太閤転生伝   作:ミッツ

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緊急事態宣言も解かれ、職場も通常業務に戻った影響で今までに比べ内容が短めになっています。
今後も同様の長さになると思いますが、週一ペースは出来る限り維持していきますので何卒よろしくお願いします。


始まりの戦い

 その凶報は突如として清洲を襲った。

 

 いつものように信奈が朝食の湯漬けを片手に、秀政から本日の執務の予定を聞かされていた時、慌ただしい足取りで万千代が参上した。

 額に汗をかき、息に荒らさを残したまま、万千代は挨拶もそこそこに信奈へ告げる。

 

「火急の知らせにて御容赦を。信勝様御謀反。末森にて兵を集めています。」

 

「…陣触れを出しなさい。久太郎、主だった将は登城せよと連絡をっ!」

 

「御意っ!」

 

 弟による謀反の知らせに信奈は冷静かつ迅速に対処する。元より、全く予想していなかった訳では無い。

 秀吉の策によって勢力を拮抗させる事は出来てもそれに安心する事無く、いつ事を構えるに至っても良いように警戒を怠らず準備をしてきた。

 

 故に信奈を心底焦らせたのは、別の伝令によってもたらされた次の報であった。

 

「ひっ、姫様!急事に御座りまする!」

 

「信勝の事なら既に聞いてるわよっ!」

 

「左に非ず!鳴海城主山口教継返り忠!城ごと今川に寝返りました!」

 

「なんですって!?」 

 

 鳴海城は尾張と三河の国境にある城である。ここを今川に取られるのは、織田にとって首もとに刃を突き付けられるに等しい。

 

「…蝮よ。美濃に使者を送りなさい!鳴海城が敵方に付いた以上、今川の侵攻は時間の問題よ。蝮に何時でも救援に来れるよう、援軍の準備を要請しなさい!」

 

「畏まりました!」

 

 踵を返し慌ただしく出ていく伝令の背を見送り、信奈は拳を膝に打ち据える。まだ、現状を打開する術は残されている。今はただ、出来ることを全てやりきる他無い。

 

 そうしている内に評定の間に続々と家臣が参上してくる。末席には良晴と秀吉もいた。

 他の者達が一様に顔を強ばらせる中、良晴は物珍しげにキョロキョロと周囲を眺め、秀吉は悠然と構えたまま真っ直ぐに前を見つめている。

 そんな場違いな二人の様子に、僅かばかり信奈の緊張が解れる。

 

 そうして主だった者が揃い、いよいよ評議が始まろうとしたその時、美濃に救援を依頼しに行った筈の伝令が先程より更に顔を青くし部屋に飛び込んできた。

 

「美濃にて変事に御座りまするっ!」

 

「変事?いったい何があったの!?」

 

「斎藤道三が嫡男、義龍が謀反の咎で弟君二人を誅殺!これに反発する道三に対して挙兵し、美濃は内乱に陥りました!」

 

「なっ!?」

 

 流石の信奈も、この報には言葉を失ってしまう。

 美濃で内乱が起きた以上、道三からの援軍は絶望的。つまり、信奈達は信勝による謀反、そして後に控える今川の侵攻に対して単独で当たらねばならぬ公算が高くなった事を意味した。

 家臣達の間にも動揺が走り、如何に為すかと主君の方を向き、すぐに視線を反らした。

 

「おのれ義龍。殺らいでか…」

 

 上座に座る主君の目は怒りに燃えていた。

 その怒りは濃密な殺意となって全身から漏れだし、部屋の空気を一気に底冷えさせる。

 下手に目を合わせれば義龍よりも先に己の首が跳びかねないと思わせる程の殺気に、多くの者は視線を下に向け体が震えぬよう耐える他なかった。

 そんな信奈の怒りを静めるのは、この場で誰よりも長く仕えてきた万千代である。

 

「姫様のお怒りはごもっともですが、その怒りを向ける相手はここにはいません。怒りに飲まれ、為すべき事を見失うのは零点以下です。」

 

 万千代の忌憚無き言い草に一瞬は信奈からの圧が重くなるが、すぐに部屋を満たさんとしていた殺気が引いていき、信奈が大きく息を吐くと同時に霧散した。

 

「そうね。今ここで当たっても何にもならないわ。ありがとう万千代。頭が冷えたわ。」

 

「いえいえ、私の方こそ無礼な物言いをしてしまい申し訳ありません。」

 

 主従の穏やかなやり取りに家臣達もホッと一息をつく。

 しかし、次に貞勝の口から出た言葉に評定の間は再び揺れ動く。

 

「随分と都合が良すぎますな。」

 

「都合が良い?地蔵、今のこの状況の何処が都合が良いと言うの?」

 

「都合が良いと言うのは今川にとっての事。信勝様の謀反、鳴海城の寝返り、美濃の内乱、一つ二つが立て続けに起こる事は御座いましょうが、三つ全てほぼ同時にと言うのは偶然と片付けるには出来すぎでありましょう。」

 

「つまり地蔵は、いずれの事象も誰かが狙って同時期に起こしたものだと言いたいのね。けど、そんなこと出来る人間がいるのかしら?」

 

「少なくとも二人、心当たりが御座います。一人は信奈様の義父殿である斎藤道三様。もう一人は今川家軍師、太原雪斎で御座ります。」

 

 貞勝の告げた名に家臣団が一斉にざわめく。特に信秀の頃より老臣ほど反応は顕著であり、その筆頭である佐久間信盛に至ってはその場に立ち上がってしまうほどであった。

 

「さ、貞勝殿、それは考えすぎには御座いませぬか?雪斎は既に鬼籍に入っておりまするぞ。」

 

「佐久間殿、貴方も小豆坂の戦を経験しているのなら知っていましょう。あの僧の知略はまさに鬼謀。死に際し、我らを滅ぼす策を残していたとしても、何ら不思議では在りませぬ。」

 

 貞勝の言葉に信盛は閉口する。

 小豆坂の戦は信奈の父、信秀が三河の支配権を確立するために松平家の領地に侵攻して起きた戦であり、今川家は松平家への援軍として参戦していた。

 その時の今川軍の総大将こそ、僧籍にありながら今川の軍師として今川義元に仕えていた太原雪斎である。

 この戦、当初は織田が有利に進めていたが、伏兵を用いた雪斎の巧みな采配に翻弄され、織田軍は敢えなく総崩れとなり敗北した。

 勢いに乗った今川軍は織田家の三河侵攻拠点であった安生城を攻め落とし、城主であった信奈の兄、信広を捕らえる事に成功。

 その身柄を引き換えに織田家の人質にあった松平家嫡子、竹千代の身を奪還し、逆に三河における今川の支配を磐石なものとしたのであった。

 

 この一連の出来事は織田家にとって非常に手痛い敗戦であり、ある種のトラウマともなっていた。

 故に貞勝の述べる事は有り得ると思いながらも、信じたくないと現実逃避する者も少なからずいた。

 

 そうした者達の心を知ってか知らずか、貞勝の話を聞いた信奈は、この日初めて笑みを浮かべた。

 

「なるほど、黒衣の宰相が一連の凶事に関わっているかもしれないのね。ふふっ、漸く面白くなってきたじゃない!」

 

「お、面白いですと!?姫様、状況が解っておいでですか!もし本当に雪斎が画いた通りに事が進んでいるのであらば、間違いなく最悪の事態ですぞ!」

 

「もちろん解っているわ、信盛。だけどこれは最悪であると同時に、父上の受けた恥辱を晴らす絶好の好機よ。織田信秀の娘である私が雪斎の策を破り、今川の野望を挫く。これ程までに父上の名に着いた傷を治す方法がある?これは織田家の存亡と同時に、父上の名誉を掛けた戦いよ。」

 

 信奈の言葉に、はっ!と家臣達が目を見開かせる。

 彼らもまた、器用な御仁としてその名を知られ、尾張の発展に多大な貢献をした信秀に大なり小なり恩を受けた者達。信秀の名に誉れを取り戻す戦いとなれば、それは命を掛けるに値する理由となった。

 何より、如何に弱兵と罵られる事の多い尾張兵といえど、その根底には御恩と奉公、利より名を惜しまんとする武士の魂を眠らせている。

 信奈の言葉は、彼らの闘志に火を着けた。

 

「やりましょうぞ。昔日の敗戦によって傷付いた信秀様の名を、今こそ取り戻しましょうぞ!」

 

「然り!このまま今川の好き勝手にさせるは口惜しい。東海一の弓取りなどと煽てられ伸びきった鼻を叩き折ってやるのじゃ!」

 

「ちょっと、まだ今川と事を構えるより先に信勝をどうにかしなきゃいけないのよ。みんな気が早いわね。」

 

 一転して血気盛んになる家臣達を呆れた様子で諌めながらも、その口調はどこか楽しげであり、傍目にも機嫌の良さが信奈の表情から窺えた。

 

「そうですね。とにかく先ずは、信勝様達をどうするかです。後の事を考えれば、短時間かつ敵味方双方の損失が少なくあれば上等。ただ勝つだけでは二十点です。」

 

 万千代の懸念は信勝との戦で互いの兵力を消耗し、今川に漁夫の利を取られる事である。

 現在、信奈と信勝の兵力は拮抗しているが、信勝方には織田家武勇筆頭の柴田勝家がいる。これに対抗しうる武将は信奈方にはいない。

 そうした中で被害を最小限に止めつつ勝ちに行くならば、策を講じる必要がある。

 

「それについてなんだけど、私に考えがあるわ。上手くいけば迅速に、かつ消耗無く戦に勝てるの。」

 

 そう言って信奈が語って見せた策に、家臣達は一部の者を除いて驚嘆する。

 

「確かにその策が上手くいけば、被害少なく勝ちを得られましょう。」

 

「問題は柴田に誰を当てるかに御座るな。並大抵の者では、あの姫武者は止められまい。」

 

「ああ、それなら丁度良いのが一人いるわ。」

 

「その者とは?」

 

 問い尋ねて来る家臣から視線を外すと、信奈は自分から最も離れた末席に座る者を見る。

 

「良サル、あんたに六の相手を任せるわ。」

 

「…お、俺がぁ~。」

 

 主だった者達の注目が集まる中、評定の間に良晴の間の抜けた声が響いた。

 

 

 

 

 一方同じ頃、信奈に対する信勝の居城、末森城でも決戦に向けての軍議が行われており、信勝の守役を務める勝家が神妙な面持ちで主君に相対していた。

 

「信勝様、御再考願えませぬか。信奈様はこの短期間で同士を集め、戦準備を万全としていると聞きます。しかも国境では城が寝返り、いつ今川が攻めて来ても可笑しくない状況。信奈様との戦、負けずとも相応の被害は必定なれば、ここは一時的に和を結び、今川に対応するが上策です。」

 

 言い終えると勝家は伏して主の反応を待つ。

 戦場での武勇から猪武者と揶揄される事もある勝家だが、決して脳筋なだけではなく、武人として優れた戦略の才を持ち得ている。

 故に織田家が危機的状況に在る事を正しく認識し、家督を奪わんと挙兵した信勝を何とか思い止まらせようと嘆願する。

 しかし、信勝の傍らから望まぬ横槍が入る。

 

「これは異なことを申される。織田随一の武勇を誇る柴田殿ともあろう御方が臆されたか?信奈様に助力する村井達は所詮勘定侍。戦では何の武功も在りませぬ。数ばかり揃えただけのカカシならば、柴田殿にとって物の数では御座いますまい。」

 

 薄ら笑いを浮かべ意見する林通具に、余計な事を言うなという感情を込めて勝家は睨み付ける。

 それに気付いているのかいないのか、通具は勝家を無視して主に物申す。

 

「さあ、信勝様、今こそ織田家を正道に戻す時に御座います。織田家を率いるに相応しきは、信勝様のような礼儀を弁え、心穏やかなる御方。御母堂様もそれを望んでおり、天におわします先代信秀様も数々の醜態を御覧じられば考えを変えておられるでしょう。」

 

「…うん、そうだ。これは織田家を正しき方向へ導く為なんだ。姉上では織田家を纏めきれない。だから僕が姉上に代わり、織田家の棟梁にならなきゃいけないんだ!」

 

「御立派な志に御座います!」

 

 調子の良い事ばかりを述べ主人を増長させ、己の意のままに操る通具に勝家は苦虫を噛み潰した表情になるが、弁舌に劣る勝家には主に考えを変えさせる論説が思い浮かばなかった。

 

「それじゃあ戦の仔細については勝家に任せるよ。僕はあまり戦が得意では無いからね。出来ない事を部下に任せる事も主君の度量だからね。」

 

「……御意に御座います。」

 

 言葉少なに主命を受諾する勝家。その胸中には先任者の急死により突如信勝の守役に着かねばならなくなった己の不幸と、織田家の将来への暗鬱たる思いが渦巻いていた。

 

 

 

 

 そして遂に決戦の時に至る。

 舞台は尾張国春日井郡は庄内川に程近い稲生の地。

 俗に云う、稲生の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 信勝軍の大将を務める勝家は、陣内から相手方の陣容を窺っていた。

 

「信奈様達の数はおよそ千二百。此方とほぼ同数で全軍を率いて来たようだな。しかし何だあの陣形は?」

 

 勝家が不審に思うは信奈軍の構えである。

 信奈軍の陣形は守勢の構えであり、普段の信奈であればあまり好まないものである。

 そんな信奈軍の様相を、勝家の隣で通具が嘲笑う。

 

「ふむ、どうやら敵方は柴田殿の武勇を恐れるあまり、殻に籠る亀になった様子。柴田殿、貴殿にはあの守りを撃ち破れますかな?」

 

「………ただ守るばかりであれば他愛なく。だが首を引っ込めていても、いつ噛み付いてやろうかと機を窺う亀もいるぞ。」

 

「ふん!敵方にそのような気概のある者が残っておるものか。」

 

 何を根拠にと言おうとも思ったが、下手に言葉を続けたところで空気を悪くするだけだと勝家は黙する。

 それを納得したと受け取ったのか、具通は満足そうに腕を組む。

 

「さて、敵が攻めて来ぬと云うのなら、此方から出向くしかありますまい。柴田殿、我らは本陣を守る故、先方の誉れ見事に務めて参られよ。」

 

「……ああ、任された。」

 

 それだけ言うと、勝家は馬に跨がり陣内をあとにする。

 

 配下を率い敵陣と相対すれば、相手方の重厚な守りが目に着く。

 

「思っていた以上に固そうだな。これは気を引き締めねば、跳ね返されかねないぞ。」

 

 己の心と違えど、敵味方となった以上は信勝の将として全霊を尽くすのが武士である勝家の志である。

 その一方で、織田家の将として御家の今後の為に一刻でも早く、この無益な戦を終わらせたいとする思いが勝家にはあった。

 故に狙うは敵陣全力突破による本陣強襲。

 騎馬兵の突進力にて守兵を蹴散らし、本陣にいる信奈の元へ行き降伏を迫るのが勝家の策である。

 

「凡そ策とは呼べぬが、これが私の出来る精一杯。信奈様、悪く思いますな。これも乱世の作法にて、勝家いざ参りまする!」

 

 織田家最強の武将が、信奈軍へ向けあい駆けた。

 

 

 

 

「どうやら、相手方が動き出したようじゃのう。信奈様の予想の通り、柴田の騎馬兵じゃ。」

 

 信奈軍の本陣にて、秀吉は傍らの良晴に声を掛ける。しかし、良晴からの返事は無い。

 視線を向ければ、引き吊った笑みを浮かべながら体を震えさせる良晴がいた。

 

「な、なぁ秀吉さん、さっきからなんかおかしいんだ。ビビりまくって今すぐ逃げ出したい気持ちなのに、興奮して体がすっげぇ熱くなってんだけど、これって大丈夫なのか!?」

 

「かっかっかっ!そういえば、お主にとってはこれが初陣であったのう。なに、珍しい事では無い。初戦ではよく在ることじゃっ!寧ろ恐れながらも笑っておられるというのは、武将としての素養のある証拠じゃ。」

 

「そ、そうなのか?」

 

「おうともっ!太閤にまでなった儂の言葉を信じよっ!お主は初陣にて主より大命を授かった。故に心が昂っておるのよ。あとは全力で主の期待に応えるのみじゃっ!」

 

 秀吉は良晴の背を強く叩いた。

 

「さあ、歴史に残ろうぞ。」

 

 ここに、二人の異端者にとって歴史を変える最初の戦いが始まった。

 

 

 今宵はこれまでに致しとう御座ります。




・太原雪斎
 今川家軍師。作中故人。
 今川義元を幼少の頃から養育し、文武両面で支えた怪僧。この男が生きていれば、桶狭間は起きなかったとも言われる。本作での掘り下げは作中で行う予定。

・佐久間信盛
 史実における信長の宿老。あまり知られていないが、織田家の筆頭家老は勝家ではなく信盛である。
 しかしながら、戦での活躍よりも晩年の追放劇の方が遥かに知名度の高い可哀想な人。

・小豆坂の戦い
 三河の支配権を巡って起きた織田と今川の争い。
 作中の記述の通り、信秀はこの戦いで雪斎に完敗した。
 織田家はこれ以降三河に手が出せなくなり、信秀の画いた商船による経済活動構想は事実上の破綻となった。

・稲生の戦い
 史実において、信長と信勝が織田家の正当後継者を巡って争った一連の戦い。
 原作では史実同様、信勝が兵力有利に始まった戦であるが、本作においては秀吉の策で兵力が拮抗している為に信奈が余裕を持って対応し、ある策を実行する事が出来ている。策の詳細については次回にて…
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