1月になって一層寒さが増している屋上に絵里ちゃんの声が響きます。
絵里「ワン、ツー、スリー、フォー!ワン、ツー、スリー、フォー!」
余計なことを考えてる暇なんてなくてリズムに合わせて踊らないといけない。だけど機械的にならないように表現することも求められてしまう。
そして何より、グループダンスだからみんなと息を合わせることが1番必要になってきます。
絵里「いいわね、形になってきているわ。」
海未「そうですね。最後まで通して踊れましたし、一旦水分補給をしましょう。」
海未ちゃんの一言でみんなの肩から力が抜ける。一人で踊るのと違って、みんなで踊るのはやっぱり緊張するから一回の練習でもかなり集中力は使うんだよね。
凛「ふぅ。今回はリズムが難しいにゃ……。」
花陽「メロディーが早いから合わせるのが大変だよね。」
動きにムラっけのあった凛ちゃんはみんなに合わせて踊れるようになっているし、前まではひとつの練習が終わるごとにバテバテだった花陽ちゃんは今では少しの休憩で動けるようになっているから、2人とも成長してるってことだね。
にこ「これくらいで…音をあげてたら…優勝なんて…そのまた先よ……。」
凛「人のこと言えないにゃ。」
そうは言われてるけどにこちゃんも成長してるいるとわかる。魅せ方を工夫してカバーできるようになってるから、体力のなさもあまり気にならないと思う。
(他のみんなも動きのキレが日に日に増しているし、着実にレベルアップできているよね♪)
ことり「うみちゃん、一緒に帰ろっか♪」
海未「はい。では希、鍵番をよろしくお願いします。」
希「ほいほーい。」
練習が終わっていつもの通り海未ちゃんと一緒に帰る。
小さいときから変わらない日常だけど、この時間がたまらなく愛しく感じてしまう。
海未「また一段と寒くなりましたね。」
ことり「マフラーとコートをしていてもちょっと足りなく感じちゃうよね。」
海未「これくらい寒いと朝のお稽古もなかなかに堪えてしまいます。」
ことり「海未ちゃんはすぐに無理しちゃうから心配かなあ……。」
海未「お稽古は日課ですので平気ですよ。それに最近はμ’sの朝練もありますから、それだけでへこたれてはいられません。」
ことり「さすがμ’sのリーダーさん♪」
暗くなっている帰り道を二人並んで歩く。その隙間は一人分くらい。
お喋りしながら吐かれる白い息がふわふわと街明かりの中に消えていくのが見える距離。
海未「ことり。」
海未ちゃんと分かれるいつもの階段の前でふと話しかけられました。
ことり「どうしたの?」
海未「私はなぜμ’sのリーダーになったのでしょうか?」
海未ちゃんの唐突な質問にパッと答えが見つからなくてうまく言葉にできない。
ことり「え、えーと……。海未ちゃんって真面目だし、正しい道へ引っ張って行くことができるからじゃないかな?」
なんとも曖昧で具体性の欠ける答えになってしまった。
海未「そうですか……。」
ことり「何か気になることでもあるの?」
海未「いえ。特には……。」
そう言った海未ちゃんの顔には「訳あり」って書いてあるのがすぐわかりました。
ことり「海未ちゃん、私に隠し事は通用しませんよ?」
海未「ことり……。」
ことり「いつも海未ちゃんを見てきたから、悩んでるってことくらいお見通しです♪」
海未「まったく、あなたには本当に敵いませんね。」
呆れたような、でもホッとしている顔を海未ちゃんがしてくれて私も胸をなでおろしました。
ことり「どんなことか教えてくれる?」
海未「今日の真姫の言っていたことを考えていたのです。」
そういえば、今日の真姫ちゃんの様子はちょっと違かった。
真姫『8人しかいないじゃない!』
ことり『8人居るなら、全員…だよね?』
真姫『そんなはずないわ!μ'sは全員で9人よ!』
確かあのとき、真姫ちゃんは私たちμ’sが9人全員だと主張していた気がするけど……。
ことり「今日の真姫ちゃんのことを何か知っているの?」
海未「いえ、真姫がなぜあのようなことを口にしたのかはわからないままなのですが……。」
そこから数秒間、海未ちゃんは次に話す言葉を選んでいるようでした。
海未「確かに違和感を感じるのです。」
ことり「違和感?」
海未「こうしてことりと帰っているときにも、何か妙な距離を感じる気がするのです。」
そう言われて私もハッとした気がしました。
2人で歩くにしては広がりすぎた距離感はちょっと違和感を感じさせます。
海未「ひょっとすると真姫の言っていた9人目のメンバーは私たちの近くにいたのかもしれませんね。」
ことり「どんな子なんだろうね。」
海未「わかりません。ですが私とことりの友人であったのなら、きっと素敵な子なのでしょう。」
そう言った海未ちゃんの瞳にはキラキラとした光がある気がしました。
海未『ことり、お願いです。もうこれ以上自分を責めないでください。』
寝てから目を覚ますと部屋の外から海未ちゃんの声がしました。
海未『誰もあなたのことを責めたりなんてしていません。』
さっきから海未ちゃんの話していることがわからなくて戸惑ってしまう。
海未ちゃんは部屋の中に入ってこないし、それにとても悲しそうな声で話しかけてきてることが気になる。
海未「ことりが辛そうにしていことは薄々ですがわかってはいました。ただ、あなたはきっと止めても聞かないのだろうと思って見過ごしてしまった。責められならば私の方なんです!」
いよいよ本格的にどういうことなのかわからなかったから海未ちゃんに聞いてみようと思ったとき
ことり『今さらみんなに合わせる顔なんてないよ!!』
自分の意図しない声が部屋の中に響き渡りました。
(今の声は私だったよね?どうして思ってもいないことを叫んだりなんか……)
海未『……すみません。無理してまで出てきてほしいと言っているつもりはないんです。』
ことり『もういいの。海未ちゃんも私といるといじめられちゃうよ。』
(いじめられちゃう?私がいじめられてる……?)
海未『ことりをいじめるような輩なんて気になりません。あなたがいてくれ…』
ことり『ひきずりオバケ、ロボットことり……覚えてるでしょ?』
久しぶりに聞いた気がする。昔、海未ちゃんに会うまではそんな風に男の子から呼ばれてたっけ。
海未『まだ、気にしていたのですね。』
ことり『傷跡はもうほとんどないよ?でも今度の手術できっと同じような跡ができる。そうしたら昔みたいにまた……』
海未『ことり……。』
なんとなく状況がわかってきた気がする。
私の膝がまた悪くなってしまって、何かトラブルを起こしてしまったんだ。
そのトラブルはきっと私がいじめられてしまうほど酷いようなこと。
海未『これ以上は余計にあなたを苦しめてしまいますね……。
私は帰ることにします。』
帰ろうとしている海未ちゃんに話しかけようとしたところで目の前にある世界が変わってしまいました。
真っ暗な自分の部屋の中には時計の針の音と自分の呼吸だけが聞こえて、さっきは夢を見ていたんだと気がつくのにそれほど時間はいりませんでした。
お部屋はエアコンもつけていないから寒いままなのに、じんわりと汗を感じてしまって嫌な気持ちになる。
夢だってわかった後でも、最近感じているトレーニングした後のどんよりした感じが足の怪我が再発しかけているからなのかもしれないと思ってドキドキが収まらないんです。
それに、さっきの夢は本当に夢だったのか気になってしまいます。
前にあったことのように感じてしまう自分がいました。そんなはずはないのに、どこかで体験したことのような気持ちになっていました。
真姫ちゃんの言っていたこと、海未ちゃんの言っていたこと、さっき見ていた夢、おかしなことだらけだったけど何か大事なことを忘れてしまっている気がして、胸のザワザワが収まらないままだったけど汗を拭き取ってから私はまた眠ることにしました。