時は少し遡る。
良晴たちが伊勢志摩大文化祭の準備に追われている頃、三河の国のほぼ中央、岡崎城からもほど近い土呂の地に焼け落ちた寺院がある。
この寺の名は本宗寺。三河にゃんこう一揆で一揆勢が拠点とした寺院である。
三河にゃんこう宗の総本山として百年以上に渡って地域に根差した歴史ある仏閣であるが、それも今や黒く焼け焦げた柱が辛うじて形を保つのみであった。
そんな廃墟の中心地で、松平元康は膝を着いて煤の中から何かを探していた。見つけ出したのは小さな木仏。元康はそれを悲しげに見つめると、黙って自分の懐に入れた。
「ここに居られましたか姫様。」
「あっ、与七郎。」
元康に声を掛けたのは、近習を務める背の高い強面の男、石川数正であった。家中においては主に外交を担当し、酒井忠次と共に松平家の重鎮として烈椀を振るう忠臣である。
元康にとっては物心ついた頃から側で仕え、人質時代も一番近くで辛い時期を励まし助けてくれた年上の数正を深く信頼し、実の兄のように慕っている。
「姫様、方は付いたとはいえ残党が何処に潜んでいるかも分かりませぬ。努々、お一人になることは避けられますよう御願い申し上げます。」
「ご、ごめんなさい。ちょっと感慨に耽りたくなってしまって~。」
「……そうですな。これで今度こそ、三河も纏まりましょう。」
厳しさを含んだ声色から一転し、数正は優しい口調で元康を労う。
不入特権の侵害に端を発する三河にゃんこう一揆は、一時岡崎城を一揆勢が攻め立てるなど松平家が押される展開もあったが、一揆が長引き始めると一揆勢内部で厭戦気分が漂い始め、次第に松平家が優勢となった。
やがて戦線が膠着すると、松平家と一揆勢の双方から和睦の使者が立てられ、数度の話し合いの末に和睦が成立した。
一揆勢の首謀者であるにゃんこう宗の僧侶達は拠点に籠った領民の武装を放棄させ、彼らを元の土地に返し今後は正当な理由なく領民を招集しない事を松平家に約束した。
松平家はにゃんこう宗の寺に対する不入特権を認め、今回の騒乱で焼け落ちた仏社の修繕を僧侶達に約束した。
こうした形で戦が終わると、松平家は早速寺の修繕を開始する。程なく修繕が終わると、真新しい寺には僧侶が入り、以前と同じように地域の行政機関としての役割を開始した。
ただし、この時寺に入ったのは松平家と縁の深い宗派の僧侶であり、にゃんこう宗には一切声が掛からなかった。
焦ったにゃんこう宗側は松平家に抗議をするも、「約束したのは寺の修繕のみ。そこに何処の宗派の僧侶を住まわせるかについて、約束した覚えはない。」と突き返された。
怒ったにゃんこう宗の僧侶たちは、本宗寺に集まり門徒たちに再び一揆を起こすよう促した。ところが、前回から一転してにゃんこう宗の呼びかけに応じた領民は驚くほど少なかった。
というのも、最初から一揆に積極的に参加しようとする三河の領民達など極少数に限られるのだ。
元々一揆自体が寺と松平家のいざこざであり、一揆側が勝ったとしても領民達への見返りは殆ど無い。日頃世話になる寺からの御願いなので仕方なく参加したというのが大部分であったのだ。前回の一揆で早々に厭戦気分が蔓延したのもそういう理由からであった。
そもそも三河の領民は松平家への敬愛の念が強い。一揆勢の中には、強引な手法で寺から年貢を獲ろうとした若き元康を諫めるために参加した者もいた。一度義理を果たした以上、領民達にこれ以上にゃんこう宗へ与する理由は無い。
なにより、領民達ににゃんこう宗とそれ以外の宗派の違いを明確に判断できるものなどほんの僅かである。彼らからすれば、きちんと念仏を上げてくれるなら坊主など誰でも良いのだ。
なので領民達はにゃんこう宗の招集を拒否し、これから本格的に田植えの季節になるのに面倒な事に巻き込むな、とにべも無く追い返したのだ。
こうした領民の反応に僧侶達が狼狽える中、待ってましたとばかりに松平家は動いた。
にゃんこう宗が『正当な理由もなく領民を招集しない。』とする約定を破棄したとして兵を集めると本宗寺を焼き討ちし、にゃんこう宗の僧侶たちを国外に追放。その上で国内でにゃんこう宗を信仰するのを禁止する触れを出し、三河国内のにゃんこう宗勢力を駆逐したのであった。
「長かったですが、きっと天国の御父上も御喜びに成られるでしょうな。」
「はい。吉姉さまへの面目も何とか立ちましたし、本当に良かったです~。」
元康の言葉に数正は「織田方を気にし過ぎでは?」と口に出しそうになったが、それは止めた。
元康と信奈が幼少の砌に交友を深めたの三河独立の大きな助けになったのは認めるが、先代より前は何度も争った宿敵同士である。数正自身も本心を言えば、信奈の顔色を窺うような元康の態度は改めて欲しいと願うのだが、今は黙って主君の成長を見守るよう努めている。それは、元康が信奈に勝るとも劣らぬ才気を秘めていると信じているからであった。
「…失礼、よろしいでしょうか?」
「っ!?半蔵か?」
背後からの声に驚きながらも数正が問うと、柱の陰から忍び装束の服部半蔵が現れた。
「先ほど陣中に武田からの使者が参られました。どうやら、姫様に要件がある様子。」
「…分かりました~。与七郎、行きましょう~。」
「はっ!」
元康が陣中に戻ると、その中心には一人の姫武将がいた。
背が高く、瞳に知性の輝きを宿す、優しげな雰囲気の女である。女は元康の姿を認めると、ゆっくりと頭を下げた。
「…お初に御目にかかります……馬場…信房に…御座います。」
ところどころ言葉を区切り、のんびりとした様子で女は名乗った。
しかし、その名を聞いた元康達の顔に緊張が走る。
「馬場信房っ!もしかして、不死身の鬼美濃と呼ばれる、あのっ!?」
「……はい……そう呼ばれる…事もあります。」
馬場信房。武田四天王の一人に数えられ、七十もの戦に参加しながら掠り傷一つ負わなかったと事から『不死身の鬼美濃』と称された信玄の片腕である。
その器量は後世において「一国の太守に相当する」と評され、深志城や牧之島城など数々の城の普請を務めたとされる築城の名人でもあった。
また信玄の深い信頼の元、他国に対する外交の窓口になる事もあったとされている。
「…まさか勇名高き美濃守殿直々に参られるとは。武田家は随分と我が姫を評価しているのですね。」
武田家の意図を探るべく、教正はあえて警戒心を隠すことなく固い声で問い掛ける。
しかし、信房の顔に目に見える変化は現れず、こくりと首を縦に振るのみであった。
「…うん……御屋形様は…元康殿を将来有望だと言っている……間違いなく…大事を成せる…大器であると。」
「へっ!?信玄さんが私の事をそんなに!」
「姫様、簡単に口説かれないで下さい。」
戦国最強ともいわれる武田信玄から評価されていると聞き、元康の顔に喜色が浮かぶが数正はそれを窘める。普段あまり褒められる事が無く屈折した感情を溜め込みがちな元康は、煽てられると弱いところがあった。
「…御屋形様は…そんな有望な元康殿と…手を組みたいと…言っている……私はその言葉を…伝えに来た。」
「…信玄さんは、何を望まれてるのですか~?」
「……駿河侵攻。」
「「っ!?」」
信房の言葉に元康と数正の顔が驚愕に染まる。
「武田は今川と同盟を結んでいた筈。それを破って今川を攻め滅ぼすおつもりですか!?」
「…今川との盟約は……武田義信の死によって…既に破綻している……姉を捕らわれながら…これを取り返そうとしない氏真に…戦国大名としての…資質は無い。」
相変わらずのんびりとした口調で、信房は今川を攻める理を語る。その瞳の奥には、先程まで見られなかった戦意の炎が滾っていた。
「…それと…御屋形様は…この言葉を…元康殿に伝えて欲しいと。」
「…なんですか?」
「『大名にとって弱きは罪。』」
「…」
「『大名が弱いと苦労するのは民である。然らば、弱き大名などいっそ滅ぶべし。』…と。」
「……」
「…我らは東から……元康殿たちは…西から切り取られると良い。」
信房はそう言って立ち上がると、陣の出入口へと向かう。
しかし、陣を出る間際に立ち止まると元康の方を振り向いた。
「……強くなって下さい…元康殿。」
そう言い残し、信房は去って行った。
陣中は暫しの間重苦しい沈黙が流れる。それを断ち切ったのは元康の深い溜め息であった。
「本当に、恐ろしいです~。まさかこれ程までにとは~。」
「…同感です。こうなってくると最早乗らぬ道は有り得ません。」
元康と数正は心底肝を潰したとでも言うように瞳に畏れの色を滲ませている。
しかし、それは信房にでも、信玄に対してでも無かった。
「全て織田方の言う通りになりましたな。信玄が駿河を攻める時、必ず姫様に声が掛かるという。」
「はい~。正直半信半疑でしたけど、これで松平の進むべき道は決まりました。与七郎?」
「はっ!」
「戦の準備を。遠江を切り取ります。」
「承知仕奉りました。」
元康の命を受け、数正は慌ただしく陣を出ていく。
それを見送った元康は、知らず知らずの内に懐の木仏を握っていた。
巨星動く。
伊勢志摩大文化祭が行われたその直後、武田信玄は弟の武田義信の死後に今川が行った甲斐への塩留めを理由に、駿河への進攻を開始した。その数は約二万五千。富士川に沿って南下し、途上の砦や村を焼きながら東から駿河を攻め立てた。
今川氏真はこれに対応し、三万五千の兵を集めると、庵原郡の秋葉山に布陣し信玄を待ち構えた。更には、北条家に対して東から武田領に圧力を掛けるよう要請し、上杉へも出兵を促す書状を出した。
しかし、松平元康が挙兵したと伝わると状況が一変した。
元康は一万の兵を率いて岡崎城を出ると、西遠江の今川領を攻め立てた。その勢いは凄まじく、僅かな内に西遠江の大部分を占領し、天竜川の西岸にある曳馬城に入城する。
この動きに対して氏真は三万五千の内から一万の兵を西遠江に送り、天竜川を挟んで松平への睨みを利かせなければ成らなくなった。
一方で、相模の北条家は今川と武田のどちらに肩入れするかで会議が紛糾し、結局武田領に掛ける圧力は中途半端なものとなり、信玄の進軍を阻むに至らなかった。
上杉の方も、御家芸と化した越後豪族達の反乱に上杉謙信は掛かりきりとなり、武田領への出兵は叶わない。
こうして今川と武田は兵数はほぼ同数のもと、平野を舞台に相対する事となる。
この戦こそ、後に戦国時代の転換期ともされる『庵原の戦い』であった。
不安を抱えて戦をするなど、いつ以来だろうか?
武田信玄は馬上にて思い耽る。
信玄は常勝の武将である。情報を集め、内容を精査し、最も適した策を考え、万全の状態で実行する。
戦をしてから勝つのでは無い。勝ってから戦をするのが勝者なのだ。
その信念の元、信玄は数多の戦場を勝ち抜き、武田軍を戦国最強の戦闘集団に押し上げたのだ。
しかし、此度の戦いだけは少し様相が異なる。
確かに桶狭間の戦いで今川義元が織田に捕らえられて以降、信玄の胸中には今川を滅ぼし駿河を我が物にする計画は常に存在した。
だが、仮にも今川は同盟相手。これを切り捨てるのはリスクが高く、遣るならば慎重に事を進めなければ成らなかった。
本心を言えば、今川との同盟を継続する道が有ればそれも良いとすら願っていたのだ。
しかし、その願いは脆くも崩れ去る。
川中島の戦いの被害の補填、そして後継者たる義信の権威付けの為に実施を許した甲斐-駿河間の楽市楽座であったが、これにより国内の豪族間に経済格差が生まれ家中が分裂。最終的には義信の自害に至り、それに伴い親今川派の豪族達も連座し処断せねばならなくなった。
そうなると、駿河攻めを求める豪族達の声を止める術は無い。
折しも今川家が義信の処断に対する抗議として甲斐への塩の輸出を禁止すると、甲斐豪族達は今川討つべしの一色に染まり、信玄は最低限の裏工作しか出来ないまま出兵を余儀なくされた。
「ねぇ、これ見て!さっきの村で手に入れたんだけど。」
「あらっ!可愛い着物じゃない。良いもの見つけたわね。」
「でしょう!妹に良い土産が出来たわ。」
「あっ、でもこれ血が着いてない?」
「そうなのよ。大人しく着ている服を寄越せって言ったのに嫌がるから、ムカついて殺しちゃったの。帰ったら洗って縫わないと。」
「勿体ない。若い女だったら奴隷にして売っちゃえば良かったのに。」
姫武将達が纏まった隊列から、笑い声混じりにそんな話が聞こえてくる。
武田軍の外征には敵地での略奪が付き物だった。道中の村を襲い、物を盗み、食料を奪い、女子供を拐う。貧しい甲斐の民にとって、親兄弟が持ち帰る略奪品は貴重な収入源であり、数少ない娯楽の一つであった。姫武将達も兵ですらない村人を殺し奪う事になんの躊躇は無い。強き者が弱き者から奪い虐げる事は、彼ら彼女らにとって当たり前の摂理であった。
すると、隊列の横に一人の騎馬武者が馬を並ばせ、槍で地面を叩いて一喝する。
「おい貴様らっ!戦の前に浮かれすぎだあっ!無駄話をせずに黙って歩けっ!」
「「は、はいっ!すいません山県様ぁ!」」
空気を振るわれる大喝に、先ほどまでお喋りをしていた者達も肝を冷やす。そうして整然とした進軍が再開したのを確認すると、騎馬武者は信玄の横に馬を付けて頭を下げる。
「申し訳ありません、御屋形さま。お見苦しいところを御見せしました。」
「いや、むしろ良くやった昌景。これで少しは気が引き締まるだろう。」
騎馬武者の名は山県昌景。戦国最強と名高い武田軍にあって、その最精鋭部隊である「赤備え騎馬隊」を率いる姫武将だ。
元々は飯富姓を名乗り、姉には武田義信の守役を務めた飯富虎昌を持つ彼女だが、虎昌が義信に連座し処断されると、周囲からの風評を考慮し信玄より途絶えていた山県姓を継ぐように命じられ今に至っている。
背丈は低く、長身の信玄に並ぶと胸元にかろうじて頭が届く程度であるが、姉譲りの武勇と騎馬隊を巧みに操る用兵術は信玄をして虎昌以上と称され、武田四天王の筆頭に挙げられる武田家最強の武将である。
そんな昌景であるが、彼女の顔には信玄同様心配の色が見えた。
「どうにも兵の士気が乱れているように思えます。先ほどの村でも、乱取りに夢中になって集合に遅れる者が少なからずいたようです。いっその事、何人か見せしめにした方が良いかもしれません。」
「そうだな。戦の前に気は進まないが、これ以上に士気が乱れると戦以前の問題だ。昌景、次に同様な事があればお前の裁量で処罰せよ。」
「はっ!」
威勢良く昌景が応えるが、信玄の表情は尚も固い。
ここ数年の間、武田家は先代からの古参武将が相次いで鬼籍に入っていた。
板垣信方、甘利虎泰、横田備中、諸角虎定、多田満頼、小畠虎盛。
加えて川中島の戦いでは武田信繁が、義信事件では武田義信と飯富虎昌が死去し、武田家の家臣団の顔触れは大きく様変わりしている。
信玄は山県昌景、馬場信房、高坂昌信、内藤昌豊ら直属の家臣の家老職に引き上げ、川中島の戦いで生き残った軍師、山本勘助と共に鍛え上げ新生武田四天王とし、空席となった臣下の穴を埋めようとしているのだが、その下の者たちはまでは少々教育が行き届いていない。
その者たちは、信玄の下で常勝軍団となった武田軍のみを見て育った世代であり、武田軍こそ戦国最強と信じて疑っていない。
信玄はそこに、『誇り』が『驕り』に変わりつつあるのを色濃く感じていた。
事実彼らは、自分達が今川に負けるなどと微塵も考えておらず、既に駿河城下での略奪について思いを馳せる始末であった。
今回の戦、多少苦戦した方が武田家の将来の為には良いかもしれないな。
信玄は溜息を抑えながら、そんなことを考えてしまっていた。
「御屋形様、よろしいでしょうか?」
「おう、勘助か。どうした?」
信玄の下に隻眼の老人が馬を寄せる。
この男こそ、武田の軍師にして信玄の懐刀、数々の策略を駆使して武田家を戦国最強の軍団に押し上げ、太原雪斎と北条幻庵に並んで『関東三軍師』と称される内の一人、山本勘助である。
勘助は川中島の戦いにおいて、上杉謙信を屠る必勝の策として「啄木鳥の計」を献策し信玄と共に実行するも、謙信に策を見破られ逆に自軍に大きな損害を与えた責を取るために、決死を期して敵中に臨まんとするも信玄に止められ、命ある限り信玄の軍師として在り続けるのを命じられていた。
「前方の小山に今川の陣が見えました。先行した物見の報告の通り、敵兵は一万減って二万五千ほど。どうやら同数にて平原で我らに決戦を挑まんとしているようです。」
「そうか…勘助、お前は今川の動きをどう見る。」
「…些か不可解に思えまする。今川氏真はこれまで大きな戦に従軍した経験はなく、音に聞こえし武勇もありません。むしろ性格は公家文化を好む軟弱な気質であると言われており、我が軍を相手に正面から挑もうとする姿勢には違和感がありまする。」
「と、するなら、何か小細工を用意してるな。」
「その可能性が高いかと。」
「ふむ。勘助、一旦陣を敷くぞ。その後主だった将を集め軍議を行う。」
「ははぁっ!」
「…氏真よ、いったいお前はどう我らに挑むつもりだ?」
例え如何なる不安を抱えていようと、武田信玄は敵を屠り、そのすべてを奪うことを生業とする戦国武将。
その本能が激戦の予感を感じ取り、信玄の頬を自然と吊り上げさせた。
手早く陣を構えた武田軍は、その中心に天幕を張ると有力な武将を集めて軍議を開始した。
上座に座るのは当然信玄。その左右は軍師の山本勘助と、小姓の高坂正信が固めている。
「さて、敵方は既に戦準備を終え、今か今かと我らが攻め掛かるのを待っているようだ。素直にこれに攻め掛かるべきか否か、各々の意見を聞こうと思う。」
低く、厚みのある声で信玄が問いかければ、待ってましたとばかりに山県昌景が手を上げた。
「恐れながら申し上げます。今川勢は我らが挙兵して間も無く兵を集めると、今いる場所に陣を構えた様子。恐らく、当初の予定では数の有利を以て我らを迎え撃たんとしていたのでしょう。しかし遠江を松平に攻められ兵を割く事になるも、当初の予定を変更することも叶わずあの地に留まり続けているのではないでしょうか?」
「つまり昌景は、今川は仕方なく同数で我らを迎え撃とうとしている、と考えているのだな。」
「…仮に太原雪斎が存命であれば、何かしらの策があると思えましょう。しかしながら、既に雪斎はこの世に居らず、代わりとなる様な軍師の噂も聞いたことがありません。今川氏真も経験が浅く才も凡庸とされる程度であり、戦況を変えるだけの謀は無理かと。」
「…なるほどな。弾正、お前はどう思う?」
昌景の具申に頷いた信玄は、次に顎髭を生やした細身の老臣に話を振った。
弾正とはこの老臣の綽名である『攻め弾正』を縮めたもの。
そしてその本名は『真田幸綱』。信濃小県郡は真田本城を拠点とする真田一族の当主である。
「…私としては、少々慎重に事を進めるべきだと愚考いたしまする。」
「…ほう、その意は?」
「確かに氏真は実績に乏しく、優れた武威があるという噂も聞きませぬが、世に名将と名を轟かせる者が、初めは凡人と評され侮られていた例はごまんと在りまする。それこそ、御屋形様自身がそうであるように。」
「はははっ、いうではないか!だが確かにその通りだ。氏真に隠された将器が無いとも言い切れん。」
「仮にそうではなかったとしても、今川には経験豊かな家臣も少なからず居りまする。あの落ち着いた陣容を見る限り、彼の者達も勝機があると見て陣を動いていないのでしょう。」
「確かにそうだな。敵陣には岡部元信もいるそうだ。あの戦巧者が自軍の無策を許すとは考え辛いな。」
「然らば先ずは乱破を放ち、敵の思惑を探ってから攻めるのが良いと申し上げます。」
信玄は幸綱の意見に「なるほど」と大きく頷いた。
すると、幸綱の対面にいた壮年の武将が幸綱に向かって掌を突き出した。雄牛のような巨躯の男である。
「待った待った弾正殿。慎重になるのは良いが、あまり悠長は出来ぬぞ。道中の村で兵糧は補給したとはいえ、時間を掛け過ぎると食い物が無くなってしまう。」
そう言ってポンッと大きな腹を叩くのは、『猛牛』の異名で知られる秋山虎繁。幸綱の慎重策に理解を示しながらも、大軍の遠征による物資の消費について懸念を伝えた。
「…ならばどうでしょう……部隊を半分に分け…片方を先行させ秋葉山の敵軍を無視して駿河の町を目指す……慌てて敵軍が先行した部隊を追い掛けてきたら…後続の部隊が敵軍の背後から襲い掛かり…反転した先行隊と挟み撃ちにするのは?」
そう口にしたのは馬場信房。相変わらず気の抜けたのんびりとした口調で発案する。
「いやそれは不味くないか?敵の目の前で兵を分けるのは些か危険すぎるのでは。此方の思惑を悟られる危険性も高く、なにより各個撃破の恐れがあります。」
信房の意見に反対するのは内藤正豊。四天王の中では影が薄く、なかなか目立たない姫武将であるが、精一杯に自分の考えを主張する。
その後も各将からは様々な意見が出るが、信玄は黙ってそれらの意見に耳を傾ける。場の雰囲気としては「今川は何か策を用意している可能性があるが、こちらから仕掛けて今川の動きを見るべきである」とする意見が多数派であった。
「…御屋形様、如何に致すべきでしょうか?」
あらかた意見を出し尽くしたところで、勘助が信玄に向かって問い掛ける。
信玄は静かに瞼を閉じると、数瞬の間思案した。そして再び目を開く時、その奥には獰猛な肉食獣に似た輝きがあった。
「皆の考え良く分かった。敵方は何か策を労していると想定するのが良いだろう。だが、これを警戒し過ぎて攻め手を鈍らすのは惜しい。攻めの有利を手放し、無為に時間を浪費すればそれこそ敵方の思う壺だ。故に先ずは先遣隊を組織し、相手の出方を窺おうと思う。」
「先遣隊にございますか?」
「ああ。先遣隊がぶつかり、何も無ければそのまま一気に全軍で攻め掛かる。敵方が策を用いてきたら先遣隊は退却し、残りは先遣隊の退却を全力で支援するんだ。」
「然らば先遣隊のお役目、この平八郎にお任せ下され!」
そう声を上げ立ち上がったのは、幼さを残した顔立ちの若い将である。
この男の名は土屋平八郎昌続。信玄の側近を務め、先の川中島の戦いで初陣を終えたばかりの新米武将である。
「ふむ、平八郎か。張り切るのは良いが、先遣隊は良く言えば一番槍、悪く言えば捨て石と成る役目と知っての自推か?」
「捨て石上等!この平八郎、御屋形さまの役に立つとならば、如何なる御役目であろうと全力で遣り切る所存!無論、親より授かった命を無駄に使おうという気は御座いませんが。」
「ハッハッハッ、よく言った!先遣隊の長の役目、お前に任せる。五百の兵を率いて参れ!」
「はっ、ありがたき幸せっ!」
「他の者達もいつでも出陣出来る体勢は整えておけ。敵方の対応次第では全軍突撃もあり得るぞ!」
「「「おうっ!!」」」
勇ましい掛け声と共に、武田家臣団は威勢よく立ち上がった。
土屋昌続は元は信玄の側衆の一人であった。
信玄に対する忠誠心が高く、そして若いながらも確かな武勇を持ち、それに裏打ちされた強い自信を身に纏っている。
その一方で常に周りに目を配り、言動とは裏腹に冷静で引くべきところで引く事が出来るので今回の先遣隊長も信玄は任せたのであった。
「さぁ、もう間もなくぶつかるぞ!皆気張れぇい!」
先頭で馬を走らせながら、昌続は後続の部下を激励する。彼らは皆士気旺盛。自分達だけで今川軍を蹴散らしてやろうと、血気盛んな若武者たちである。自分たちが場合によっては捨て石になる事など、何も気にしていない。
前方の今川軍は、昌続たちの接近に俄かに慌しい様相を見せている。
だがその時、俄かに風向きが変わって昌続たちが風下となった。その瞬間、昌続の鼻に嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきた。
「この匂い、まさかっ!?」
不吉な予感に昌続が目を見開くが時すでに遅し。乾いた轟音が戦場に木霊し、昌続隊から悲鳴が上がった。
「おのれッ、種子島かっ!?」
今川が使用したのは火縄銃。それも一つや二つではない。百、いや二百かそれ以上の大量の火縄銃による一斉射撃が昌続隊を襲ったのであった。
とは言え、この一斉射撃自体による損害は大したものでは無かった。全体から見れば直接銃撃の被害を受けて倒れたのは精々十騎ばかり。この時代の銃器は威力は兎も角、命中率や射程に難があり、狙いをつけるのは至難の業であった。
しかし、二百以上の一斉射撃の轟音を間近で聞いたことにより、馬たちは恐慌状態となり戦場のど真ん中で完全に立ち往生してしまった。
「まずい!退却だ!」
昌続は即座に退避を命ずる。
だが、その耳は遠くから聞こえる弓鳴りの音を捕らえていた。
「くそっ!今川の奴らめ、贅沢な戦をしやがる。」
戦国時代で最も人を殺傷した兵器、それは刀や槍でも、況してや火縄銃でも無く、弓矢である。
今川家はこの弓矢に大量の人員を動員している。
熟練した弓兵に大量の矢を与え、惜しむこと無く連射させ敵を殲滅する。豊富な資源と経済力を背景としたこの戦法で武田や北条と渡り合い、今川は東海の覇者となったのだ。まさに『東海一の弓取り』の異名に相応しき戦い方である。
雨あられが如く降り注ぐ矢を掻い潜り、昌続達は何とか自軍への退却を成功させる。
今川軍は追撃の姿勢を見せるが、武田軍の後続が側面を狙う動きを見せると無理攻めせずに陣形を固めた。
この初戦による今川の被害は皆無。武田は五十数騎の騎馬隊を失い、結果だけ見れば今川の完勝と相成った。
「いやぁ、申し訳ありません御屋形さま。今川にしてやられてしまいました。」
命からがら撤退した昌続は、傷だらけの風体で信玄の前に現れ敗戦を謝罪する。しかし、その顔に敗者の悲哀の色は一切無く、むしろ今すぐにでももう一戦ヤりたいとでも言うような闘気に満ちていた。
それを見て信玄も思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「構わん。もとより昌続には苦しい役目を与えたのだ。お前は十分役目を果たした。今は傷を癒し、次の一戦に備えておけ。」
「ははぁっ!!」
「勘助、お前は今川の戦法をどう見る?」
「なかなか厄介な手を使ってきましたな。あの轟音を受けては、馬は驚き足を止めてしまいます。動かない騎馬は良い的です。そこを狙い射つのが、敵方の策かと。」
馬は元来臆病な生き物だ。訓練をして慣らさない限り、鉄砲の轟音に怯えて機動力を発揮出来なくなってしまう。
「近づけば鉄砲で足止めされ、そこを弓で射られるか。なるほど、今川にしては良く考えられた策だ。鉄砲に慣れていない我が騎馬隊ではどうしようも無いな。しかしあれ程大量の種子島、いったい何処から入手したのやら。」
「そんな悠長に構えてどうするんですか!?武田の騎馬隊が通用しないんですよ!」
そう悲壮な叫びを上げたのは、信玄の小姓を務める高坂昌信である。元は甲斐の農民の娘だったが、才気とヒマワリのように明るい可愛らしさを信玄に気に入れられ、直属の家臣となった姫武将だ。
「馬を発砲音に慣れさせるのも容易じゃありません!あの種子島が有る限り、完全に手詰まりです!逃げましょうっ!」
涙目になりながら撤退を進言する昌信に、他の家臣たちからは「またか…」という呆れを含んだ言葉が漏れる。
武田四天王に数えられ、信玄も認める武才に恵まれた昌信だが、本質的には気弱で臆病な少女である。何かあればすぐに撤退策を口にする悪癖があった。
いつもの事だと周囲は昌信の言葉を無視する。しかし、信玄だけは昌信の方を見ると大きく頷いた。
「うん。確かにそうだな。一旦引こう。」
「「「「は?」」」」
勘助を除いた家臣たちは皆信玄の言葉に唖然とする。
昌信でさえ自分で提案しておきながら信じられないといった様子で目を丸くしていた。
「おい、なんだその顔は?撤退しようと言ったのはお前だろ。」
「えっ!?いや、はい、確かに逃げた方が良いんじゃないかな、っては思いましたけど……御屋形さま、本気なんですか?」
「ああ、勿論本気だ。あんな飛び道具、まともに相手をする方が馬鹿らしい。」
確かに現状で今川の鉄砲隊を攻略する術は見当たらない。しかし、本当に引いて大丈夫なのか、と家臣たちは不安になる。
そんな家臣たちを安心させるように、信玄は余裕を持った笑みを浮かべた。
「大丈夫。今は時期が悪いだけだ。三、四日もすれば、きっと攻め時が来るはずだ。」
信玄は確信している様子で、そう断言した。
それから武田軍は戦線を僅かに後退させると、陣を構えて今川軍と対峙した。
しかし、それ以降は一切動かず、不気味な静寂を保ち続けた。その様子はまさに『静かなること、林の如く』。侵攻してきているとは思えぬ様相である。
一方で今川軍も動かない。
元より武田軍の侵攻を迎え撃つ立場であり、武田の動きを警戒しながらも自分達から攻める気配は無い。
そうした状況が三日続いた。
だが、開戦から四日目の朝、遂に盤上が動く。
その日の早朝、寝所から起き上がった信玄は空を見上げると、獲物を前にした虎が如く歯を剥き出しにした。
「さぁ、攻め時だ。」
天から落ちる一粒の雫が、信玄の頬でピチャリと跳ねた。
今宵はこれまでに御座りまする。
・馬場信房
別名「馬場信春」。高身長のモデル体型で、喋るのが遅い姫武将。
史実では武田四天王の一人に数えられ、『不死身の鬼美濃』の異名で知られるが、実は44歳でようやく120騎持ちの武将になるなど、出世は遅かったとされる。
また、駿河を侵略した際に今川家所縁の名物や財宝を「こんなもの武田の武将には不要!」と焼却処分した、文化財クラッシャーの一面がある。
・石川数正
久々の登場となった元康の側近。今回初めてセリフがあった。
容姿は少し強面の背の高い男。要するに今年の大河の演者さんである。
一人飯を趣味にしている。
・武田信玄
説明不要の甲斐武田家の御屋形様。キャラ設定的には原作とほぼ同じ。
原作ではあっさりと終わった駿河侵攻であるが、本作では武田家の内部的な問題や、とある天下人の介入により苦戦が確定しているため不憫枠となる。
・山県昌景
武田四天王の一人。低身長であるが武田家随一の武勇を誇り、武田騎馬隊の中心的人物である。
「義信事件」で姉の飯富虎昌が連座した為、飯富家ではなく武田信虎の時代に取り潰された山県家の名跡を継いでいる。
近年武田家の世代交代の波に乗って四天王筆頭にまで上り詰めた勇将であるが、兵の質が低下していることに気付いており憂慮している。
・山本勘助
信玄の軍師を務める隻眼の老人。
史実では川中島の戦いで戦死したと言われているが、原作同様生き残り駿河侵攻にも参加する。露璃魂。
川中島の失策により一部の武将からの信頼を失っており、今回の侵攻では発言は少なめ。同じく参謀の地位にある真田幸綱に自分の役目を移しつつある。
・真田幸綱
信濃小県の国人である真田一族の当主。
一般には「幸隆」の名で知られる事も多いが、その名は晩年に改名したものである。冷静で落ち着きのある老紳士であり、勘助や信玄にも劣らぬ知恵者。
信玄にはかつて所領を他家に奪われた際に取り戻す助力をしてもらっており、その恩から信玄を心棒している。
今回の戦では長女から三女までが従軍している。
・秋山虎繁
牛の如き巨体と勇猛果敢な攻めっぷりで『武田の猛牛』の異名を持つ猛将。その一方で、軍義では一歩離れた位置から冷静に物事を判断する器量もある。
史実では、信長の側室である「おつやの方」をNTRして信長をぶちギレさせた。その結果、おつやの方共々悲惨な最期を迎える事になる。
・高坂昌信
武田四天王の一人。生まれは武家ではなく、農民の家から才能を見込まれ信玄の寵愛(意味深)を受けるに至った武田家一の出世武将。
原作同様何かにつけて逃げるように進言している。
史実では、息子の代で宿敵であった上杉家の家臣になるが、北条家への内通を疑われ家族もろとも処刑される。
・土屋昌続
長篠の戦いで初陣を果たした、武田家臣団では比較的若手の武将。勇猛で信玄の信任も篤く、将来の四天王候補と呼ぶ声もある。
史実では、長篠の戦いで味方を撤退させるべく奮闘し、壮絶な戦死を遂げる。また、弟も所領を失い国を追われた武田勝頼に最期まで付き従い、織田の追っ手を相手に『片腕百人切り』の伝説を残す。
なお、子孫の方が役者となり、映画『風林火山』で昌続役を演じられている。