太閤転生伝   作:ミッツ

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箕作城の戦い

「三好の援軍はまだ来ないのかっ!?」

 

 観音寺城の大広間で、目を吊り上げた若武者の怒声が響く。

 若武者の名は現六角家当主、六角義治。

 信奈達と同じく若くして武家の当主となった人物であるが、父の義賢から家督を継いだ時点で六角家は斜陽を迎えていた。

 しかも義賢は家督は譲ったものの実権は握り続け、義治の元には自身が信頼する功臣の後藤賢豊を奉行として側に付かせた。

 このように先代当主が、家督を継承したばかりの若い当主が一人前になるまで実権を握り続けること自体珍しくはない。

 六角家にとって不幸だったのは、重臣として破格の権力を与えられた賢豊が増長し専横に走った事。

 そして、義治が傀儡の身に甘んじるほど大人しい気性では無かった事である。

 

 己が賢豊を始めとした家臣達から軽く見られている事を肌で感じていた義治は、日増しに家中での影響力を増す賢豊を排除し、父親の影響下から脱しようと画策した。

 また、家中の権力を自身に一極集中させる事により、戦国大名としての新たな支配体制を築こうとする狙いもあった。

 斯くして勃発したのが『観音寺崩れ』と呼ばれる騒動である。

 この出来事により後藤賢豊とその息子が誅殺されるまでは義治の計画通りであったが、義治が思っていた以上に家中の反発は強く、義治は一時城を追い出されてしまう。

 最終的には有力国人である蒲生氏の仲介もあり何とか城に戻ることは出来たが、家臣達は義治に新たな国分法を制定することを求め、その中で当主の権限を制限する内容が盛り込まれるに至った。

 この一連の出来事は戦国大名としての六角家の衰退を如実に表すものと知られ、六角義治という武将の株を大きく下落させていた。

 

「使いの者曰く、三好軍は現在京で迎撃態勢を整えているとの事。それが完了すれば、近江に向けて出発するとの事です。」

 

「何を呑気な。織田は既に我が領内に入っているのだぞ!」

 

 家来の報告に義治は苛立たしく足を踏み鳴らす。

 今川の上洛に際し、義治は初めから織田軍と一戦交える覚悟にあった。

 義治から見れば織田信奈は京から離れた田舎の成り上がり者。しかも自分と同年代で異性の相手と成れば、おいそれと膝を屈するわけにはいかなかった。

 故に仇敵でもある三好とも手を結び、信奈からの上洛への協力の申し出を無視することで対決姿勢を鮮明にしていた。

 

「殿っ!織田が我が城への攻撃を開始した知らせに御座いますっ!」

 

「っ!?くそっ、言ったそばから。こうなれば致し方ない。三好の援軍が来るまで、我らだけで迎撃する!織田が攻めているのは和田山だなっ!?」

 

「いや、それが、織田軍は五千の兵を以て箕作城を攻めているとの事。」

 

「なにっ!?箕作城だと!!」

 

 箕作城は和田山城の隣接する山城である。

 和田山城が六千人を収容できるだけの城に対し、箕作城は非常時でも千人ほどしか人が入れない小規模な城であるが、急峻な地形と城の周りを大木の障害で囲んだ堅城であり、僅かな手勢で守り易い事を極めた山城である。

 戦端は織田本陣が目の前に構える和田山城で始まると予想していた義治からすれば、完全に予想を外された形であった。

 

「本隊ではなく別動隊を先に動かしてきただと?しかも目の前の和田山城ではなく、その裏の箕作城を狙うとは…」

 

「如何なさいますか?すぐにでも箕作城に援軍を…」

 

「……箕作城を攻める隊はどの様な様子だったか分かるか?」

 

「はっ、まさに総がかりとでもいうような風であったと。兵共の士気は旺盛で、一心不乱に城に取り付こうとしている様子だそうです。」

 

「和田山の前にいる本隊はどうだ?」

 

「それが、一切動きが無く、城側と睨み合いが続いているとの事です。」

 

「…そうか。となるとやはり、罠の可能性が高いな。」

 

「罠に御座いますか!?」

 

「ああ、本隊が動いていないのがその証左だ。恐らく織田の狙いは、箕作城に向かった援軍を叩く事であろう。五千の敵を叩くなら、城側と合わせてせめて同数の兵を出さねばならん。」

 

 現在観音寺城に籠る兵は和田山城と同じく六千。箕作城へ兵を送った場合、城の半数以上を出す事になる。

 

「そうして我らが援軍を送ったのを確認すると、また別の部隊を送って城攻めしている隊と挟み撃ちが可能だ。つまり織田は箕作城を囮とし、我らを釣り上げるつもりなのだ。」

 

「で、では、援軍は送らないと?」

 

「ああ。そもそも守りを固めた箕作城は、五千程度の兵ではとても落とせん。城主の吉田出雲守も若いが優秀な男だ。此方の意図も、敵方の意図も、きちんと推し測れるはずだ。」

 

 義治は努めて冷静に考えると、そう結論付けた。

 

 義治は己の短慮が六角家の没落を加速させたことを重々に理解している。

 目先の事ばかりに気を取られ、周囲をよく確認せずに行動したばかりに義治は家臣達の信を失ってしまった。

 今更それを後悔しても仕方ないが、せめて同じ過ちは起こさないようにと心に決めている。

 激しやすい己の気性を熟知し、常に大きく呼吸することを心掛け、頭に血が上らないように気を付け、事を起こす前には周囲を見渡しよく考えてから行動する。

 大きな失態を糧にして、己の成長に繋げられるだけの将器を義治は持っていた。

 

「六角は簡単には負けぬぞ。思い上がった女共に、名門の意地を見せつけてやろう。」

 

 或いは、織田信奈に対する強烈な対抗心が、六角義治という若武者を奮起させているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 織田軍別動隊からの猛攻に晒される箕作城。

 城内の広間に作られた陣内では、観音寺城の伝令が城主の吉田出雲守の前に跪いていた。

 

「申し上げますっ!観音寺城より箕作城への援軍は出せぬとの由。出雲守様には城兵のみで城を守って頂きたいとの事。」

 

「そうかっ!よしっ、よくぞご決断されたっ!」

 

 出雲守は膝を叩いて義治の決断を褒め称える。

 主君と同年代のこの若将もまた、義治と同じく自城に取り付く敵方の兵を囮だと考えていた。

 もし義治が至急援軍を送るとでも言ってきたならば、援軍は不要と突っぱねなければならなかった。

 

「若様、いや、御屋形様は本当に成長成されておる。」

 

 出雲守はしみじみと呟く。

 観音寺騒動で多くの人心を失った義治だったが、それでも若き当主を支えんとする忠臣は少なくない。

 義治には若者特有の浅慮さはあったが、決して怠惰で傲慢な主君ではなく、家と領民を守らんとする気概の持ち主だった。

 それを知る出雲守は義治の成長に感激しながらも、そんな主君の期待に応えるべく気合いを入れる。

 

「皆の者っ、御屋形様は我らを信じこの城を任せて頂いた!この期待に応えねば武士の名折れぞっ!」

 

 出雲守の激に城兵達は「おうっ!」と応える。

 その時、激しい戦闘の続く城門の方から乾いた破裂音が聞こえた。

 

「むっ!?あれは種子島か?それも一丁や二丁では無いな。誰ぞ門を攻めたるが何者か分かるか?」

 

「はっ!旗印を見るに門を攻める敵方の部隊は二つ。一つは織田信奈が側近の丹羽長秀。もう一つは、おそらく木下秀吉の部隊と見受けられます。」

 

 質問に答えた家来の言葉に、出雲守は「ふむ」と顎を撫でた。

 

「木下某と言うと、確か竹中半兵衛と共に稲葉山城を占領したという将であったか?」

 

「はい。織田家中では新参の武将で、同じく新参の相良良晴と共に調略で功を上げた者との噂です。」

 

「なるほど。新参で武功が無いが故に別動隊に回されたか。いや、一緒に攻めるは信奈の側近であったな。であるなら、戦においても一廉の人物と見なければならぬ。」

 

 出雲守は若い将がしがちな浅慮はしない。相手の力量を己の目で確かめ、定石に則った堅実な策を好む。

 およそ若将らしくない戦を得意とし、それを見込まれて小さいながらも要塞を任せられていた。

 

「おそらく主君から囮としての役目を与えられつつ、可能であれば落として良いと指示されているのだろう。皆の者、囮だからと油断はするなっ!隙あらば喉元に噛みついて来ると心得よ。」

 

 改めて家来達の気持ちを引き締めさせると、出雲守は自ら前線へと向かい指揮を取る。

 城主が姿を見せた事により、城兵達の士気は大きく上がり、城に取り付こうとする木下隊の猛攻を跳ね返した。

 それでも木下隊は諦める事無く城を攻め続けるも、自然の要害を擁する箕作城を攻略するに至らず、結局朝から夕方までの戦闘の間、城門を破る事は出来なかった。

 そうして山の縁に日が落ちるようとした頃、漸く撤退の法螺貝が鳴り、その日の攻城戦は終了した。

 

 

 

 

 夕陽に焼ける箕作城の姿を、遠く眺める小男がいる。秀吉だ。

 その表情から感情を推し量る事は難しい。

 嘗て秀吉が初めて仕えた今川の将、松下氏は秀吉の顔についてこう述べた。

 

『藤吉郎、皆はお主を見るに堪えない醜顔というが、儂は嫌いでは無いぞ。見ようによっては愛嬌がある。タダな、時折お主が考え事をしている時の無表情がな、途轍もなく恐ろしく見える時があるのじゃ。何か儂では考えが及ばぬような、恐ろしいたくらみをしているように感じて不安になってしまう。無論お主にそんな気は無いのは知っているが、どうもあの顔だけは苦手なのじゃ。』

 

 だから儂の前ではあまり考え事をするな、と念を押された時の事を思い出し、秀吉は自分の顎をツルリと撫でる。

 あの時以来、秀吉は他人の前で自分がどんな表情をしているのかを、努めて意識するようになった。

 

「藤吉郎様。被害状況の確認が終わりました。戦死者を含めて早期の部隊復帰が難しい者は二百前後になる見込みです。」

 

「そうか。ご苦労であった、半兵衛。小竹。」

 

「はっ!ここに。」

 

「動けない者は後方に送り、そうでない者は身体を休めるよう伝えちくれ。但し、休む時は体を横たえず、出来る限り立ったままで休むようにとな。」

 

「承知致しました。」

 

 弟の小一郎がその場を去ると、秀吉は少し心配げな様子で半兵衛の顔を覗いた。

 

「半兵衛、体調は悪くないか?今日は少々日差しがきつかったからのう。無理をせず、夜はしっかり休んでくれ。」

 

「大丈夫ですよ藤吉郎様。今はむしろ体調は良好なくらいです。お気遣い有難う御座います。」

 

 部下に対する気遣いとしては少々過剰なくらいの秀吉に半兵衛は苦笑を漏らす。

 これではまるで病弱な娘と過保護な父親のようだと思いながらも、そんな秀吉の配慮を嬉しく思う半兵衛の心中は中々に複雑だった。

 

「そうか。まあ、半兵衛の調子がエエならそれに越した事は無い。時に半兵衛よ、城側の守りをどう見る?」

 

「至極真っ当だと思いますぅ。城主の吉田出雲守は若年なれど、籠城というのを良く学ばれていますね。無理をせず、城兵の士気に気を配り、地形を生かした守りをする。山城の守戦としてはお手本通り言って良いでしょう。」

 

「なるほど。お手本通り、か。即ち、最もヤリ易い相手という訳じゃな?」

 

「…はい。これで我らが策は、より一層成功する可能性が高くなったと思われます。」

 

「……良し。ならば儂達も暫し休むとするかのぅ。半兵衛、お主は先に戻って飯でも食っちょってくれ。儂もすぐに行く。」

 

「はい。」

 

 秀吉に頭を下げ、半兵衛はその場から離れる。

 それをニコニコと機嫌よく見送った秀吉だったが、半兵衛の姿が見えなくなるとその表情は一瞬にして『無』に戻る。

 その胸中に渦巻くものは何なのか?

 それを知る者は秀吉以外、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 現代で言えば、そろそろ日付が変わろうとしている頃。

 昼間の喧騒とはうって変わり、箕作城の周辺は静寂が支配していた。

 薄い月明かりが捉えるのは、城門の上で欠伸を噛み殺す兵くらいである。

 

「はあぁ、ねみぃ…」

 

「おう、お疲れ。交代だ。」

 

「おおっ!丁度よかった。もう眠くてたまらんのじゃ。」

 

「ハハッ、朝までゆっくり休め。暫くは休む時間が貴重になるぞ。」

 

「やはり吉田様は、この戦は長くなると?」

 

「どうもそのようじゃ。まったく、まだ田植えも終わったばっかりというのになぁ。ほれ、お前も早く休め。ここで駄弁っていると、寝る時間が短くなるぞ。」

 

「ああ、そんじゃ後はよろし『ドスッ』」

 

 さっきまで欠伸をしていた城兵の言葉が不意に止まる。

 その側頭部には火矢が深々と刺さり、炎が目を見開いた城兵の顔を爛々と照らしていた。

 そのままバタリと倒れた城兵を呆然と見ていた交代の兵だったが、我に帰ると慌てて城の外に目を向ける。

 すると、暗闇の中に次々と灯りが点り、やがて夜空に弧を描いて襲い掛かってきた。

 

「て、敵襲っ!?敵襲ううううぅっ!!!!」

 

 血相を変えて城に向かって大声で叫ぶ守兵の背中に、赤く燃え盛った矢が吸い込まれていった。

 

 

 

 

「殿っ!?お目覚め下さいっ!!」

 

「んっ!?ど、どうした?」

 

「夜襲に御座います!敵方が攻めて参りましたっ!」

 

「はあぁっ!?夜襲だと!!戦が始まって一日も経っていないぞっ!?」

 

 更に言えば、秀吉軍は日の出から日没近くまで猛攻を仕掛けいる。

 その僅か数時間後に夜襲を仕掛けなど、兵の疲労を考えれば攻城戦の定石からは外れている。

 だが、現実として秀吉軍は暗闇に紛れて城に近づき、城側の隙を突いて城門に取り付く事に成功していた。

 

「敵は既に城門への攻撃を行っておりまする!このままでは…」

 

 言い終わるより早く、爆発にも似た衝突音と、鬨の声と悲鳴が入り交じった音が門の方角から聞こえてきた。

 

「よっしゃあああっ!!!仙石久秀一番乗りぃっ!!誰でも良いから手柄首寄越せぇ!!!」

 

 威勢は有りながらも知性には乏しい雄叫びが城に響く。

 だがその叫びこそ箕作城の落城が決定的である事を知らしめるものであり、吉田出雲守を絶望に叩き落とす音色であった。

 

 斯くして箕作城は、秀吉軍の夜襲により一刻(二時間)の内に落城した。

 

 

 

 

 

 

「藤吉郎様、城内の制圧が終了したそうです。我が軍の損害は極軽微。城方の兵、百あまりを討ち取ったとの事。」

 

「よしっ、上出来じゃ!城主は如何した?」

 

「数名の供廻りと城を脱出し和田山城へと向かった模様です。二百ほど兵がそれに続いて撤退し、他はバラバラに逃げています。」

 

「ニシシシッ。すなわち、作戦成功と謂うわけじゃな。そんじゃ予定どおり、もう一手詰めに行くかのう。」

 

 半兵衛の報告に手を叩いて喜ぶ秀吉の脳裏には、以前箕作城を攻めた時の情景が浮かんでいた。

 その時も今日と同様に、初日の夜に夜襲を仕掛けて城を落としたが、成果としては今回の方が良いと言える。

 何分あの頃は秀吉も経験が浅く、作戦を実行するだけで一杯一杯であった。それに比べれば、二度目の箕作城攻めという事も有り今回はかなり余裕を持って臨むことが出来ていた。

 

「藤吉郎様~、見て下さいっ!城兵の首を三つ取りました!」

 

 そう言って三つの生首を抱えながら嬉々として秀吉の前に現れるのは、権兵衛こと仙谷久秀である。

 人懐っこい笑顔はどこか現代で言うところの大型犬に似ていたが、返り血もそのままに生首を振り回しながら駆け寄って来る様には半兵衛も顔を引き吊らせてしまう。

 

「ほう、やるでねぇか権兵衛!城内への一番乗りも果たしたそうじゃし、儂も鼻が高いぞ!」

 

「はいっ!次もまた、大手柄を上げて見せます!」

 

「そうか!じゃあ早速行ってみるかの。」

 

 疲れを見せない権兵衛の様子を確認すると、秀吉は目をギラリと鋭く光らせた。

 

「先手は取った。ならば次に打つべきは、先手で開いた突破口を一気に広げて致命傷を与えること。この戦、此処からが勝負の為所よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 和田山城主の横山修里が小姓に起こされたのは、まだ夜空が白む前であった。

 火急の報せが届いたというので身を起こせば、箕作城が落ちたというではないか。

 すぐさま身成を整えて情報の真偽を確かめるよう指示を出した所、別の小姓が吉田出雲守をはじめとした箕作城を落ち延びた者達が続々と辿り着いていると報せてきた。

 修里は直ぐに出雲守を通すように指示し、事の次第を確かめることにした。

 

「吉田殿、一体何があった?」

 

「……申し訳ない。油断していたのだ。まさか戦の初日から夜襲をしてくるとは思わず。」

 

 出雲守は恥辱に身を震わせながらも秀吉軍が攻めて来た時の様子を事細かに話す。

 修里は敢えて言葉を挟まず黙って話を聞き入った。

 

 どれ程時間が経っただろうか。出雲守が和田山城に辿り着いた時の事に話が及んだ頃には、東からの日差しが山際から覗いていた。

 

「…大変な難儀をしたようだな。今は身体を休ませられよ。」

 

「忝ない。だが私は、御屋形様になんとお詫びすれば良いのだ。いっそこのまま腹を切って死んでしまいたい。」

 

「戯け。腹を切って詫びるなら、城を取り戻すくらいの手柄を上げてからにしろ!」

 

 年長者である修里は、項垂れ落ち込む出雲守を叱咤する。

 その一方で、敵方が夜襲を仕掛けてまで箕作城を落とした理由を思案した。

 

「何故だ。確かに初日に夜襲を仕掛けるのは意表を突く妙手だ。だが何故それを箕作城に対して行う?」

 

 箕作城は自然の要害を利用した堅城である。

 だがしかし、城自体の規模は小さく戦略的価値も高くない。

 確かに取られれば支城間の連携に穴が生じるが、他の城で補強出来ない事は無いし、全体としては然したる影響は無い。

 無駄とは言わないが、乾坤一擲の策を労してまで得るべき城ではないのだ。にも関わらず、敵将は箕作城を攻め落とす事に全力を投じてきた。そこに修里は不穏なものを感じていた。

 

「単に目先の城を欲した訳ではあるまい。何か狙いがあって箕作城を落とした筈だ。それはいったい……」

 

 眉間に皺を寄せ悩む修里。

 するとそこに、失礼、という挨拶と共に小姓が現れる。

 

「殿、台所番より『箕作城の兵達の分の朝食も用意した方が良いか?』と伺いがありますが、如何なさいましょう。」

 

「直ぐにでも用意せよと伝えよ。皆夜通し戦って落ち延びてきたのだ。気落ちしているであろうから、せめて活力の出る食事でも…」

 

 ご馳走してやれ。そう続けるつもりであった修里の脳裏に一つの考えが過った。

 その考えに至った瞬間、修里は目を見開くと物凄い勢いで小姓へ詰めよった。

 

「おいっ!!箕作城から逃げて来た者達は今何処にいるっ!?」

 

「は、はいぃっ!?確か、二の丸内の演練場に集めて…」

 

「直ぐに兵を集め其奴らの身辺を洗えっ!!それと捜索隊を編成し、城内に不審な者がいればひっ捕らえよ!!」

 

「お、お待ちください殿っ!?急にそのような招集をしても、すぐには…」

 

「無理にでもするのだっ!さもないと…」

 

 その時、修里の声を遮る爆発音が城全体を震わせた。

 臣下達や出雲守が胆を潰して腰砕けになる中、修里は素早く覗き窓に駆け寄ると、轟音がしてきた方を見る。

 正門の方から、濛々と黒煙が上がっていた。

 

「くそっ、手遅れであったか!」

 

 修里の悪態に呼応するが如く、正門前に布陣した織田軍本隊から鬨の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和田山城内で起きた爆発音は織田軍本隊にも届いていた。

 それを聞いた瞬間、戦装束の信奈はスッと立ち上がると鋭い眼光を将兵達に向けた。

 

「秀サルの合図ね。これより和田山城への総攻撃をかけるわ。城内の兵共は混乱しているはずだから、一気に攻め落とすわよ。」

 

 静かではあるが端的に現状と攻略目標を告げる主君の言葉に、配下の兵共は勇ましく返事をするとそれぞれの持ち場へと散っていく。

 それを見送って小さく息を漏らした信奈は、隣に立つ浅井長政へと目を向ける。

 

「長政、あんたもこれから自軍に戻って城攻めを指揮するわよね?うちの先駆けは六、柴田勝家が務めるから、上手く合わせて正門を攻めてちょうだい。」

 

「承知しました。しかしこうも鮮やかに策が嵌るとは。」

 

「そうね。私もここまで上手くいくとは思ってなかったわ。箕作城を夜襲で攻め落とし、その敗走兵に紛れて忍を和田山城に侵入させ、内部で爆発を起こし城内が混乱している隙に総攻撃を掛ける。六角攻めに当たって秀サルが竹中半兵衛とずっと温めていた策なんですって。」

 

「なるほど。あの竹中半兵衛が関わっていましたか。ならば納得です。これほど華麗な策を立案できるのは、世が広しと言えどそう居ませんから。」

 

 そう話す長政に、信奈は引っかかるものが有った。

 そして自分の中にある疑念をはっきりするべく、一つの問いを投げかける事にした。

 

「……ねぇ、長政。」

 

「はい?」

 

「あんた秀サルの事嫌いよね?」

 

 唐突な問いに長政は答えられなかった。

 一瞬頭が真っ白になり、次に何故そのような質問を信奈がしてきたのかに考えが向いてしまう。

 その空白が何よりの答えだった。

 

「まあ、初対面の時にあんな事されたら仕方ないわよね。あたしだったら、その場で切り捨ててるわ。」

 

「……あれは、織田方を騙そうとした私に不義がありました。手段は兎も角、木下殿のやった事は間違いでは無いかと。」

 

「嫌いである事は否定しないのね。」

 

「………」

 

 長政は再び押し黙ってしまう。

 それを敢えて咎める事を信奈はしない。

 その代わりに、少々面倒臭そうな表情を作った。

 

「あんたが私の家臣をどう思おうがあんたの勝手だけど、己の好き嫌いで相手の力量を判断するのは危ういわよ。味方ならまだしも、それが敵方だった場合には足元を掬われる危険がある事を知りなさい。」

 

「…はっ。貴重なご助言、心より感謝申し上げます。」

 

 その内心は兎も角、長政は信奈の言葉に頭を下げて礼を述べる。

 ただその奥底では、秀吉に対する蟠りが残っていることを信奈は察した。

 こればかりは秀吉が長政にした暴挙が尾を引いていると理解しながらも、信奈は言葉を続ける事にした。

 

「秀サルは使えるわ。並みの武将よりも遥かに深い知識があり、発想も豊か。武力こそ他には劣るかもしれないけど、私の為に命を掛ける胆力も有るわ。たった一年と少しで、織田家には欠かせない人物になったわ。」

 

「…恐ろしい程に有能ですね。木下殿は農民の出、という噂も聞きましたが本当ですか?」

 

「本当よ。正真正銘片田舎の農民の子。ただ、私に仕える前に他の武家に奉公してたみたいね。」

 

 不意に信奈の瞳が細くなる。

 

「その内の一人に、織田信長という男がいたそうよ。」

 

「織田信長?織田家の縁者の方ですか?」

 

「さあ?よく知らないわ。でも私と似たような夢を持っていたそうよ。夢半ばで命を落としたそうだけど。」

 

 そう言うと、信奈は長政から顔を背けた。その表情は長政から伺うことは出来ない。

 

「信長が死んだ後、あいつはいったいどんな人生を歩んだのかしらね。」

 

 

 

 

 

 

 

 開戦二日目。織田軍は夜明けとともに和田山城への総攻撃を開始した。

 和田山城主、横山修里は懸命に指揮を執るも、城内で発生した火災により指揮系統に混乱が起き、城側は後手を踏む事となった。

 更には、箕作城を落とした秀吉と万千代の別動隊が、勢いそのままに和田山城攻めに加勢し、手薄になった搦め手門側を突破する事に成功する。

 これに至って修里は城の陥落が決定的になったと悟り、出雲守に城を脱出し観音寺城へ撤退するよう命ずると、自ら織田軍を引き付ける役目を担い、最後は城を枕に討ち死にした。

 

 斯くして、日が中天に昇りきる前に織田軍は和田山城の制圧に成功する。

 それにより、織田軍は六角家にとって防衛の要所となる重要な支城の二つを、僅か一日半で落すという大戦果を得るに至ったのであった。

 

 今宵はこれまでに致しとう御座います。




・六角義治
 近江六角家16代当主。
 六角家自体は鎌倉時代に近江守護を任じられた名家であるが、義治が継いだ時点で既に落ち目であり、その点からしてかなり不遇な立場ではあった。(六角家の没落の経緯について説明しだすと室町幕府の複雑な御家騒動を語らねばならず、冗長になるので割愛)
 史実の評価だと信長のかませ犬となったダメ君主とされることが多く、原作内でも父親に比べると影が薄かった。
 しかしながら、没落後も信奈が相手にしぶとくゲリラ戦で対抗し、本能寺の変後には秀吉と誼を通じて召し抱えられ、羽柴秀次や豊臣秀頼の弓術指南役を務めという。
 ある意味で、斎藤龍興とは似た者同士である。


・吉田出雲守
 横山修里
 ともに今作のオリジナルキャラであるが、出雲守に関しては史実で箕作城に籠ったとされる武将から名前を取っている。今後の登場は多分無い。

・箕作城の戦い
 一般には「観音寺城の戦い」という名称が使われることの多い、織田vs六角の合戦。しかしながら、主戦場は箕作城であった事から本話のタイトルの名称が使われる事も有る。
 秀吉にとっては明確に城攻めの功績が残されている最初の戦ともされており、作中で行った『開戦初日で夜襲を仕掛けて相手の意表を突く』という戦法は、実際に箕作城攻めで秀吉が行ったものである。
 秀吉の躍進に大きな意味のある戦ではあるのだが、世間一般での知名度は低め。
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