃーまで馬鹿見ることはねぇ!この村にいりゃ、十分幸せに暮らせるだぎゃあ。」

 

「………いや、おっとう、儂は兄者に付いていく。」

 

「小竹っ!?」

 

 小一郎が出した結論に竹阿弥は驚愕するが、父に対して小一郎は申し訳なさそうに微笑む。

 

「おっとう、儂は兄者が頼ってくれるんが嬉しいんじゃ。子供の頃は、いっつも兄者について回って助けて貰ってばっかじゃったで。いつか兄者の助けになりてゃーて、ずっと思っとった。それに…」

 

 小一郎は改めて秀吉の方を見る。その顔は、どこか興奮気味に朱が差していた。

 

「儂は兄者に天運があると思っとる。兄者ならいずれ、天下に比類無い大出世ができる。なんとのう、そう思うんじゃ。」

 

「小竹、そんなおみゃー…」

 

 小一郎の言葉にショックを隠せない様子の竹阿弥。そんな彼の肩を、妻のなかが支える。

 

「おっとう、行かせるしかねぇだぎゃあ。」

 

「なか、おみゃーまで。」

 

「男が一度決めた以上、親でも簡単には変えらんねえ。それに、前にも話したで。儂が日吉を身籠ったとき、御天道様が儂の腹ん中に入ってくる夢みてゃーて話。きっと日吉は日輪の子。武家様でも必ず成功するで、小竹もついて行かせてあげてちょう。」

 

「し、しかし、うちの畑はどうするだぎゃあ!?小竹がおらんくなったら、儂ら三人で世話せねばならんのじゃぞ!」

 

「それなんじゃが、今日の寄合で近い内にあさの嫁ぎ先を決めねば、という話になってのう。隣村の甚兵衛という農夫の三男坊がおるで、そいつと見合いする事になったでよ。」

 

「えっ、本当!?大変、急いでまわしせな。」

 

 急に自身の見合い話になった割には、あさは冷静に受け止め、準備について想いを巡らせる。

 他の家族も特段驚いた様子も無く、戦国時代の農村における婚礼の常識的には、普通であることが窺い知れた。

 ただ一人、良晴のみは自分より年下のあさが、あっさりと人生の一大決断をして、周りもそれを受け入れてる現状に衝撃を受けていた。

 

「噂では真面目な働き者らしいで、婿入りも問題ないという話じゃ。儂が出ていったあとは、甚兵衛に面倒見て貰えばええじゃろ。」

 

「そりゃあ、ええ話だがね!あさ、よかったのう!」

 

「うん!ありがとう、竹兄や!」

 

 小一郎が持ち帰った縁談の話に、なかとあさは既に乗り気である。

 ここに至って、蚊帳の外は竹阿弥一人となってしまった。

 

「ええいっ!どいつもこいつも。そんなに死に急ぎたいなら、勝手にどこへでも行って、くたばっちまえっ!」

 

「アンタっ!言いすぎだぎゃあ。」

 

「煩いっ!儂は気分が悪い!寝るっ!」

 

 そう言って竹阿弥は部屋の隅に行くと、皆に背を向けゴロリと横になった。

 なかは申し訳なさそうに良晴へ頭を下げる。

 

「すんません。うちのおっとう、ご覧の通りへそ曲がりでして。根は悪い人じゃにゃーんですけど。」

 

「うん、別に大丈夫っすよ。それよりも小一郎さん、これからよろしくな!」

 

「はいっ!相良様、百姓の小倅の分際で御座いますが、兄共々、何卒よろしくお願いいたします。」

 

 こうして、後に『天下の補佐官』として兄の覇業を一身に支える希代の調整役が仲間に加わり、秀吉、そして良晴の躍進に大いに寄与する事となっていくのだった。

 

 

 

 その日、木下家で一夜を明かした秀吉と良晴は、日が昇ってすぐに清須へ向け出発した。

 小一郎は妹の見合いと婚礼の準備のため村に残り、妹婿へ諸々の引き継ぎが終わり次第、清須に来るはこびとなっている。

 

「相良様、日吉が無茶せんよう、よーく見ておいてちょう。あとこの瓜、うちの畑で一番大きく育ったんで、ご近所さん達と分けて食べてちょう。」

 

 大人の頭ほどの瓜を手渡しながら、なかは良晴に頼んだ。見送りには小一郎とあさの姿もあったが、竹阿弥はついぞ現れなかった。

 

「なんというか、ほんと良い人ばかりだったな。」

 

 帰りの道中、良晴は貰った瓜を両手の上で転がしながら秀吉に言う。

 

「ああ、しかし竹阿弥の事はすまんかったな。」

 

「別に良いよ。何となく、悪い人じゃ無さそうだったし。」

 

 ほんの少し接しただけであったが、良晴は竹阿弥の不器用な人柄を垣間見ていた。

 思い返してみれば、小一郎が侍になるのを反対したのも息子の身を案じてからであり、言葉は乱暴でも親としての確かな情を感じられた。

 

「あの男も、中々の苦労人でな。一時は城仕えをしておったが、低い身分故に大変な苦労をしたらしい。おまけに戦で生死に関わる怪我をしてな、そういった事が積み重なり役目を辞したそうじゃ。」

 

「そっか。じゃあやっぱり、秀吉さんや小一郎に危ない道を進んで欲しくなかったから、あんな風に言ってたのかな?」

 

「恐らくそうじゃろ。尤も、儂がそれに気づいたのは、前世で阿奴と最後に言葉を交わした時じゃった。」

 

 前世で竹阿弥と和解した日、酒を酌み交わし秀吉は初めて竹阿弥の心の内を知ることが出来た。

 そしてそれが、二人が親子として語り合った最後の機会でもあった。

 

「頑固で、不器用で、へそ曲がりだが、人並み以上の情け深さを持っておるが、それを表に出すのが苦手な男。それが阿奴だ。」

 

「ふーん、なんかそう言うと、信奈に似てるよな。」

 

「おぞましい事を言うでないっ!竹阿弥が信奈様に似ているなど、万に一つも無いわっ!」

 

 良晴の感想を秀吉は全力で否定する。

 その慌て様がらしくなかったので良晴が思わず笑ってしまうと、秀吉は拗ねた様子でフンッと鼻を鳴らす。

 その姿はどこか竹阿弥に似ていた。

 

「けれど良かったよな、小一郎が仲間になってくれて。」

 

「…まあのう。小竹はあれで中々器用な奴じゃ。人の話を聞くのも得意じゃし、下の者達を纏めるのも上手い。奴がおるからこそ、儂も自由に動けるというものじゃ。」

 

「へぇー、結構優秀な人だって伝わってるけど、本当だったんだな。」

 

「儂の自慢の弟ならば、当たり前じゃっ!小竹が家来になってくれたからには、儂も安心して寧々を嫁に迎えられるしのう。」

 

 

「………は?」

 

 秀吉が放った一言に、良晴の思考が停止する。

 数瞬の間、言葉を失った良晴だったが、脳が秀吉の発言を理解すると、血相を変えて秀吉に掴み掛かる。

 

「秀吉さん寧々と結婚するのかよっ!?」

 

「おおっ!そう言えばまだ言って無かったのう。実は先日、寧々に嫁に来てくれんかと言ってな。浅野の爺様からは嫁にやっては良いが、せめて一人は家来を持つようになって欲しいと言われておったんじゃ。」

 

「話が早すぎんだろっ!?つか、おめでとうっ!でも、どういう流れでそうなったんだよ!?」

 

 急な結婚の報告に驚いた良晴であったが、元より秀吉と寧々が夫婦になることは知識としてあったので、素直に祝福の言葉を口にした。

 これが秀吉以外であれば、血涙を流し「リア充爆発しろ!」と叫んでいただろう。

 一方で秀吉がどの様にして想い人を射止めたのか、青少年らしい興味から尋ねると、秀吉は顎に手を当て頷いた。 

 

「ふむ、今川との戦に勝ったあと、祭りがあったじゃろ?そこで、一緒に出店でも回りませぬか?と誘ったんじゃ。」

 

「あっ、なんか割りと普通にデートに誘ったんだな。で、それから?」

 

「快く誘いを受けて貰った。当日は出店で買い食いしたり、戦の報償金で髪飾りを買ったりしてな。そうして一通り楽しんだあと、蛍が飛び交う名所があるのでそこで休もう、と言って寺の裏にある蛍池に向かったんじゃ。」

 

「おおっ、いいじゃん。で、それから?」 

 

「闇を照らす蛍の光を眺めながら暫し語り合った。すると、近くの茂みから物音がしてのう。」

 

「物音?」

 

「気になって寧々と確かめに行くことにしたんじゃ。すると…」

 

「すると?」

 

「新介が近所の町娘とまぐわっておったわ。」

 

「おいこら。」

 

「見渡せば、他にも物陰で腰を振る男女が結構おってのう。まあ、戦時は男も女も気が高ぶっておるし、戦が終わった解放感から人肌を求めるもの。割りとよく見る光景じゃ。かっかっかっ!」

 

「いや、この話の流れで戦国時代の性事情は聞きたくなかったよ。」

 

「まあ、儂もそう言う場所だと知ってて誘ったのじゃがな。」

 

「確信犯かよっ!てかっ、それって最初から何かするつもりで…」

 

「無論じゃ!寧々も皆が何をしてるか直ぐに理解したようでな。暗がりでも分かるくらい、顔を真っ赤にしておったわ。しかし、目線だけは新介達から離せず、足をもじもじと擦り会わせてな。もうそれで堪らんくなって、儂は寧々の口に吸い付くと、乳房に手を…」

 

「アウトおおおおおおおおおっ!!!!あんた何やってんだよっ!?犯罪だろうがっ!?」

 

 因みにこの時、秀吉は二十五歳。寧々は十四歳。現代であれば完璧に犯罪である。

 

「なにが罪なものか。寧々の歳なら子は産める。それに、寧々も最初は驚いておったが、やがて目を閉じ、儂の背に腕を回してきてのう。」

 

「えっ、それってつまり…」

 

「ふっ。今世でも、儂が寧々を、娘から女にしてやった。」

 

「マジかよっ!畜生、展開が早すぎて脳が追い付かねぇ。つか、浅野の爺さんがそれ知ったら、ぶちギレるんじゃねぇか?」

 

「心配御無用っ!キチンと傷物にしたことを言った上で、嫁に迎えるのを認めて貰ったぞ。ついでに、爺様が死ぬ前に孫の顔を見せてくれと頼まれたのう。」

 

「うわぁ、戦国の性風俗すげぇな。」

 

 秀吉と寧々は、戦国時代では珍しい恋愛結婚だったと言われているが、戦国の恋愛など大体こんなもんである。

 現代の感覚からすれば、ロマンチックの欠片もない。

 

「しかし、体が若返ったせいか、少し調子にノリ過ぎてしまってのう。つい、寧々の気が失するまで達させてしまったわ。因みに、寧々はうなじの部分が感じやすくてな。後ろから突きながら舌を這わせると、キュッと奥が締め付けて…」

 

「止めろ止めろっ!知り合いの夜の営みの話なんて聞きたくねぇよ!気まずくなるだろうがっ!?」

 

「本当に聞きたくないのか?」

 

「…………」

 

「本当に興味がないのか?」

 

「………後学の為に、御教授下さい。」

 

「儂は己に正直な男は好きじゃぞ。」

 

 それから清須に着くまでの道中、秀吉から寧々との仲睦まじさを丁寧に説明された良晴は、暫くの間、まともに寧々の顔を見れなくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日がたった頃、清洲城の大広間には、主だった家臣たちが一同に会していた。

 彼らは一様に真剣な面持ちで、主が現れるのを待っていた。

 すると、板張りを大股で歩く音と共に彼らの主君、織田信奈が現れ、家臣たちは一斉に頭を下げる。

 信奈は鋭い視線で家臣達をぐるりと見渡し、己の座に腰を落とした。

 

「皆のもの、面を上げなさい。」

 

 その言葉に従い、家臣達は素早く頭を上げ、主君を注視する。

 その先には、片膝を立て、爛々と瞳に野心の火を灯す、若き戦国大名がいた。

 

「今川との戦が終わり、後患の憂いが無くなり、準備が整ったわ。」

 

 口角が持ち上がり、肉食獣めいた凄惨な笑みを作り、信奈は宣誓する。

 

「さあ、美濃を獲るわよ。」

 

 これより、美濃攻略編開幕。

 

 今宵はここまでにしとう御座ります。




・木下小一郎長秀
 秀吉の弟にして、「天下の補佐官」。幼名は小竹。「こたけ」ではなく「こちく」と読む。
 いまでこそ秀吉を支えた賢弟として人気だが、大河ドラマ『秀吉』で取り上げられるまでは、割りとマイナーな武将であった。貯金が趣味。
 また、「秀長」と言う呼び方が有名だが、これは本能寺の変以後に名乗り始めた名であり、信長存命中は「長秀」と名乗っていた。
 今作では、万千代姐さんと名が被るため、「長秀」と呼ばれる予定はない。

・木下なか
 秀吉の母。後の大政所。
 秀吉は母を大変敬愛していたとされ、死の際にはショックのあまり卒倒したと言われている。
 また、天下人となった秀吉に物を申せる数少ない人物だったとされ、朝鮮出兵を一年延期させたともされる。

・木下あさ
 秀吉後の妹。後の旭姫。政略結婚で家康に嫁いだ事で有名。
 今回で甚兵衛という人物に嫁いだとされているが、最初の夫については様々な説が有り、詳しくは不明。
 しかしながら、家康との結婚に際し、夫と強制的に離縁させられ、家康と結婚後暫くして亡くなった事で悲劇の女性として知られている。

・木下とも
 秀吉の姉。後の日秀尼。
 羽柴秀次、秀保らの母であり、兄弟姉妹たちの中では最も長生きし(92歳没)、豊臣家の興隆から滅亡までの全てを目撃した。
 また、豊臣家で唯一血脈が現在まで続いている人物であり、その末裔の一人が現天皇陛下である。
 なお、夫の弥助(後の三好吉房)は苗字の無い下層農民の出自とされ、現在の皇室の系図を辿っていく中で、最も身分の低い天皇陛下の先祖とされている。

・竹阿弥
 秀吉の継父。小一郎とあさの実父。
 この人の出自も多くの説があり、中には秀吉の実父であったり、実は秀吉とはそこまで中は悪くなかったとする説もある。
 今作では大河ドラマ『秀吉』に登場する竹阿弥をモデルとしている。

・寧々
 今回で猿に喰われた事が判明した、14歳の幼妻。奥様は中学生!
 作者はこの展開を書きたかったために、あえて原作から改編した。いくら戦国時代でも流石に年齢一桁とはねぇ…
 因みに秀吉は、親友犬千代の14歳の娘を側室にしている。猿ぅ、そういうとこやぞ… 
 なお、犬千代は12歳の新妻を孕ませた。犬千代、お前もか…
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