真姫ちゃんはどうしたんだろうか。今日の様子は明らかにおかしかった。疲れているから仕方がないということで話は落ち着いたけど、あの話の噛み合わなさは異常さを感じた。それに
真姫『の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?』
あの言葉が引っかかる。確かにμ'sは9人の歌の女神さんから取ってきた名前。メンバーが8人しかいないのは違和感がある。
けど、それでも今まで8人でやってきたのだから間違えているはずがない。
希「練習が終わったら、ちょっと調べてみよか。」
練習後、えりちと約束していた勉強会を断って、部室にある自分たちの資料を漁っていた。μ’sとして残してきた資料の量は多くて驚いたけど、一つ一つシラミ潰しに見ていく。
でも、写真、音声、衣装のどの部分にも特に気になる点は見当たらなかった。あたりも真っ暗になってきたので、真姫ちゃんの言っていたことは何かの間違いと思うことにして部室をあとにした。
帰宅前に夜ご飯の支度のために自宅近くのスーパーに寄ると、スーパーの前でしゃがみ込んでいた1人の女の子を見かけた。普段なら気にかけることもないのだけど、思わず声をかけようと体が動いていた。その子から伝わってくる悲壮感が見るに耐えないほどで居た堪れなかったからかもしれない。
うちが近づいてくることに気付いてか、その子はその場から立ち去ろうとしていた。
希「ちょ、ちょっと待って?うちは別にそんな怪しい人じゃないやん?」
希(いや、自分から言うなんてよっぽど怪しいやん……。)
なんて後悔をしながらも、声をかけるとその子はピタッと止まった。ゆらゆらと揺れる彼女の瞳は店内のライトに照らされて青く光っていた。
???「どうかしましたか…?」
至極真っ当な質問が返ってきて思わず苦笑いをする。第一声が「怪しい者じゃない。」は明らかにおかしかったなあと反省をしつつ、次に話す言葉を慎重に選んだ。
希「いやあ。こんな暗くなってるのに女の子が1人でいるから、どうしたんやろ、って気になってな?」
そう言うと目の前の少女は目を泳がせる。
???「1人になりたいと思って……。」
少女は掠れるような声を出した。悩んだ挙句にそんな答えを絞り出すのが精一杯なところを見ると、彼女には他人には言いたくないような何か後ろめたいことがあるのだろう。こういう時は無理な詮索をするのは野暮ってもんやね。
希「そっか。うちが言えた義理じゃないけど、あんまり暗くなってからは1人でいない方がええよ?」
???「そうですよね。ありがとうございます。」
希「うん。それなら、早く家に帰ろうか。」
???「えっ。」
うちの一言で彼女の表情が強張る。あれ、話の流れ的にうちはそんなに間違ったこと言ったかな?
希「そこにいても仕方ないやん?」
???「そうなんですけど……。」
希「あんまり遅くなると家族の人に心配されるよ?」
キュッと一文字に結んだ口からは一言も返事がこなかった。これにも訳ありってところやね。
希「何かあったん?」
???「……もう、家には帰れないんです。」
希「……なるほどね。」
彼女はどうやら家出少女さんだったみたいだ。本当は無理にでも家に帰すほうがいいんだけど、見知らぬ人に言われたところですぐには動きそうもない雰囲気やった。
希「それやったらうちの家に泊まってく?」
???「えっ。」
希「ほら、高校生だけどうちは一人暮らしやし、他の人に迷惑になったりしないからその方がいいやん。」
???「でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……」
希「うちとしてはこのまま放っておく方が気になってしまうんよ。」
???「えっと……えっと……。」
家出少女さんは迷っている素ぶりをしている。うちとしても一人くらい寝泊まりする子がいたほうが寂しい気持ちが薄れる気がするし、満更でもないんやけど。
希「うちもちょうど話し相手が欲しかったんよね。」
???「話し相手……。」
希「さっき言ったやろ?うちは一人暮らしやから、家に帰ると話し相手がいないんよ。」
???「……ひょっとして、寂しがり屋だったりしますか?」
希「えっ!」
うちが必死そうにしていたのか、彼女は少し呆れ気味な声色でそう尋ねた。
希「ち、違うよ?ほら、なんというか、ほっとけないんよ!さっきも言ったやろ?」
言い訳がなんとも稚拙で、まるでえりちや真姫ちゃんのようだと口から出た後に感じた。
???「くすっ。やっぱり可愛いんだなぁ。」
希「ほ、ほら!風邪引く前にうちの家に帰ろう?」
???「……ありがとうございます。」
彼女は最終的にうちの押しに負けて、ついてくることになった。押しに負けて困らせてしまった気がしたけど、うちの後ろをついてきている姿からはどこか安心したような雰囲気が出ていたので、ひとまず安心した。
希「遠慮しないで上がってね。」
ほのか「おじゃまします……。」
家に着くまでに彼女から色々と話を聞こうと試みた。最初は自分のことを話すことに躊躇っていた様子だったけど、色々と角度を変えながら質問していくと、次第に口数が増えていった。
彼女の名前はほのかちゃん。どうやら家はこの辺りから少し距離があるところにあるらしく、その家には両親とおばあちゃん、妹が住んでいるとのことだった。
家出をするなんて、何があったのか聞きたかったけど、家族の話をしているほのかちゃんの表情は辛そうで、それ以上のことを聞き出すのははばかられた。
学校はこの近くの高校に通っているとのことだったので、音ノ木坂かUTXの生徒なのだろう。
でも、うちらの学校でこの子のことを見かけたことがない。当然、全員の生徒を把握できてるわけがないから、うちの生徒の可能性もまだあるけど、その線は薄いと思う。だって、明るい自分の部屋でほのかちゃんをまじまじと見て確信したのだ。
かわいい。ずば抜けているわけじゃないけど、うちの学校にいたら目に止まりそうなくらいの容姿だった。もしうちの生徒やったら、μ’sに誘い込んでいた気がする。
希「へぇ。ほのかちゃんって、よく見るとかわいいんやね〜。」
ほのか「改めてそう言われると恥ずかしいですよ……。」
希「ほんまに連れて帰ってきてよかったわ。まだ外にいたら、きっと今頃、良からぬ男子に捕まっとったよ?」
ほのか「大丈夫ですよ……。私、剣道やっていたので。」
希「おお〜。武道を習ってるなんてカッコええなあ。」
ほのか「そうかな。」
部活は剣道部ということやろうか。そういえば、昔ににこっちが剣道部の格好をしとったけど、なかなかに滑稽やった記憶が……。
そして、うちはほのかちゃんの端端の言葉を聞き逃したりはしていない。
ほのか『でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……。』『くすっ。やっぱり可愛んだなぁ。』
うちが名前を教える前に、ほのかちゃんはうちのことを『希ちゃん』と言っていた。それに、『やっぱり』という言葉が妙に引っかかる。
真姫『の、のぞみ……。μ'sって全員で9人よね?』
仮に真姫ちゃんの話が本当なんやったら、うちらが忘れてしまっている9人目の子がどこかにいることになる。この仮説通りだとしたら、真姫ちゃん以外の子だって気がつくはず。にも関わらず、うちを含めて誰も反応しなかったのだから、その子自身がオカルト的な超常現象を引き起こして、何かをした可能性が大いにあり得る。
この手の話は大好物やし、何よりもこの時期に仲間がそんなことをするのには余程の事情があったに違いない。
色々と総合して考えると、容姿、雰囲気、あそこで偶然に出会ってしまったスピリチュアルさのどれをとっても9人目は彼女だと、うちの直感は答えを導き出した。
希「ねえ、ほのかちゃん。」
ほのか「はい?」
希「せっかく仲良くなったんやし、タメ口で話さない?」
ほのか「でも、希さんは年上なので……。」
またうちが教えてないことを知っとる。これはかなり黒や。
希「それは言いっこなしやなかったっけ?うちらは先輩禁止やろ?」
ほのか「えっ。」
一瞬でほのかちゃんの顔が驚嘆したものになった。それはそう、先輩禁止なんて会ったときから今まで話したことがないから当然だ。
ほのか「でもさっき会ったばかりだし、そんな約束なんてしてないですよ。」
希「そうやったっけ?」
ほのか「それに自分で仲良くなったんだからって言ってるじゃないですか。」
希「それもそうやね〜。」
ほのか「希さんって意外と天然なんですね。」
希「そんなこと、他であまり言われたことないんやけけど……。」
(そんなに甘くはなかったかあ。直感的にこの子だったら押し通せる気がしたんやけど……。)
希「それはええから、敬語はなしな?希さんも堅苦しいから、友達のように呼んでほしいなあ。」
ほのか「本当にいいんですか?」
希「うちが頼んどるんやし、それは気にしないでええよ?」
ほのか「じゃあ、希ちゃん。これからよろしくね。」
希「うん。こちらこそよろしくね。」
なぜか懐かしい気持ちになるあたり、いよいよ不気味さすら感じてくる。
希「そうしたら、早くご飯を食べてお風呂に入ろか。」
ほのか「そうだね。希ちゃんは勉強しないとだもんね。」
希「そうと決まれば、それっ!」
ほのか「ひゃっ!わわわぁっ!」
うちの挨拶がわりのワシワシをほのかちゃんにもしてあげた。この感触からして、意外と着痩せするタイプなんやろうか?
希「……ほのかちゃんはなかなかやね。これならうちが使えなくて取ってあった下着が使えるかな?」
ほのか「だ、大丈夫だよっ!下着は自分で買ってくるから!!」
希「そう?そこまで言うなら任せるけど。」
ほのか「あと、ワシワシはそこらへんでご勘弁をっ!」
今日のノルマだった分の勉強を終わらせてから、うちとほのかちゃんは同じベッドで寝ることになった。
希「狭くない?」
ほのか「大丈夫だよ。むしろ希ちゃんに狭い思いをさせてごめんね。」
希「冬やし、全然平気だよ。」
ほのか「そう、かな。」
うちらは仰向けになりながら暗くなった部屋で話していた。お互いの顔はよくは見えないけど、なんとなくどんな顔をしているのかはわかる気がした。
ほのか「……えへへ。」
希「どうしたん?」
ほのか「あったかいなあって。」
希「……うふふ。」
うちにも妹ができた気分になる。えりちがアリサちゃんを溺愛している気持ちがわかった気がした。
希「さあ、明日もあるし、もう寝よか。」
ほのか「うん。」
希「おやすみなさい。」
ほのか「おやすみなさい。」
ふと気がつくと、雪の降るステージが目の前に広がっていた。隣にはえりちとにこっちが緊張した面持ちで立っている。
希「みんな、緊張してる?」
絵里「ええ。でも、いい緊張感よ。」
にこ「こんなところで止まってられないわよ。みんな、ボーっとしてなんかいられないんだからね?」
これは地区予選決勝のときの思い出。うちの気持ちが降り積もったステージで、みんなと一緒に歌うことができたなんて、こんなに幸せなことは、今までなかった。
花陽「大きなステージだから、私の小ちゃい声じゃ……」
凛「大丈夫、こんなに寒いんだから、凛たちの熱の入った声はみんなにも届くにゃ!」
真姫「それに、私たちは1人じゃない。でしょ、希?」
希「そうや。みんながひとつになって初めてμ'sになるんよ。」
ここまで一緒に支え合ってきたみんなとだから、苦しいときがあっても乗り越えてこれた。それは誰か1人欠けてもなし得なかったことだから。
ことり「ふふふ♪笑顔になれる、良いライブにしようね!」
海未「ええ。全力を出しきって、悔いのないようにしましょう。」
みんなに『大好き』の気持ちを届ける。
???「私たちの『好き』の気持ちを最高のライブにして、みんなに届けよう!!」
希(え……。だれ、なの……?)
頭が割れそうに痛んで、思わず目を覚ました。何か開けてはいけないパンドラの箱に触れてしまったような気になる。隣の穂乃果ちゃんに視線を移すと、起こしてしまった様子はなく、ひとまず胸を撫で下ろした。
希「……君は本当に9人目の女神さんなの?」
明日、ほのかちゃんをみんなのところへ連れて行こう。それではっきりすることもあるだろうし。
結局、その後も頭痛が引くまで起きていたけど、そのまま治らなかったから、浅い睡眠を繰り返しながら朝を待つことになった。
うちは何か大きなミスをした予感が、この時にすでにしていた。でも時間は過ぎていく。無情にも……。