太閤転生伝   作:ミッツ

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初の一日2本投降に成ります。


獅子の王と良晴の野望

 良晴がこの戦国時代に来た時、自分が周りに比べて優れていると自覚した知識が二つあった。

 一つは戦国時代の未来知識。歴史漫画や歴史ゲームをメインに蓄えられた知識であるが、命の価値が軽い乱世における行動の指針の一つとして良晴にはなくてはならないものである。

 とはいえ、実際に一度戦国時代を生き抜き、この世の頂点にまで至った経験を持つ秀吉に比べれば、情報の精度は著しく劣ると言わざるを得ない。

 

 だがもう一つ、これに関しては秀吉はもとより、この世界の日ノ本では誰一人として良晴には勝てないのではないかと思える知識が良晴にはあった。

 それは、創作物の知識である。

 現代社会は創作物に溢れている。それこそ、漫画、小説、ゲーム、アニメ、映画、ドラマ。学校教育でさえ、授業には有名な小説が必ず使われている。普通に生活していれば誰しもが物語に触れる機会に恵まれており、お気に入りの作品や、ソラで内容を語れる作品は誰しも一つくらいは持っているものだ。

 良晴もまた、週刊少年雑誌の最新号を毎週楽しみにし、人気のドラマはとりあえず流してみたり、休日には友達と一緒に話題の映画を見に行ったりと、人並み以上に現代の創作物を楽しみ、それに関する知識を蓄えてきた。

 

 一方で戦国時代の人々はというと、そもそもとしての識字率が現代より圧倒的に低く、書物自体も一般庶民には軽く手を伸ばせる代物ではないため、在野の人々にとって物語とは脈々と口伝により語り継がれる物が主である。大衆が演劇に触れる機会は、近世に成り人形浄瑠璃や歌舞伎が誕生するのを待たねばならない。

 武士や公家などの知識階級にある人々は書物を通じて物語に触れる機会はあるが、印刷技術が未発達の時代において世に広まる創作物など数が知れている。

 

 つまるところ、いわゆるエンターテイメントと呼ばれるジャンルにおいて、戦国時代に良晴の持つ膨大な物語に関する知識で勝れる者は先ずいないと言って良かった。

 

 そしてその知識が、『伊勢志摩大文化祭』という外交の舞台で、大きく寄与する事となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「父の亡骸の前で涙を流す新葉に須賀亜は言った。『このままここに居たら、皆お前が王を死なせたと怒るだろう。』と。新葉は涙ながらに尋ねた。『僕はどうすればいいの?』と。すると須加亜は『逃げろ。そして二度と戻るな。』と答える。それを聞いた新葉は絶望に項垂れながらも、黙ってその場を後にします。そんな新葉の後姿を見送った須加亜の脇から三人の刺客が現れた。須加亜は彼らに命じました。『殺せ。』と。」

 

 舞台上では良晴の口上をなぞる様に役者が動く。役者は一言もセリフを言わず、代わりに舞台袖の良晴が物語の解説と、演者のセリフを代弁している。

 いつの間にか集まって来た観客たちは、興奮した様子で舞台に向かって声を上げた。

 

「何て野郎だっ!実の兄を殺したばかりか、その罪を幼い甥にかぶせようとはっ!」

 

「逃げろ新葉っ!本当の事を皆に話せっ!」

 

 興奮気味に観客たちが口々に囃し立てる。そこには、観劇中は御静かに、という現代の常識は通用しない。

 しかしながら、こうして夢中に声を上げるのも物語に没入しているからである。その証拠に、誰一人として舞台上から目線を離していない。

 

 話はとある国の王家の跡取り問題を描いたものである。その国には賢王と讃えられる奴破佐という王がおり、その王の息子の新葉が後継者と見られていた。

 しかし、奴破佐の弟の須加亜はそれを良しとせず、陰謀の末に奴破佐を暗殺すると、新葉を騙して国から追放し王座を簒奪した。

 失意に暮れる新葉だったが、在野において任客者の二人に助けられ生来の活発さを取り戻し大人へと成長する。そうした最中、かつての婚約者であった姫が来訪し故国が須加亜により荒廃してしまい、このままでは国が滅んでしまうと教えられる。最初は自分には国に帰る資格などないと固辞した新葉だったが、奴破佐に仕えたという仙人と出会い、仙人の助けで亡き父と魂の邂逅を果たした末に国への帰還を決意する。

 そうして帰郷した新葉は、変わり果てた故郷を目の当たりにし、仲間たちと共に己の宿命に蹴りをつけるべく須加亜と相対するのであった。

 

 察しの通り、本作は世界的なアニメーション会社が製作し、ミュージカル化もされ世界的な大ヒットとなったアニメ映画を、戦国時代の人にも解り易く、ミュージカル部分を廃するなどアレンジした作品である。

 良晴も子供の頃に親から見せてもらった作品で、勧善懲悪の単純明快ながら重厚なストーリーは戦国時代でも受ける自信があった。

 しかし、それを舞台劇化しようとすると演技力の問題がある。

 今回舞台に上がっているのは、嘉隆麾下の女海賊たち。運動神経抜群で戦闘場面の殺陣の演技は問題ないが、台詞回しはド素人である。そのため、良晴は早々に舞台上でセリフの掛け合いをさせる事を諦め、代わりに自分が活弁士となり、状況説明やセリフ読みをすることにした。

 これは実際に良晴の学校の文化祭で他クラスの生徒たちが行っていた物で、云わば朗読と演劇を合わせたようなものだ。

 これにより役者は殺陣などの動作にのみ集中すれば良くなったが、その分良晴の負担は大きくなった。

 それでも良晴は持ち前の口回りの上手さと感情の籠った熱演により、舞台を盛り上げる事に成功する。

 

 一方で、クライマックスを前に歓声を上げる観客達の中にあって具教は、冷静に劇その物を分析していた。

 

 この様な演目、多くの文化を修めた具教をして目にした事が無い。

 物語は言ってしまえばありきたりな敵討ちの話であるが、登場人物達は主役級は元より悪役の手下というチョイ役にまで個性が出ており、これは単なる書物では到底出せない魅力である。

 何より、汗だくになりながらも息を切らさず、必死になって物語を紡ぐ良晴の熱い語りが、観客達をより物語に夢中にさせた。

 

 なるほど。これが若き熱量と言うものか。

 

 具教は心中でそう呟いた。

 良晴達の演劇は、決して洗練されたモノでは無い。

 しかしながら、慣れないながらも面白い作品を演じようとする心意気は節々から溢れ、その感情が観客達を惹き付け、物語に熱を持たせている。

 或いは、新たな文化が生まれようとしている予感が、演者と観客を結びつけているのかもしれない。

 具教にはそれが、ひどく羨ましく思えた。

 

 具教にも嘗て、剣術の世界にに新たな息吹を吹込み、文化の時代を進ませんと夢中になった日々があった。

 しかし、修行の果てに身に付けた剣術はいつしか戦の道具となり、修めた文化は外交の術になった。

 勿論そうした事に未練は無い。歴史ある伊勢の国司として正しい道を歩むためには、優先順位を着け、そのために必要なものの取捨選択を間違えてはならない。

 しかし、隣で夢中になって物語の登場人物に歓声を上げる我が子を見ると、ほんの少し惜しいことをした気になる。

 

「…世界を創るは我にあり、か。」

 

 新たな歴史を紡ごうとする者は、こうも眩いものであったか。

 具教は自分でも気付かぬ内に、前のめりになっていた。

 その視線の先には良晴がいる。

 己の主君を具教に認めさせようと、知恵を絞り、新しきを試し、生き生きと働く良晴の姿は、具教の心に言葉に出来ぬ熱き想いを込み上げさせた。

 

 そして、物語は遂に終局を迎える。

 激戦の末に須加亜を打ち倒した新葉は、城の天守に登り勝鬨を上げる。

 

「こうして新葉は新たなる国の盟主となりました。そして彼の国は新葉の親政の元、末永き発展を遂げたのでした。これにて獅子の王の物語は完結っ!御観覧ありがとう御座います!」

 

 息も絶え絶えになりながらも良晴がそう叫ぶと、観客席からはワッ!と歓声が起こり人々は立ち上がって良晴たちを称賛した。まさに大盛況である。

 

 良晴はその光景に観劇した様子で大きく息を吸い込むと、深く観客たちに向かって頭を下げた。

 そうしてゆっくりと頭を上げると、舞台を降りて具教たちの元へとやってくる。

 

「はぁはぁ、どうだった、俺たちの演劇。なかなか良かっただろう?」

 

「……そうですなぁ。」

 

 頬を紅潮させ尋ねてくる良晴に、具教は笑みを抑えきれなかった。

 舞台上での猛々しさと打って変わって、親に褒めてもらおうとする幼子の可愛らしさがある。或いは未熟さともいえるかもしれないが、具教からすれば決して不快では無かった。

 

「面白き物語でした。このような出し物、これまでの人生で見た事がありません。ただ…」

 

「ただ?」

 

「…あのように、めでたしめでたしで終わる様な話は、現実では滅多にある物では御座いません。相良殿。」

 

 具教の顔から笑みが消えた。

 

「先ほど話された、この国を平和で幸福な国にするという話、あれは信奈殿の語ったものでは無く、貴公の理想ではないですか?」

 

「っ!?……ああ、そうだ。」

 

「…その理想を成すは、獅子の王が歩みし道より困難であることは分かってか?」

 

「…勿論分かってる。だけど。」

 

 

 

 

「それが俺の野望だ。」

 

 

 

 

 それ以外に我が道は無し、とばかりに良晴は断言した。

 その真っすぐ過ぎる眼差しをジッと見つめていた具教であったが、フッと表情を柔らかくすると良晴に向かって頭を下げた。

 

「現実を直視し、それでもなお己の理想を貫かんとする相良殿のご意志、この具教感服仕りました。願わくばその理想を胸に邁進し、大願が成就すること切にお祈り申し上げます。滝川殿。」

 

 具教は顔を上げると一益の方を向く。

 

「此度の文化祭。誠に良き催しでした。これに招いて頂いた分は、いずれ信奈殿の元に侍りて返礼したきと存じまする。」

 

「まことかっ!?」

 

 大名が他の大名の元に自ら出向いて礼をする事は、一般的に相手に対して臣従を誓うに等しき行いである。即ち、具教の言葉は降伏を宣言するのと同義と取る事が出来るのである。

 

「はい。滝川殿と相良殿が慕いし御方、ぜひともご尊顔を拝してみたいと思います。然らば滝川殿、日程の調整をお願いしても?」

 

「うむっ、勿論じゃ!すぐにでも信奈ちゃんの承諾を得てみせるぞ!」

 

「ありがとう御座います。それと、相良殿にお願いが…」

 

「ん?なんだ?」

 

 急な申し出に驚きながらも良晴が確認すると、具教は近くに居た具房をグッと引き寄せ良晴の前に出す。

 

「我が愚息、相良様の元で鍛えて頂きたいのです。」

 

「「…え?」」

 

 押しやられた方と押し付けられた方、揃って呆けた返答をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くくくくっ、そ、それで、結局良しサルの奴はどうしたの?」

 

 岐阜城の一室で、事の顛末を聞いて一頻り笑った信奈がそう尋ねると、一益は口元を袖で隠しながら答える。

 

「最初は断ろうといていたのじゃが、伊勢国司直々に頭を下げられ結局受けるしかなかったのじゃ。一応側仕えとして家に置いておるそうじゃが、よく食べ物をつまみ食いするから苦労をしているのだと。まっ、料理の知識と腕は確かなので、微妙に怒り難いそうじゃ。」

 

「はははっ、なにそれ!?伊勢国司の嫡男を家来にしておいて料理番をさせてるのっ!?面白すぎでしょっ!!」

 

 なお、具房本人は元から美味しいものを食べるのも作るのも好んでいるため、父親の監視の目が無くなり自由に料理に勤しめるようになった環境に満足しており、それもまた良晴の頭を悩ます種となっていた。

 

「あーおかし。良しサルにも近々家来を付けてやらないといけないとは思ってたけど、まさかの人選よね。とはいえ、伊勢国司と太い繋がりが出来たんだから、あいつにとってはかなり良い結果なんだけど。」

 

「…信奈ちゃん、一つ聞いて良いかのう?」

 

「ん?なに?」

 

「…信奈ちゃんは、最初からこうなると思ってよっしーを姫の元に送ったのか?」

 

 一益の疑問に、信奈は口元に笑みを作る。

 

「そうねぇ…私としては予想外の事が起こって欲しかったわ。」

 

「それはつまり、具教を殺す以外の方法で伊勢を掌握して欲しいと思っていたという事…」

 

「うーん、それとも微妙に違うわね。極端なことを言うと、私は伊勢を手にする事が出来るなら、余程でもない限り左近達がどんな手段を使おうが気にしないわ。私が口出ししなくても、左近なら万事上手くやってくれるって信じてたし。」

 

「ならば何故、よっしーをっ!?」

 

「それについては御免なさい。もう少し左近の心情を考えるべきだったわ。だけどどうしても抑えきれなかったのよ。」

 

 信奈は申し訳なさそうでいて、困ったような表情を作る。それは一益が初めて見る顔だった。

 

 

「面白くなるかも、って思っちゃったの。」

 

「面白くなるかも…」

 

「そう。あいつらは時々、私が予想もつかない結末を作っちゃうの。それが面白くてね。ついつい今回も、あいつの事を試したくなっちゃったの。一益には苦労を掛けたわね。」

 

 織田信奈という姫武将には、時々損得を無視して思い付きで行動を起こすという性分があった。

 それが結果としてよい効果を出すときもあれば、時には悪い結果を招くこともある。いずれにしろ、織田信奈という女は常に冷静で先々を見据えるばかりの人物とは言い難く、その場のテンションで後先を考えずに行動に起こしてしまうという、危うくもどこか魅力的に見えてしまう人間らしい欠点を持つ人物だったと言われてる。

 

「いや、その…結果としては姫の作戦より良い結果が出たので良かったのじゃ。姫も今回の事は色々と勉強できた。そういう意味でなら、よっしーが来てくれたのは本当に助かったのじゃ。」

 

「フフっ、そう言ってくれるとこちらも助かるわ。とはいえ、左近に気苦労を掛けたのは変わりないわ。その苦労に報いたいから、褒美をあげる。何か欲しいものある?」

 

「…ならば、茶器が欲しいのじゃ。」

 

「…へー、茶器ねぇ。もしかして茶の湯に興味がわいた?」

 

「そんな所なのじゃ。変則的にとはいえ、よっしーは文化の力を用いて具教の心を攻め落とした。」

 

 一益の目がスッと細まり、武器を手にした戦国武将のものに変わる。

 

「然らば姫もその力をものにしたい。我が身を高みに昇らせんがために。」

 

「……いいわ。近いうちに適当な茶器を一式揃えてあげるわ。今後はそれを用い、文化の力を己のものとしなさい!」

 

「はっ!承知仕りましたなのじゃっ!」

 

「フフフ、励みなさい。」

 

 満足そうに信奈は微笑む。

 すると襖が開き、小姓の堀秀政が入って来た。

 

「姫様、岡崎より急報に御座いまする。」

 

「岡崎…竹千代に何かあったの?」

 

「いえ。武田が動き出したとの事。」

 

 その知らせに、信奈の瞳がギラリと光った。

 それが意味するは、戦が始まるという事。そしてそれは、一年前、桶狭間に勝利した時から始まった『虎囲いの計』が、いよいよ発動することを意味していた。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座りまする。

 

 伊勢攻略編 終幕

 

 次章 虎殺し編 開幕




・志摩イスパニア村
 志摩の無人島に漂着したイスパニア人たちが開拓した村。
 原作では対武田の戦力として一益を呼び戻そうとした良晴が、なんやかんやあって懐柔することになった一団である。
 本作でも協力関係を結ぶ経緯は原作とほぼ同じ。原作での名有りキャラも今後登場予定である。
 なお、彼らの作る「ちょろす」は非常にTastyである。

・滝川一益と茶器
一益「国なんていらないから茶碗下さい!」
信長「だが断る!」

 で有名な史実のやり取りだが、今回は希望通り茶器がもらえた。良かったね。



 そして次回からは今川と武田の戦いに視点を動かします。しばらく主人公陣営が出てきませんが、悪しからず。 
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