太閤転生伝   作:ミッツ

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城攻めの極意

 今川義元の上洛に同行するために北条氏康から従者として送られてきた北条氏直とその家来たち。

 岐阜城では、彼らを歓待する宴が行われていた。

 

「いやぁ、マジで美味いっスね、この潰し肉!反婆具でしたっけ?うちじゃあまり獣肉は喰わないんで新鮮っスよ!」

 

「へえぇ。確か小田原は海に面していたわよね。てことは、やっぱり海産物が豊富なのかしら?」

 

「はいっス!魚に海老に貝に海藻、なんでも取れるっス!そいつらを使った練り物は最高っスよ!実は土産に小田原で採れた白身魚のみで作った蒲鉾を持ってきたんで、姉御たちにも是非とも味わって欲しいっス!」

 

「それは楽しみね!小田原の蒲鉾は朝廷にも献上される一級品だと聞いてるわ。これは返礼が大変ね。」

 

 信奈と氏直はすっかり打ち解け、家臣たちも交えた宴会は和やかな進んでいった。

 信奈は氏直の一般的な傾奇とも一味違った装いを殊の外気に入り、自分から氏直の隣に座ると服装や髪型についてアレコレ聞く。

 

「ところで、その髪型だけど、一体どうやって固めてるの?」

 

「ああ、これは獣脂で固めてるっス。結構匂いも強いし固めるのには時間が掛かって面倒っスけど、自分の美学を表現するにはこの髪型が一番っスから!」

 

「いいわね、そういうこだわり!周りからどう言われようが、自分が良いと思うものを貫く事こそ大切よね。家来たちにもそうさせてるの?」

 

「そうっスね。最初は俺の格好をマネしてる奴ばかりでしたけど、少しずつ自分なりの粋って奴を見つけて着飾ってるっス。」

 

「なるほど。今日連れてきたのは百人くらいだったわね。全員、戦場に出しても問題ないかしら?」

 

 不意に眼光を鋭くさせて問う信奈に、氏直の表情が瞬時に真顔になる。

 和やかな宴席が一瞬にして戦国武将同士の会談の場になった。

 

「…オレラは皆、そのつもりで来たっスよ。信奈の姉御と共に京に上る。その前に立ち塞がる障害は、全て薙ぎ倒す。呑気に宴会だけ顔を出す気は無いっス。」

 

 先程までの陽気さは失せ、信奈の眼光にも負けぬ強い眼差しを返しながら、氏直は低く答える。

 

「もし姉御が、『北条は籠城しか取り柄が無い』なんて思っているなら、見くびらないで欲しいっス。確かに北条家の元は公方様に仕える作法伝送役っスけど、今のウチを支えるのは鎌倉殿をお守りした御家人衆たる坂東武者の末裔達っス。ナメるのは結構っスけど、どうなるかは保証しないっスよ。」

 

 どこか殺気を滲ませながら、氏直は剣呑な言葉を信奈に向ける。

 いつの間にか氏直の配下達は膳の上に箸を置き、じっと主君の方へ視線を向けていた。

 それはまるで、命令さえあれば何時でもこの場を血で汚す事も厭わぬとでも言うような佇まいであった。

 

 北条方の異様な雰囲気に、織田家臣団も俄に殺気立つ。

 

「やめなさい。」

 

 だがそれは、信奈の一言で静まった。

 

「…北条をナメたつもりは全く無かったのだけど。なるほど、これが真の板東武者って奴ね。十分な戦働きが期待出来そうだわ。」

 

「………失礼したっス。この詫びは、敵将の首を以て取り返すっス。」

 

「デアルカ。利治っ、来なさい!」

 

「はいっ、義姉上!」

 

 信奈に呼ばれて側に侍ったのは、斎藤道三の末子で信奈の義弟に当たる、斎藤利治である。

 

「氏直、これは私の義弟で加治田城主の斎藤利治よ。今回の上洛では一千の兵を率いるから、あんた達はその下に入りなさい。」

 

「よろしくお願いいたします、氏直殿。」

 

「…うっス。夜露死苦っス。」

 

「他の者達も気合い入れていきなさい。この上洛、絶対に成功させるわよ。」

 

「「「「「おうっ!!」」」」

 

 勇ましい家臣団の掛け声に、信奈は戦意を爛々と滾らせた瞳を宿し、凄惨な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 六月中旬、東海地方の梅雨が明けたと同時に、今川義元を上洛させるべく織田軍約二万五千が京に向けて西進を開始した。

 中核を成すのは織田軍主力の美濃兵と尾張兵。

 そこに北畠より派遣された神戸具盛率いるの伊勢兵三千。

 徳川からは、家康の親族である松平信一に率いられた三河兵一千。

 そして北条から派遣された北条氏直直下百人の兵は、信奈の義弟である斎藤利治率いる千人部隊に組み込まれ、今川義元の周辺警護に当てられた。

 

 総勢約三万に膨れ上がった上洛軍は、信奈直属の軍勢を先頭にし、ゆっくりとしたペースで京を目指す。

 本来神速の行軍を良しとする信奈がなぜこのような行軍をしたかについては、二つの理由がある。

 一つは先の今川による上洛の際、警戒網の穴から奇襲を許して大敗の憂き目を見た今川義元の二の舞を演じぬよう、殊の外慎重に斥候を送っていたからである。

 

 もう一つは、御輿に乗った今川義元のペースに合わせたからである。

 一見合理主義者の信奈にしては不可解な行動に見えるが、そもそも御輿に乗って行軍を行える武士とは、将軍家から正当な許可を得た極限られた者しかいない。

 今川家はそれを許された限られた武家の一つであり、これを誇示することでその権威を示すと共に、そんな義元の上洛を護衛することで織田家の行軍に正当性を持たせる狙いがあった。

 

 こうしてゆっくりとした進軍を行っていた織田軍であったが、数日後には近江との国境に差し掛かった。

 そこで待っていたのは、浅井長政率いる近江兵約一万である。

 その姿を確認した織田軍が歩みを止めると、近江兵たちの先頭にいた長政が馬を走らせ信奈の元に近づいた。

 

「お久しぶりです、信奈殿。此処から先、近江での先導は我ら浅井が務めさせていただきます。道中の安全は確かめておりますので、どうぞご安心を。」

 

「…デアルカ。」

 

 長政の申し出に、信奈はやや硬い表情で短く答える。その瞳の奥には警戒の色が僅かに見受けられた。

 それを肌で感じたからか、長政が再び口を開こうとしたところ、その横から長政の前に躍り出る影があった。

 

「お久しぶりです姉上っ!お会いできて勘十郎はとても嬉しいです!あっ、でもお土産にういろうがあればもっと嬉しいですっ!」

 

「ちょっと、久々に会った姉にいきなり土産を強請ろうなんて、浅井に行ってから図々しくなったんじゃないの?これは少し、教育が必要かもしれないわね。」

 

「ひいぃ~!ごめんなさい姉上!」

 

「まったく…ういろうならちゃんと持ってきてるから、あとで万千代が渡しに行くわ。」

 

「本当ですかっ!?ありがとう御座います、姉上!」

 

 喜色満面に礼を言う弟の姿に、信奈の表情も俄かに綻んだ。少なくとも、先程まで見えていた警戒の色は殆ど見られなくなっていた。

 

「長政、うちの弟が迷惑をかけているわね。」

 

「い、いえ、そのような事は。むしろ我らの方が信澄殿にはご不便をかけているのではないかと…」

 

「ふんっ、こいつは呑気なようでいて結構繊細なの。もし近江での生活に不満があれば、わかりやすく気落ちしてるわ。こんなに騒々しいのは、近江での生活を十分に謳歌している証拠よ。」

 

「そうです姉上っ!ぼかぁこれでも、枕が変わっただけで眠れなくなるくらい繊細なんです。」

 

「胸を張る事じゃないでしょうが。まあ、そういう訳だから、勘十郎が能天気でいられるのは浅井家の気遣いがあってのものだと思ってる。だからそこは感謝するわ、長政。」

 

「…勿体無きお言葉です。」

 

 僅かに口元に笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる信奈に、長政もホッとした様子で謙遜する。

 少々特殊な事情があって結ばれた織田家と浅井家の同盟は、双方にとって非常に重要な同盟である一方で、一歩間違えれば一気に破綻しかねない危うさを孕んでいた。

 特に織田家にとっては、今回の上洛の成功に浅井家の協力が得られるか否かに掛かっている部分もあり、かなり気を使いながらも浅井家に対する警戒を解いていない。

 一方で浅井家も、最大の敵である六角氏が健在の状況下で織田との同盟が破綻するのは滅亡の道を歩む恐れがあるため、織田家に対しては相当な気を使っていた。

 そうした中で、織田と浅井の橋渡し役として機能していたのが、浅井長政の義弟として浅井家に人質になった津田信澄である。

 故に信澄が浅井家の人間と友好な関係を築き、親織田派の人間を増やす事は両家にとって大変大きな意味があった。

 

 当主同士の顔合わせを終えた織田軍は、浅井軍の先導のにより近江国に入る。

 そのまま淡海の海(琵琶湖)の南を通る街道を進むと、その道中にある豪族たちを迎合しながら六角領に侵攻した。

 

 その日の晩、総兵数五万を超えたともされる織田連合軍は、六角家本城の観音寺城の支城に当たる和田山城にほど近い平野に陣を立て、今後の動きを議論することとなった。

 

「さて、今回の上洛に当たって六角家にも上洛に協力するよう文を送っていたのだけど、六角義治は一切返事を寄越さなかったわ。こうなった以上、戦は必定。明日より観音寺城に籠る敵を攻めるわ。万千代。」

 

「はっ。観音寺城には約一万二千の兵が籠っていると物見から報告が上がっています。そのうち六千は、既に和田山城に入城しているとの事。恐らく和田山城で我らの足止めをしつつ、残りの兵や他の支城からの援軍で我らの背後を脅かすつもりなのでしょう。」

 

「和田山城は攻め口こそ多いですが、一つ一つは細い道ばかりで、大軍を展開するのは難しい立地にあります。出来る事なら敵が兵を入れる前に取り付きたかったのですが、こうなった以上腰を据えて対応する他ありません。」

 

 万千代の説明に長政が補足する。

 野良田の戦い以降、六角家に対して優位を取っていた浅井家であるが、単独で攻め切るには至っていなかった。その要因は、観音寺城を囲むように建てられた支城にある。

 

「観音寺城の周りには、十八の支城が立てられています。いずれの支城も天然の要害を誇る堅城ばかりです。しかも各城の間隔も近く、どこか一つの城が攻められれば他の城から援軍を出し攻め手の背後を強襲する態勢が取られています。これらの支城が完成して以降、観音寺城は七十年間一度も攻められた事が無いんです。」

 

「デアルカ。これは岐阜城を攻めるよりも難しいかもしれないわねぇ。さて、どうしたものかしら…」

 

 長政から観音寺城の難攻不落さを聞かされた信奈は、眉を寄せて眼下の地図を見る。

 観音寺城を中心とした図面からも、十八の支城による鉄壁の構えが見て取れた。

 何れの城も数の優位が生かしにくい急峻な土地に建てられ、僅かな守兵でも守りやすく、なおかつ近隣の支城との連携が取りやすい配置になっている。

 こうなった以上長期戦を覚悟するか、いまから船を手配し近江の海から攻めるかと信奈が思案していると、家臣団の中から手が上がった。

 

「恐れながらっ、その城攻め、この木下藤吉郎秀吉にお任せして頂きとう御座いますっ!」

 

 澱んだ空気を一新するかのような晴れやかな声に、軍議に参加した諸将の視線が集まる。

 そこには、自信満々といった風にピンと背筋を伸ばした秀吉がいた。

 

「出過ぎよ秀サル。でも、そんなに自信ありげに名乗り出るのだから、何か妙案でもあるのでしょうね?」

 

「如何にもっ!この秀サル、天下に名を轟かせる観音寺城を、短期間で落とす策を考案いたしましたっ!」

 

「短期間って、実際どれくらいなの?」

 

「……およそ、三日もあれば可能かと。」

 

「三日ですって!?」

 

 秀吉の言葉に、流石の信奈も仰天する。他の将達も同様だ。

 七十年間攻め寄せる事すら出来た者がいない城を、たった三日で落とすなど、あまりにも現実離れした申し出だ。

 しかし当の秀吉はというと、自身の策に絶対の成功を信じている様子で、頬を紅潮させ大きな瞳を爛々と輝かせていた。

 そんな秀吉の姿に冷静さを取り戻した信奈は、じっとその瞳を見つめるとその真意を推し量ろうとしていた。

 

「…それほどまでに自身があるというのなら、いいわ、やってみなさい。ただし、三日を超えて落とせなかった時はどうなるか、覚悟は出来ているでしょうね?」

 

「…心配御無用。この藤吉郎、信奈様に嘘偽りは一切申し上げません。」

 

「……ふんっ。よく言ったわ。ならばやって見なさい秀サル。その妙案というのを使って、観音寺城を三日以内に落としなさい!」

 

 

「ははあぁっ!!承知仕りましたっ!!」

 

「他の者達も、秀サルから求められたら可能な限り手助けしてあげなさい。今日の軍議はこれで終わるわ。解散っ!」

 

 その一言で、軍議は終わった。

 信奈が自分の陣屋に戻ったあと、その場に残った者達は盛んに信奈と秀吉のやり取りについて意見を交わした。

 果たして秀吉はどんな策を用いるのかと、好奇心から本人に尋ねる者もいたが、秀吉は「明日のお楽しみじゃ。」と軽く受け流す。

 そう言って意気揚々と陣屋を出ていく秀吉の後ろ姿を、長政をはじめとした何人かの姫武将が苦々しい表情で睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 陣に戻った秀吉の元に、訪ねて来る者がいた。良晴である。

 良晴の後ろには重然と具房が、二人がかりで大きな釜を持って着いてきていた。

 

「よっ、秀吉さん。明日先鋒を務めるって聞いたから、景気づけの飯を持ってきたぜ。みんなで食べよう。」

 

「おおっ!忝ないのぅ良晴。小竹ぅ、皆を呼んできちょくれ。良晴が飯を持ってきたぞ。」

 

 秀吉は弟の秀長に頼んで家来達を呼び集めると、用意した茶碗に良晴達が持ってきた釜の中の飯を善そう。

 すると周囲に香ばしい匂いが広がった。

 

「ああぁ、ええ匂いじゃのう!良晴、この飯はいったい何と言う?」

 

「これはチャーハン。焼き飯とも言うけど、炊いた御飯を冷ましてから、油を引いた鉄板の上で細かく切った野菜や肉と一緒に炒めた料理さ。」

 

「いためる?鉄板の上で火にかけるのをそう言うのか?」

 

 聞き慣れない言葉に秀吉は疑問符を浮かべる。

 戦国時代、日本にはまだ中華鍋やフライパンのような鉄製の料理器具は入ってきておらず、炒めるという料理技法は未知の存在であった。

 良晴は現代の食事を再現するにあたって料理器具の開発を鍛冶屋に依頼し、それを具房に使わせてハンバーグや炒飯等の再現に成功していた。

 

「まあチャーハンやハンバーグは親の手伝いで何度か作った事はあったしな。カレーも作ってみたかったけど、流石に材料が手に入らねぇんだよなぁ。まあ手に入っても香辛料の調合なんかは流石に無理だけど。」

 

「ううん?良晴、この飯箸で掴みにくいのじゃが。」

 

「ああ、それは箸よりも匙の方が食べやすいぜ。ほら、これを使ってくれ。」

 

「おおっ、忝い。」

 

 良晴から匙を手渡された秀吉は、勢いよくチャーハンを掻き込んだ。

 次の瞬間、秀吉の目が見開かれた。

 

「うみゃーでねぇーかああっ!!??なんじゃこの香ばしさはっ!米のパラパラとした触感と、小さく切った野菜や肉との相性もええのう。それに、口の中に広がる爽やかな酸味は梅干しか?」

 

「そのとおり!潰した梅干しを炒めるときに入れてあるんだ。その酸味が、今日みたいに蒸し暑くて食欲が落ちてるときには最適なのさっ!それに梅干しには、塩分補給や疲労回復の効果があるから夏バテにも良いんだぜ。」

 

「ほう、左様か。おいっ!皆も食え食え。この焼き飯は絶品ぞっ!」

 

 秀吉から促され、家来たちもチャーハンを食べ始める。

 その反応は一様に良く、皆良晴の差し入れを絶賛し、心遣いに感謝を示した。

 そうして自分の茶碗が空になると、すぐさま御代りに殺到し、大釜の中身は瞬く間に完食された。

 

「いやー食った食った。ねねやおっかぁ以外が作った飯で、あれほど旨い飯は初めてじゃ。半兵衛、お前も食えたかえ?」

 

「はい。季節柄どうしても食欲が落ちていましたけど、今日のご飯はすごく美味しくて御代わりまでしちゃいました。相良様、本当にありがとう御座います。」

 

「別にいいさ。秀吉さん達は明日から城攻めだろ。その前に英気を養っておかなくちゃな。」

 

 半兵衛の謝礼を受けてにこやかに答える良晴だったが、不意に声を潜めると秀吉の方に顔を寄せた。

 

「ぶっちゃけたところ本当に大丈夫なのか、秀吉さん。明日の城攻め、噂を聞く限りかなり厳しそうだけど。」

 

「うん?噂というのは、観音寺城が七十年間攻め寄せることさえ出来ぬ城。それを三日で落とすなど不可能だ、という噂か。」

 

「いや、まぁ、そうだけど。」

 

 秀吉の言葉に良晴は気不味げに頷いた。

 さらに尾ひれを付けるなら、三日以内に城が落とせなければ秀吉は切腹を命じられるというのもあった。

 そうして不安げな様子を見せる良晴の肩を、秀吉は勢いよく叩いた。

 

「いってぇ!なにすんだよ!」

 

「心配御無用じゃ良晴!この儂を誰だと思うちおる?」

 

「いや誰って…」

 

 質問の意図が分からず戸惑う良晴に、秀吉は日輪の輝きを思わせる笑顔を向けて答えた。

 

「儂ぁのぅ、良晴、こと城攻めに関しては三千世界で一等賞の自信がある。儂の城攻めの妙技は、後世に伝わっておらぬか?」

 

 その問い掛けに良晴はハッとする。

 戦国三英傑に挙げられる戦国武将の中で、とりわけ秀吉が他の二人よりも秀でているとされるのが、城攻めの才である。

 鳥取城、備中高松城、そして小田原城。いずれも世に堅城の名を響かせる要塞であったが、秀吉はこれらの城を全て違った方法で落としている。

 名将として知られる戦国武将は数多くいるが、これほどまでに城攻めの逸話が豊富な武将は秀吉以外にいない。

 まさしく秀吉こそ、日本史上最高の城攻めの達人と言えるのだ。

 そのことを思い出した良晴の胸中からは不安は消え、代わりに秀吉は今回の城攻めでどの様な策を駆使するのか、という期待感が満ち始めていた。

 

「まずは一つ前提を変えるかのぅ。七十年間攻め寄せる事すら出来ぬ城というが、言い換えれば観音寺城自体は七十年間一度も防衛拠点としての役割を果たしておらぬという事。此処がまず攻略の糸口じゃ。そして、城攻めをする上で心得ておかねばならぬことがある。」

 

「城攻めの心得?それはいったい…」

 

「…城攻めは城を攻めるべからず。心を攻めるべし。」

 

「心…つまり城を守る人間を狙うって事か?」

 

「如何にもっ!どんなに堅い城であれ、人が入らねば意味は無し。即ち、城主こそ城の心臓であり、城兵こそ城の血なり。然らば、これらを不調にさせ、城の機能を落とす事こそ落城の近道じゃ。故に、城攻めは先ず城に籠った者たちの心を折るべきなのじゃ。」

 

「な、なるほど。流石秀吉さんだぜ。だけど観音寺城は滅茶苦茶デカい城なんだろ。しかも支城の防備体制が万全となると、一体どんな手を使えばいいんだ…」

 

「…相良様、実は観音寺城は過去に二度落城した事があるんです。」

 

「ええっ!?そうなのか?」

 

 問い返す良晴に、半兵衛はコクリと頷いた。

 

「はい。応仁の乱が勃発して以降、六角氏は二度に渡って敵方に城を奪われ、後に奪い返すというのを繰り返しています。つまり、観音寺城そのものの防衛能力はそこまで高くないと見積もれます。」

 

「となると、やっぱり厄介なのは周囲を囲う支城か。」

 

「はい。逆に言えば、支城さえどうにかしてしまえば本城はどうにでも出来るという事。即ち、戦の本番は支城攻めです。そして私と藤吉郎様で策を考え、支城を落とすに足る策を考案しました。」

 

「秀吉さんと半兵衛が考えた策か」

 

 稀代の城攻めの達人と戦国最高の軍師が考案した策と聞いて、良晴の期待はいやがおうにも高まった。

 

「ただし、この策を完遂するにはどうしても必要なものが有ります。」

 

「どうしても必要なもの…いったい何なんだ!?」

 

 戦国の賢人達が編み出した策に絶対に必要なものとは何なのか?

 好奇心を大いに刺激された良晴は、前のめりになって半兵衛に問いかける。

 それに対して半兵衛は、口元に小さく笑みを作ると作戦の肝を口にした。

 

「気合と根性です。」

 

 知性もへったくれもない要素だった。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座ります。

 




・観音寺城
 現在の滋賀県近江八幡市安土町にあったとされる山城。
 1467年に築城され、以降100年に渡って佐々木六角氏の拠点として機能していた。
 北に琵琶湖を望み、美濃から京を結んだ東山道と、伊勢に繋がる八風街道の交わる交通の要所にあり、六角氏の統制下で城下は大いに賑わったとされる。
 日本で初めて、楽市楽座が施行されたのも観音寺城下であったとされている。

・チャーハン
 炊いた米を様々な具材と共に油で炒めた中華料理。
 日本では明治時代まで食肉文化が無く、獣脂を使用した料理の発展が非常に遅れていた。その為、『炒める』という料理技法が一般に普及したのも明治時代に西洋文化が広まってからであり、戦国時代の主な料理技法は『焼く』『煮る』『蒸す』であったとされる。
 なお、『揚げる』に関しては奈良時代から既に伝わっていたが大量の油を使うので料理をするコストが高く、なかなか普及しなかったという。
 しかし、織田信長が楽市楽座を施行した事で関税が無くなり流通コストが下がった事。大量生産が可能な菜種油の栽培が広まった事、南蛮人により揚げ物料理の文化が伝えられたこと等の複合的な要因により、江戸時代には庶民の間にも『揚げ物料理』は普及したと言われている。
 因みに作中に登場した『梅干しチャーハン』は作者の得意料理の一つ。梅干しの代わりに『ゆかり』でも代用可。
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