太閤転生伝   作:ミッツ

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龍の父子

 懐かしい夢を見ている。

 あれはそう、生まれて初めて稲葉山城に登城した日の事だ。

 父に手を引かれて城門を潜り、通された部屋で最初に謁見したのは、当時まだ斎藤利政と名乗っていた道三だった。

 

「ほう、これが御主の娘子か、重元。中々可愛らしく、そして賢そうな息女じゃのう。」

 

 その時半兵衛は人見知りから顔をうつ向け一言も発する事が出来なかったが、道三は僅かに見える半兵衛の瞳の奥に知性の輝きを見出だしていた。

 

「実は今日は孫を呼んでおってな。儂に似て中々男前じゃ。歳も近いし良き遊び相手となろう。おーい、喜太郎。」

 

 道三に呼ばれ、一人の少年が部屋に入ってきた。

 同年代に比べれば頭一つ大柄で、日に焼けた焦げ茶色の素肌は少年の活発さを象徴している。

 だが道三の言うように顔立ちは良く、歩いて座るまでの動作にも品位が見て取れた。

 

「儂の初孫の喜太郎じゃ。喜太郎、これは菩提山城の城主の竹中重元じゃ。」

 

「初めまして喜太郎様。竹中重元と申します。此方は娘の半兵衛に御座います。」

 

 そう言って重元が頭を下げると、半兵衛も慌てて父に続く。

 そうして再び頭を上げた半兵衛が見たのは、好奇心を押さえきれぬ爛々とした瞳で半兵衛と目線を合わせる喜太郎だった。

 そんな孫の様子を察した道三は、咳払いを一つすると孫の背を推す。

 

「喜太郎、半兵衛はここに来るのは初めてじゃ。案内をしてあげなさい。」

 

「わかった、じいちゃん!半兵衛、来い!」

 

 言うが早いか、喜太郎は半兵衛に駆け寄るとその手を引っ張り部屋から飛び出した。

 突然の事に半兵衛が目を白黒させるのもお構い無しに、喜太郎はずんずんと城の中を進んでいく。

 

「こっちに行くと大広間。父上たちがよく話し合いをしてる。この階段を上ると物見の窓があって、下の町がよく見えるぞ。ここを降りると炊事場に着く。忙しい時を狙えばつまみ食い出来るけど、バレたらおいのに怒られてしまうんだ。」

 

 それはもう楽しそうに、喜太郎は城の隅々まで半兵衛をつれ回した。

 半兵衛はそれに着いていくのに必死で綠に反応も返せなかったが、喜太郎は気にした素振りも見せず無邪気に城を駆け回った。

 

 その途上で、半兵衛は尿意を催した。

 

 下半身を締め付けるような感覚に半兵衛は焦りを覚えたが、男の子に尿意を訴える事の羞恥から厠の場所を聞けない。

 そんな半兵衛の様子に喜太郎は気付かない。

 逃げ出す訳にもいかず、尿意を訴える事も出来ず、半兵衛は顔を真っ青にして喜太郎に手を引かれた。

 だがそれも長くは続かなかった。

 とうとう我慢の限界に達し、半兵衛は遂にその場に蹲ってしまう。

 

「…どうした、半兵衛?」

 

 様子がおかしい事に漸く気付いた喜太郎が声をかけるが、半兵衛は答える事が出来ない。

 

「おい、腹でも痛いの…か…?」

 

 もう一度声をかけ、蹲る半兵衛の横で膝立ちになった喜太郎は、自分の足元を生暖かい水が濡らしているのに気が付いた。

 その水溜まりは、半兵衛の足元から広がっている。

 

「あぁ、いやぁ…」

 

 濡れた床にペタンと腰を落とし、半兵衛は恥ずかしさからポロポロと涙を溢し始める。

 父が奉公する主君の城で、しかも同じ年頃の男の子の前で漏らしてしまう。

 その絶望感は半兵衛の自尊心を酷く傷付けた。

 

 もう消えて無くなってしまいたい。

 

 そんな思いを抱きながらも、どうする事も出来ず涙に暮れる半兵衛は、いつの間にか喜太郎がいなくなっている事に気付かなかった。

 それから暫くして、半兵衛は突然頭から水をひっかけられた。

 

「このノロマがっ!!」

 

 頭から濡れネズミになって呆然とする半兵衛に怒鳴り付けるのは、水桶を持った喜太郎である。

 泣く事も忘れて呆気に取られる半兵衛を尻目に、喜太郎は近くの物陰に水桶を隠す。

 すると程なく、怒鳴り声を聞き付けた城の者達が集まってきた。

 一体何があったのだ。

 そう尋ねる者達に、喜太郎は濡れた半兵衛を指差し騒ぎ立てた。

 

「こいつがあんまりにノロマ過ぎてムカついたからションベン引っ掻けてやったんだ。いいきみだ!」

 

 それからはもう大変だった。

 喜太郎はどこかに連れてかれ、半兵衛は別室で着替えさせられそのまま帰宅。

 結局その後喜太郎がどうなったかは解らなかった。

 ただ程なくして、美濃に一つの噂が流れた。

 斎藤道三の孫、喜太郎が菩提山城城主、竹中重元の子に小便をかけたという。

 重元は喜太郎の遊び相手にと我が子を喜太郎のもとに連れて行ったが、喜太郎は気に入らず馬鹿にした末の悪戯だったと。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月経ち、半兵衛の記憶からあの日の恥辱も漸く薄れ始めた頃、離れの縁側で読書をしていた半兵衛の元に矢文が飛んできた。

 矢文と言っても先端に矢じりは付いておらず、勢い弱くヒョロヒョロと風に煽られながら足元に落ちてきた。

 飛んできた方向を見れば、草影がガサガサと動き、人が離れて行くのが分かる。

 周りには他に人がおらず、自分に向けて射られたのは明らかだった。

 少し不気味に思いながらも手紙を開いてみれば、中身は子供の字で書かれた丁寧な謝罪文である。

 

 以前、あなたに水をかけた者である。

 あの時は本当にすまなかった。

 初めて同い年の子と会えてはしゃいでしまったんだ。

 あんな目に会わせるつもりはなかった。

 本当にごめん。

 もう一度、ちゃんと会って謝りたい。

 もし良ければ、明日も同じ時間にここにいてくれないか?

 どうか、お願いします。

 

 そんな内容が文には書いてあった。

 

 手紙を読んだ半兵衛は困った。

 半兵衛にとって、あの日の記憶は一日でも早く忘れ去りたいもの。当事者である喜太郎にだって、出来れば会いたくない。

 だけど、手紙の文章からは送り主の心からの謝意と誠意が感じられた。

 いかに人見知りとはいえ、この切実なまでの願いを無視するのは忍びなかった。

 どうしたら良いのか分からず、かといって誰かに相談することもできず、結局半兵衛は離れの中で指定された時間を待った。

 そして、前日矢文が射られた同じ時間、喜太郎が庭に現れた。

 供も付けず一人で庭の真ん中に立った喜太郎は、キョロキョロと辺りを見渡し自分以外に誰も居ないことを確認すると、少し残念そうに眉を下げるも黙ってその場に立ち続ける。

 その様子を僅かに開いた襖の影から見ていた半兵衛は、意を決して縁側へと出た。

 

「おおっ、半兵衛!来てくれてありがとう!」

 

「お、お久しぶりです、喜太郎様。」

 

 半兵衛の姿を認めて笑顔になった喜太郎に、半兵衛は緊張気味に挨拶をする。

 それを見てホッとした様子の喜太郎だったが、すぐに表情を引き締めると半兵衛に向かって頭を下げた。

 

「手紙にも書いたけど、あの時はごめん。」

 

 手紙と同じ、真摯な謝罪だった。

 少なくとも半兵衛には、喜太郎が本気で謝っていることが伝わった。

 だからこそ困った。

 生まれつき人見知りな半兵衛には、人と接する機会が他人に比べ圧倒的に不足している。

 城の外で同年代の子ども達が楽しそうに遊んでいるのを、城の中から眺めるばかりの生活をしていた。

 父親が稲葉山城に連れていって喜太郎と会わせたのも、そうした半兵衛の気質を心配した部分があった。

 早い話、半兵衛は誰かと喧嘩したり、謝罪を受けた事がなかったのだ。

 だから喜太郎から頭を下げられても、どうしたら良いか解らない。

 脳内をぐるぐると本で読んだ知識が駆け巡るが、考えが纏まらず言葉が喉の奥から出てこない。

 遂に涙目になり、雫が溢れ落ちそうになったその時、

 

 ぐうぅぅぅ~

 

 気の抜けたような低い音が辺りに響いた。

 音の出所は喜太郎だった。

 

「…ははっ、すまん。朝から緊張して朝食が喉を通らなくてな。なんか腹へっちまって。」

 

 照れた様子でそう言うと、喜太郎は腹を押さえながら頭を掻いた。

 

「………ご飯。」

 

「えっ?」  

 

「ご飯、食べていかれますか?」

 

 自然と半兵衛はそう尋ねる。

 なんかもう喜太郎の腹の音を聞いたら、あれこれ思い悩んで泣きそうになってた自分がバカらしくなっていた。

 そんな半兵衛の心境を知ってか知らずか、喜太郎は嬉々として飛び上がった。

 

「マジかっ!うわっよっしゃっ!実はここの山登って来る時もずっと腹ペコだったんだ。ありがとな、半兵衛!」

 

「は、はいっ!少々お待ちを。」

 

 そうして半兵衛は喜太郎を離れの中に入れると、朝食の残りで簡単な食事を用意して喜太郎に食べさせた。

 以来、時折喜太郎が訪ねて来る度に食事をたかるようになるが、なんだかんだ言いつつも半兵衛は喜太郎の食事を用意している。

 

 

 

 

 

 

「………ん?」

 

 紅葉を揺らす秋風が、半兵衛を微睡みから目覚めさせる。

 膝の上には書物が置かれ、肩は縁側の柱に預けられていた。

 どうやら読書をしていたら眠ってしまったらしい。

 寝ぼけ眼を擦り伸びをしていると、パタパタと誰かが廊下を走って来る音が聞こえてくる。

 現れたのは、半兵衛の側近である喜多村直吉である。

 

「重治様、稲葉山城より急報が。」

 

「…織田がまた攻めて来ましたか?」

 

「はっ!既に伊賀守様が稲葉山城に向かわれています。」

 

「…そうですか。叔父上が。」

 

 叔父が出仕したという事は、他の西美濃三人衆も召集を掛けられているだろう。

 即ち、前回同様に大規模な戦闘が行われる公算が高いと一色義龍は読んでいるのだろう。

 

「…それと、龍興様から言伝が。」

 

「喜太郎様から?」

 

「はっ。お前は体調が優れない事にしておくから寝てろ、との事です。」

 

「…なるほど。解りました。」

 

 一色龍興という男は、殊更女性に気を遣い、その心情を慮る。

 敵軍が攻めてくる状況であっても、その中に女友達が心を寄せている人が有るようならば、友が戦に関わらぬよう手を回すくらい平気でする。

 半兵衛は、そんな心遣いが悔しくもあり、同時に有り難くもあった。今も昔も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稲葉山城の評定の間には、美濃国の重鎮達が集まっている。

 議題は勿論、二度目の侵攻を開始した織田への対処である。

 その中心にある一色義龍は、目の前で頭を下げる三人の宿老を睨んでいた。

 

「織田がまた攻めてきたようだが、何やら墨俣に拠点のような物を作っているそうだな。」

 

「ははぁ、廃城になって久しい城を密かに改築していたようで御座います。」

 

 そう答えるのは稲葉一鉄。

 西美濃三人衆に数えられ、義龍の側近も務める美濃の有力国人である。

 

「その城、元は我らの城と言うではないか。廃城にしたとはいえ、それをみすみす怨敵に譲り渡し、今まさに我が国を侵す拠点とされるを見逃すは、許されざる失態と思わぬか?」

 

「…おっしゃる通りに御座います。全てはこの直元の不明の致すところ。御前にて謝辞奉りまする。」

 

 そう義龍に謝罪するのは西美濃三人衆の一人にして一色家家臣団最大勢力を誇る氏家直元。

 墨俣の地も彼の領地に含まれた。

 

「此度の失態、西美濃の守りを任された我ら三人に責あるは動かざる事実。然らば我ら西美濃三人衆、迫り来る敵軍を前線にて迎え撃ち、撃滅を以て御祓とする所存に御座います。」

 

 最後そう願い出るのは安藤守就。

 彼もまた西美濃三人衆の一人であり、美濃国において強い影響力を持つ国人である。

 また、半兵衛にとっての母方の叔父に当たり、父を早くに亡くした半兵衛の後見人の立場にもあった。

 

 そんな三人が頭を下げる様子を目の当たりにし、義龍は大きく鼻を鳴らした。

 

「儂が気に喰わぬ物の一つは、大した目算も無く大言を吐き、周りを引っ掻き回した挙げ句に余計に傷口を開く輩だ。」

 

「………。」

 

「一鉄、直元、守就。御主ら三人合力し、必ずや織田のうつけ共を討ち果たせると誓えるな?」

 

「「「はっ!」」」

 

「ならばやって見せよっ!お主らの働きを大いに期待するっ!!」

 

 三人に激励の言葉を送ると、義龍は勢いよく立ち上がり他の家臣たちを見渡す。

 

「よいか皆の衆!尾張のうつけ姫は性懲りも無く我らが子々孫々の故郷を侵さんとしておる。許しておくべきかっ!?」

 

「「「「「否っ!!!」」」」」

 

「ならば弓を取れ!槍を取れ!刀を取れ!そして教えてやれ!我らが故郷を土足で踏み荒らさんとする罪深さを、奴らの血を以てっ!」

 

「「「「「応っ!!!」」」」」

 

 義龍の激に美濃の益荒男達が勇ましく応える。

 瞳に闘争心を爛々と燃え上がらせ、来るべき戦の支度をすべく足音高らかに部屋を出ていく。

 

 その中にあって、今一つ周りの熱量に着いていけぬ者が一人いた。

 一色龍興である。

 もとより荒事を苦手とし、何かと理由を付けて戦評定を抜け出していたのだが、今日ばかりは絶対に参加せよと義龍より厳命された為にこの場にいた。

 しかしながら、血気盛んな家臣団や父を尻目に特に発言する事も無く、ただ座っているだけで評定は終わってしまった。

 

 やはり自分がいる意味は無かったか。

 

 内心で自嘲しながら苦笑を浮かべ、家臣達に続いて部屋を出ようとする。

 

「龍興、少し待て。」

 

 立ち上がった龍興を引き留めたのは義龍だった。

 立ち止まった龍興を手招きして側に寄らせると、家臣が全員部屋を出た事を確認して義龍は口を開く。

 

「龍興、半兵衛はどうしておる?」

 

「半兵衛?ああ、あいつなら風邪引いたとかで臥せってるよ。多分、暫くは使い物にはならないじゃねぇかな。」

 

 半兵衛の体があまり丈夫で無いことは義龍も知っている。

 体調不良を言い訳にするのは、彼女を表舞台に立たせないとするには最適だった。

 

「そうか。また奴の献策があれば良きかと思ったのだがな。」

 

「まあ具合が悪いなら仕方ねぇよな。」

 

「…そうだな。ただ、ここ最近は不審な輩が半兵衛の周りを彷徨いていたという話も聞く。少し注意をした方が良いとは思わぬか、龍興?」

 

「……へぇ、そんな噂が流れてるのか。初耳だな。」

 

 内心ドキリッとしながらも、龍興はヘラヘラとした表情を取り繕う。

 義龍はそんな息子の様子をじっと見つめる。

 居心地の悪さから龍興が目を逸らすと、義龍は呆れた様に溜め息を吐いた。

 

「龍興、お前はもう元服し、一色家の嫡男としての立場も明確にしている。お前が思っている以上にお前は周りから見られているのだ。それを肝に銘ぜねば、苦労するのはお前自身ぞ。」

 

「…ああ、解ったよ。」

 

「うむ。然らば此度の戦、本陣で儂の側に居ろ。」

 

「えっ、俺が!?」

 

 父の言葉に龍興は虚を突かれる。

 一応元服した折に浅井家との小競り合いで初陣は済ませているが、本格的な戦に出た経験は龍興には無かった。

 前回織田が攻めてきた時も、留守居として城に残されている。

 

「随分と急な話だな。というか、俺が本陣に居たところであまり意味は無いと思うけど。」

 

「戯け。お前は人から見られる立場の者だと言ったばかりではないか。前回の戦は織田が浮かれていたから楽だったが、此度はそうはならんだろう。間違いなく、前回よりも激戦になる。」

 

「なら余計俺がいても…」

 

「ああ、お前が戦を左右する働きをするなど儂も考えてはおらぬ。だが、一色家存亡を決する戦に後継者が戦場にいる意味は十分にある。」

 

「…つまり、俺が親父の後を継ぐ事を周りに示すためにも戦場に出ろって事か?」

 

「そう言うことだ。ついでに戦場の空気に慣れ、部隊の動かし方を見て勉強せよ。いくら書物を読んだ所で、ああいうのは実戦でなければ身に付かぬものだ。」

 

「はぁ、解ったよ。今回は父上様を手本に勉強させてもらいます。」

 

「ふっ、そうしろ。よしっ、お前も戦の準備をしてこい。」

 

 龍興の返答に頬を緩ませ、義龍は息子の背を叩いて立ち上がらせる。

 そうして改めて部屋を出ようとした龍興だったが、不意に父との会話に違和感を覚えた。

 

「なぁ、親父。」

 

「ん?どうした?」

 

「なんか具合が悪かったりするのか?」

 

 龍興の問いかけに、義龍は驚いた様子を見せる。

 かくいう龍興もまた、思わず口から出た自分の言葉に驚いていた。

 

「…なぜ、その様に思った?」

 

「いや、なんとなくって言うかさ。ほら、急に俺を後継者として示すとか言い出したから、なんか調子が悪いのかなって…」

 

 慌てて言い繕った割には思いのほかそれっぽい理由となった。

 これまで義龍が表立って龍興を後継者にするという話をした事は無い。

 急にそんな事を言い出したのも、健康不安があっての事ではないかと龍興は思ってしまった。

 

「ふんっ!考えすぎじゃ。尤も、元服したにも関わらず城下で遊び歩いてばかりの我が子を思って憂鬱になる事はあるがな。」

 

「ええと、ごめん。」

 

「謝るくらいなら早く儂を安心させろ。ほら、行け。」

 

 口元に笑みを浮かべながら、義龍は龍興を急かして部屋から出す。

 部屋から出た龍興は、暫しの間その場に留まった。

 

「…親父、なんかいつもより優しかったな。」

 

 その優しさが、龍興の心に一抹の不安を覚えさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 先の敗北から早数ヶ月、織田信奈は道三の譲り状を根拠に美濃国への侵攻を開始した。

 それに先立ち、東美濃との国境に小牧山城を建設すると共に、縁戚である東美濃の豪族、遠山氏と連携し東美濃へ圧力を掛けた。

 これにより、一色家は東美濃へ兵を割く必要になり、国内の兵力を分散せざるを得なくなる。

 そして織田軍は、墨俣城を中継地点として西美濃から一色家領へと侵攻した。

 先の戦で手痛い敗北を喫した信奈は、今回の戦を負けられぬ戦であると決し、万全の策を以て臨んでいた。

 

 一方で一色義龍も西美濃の豪族だけでは織田の勢いを止めきれぬと判断し、早々に撤退を指示し本隊と合流させる。

 それと同時に、物見の情報から小牧山城には攻め混むだけの兵力も物資も無いと判断し、僅かな見張りだけを残してこれもまた本隊に取り込んだ。

 かくして、総力を結集した一色軍は稲葉山城へ向かって進軍する織田軍の進路上に陣を構える。

 ここに至り信奈と義龍、双方の思惑が一致した。

 即ち、決戦の時は来たり。

 

 後世において「中濃の戦い」と称される、織田と一色の間で行われた最大の戦にして、最後の戦となった戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座りまする。




・半兵衛に小便を掛ける龍興
 竹中半兵衛が龍興を見限ったエピソードとして有名だが、完全なる後世の創作エピソードである。
 本作ではお漏らしをした半兵衛を庇う為に龍興が起こした騒動であるが、結果として龍興の悪評に繋がり、両者の仲が悪いと思われるようになった。

・稲葉一鉄 安藤守就 氏家直元
 いわゆる西美濃三人衆。意外と知られていないが筆頭は直元である。なぜか一鉄が筆頭だと思われがち。
 
・中濃の戦い
 本作におけるオリジナル戦。
 元ネタは織田と一色の間で行われた幾つかの戦いを混ぜたものだが、戦の推移や結末は史実とも原作とも全く違ったものになる予定。
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