太閤転生伝   作:ミッツ

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今回から上洛編です。
なお、今回登場するオリキャラはかなり作者の遊びが盛られています。


湘南から来た男

 月明かりの無い新月の夜。

 京の街並みが闇夜に包まれる中、とある屋敷で二人の人物が密談をしていた。

 一人は如何にも貴族とでも言うような姿格好で、白粉に紅を差した男。

 もう一人は、格好こそ男性の貴人であるものの、どこか女性的な妖艶さを感じさせる中性的な人物である。

 

「しかし、よもや今川義元が再び上洛の軍を起こすとはのう。以前の上洛の際は折角準備しておったのに全部無駄になったでおじゃる。今度は前回のようにはならんで欲しいでおじゃるな。まあ所詮織田の神輿でごじゃろうが。」

 

「ハハハ、前久様にはうちの従姉が御迷惑をおかけします。あれで礼儀作法はしっかりと身に付けてはいてはるさかい、どうかご容赦を。」

 

「言継殿、言葉が崩れておじゃるぞ。そなたも内蔵頭でおじゃる。言葉遣いに気を配るでおじゃる。」

 

「いやぁ、申し訳あらしまへん。何分下賤な産まれでして。こうして心赦せる相手と酒席を共にすると、どないしても素の言葉ちゅうのが出てまいまして。従姉共々、ご容赦を。」

 

 そう言うと、山科言継は近衛前久に酌をする。前久も苦笑いを浮かべながらも注がれた酒を舌の上で転がした。

 

 近衛前久は、日ノ本における政の中心たる『やまと御所』において、象徴たる『姫巫女』に仕える最上級職に当たる『関白』を務める公家の頂点。

 そして山科言継は、朝廷の財政を掌る内蔵頭。

 まさしく、京の都における最高権力者とも言える二人が、この日は頭を揃えて酒宴をしていた。

 

「麻呂が言える事ではないでおじゃるが、本当に言継殿は公家らしくない公家でおじゃるなぁ。」

 

「ハハハ、うちなんて元は運よう家名を継げただけに過ぎしまへんさかい。子供の頃は半ばほったらかしどした。普通やったら他の家に養子に行くか、下野して薬売りにでもなるのが関の山どす。」

 

 製薬業を家業とする山科家に生まれた言継だったが、母親は正室ではなく、宮中に仕える女官の中でも特に身分の低い女嬬(掃除等の雑事をこなす下級女官)であった。

 その為、子供は母方の実家で養育するというのが習わし有るの公家にあって、言継は宮中よりも市井に近い場所で養育された。当然ながら、後継ぎからは完全に外されていた。

 ところが、山科家には家名を継ぐに相応しい後継ぎが中々現れず、先代当主で言継の父の山科言綱は自身の後継者に大いに頭を悩ませることになる。

 そんな中、元服した言継は宮中に出仕するようになると、製薬のみならず有職故実や楽器の演奏、和歌や蹴鞠など多彩な才能を発揮し出来人として知られるようになった。

 その噂を聞いて言綱の後継者に言継を推挙したのは、他ならぬ言綱の正室の黒木の方である。

 今川義元の母、寿桂尼の姉でもある黒木の方の推薦を受け、言綱も言継への家督継承を決心し、晴れて言継は山科家の家長になったのであった。

 

 家長就任後、宮中の財政を統括する役職に就くと、逼迫した朝廷の財政を改善するべく言継は資金の捻出に奔走する。その際最大の資金源としたのは、各地の大名からの献金である。

 市井に近い場所で育ったお陰か、言継には公家に有りがちな尊大な態度が無く、むしろ気さくで好奇心旺盛な性格で多くの武家を訪問し、各家から献金を募る事に成功していた。

 

「しかし紆余曲折あったとはいえ、こうして京の都に今川義元を迎え入れる事になるとは。何とも数奇な運命でおじゃるな。」

 

「そうどすな。まあ、元を正せば義輝はんがやらかしてくれはった事が今日まで響いたとも言えますし、素直に喜んでええのか悩ましいですけど。」

 

「ああ、まったくでおじゃる。義輝の奴め。異国でさっさとくたばってしまえば良いでおじゃる。」

 

 前将軍足利義輝に話題が移った途端、前久と言継の口から辛辣な言葉が出る。

 前久や言継にとって、前将軍・足利義輝は浅からぬ因縁のある人物である。

 

 応仁の乱以降、幕府の権威は大いに衰退し、細川家の専横や三好家による下克上を許すなど、京の情勢は混迷を極めていた。

 そうした状況下で前久を始めとした公家達も何もしていなかった訳では無い。

 自分達にとって最大の武器である権威と正統性を以て、何とか京の動乱を治める事の出来る人物を招致しようと奮闘したのだ。

 その結果、上杉謙信の上洛など一定の効果を上げたものもあったが、根本的な改善に至る事は出来なかった。

 

 そうした中で、十二代将軍・足利義晴から将軍職を引き継いだのが義輝である。

 朝廷の公家達は、当初若い将軍に少なからず期待していた。

 義輝の父、義晴は時の権力者である細川晴元と対立し、何度も京を追放されながらも朝廷と親密な関係を築く事で廃位を免れ復権を目指した強かな人物であった。

 そんな父から将軍職を継いだ義輝もまた、足利将軍家の権威復興に気概を見せており、武勇においても塚原卜伝から指導を受け直弟子である。足利幕府を立て直すのに相応しい人物だと、この時は思われていた。

 しかし、義輝はその期待を悪い意味で裏切ってしまう。

 確かに義輝は幕府の復興に意欲的な人物だった。

 だが、それ以外には余りにも無頓着で浅慮が過ぎた。

 

 将軍に就任した義輝は先ず、これまで長きに渡り父、義晴と敵対していた細川晴元と対決姿勢を見せていたが、晴元の家臣である三好長慶が台頭し、遂には晴元に対して反旗を翻して京の荘園を次々に占領すると、義輝は晴元と和睦し長慶と敵対した。

 義輝は晴元の他に六角氏からの支援も受けて三好を攻撃するが、四万の大軍勢を前に敢え無く敗退してしまう。

 因みにこの時、六角氏は連合軍の敗退を予測した浅井家により領地の一部を奪われている。

 

 三好の力を目の当たりにした義輝は、この後何度も刺客を送って長慶を暗殺しようとするが、松永久秀を始めとした三好家臣団の奮闘によりいずれも失敗に終わる。

 そうした状況を鑑み、晴元を重用して長慶と敵対しても益が無いと判断し、義輝は長慶と急速に和平を結んだ。見捨てられた晴元は若狭に逃れる他無かった。

 

 ようやく情勢が安定するかと思ったが、この頃から義輝は幕府復興により先鋭的な動きを見せ始めた。

 手始めに、鉄砲の火薬となる硝石を南蛮人から輸入しやすくするために、京でのキリスト教の布教活動を許可した。

 しかしこれは、大名がキリスト教に改宗した地域でキリスト教徒により神社や寺が打ち壊されている噂を知り、「都でのキリスト教の布教活動は慎んで欲しい」とした姫巫女の意向を完全に無視する物であり、朝廷の顔に泥を塗る様なものであった。

 さらには、幕府の資金獲得の為に山科言継を始めとした公家の家領を強引に占拠するという事件を起こした。これには言継も激高し、前久と共に姫巫女に訴え出て義輝の命令を撤回させる事態に至った。

 こうした朝廷軽視の義輝の行動は公家たちからの評価を著しく下げるに至り、長慶の死後に三好三人衆によって国を追われた際には、「当然の結果」と断じる者もいた。

 後年、織田信奈も朝廷を蔑ろにする義輝の姿勢には苦言を呈していた事が『信奈公記』に記されている。

 

 

 

「義輝には長期的な戦略眼というのが欠けていたでおじゃる。或いは、将軍の言葉には誰も逆らえぬという驕りがあったのかもしれないでおじゃるなあ。」

 

「要は調停者としての将軍の役割をちゃんと理解してへんかった訳どすなぁ。ふん。ざまぁあらへん。そやけど、あの後の一悶着も大変どしたなぁ。」

 

「うむ。三好の奴らは直ぐに自分たちの手元にいた足利義栄を傀儡の将軍にするべく朝廷に迫って来たでおじゃる。義輝の朝廷での評価は兎も角、将軍を追放した三好の遣り口には批判的な公家も多かったでおじゃる。だからこそ、今川義元の上洛は渡りに船だったでおじゃる。」

 

「ほんまどすね。今川はんは足利将軍家の正当な連枝。しかも三国同盟により両翼を武田と北条に支えられてる状況どしたさかい、なんぼ三好でもこれに対抗することは出来へんかったやろうな。」

 

 今川義元の上洛、これに心を踊らされていたのは三国同盟の関係者だけではない。

 将軍を追放したことにより朝廷や全国の武家だけでなく、世間一般からも悪感情を持たれるようになった三好家。それが天下を掌握し続ける事を良しとしない風評が京に蔓延していた。

 そこに現れた義元上洛の知らせは、状況を一気に打破する希望となっていた。

 義元の親縁でもある言継は、親しい前久に働きかけて上洛後の準備を推し進めた。

 前久も乗り気になり、姫巫女に申し出て上洛後速やかに義元を将軍とする宣下の約束を取り付けた。

 

「からの桶狭間でおじゃる。いったいどうしてああなったでおじゃるか…」

 

「あの時ばっかりは、開いた口塞がらしまへんどしたなぁ」

 

 この件に関して何より前久たちにとって致命的だったのは、三好家に対して付け入る隙を与えてしまった事である。

 三好もまた、義元が上洛するという情報を聞きつけると警戒して一時京から後退したが、桶狭間の戦いを知るとすぐさま京に上って前久達に義栄の将軍就任をより強く主張した。

 前久はこれを撥ねつける事が出来ず、足利義栄の将軍宣下を取りなす他無かったのだ。

 

「義栄の将軍就任を後押しした以上、義元が上洛を成功させれば麻呂の立場は危うくなるでおじゃる。とはいえ、後方の徳川と今川、更には北条を味方に付け、武田という後憂を排した織田の進軍を止めるのは難儀するでおじゃろう。故に、麻呂は暫く京を離れようと思うでおじゃる。言継殿、麻呂がいない間の諸事は任せたでおじゃるよ。」

 

「はい、任せとぉくれやす。前久様がいつ戻られてもいけるように、諸問題については片づけておきます。」

 

「ほほほっ!頼もしいでおじゃるなぁ。そういえば、言継殿は以前織田家にも行っておったでおじゃるか?」

 

「ええ。楽奉行として、和歌や蹴鞠の指導に行ました。当時はまだ、信秀殿御存命どしたなぁ。あの時は姫巫女様の即位式の献金をたんまりと戴けましたわぁ。」

 

「ほう。ではその時、織田信奈とは会ったでおじゃるか?」

 

「信奈殿どすか?」

 

「此度の上洛、絵図を描いたのは間違いなく織田信奈でおじゃる。今の内から少しでも情報を集め、備えておくのが賢明でおじゃる。」

 

 前久の瞳には、歴戦の戦国武将にも負けず劣らずの鋭い眼光が宿っていた。

 前久という男は五摂家筆頭という名門中の名門に生まれ、当代屈指の文化人でありながら、朝廷の権威復興の為に身を投じ、日本各地の大名家を歴訪した活動家でもある。

 混沌とした乱世から日ノ本の象徴たる『姫巫女』を救う為には武家の力が必要だと判断すると、馬術や鷹狩りなどの武芸を極め、それを以て大名家との縁を繋ぎ、これまでに多くの大名と協力関係を築いてきた。

 その前久が、織田信奈は果たして朝廷の為になるかを問うている。

 それを受けた言継は盃を置き、表情を消して前久を見た。

 

「正直に申しまして、うちは織田信奈ちゅう人物とはそない多う接してまへん。ただ、僅かながらに接した印象と、これまでに彼女為した事から鑑みるに、織田信奈ちゅう姫武将は劇薬どす。」

 

「劇薬…でおじゃるか…」

 

「薬ちゅうものは用法容量を誤ったら容易に毒になります。特に効き目のええ薬ほど、転じた時は致命的な毒となります。あらそないな類の姫どす。ただ…」

 

 言継は一瞬だけ目を伏せると、身を乗り出して前久の目を真っすぐに見返した。

 

「都が乱世もいう病を抱えてもう百年近う。治すんやったら、ええ加減思い切った薬を処方するべきかと。たとえそれに、多少の毒が有ったかて。」

 

 言継の話に聞き入った前久は、無表情のまま思案する。

 やがて手にした盃を一気に呷ると、腹の底から大きく息を吐いた。

 

「織田信奈、薬となるか、毒となるか、使い手次第という訳でおじゃるな。」

 

 静かに前久はそう呟いた。遠く、闇夜の向こうから、獣の遠吠えが長く続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織田と今川の婚姻同盟、そして今川義元の上洛が宣言されてから早一月。

 関東では武田家の同盟破りに端を発した一連の動乱が、武田信玄の隠居を以て一段落し、今川と北条を中心として新たなる秩序体制が築かれようとしていた。

 

 一方織田家でも、先に宣告された上洛と婚姻の準備に上と下も大騒ぎであった。

 上洛については言わずもがな、動員する兵力とそれに伴う兵糧や各物質に係る予算の計上に始まり、行軍予定の作成に道中の大名家への布告、参加人員の選出や荷駄役の手配等、事前準備だけでもとんでもない数の仕事がある。

 加えて婚姻に関しても、織田家と今川家の親密な関係を広く知らしめる為に、婚儀は京の都で執り行う事が決まったのであるが、そのための場所の選定や、公家やら京商人への根回し等、外向きの諸事が山ほど有る。

 

 それでも織田家臣団は、ここが踏ん張り所と奮起し、膨大な諸事を気合いと根性で乗りきった。幸いにも美濃を治める為に連日連夜書類作業に立ち向かった経験が、この時ばかりは大いに生きた形になったのだ。

 

 そうしていよいよ上洛の軍を立ち上げようとしている最中、相良良晴は織田家本拠、岐阜城の台所にいた。

 無論、決して上洛準備から外されたという訳ではなく、本日岐阜城に到着する客人を接待する役目を信奈から仰せつかったからであった。

 

「おーい、具房。料理の準備は出来てるか?」

 

「はいっ、良晴様!先ほど味見しましたけど、最高に美味しかったです!きっと御客人も満足してくれるでしょう。あっ、でももう少し工夫したら更に美味しくなるかも。もう一度味見して…」

 

「こらこらこらっ!味見し過ぎて折角の料理が無くなるなんてのは勘弁しろよな。」

 

 よだれを垂らす具房を、良晴は苦笑混じりに嗜める。

 

 この具房という男、生まれは伊勢を長きに渡り支配してきた伊勢北畠家であり、父親は伊勢国司の北畠具教という正真正銘の日ノ本随一の名家の御曹司である。

 それがどういう因果か、伊勢国司たっての希望で良晴の家来に成り、今では台所番として毎日料理に腕を振るっている。

 正直良晴もそれはどうなのかと、思わず首を傾げてしまうのだが、当の本人は元から食べることも作ることも好きな料理道楽であり、周囲を気にせず大手を振って趣味を仕事に出来る現状に大変満足している。

 最近では、良晴から聞いた未来の料理を何とか再現出来ないかと奮闘しており、良晴もそれで戦国時代の食料事情が少しでも改善できればと、認めるようになっていた。

 

 そうして良晴が具房の作った料理を確認していると、台所の戸が開いて逆立てた特徴的な口髭を生やした丸顔の男が現れた。

 

「あややっ!此処に居られましたか主殿!もう間も無く御客人が来られますぞ。」

 

「おっ、もうそんな時間なのか?」

 

「はいぃ。ささっ、早く此方に。お召し物をお着替え下さい。」

 

「えー。別にこれでも良くないか?」

 

 そう言い両手を横に伸ばして着ていた学生服を広げて見せるが、男は溜め息を吐いて首を横に振った。

 

「なりませぬ。確かにその着物も仕立ては良いですが、大切な御客人を御迎えするには不似合いです。そこはちゃんと場に合った服装をなさいませ。」

 

「うーん、まぁ確かにそれはそうだよな。分かった、重然。お前が用意してくれた服を着るよ。」

 

「はいぃ。この古田重然にお任せ下さい。主殿には要らぬ恥を掻かせませぬ。」

 

 この古田重然という男も、つい最近良晴の家来になった男である。

 元は美濃の国人の生まれというれっきとした武家人であったが、仕えていた主人が主家に差し出す年貢の量をちょろまかしていた事が発覚し、それを信奈に詰められて処分された事で重然自身も暇を出されてしまった。

 しかし、重然は「これもまた良い機会だ」と気持ちを切り替えると、再就職先を探しつつ、自身の趣味である茶の湯の道を洗練するため周辺諸国を見聞する旅に出た。

 そうした最中、なにやら伊勢で大規模な茶会があると聞きつけ行ってみると、そこで重然は伊勢国司に唐風の茶を振る舞う良晴を目撃して衝撃を受けた。

 そして茶会の主催者についてを調べ回り、最近織田家で働き目覚ましい新参家臣である良晴が大きく関わっている事を突き止めると、良晴の屋敷を訪ねて士官を申し出たのであった。

 良晴も突然の申し出に驚きこそしたが、わざわざ自分に直接家来にしてくれと言ってきた者を袖にするのは忍びなく、具房に続いて家来にしたのであった。

 

 閑話休題

 

 重然に台所から連れ出された良晴は、別室に移動すると言われるがままに用意された着物に袖を通した。

 そうして下を向いて自分の姿を確認したのだが、良晴は何とも言えない表情になっていた。

 

「なあ、本当にこれで行くのか?」

 

「はいぃ。とてもお似合いですが、何か?」

 

「いや、ちょっと張り切り過ぎじゃねぇかな?ちょっと派手過ぎるというか…」

 

 良晴が着るのは若草色の生地に金色の流川の意趣が施された礼服である。しかも頭には折烏帽子を被ったその様は、正真正銘武士の礼装である。 

 現代ですら厳かな場に出た事が無い良晴にとって、この格好は何とも着心地の悪く気恥ずかしさを感じる物であった。

 

「何をおっしゃいますか!仮にも主殿は織田家の重臣。それが公式の場で他国の方をお出迎えするなら、多少格式張った着付けをするのが作法で御座います。」

 

「けどなぁ、正直あまり似合って無い気がするんだよなぁ。」

 

「ご心配せずとも大丈夫です。その装束は職人に依頼し特別に用意したもの。主殿は顔立ちはそこそこですが、背丈は中々に立派。それに合わせて作らせた物ですから、大変お似合いです。」

 

「その言い方、素直に喜べねぇんだけど。」

 

 少々毒の混じった重然の言葉に良晴がジト目になると、重然は「ゲヒヒ」と品の無い笑いをする。

 

 重然も具房も生まれ育ちが武家のお陰で、良晴に欠けている礼儀作法の造詣が深い。

 まだまだ家臣と呼べる者が少ない良晴にとっては共に有難い人材ではあるのだが、主君に対する敬意が微妙な所が珠に傷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ良しサル!主君を待たせるなんて良い度胸ね。」

 

 着替えを終えた良晴が待ち合わせ場所に向かうと、腕組みをした信奈が待ち構えていた。

 その服装は、以前斎藤道三と会談をした時と同じ艶やかな姫装束。その可憐な様に良晴は思わず見惚れてしまっていた。

 

「ちょっと!返事くらいしたらどうなのっ!」

 

「わ、わりぃ!?その服、すっげぇ似合ってて綺麗だぜっ!」

 

「っ!?な、なに言ってるの!?私が綺麗だなんて…あ、当たり前じゃないっ!!遅れた事を先に謝りなさいよっ!」

 

「お、おう。すまん。こういう服を着るのに慣れてなくてな。思ったより時間が掛かっちまった。」

 

「ふーん。ま、まぁ似合ってるんじゃない。良しサルにしては。」

 

 顔をいまだに紅くしたまま、信奈は視線を外して良晴の服装を褒める。

 何とも言えない気持ちになった良晴も視線を逸らすと、視界の端で重然が「ゲヒヒ」と下卑た笑いをしていた。無性に殴りたくなった。

 

「それよりも!準備が出来たならさっさと北条の出迎えに行くわよ。」

 

「あ、ああ。確か、北条からは氏康の弟が来るんだったよな?」  

 

「そうよ。北条氏直だったからしら。まだ元服したばっかりで実績は無いけれど、氏康の後継者候補にも挙げられているそうよ。」

 

「北条氏直か…。何というか、北条の中だと影が薄い奴だよなぁ。」

 

 北条氏直に対する良晴の印象と言えば、小田原征伐の時の北条家当主としてのものだ。

 だがそれにしたって最後は切腹した父親の氏政の方が印象が強く、氏直はその後すぐに若くして病死したという事くらいしか知らない。

 良晴の中での氏直像は、どこか気弱で病弱な青年といったものであった。

 

 良晴達が待ち合わせ場所である城の門前に着くと、出迎えに出ていた村井貞勝が二人の元に来る。

 

「姫様、北条の方々、間も無くに御到着されています。」

 

「デアルカ。盛大に迎えてやろうじゃない。」

 

「はぁ、それは問題無いと思いますが、何というか…」

 

「ん?なんか煮え切らないわね。ハッキリ言いなさい!」

 

「ははあっ!えー、北条の使者である氏直様なんですが、少々個性的な方でして。」

 

「個性的?」

 

「はい。決して悪い方では無いと思いますが、面食らうかもしれないので御覚悟を。」

 

 何とも不穏な事を言う貞勝に、良晴と信奈は顔を見合わせる。

 そうしていると間も無く、北条家の家紋である『北条鱗』があしらわれた旗を靡かせた一団が現れる。

 

「ん?」

 

 馬に乗って近づいて来る一団を見た良晴は、違和感を感じた。

 馬上の者達の服装の色合いは統一されておらず、皆好き勝手に派手な装いをしている。

 しかも中には矢鱈ゴテゴテとした飾りつけを馬に施した者もおり、騎馬団全体が妙な威圧感をもたらす異様な集団と化していた。

 

 そして、その集団を先頭で率いるのは、真っ白な特攻服風の上着を羽織った少年である。

 側頭部に剃り込みを入れ、眉毛を細く剃り、髪をリーゼント風に頭の前方で固めた風貌は紛れもなくヤンキー。

 その後ろに並んだ家来達も、明らかにガラの悪い容姿をしており、良晴に暴走族の集団暴走を想起させた。

 

 異様な集団に対して良晴が良くない脂汗を滲ませていると、特攻服の男は信奈の前で馬を止める。

 そうして後ろの者達に合図を送って共に下馬すると、後ろで手を組んで胸を仰け反らせた。

 

「…相模獅子王愚連隊総長、北条新九郎氏直ぉっ!!今日は北条の使者として織田尾張守に会いに来たぁ!!スッゲえ大切な仕事にメチャクチャ気合い入ってるんで夜露死苦ぅっ!!!」

 

「「「「「夜露死苦っ!!!!!」」」」」

 

 氏直の掛け声に背後の家来達が一斉に声を上げる。

 その威容に良晴だけでなく他の織田家臣たちも呆然としてしまう。

 果たしてどうやってこれを予想しろと言うのか。

 戦国時代に現れた80年代スタイルの不良集団に、誰もが戸惑いを隠せないでいた。

 

「ちょっと、何なのよ、それ…」

 

 ただ一人、信奈のみが困惑する家臣たちを尻目にズンズンと氏直に向かって歩いて行く。

 

「お、おい、信奈っ。」

 

 その尋常ならない信奈の様子に不安を覚えた良晴が呼び止めようとするが、信奈はそれを無視して氏直に近づくと、氏直の肩をガッシリと掴んだ。

 

「ねぇ、あんた…」

 

「な、なんすか?」

 

「………めっちゃイカしてるじゃないっ!!」

 

 歓喜を爆発させるかのような絶叫を上げ、信奈は氏直の肩を揺さぶった。

 その目はキラッキラッに輝いており、顔はこれ以上の財宝は見た事無いとでも言うように紅潮している。

 

「ええぇ、何この上着。背中に金の糸で獅子の刺繍がされてるのねっ!!あっ!服の内側にも刺繍がされてるわ!えーと、相模…愛…羅…武勇?これどういう意味?」

 

「あっ、相模はオレラの地元で、愛羅武勇ってのは南蛮言葉で『大好き』って意味っス!それを服の内側に刺繍して、オレラの心の中にはいつも地元を愛する気持ちを持っているってことを表現してるっス!」

 

「あはははっ!面白いこと考えるじゃない!私も同じやつ仕立てようかしら?」

 

「あっ!それなら俺の方からこの服作った商人に話付けるッスよ。そこの倅とオレがマブなんで、すぐに注文を受けてくれる筈っス。」

 

「デアルカ!それなら早速お願いするわっ!まったく、北条氏康みたいな籠城ばっかりしている陰気な奴の弟ってどんな風かと思っていたけど、なかなかやるじゃない!氏直っ、あんたを私の義弟にしてあげるわっ!」

 

「マジっすか!?あざっす!!それじゃあ今後は、信奈の姉御って呼ばせていただくっス!良いかお前らっ!この人がオレラの姉御になる御方だっ!挨拶しやがれ!!」

 

「「「「「うっす!!よろしくお願いします、信奈の姉御っ!!!」」」」」

 

 氏直の号令に従い、家来一同が威勢よく頭を下げ野太い挨拶をする。

 見る者を圧倒する光景であるが、信奈は笑みを濃くすると満足げに頷いた。

 

「うん、よく家来を躾けてるじゃない。氏直、あんたを歓迎するわ!」

 

 そう言うと信奈は上機嫌に氏直達を引き連れて、良晴達を置いてけぼりにして城の中へと入っていった。

 予想外の展開に良晴が呆然となっていると、重然が悔しげな表情で近づいて来る。

 

「くうぅ、やられましたな。まさかあの様な格好を信奈様が好まれるとは。主殿、ここは一つ同じものを仕立ててみては?」

 

「……いや、あれは特殊すぎるだろ。さすがに真似出来ねぇよ。」

 

 一瞬特攻服を着た自分を想像した良晴だったが、あまりの似合わなさに首を振った。

 

 今宵はこれまでに御座ります。




・近衛前久
 原作では序盤敵方だが、話が進むにしたがって仲間になった有能関白。
 史実でも濃いエピソードが多く、上杉謙信と戦場を共にしたり、一部では信長暗殺の黒幕ではないかと疑われるなど、大河ドラマの主役に選ばれてもおかしくない人物である。
 なお、14代将軍に義栄を推挙した関係から義昭から目の敵にされており、信長が義昭と協力体制にあった頃は信長包囲網にも参画していた。

・山科言継
 前久と協力関係にある有力公家。史実だと、作中にある足利義輝による公家領専横の際に、前久の父親と協力して命令を撤回させた事から、前久とも親しい関係にあったと思われる。
 義栄の将軍就任に関わっていたが、実は義昭からも将軍就任に関する要請を受けており、それに対して誠実な対応をし、なおかつ義昭上洛の際には責任を負うのは自分であると自主的に自宅謹慎をしていたところ、その律儀な行動を気にいられ、将軍宣下の儀を手伝うように求められた。
 大正時代には、朝廷の財政再建や各大名のとの交渉に努めた功績が認められ、死後三百年後に従一位という破格の官位を与えられる。

・古田重然
 古田織部の通称でも知られる「へうげもの」。
 一般的にはあまり知られる人物では無かったが、戦国時代の『数寄』を題材とした某漫画の主人公に抜擢された結果、一躍知名度を上げた。
 のちに利休七哲に数えられる稀代の茶人であるが、本格的に茶の湯を学び始めたのは40代を過ぎてからで、若い頃は「茶の湯なんて大嫌いだ!」と公言していた逸話もある。
 本作では若い頃から『数寄』に興味を持っており、伊勢志摩で革新的な『数寄』を魅せた良晴に仕官した。

・北条氏直
 本作におけるどうしてこうなった枠。
 一応元ネタは有り、大河ドラマ『真田丸』内において、真田昌幸にイキリ散らかしていた氏直が、ネット上で『湘南ヤンキー氏直君』とネタにされていたのが強く印象に残っていたのでこのようなキャラ付けになった。
 因みに、こんな身なりであるが根は真面目であり、どちらかというと頭脳労働派で礼儀作法にも通じている。家来たちもみんな良いところの御坊ちゃま達ばかりで、全員氏直を慕って同じような格好をしている。
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