実際のところ良晴はシリアスとギャグの振り幅が広いので使いやすく、書いてて楽しいキャラクターなんですよね。
というわけで、しばらく良晴メイン回が続きます。
「伊勢の大名についてですか?」
「うん。ちょっと、地蔵のおっちゃんに教えて欲しくてさ。」
良晴は秀吉の屋敷を訪ねた翌日、今度は村井貞勝の元を訪れていた。
貞勝は織田家が本拠地としての機能を清洲城から岐阜城へと移管している間、清洲城に残って引き継ぎの監督をしていた。
そして岐阜城への本拠地移転が完全に行われたのを機に、人事異動で岐阜に転居してきていた。
突然の良晴からの申し出に貞勝は面食らった様子であったが、やがて納得したように頷いた。
「そう言えば相良殿は、姫様に滝川殿の手伝いを命じられたのでしたな。」
「ああ、他国の事なら外交を担当してた地蔵のおっちゃんが一番詳しいだろ?だから、伊勢の内情についても知ってるんじゃないかと思って。」
「そういう事でしたら、滝川殿に直接お聞きした方が良いのでは?」
「いや、なんつうか、一益ちゃんには聞きづらくて…」
流石に一益に警戒されてる旨を伝えるのは憚られ、歯切れの悪い濁した言い方になってしまう。
だが、貞勝はその様子から事情を察し苦笑いを浮かべた。
「なるほど。分かりました、それでは私の知る限りの事を、相良殿にお教えいたしましょう。」
「おおっ、助かるぜ!ありがとな!地蔵のおっちゃん。」
貞勝はお茶と地図を用意すると、腰を据えて解説を始めた。
「まず最初にお聞きします。相良殿は伊勢を治める大名を御存じですかな?」
「ええと、確か北畠って大名じゃなかったっけ?あんまり目立つ大名じゃないからよく知らないけど。」
良晴の歴史ゲーム知識で知る伊勢北畠家といえば、織田家と隣接するが特に優秀な武将もいない為、大抵は桶狭間でのイベント後にサックリと織田家に滅ぼされる弱小大名という印象が強かった。
「そもそも伊勢北畠家の興りは鎌倉幕府末期まで遡ります。その頃より幕府は勿論、御所とも深い関係を築き、伊勢国司を二百五十年に渡って務めるなど、家格で言えば織田家を遥かに凌ぎ、積み重ねた歴史の重みは日ノ本でも屈指の名門です。」
「でもいくら名門でも、今は衰退しちまったんだろ。」
「それがそうとも言えないのです。応仁の乱以降、幕府の権威低下に伴い北畠家も一時衰退の一途を辿りました。しかし、先代当主北畠晴具は文武に優れた武将と知られ、伊勢の国人衆をほぼ掌握する一方で、御所との文化交流を活発に行い従四位下・参議の官位を授与するに至ったのです。」
「へぇー、先代は優秀だったんだな。じゃ、いまの当主は?」
「現北畠家当主は北畠晴具の息子の具教です。そしてこの御方は、先代を超える傑物と言われています。先代から家督を相続後、具教は先代の頃からの御所との協調路線を継続し、当主となった一年後には二十五歳の若さにして父を超える従三位・権中納言の官位を授かります。更には長年対立してきた北伊勢の長野氏との抗争を、自身の親族を養子として送り込むことで終結させ、実質的に従属化させる事に成功しています。」
「…確かに、かなりのやり手って感じだな。他に何か具教の特徴みたいなところってある?」
「そうですなぁ。先代に似て、文武に優れた方と言えましょう。歌や茶、それに蹴鞠の催し事で何度も御所に招かれていると聞きます。また、剣術では剣豪と名高き塚原卜伝殿に師事し、秘技を伝授されたとも。そして何より、それらの実績に裏打ちされた気高さをお持ちの御方でしょ。」
「気高さ?」
「はい。家格、官位、芸事、武威、あらゆる方面で高い素養を示し、結果を残された御方です。当然ながら、それに裏打ちされた相応の誇りや自信をお持ちでしょう。彼らから見れば、織田家など運良く時世の波に乗れただけの成り上がり者でしかないでしょう。」
「なるほどな。てか、そんな優秀な奴に謀略戦を仕掛けて、ほぼほぼ調略を済ませちまった一益ちゃんって、実は滅茶苦茶すげぇ事やってんじゃね?」
「ええ。何でも元々伊勢方面には伝手があったそうですが、それを加味しても途轍もない功績です。特に滝川殿に関しては、姫様から大きな支援を受けられない中、ほとんど独力で伊勢勢力を切り崩したのですから。それを完遂するまでの労力を考えると、頭の下がる思いです。」
そう語る貞勝の顔からは、滝川一益という武将に対しての確かな敬意が感じられた。
次に良晴が向かったのは、清州商人の店である。そこは嘗て、信奈の命で兵糧を集めた時に交易用の品を何かと融通してくれた店でもあった。
「はぁ、伊勢についてですか?」
「ああ、ちょっと情報を仕入れたくてな。何か耳寄りな情報を知らないか?」
馴染みの番頭にそう尋ねると、相手は顔を顰め腕組みをする。
「ううむ、知らない事は無いですがねぇ。情報というのは我ら商人の武器です。いくら相良様とはいえ、そう簡単に教えるというのも…」
「そこを何とか頼むって!織田が伊勢を勢力圏に置く事が出来たら、お前らだってより手広く商売が出来るように成るだろ。ほらっ、この通り!」
手を合わせて頭を下げる良晴を見ながら、番頭は頭の中で良晴に情報を渡す事による損得を計算する。やがて、口元をフッと緩めた。
「分かりました。織田様には昔から良くして頂いていますし、今回は相良様に投資させて戴きます。」
「おおっ!ありがとな。」
「いえいえ此方こそ。さて、伊勢の方でしたな。実を言いますと、我ら清州商人はそちらの方にはあまり手が延ばせていないのですよ。」
「それってやっぱり、北畠家の勢力下だからか?」
「それもありますが、より厄介なのが志摩の湾で活動している海賊なんです。」
「海賊だって!?」
「ええ。伊勢の南、志摩の地では熊野から移り住んだ九鬼氏が勢力を拡大しつつありました。しかし、九鬼氏の躍進に警戒感を抱いた北畠様は他の志摩の豪族たちを取り纏め、九鬼氏を攻めてその勢力を壊滅させます。ですが九鬼氏もタダでは転ばず、生き残った一族は伊勢湾に点在する島を拠点に北畠家へ抵抗活動を行い、そのうちの一つである九鬼嘉隆の軍勢は『女海賊団』を結成して北畠家の勢力下で暴れ回っているのです。」
「お、女海賊団!?なんだその妙に響きがエロい集団は!?もしかして、船員は全員女なのか?」
「ええ、その通りです。ただ、興奮されるのは良いですが、商人にとっては厄介極まりない輩です。商品を運んでいる時に捕まろうものなら、やれ積み荷を寄越せ、食料を寄越せ、男を寄越せ、さもなくば船を沈めるぞなどと。なので最近は、海路で伊勢に商売に行く商人もめっきり減ったんですよ。一応は北畠家の領内の勢力なので、織田様を御頼りする訳にもいきませぬからなぁ。」
そう言って溜息を吐くと、番頭は期待を込めた視線を良晴に向ける。
「もし、伊勢を攻め獲る機会があれば、件の海賊共の処置を何卒よろしくお願いいたします。その時は我々も協力しますゆえ。」
商人から粗方情報を得ると、良晴は近くの茶屋で一息ついていた。
看板娘が運んできた団子に舌鼓を打ち、これまでに集めた情報を紙に纏めていく。
「うーん、だいたい伊勢の情勢については見えてきたな。それと、現北畠家当主の北畠具教…これが中々の難物そうなのがなぁ…多分一益ちゃんはこいつを…」
悩ましげに眉を寄せつつ、空いた皿に団子の串を置く。
良晴は決して頭が回る方では無い。
だがそれでも、これまで集めた情報を繋ぎ合わせ、歴史知識を必死に絞り出し、そこから今後の展開を考えに考え抜いた結果、信奈が何をさせようとしているのか何となく分かり始めていた。
しかしそれを実行するために必要なピースが、今一つ揃いきってなかった。
いったいどうすれば良いってんだよ。
胸中でその様に愚痴っていると、良晴の前で足を止める者達がいた。
「あっ、よしさるだっ!」
「ほんとだっ!よしさるかえってきたの?」
「ん?ああ、お前達か。久しぶりだな。元気にしてたか?」
現れたのは、うこぎ長屋の子供達である。
長屋に住む足軽の子弟である彼らにとって、良晴は良い遊び仲間であった。
ノリが良く、子供であろうとキチンと目線を合わせ、根が善良で明るい良晴は、子供達から大変人気があった。
岐阜に移ってから久しく会う機会は無かったが、子供達は以前と変わらず笑顔で良晴に纏わり付いた。
「よしさるっ、どっじぼおるしようぜ!」
「えーっ!さんかくべえすのほうがいいよ!」
「よしさるっ!ととろのはなしのつづききかせて!あと、まじょのたくはいびんのはなしもっ!」
良晴が子供達にウケた理由の一つに、未来の遊びや物語を教えたのもある。
現代の子供達を夢中にさせる娯楽は、この時代でも大いに通用した。
「はいはい、ちょっと待てよ。順番に遊んでやるから、落ち…着いて……」
その時、良晴の脳裏に閃くものがあった。
もしこの思惑が上手くいけば、伊勢の情勢は大いに好転する。
考えれば考えるほどメリットのある作戦に、良晴の口元が大きく吊り上げる。
「どうしたの、よしさる?」
「ありがとな、お前ら。良い考えが思い付いたぜっ!」
不思議そうに見上げてくる子供達に、良晴は力強く言い放った。
それから更に数日の間、良晴は思い付きを実現させるべく案分の作成に没頭した。
何度も何度も試行錯誤し、仮案が出来ると貞勝に確認してもらい、そしてそれをまた修正する。
寝る間も惜しんでの作業ではあったが、良晴は熱に浮かされたかのような高揚感すら感じながら仕事に向き合った。
そして遂に、草案を完成させると息つく暇も無く伊勢へと向かった。
「どうしたのじゃ、よっしー?急に姫に会いたいなどと。」
「よう、一益ちゃん。どうしても、会って話さなきゃいけない事があるんだ。」
二人が相対するのは船の一室。
その船は、志摩を中心に活動する九鬼水軍の物である。
「しかし驚いたな。伊勢で海賊団が暴れ回ってるのは聞いてたけど、まさか一益ちゃんの協力者に成ってたなんて。」
「くすくす。九鬼一族は北畠家に恨みがあるからのう。敵の敵は味方じゃ。それに、海の上ならば暗殺の危険性も少ない。なので、九鬼水軍の船を拠点として利用させてもらってるのじゃ。のう、くっきー?」
「おうよっ!北畠の野郎は九鬼水軍にとって憎き仇!しかもこんな可愛い姫様に『いっしょにヤろ!』なんて誘われたら、断れるわけないだろっ!」
そういって豊かな胸を突き出すのは、『九鬼水軍女海賊団』の船長である九鬼嘉隆である。
こんがりと健康的に日に焼けた肌と、それに纏う南国のビーチを連想させる色鮮やかなビキニは、間違っても戦国時代にはとても似つかわしく無い代物であるが、何故か誰一人として不思議に思っている様子は無い。
なお、良晴は鼻の下を伸ばしてデレデレと嘉隆の胸部を眺めている。
「くすくす。どうやらよっしーはくっきーに欲情しておるようじゃのう。いっその事よっしーに貰われたらどうじゃ?」
「冗談はよして下さい姫様。あたしにだって選ぶ権利があります。婿に取るならこんな助平な猿顔の男じゃなくて、中性的で色白で小柄な年下の男の子が良いです!」
「………いや、そうは言うてもくっきーはもう二十七歳じゃろ?しかもこれまでまともに男と付き合った事が無いのじゃし、いい加減夢を見るのは諦めたほうが良いぞ。」
「年の事は言わないで下さい!」
因みに戦国時代の女性の平均結婚年齢は十五歳前後。二十七歳で孫を持つのも珍しい事ではなく、むしろ二十七歳まで処女の方が圧倒的にヤバいと見られる御時世である。九鬼嘉隆、色々とギリギリではあるが、それでも夢を諦めきれない哀れな婚活海賊である。
「して、よっしー、話とは何ぞな?」
「…一益ちゃん、伊勢の調略の事なんだけど、少し気になる事があるんだ。」
「……ほう。」
良晴の言葉に一益は笑みを浮かべる。しかし、目だけは笑っていなかった。
「確かよっしーには、伊勢の豪族たちへの調略は殆ど終わっているから、何も心配ないと伝えたはずじゃがのぅ。」
「…あれから俺なりに調べてみたんだ。一益ちゃん、確か一益ちゃんの調略は上手くいってる。きっと今すぐにでも北畠家に降伏を促したら、余程馬鹿でない限り戦力差を正しく理解して降伏するだろうさ。」
「くすくす。ならば何も問題ないのでは?」
「問題なのは降伏した後さ。北畠家当主、北畠具教は優秀な大名だ。破れかぶれになって戦をするなんて馬鹿な真似はしない。だけど、具教は気高い男だ。一旦は降伏はするだろうが、そのまま大人しくしているような奴じゃない。」
伊勢の名門としての看板、それに名前負けしない実績と、そこに裏打ちされた矜持。一度や二度の敗北で表舞台から降りようとする者では、決して手に入れられない物だ。
況してや、北畠家は織田家に実戦で負けたわけでは無い。
剣術家としても一流の具教にとって、謀略戦のみでの敗北は、決して認められるものでは無いだろう。
「だから必ず、北畠具教は反旗を翻す。織田家に従属したように装いながら、自勢力を立て直し、隙を見て再独立を企む筈さ。今のままじゃ、伊勢の支配は不十分なんだ。」
「………なるほどのう。思っていたよりも、ほんの少し頭が回る様なので感心したぞ、よっしー。」
「ありがとよ。でだけど、具教に反乱させないためにも…」
「だけどやはり余計な心配じゃ。具教は殺す予定じゃからのぅ。」
ごく自然に、まるで休日の予定でも告げるかのように、一益は具教の殺害を宣言する。
その視線に冗談の色は一切存在しない。
「姫が具教の反発を予想していないと思うたか、よっしー?当然予想しておるわ。むしろ最初から反乱を込みで此度の策は計画しているのじゃ。」
「…詳しく教えてくれないか?」
「くすくす。良いとも。姫は伊勢の国盗りをするうえで、あえて調略のみで具教を追い詰めた。御所の要職に就きながら根っ子は武人の具教にとって、決して認められぬ負け方じゃ。ましてや相手は尾張の成り上がり者。頭を垂れ続けるなど奴には出来ん。いずれ国人衆に決起を促し、謀反を起こすじゃろう。姫達はその時を待てば良い。反乱の証拠を掴み、それを大義とし、具教と奴に与した者どもを皆殺しにする。そうして開いた席にのぶなちゃんの親族を座らせれば、伊勢の国盗りは完了じゃ。」
「………」
「初めに言ったじゃろ、よっしー。伊勢の調略は既に完了しておると。もはや他に策を組み込む余地は無い。じゃからよっしーは、余計なことはせず、黙って見ておくがいい。」
優し気に、されどどこか嘲るような声色で一益は良晴に囁く。
それに一瞬良晴は呼吸を忘れるが、我に返ると目を瞑り、静かに深呼吸をする。
そうして心を落ち着けると、目を開いて言った。
「何だやっぱそうなのか。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたけどさ。」
あっけからんと、事無げもなく明るく言い放つ。
これには一益や嘉隆も呆気に取られてしまう。
「…なんじゃよっしー、姫が具教を殺そうとするのを予想していたというのか?」
「まあな。俺でも気づくような反乱の可能性を、一益ちゃんが気付かない訳が無いと思ったからな。そうすると、手っ取り早く伊勢を安定させるには旧支配者層を殺してしまうのが一番だしな。だけど、その上で言わせてもらうぜ。」
良晴は足を組むと背筋を伸ばして胸を張る。頭に思い描くのは目標とする戦国武将。自信満々に『心配御無用!』と告げるその姿であった。
「一益ちゃんの策、今のままだと精々及第点だぜ。万千代風に採点するなら、六十点ってとこだな。」
その瞬間、船内から音が消えた。
だがすぐに嘉隆の怒号が響いた。
「おいコラ助平猿っ!姫様の策が六十点だと?ふざけるのも大概にしろっ!」
「ふざけてなんかいないぜ。どう大きく見積もっても六十点が限界だ。きっと、信奈も同意見だろうな。」
「このっ!」
「待つのじゃ、くっきー!」
刀に手を伸ばそうとした嘉隆を止めたのは一益である。
だがその額には青筋が浮かび、口元はヒクヒクと痙攣しており、怒りの色を隠せずにいる。
一益は殺意さえ籠った視線で良晴を見据える。
「…教えてはくれませぬか?何を以て姫の策が及第点というのか。キチンとした根拠があって言ってるのであろうなぁ。相良良晴殿ぉ?」
適当なこと抜かしたらマジで殺すぞという雰囲気さえ醸し出しながら問い掛けてくる一益に、良晴も流石に背中に汗を流す。だが腹に力を込めると、しっかりと相手の目を正面から見据えた。
「最初に行っとくけど、俺は一益ちゃんの策が間違いとは思っていない。手っ取り早く伊勢を治めるなら上策だとさえ思う。だけど、それじゃあダメなんだ。」
「…何がダメだというのじゃ?」
「…勿体無いんだよ。」
「勿体無い?」
「ああ、こんなところで北畠具教を殺すなんて、勿体無いに決まってんだろ!」
「な、なんじゃと!?」
全く持って予想外の答えに、一益の目が点となる。嘉隆も同様だ。開いた口が塞がらないでいる。
「だってそうだろ!御所とも繋がりの深い伊勢を長年に渡って治め続けた名門!しかも本人はガチの剣豪で、公家からの信頼も篤い。これから織田家が中央に打って出ようって時に、喉から手が出るほど欲しい人材だぜ!殺すなんて勿体ない!」
熱の籠った声で強弁する良晴。
だがそれを聞いてるうちに一益は落ち着きを取り戻し、手を上げて良晴を制する。
「何を言うかと思えば。確かに具教は有能な人材じゃ。織田家の傘下に組み込む事が出来れば、のぶなちゃんの助けと成ろう。だがそれは無理じゃ。さっきよっしーも言ったじゃろ。具教は気高い男。容易に織田家の風下に立つ訳が無い。」
「諦めるのは早いと思うぜ。信奈も言ってたじゃねぇか。北畠家を屈服させろって。あれはつまり、北畠家を滅亡させるんじゃなくて、従属させるって意味なんじゃないか?」
「確かにそうかもしれぬが……やはり無理じゃ。具教が織田家に臣従するとは思えん。」
家格、剣術、文化芸能。あらゆる分野で具教は当代きっての人物である。その自負がある限り、具教が心から織田に降る事は無いと、一益には思えた。
「確かに具教は凄い奴かもしれない。だけどな、具教が誇りとしているものの内で一つでも上回る事が出来れば、奴を屈服させることが出来ると思えないか?」
人は自分が得意とする事で自分より優れた結果を残す者に尊敬の念を抱く。そしてそれは、気高くあろうとする者ほど強い傾向にある。
具教が織田家に反感を持つのは搦め手により自身の強みを発揮できなかった為。織田家が真の意味で強者であると認められなかった為である。
「だったら認めさせてやればいいのさ。織田家には北畠家を上回るものが有るって事を。北畠家の上に立つ者として相応しい存在であるってことをっ!そうして北畠を味方にするんだ!」
敵であったものを味方にする。それは一益の中から抜け落ちていた考えであった。
それを良晴は簡単に導きだし、敵を滅ぼす事しか考えてなかった一益の前で示して見せた。薄暗い船内に光が差したかのように錯覚した。
「…なあ、一益ちゃん、知ってるか?信奈って、笑い転げる事があるんだぜ。」
「の、のぶなちゃんが笑い転げるじゃと!?そんな、信じられぬ!」
「それが本当なんだって。あいつはな、自分が想像していたよりも上を行く結果を家来が出した時、声を上げて笑うんだ。俺は一度見た事があるぜ。」
良晴は秀吉が墨俣城について信奈に報告した時の事を思い出しながら話す。
あの時良晴は、信奈の笑い声に何一つ自分が関わっていない事を悔しく思い、唇を噛み締める事しか出来なかった。
いつか信奈を笑わせてやりたい。それが良晴の目標となった。
「一益ちゃん、どうせやるんだったら手っ取り早く済ませられる策じゃなくて、信奈を爆笑させる策をやってみないか。きっと、面白い事が起こるはずだぜ!」
「………勝算はあるのじゃな?」
真剣実を帯びた視線で問い掛ける一益に、良晴は日輪を思わせる笑顔で答えた。
「もちろんさっ!そのために俺は来たんだ!」
そう言って良晴は懐から書状を取り出した。
その表紙にはこう書かれていた。
『伊勢志摩大文化祭 ㊙計画書』
今宵はここまでに致しとう御座りまする。
・九鬼嘉隆
伊勢志摩の豪族から織田家の傘下に加わった海賊団船長。設定はおおむね原作通り。
史実でも織田家の伊勢攻めに際して信長に協力し、そのまま志摩に領地をもらって大名になった。
信長の死後、秀吉と家康の対立が深刻化し小牧・長久手の戦いが勃発すると当初は家康側に協力するが、秀吉に降った滝川一益の仲立ちにより秀吉に鞍替えする。戦後、新たに鳥羽城を築城する。
関ヶ原の戦いにおいては自身は西軍に付くが嫡男は東軍に付かせるなど、情勢がどちらに傾こうと家が残るように取り計らう。
そして自身は息子が出兵した隙に鳥羽城を奪う活躍を見せる一方で、息子の方も城を落とすなどの手柄を立て両者とも面目を保った。
西軍敗退後、嘉隆は奪った城を放棄し自城に戻って沙汰を待ったが、家臣の豊田某から家を守るなら腹を切るしかありませんと強引に言いくるめられ、切腹を果たす。享年59歳。
なお、息子は自分の手柄を以て家康に父の助命を願い出ており、家康もそれを許していた。
因みに自害を勧めた豊田某は鳥羽城の留守役を命じられていた家臣だったらしく、城を奪われた失態を有耶無耶にするべく強固に自害を勧めた模様。結局バレて家族もろとも処刑された。残当。