なお、タイトルの通り長政が酷い目にあいます。
浅井長政についてどう思うか?
そのように尋ねられたら秀吉はこう答えるだろう。
『全てにおいて気に食わぬ男である』と。
新興とはいえ北近江の大名の家に生まれ、容姿端麗な相貌は身分を問わず数多の娘を虜にし、恵まれた体躯は信長からも見事と誉め称えられ、一度戦場に出れば才気溌剌にして猛将に等しき槍働きで敵将すらも魅了する。
そのどれもが、秀吉が最初から持て無かったモノである。
当然嫉妬した。
同様の感情は明智光秀にも抱いた事があったが、互いに外様という共通点も有り通じ合う部分もあったし、本能寺での一件を除けば好ましい人物だった。
だが、長政は違う。いや、違い過ぎた。
長政は秀吉が望みながらも絶対に手に出来ないモノを生まれながらに手にし、それどころか信長の妹にして尾張一の美女と名高く、秀吉も心寄せていた『市姫』を娶るに至った。
これはまさしく信長が長政を大変気に入っており、心から信頼していた証左である。
生まれ、容姿、主君の信頼。そのどれもが秀吉を遥かに上回っていた。
嫉妬するなと言う方が無理である。好感を抱けと言うのは更に不可能であった。
それのみならず、長政は一度として秀吉を見ていない。
視界に捉えながらも、義兄の数多くいる家臣の一人でしかなく、秀吉の胸中に渦巻く自身への感情に生涯気付かなかった。
長政にとって秀吉とは、その程度の人間だった。
挙句の果てに長政は信長を裏切った。
それにより信長は窮地に陥り、秀吉も死にかけた。
到底許せることではない。
もとより低かった長政への好感度は、そこに至って地の底に叩き落された。
だが同時に、秀吉にとっては我が子を産んだ女の父であるため、容易に滅ぼしてやろうとも言い難い。
そんな所もまた気に食わぬ。それが秀吉にとっての浅井長政という男である。
その男が、今まさに秀吉の目の前に座り、己の主君と対面していた。
「まさか、当主本人が使者としてくるとは思わなかったわ。」
「確かに、少々正道とは言い難いやり方でしたね。ですが信奈殿はこういう遣り方がお気に召すかと思いまして。」
そう言って信奈の正面に正座した青年、浅井長政は気障っぽく笑った。
「へぇ、その言い方だと随分と私の事を調べたようね。」
「気になる異性を知りたいと思うことは、男として当然の事かと。」
「…なるほどね。でも、私が顔の良いキザったらしい男が好きじゃないってのは知らなかったみたいね。」
「無論承知しています。然れど、偽りの自分を演じるのは不興を買うかと思いまして。貴方は嘘偽りが何よりお嫌いだと聞いてます。」
「…ふふ。なかなか言うじゃない。」
信奈の嫌みにも涼しげに返す長政に、信奈は初めて笑みを作る。
短いやり取りではあったが、長政の頭の回転の早さが自分にも匹敵するものだと理解できた。
加えて僅か数名の供廻りだけを連れて他国に赴き、たった一人で会談に臨む胆力は、長政の言う通り信奈好みの振る舞いである。
自然と信奈は長政に対し悪くない感情を抱き始めていた。
そんな信奈の様子を端から見ていた良晴の表情は、目に見えて不機嫌なものとなっている。
「さて、このまま貴方と歓談するのも悪くありませんが、そろそろ本題に入りませんか?」
「ええ、そうしましょ。織田と浅井の同盟の件、わざわざ当主自ら出向いて来たからには前向きであると考えて良いかしら?」
「はい。我が浅井家は南近江の六角を倒し、北近江での支配を確固たるものとしたいと考えています。その為には六角と同盟を組んでいる一色家への対処が必須。織田家が一色を攻めるのに合わせ南近江に侵攻出来れば、六角家打倒は格段にやり易くなるでしょう。」
「私たちにしても浅井家と連携していると喧伝出来れば、一色への牽制となって美濃攻めがやり易くなるわ。織田家と浅井家、共に利のある関係を構築しましょう。」
「そう言って頂けると有難い。ですが同盟を結ぶに当たって、より一層両家の関係を確かにすべきと考え、一つお願いしたき事があります。」
「ん?なにかしら。」
疑問符を浮かべる信奈に、長政は微笑みを濃くする言い放った。
「信奈殿、どうか私と結婚して下さい。」
「………は?」
らしくない呆けた声が信奈から漏れる。
だがすぐに長政の言葉の意味を理解すると、渋い顔をした。
「なるほど、婚姻同盟を結びたいということね。」
浅井家は織田家との間に強固な同盟結ぶと共に、少なからず自分達の望み通りに織田家を利用したい。その為なら、婚姻同盟という形で織田家を取り込むのが最も手っ取り早い。
おそらく長政は自身の容貌すら武器にする事を厭わず、奇襲ぎみに結婚の申し込んだのだろうと、信奈は浅井家の思惑を読みきった。
一方で、大した動揺も無く目論見を悟られた長政は、予想外の信奈の反応に僅かに表情が曇る。
その様子さえ、信奈は敏感に感じ取っていた。
「いきなり結婚を申し込めば私が慌てふためくとでも思ってた?私について調べて、録に婚姻の噂が無いから行けるとでも考えたんでしょ。」
「…いえ、そのような事は。」
「御生憎様。これでも私、結構もてるの。つい最近もどこぞの猿から面と向かって惚れたって言われたし。」
「おいっ、それはもう何ヵ月も前の事だろうが!ていうか、あれはお前の夢に惚れたってだけで女として惚れたとかは一言も…」
「あーもう煩いわね。犬千代、良しサルを黙らせて。」
「はい、姫様。」
言うが早いか、犬千代は良晴の口を両手で思いっきり塞いだ。
良晴は暴れ逃れようとするが、犬千代に敵う術は無し。
その様子に長政は目を丸くさせるが、織田の家臣たちには特に変わった処は無し。いい加減彼らもこの遣り取りに慣れてしまっていた。
「さて、話を戻しましょう。まず私が浅井に嫁入りするかどうかだけど、答えは否よ。確かに同盟をより強固にする意味はあるだろうけど、互いに別々の相手と戦線を抱える現状では大して意味はないわ。むしろ当主同士が婚姻を結んだ事による指示系統の混乱を考えれば害が大きすぎると思わない?」
「…確かにそうですね。少し浅慮だったかもしれません。」
無論その事は長政も承知している。
今回の婚姻の申し出は、信奈を動揺させ交渉の主導権を握るためのブラフ。最初から本気で信奈を娶ろうとは考えていなかった。
敢えて大きな要求を最初に突き付け、そこから譲歩を引き出すのは交渉事のテクニックの一つ。
本来ならば強者が格下を相手にした時の常套句であるが、長政は自身の美貌と結婚の申し出を以て精神的優位性を取ろうとしていた。
しかし、事前情報では色恋沙汰には慣れていない生娘とされた信奈であったが、実物は思いのほか強かな姫大名であった。
「だけど美濃攻め以降を考えるなら、婚姻同盟自体は悪くないわ。勿論、送り出すのは私じゃなくて織田の縁者になるけど構わないかしら?」
「…そうですね。それで十分かと。」
長政からすれば思惑は外れど、織田信奈の人となりを確かめられただけで十分収穫があった。
浅井家の発展を目指す上で手を組むに不足無き相手。然れど少々扱いは難しい。
そう長政が内心で評価していると、信奈の口から爆弾が投げ込まれた。
「そうだ。こちらも嫁を出す立場上、近江の地を少しでも知っておかなくちゃいけないわね。予め何人か近江に住まわせて、迎え入れる準備をさせるわ。場所はそう、国友村なんてどうかしら?」
その瞬間、長政は全身から汗が流れ出る感覚に襲われた。
国友村。
そこは、表向きには琵琶湖の北東に位置する小さな村であるが、その実は堺、根来に並ぶ日本有数の鉄砲生産地であり、浅井家にとっての最重要軍事拠点である。
その存在自体が機密情報であり、それを態々口にした信奈の思惑に考えを巡らせながら、長政は慎重に口を開いた。
「国友村ですか。あそこは辺鄙な場所ですし、他国の使者を住まわせるには相応しくないかと。」
「あら、そうかしら。琵琶湖の港も近く、物資の輸送にも困らない、なかなか発展している土地だと聞いてるけど。」
信奈の返答に長政は内心で舌打ちをする。そして、ようやく信奈の意図を悟った。
要するに信奈は『そっちが私について調べたように、こっちも北近江について調べてたわよ。』と言いたいのだ。
その上で、『こっちは人質として縁者を送るのだから、国友村で生産されている鉄砲の情報を寄越しなさい。』と要求している。
あくまでも対等。こっちが一方的に下手に出ることは無いという意思表示であった。
扱い難いどころではない。戦国大名として相手にするなら、並みの大名より遥かに厄介な武将である。
そのように評しながらも、長政は冷静に考えを巡らせた。
「なるほど。貴方は近江について良く勉強されてるようですね。ではどうでしょう、次に私が尾張を訪れる時、国友の名産品を土産にします。」
織田との関係が深まれば、遅かれ早かれ国友村の事は知られるのだ。
ならば初めから隠し立てすること無く、こちらが知られても致命的ではない情報を示していこうとする姿勢を長政は明らかにした。
「それは良いわね。出来ることなら定期的に貰えれば尚良しだけど。」
「無論織田と浅井の血が交わり、共にこの戦乱の世を乗り越えて行けるなら是非とも。」
此度の会談、奇襲的に織田に対する外交上の優位性を取ろうとした浅井の目論見は叶わなかったと言えるだろう。
しかしながら、共に倒すべき敵を持つもの同士、相互扶助を念頭に置いた同盟を結ぶことは大きな意味を持ち、両家の戦略を前進させる外交となった。
何より、たった一人で会談に臨み、衆目に晒されながらも見事に織田の当主と渡り合って魅せた浅井長政の姿は、信奈とその家臣に強烈な印象を与えるに至ったのだった。
ただ一人を除いては…
「失礼、少しよろしいですかな?」
「ん?どうかしたの、秀サル。」
突如家臣団の中から手を挙げる秀吉に信奈が不審げに尋ねると、秀吉は正座のまま信奈の方を向いた。
「この木下藤吉郎秀吉、どうしても浅井長政殿にお願いしたき事が御座います。」
秀吉の申し出に家臣団からはざわめきが生まれ、信奈は端正な容貌を歪ませた。
「控えなさい秀サル。いまだ正式に盟を結んで無いとはいえ、長政は他国の客人よ。侍大将無勢が初見で頼み事とは無礼が過ぎるわ。」
「ごもっとも!然れどこの秀サル、浅井と織田の永世に渡る友好を取り持つ為に是非とも成さねばならぬ事が…」
「くどいわよ!今すぐここから出て行き…」
「お待ちください信奈殿。」
秀吉に退場せよと命じようとした信奈を止めたのは、他ならぬ長政であった。
「この者の様子を見るに、私への頼み事とは余程の大事と見えます。しかもそれが織田と浅井の友好の為と言うならば、断る理由は御座いません。」
「…わかったわ。秀サル、手短に済ませなさい。」
「はっ!では長政様、立って頂いてよろしいでしょうか?」
「ん?こうか。」
長政が立ち上がると、秀吉も立って長政の側に歩み寄る。
身長は長政の方が頭一つ高く、秀吉が近づくと自然と見上げる体勢になった。
「それで、私に頼みたい事とはいったい何かな?」
「…然らば、相撲を一番。」
「…は?」
「のこったあああぁっ!!!!」
呆気にとられたその隙に、秀吉は仕切りの言葉を叫んで長政に掴みかかった。
「うわぁっ!?ちょっと、なにをっ!?」
「はぁっ!?何やってんのよ秀サルっ!?」
「ひ、秀吉さんっ!?」
誰も彼もが秀吉の狂行に動揺し取り乱す間も、秀吉は長政の懐に潜り混んで体をまさぐる。
長政も必死に逃れようとするが、執拗なまでに密着してくる秀吉を引き離せずにいる。
あまりの蛮行に、信奈の顔が怒りに歪った。
「いい加減にしなさいっ!これ以上の無礼は私自ら手打ちに「キャァァッ!!」えっ!?」
刀に手を掛けた信奈の耳に、甲高い女の悲鳴が届く。
悲鳴の出所を探れば、秀吉にまさぐられ着物の胸元をはだけさせた長政がいた。
長政は両手で胸を隠そうとするが、その隙間からはほどけた白いサラシ、そして溢れ落ちそうな双球が見え隠れしている。
「あっ!?いえっ、これは違うんですっ!?」
信奈の驚いた顔に気が付いた長政は、混乱しながらも必死に言い訳をしようと頭を回転させる。
しかし、秀吉から意識が逸れたその一瞬、秀吉は身を屈ませると長政の袴に手を掛けた。
そしてそのまま、勢い良く袴を下にずり下げる。
さて、以前も少し触れたが、この時代の人は基本的に下着を着けない。
ふんどしを日常的に着るようになったのは、もう少し時代を下ってからとされている。
即ち、長政もまたこの時代の慣例に従い袴の下には何も着けていなかった訳で、秀吉に袴を引きずり下ろされた事で下半身を丸出しに晒け出してしまったのだ。
あまりの事に脳が考える事を拒否し、動きが止まる信奈と織田家臣団、そして長政。
そんな中にあって秀吉は、長政の股の間に手を入れ、そのまま上へと伸ばし長政の股間に当てがった。
「…ふむ、やはり付いてませんな。」
キチンと手入れの行き通った茂みを揉んだ秀吉は、ついでとばかりに敏感な部分を指先で刺激した。
その刺激で我に帰った長政は、己の置かれた状況を理解する。
真っ赤だった顔は青白く、だが直ぐに先程以上に赤くした長政がどうするか、もはや予想する必要も無いだろう。
「いやぁああああああああああああっ!!!!????」
国中に響かんばかりの乙女の悲鳴が木霊した。
「えーとつまり、六角に人質に出されていた時、手篭めにされるのを逃れる為に男と偽って男装を始めた訳ね。」
「はいそうです。すべてのぶなどののおっしゃるとおりです。」
一旦会談を中断し、いろいろ気を取り直して話し合いを再開させたが、もうなんか長政はボロボロだった。
一応着物は着付け直して容姿だけは先程と同じに戻ったが、半裸にひん剥かれた挙げ句に手淫をかまされる様を衆目に晒された長政のメンタルは、この上無く打ちのめされている。
凛々しい様は見る影も無く、目を離したら腹を切るんじゃないかという危うさすら感じられた。
キザったらしい言動に反感しか感じなかった良晴でさえ同情を禁じ得ない様相だ。
「…どうしてわたしがおんなだと?」
長政が唐突に、秀吉の方を死んだ目で見ながら問いかける。
かれこれ十年以上、長政は公私に渡り性別を偽ってきた。
その男装姿は年期が入り、これまで家中の者以外に本来の性別がバレた事は無い。
それが秀吉には一発で看破されてしまった。恥辱を与えられた相手だが、どうしても理由を知っておきたかった。
それは信奈達も同様である。
「そうね。私も長政が半裸にされるまで、男であることに何の疑いも抱かなかったわ。秀サル、なんであんたは長政が女って分かったの?」
「ははぁ、実を言いますとこの秀サルもまた、初めは長政様が男だと思っておりました。違和感を感じたのは長政様が姫様の前に進み出た時に御座います。」
「…いったい何に気付いたの?」
信奈達のみならず他の家臣達も秀吉の返答に注目する。
そんな中、秀吉はおもむろに答えを口にした。
「長政様が歩く時に揺れる尻。それに儂の金時様が反応いたしました。」
「………はぁ?」
はじめは秀吉の言葉が理解できなかった信奈をはじめとした姫武将達であったが、直ぐにその意味を理解し顔に朱を差す。
なおも秀吉は続ける。
「はじめは儂も驚きました。ああ遂に儂も男の尻に劣情を抱くようになってしまったかと。しかし、長政様の尻に注目すればするほど、それが女の尻にしか見えませんでした。何より、この儂が男の尻に興奮するはずが無い!ともすれば、長政殿は男の振りをした女であると思い至った次第に御座います。」
秀吉が語り終えると、広間にはなんとも言えぬ微妙な空気が流れた。
姫武将からは呆れたような、あるいは不潔なモノを見るかのよう視線。
男衆からは羨むような、またはどこか尊敬するかのような視線が秀吉に注がれた。
「…ははははっ。」
すると乾いた笑い声が響く。長政であった。
「ははは、そうか。私が十年もの間必死に隠し続けた努力は、侍大将ごときの性欲に負けたのか!」
「な、長政…」
「ああなんたる無様っ!もう好きにしてくれっ!どうせホトを好き勝手弄くられたんだ。襲うなり何なりと好きにすれば良いではないかっ!」
「休憩っ!休憩にしましょう!万千代、長政は疲れてるみたいだから別室に連れてって!」
「は、はいっ!長政様、どうか此方へ。」
これでもかとばかりに尊厳を破壊され発狂してしまった長政は、万千代をはじめとした数人の家臣に運ばれるようにして別室に連れていかれる。
その様子を見送る織田の将達の視線は、一様に哀れむものであった。
「なぁ秀吉さん、秀吉さんって長政の事が嫌いなのか?」
「良晴よ、どうしたのだ急に?」
「いやさ、長政が女であることを証明するなら胸元をはだけさせるので十分だったんじゃないかと思ってさ。」
「……おおっ!言われてみればそうじゃのう。いやはや長政殿には悪いことをした。まぁ、向こうも性別を偽って我らを騙そうとしたんじゃ。これでお相子。怨みっこ無しとするのが良かろう。」
悪どい笑みでヒヒヒッと喉を鳴らすと、左手は空を揉み、右手は指先で何か豆粒を摘まむような仕草を秀吉はする。
豊臣秀吉は天下を手にする過程で、時に信長以上にえげつない事を躊躇無く行った。
その一端を垣間見た良晴が、思わず顔を引き吊らしてしまうのも無理が無い事だった。
今宵はこれまでに致しとう御座ります。
・浅井長政
信長が主役の歴史物では必ずと言って良い程出番のある近江の貴公子。
本作でも原作同様に六角から手篭めにされるのを避ける為に男装をしていたが、秀吉に見破られた挙げ句に酷い目にあわされた。
秀吉からすれば、前世から嫌いな奴な上に信奈達を騙そうとしたというのが気に食わなかった。
当然秀吉の事が嫌いになった。
・国友村
現在の滋賀県長浜市にあった鉄砲の名産地。
鉄砲以外の鍛冶も盛んで、幕末には十五代将軍徳川慶喜に鍛練用の手裏剣を献上したそうである。