太閤転生伝   作:ミッツ

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新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


読み合い

「…少し敵方を甘く見ていたかもしれぬ。」

 

 戦況を見守っていた義龍は不機嫌そうに呟いた。

 騎馬鉄砲隊の初撃をもって気勢を制し、立て続けに騎馬突撃で敵先鋒を撃破する策は勝家の奮闘により防がれた。

 だが、義龍の顔に焦りの色は無い。冷静に作戦失敗の原因を見極めんとしていた。

 

「いささか鉄砲の数が少なかったかもしれんな。もう五十丁ほど用意出来れば違っただろうに。」

 

「あとそれと、練度が少し不足してたようだぜ。もう少し引き付けてから撃つべきだった。まぁ直元の奴も鉄砲隊を運用するのはこれが初めてだ。十兵衛のような働きを期待するのは高望みのし過ぎだな。」

 

 龍興が横から口出しをする。

 義龍は息子の方をチラリと見る。そして大きく息を吐く。

 

「いまここに居らぬ者の事を言ってもどうにもならぬ。もし奴を呼び戻したければ戦が終わってからにしろ。」

 

「えっ!?いいのか?」

 

 父の言葉に龍興は驚く。

 内紛の際に道三方に付いた明智一族は美濃を追放され、親類を頼って越前へと逃れた。

 噂では朝倉家に仕えたそうだが、何やら一悶着あった末に暇乞いしたと越前から来た商人から聞いている。

 そんな事よりも、龍興にとっては父が明智一族を許そうとしているのが意外だった。

 

「そこまで驚く必要は無い。奴らも義があって道三に付いたに過ぎん。筋を通し帰参を願い出れば、無下にはせん。」

 

 義龍の言う事は道理である。

 追放されたとはいえ、明智一族は美濃に強い影響力を持った国人であり、中でも光秀は道三も認めた麒麟児である。帰参すれば必ずや一色の力強い戦力となる。

 ただ龍興の知る義龍は、敵対する者には非情であり、簡単に意見を変えない頑固者であった。

 故に明智を排斥する事に一切の妥協はせず、他の国人の取り成しも撥ね付けた。

 それがどうしてか、こうもあっさりと帰参を許すような発言をする。

 周りの家臣達もざわつきを押さえきれずにいる。

 

「それよりも龍興、戦場を見よ。息を吹き替えした柴田が氏家を押し切ろうとしておるが、どうしたら良いと思う?」

 

「あ、ああ。やっぱり下手に留ませるよりも少し下げて援軍を送るべきじゃねぇかな?多分あいつらだけじゃ持ちこたえるのは難しい。」

 

 勝家の勢い押される味方を前に龍興は提言するが、義龍は口許に僅かな笑みを浮かべ首を振る。

 

「儂も織田を見くびっておったが、お前は直元を甘く見すぎだ。あいつは柴田ごときに押しきられるような柔な男では無い。」

 

 西美濃筆頭の実力はそんなものでは無いと義龍は断言する。

 そこには、家臣に対する強い信頼があった。

 

「先ほども言ったが、此度の戦の先手は確実に取らせて貰う。」

 

 

 

 

 

 柴田勢でそれに最初に気付いたのは、勝家の側近を務める毛受勝照であった。

 初撃の混乱を勝家の一喝で回復した柴田勢は攻勢に転じて氏家勢を押し込んでいたが、それにより陣形が少し間延びしていた。

 縦に延びた軍勢は横槍の格好の獲物である。

 勝照は手綱を操り、前線で槍を振るう勝家の元に素早く近づいた。

 

「六様、少しお耳を。」

 

「どうした勝照!このまま一気に押し上げるぞ!」

 

「いえ、部隊が縦長になっています。このまま敵陣に迫るのは危ういかと。」

 

「なにっ!?いや、しかし…ムムム…」

 

 勝照の具申に一瞬不服そうに眉を潜める勝家だったが、すぐに冷静さを取り戻すと勝照の進言を思案した。

 戦においては攻め掛かる事を信条とする勝家であるが、状況に応じて柔軟に対応する器量も持ち合わせている。

 時折熱くなり過ぎて思わぬ罠に掛かる事もあるが、基本的には部下の進言にも良く耳を傾ける良将だ。

 

「わかった。では一旦この場に留まり、後続が追い付いたのに合わせ再度…」

 

 突撃を、と続けようとした勝家の耳に、後続の隊から響く悲鳴が突き刺さった。

 驚いて振り向けば、いままさに配下の将へ敵の槍衾が襲い掛かっている。

 

「そんなっ!?いつの間に!!」

 

 驚愕する勝照の言葉に対する答えを、勝家は持ち合わせていない。

 その間にも、突如として現れた一色の長槍隊は縦に伸びた騎馬隊の横腹を抉り、後続の隊は大混乱に陥っていた。

 これには勝家も顔を蒼くする。

 ただそれでも、いま何をすれば良いかは瞬時に判断できた。

 

「後退するぞ。反転して味方を救出した後に一旦本陣まで退却する。」

 

「し、しかしそれでは!」

 

「やむを得ん!後続と分断されれば包囲殲滅もあり得る。まずはこの死地を抜け出すのが先決だ!」

 

 勝家の言葉に勝照は唇を噛み締める。柴田勢の者達にも、己らの主君がどの様な立場にあるのかは理解している。

 だからこそ、此度の戦こそはと意気込んでいたにも関わらず、十分な戦果を得られぬまま退却するのはあまりにも悔しい決断だった。

 ただそれでも、勝家の指示に異を唱える者はいない。

 なぜなら…

 

「…大丈夫だ。生きてさえいれば必ず挽回する機会は来る。生きてこそなんだ。」

 

 誰よりも悔しげに顔を歪め、自分に言い聞かせるように生き残る意味を呟く勝家がいた。

 強く握り締めた槍からはミシリッと音が鳴り、爪が食い込んだ手の平からは血が滴り落ちている。

 間違いなくこの場で一番無念を感じながらも、それを無理やり押さえつけようと苦心する主君を前に、不満を口に出来る者などいる筈が無い。

 彼らは黙って反転し、後続の味方を救うべく馬を走らせた。

 

 後世において、織田家随一の猛将にして織田信奈の信頼も篤いとされる柴田勝家であるが、織田家中の後継争いで信奈と敵対したことが影響し、桶狭間の戦いから美濃攻略までに掛けての間は要職から外され、戦でも留守役に甘んじることも少なくなかったされている。

 

 実際には重要な戦で武勇を期待され先鋒を任される事もあったのだが、その実力を十全に発揮したとは言い難い。

 勝家が本領を発揮するのはもう少し後。

 雌伏の時を過ごし、多くの苦渋を舐めた勝家であるが、この時期の挫折が後に戦国史に残る大手柄を挙げる事に繋がるとは、歴史を遡って来た者ですらまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場から少し離れた小山の頂上から竹中半兵衛と喜多村直吉は戦況を窺っていた。

 彼らの目下では柴田勢を包囲しようとする氏家勢と、一点突破で状況を脱しようとする勝家達との攻防が繰り広げられていた。

 現状は圧倒的に氏家勢が優勢だが、勝家の奮闘により完全な包囲には至ってない。

 

「それにしても、見事な横槍でしたね。あの兵達はいったい何処に潜んでいたんでしょう?」

 

「あれは騎馬隊の後ろに乗っていた鉄砲撃ちの人達です。鉄砲を撃った後、馬から降りて自陣に引いたように見せ掛け、騎馬隊が注意を引いている間に密かに回り込んで機を狙っていたのでしょう。」

 

 直吉の疑問に半兵衛は答える。

 勝家の騎馬隊に対抗すべく出陣した氏家勢の騎馬隊は二百。その数は柴田勢とほぼ同数である。

 

「ですが音や煙の量から推測すると、実際に鉄砲を撃ったのは五十ほどですね。他の方は無手のまま騎手の後ろに隠れていたのでしょう。騎馬鉄砲はあくまでも陽動。本命は突如として出現する長槍隊だったんです。」

 

「なるほど。槍は予め近くに隠していたのですね。柴田勝家からすれば完全に裏を掛かれましたね。」

 

「そうですね。ですが事後の対応は見事です。直前に横槍に気付いたのかもしれませんが、混乱した部隊を素早く落ち着かせ何とか死地は抜け出せそうです。並みの武将では間違いなく全滅しています。」

 

 半兵衛の指摘通り、勝家は被害を出しながらも包囲を脱し、自軍に戻りつつある。

 それを追撃する構えを見せた氏家勢だったが、織田本陣から出撃した救援の部隊を確認したからか、無理攻めの様子は無い。

 

「先手は大殿が取りましたか。」

 

「はい。こうなれば義龍様は必ずもう一手撃つはずです。」

 

 奇襲がもっとも成功するのは、相手が奇襲を受けて浮き足だっている時。すなわち、奇襲は立て続けに行う事で最大の効力を発揮する。

 

「義龍様はそれを理解しています。ならばこうなる事を予想し、既に仕掛けを行っているでしょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その部隊は、飛騨山脈に連なる山の集落に暮らす者達で構成された工作隊である。

 山中故に稲作が出来る土地が限られるため、その殆どがマタギや木こりとして生活している。故に彼らにとっては険しい山こそ生活の礎であり、急勾配の山道は何の苦では無い。だからこそ、彼らはその部隊に選ばれた。

 

 一色家と織田家がぶつかる前夜、彼らは小さな舟に分乗し灯りもつけず長良川を下った。

 船頭を務めたのは鵜飼い達。闇夜に舟を操る術に長けた者達だ。

 月光を頼りに川を下った彼らは、船を降りると道無き山中を進み、織田本陣後方へと音も無く回り込んだ。

 工作隊の狙いは後方に集められた荷駄、即ち織田軍の腹を満たす兵糧である。

 遠征軍にとっての生命線である補給を焼きつくす事こそ、彼らの使命であった。

 初戦を落とし、兵糧まで失えば織田軍の士気はドン底となり、もはや継戦は不可能となる。

 正しく、戦の動静を決する役目を工作隊は担っていた。

 動きやすいように装備は最小限にし、草葉で全身を擬装した一団は、足音を殺し森を進む。

 やがて慌ただしい声や、鎧や武具のガチャガチャとした音が聞こえてくる。

 織田本陣はまさに目の前。あとは、密かに近づき火を放つのみ。

 しかし、ここに至って隊の長は待ったをかけた。

 

 思いの外、荷駄場の警戒が強い。

 

 既に戦は始まってほどなく、前線では柴田勢の敗退で織田軍全体に動揺が広がりつつある。

 にも関わらず、荷駄場の警備番は気を取られる事無く集中し、万全の防備を構えていた。

 その警備番の一人に見覚えがあった。斎藤道三の直属の兵だった者だ。他にも何人かチラホラと見知った顔がいる。

 それらは皆、内紛時に道三側に付き美濃から出ていった者達である。

 すなわち、いま織田軍の後方を守るのは道三を慕って出奔した旧齋藤家の者達だ。

 

 ここで工作隊長は思案する。

 恐らく、あの守兵達を指揮するのは元美濃方の者。下手すれば道三本人の可能性もある。

 当然奴らは山岳集落出身者による工作隊の存在は知っているし、そのやり口も熟知している。 

 とすれば、いまここで予定通り火付けに行った所で警戒網に引っ掛かり失敗する可能性が高い。

 

 ならば少し、作戦を変更するか。

 

 工作隊長は僅かな間でそう決断し、部下達に指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 織田本陣にて戦況を見守っていた信奈達。

 そこに少々慌てた様子の伝令が現れた。

 

「申し上げます、後方の荷駄場に向かって火矢が射掛けられたとの事に御座います。」

 

「なんですって!?被害はっ!」

 

「幸いすぐに消し止められたので一部の兵糧が焦げたのみとの事。それ以外に被害は御座いません。」

 

 伝令の報告にその場にいた将達が揃ってホッと息を吐く。

 信奈も額の汗を拭うと近くに控えた道三に目線を移す。

 

「マムシ、いまの報告をどう思う?」

 

「恐らく、工作隊の者達であろう。ただ報告を聞く限り、どうにも本気で荷駄を狙ったとは思えぬ。陽動、或いは我らを動揺させる嫌がらせかもしれぬ。」

 

「…追討するのは難しいかしら?」

 

「やめておいた方が良いじゃろ。山は正しく奴らの庭。逆に土地勘の無い者にとっては簡単に殺し間になるぞ。」

 

 事実、襲撃を受けた直後に一部の部隊が矢が飛んできた山林へと入って行ったが、誰一人として帰って来なかった。

 山の熟練者を相手に素人が挑むのは、無謀を通り越して自殺行為と言っても過言ではない。

 

「いずれにせよ荷駄場の警備に人数を割かせるのが狙いじゃろう。業腹じゃが少数故にとこれを無視するわけにはいかん。相良の小僧の部隊を追加で付けさせてはどうかの?」

 

「…わかったわ。配置についてはマムシに一任する。だけど兵糧に被害が出るのだけは絶対に避けなきゃダメよ!」

 

 今回の出兵は秋の収穫を待ってから行われた物であるが、実のところ織田軍は補給面であまり余裕は無かった。

 というのも、ここ最近織田家は戦続き。特に直近の美濃侵攻に失敗した折りに大量の荷駄を放棄して逃げ帰ったために、清須の倉は一時的にスッカラカンになった程だ。

 もし、兵糧が燃やされようなものなら、その瞬間織田軍の士気は崩壊しかねない。

 それだけ織田軍はギリギリの線上にいた。

 

 そもそも今回の出兵自体、本来は来年に行おうとしていたもの。

 それを無理に予定を前倒ししているのだ。無論、信奈も最初から無理な侵攻計画を実施しようとしたわけでは無い。

 今回の出兵の理由には、美濃国の情勢の変化が大きな影響を及ぼしていた。

 

 

 

 話は秀吉達が帰国する少し前まで巻き戻る。

 当時はまだ、信奈をはじめとした織田家の重鎮達は翌年の再侵攻を見越して計画を練っていた。

 そんな彼らの前に村井貞勝と丹羽長秀がとある報告書を携えて現れた。

 

「単刀直入に申し上げます。今のままでは当分は一色家を倒す事は出来ませぬ。」

 

「………どういう事よ、地蔵?」

 

 一瞬にして剣呑な雰囲気を帯びた信奈が貞勝に詰め寄ると、万千代が報告書を信奈の前に広げる。

 

「此方は商人を通じて集めた井ノ口の経済状況で御座います。見ての通り、一色の名を拝命して以降、美濃は大きな経済発展を遂げており、それを背景として一色家は軍事拡大に踏み切っている様子に御座います。」

 

「具体的には?」

 

「堺から鉄砲を百挺。来年には追加で三百との事。」

 

「さ、三百だとっ!?」

 

 万千代の言葉に佐久間信盛が目を剥く。

 三百という数は現在織田家が保有する鉄砲とほぼ同数であった。

 

「いきなり三百なんて、義龍も随分と思い切ったことをしたわね。マムシ、美濃の財政はそんなに余裕があるの?」

 

「いや、流石にそれほどは…貞勝殿、その情報は本当なのか?」

 

「はっ、間違いなく。どうやら美濃の有力な商人たちが献銭を行っている様子です。義龍は国内の商店や行商を保護し、商人たちから篤い信頼を受けているとのこと。事実、ここ最近の井ノ口は大変賑わっているそうです。」

 

「何と…」

 

 貞勝の説明を受け道三はショックを受ける。

 美濃にいた頃に実施した楽市楽座の失敗により商人の信用を失った道三からすれば、自分を追放した息子が自分と真逆の経済政策により商業も盛り上がらせ商人達の信用を勝ち取った事実は、我が事ながら動揺せざるを得なかった。

 

「…なるほど、このままでは美濃を落とせない。その理由が分かったわ。一色家は商人たちの助力を得て内政に勤しみ、経済を活性化させる。それで築いた富を元手に兵力を高め、治安を安定させる事で更なる商人の信頼を得ると言うわけね。富、武、そして人の信。これを一色が完全に手にした時、美濃は最早私たちが手を伸ばせる存在でなくなる。そういう事ね?」

 

「…まさしく、その通りに御座います。」

 

「…私はどうやら、一色義龍という男を甘く見すぎていたようね。古き時代に固執し、天下への野望も持てぬ矮小な男。そう思ってたわ。だけど実際には、古きを以て新しきを成し、天下を治めずとも民に慕われる理想の地方領主。それが、一色義龍という男の正体なのかもしれないわ。」

 

 どこか楽し気に、尊敬すら混じった口調で信奈は語る。

 

「だからこそ、超えるべき相手に相応しい。」

 

 それはまさしく、戦国に生きる武将の性であった。

 打ち倒すならば、乗り越えるならば、討ち取られるならば、相手は勇壮な武士であるのが望ましい。

 ある種の傲慢、あるいは乱世の宿命と呼ぶべき想いが、一色義龍に対する憧れを信奈に抱かせ始めていた。

 

「地蔵、来年になってから攻めても美濃は落とせない事は分かったわ。なら今すぐならどう?」

 

 信奈の問い掛けに周囲はざわめく。

 だが、貞勝は暫し目算したのち口を開いた。

 

「今年中であれば、美濃の防備が完全に整う前に攻め入る事は出来ましょう。無論、それで敵を打ち倒せる保証は無く、むしろ非常に厳しい戦いになるのは必須です。何より、もし攻勢に失敗すれば来年の政に影響を及ぼすのは避け難く、少なくとも大規模な軍事行動は当分不可能となるでしょう。」

 

 貞勝の分析を聞き、信奈は目を閉じる。

 仮に織田家と一色家が共に内政に専念したとしても、発展性の面では港を持つ織田が有利。いつかは美濃を落とせるだけの戦力を持てるだろう。

 だがしかし、それには長い年月がかかる。

 

「だいたい十年。どんなに急いでも七年といった処かしら。」

 

 資料に軽く目を通してそう呟いた。

 誤差はあるだろうが、そう離れてはいないだろう。

 確実性を取るなら時間を掛けてでも国力を上げてから攻めるのが良いに決まっている。

 

「だけど天下を狙うなら…」

 

 この時、信奈は不思議と迷いを感じなかった。

 無論やけっぱちに成った訳でも、開き直った訳でも無い。

 ただ自然と、己の中でそれを選ぶのが当然だと叫ぶ何かがあった。

 

 誰もが見れぬ夢を見るならば、誰もが選ばぬ道を選ぶなら、誰もが成せぬ事ぞ成すべき。

 

 己の中のもう一人の信奈が、声高らかにそう叫んでいた。

 

「決めたわ。今年もう一戦、義龍に挑むわよ。」

 

 その宣言に、家臣たちが息を呑む音が聞こえる。

 しかし、それに否を唱える者は無し。

 彼らもまた理解していた。

 己等の主君が何者も成したことの無い夢を抱き、誰も辿った事の無い道を歩まんとしている事を。

 然らば、主君が決意に満ちた顔で瞳を輝かせた時、その先を共に歩まぬという選択肢は無かった。

 

「我らの命運次なる一戦にあり!絶対に義龍に勝つっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数か月、新たに予算を立て、城中の俵物庫の在庫を検め、一回の遠征に耐えうる物資を何とかかき集めた信奈達は、今こうして一色軍と相対している。

 しかし、初戦を取られ戦況は芳しくなかった。

 

「姫様、六さん達が戻ってこられました。」

 

「…どんな様子だった?」

 

「六さんを含め、皆一様に戦意を高く保っています。今すぐもう一度突撃せよと命じても、喜んで攻め掛かってくれるでしょう。しかし…」

 

「分かってるわ。六は難しい先鋒の役割を十分に勤めてくれた。勝たせてやれなかったのは私の見通しの甘さのせいよ。今は休むように言っておいて。」

 

「承知いたしました。」

 

 万千代が下がると、信奈は指揮棒で己の膝を叩く。

 手強い相手だとはわかっていた。油断するような余裕もなかった。だがそれは相手も同じだった。

 義龍は織田信奈を侮る事の許されぬ強敵と認め、全力を以て織田軍を迎え撃つ。そこに一切の油断は無く、強かに策を弄して勝利を捥ぎ取ろうとしていた。

 

「あまり思い詰めてはならぬぞ、信奈ちゃん」

 

 険しい表情の信奈に道三が語り掛ける。

 

「敵を甘く見るは愚なれど、敵を実態以上に大きく見るのもまた自らの手足を縛るに等しい行いじゃ。まずは現状をよく確かめ、最適な道を探すが良い。」

 

「…ええ、分かってるわ。」

 

 そう答えて信奈は熟考する。

 戦況は先手を取った一色が有利。しかし、全体的に見ればあくまでも局地戦で兵を引かせたに過ぎない。勝家の首も取り逃している。

 兵数で言えばまだまだ織田軍の方が上回っていた。

 

「そう、だからこそ一色は後方に回した兵で兵糧を襲って一気に戦の流れを掴もうとした。だけどマムシが守備を強化していたおかげで攻めるのが難しいと考え、あえて自分たちの存在を示すことで後方の兵を釘付けにする方策に変更した。ここまでを事前に義龍が想定していたのだとしたら、義龍が次にとる策は………っ!?」

 

 その考えに至った瞬間、信奈は勢いよく立ち上がると鋭い眼光を万千代に飛ばす。

 

「万千代っ!今すぐ前線の各将へ伝令を飛ばして!全軍戦闘の用意を。後方の警備番を除き、いつでも敵に当たれるようにと!」

 

「全軍にですか!?」

 

「ええそうよ。そもそも一色は私達より兵数に劣り、先手を取って掴んだ有利を何としても生かしたい筈。ならばこそ、後方の守備兵を動かし辛い状況を作った今、攻め掛からない理由は無いわ。」

 

 本来であれば兵糧を焼いて混乱した所に攻め掛かる狙いであったのだろう。

 しかし、それが未然に防がれたからと言って初戦に勝った勢いを失いたくない。

 自分が義龍だったならば、と想像した信奈の思考はここに至って一色軍の次の動きを完全に読み切った。

 

「敵は大将を除いた全軍で攻勢に出るわ!ここが勝負時よ!」

 

 戦いはいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座りまする。




・氏家直元
 西美濃三人集の筆頭であり、全盛期には美濃の1/3を領有していたともされる豪傑。
 信長に召し抱えられた後、出家し名を卜全と改めた。
 その後、信長の躍進と共に各地を転戦するも、長島で一向宗の強襲を受け討ち取られる。享年38とも59とも言われる。
 子供達は後に秀吉の配下として賤ヶ岳の戦い等で活躍するが、関ヶ原では成り行き上仕方なく西軍に付き戦後改易される。
 大坂の陣では家康から仕官を求められるも豊臣との義理を通して大阪城に入城。大阪城陥落時に子供達と共に自刃するが、唯一許された子は家康側近の天海の弟子となった。
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