太閤転生伝   作:ミッツ

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今回から2話に分けて、武田周辺の情勢と他家の反応を描いていきます。
また、今回は大河ドラマネタ多めです。しかしながら、真田家に関しては原作を完全に履修できておらず、Wikiを参考にしつつ大河ドラマのキャラ成分を注入したほぼオリキャラと言っていいかもしれません。どうぞご容赦を。







※注意
本章の『虎殺し編』を描くにあたり、20話での記述と矛盾が生じる箇所を感想で教えて頂きました。
具体的に言えば20話の時点で『松平が浜松まで占領した』としていましたが、その箇所を『一時的に浜松まで占領したが今川と和睦をして三河に撤退した』と変更しています。
読者の方には混乱をさせてしまい、誠に申し訳ありません。


真田家と徳川家の場合

 信濃国小県郡真田郷松尾城。

 この城は、真田幸綱を当主とする真田一族の発祥の地とされ、別名真田本城とも呼ばれている。

 だが、現在その松尾城は揺れていた。

 

 庵原の戦いにおいて、真田家は当主の幸綱、嫡子の信綱、そして次女の昌輝が出陣。武田軍本隊の中核を成していた。

 しかし、武田軍は今川の策略に嵌まり惨敗。

 幸綱は大怪我を負って療養することになり、信綱と昌輝に至っては無念の戦死を遂げてしまったのである。

 突然当主が戦線離脱し、後継者と後継二位が相次いで戦死するという悲劇に見舞われた真田家は、今まさに存亡の危機に立たされているのであった。

 

「というわけで、武藤家に養子に入っていたこの武藤喜兵衛が実家に出戻りし、真田家を継ぐことになりました。名前も真田昌幸と改めますので、どうぞよろしく。」

 

「ええと、これは一応おめでとうございます、で良いのかな?」

 

「良いんじゃないの?良く分からんけど。」

 

 松尾城の奥では、三人の姫武将が話し合いをしていた。

 新たな真田家当主への就任を宣言したのは、幸綱の三女の昌幸。

 元は喜兵衛と名乗っていた彼女は、その優れた才を信玄に認められ、断絶していた武田家に連なる名家である武藤家の名跡を継ぎ、武藤喜兵衛と名を改めた。

 が、実家を襲った苦難に対応すべく、姓を真田に戻して当主に就任する事になったのである。

 

 そして、不安げに当主就任の祝辞を述べるべきか否かを悩んでいるのは四女の信之。

 何も考えていない様子で適当に返事を返すのは五女の幸村である。

 なお幸村は本来、信玄の妹にあやかり『信繁』と名乗っていたのだが、頭の出来があまり良くなく画数の多い漢字を書けないため、勝手に『幸村』に改名したのであった。それで良いのか真田家…

 

「しかし姉上、武田はどうなってしまうのでしょう?信玄公は健在とは言え、武田騎馬隊は壊滅。多くの将が討ち死にするか捕虜となり、甲斐の国は大混乱となっていると聞きますが。」

 

「案ずる必要はありません、源三郎。武田家の要は信玄公。そこが健在なら、いくらでも立て直しは出来ます。武田家は歴史ある名家。浅間の山が火でも噴かない限り、武田家が滅びる事はありません!」

 

「おおっ!!」

 

「……って、言えたら良かったんですけどねぇ。多分武田は滅びますね。」

 

「ええええええっ!!??」

 

「…そりゃ火くらい噴くでしょ。火山なんだから。」

 

 あっさりと武田の滅びを予言した昌幸と、それに驚愕する信之。そして幸村はどこかズレた感想を口にしていた。

 

「そんな驚く事でもないですよ。さっき源三郎が言ったじゃないですか。武田騎馬隊は壊滅、将の大損失、国人達からの信頼失墜。何より先日発表された織田と今川の婚姻同盟。あれに賛同した大名の名を見るに、完全に武田包囲網ですよ。」

 

「つまり、数か国が完全に武田を潰しに来ていると?」

 

「まあそうでしょうけど、正直どこまで武田を追い込もうとしているかは分かりません。そもそも、今回の包囲網の盟主が何処にあるのか?北条が此処まで大胆な策を打ってくるとは考え難いですし、恐らく今川か織田のどちらかですかね。で、そんな事よりも我が家が対応しなければならない直近の問題は、諏訪で起きている一揆です。」

 

 武田家への不満に端を発する信濃の一揆は、旧諏訪領の国人達を中心に瞬く間に広まり、未だ収まる気配を見せていない。

 敗戦のダメージが大きい武田家はこれを鎮圧する部隊を出せず、反乱軍は次々に武田の代官や親武田の国人達の城を落としている。

 

「幸いうちの本拠は一揆が起きてる場所から離れてるので、今のところ目立った影響は出ていません。しかし武田が今回の一揆に対応しきれていない様子を見る限り、この動乱はしばらく続きます。そうすると、今後間違いなく他国からの干渉が有るでしょう。」

 

「その予想、間違っていないですぞ。」

 

 不意に若い男の声が部屋に響く。

 現れたのは昌幸とよく似た顔立ちの少年。昌幸の弟であり、信之たちの兄である真田信伊である。

 

「あれ?信伊の兄上じゃん。居たんだ。」

 

「今帰って来たところだ、源次郎。人を影が薄いみたいな言い方をするな。姉上、信濃の国境の調査を完了しました。」

 

「ご苦労様、信伊。で、首尾は?」

 

「やはり松平が国境付近に兵を集めている様子。織田と今川は特に動きなし。北条は上野方面に兵を動かしているという噂が。で、上杉は何と言いますか…」

 

「上杉が何か?」

 

「国人達は今こそ武田を攻めるべきと声高に叫んでいるのですが、上杉謙信は「今の武田を攻めるは義に反する。」とごねているようでして。」

 

「…相変わらずですね。越後の軍神様は。」

 

 傷付いた者を攻めるのを良しとしない謙信の行動に、昌幸は呆れ半分にホッと息を吐く。

 

「正直助かりました。この状況で上杉に攻められたくはなかったですからね。しかし松平の行動が早いですね。今川と和睦してから大して時間を空けず、今度は南信濃へ侵攻の構えを見せるとは。これは大分前から計画してたんでしょうね。」

 

「今川はどうして動かないのでしょう?今ならば武田領に一気に攻め入る好機でしょうに。」

 

「ああ、それはですね、今川も少なくない被害を受けているからです。確かに武田騎馬隊は壊滅しましたけど、山県昌景様が決死の突撃で活路を作り、馬場信房様が殿役の務めを果たし、追撃してくる今川軍に損害を与える事に成功したんです。ついでに私も、追撃部隊に対して何回か突撃を敢行してますから、十分役目は果たしてますよ。」

 

「何の自慢ですか…でも理解出来ました。今川は武田に勝利したけど、損害が大きくすぐに行動に移せない。織田が動かないのは、今川との婚姻と上洛の準備でですか?」

 

「多分そうですね。恐らく織田は、武田の始末は松平と今川、そして北条に任せるつもりなんでしょう。武田が潰れれば、背後を気にする必要が無くなり、西に集中出来ます。」

 

「と、するならば、真田はいったいどのように動くべきでしょうか?」

 

 信之が姉の顔色を窺いながら尋ねると、昌幸は顎に手を当て地図を広げた。

 

「まず、前提として武田家は頼りにならないと考えておきましょう。ですが一揆衆への対応としては、真田家単独では正直厳しいですね。」

 

 庵原での損害が痛すぎます、と昌幸は嘆く。

 

「では、他の小県衆と連合を組むというのはどうでしょう?」

 

「それならば何とかなるかも知れないけれど、室賀辺りが「なんで真田が連合の盟主のような振る舞いをするのか!」って、文句言って来そうなんですよねぇ。纏まりを欠いた連合なんて、率いたくありません。」

 

「ああ、確かにあの御仁なら言って来そうですね。」

 

 室賀家は真田家と同じく小県郡に属する小領主であるが、領地が近いせいか昔から両家の間では小さな諍いが頻発していた。

 特に現当主の室賀正毅は、昌幸の同世代で幼い頃から昌幸の事を激しくライバル視しているのである。

 

「ならば、武田に代わる新たな後ろ楯を得る必要がありますな。北条ですか?」

 

「そうですね、信伊。今川とは縁が切れましたけど、一応まだ武田と北条の同盟関係は続いています。そこを上手く利用して、北条に近づいてみましょうか。」

 

「では早速、北条氏康に臣下に加えて欲しいと書状をっ!」

 

「焦っちゃ駄目ですよ、源三郎。そんな事をしたら、真田家は簡単に主家を見限る薄情者って見られちゃうじゃ無いですか。北条に対しては、武田家の名代として一揆鎮圧の助力を乞う形で接触しましょう。その際、信伊が集めた一揆衆の状況や他国の動きを然り気無く伝えて下さい。そうすれば、信濃を治めるのに真田は使えると、北条に思わせる事が出来ます。」

 

「あの、姉上、武田の名代とするならば、信玄公へ伺いは…」

 

「そんなもん取らなくて良いです。どうせ武田はそれどころでは無いでしょうし。何か言ってきても、御家の危機を救うためだって、誤魔化しましょう。」

 

 あっさりと言いきった昌幸に、信伊と信之は「ああ、姉上は本気で武田を見限ったんだな。」と理解した。

 

「兎に角、事は慎重に、然れど迅速に動きますよ。信伊、源三郎と協力して北条への書状を造って下さい。北条に降るにしても、こちらから進んで傘下になるのではなく、あくまでも北条からの調略を受けて仕方なく北条に降ったという形にしなくてはなりません。なのでなるべく、向こうが真田に興味を持つような内容で。」

 

「「はっ!」」

 

「源次郎は一揆勢への対処を。子飼いの忍達を使って、一揆勢が真田郷に来るのを遅らせて下さい。」

 

「分かった!松平が攻めて来るぞって、噂を流しまくれば良いかな?」

 

「はい、それが良いですね。面倒な相手は、よそ者に任せましょう。」

 

 昌幸は幸村の提案を快く了承する。

 すると信之が、何か思い出したように手を上げる。

 

「姉上、松平が侵攻を開始し、それを武田が阻めない公算が高いなら、北条と同様に松平にも接触するというのは如何でしょう?決して損は無いかと思いますが。」

 

 松平からすれば、侵攻先の現地協力者というのは絶対に必要な筈である。ならばいっそのこと、松平とも縁を繋いでおくのも悪くないと思い、信之は提案した。

 

 しかし、信之の予想に反して昌幸は酷く渋い表情を作った。

 

「ああ、松平ですかぁ…」

 

「あ、姉上、何か私の案に不味い点がありましたでしょうか?」

 

「いや、不味くはありません。松平が来るのが分かっているのなら、敵対するか協力するか判断するためにも、早い内に接触する必要がありますねぇ。」

 

「でしたら何故、そんな渋い表情を?」

 

「…松平元康って、なんか私と相性が悪い気がするんですよねぇ…」

 

「…は、相性?」

 

 思わぬ姉の返答に、信之はポカンとしてしまう。

 

「ええと、姉上って松平元康と会った事ってありましたっけ?」

 

「ありません。でも、松平家って胡散臭いじゃないですか。先祖が狸だったなんて、そんなわけ無いでしょ。なのに当主は狸耳と尻尾を着けなければならないとか、意味が分かりません。あと噂じゃ松平元康は、苦労人で誠実な穏やかな姫武将って聞きますけど、絶対に本性は腹黒いですよ。とても信用できる人間じゃありません。」

 

「「「(いやそれ姉上が言いますかっ!?)」」」

 

 自分達が知る限り最も胡散臭く腹黒い人物による元康評に、三人の心が一つになった。

 もしかして同族嫌悪か?とも思っていた。

 

「まぁ、取り敢えず優先するのは北条です。松平はその後って事で、良いですね?」

 

「「「あっ、はい。」」」

 

「うんっ!それじゃあ皆、ここからが正念場ですよ。真田家の存亡を掛けた、大博打の始まりですっ!」

 

 どこか高揚した様子で、真田昌幸は弟妹達へ宣言する。

 斯くして、戦乱の世を大いに引っ掻き回す、一隻の船が出港した。彼の船が如何なる旅路を辿り、どの様な結末を迎えるのか、今はまだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 遠江国引佐郡、現在の静岡県浜松市北区引佐町に井伊谷という場所がある。

 この地を治めるのは、藤原北家の後裔を名乗る井伊氏。

 井伊氏は平安時代の遠江守藤原共資の養子である井伊共保を始祖とし、五百年以上にも渡って井伊谷の領主として統治してきた歴史ある家である。

 しかしながら、近年は今川家の圧力を受け膝を屈し、さらに今川家に従って桶狭間の戦いに参戦したところ、当主を含めた一族が多く戦死するなど混乱が続いている。

 そうした中で新たな当主として井伊家を率いるのは、先代当主井伊直盛の甥にあたる、井伊直親である。

 文武両道、眉目秀麗と称される若当主である直親は、難事多き井伊家を救いし才人として、一族から多大な期待を受けていた。

 

 しかし、そんな直親は現在、絶体絶命に危機に瀕していた。

 

「………」

 

「……さて、申し開きを聞きましょうか、直親殿?」

 

 浜松城の応接間に、石川数正の冷たい声が響く。

 それを受けた直親の顔は蒼褪め、額からは汗をダラダラと流している。

 直親は思わずゴクリと唾を飲み込むと、伏せていた視線をチラリと上に向けた。

 その先には、上座に座った松平元康が、感情の読めぬ顔でじっと直親を見つめている。

 

「どうしました?聞こえなかったのですかな?申し開きを聞きましょう、と言ったのです。」

 

 数正はそう言うと、直親の前にズイと書状を押し出す。

 それは、直盛の名で武田宛に出したもの。武田が松平を攻めた際には、武田側に寝返る事を了承する旨を告げるものであった。

 

「予め言っておきますが、言い逃れは出来ませぬぞ。貴様らが最初から武田に繋がっていた証拠は、全て揃っている。やはり謀反人の血は争えぬものだな!」

 

 数正は怒気と蔑みを込めながら直親を追求する。

 直親は何も言えず、顔を伏せて震える他無かった。

 

 直親の父である井伊直満は直親が子供の頃、当時今川と対立していた北条を駿河国に誘致し、その混乱の隙に井伊家を独立させようと企てた。

 しかし、この企みは家臣の密告により今川の知る所となり、直満は謀反人として処断された。

 直親もまた、謀反人の子として命を狙われたが、一族の手により信濃に逃がされ命拾いをした。

 その後、三国同盟が締結されると恩赦が出され直親は井伊谷に帰郷するのだが、逃亡中の直親を匿っていたのが他ならぬ武田家臣の家。即ち、直親と武田家には元から深い繋がりがあったのである。

 

「どうした、何か申す事は無いのかっ!?」

 

 一言も喋らず顔を俯けるばかりの直親の態度に痺れを切らし、教正も珍しく怒声を飛ばす。

 すると直親は、どこかか覚悟を決めた表情を作ると、手を床に着き元康に向かって頭を下げた。

 

「申し開きようも御座いません。全てはこの直親の浅慮によるもの。然らばどうか、我が首を以て謝罪と致しとう御座りまする。」

 

 ここに至って直親も腹を決めた。

 裏切りの証拠が元康に握られている以上、血を流さずに事を治める術などない。

 ならば一族の出血を最小限に抑えるため、最も価値のある首を最初に出さねばならぬ。

 そう考え、すぐに実行出来るくらいには、井伊直親も戦国の小領主の気概を持ち得ていた。

 

 そんな直親に元康は無言で近づくと、膝を附いて直親の方に優しく手を置いた。

 

「…そう思いつめないで下さい、直親さん。直親さん達のお気持ちは良く理解できます。当主たるもの、第一に考えねばならぬのは御家の存続。直親さんは必死に井伊家を生き延びさせる方法を考え、実行に移しました。それを否定する事は、同じ当主として出来ません。」

 

「っ!?元康様っ!!」

 

 直親がハッと顔を上げると、元康が慈愛に満ちた表情で微笑んでいた。

 しかし、そこに待ったをかける声が上がる。

 

「しかし姫様、この者が裏切りを画策していたのは事実。これを御咎め無しとすれば家臣に示しが着きませぬぞ。」

 

「だからと言って殺せばいいと言うものでもありません。裏切ったのであれば、その裏切りを覆すだけの忠節を示せば良いのです。直親さん、これから我らには多くの戦場が待ち構えています。そこで忠義の証を立てる覚悟はありますか?」

 

「ははぁっ!!願っても無い事に御座いますっ!これよりこの井伊直親、いやっ、井伊一族一同、松平様こそ唯一の主と定め、天地ある限り誠の忠義を捧げ続ける事を誓いまするっ!!」

 

「わぁっ!!ありがとう御座います、直親さんっ!これから共に手を携え、一緒にこの家を盛り立てていきましょう!」

 

 直親の宣誓に感激した元康は、その手を握って感謝の意を述べる。

 これには直親も感激せざるを得ない。薄汚い裏切り者として首を切られるのを覚悟していたのに、一命を助けられるどころか、忠義を示す機会さえ与えられたのだ。武士としてこれ以上に無い褒美とさえ言えた。もはや直親の心に、一点の曇りも無くなっていた。

 

「うん、それじゃあ直親さん、直親さんの御子さんは我々で預かりますね!」

 

「………え?」

 

「確か虎松君でしたっけ?大変利発で元気な子だと聞いていますよ。きっと将来は父親に似て良い武将になるだろうとも。」

 

「あ、あの、元康様。虎松はまだ小さく、家から出すのはその…」

 

「…あれ、もしかして嫌でした?」

 

 直親の言葉に、元康は困惑した様子で首を傾げる。

 その瞬間、直親は不安そうにする元康の瞳の奥に殺気を感じ、息を呑んだ。

 同時に理解する。自分は既に試されているのだと。

 

「…松平様のところであれば、虎松を安心して預けられまする。どうぞ、我が最愛の愚息、存分に鍛えて下され。」

 

「はいっ、勿論です!直親さんの御子息は、御父上を超える立派な武士に育てて見せますので、安心してくださいね。」

 

「…ははぁ。」

 

 満足そうな元康の言葉に、直親は静かに頭を下げる他無かった。

 すると部屋の襖が開き、戦装束の酒井忠次が元康の元で膝を附いた。

 

「姫様、飯尾家を攻める準備、万事完了いたしました。」

 

「ああ、そうですか。ならば私も早く準備しなければなりませんね。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!飯尾家を攻めるなど、そんな、なぜ!?」

 

 元康たちのやり取りを聞いた直親は、慌てた様子で問い掛ける。

 飯尾家は西遠江の南を治める国人衆であり、井伊家とも関わりの深い小領主である。

 そして、直親と同じく武田家の調略を受けた国人の一人でもあった。

 

「実はですね、飯尾家にも申し開きの場を用意しようと呼び出しをしてたんですけど、直親さんと違って無視されちゃったんですよ。もしかしたら、呼び出されてそのまま殺されるんじゃないかって思っちゃったのかもしれませんねぇ。」

 

 元康は心底残念という風に頭を横に振る。

 そうして不意に、直親の目を真っすぐに見つめた。

 

「そんな風にされたら、もう潰すしかないじゃないですか。井伊家は忠節を誓ったのに、それすらしない飯尾を赦したら、流石に示しが着きません。直親さん、早速ですけど城に戻って戦支度を。飯尾家攻めの先鋒、貴方達に任せます。」

 

 感情の計り難い表情で命ずる元康に、直親は米神から汗を流す。

 自分たちは本当にギリギリのところで生存を許されたのだと、改めて理解できた。松平元康がただ優しいだけの姫武将ではない事も。

 彼女もまた、織田信奈と同じく戦乱の世を男顔負けに逞しく、そして強かに生き抜かんとする戦国大名であった。

 

「ああ、そうだ。直親さんに一つお伝えすることが。この度私は朝廷への忠節が認められ、三河守の官位を送られる事となりました。そこで松平の家名を『徳川』と改め、元康の名を『家康』に改めました。なので今後は、『徳川家康』って呼んでくださいね。」

 

「…はっ、承知仕りました。家康さま。」

 

 直親はこの時初めて、真の意味で『徳川家康』に平伏したのであった。

 

 

 

 

 その後、軍を編成した徳川家康は、井伊家を先鋒として飯尾家の城を強襲。

 飯尾家は果敢に抵抗するが、この時周囲の国人達は殆ど徳川に膝を屈し、頼りにしていた武田の援軍は敗戦の影響で期待できず。何とか仲裁をしてもらおうと、恥を忍んで旧主の今川氏真に手紙を送るが、氏真はこれを黙殺した。

 万事休した飯尾家の当主は、『松平元康』に対して降伏の使者を出すが、松平元康なる者はここにいないと突っぱねられる。

 そしてその直後、城に対して一斉攻撃が行われた。当主のみならず一族の者は悉く討ち取られ、飯尾家の名は西遠江から消え去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした皆さん~。これで西遠江はひとまず安泰ですね~。」

 

 その日の晩、家康は部屋に家臣たちを集めて戦の労をねぎらっていた。

 集められたのは忠次や数正といった近しい家臣達ばかりであったが、その中に一人、徳川家臣ではない陰気な男がいた。

 

「小野さんも本当にご苦労様でした~。貴方が半蔵さんに例の書類を届けてくれたおかげで、武田に内通していた国人達が手早く見つけ出せましたから~。」

 

「…勿体無きお言葉です。」

 

「だからこそ、小野さんには何か褒美の品を送りたいんですけど~、何が良いですか~?」

 

「…主家を残していただいた以上、某に望むべく事は無く、お気持ちだけ有難く頂戴いたします。」

 

「…ふふふ、井伊家は本当に良い家臣を持ちましたね~。」

 

 褒美を受け取り拒否されたのにも関わらず、表面上は家康も機嫌よさげに振舞う。

 その視線上にいる小野という男は、目の前に出された酒には一切手を付けず、家康に向かって小さく頭を下げるのみであった。

 

 この小野という男、名を政次と言い、井伊家で家老職を長年務めてきた小野家の現当主である。

 直親と同世代でもある政次は、浜松城まで進軍しながらその後一切の動きを見せない家康の動きに不穏な物を感じ、今川に潜らせていた自分の家臣から今川の動きを報告させ、家康と氏真が裏で繋がっていることを直感した。そしてすぐに服部半蔵に接触すると、井伊家をはじめとした西遠江の国人達が武田と繋がっている証拠を渡したのであった。

 

「でも驚きましたね~。自分が主人を殺しても構わないから、主家の存続だけは認めて欲しいっていう家臣がいるだなんて~。」

 

「………」

 

「安心してください~。貴方がいる限り、徳川は井伊家を信頼することが出来ます~。幸い直親さんも、必要な場で必要な決断を下せるくらいには情勢を見極められるみたいですしね~。今後とも、いいお付き合いをしていきましょう~。」

 

「…はっ、篤く御礼申し上げまする。某は、家中の統制がありますのでこれで。」

 

「はい~、直親さんにはよろしくお伝えください~。」

 

「…失礼仕る。」

 

 政次は表情を崩さぬまま、家康に頭を下げると部屋を出ていった。

 その後姿に厳しい視線を送っていた忠次は、渋面になり舌打ちをする。

 

「チッ、腹の底が知れぬ男だ。姫様、くれぐれも政次の事、信用為さりませぬよう。」

 

「はい~、分かってますよ~。あの人は何だかんだで井伊家第一の人みたいですからね~。ただ~、井伊一族の大半が反今川だった中、親今川を貫いた人でもありますからね~。家中では大分煙たがれているみたいですね~。」

 

「何でも現当主の直親の父を今川に売ったのは、政次の父であったそうな。親子二代に渡って主君を売るとは不忠の極みと言いたいところですが、当時の情勢を推し量るに主家存続を第一に考えた末の行動と言えるかもしれませぬな。此度と同様に。」

 

 井伊家の歴史を思い出しながら数正が話せば、他の家臣団は何とも言い難い表情となる。

 犬のように忠実と言われる三河武士であるが、家康の父と祖父の間に行き違いを抱えた末に、それを信奈の父親の信秀に利用される形で主君殺しを成してしまっている。

 主君を殺してでも家を残さんとする政次の行動には、共感と反発の両方を覚えてしまうのであった。

 

「今後は氏真さんとも仲良くしていかないといけませんね~。吉姉さまは武田領の切り取りは私達に任せてくれますから~、準備が出来次第信濃の切り取りを始めましょう~。皆さん、期待していますよ~。」

 

「「はっ!!」」

 

 家臣たちの勇ましい返事に満足し、家康は徳川家の未来を想像し満足げに頷くのであった。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座りまする。




・真田昌幸
 真田家に出戻って来た幸綱の三女。知能全振りを自称する現時点でのアンチ徳川筆頭。恐らく今後家康とのあれやこれやは今後描かれる模様。
 全体的に草刈成分多めだが「イモト~」とは多分言わない。

・真田信之
 真田家の誇る寿命全振り四女。何かとやらかす姉と妹に挟まれているせいか影が薄いように言われているが、本人も中々に濃いキャラをしている自称苦労人。
 キャラの参考にした大河ドラマの影響で大泉成分多め。昌幸と違い「だるまを乗せてウィリー」「めっちゃ時間を掛けてパイを作る」「黄色くて丸いイカしたあんちくしょうをボコボコにする」等の場面は描くかもしれない。
「こらぁ拉致だよぉぉ」!!

・真田幸村
 まだ暫くは目立つ機会は少ない真田家五女。考える事を放棄した脳筋で、堺成分はほんの僅か。史実同様、本格的に活躍するのは大分後になる予定。
 「倍返し」が得意かもしれない。

・真田信伊
 昌幸の弟にあたる真田家の長男。真田本家唯一の男子であるが、姉昌幸の実力を認めており、主に裏方として姉を支える。
 史実だと昌幸たちとは途中で別路線を行き、徳川家臣として家を存続させた。

・井伊直親
 武田に留学後井伊家当主に就任した若手武将。頭も回り、武勇も一介の武将を超える物が有るが、経験不足から詰めが甘い部分も多く、一族や家臣たちを完全に掌握するに至っていない。武田と通じたのも、一族達からの強い要望を抑えきれなかったからである。
 とは言え、領主として井伊家を導くだけの気概は有り、場合によっては自分の首を交渉台の上に差し出すだけの覚悟もある。
 史実だと徳川との内通を今川家に疑われ、暗殺される。

・小野政次
 井伊家に仕える小野家の当主。直親とは幼馴染で友人だったが、主家を守るという家臣の役目と、直親との友情との間に板挟みになりながらも役目に殉じる覚悟を持つ。いざと成れば自分の命は勿論、主君の命も交渉台に載せれる。
 史実では長らく井伊家で専横を振るった奸臣という評価だったが、『女城主 直虎』では新たな解釈で準主役的な活躍を見せた。『嫌われ鶴の一生』の回は涙必至。本作でも一生成分強めである。
 
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